リスキーダイス
No. 16
『人間であるが故』
「……というわけです。」
しゅんやが説明を終えると、教室は沈黙が流れた。
机の上には例の黒い二十面サイコロが〈当〉を上にしながら置かれている。
「へぇ、これがねえ。」
横川先生は興味深そうにサイコロを手にとった。国語科担当の二七歳未婚。普段は生徒との距離は近く、どこにでもいる若手教師だ。
「で、これを振ると願いが叶う、だって?」
「そうです。全部が全部、思った通りになるかはわからないですけど。」
「へぇ…。」
先生はサイコロを裏返したり、窓から差し込む光に当ててみたりしている。
「ちなみに名前とかはあるの」
「このサイコロが入っている箱には『プヤ』って書かれてました。」
しのんが得意げに答えた。
「プヤ?」
「なんか呼びやすいですよね。なんだか親近感が湧くというか。」
「いや、全然わからんけど。」
先生が笑うと、ひまもつられて小さく笑った。
「でも、本当に願いが叶うなら凄いですよね。今日の課題だって偶然にしてはできすぎてるし。」
「今日の課題?」
先生はその言葉に疑問を持っていた。
「今日の朝、国語の課題が無くなればって願ったんです。そしたらそれが叶って。」
「……?」
先生は終始訝しげな表情をしたままだった。
「もしかして、先生、今日男子たちが課題がないことが最初から当たり前だったんじゃないかな。それだったらいまの課題の話が分からないのも納得いくよ。」
はながそう言う。
「ていうか、そもそも学校にサイコロなんか持ってきて何するの? 授業中に変なことばっかしてるから、先生に目を付けられるんでしょ?」
「いや、お前らが聞いてきたんだろ。」
「はい? 聞かれたくなかったんならみんないるところでこそこそ話してないで、別の場所で話せばよかったじゃん。」
「はいはい、そこまで。」
ももなとしゅんやが言い争っているところを先生が割って入った。
「まあ、面白いものを見つけたからと言って、学校に持ってきて、しかも騒ぎを起こすのは良くないな。これは先生が預かっておこう。」
その言葉に、しゅんやの表情が変わった。
「それは無理です。」
「これ、俺らが見つけたんで。先生のものじゃないですよね。」
「別に取り上げようとしているわけじゃないさ。一歩間違えれば悲惨なことになる。」
「だったら私達も一緒に管理します。それなら文句ないですよね? 先生。」
しゅんやと先生の間にももなが入って行った。
「…そうか。」
女子たちが入ってきて先生は少し悩んだ末、許可を出し、サイコロを机の上に戻した。その時の先生は笑顔を崩さなかった。サイコロを戻す直前、ほんの一瞬だけ、その手が名残惜しそうに止まったことに気付いた者はいなかった。
とものり以外は。
*
「ねえ、今日の放課後、もう一度振ってみない?」
翌日の昼休み、しのんがお弁当を食べながら言った。
「昨日あれだけのことが起きたんだ。少しは警戒しないと。」
「えー、でもさ、願いが叶うんだよ? こんな面白いもの、使わない方が損だよ。いつなくなるかわからないし。」
「面白いで済めばいいけど。」
とものりはそう言って箸を動かした。三人の囲む机の真ん中にはプヤが置かれている。
「じゃあ今日は何お願いする?」
しのんの問いにしゅんやは少し考えた。
「金」
「昨日もお金の話してなかった?」
「昨日はしのんだろ? 今日は俺の番。」
「番とかあるの?」
「今俺が作った。」
しゅんやはプヤを持ち上げ、机の上に投げた。
「十万円! 自由に使える十万円が欲しい!」
少し高めに投げられたプヤは机に当たり、床に転げ落ちた。覗き込んでみると当たりの面を上にして止まっていた。
「よっしゃ!」
「いや、まだ何も起きてないだろ。
とものりが呆れたように言った。その直後だった。
「しゅんや? ちょっといいか?」
教室の入り口に立っていた横川先生がしゅんやを呼んだ。
もしかして願いが叶ったのか。それとも昨日の願いの代償が来て、何かやらかしたことになっているのだろうか。しゅんやはそんな微妙な表情を浮かべていた。
三人が教員室まで行くとひとつの封筒を手渡された。
「この前理科の美紀先生の研究の手伝いしただろ。その研究結果がすごいもんだったらしくてな。その謝礼らしい。」
しゅんやが恐る恐る封筒を開けるとそこには十万円が入っていた。
「…マジ?」
「大マジ。おめでとう。あとで美紀先生からも呼ばれるだろうから。少しここで待っててくれ。」
そういって横川先生職員室を後にした。
「やっべ、まじで金手に入ったじゃん。」
「凄いな。昨日はご飯に課題、今日はお金。もうたまたまだなんて言えないよ。これ本物だよ。」
しゅんやとしのんが驚きながら喜ぶ。
「次、俺ね。明日休みにならないかな。」
「そんなことで願い使うのかよ。」
「そんなことってなんだよ。高校生にとって大事だろ?」
そう言ってしのんがそういいながらプヤを投げた。
当たり。
「よっしゃ明日休み!」
「本当に休みになったら笑うわ。」
とものりはそう言ったものの、口元にわずかな笑みが浮かんでいた。
その夜、台風の接近による臨時休校の連絡が各家庭に届くことになる。
彼らの会話を盗み聞きしている女子生徒三人がいることを知らないまま。
*
「やっぱり、あれ本物なんじゃない? 休校にできてよかったね。私達にも使わせてよ。」
翌日の昼過ぎ、プヤをどうするか決めるために作ったグループにひまからメッセージが届く。
「本物だけど。なんで休校にしたこと知ってるんだよ。お前らいなかったじゃねえか。」
しゅんやは眉を顰めるかのように言う。
「昨日どこかで見られてたんじゃない?」
しのんは気にする様子もない。
「明日使わせてよ。」
「やっぱり危ないよ、ももちゃん。私どうなるかわからなくて怖い。」
「使えるときに使っとかなきゃ。あとで後悔してもしきれないよ、はなちゃん。」
「そうかなあ…。」
女子らが盛り上がる中、男子らだけのグループでも会議が行われていた。
「女子までちゃんと食いついてきちゃったな。どうしよう。」
「いいじゃん。人数増えた方が面白いって。」
「そういう問題じゃないんだよ。」
ため息をつくしゅんやと楽観的なしのんの対極的な性格がわかる会話が行われていた。
*
翌日の放課後、六人は校舎裏の空き教室に集まった。
「で、使わせて?」
ももなが机に肘を突きながら言ってくる。
「いいけど、突拍子もないことはする気じゃないだろうな。」
「なによ。男子らで独占する気? 先生に私たちが管理するって言っちゃったんだから。嘘になるよ。」
「確かにそれはそうだけど…。」
しゅんやとももなが言い争いになった。
「ねえ、みんなでひとつずつ試してみない? 変なことが起きたら、そこでやめればいいし。」
ひまが仲裁した。
「私、ほんとうにこういうの苦手。願いをかなえる代わりに、何か取られたり無くなってたりしないか心配で。」
「物語の読み過ぎよ、ひまちゃん。」
ももなが笑い飛ばす。
「願いが叶うんだったら、得しかないじゃん。そもそも、悪いことなんて起こるわけないでしょ。」
その言葉に、とものりが顔を上げた。
「……どうしてそう言い切れるの?」
「は?」
「願いが叶うってこと自体、普通じゃないんだよ。だったら、普通じゃないことが起きてもおかしくない。」
「めんどくさ。じゃあ、あんたは使わなきゃいいじゃん。」
とものりはそれ以上、何も言わなかった。
「えっと、みんながこれからも仲良くいられますように。」
「なにそれ、初詣?」
ひまのお願いにももなが笑う。
笑い声と共にプヤが落ちる音がした。当たり。
「…よかった。」
ひまは安心したように微笑んだ。
すると、ももなが手を挙げて。
「じゃあ私の番ね。私が何言っても怒られませんように。」
「お前、それ願いなのかよ。」
しゅんやが呆れた声を出す。
「うっさい。自由に願わせてよ。」
そういってプヤは宙を舞った。当たり。
その瞬間、誰もいないと思っていた廊下から足音が響いた。
横山先生だった。
ももなは反射的にプヤをポケットに隠した。
「お前たち、ここでなにしてるんだ。」
「別に、なにも。」
「もしかしてまたプヤを学校に盛って来たのか。」
「持ってきてないですよ。あれはしゅんやが家で保管してます。」
「そうか、ならいい。」
そう言って先生は教室から出て行った。
「あっぶな。私が怒られないって願わなきゃまずかったって。」
ももなはプヤをポケットから出して握りしめた。
「これ、最高じゃん。」
「本物っぽいね、これ。」
ひまを始め、みんなのプヤへの警戒心はどこにもなかった。
それから数日間、六人は一日一回お願いを続けた。しのんは倍率百倍のライブチケットを、しゅんやはゲームを、ひまは化粧品を、ももなは以前から気になっていた相手と話す機会を、はなは推しのグッズ全てを、とものりは小テストの点数を。
皆それぞれ欲しいものを欲しいだけ願った。全て出る面は当たりだった。
ただ、とものりだけはプヤを振る回数が少なかった。
「もっと使えばいいのに。」
しのんが言うと、とものりは首を横に振った。
「必要なことは、自分でどうにかしたい。」
「もったいないね。」
「僕の好きにさせてくれ。」
とものりとしのんはそれ以上の会話が続かず、沈黙の時間が流れた。
すると、横山先生が話しかけてきた。
「プヤを一回使わせてくれないかな。」
「え、いいですよ。」
しのんは無警戒にすっと先生にプヤを渡す。
「明日には返す。」
先生はそう言って立ち去って行った。
家に帰った先生は願った。もっと評価されたい。もっといい立場に就きたい、もっと周りから尊敬の目で見られたい。給料もっと上げたい。
少し若いというだけで面倒ごとを押し付けられ、生徒には舐められ、保護者からは授業やクラスについての小言を面談の度に言われてきていた。いつまでこんな生活続けなければならないのか。
そんな悩みを抱えている中で周りの目を少し気にしながら話し合う彼らをみつけた。話を聞いてみるとなんと偶然か。滅多にないチャンスだ。逃すわけにはいけない。そう心に強く念じた。
「くだらん世の中だ。」
大人になればなるほど生々しい願望が無数と湧いてくる。そう思いながら目を閉じた。
*
水曜日の放課後、六人が集まるとはながいつになく小さい声で話し始めた。
「もうそろお願いするの終わりにしない?」
「なんでさ。」
しのんが疑問を投げる。
「だって、おかしいよ。こんなに願いが叶うなんて。裏があるとしか思えない。」
「またその話?」
ももなが呆れたように言う。
「いいじゃん、得しかしてないのに。」
「本当にそうかな。先生も最近変。やたらとプヤについて聞いてくる。何かを知りたがってるような顔で。始めに声かけてきた時の顔と同じはずなのにどこか怖くて。」
「僕もそう思う。」
とものりが静かに言った。
「願い叶う度に、みんなすこし変わってる。最初は変わったことに対して喜んで、その世界を楽しんでいた。今はどうかな。変わった瞬間次の世界を考えてない?」
六人の口が動かなくなった。
「それの何が悪いの?」
しのんが言う。
とものりはプヤを手に取り、唯一赤い文字で書かれている面を表にする。
―――外れ―――
最初見つけた時は之が出たらどうなるのか不安だったけど投げて願いが叶っていた。たかが二十分の一
だ。当たるわけがない、と。そう思いながら投げていたが、みんな振って出る目は当たり。外れは出ないものと自然と考えるようになっていた。
改めて言われてみればまた意識してしまう。外れという文字に。
六人の静寂は続いたままだった。
「…一回だけだ。」
しゅんやが言った。
「最後に一回だけだ。これでもう終わりにしよう。」
「何を願うの?」
ひまが尋ねた。しゅんやは少し考えて、言った。
「この先、俺らにとって本当に必要なことが起きますように。」
「なにそれ。」
ももなが笑う。
「いいんだ。最後なら保険をかけとくべきだろ。何かあったら怖い。」
そういってしゅんやはプヤを投げた。当たりだった。
「よかった…。」
はながぺたっと地面に座る。
「何も起きないじゃん。」
ひまが呟いた。
「そんなもんだよ。これが僕たちにとって必要なものなのかもしれないし。」
とものりが言う。
「あれ、プヤはどこにいった?」
しゅんやが投げた地面に転がっているはずのプヤが消えていた。
「これが必要なものしかない世界なのか。」
とものりが言う。
自分の理想郷を作るため、願い、それで悠々自適に生きることができる世界。一見最高なのかもしれないが、私達にとっては必要のないものだったらしい。
じゃあいったい本当に必要なものはなんなのか。
それを探すのが人生なのかもしれない。
「……というわけです。」
しゅんやが説明を終えると、教室は沈黙が流れた。
机の上には例の黒い二十面サイコロが〈当〉を上にしながら置かれている。
「へぇ、これがねえ。」
横川先生は興味深そうにサイコロを手にとった。国語科担当の二七歳未婚。普段は生徒との距離は近く、どこにでもいる若手教師だ。
「で、これを振ると願いが叶う、だって?」
「そうです。全部が全部、思った通りになるかはわからないですけど。」
「へぇ…。」
先生はサイコロを裏返したり、窓から差し込む光に当ててみたりしている。
「ちなみに名前とかはあるの」
「このサイコロが入っている箱には『プヤ』って書かれてました。」
しのんが得意げに答えた。
「プヤ?」
「なんか呼びやすいですよね。なんだか親近感が湧くというか。」
「いや、全然わからんけど。」
先生が笑うと、ひまもつられて小さく笑った。
「でも、本当に願いが叶うなら凄いですよね。今日の課題だって偶然にしてはできすぎてるし。」
「今日の課題?」
先生はその言葉に疑問を持っていた。
「今日の朝、国語の課題が無くなればって願ったんです。そしたらそれが叶って。」
「……?」
先生は終始訝しげな表情をしたままだった。
「もしかして、先生、今日男子たちが課題がないことが最初から当たり前だったんじゃないかな。それだったらいまの課題の話が分からないのも納得いくよ。」
はながそう言う。
「ていうか、そもそも学校にサイコロなんか持ってきて何するの? 授業中に変なことばっかしてるから、先生に目を付けられるんでしょ?」
「いや、お前らが聞いてきたんだろ。」
「はい? 聞かれたくなかったんならみんないるところでこそこそ話してないで、別の場所で話せばよかったじゃん。」
「はいはい、そこまで。」
ももなとしゅんやが言い争っているところを先生が割って入った。
「まあ、面白いものを見つけたからと言って、学校に持ってきて、しかも騒ぎを起こすのは良くないな。これは先生が預かっておこう。」
その言葉に、しゅんやの表情が変わった。
「それは無理です。」
「これ、俺らが見つけたんで。先生のものじゃないですよね。」
「別に取り上げようとしているわけじゃないさ。一歩間違えれば悲惨なことになる。」
「だったら私達も一緒に管理します。それなら文句ないですよね? 先生。」
しゅんやと先生の間にももなが入って行った。
「…そうか。」
女子たちが入ってきて先生は少し悩んだ末、許可を出し、サイコロを机の上に戻した。その時の先生は笑顔を崩さなかった。サイコロを戻す直前、ほんの一瞬だけ、その手が名残惜しそうに止まったことに気付いた者はいなかった。
とものり以外は。
*
「ねえ、今日の放課後、もう一度振ってみない?」
翌日の昼休み、しのんがお弁当を食べながら言った。
「昨日あれだけのことが起きたんだ。少しは警戒しないと。」
「えー、でもさ、願いが叶うんだよ? こんな面白いもの、使わない方が損だよ。いつなくなるかわからないし。」
「面白いで済めばいいけど。」
とものりはそう言って箸を動かした。三人の囲む机の真ん中にはプヤが置かれている。
「じゃあ今日は何お願いする?」
しのんの問いにしゅんやは少し考えた。
「金」
「昨日もお金の話してなかった?」
「昨日はしのんだろ? 今日は俺の番。」
「番とかあるの?」
「今俺が作った。」
しゅんやはプヤを持ち上げ、机の上に投げた。
「十万円! 自由に使える十万円が欲しい!」
少し高めに投げられたプヤは机に当たり、床に転げ落ちた。覗き込んでみると当たりの面を上にして止まっていた。
「よっしゃ!」
「いや、まだ何も起きてないだろ。
とものりが呆れたように言った。その直後だった。
「しゅんや? ちょっといいか?」
教室の入り口に立っていた横川先生がしゅんやを呼んだ。
もしかして願いが叶ったのか。それとも昨日の願いの代償が来て、何かやらかしたことになっているのだろうか。しゅんやはそんな微妙な表情を浮かべていた。
三人が教員室まで行くとひとつの封筒を手渡された。
「この前理科の美紀先生の研究の手伝いしただろ。その研究結果がすごいもんだったらしくてな。その謝礼らしい。」
しゅんやが恐る恐る封筒を開けるとそこには十万円が入っていた。
「…マジ?」
「大マジ。おめでとう。あとで美紀先生からも呼ばれるだろうから。少しここで待っててくれ。」
そういって横川先生職員室を後にした。
「やっべ、まじで金手に入ったじゃん。」
「凄いな。昨日はご飯に課題、今日はお金。もうたまたまだなんて言えないよ。これ本物だよ。」
しゅんやとしのんが驚きながら喜ぶ。
「次、俺ね。明日休みにならないかな。」
「そんなことで願い使うのかよ。」
「そんなことってなんだよ。高校生にとって大事だろ?」
そう言ってしのんがそういいながらプヤを投げた。
当たり。
「よっしゃ明日休み!」
「本当に休みになったら笑うわ。」
とものりはそう言ったものの、口元にわずかな笑みが浮かんでいた。
その夜、台風の接近による臨時休校の連絡が各家庭に届くことになる。
彼らの会話を盗み聞きしている女子生徒三人がいることを知らないまま。
*
「やっぱり、あれ本物なんじゃない? 休校にできてよかったね。私達にも使わせてよ。」
翌日の昼過ぎ、プヤをどうするか決めるために作ったグループにひまからメッセージが届く。
「本物だけど。なんで休校にしたこと知ってるんだよ。お前らいなかったじゃねえか。」
しゅんやは眉を顰めるかのように言う。
「昨日どこかで見られてたんじゃない?」
しのんは気にする様子もない。
「明日使わせてよ。」
「やっぱり危ないよ、ももちゃん。私どうなるかわからなくて怖い。」
「使えるときに使っとかなきゃ。あとで後悔してもしきれないよ、はなちゃん。」
「そうかなあ…。」
女子らが盛り上がる中、男子らだけのグループでも会議が行われていた。
「女子までちゃんと食いついてきちゃったな。どうしよう。」
「いいじゃん。人数増えた方が面白いって。」
「そういう問題じゃないんだよ。」
ため息をつくしゅんやと楽観的なしのんの対極的な性格がわかる会話が行われていた。
*
翌日の放課後、六人は校舎裏の空き教室に集まった。
「で、使わせて?」
ももなが机に肘を突きながら言ってくる。
「いいけど、突拍子もないことはする気じゃないだろうな。」
「なによ。男子らで独占する気? 先生に私たちが管理するって言っちゃったんだから。嘘になるよ。」
「確かにそれはそうだけど…。」
しゅんやとももなが言い争いになった。
「ねえ、みんなでひとつずつ試してみない? 変なことが起きたら、そこでやめればいいし。」
ひまが仲裁した。
「私、ほんとうにこういうの苦手。願いをかなえる代わりに、何か取られたり無くなってたりしないか心配で。」
「物語の読み過ぎよ、ひまちゃん。」
ももなが笑い飛ばす。
「願いが叶うんだったら、得しかないじゃん。そもそも、悪いことなんて起こるわけないでしょ。」
その言葉に、とものりが顔を上げた。
「……どうしてそう言い切れるの?」
「は?」
「願いが叶うってこと自体、普通じゃないんだよ。だったら、普通じゃないことが起きてもおかしくない。」
「めんどくさ。じゃあ、あんたは使わなきゃいいじゃん。」
とものりはそれ以上、何も言わなかった。
「えっと、みんながこれからも仲良くいられますように。」
「なにそれ、初詣?」
ひまのお願いにももなが笑う。
笑い声と共にプヤが落ちる音がした。当たり。
「…よかった。」
ひまは安心したように微笑んだ。
すると、ももなが手を挙げて。
「じゃあ私の番ね。私が何言っても怒られませんように。」
「お前、それ願いなのかよ。」
しゅんやが呆れた声を出す。
「うっさい。自由に願わせてよ。」
そういってプヤは宙を舞った。当たり。
その瞬間、誰もいないと思っていた廊下から足音が響いた。
横山先生だった。
ももなは反射的にプヤをポケットに隠した。
「お前たち、ここでなにしてるんだ。」
「別に、なにも。」
「もしかしてまたプヤを学校に盛って来たのか。」
「持ってきてないですよ。あれはしゅんやが家で保管してます。」
「そうか、ならいい。」
そう言って先生は教室から出て行った。
「あっぶな。私が怒られないって願わなきゃまずかったって。」
ももなはプヤをポケットから出して握りしめた。
「これ、最高じゃん。」
「本物っぽいね、これ。」
ひまを始め、みんなのプヤへの警戒心はどこにもなかった。
それから数日間、六人は一日一回お願いを続けた。しのんは倍率百倍のライブチケットを、しゅんやはゲームを、ひまは化粧品を、ももなは以前から気になっていた相手と話す機会を、はなは推しのグッズ全てを、とものりは小テストの点数を。
皆それぞれ欲しいものを欲しいだけ願った。全て出る面は当たりだった。
ただ、とものりだけはプヤを振る回数が少なかった。
「もっと使えばいいのに。」
しのんが言うと、とものりは首を横に振った。
「必要なことは、自分でどうにかしたい。」
「もったいないね。」
「僕の好きにさせてくれ。」
とものりとしのんはそれ以上の会話が続かず、沈黙の時間が流れた。
すると、横山先生が話しかけてきた。
「プヤを一回使わせてくれないかな。」
「え、いいですよ。」
しのんは無警戒にすっと先生にプヤを渡す。
「明日には返す。」
先生はそう言って立ち去って行った。
家に帰った先生は願った。もっと評価されたい。もっといい立場に就きたい、もっと周りから尊敬の目で見られたい。給料もっと上げたい。
少し若いというだけで面倒ごとを押し付けられ、生徒には舐められ、保護者からは授業やクラスについての小言を面談の度に言われてきていた。いつまでこんな生活続けなければならないのか。
そんな悩みを抱えている中で周りの目を少し気にしながら話し合う彼らをみつけた。話を聞いてみるとなんと偶然か。滅多にないチャンスだ。逃すわけにはいけない。そう心に強く念じた。
「くだらん世の中だ。」
大人になればなるほど生々しい願望が無数と湧いてくる。そう思いながら目を閉じた。
*
水曜日の放課後、六人が集まるとはながいつになく小さい声で話し始めた。
「もうそろお願いするの終わりにしない?」
「なんでさ。」
しのんが疑問を投げる。
「だって、おかしいよ。こんなに願いが叶うなんて。裏があるとしか思えない。」
「またその話?」
ももなが呆れたように言う。
「いいじゃん、得しかしてないのに。」
「本当にそうかな。先生も最近変。やたらとプヤについて聞いてくる。何かを知りたがってるような顔で。始めに声かけてきた時の顔と同じはずなのにどこか怖くて。」
「僕もそう思う。」
とものりが静かに言った。
「願い叶う度に、みんなすこし変わってる。最初は変わったことに対して喜んで、その世界を楽しんでいた。今はどうかな。変わった瞬間次の世界を考えてない?」
六人の口が動かなくなった。
「それの何が悪いの?」
しのんが言う。
とものりはプヤを手に取り、唯一赤い文字で書かれている面を表にする。
―――外れ―――
最初見つけた時は之が出たらどうなるのか不安だったけど投げて願いが叶っていた。たかが二十分の一
だ。当たるわけがない、と。そう思いながら投げていたが、みんな振って出る目は当たり。外れは出ないものと自然と考えるようになっていた。
改めて言われてみればまた意識してしまう。外れという文字に。
六人の静寂は続いたままだった。
「…一回だけだ。」
しゅんやが言った。
「最後に一回だけだ。これでもう終わりにしよう。」
「何を願うの?」
ひまが尋ねた。しゅんやは少し考えて、言った。
「この先、俺らにとって本当に必要なことが起きますように。」
「なにそれ。」
ももなが笑う。
「いいんだ。最後なら保険をかけとくべきだろ。何かあったら怖い。」
そういってしゅんやはプヤを投げた。当たりだった。
「よかった…。」
はながぺたっと地面に座る。
「何も起きないじゃん。」
ひまが呟いた。
「そんなもんだよ。これが僕たちにとって必要なものなのかもしれないし。」
とものりが言う。
「あれ、プヤはどこにいった?」
しゅんやが投げた地面に転がっているはずのプヤが消えていた。
「これが必要なものしかない世界なのか。」
とものりが言う。
自分の理想郷を作るため、願い、それで悠々自適に生きることができる世界。一見最高なのかもしれないが、私達にとっては必要のないものだったらしい。
じゃあいったい本当に必要なものはなんなのか。
それを探すのが人生なのかもしれない。