プヤ交流
No. 7
赤いカーペット。
それを聞いた二人は、しばらく黙っていた。
「……赤いカーペットって、あの赤いカーペット?」
杏が言った。
「他にどの赤いカーペットがあるんだよ」
齋藤龍は面倒くさそうに答えた。
「でも、そんなの学校にないよ」
「だから探すんだろ」
「赤いものなら何でもいいんですか?」
涼が尋ねる。
「カーペットだ」
「赤い布じゃ駄目?」
「カーペットだ」
「赤い絨毯は?」
「同じだ」
「赤いマットは?」
「……場合による」
「場合によるんだ」
杏が少しだけ笑った。
その横で、松本は腕を組んで偉そうにしていた。
「おい。俺のために話してんだろ。もっと真剣にやれよ」
「じゃあ松本も探してよ」
「俺は動けねえんだよ!」
「そうだった」
杏は素直に頷いた。
「お前、俺のこと馬鹿にしてんだろ」
「してないよ」
「絶対してるだろ!」
旧校舎に松本の声が響いた。
快兎がその声に合わせるように、ぴょこぴょこと飛び跳ねる。
「カーペット……赤いカーペット。赤いものって血でもいいのかな?」
「よくないよ」
「じゃあ赤ペンキ!」
「カーペットじゃない」
「カーペットに赤いペンキを塗ったら?」
「意味が分からない」
涼が頭を抱える。
ププだけが、いつものように何も言わず二人の間をぷやぷやと漂っていた。
その姿を見て、杏は少しだけ安心する。
少なくとも、ププは変わらない。
記憶もない。
それでも、二人のそばにいた。
「……ププは、怖くないよね」
杏が呟くと、ププがこちらを向いた。
「怖い?」
「ううん。なんでもない」
ププは首を傾げた。
「杏は、松本を助けたいの?」
「うん」
「どうして?」
「死んじゃって、可哀想だし」
ププは少し考えた。
「僕も死んでるよ」
「うん」
「じゃあ、僕も助けてくれる?」
杏は一瞬だけ言葉を失った。
「もちろん」
そう答えると、ププは嬉しそうに、ほんの少しだけ浮き上がった。
涼はその様子を黙って見ていた。
ププを助ける。松本を助ける。
それとも、プヤにはそれぞれ違う「死に方」があるのだろうか。
考えているうちに、杏が突然走り出した。
「赤いカーペット探そう!」
「ちょっと、どこにあるか分かってるの?」
「分かんない!」
「分かんないのに走るな!」
涼も追いかける。
快兎もついてくる。
ププもぷやぷやと漂っていく。
松本だけが旧校舎に取り残された。
「……おい」
誰も戻ってこない。
「おい!」
松本は叫んだ。
「俺を置いてくなよ!」
その声を聞きながら、齋藤は一人、廊下の窓から外を眺めていた。
「……赤いカーペットねぇ」
小さく呟く。
「そんな都合よくあるかよ」
その日の夕方。
二人は学校中を探し回った。
体育倉庫。
視聴覚室。
体育館。
生徒会室。
職員室。
どこにもない。
「もう諦めようよ」
涼が言う。
「嫌」
「即答?」
「だって、松本、消えちゃうんでしょ」
「……うん」
「じゃあ探す」
杏は息を切らしながら、廊下を歩き続ける。
「私、プヤのこと何も知らないから」
「私もだよ」
「でも、知らないからって放っておく理由にはならないでしょ」
涼は何も言わなかった。
しばらくして、二人は旧校舎の倉庫に戻ってきた。
そのときだった。
「あ」
杏が声を上げた。
倉庫の隅に、何かが積まれている。
古びた机。
壊れた椅子。
古い校旗。
そして、その下に。
「……赤い」
布が見えた。
二人で引っ張り出す。埃が舞ってふたりは咳き込んだ。
目をしかめて見ると、それは古い式典用の赤いカーペットだった。
「あった……」
「嘘でしょ」
涼は呆然とする。
杏は笑った。
「よし!」
「いや、よしじゃないよ。これどうやって運ぶの?」
二人で持ち上げる。
とても重い。
「無理!」
「ちゃんと持って!」
「持ってる!」
「もっと!」
「持ってるって!」
そのとき、赤いカーペットの端が床に触れた。
ぞわり、と空気が変わった。
ププが止まる。
快兎も止まる。
そして、旧校舎の奥から松本の声が聞こえた。
「……おい」
二人が顔を見合わせる。
「なんだよ、それ」
松本の声だった。
「なんでそんなもん持ってんだよ」
「松本さんを外に出すため」
「……俺を?」
「うん」
しばらく沈黙があった。
「……馬鹿じゃねえの」
松本は笑った。
「俺なんか助けても、しょうがねえだろ」
「しょうがあるよ」
杏が言った。
「松本は、まだここにいるんだから」
松本は黙った。
赤いカーペットを旧校舎の廊下に敷く。
そして、松本がその上に立つ。
足元から、じわりと赤い光が滲んだ。
「うお……」
松本の身体が、ほんの少しだけ動いた。
一歩。
ほんの数センチ。
それだけだった。
「動いた!」
杏が叫ぶ。
「うるせえ!」
松本は怒鳴りながらも、少し笑っていた。
一歩。
また一歩。
カーペットの上だけを、松本は進んでいく。
しかし、旧校舎の出口まであと少しというところで、身体が突然揺らいだ。
「っ……!」
松本の輪郭が薄くなる。
腕が透ける。
顔までぼやけていく。
「松本!」
涼が叫ぶ。
「触るな!」
齋藤が飛び込んできた。
「カーペットから出すな!」
「でも!」
「こいつはもう二回目の死に入ってる。無理に動かせば、そのまま消えるぞ」
「じゃあどうすればいいの!」
杏が叫ぶ。
齋藤は答えなかった。
その顔を見て、涼は気づいた。
この男も分かっていない。
松本を退治すると言っていた。
けれど、本当は。
どうすれば松本が救われるのかを知らないのだ。
「齋藤さん」
涼が言った。
「あなたも、分からないんですね」
「……」
「だから退治するしかないと思ってる」
齋藤は黙っていた。
その瞬間、松本が笑った。
「はは……なんだよ」
皆が松本を見る。
「結局、誰も分かってねえじゃねえか」
松本は笑っていた。
「俺がなんでここにいるのかも。なんで死んだのかも。どうすりゃ消えるのかも」
そして、自分の首元を触ろうとする。
しかし手は首をすり抜けた。
「……俺自身も分かんねえ」
快兎が静かになった。
いつもなら何かを喋るはずなのに、何も言わない。
ププだけが松本の前に浮かんでいた。
「松本」
ププが言った。
「なに」
「僕も、分からないよ」
「……あ?」
「僕が誰なのかも。どうして死んだのかも」
松本は黙る。
「でも」
ププは少しだけ笑った。
「分からなくても、ここにいていいんじゃない?」
松本は答えなかった。
杏がカーペットをもう一度整える。
「行こう」
「どこへだよ」
「外」
「俺、出られねえぞ」
「やってみないと分からないじゃん」
「……お前、本当に馬鹿だな」
「よく言われる」
杏は笑った。
涼もカーペットを押さえる。
「手伝う」
「お前も馬鹿だな」
「杏の友達だから」
松本は鼻で笑った。
「最悪の友達だな」
悪態をつきながら、赤いカーペットの上を、松本は進んでいく。
一歩。
また一歩。
旧校舎の出口が近づく。
そして最後の一歩を踏み出した瞬間。
松本の身体が、ふっと軽くなった。
透けていた足が、少しだけ濃くなる。
「……出られた?」
涼が呟く。
松本は自分の足を見る。
確かに、旧校舎の外に立っていた。
「俺……」
松本は呟いた。
「出られた」
その顔には、今までになかった表情が浮かんでいた。
そのとき、快兎が突然叫んだ。
「そうだ!」
全員が振り返る。
「僕、思い出した!」
「何を?」
杏が尋ねる。
快兎は頭を抱えた。
「僕、昔ここで見たことある!」
「何を?」
「誰かが死んだところ!」
空気がしんと静まった。
快兎は首を傾げる。
「……いや」
「違うかも」
「誰かが死んだんじゃなくて」
「誰かが殺された?」
「でも僕は、その人を知ってる」
快兎の顔から、いつもの子供っぽい笑顔が消えた。
「その人の名前は――」
そこまで言った瞬間、快兎の姿が大きく揺らいだ。
「……あれ?」
そして、何もなかったように笑う。
「忘れちゃった!」
「おい!」
松本が怒鳴る。
しかし快兎は、ぴょこぴょこと廊下の奥へ飛んでいく。
「待て!」
杏が追いかける。
涼も続く。
ププも飛んでいく。
松本はその場に立ち尽くしていた。
「……俺は」
誰にも聞こえない声で呟く。
「誰に殺されたんだ?」
その問いに答える者はいなかった。
ただ、旧校舎の窓ガラスに映った松本の姿だけが、ほんの一瞬。
首に縄の跡を残したまま、笑っていた。