リスキーダイス
No. 1
身勝手
いつものように学校へ行って、モモナとハナと喋って、それから授業を受けて帰る。私の毎日はそれの繰り返しだった。
おはよー、昨日のドラマ観た? 、やばかったよね、待って課題やってないかも、男子うるさ、先生来た! また後でねー。いつも大体こんな感じ。
「今日の課題だが、男子は無しでいい。女子はちゃんと出すように」
先生がそう言った時、空気がザワリと揺れた気がした。隣の席の男の子は、よく分かんないけどラッキー、と私に向けてピースをしてみせる。少し離れた席のモモナは不満を感じた時によくやる、眉を寄せてはあ? と言いたそうな表情をしていた。
その日の放課後、一番に話題にあがったのはそのことだった。
「さっきの、男子だけ宿題なしって何?ウチらやったのにイミ分かんない」
「ね、女子みんなやったのにね」
明るい茶色の髪をクルクル指に巻き付けながらモモナが男子を一瞥して、普段は穏やかなハナもそれに同調するように頷いた。拳を付き合わせて喜ぶ男子たちの中、シュンヤくん、シノンくん、トモノリくんの三人がヒッソリ内緒話をしているのが見えた。
最近男子たちコソコソ遊んでて怪しくない? と言えば、すかさずモモナが、昼放課いないよね、と返事をした。
「何してんのかな、一回男子たちに聞いてみようよ」
私も確かに、と頷いて三人連れ立ってシュンヤくんたちの前に立った。
「最近さ、お昼遊びに行ってるみたいなの何してるの?」
「何もないよ」
「何も無いとか嘘だよね?」
「ね、男子だけ宿題なくなってるとか、なんかやってるんじゃないの?」
畳み掛けるように喋る私たちに気圧されたのか、トモノリくんが、えっと、とたじろいだように目を泳がせた。
「うちら誰にも言わないし、なんかやってんだったら教えてよ」
「誰にも言わないよね」
「秘密にするよね」
ねー、と三人で目を見合わせる。絶対に聞き出してやるんだから。
ちょっとお前ら、と言ってシュンヤくんが男子二人の肩を組む。後ろを向きながらひそひそ何かを相談して、話がまとまったのかこちらに向き直り、んん、とわざとらしく咳払いをした。
「裏山行ってたのはほんとなんだけど、裏山でこんなサイコロ見つけちゃって」
こんなの、と言いながらシュンヤくんは手のひらをこちらに差し出す。そこには「当たり」とたくさん書かれた、多面体の物体が載っていた。
なにそれ? と口に出すと私の隣でハナも同じように首を傾げていた。
「振って当たりが出たら願いが叶うっぽいんだよね」
シュンヤくんのその言葉に、モモナがすかさず、そんなわけないじゃん! と反論した。願いが叶うサイコロなんて、そんな空想の中のものがある訳ない。私もコクコク頷いた。
「やってみる?」
「絶対嘘だよ! それとも、三人が頑張って私たちの願いを叶えてくれるってこと?」
「いいから、試しにやってみたらいいじゃん。何か願ってみなよ」
そうしてサイコロは私の手元に回ってきた。願い、なんて急に言われても思いつくようなものはなくて。頭をフル回転させて、毎日の生活から叶ったら嬉しい願いを引っ張り出す。
「思いついた! これ振ったらいいんだよね?」
手のひらでサイコロを転がしながら、男子三人が大きく頷くのを見届けた。
「昨日ネットで買った服、送料無料になりますように! ……あ、当たり出た」
「でもこんなんでホントになる訳ないじゃん、しょーもないな」
「ね、つまんないし帰ろ」
モモナもハナも鞄を掴んで教室を出てしまったから、机に転がったままのサイコロをシノンくんに押し付けて後を追いかけた。
家の最寄り駅で降りて一人になり、今日の出来事を思い返していた時、あのお願いをしたのはちょっとノリ悪かったかな、なんて考えた。トモノリくんから十円ガム貰えますようとか、私が失くしたヘアピンをシノンくんが見つけてくれますようにとかみたいな、本人次第で簡単に叶えられるやつにしたら良かったな。昨日使った通販のサイトが黄色いダンボールで届いたら送料無料になるキャンペーンをやっているのは事実だけど、そこにあの男子たち三人が介入することはできないだろうから。
なんてたくさんのことを考えながら自宅に着いた時、玄関先に置き配された荷物が目に入った。黄色いダンボール。送料無料のやつだ!
翌日、挨拶する時間も惜しいくらいの勢いで、モモナとハナの元へ向かった。
「おはよ!ねえ聞いて、黄色いダンボール届いててさ、送料無料だったんだけど!」
朝だからか半分くらいしか瞼の開いていなかったハナの目が大きく開いて、モモナもびっくりしたように、ガチ!? と声をあげた。
「でもたまたまかもしれなくない!? そんなサイコロほんとにある訳ないもん」
そうだよねたまたまかも、なんてモモナと騒いでいると教室のドアが勢い良く開いて担任の横川先生が入ってきた。
「このクラスは一体何をしているんだね? 校長先生が宿題に百万円出すとか言ってるし、誰が頼んだのかよく分からないピザも届いているし」
「ピザ!?」
バッと振り向く。あのサイコロをつまんでニヤニヤ笑う三人がいた。
「これは一体どういうことなのか、誰か説明してくれるかな」
怒ったような、困惑したような表情の横川先生に、シュンヤくんが自慢げに口を開いた。
「今から言うこと秘密にしてもらってもいいっすか?」
「……内容次第かな」
「これがちで、冗談じゃないんですけど、願いが叶うサイコロ見つけちゃったんすよ!」
「……何を言っているんだね君たちは」
「そう思うじゃないすか、ほんとなんすよ! ピザも、百万円も! 先生もやってみてくださいよ」
シュンヤくんが差し出したサイコロを先生が渋々受け取った。少し考え込むような素振りを見せてサイコロを投げたあと、当たりが出たから叶うってことだよね、と言い残して帰っていった。
何だったワケ? さあ? とみんなで目を合わせていたけど、男子たちはピザを食べ始めてしまって、女子だけで恋バナが始まった。
「最近さ、カレシできて」
「えそうなの! おめでとう!」
あー始まったな、と思った。涙袋にきゅっと力を入れて、口の端を斜め上に引き上げる。これが一番可愛くみえる笑い方。
「元々ね、ヒマと私とカレシと三人で仲良かったのね。私が付き合って、最近デートとか行ってるの。中華街この前行ったんだー! 超楽しかった」
「いいな、何食べたの?」
「めっちゃデカイ肉まん!」
「おいしそー!」
ね、とハナが首をコテンと倒してこちらを見る。
うんうんと頷いて、横浜いいねーなんて言ってみた。
「ホント楽しかった! ヒマも彼氏作りなよー」
まあね、と曖昧に答えて視線を逸らした。全材料をトッピングした、美味しそうなピザ。サイコロを振っただけであれが届くなら、もしかしたら。
*
ユウトと最初に仲が良かったのは私だった。ずっと好きだったのだって私だ。モモナは私と仲が良かったから、私を介してちょこっとユウトと話したことあるだけ。それだけのはずだったのに。
「ユウトに告白したの! 返事はまだだから緊張するなー」
「モモナに告白されたんだよね。好きって訳じゃないけど今の関係性も崩したくなくて」
そうなんだ、上手くいくといいねって。何も気にしてないですよ、みたいな顔を装って答えたけど。答えたけど!
信じられない、有り得ない、どうかしてる!私がユウトのことを好きって、絶対気付いてるのに告白したモモナも、私の好意に薄々勘付いてたはずなのに嬉しそうに能天気に笑ってるユウトも!
最低な人たちって思ったけど、それでも大切な友だちだったから切り替えて応援しようと思ったのに。
「ヒマも彼氏作りなよー」
そう言ったモモナの勝ち誇ったようなあの顔!勉強しようと思った矢先にお母さんから勉強しなさい、と言われた時より、クラスメイトがやらかして連帯責任で怒られた時よりずっとムカついた!だからサイコロを振って願い事をした。私の方がユウトに似合ってる、そんなの分かりきったことだから。
大体、モモナはユウトの隣に立つために何の努力もしてない。黒髪派って言ってたから、染めたいと思ってたけどずっと黒髪だ。モモナは入学したときから明るいブロンドなのに。
サイコロを振って、ユウトとモモナが別れますように、私が付き合えますように、そう祈った。
薄々勘づいていたけどあのサイコロはやっぱり本物みたいで、面白いくらいに上手くいった。ユウトからやっぱりヒマがいいって連絡がきて、電話で告白してもらった。
きっと、それが悪かったのだ。だからこんなことになってるのかも。時間の流れがいつもよりゆっくりに感じる。下ろしていた髪の毛が風圧で顔にかかった。何かを掴もうとした手が空を切る。どこからかドン、と大きな音が聞こえて、強い衝撃を背中に感じた。
*
目が覚めると、一面が白い部屋に寝かされていた。左側にある大きな窓の外はどんよりと曇り空で、頬を撫でるエアコンの風もなんだか生ぬるいように感じた。右足が天井から下がるギプスに固定されてじんわりとした痛みだけがある。頭が少し痛む。スマホを探そうと体を動かすも、見つからなかった。ぼんやりと窓の外を眺めていると、看護師がやってきて、私と目が合うとバタバタと部屋を出ていった。
「全治三ヶ月ですね」
タブレットを片手に医者はそう言った。階段から落ちて、そのまま救急車で運ばれたのだという。現場検証をした警察によると、事件性はないだろうということだった。
それでも私には確信があった。これは事故なんかじゃない、あのサイコロのせいだ。多分、モモナが私を恨んで振ったんだろうと思う。
これからどうしたらいい? 穏やかな願いでも、人を傷付けるような願いでもなんでも叶えてくれる魔法のサイコロ。この存在がバレたらきっと私たちの問題に収まらない。だれもがこれを手に入れたいと思うだろうし、そのためには手段を選ばないだろう。だって、サイコロを最終的に手にすれば、行った全ての非道な行いは無かったことにできるのだから。
頭を打ったせいか、上手く考えがまとまらない。少し目を閉じた。
いつの間にか眠っていたのか、カーテンは閉められ、ベッドの上のテーブルに夜ご飯が置かれていた。ほかほかと湯気をあげるハンバーグ、色鮮やかに茹でられた付け合せの人参とじゃがいもとブロッコリー、胡椒のちらばったオニオンスープに、フルーツの乗ったヨーグルト。
「私ブロッコリーキライなんだよね」
モモナはブロッコリーが嫌いだった。あと、カリフラワーと小松菜も。だから私がそれを食べて、その分私の嫌いなきのこを食べてもらった。
「ヒマ、お腹いっぱい? 私ちょっともらおうか?」
すぐ満腹になる私の代わりに、モモナは食べるのを手伝ってくれた。
大好きな友達だ。嫌いだけど大好き。私の思い出の大半にモモナがいる。ぼんやりと視界が滲んでいく。瞬きをするとパタパタと手の甲に涙が落ちてきた。
*
翌日の朝、眩しさで目が覚めた。昨日の灰色が嘘のように、青く澄んだ空だった。沢山寝たおかげか、頭の痛みはすっかり引いている。
看護師さんが朝食を持って入ってきて、今日の検査について説明をしてくれた。頭部CTとレントゲン、その後に診察を行うらしい。元気そうな私に首を傾げて出ていった。
痛みが少ないなと思っていたが、どうやら治っていたらしい。検査結果異常なし、骨なんて絶対折れていたはずなのに仮骨すら形成されておらず、医者はありえない、と何度も呟いていた。
もう何度も起こるおかしな出来事に慣れてしまった私は、サイコロのおかげだな、と思った。きっと誰かが振ってくれたんだ。
サイコロを消す、と願うのはどうだろう。サイコロのおかげで叶った全ての代償を払ったって構わない。洋服の送料がかかったっていいし、ユウトと付き合えなくたっていい。それで、おかしくなってしまった人間関係も直るなら。
わたしが次にあのサイコロを手にした時、また自分の欲に飲み込まれてしまうこともあるかもしれない。それでも今なら、きっと、消すという選択肢を選べるような気がした。
いつものように学校へ行って、モモナとハナと喋って、それから授業を受けて帰る。私の毎日はそれの繰り返しだった。
おはよー、昨日のドラマ観た? 、やばかったよね、待って課題やってないかも、男子うるさ、先生来た! また後でねー。いつも大体こんな感じ。
「今日の課題だが、男子は無しでいい。女子はちゃんと出すように」
先生がそう言った時、空気がザワリと揺れた気がした。隣の席の男の子は、よく分かんないけどラッキー、と私に向けてピースをしてみせる。少し離れた席のモモナは不満を感じた時によくやる、眉を寄せてはあ? と言いたそうな表情をしていた。
その日の放課後、一番に話題にあがったのはそのことだった。
「さっきの、男子だけ宿題なしって何?ウチらやったのにイミ分かんない」
「ね、女子みんなやったのにね」
明るい茶色の髪をクルクル指に巻き付けながらモモナが男子を一瞥して、普段は穏やかなハナもそれに同調するように頷いた。拳を付き合わせて喜ぶ男子たちの中、シュンヤくん、シノンくん、トモノリくんの三人がヒッソリ内緒話をしているのが見えた。
最近男子たちコソコソ遊んでて怪しくない? と言えば、すかさずモモナが、昼放課いないよね、と返事をした。
「何してんのかな、一回男子たちに聞いてみようよ」
私も確かに、と頷いて三人連れ立ってシュンヤくんたちの前に立った。
「最近さ、お昼遊びに行ってるみたいなの何してるの?」
「何もないよ」
「何も無いとか嘘だよね?」
「ね、男子だけ宿題なくなってるとか、なんかやってるんじゃないの?」
畳み掛けるように喋る私たちに気圧されたのか、トモノリくんが、えっと、とたじろいだように目を泳がせた。
「うちら誰にも言わないし、なんかやってんだったら教えてよ」
「誰にも言わないよね」
「秘密にするよね」
ねー、と三人で目を見合わせる。絶対に聞き出してやるんだから。
ちょっとお前ら、と言ってシュンヤくんが男子二人の肩を組む。後ろを向きながらひそひそ何かを相談して、話がまとまったのかこちらに向き直り、んん、とわざとらしく咳払いをした。
「裏山行ってたのはほんとなんだけど、裏山でこんなサイコロ見つけちゃって」
こんなの、と言いながらシュンヤくんは手のひらをこちらに差し出す。そこには「当たり」とたくさん書かれた、多面体の物体が載っていた。
なにそれ? と口に出すと私の隣でハナも同じように首を傾げていた。
「振って当たりが出たら願いが叶うっぽいんだよね」
シュンヤくんのその言葉に、モモナがすかさず、そんなわけないじゃん! と反論した。願いが叶うサイコロなんて、そんな空想の中のものがある訳ない。私もコクコク頷いた。
「やってみる?」
「絶対嘘だよ! それとも、三人が頑張って私たちの願いを叶えてくれるってこと?」
「いいから、試しにやってみたらいいじゃん。何か願ってみなよ」
そうしてサイコロは私の手元に回ってきた。願い、なんて急に言われても思いつくようなものはなくて。頭をフル回転させて、毎日の生活から叶ったら嬉しい願いを引っ張り出す。
「思いついた! これ振ったらいいんだよね?」
手のひらでサイコロを転がしながら、男子三人が大きく頷くのを見届けた。
「昨日ネットで買った服、送料無料になりますように! ……あ、当たり出た」
「でもこんなんでホントになる訳ないじゃん、しょーもないな」
「ね、つまんないし帰ろ」
モモナもハナも鞄を掴んで教室を出てしまったから、机に転がったままのサイコロをシノンくんに押し付けて後を追いかけた。
家の最寄り駅で降りて一人になり、今日の出来事を思い返していた時、あのお願いをしたのはちょっとノリ悪かったかな、なんて考えた。トモノリくんから十円ガム貰えますようとか、私が失くしたヘアピンをシノンくんが見つけてくれますようにとかみたいな、本人次第で簡単に叶えられるやつにしたら良かったな。昨日使った通販のサイトが黄色いダンボールで届いたら送料無料になるキャンペーンをやっているのは事実だけど、そこにあの男子たち三人が介入することはできないだろうから。
なんてたくさんのことを考えながら自宅に着いた時、玄関先に置き配された荷物が目に入った。黄色いダンボール。送料無料のやつだ!
翌日、挨拶する時間も惜しいくらいの勢いで、モモナとハナの元へ向かった。
「おはよ!ねえ聞いて、黄色いダンボール届いててさ、送料無料だったんだけど!」
朝だからか半分くらいしか瞼の開いていなかったハナの目が大きく開いて、モモナもびっくりしたように、ガチ!? と声をあげた。
「でもたまたまかもしれなくない!? そんなサイコロほんとにある訳ないもん」
そうだよねたまたまかも、なんてモモナと騒いでいると教室のドアが勢い良く開いて担任の横川先生が入ってきた。
「このクラスは一体何をしているんだね? 校長先生が宿題に百万円出すとか言ってるし、誰が頼んだのかよく分からないピザも届いているし」
「ピザ!?」
バッと振り向く。あのサイコロをつまんでニヤニヤ笑う三人がいた。
「これは一体どういうことなのか、誰か説明してくれるかな」
怒ったような、困惑したような表情の横川先生に、シュンヤくんが自慢げに口を開いた。
「今から言うこと秘密にしてもらってもいいっすか?」
「……内容次第かな」
「これがちで、冗談じゃないんですけど、願いが叶うサイコロ見つけちゃったんすよ!」
「……何を言っているんだね君たちは」
「そう思うじゃないすか、ほんとなんすよ! ピザも、百万円も! 先生もやってみてくださいよ」
シュンヤくんが差し出したサイコロを先生が渋々受け取った。少し考え込むような素振りを見せてサイコロを投げたあと、当たりが出たから叶うってことだよね、と言い残して帰っていった。
何だったワケ? さあ? とみんなで目を合わせていたけど、男子たちはピザを食べ始めてしまって、女子だけで恋バナが始まった。
「最近さ、カレシできて」
「えそうなの! おめでとう!」
あー始まったな、と思った。涙袋にきゅっと力を入れて、口の端を斜め上に引き上げる。これが一番可愛くみえる笑い方。
「元々ね、ヒマと私とカレシと三人で仲良かったのね。私が付き合って、最近デートとか行ってるの。中華街この前行ったんだー! 超楽しかった」
「いいな、何食べたの?」
「めっちゃデカイ肉まん!」
「おいしそー!」
ね、とハナが首をコテンと倒してこちらを見る。
うんうんと頷いて、横浜いいねーなんて言ってみた。
「ホント楽しかった! ヒマも彼氏作りなよー」
まあね、と曖昧に答えて視線を逸らした。全材料をトッピングした、美味しそうなピザ。サイコロを振っただけであれが届くなら、もしかしたら。
*
ユウトと最初に仲が良かったのは私だった。ずっと好きだったのだって私だ。モモナは私と仲が良かったから、私を介してちょこっとユウトと話したことあるだけ。それだけのはずだったのに。
「ユウトに告白したの! 返事はまだだから緊張するなー」
「モモナに告白されたんだよね。好きって訳じゃないけど今の関係性も崩したくなくて」
そうなんだ、上手くいくといいねって。何も気にしてないですよ、みたいな顔を装って答えたけど。答えたけど!
信じられない、有り得ない、どうかしてる!私がユウトのことを好きって、絶対気付いてるのに告白したモモナも、私の好意に薄々勘付いてたはずなのに嬉しそうに能天気に笑ってるユウトも!
最低な人たちって思ったけど、それでも大切な友だちだったから切り替えて応援しようと思ったのに。
「ヒマも彼氏作りなよー」
そう言ったモモナの勝ち誇ったようなあの顔!勉強しようと思った矢先にお母さんから勉強しなさい、と言われた時より、クラスメイトがやらかして連帯責任で怒られた時よりずっとムカついた!だからサイコロを振って願い事をした。私の方がユウトに似合ってる、そんなの分かりきったことだから。
大体、モモナはユウトの隣に立つために何の努力もしてない。黒髪派って言ってたから、染めたいと思ってたけどずっと黒髪だ。モモナは入学したときから明るいブロンドなのに。
サイコロを振って、ユウトとモモナが別れますように、私が付き合えますように、そう祈った。
薄々勘づいていたけどあのサイコロはやっぱり本物みたいで、面白いくらいに上手くいった。ユウトからやっぱりヒマがいいって連絡がきて、電話で告白してもらった。
きっと、それが悪かったのだ。だからこんなことになってるのかも。時間の流れがいつもよりゆっくりに感じる。下ろしていた髪の毛が風圧で顔にかかった。何かを掴もうとした手が空を切る。どこからかドン、と大きな音が聞こえて、強い衝撃を背中に感じた。
*
目が覚めると、一面が白い部屋に寝かされていた。左側にある大きな窓の外はどんよりと曇り空で、頬を撫でるエアコンの風もなんだか生ぬるいように感じた。右足が天井から下がるギプスに固定されてじんわりとした痛みだけがある。頭が少し痛む。スマホを探そうと体を動かすも、見つからなかった。ぼんやりと窓の外を眺めていると、看護師がやってきて、私と目が合うとバタバタと部屋を出ていった。
「全治三ヶ月ですね」
タブレットを片手に医者はそう言った。階段から落ちて、そのまま救急車で運ばれたのだという。現場検証をした警察によると、事件性はないだろうということだった。
それでも私には確信があった。これは事故なんかじゃない、あのサイコロのせいだ。多分、モモナが私を恨んで振ったんだろうと思う。
これからどうしたらいい? 穏やかな願いでも、人を傷付けるような願いでもなんでも叶えてくれる魔法のサイコロ。この存在がバレたらきっと私たちの問題に収まらない。だれもがこれを手に入れたいと思うだろうし、そのためには手段を選ばないだろう。だって、サイコロを最終的に手にすれば、行った全ての非道な行いは無かったことにできるのだから。
頭を打ったせいか、上手く考えがまとまらない。少し目を閉じた。
いつの間にか眠っていたのか、カーテンは閉められ、ベッドの上のテーブルに夜ご飯が置かれていた。ほかほかと湯気をあげるハンバーグ、色鮮やかに茹でられた付け合せの人参とじゃがいもとブロッコリー、胡椒のちらばったオニオンスープに、フルーツの乗ったヨーグルト。
「私ブロッコリーキライなんだよね」
モモナはブロッコリーが嫌いだった。あと、カリフラワーと小松菜も。だから私がそれを食べて、その分私の嫌いなきのこを食べてもらった。
「ヒマ、お腹いっぱい? 私ちょっともらおうか?」
すぐ満腹になる私の代わりに、モモナは食べるのを手伝ってくれた。
大好きな友達だ。嫌いだけど大好き。私の思い出の大半にモモナがいる。ぼんやりと視界が滲んでいく。瞬きをするとパタパタと手の甲に涙が落ちてきた。
*
翌日の朝、眩しさで目が覚めた。昨日の灰色が嘘のように、青く澄んだ空だった。沢山寝たおかげか、頭の痛みはすっかり引いている。
看護師さんが朝食を持って入ってきて、今日の検査について説明をしてくれた。頭部CTとレントゲン、その後に診察を行うらしい。元気そうな私に首を傾げて出ていった。
痛みが少ないなと思っていたが、どうやら治っていたらしい。検査結果異常なし、骨なんて絶対折れていたはずなのに仮骨すら形成されておらず、医者はありえない、と何度も呟いていた。
もう何度も起こるおかしな出来事に慣れてしまった私は、サイコロのおかげだな、と思った。きっと誰かが振ってくれたんだ。
サイコロを消す、と願うのはどうだろう。サイコロのおかげで叶った全ての代償を払ったって構わない。洋服の送料がかかったっていいし、ユウトと付き合えなくたっていい。それで、おかしくなってしまった人間関係も直るなら。
わたしが次にあのサイコロを手にした時、また自分の欲に飲み込まれてしまうこともあるかもしれない。それでも今なら、きっと、消すという選択肢を選べるような気がした。