作品をよむ - ID:19 - toKnow

プヤ交流

パズルのピース
No. 19
 「君たちはどうしてプヤを助けようとするんだ?」
 ホームレスの男は松本の首を右手で持ちながら杏と涼にそう聞いた。松本はずっと呻いていて、時々思い出したかのように耳障りな怒鳴り声を響かせている。
 「どうしてってどういう意味です?」
 「意味も何もないよ。さっきも言ったようにこいつはいじめの加害者、それにそこにいる二人のプヤだって生前に何かしらの悪いことをしたからプヤになったんだ。そいつらは性悪だよ。助ける理由なんてないだろ?」
 杏と涼はホームレスの男の言葉に対して黙り込んでしまった。かいととププはホームレスの男を鋭くにらんだ。ホームレスの男は涼しげな顔をして全員を順番に見つめていた。
 「うるせえな! 俺は何も悪いことはしてねえんだ! いいからお前ら、早く俺を助けろ!」
 松本の言葉には誰も返事をしない。ただ惨めに男の片手に捕まっている松本の姿を杏と涼は冷たく見つめるだけだった。二人は真剣に考えていたのだ。松本を助けるべきか否かを。
 「確かに松本は悪いやつなのかもしれません。そのことは認めます」
 しばらくして涼がそう言った。
 「でもだからと言って、何一つ言い分を聞かずに殺すわけにはいきません。もし何か罪を犯したのなら、それ相応の責任を取る必要がありますから。だから今すぐそいつを殺すわけにはいかない」
 杏は涼の言葉に強く肯いた。ホームレスの男はその言葉を聞いてしばらく何かを考えていたが、やがて諦めたのか松本を掴んでいた手を緩め溜息を吐いた。松本は音もなく地面に落ちた。
 「分かった。君たちがそこまで言うのなら僕はこいつをまだ殺さない。でもいつかは殺す、それは分かっておいてくれよ? 僕は慈善活動でこんなことをしているわけじゃないんだ。これは仕事だからね。君たちがその罪とやらを償わせたら僕はこいつを本当に殺す。それでいいかな?」
 「ええ、構いませんよ」
 「でもそういうことならここから移動しない方が良い。こいつの罪を償わせるならこの旧校舎が一番いいからね」

 六人は松本がかつて授業を受けていたであろう二階の教室に入った。教室は風化しており廃墟のように六人の目に映った。木製の机はひび割れ埃が黒く溜まっており、教室の隅には蜘蛛の巣が張り巡らされている。壁にはいくつかのポスターがそのまま残っており、窓から差し込む陽の光は埃だけを重点的に照らしているように見える。綺麗に使われて新校舎に人々が移った、というよりも何かしらの不穏な出来事があって去ることを余儀なくされたように見える。
 「こいつに罪を償わせたいのなら、まずはこいつに生前のことを思い出させる必要がある」
 ホームレスの男はそう言った。涼と杏はそれに頷いた。松本は何も悪びれる気はない。不貞腐れたような表情をし、両手をポケットの中に突っ込んで反抗的な態度を見せている。
 「まずはこれを見せよう」
 杏が壁に貼っていたポスターを一つ引き剥がしてそう言った。それはこの学校でかつていじめがあったと書かれている学年新聞だった。生徒の名前は伏せられていたが、内容は悲惨なものだった。そこに書かれていたことを要約するとこうだ。この学校で一人の男子生徒が一人の生徒を標的にして陰で暴力を行っていた。そのいじめの結果としていじめられていた生徒は自ら命を絶ってしまったという。そして二度といじめという行為が起こらないように強く注意喚起が述べられていた。
 「このいじめをしていた男子生徒が松本ってことだよね?」
 「多分」
 「でもだとしたらおかしくない? どうしていじめをしていた側が首を吊って死んだんだろう?」
 「それは松本に思い出してもらうしかない」
 涼は杏に冷静にそう言った。
 「松本、この教室を見て何か思いだすことはないの?」
 杏は松本にそう聞いた。
 「何にも思い出さねえよ。それによ、俺に罪を償わせるったって、俺もそのいじめられた奴ももう死んでるんだろ? じゃあ俺にどうやって罪を償わせるんだよ?」
 「それは……」
 「おい松本、おまえどうしてそんな態度なんだよ。俺たちはお前のために手伝ってやってるんだよ。これは本来お前が自分で責任を取ることだろ。いい加減その煩わしい態度はやめろ」
 「うるせえな、誰も助けて何て頼んでないだろ」
 涼と松本は互いに睨み合っている。教室の空気はひどく重たいものになった。カイトとププは何も言わない。
 「喧嘩したって意味はない。そうだね、一つ助言をしてあげるよ」
 ホームレスの男は二人の間に入ってそう言った。
 「助言?」
 「ああ、だからその罪の償い方ってやつだよ。さっきそのプヤが言っていたように加害者も被害者も死んでいるから責任が取れないって言っていただろ? だから責任の取り方を教えてあげるよ。僕としてもその方が都合が良いしね」
 「都合?」
 「僕としても退治という形じゃなくて成仏って形の方が楽なんだよ。全部のプヤが勝手に消えてくれるのなら僕としてもこんな仕事をする必要もないんだから」
 ホームレスの男はカイトとププを見てそう言った。二人は怯えて目を逸らした。
 「じゃあ教えてくれよ。こいつの罪の償い方を」
 「罪の償い方、まずその前に確認させてくれよ。お前に罪を償う気があるのか」
 ホームレスの男は松本を見てそう言った。
 「まあ、お前に殺されるくらいならその方が良い」
 「なるほど、じゃあ教えてあげるよ。さっきも言ったけれどプヤというのは君たちが知っているような妖怪とか怪異とかと同じで、何かしらやり残したことがあるからこの世界にとどまっているんだよ。こいつの場合、それが罪を償うことだ。罪を償う、まあこの場合そんな言い方は大それたものかもしれないけれどね。なぜならもう被害者の命はこいつが何をしようと返ってこないんだから」
 「じゃあどうするんだよ」
 「もっと単純に考えてみればいい。僕の推測が正しければきみはいじめをした責任から命を絶ったと思うんだけど、その前にやらなきゃいけないことがあるだろ?」
 「やらなきゃいけないこと?」
 「ああ、つまりね、お前はいじめをした相手に一度だって誤っていないんじゃないのか?」
 
 それからの事は至って単純だった。松本はその被害者に対して嫌々ではあるが謝罪をした。黒板の前に立ち、深々と頭を下げたのだ。すると松本の体はみるみるうちに消えて無くなっていった。まるで木の葉が風に吹かれてどこかに吹き飛んでいくように。杏と涼はそれでようやく安堵した。松本をホームレスの男に殺させるという最悪の結末は避けることができたからだ。
 「今回みたいなケースは少ない。基本的にプヤは何も知らないし何も詫びる気がないからね。だからこそそこの二人みたいなプヤは極めて珍しい。大人しくて気味が悪い」
 ホームレスの男は松本が成仏してからそう言った。
 「僕たちも消えないといけないの?」
 カイトはそう言った。
 「そうだね。いずれはあのプヤみたいに消えて無くならないといけない。そう言う決まりなんだよ。でもそれは当然の事なんだ。この世界に長居しすぎるのは君たちにとっても我々にとって良くないことだから」
 「良くないこと?」
 「プヤは死んでからどうなると思う?」
 「そんなの僕には分からないよ。僕は今自分がどうしてここにいるのかも分からないんだから!」
 「プヤに待ってるのは地獄だよ。知ってるだろ? 閻魔大王がいて舌を抜かれたり火あぶりにされたりするあの地獄さ。そこできみたちは本格的に罪を償う。悪いことをしたんだから当然のことだよ」
 カイトは今にも泣きだしそうな顔をしていた。ププも同じように暗い顔をしている。
 「地獄に行かない方法はないのか?」
 涼はそう聞いた。ない、ホームレスの男はそう言い切った。
 「でもその二人のことは君たちに任せるよ。僕はもうこの町を離れないといけない。生憎僕は下っ端だからね。他の町に仕事に行かないといけない。涼と杏だったかな。君たちにその二人の成仏は頼むよ」
 「でも私たちどうしたらいいのか何もわかりませんよ」
 「それはさっきみたいに考えてみるしかない。それに何も分からないわけじゃないだろ? 君たちはプヤが見えるんだ。それだけで十分なんだよ。もう君たちはこちら側の人間だ。言い逃れはできないよ。一度この世界に足を踏み込んだからにはその責務は全うしてもらわないといけない。それは分かるだろ?」
 「……」
 「それじゃあ僕はそろそろ行くよ。くれぐれも二人の件よろしく頼んだよ」
 そうしてホームレスの男は去って行ってしまった。涼にプヤが見える眼鏡を残して。それから二人がカイトとププをどのようにして成仏させたのか、ホームレスの男は知らない。でも男は確信していた。二人が必ずその仕事を全うしてくれるのだと。
 プヤはどこにでもいるしどこにもいない。見える人間にとっては世界の在り方は180度変わってしまうし、そうでない人間は何も知らずにのうのうと生きていく。どちらが幸せであるのか、そんなことは分からないし考える必要もない。ただその境を越えることができる人間とできない人間には何かしらの違いがあるのだろう。そして彼らはプヤという忌まわしい存在から世界を守るために行動する。誰も讃えてくれないし見方によっては変な人間のように認識されてしまうかもしれない。あのホームレスの男がそうであったように。それでも世界はそのような人間を必要としている。だからあの男はこれからもどこかで仕事を続ける。誰に気付かれることもなくただ黙々と。