リスキーダイス
No. 4
「あのプヤやばくない?」
横川先生が、俺たちの手元を覗き込んで言った。
俺はプヤを見た。
プヤというのは、この前裏山で見つけた二十面のサイコロのことだ。
十九個が「当たり」。たった一つが「ハズレ」。
昨日までは、ただの変わったサイコロだった。
でも今は違う。このサイコロは本当に願いを叶える。そう考えないと説明できないことが、もう何度も起きている。
「先生にも見せてくださいよ」
横川先生が言うと、しゅんやが少しだけ嫌そうな顔をした。
「触るだけですよ」
「別に取ったりしないよ」
横川先生が笑っていった。
しゅんやはしばらく横川先生を見たあと、プヤを渡した。
「変な形だね」
「二十面のサイコロで、プヤって言うんです。その上に、数字じゃなくて文字が書かれていて」
とものりが言う。
「ほとんど当たりだけど、一個だけハズレだね」
横川先生は呟いた。
俺たちは、ここ数日に起きたことを全部話した。
夕飯がハンバーグになったこと。
課題が免除されたこと。
ピザが届いたこと。
そして、他にもいくつか。
横川先生は黙って聞いていた。
「つまり、願いを言って、当たりが出れば、その願いが叶うってことかな?」
「たぶんそう」
とものりが答える。
「たぶんじゃないですよ」
俺は笑った。
「ほぼ確定です」
横川先生はしゅんやにプヤを返した。
「……なるほどな」
何となく、その「なるほど」が気になった。
横川先生はプヤそのものより、その向こうにある何かを考えているように見えた。
「だったら、一人一回くらい、ちゃんと願ってみてもいいんじゃないか?」と横川先生が提案してきた。
「一人一回?」
ひまが聞き返す。
横川先生は頷いた。
「もう偶然かどうかを確かめる段階じゃないだろ。せっかくなら、自分が本当に欲しいものを願ってみたらいいんじゃない?」
「……でもハズレがあるよ」
はなが不安そうな顔をした。
「一個だけでしょ。十九個は当たりなんだから、そんなの気にしなくていいじゃん」
ももなが言う。
まあ確かに、確率はだいぶ低い。
それなら大丈夫だ。
そう思った。
今思えば、あまりにも簡単な考えだった。
最初にプヤを振ったのは、しゅんやだった。
いつものしゅんやなら、くだらない願いを言うと思った。
でも、違った。
しゅんやは少し考えたあと、口を開いた。
「いま、風邪で寝込んでいる俺の母ちゃんの具合がよくなりますように」
俺は「ゲームが欲しい」とか「お金が欲しい」とかそんな願い事をすると思っていたので、少し意外だった。
しゅんやはプヤを振った。
『当たり』
「よし」
しゅんやはプヤを拾った。
「これで終わりな」
その日の夜。しゅんやのお母さんの風邪が急に治ったらしい。
翌日、しゅんやはそう言って笑っていた。
俺には、それがプヤの力なのか偶然なのか分からなかった。
次は俺の番だった。
「俺は、今日一日、絶対に退屈しない日にしてほしい」
そう願って、プヤを振る。
『当たり』
俺は笑った。
「最高じゃん」としゅんやが言う。
その日、学校にテレビ局が来た。
芸能人が突然学校に訪問する人気番組だった。
全校生徒が体育館に集められ、みんなクイズ大会やゲームをした。そして最後には芸能人の生ライブを観ることが出来た。
授業は当然全部なくなって、一日中笑っていた。
プヤは、俺の願いを完璧に叶えた。
俺が望んだ以上に。
次は、とものりの番だ。
「俺は……」
とものりは長いこと悩んだ。
俺が「何でもいいんだよ?」というと、「何でもいいからこそ、悩んでる」とものりは苦笑した。
そして、とものりは何かをひらめいたような顔をして、ようやく願いを言った。
「いまみたいに、俺が何かを迷ったときとか、パッと決められたい時、後悔しない方を選べるようにしてほしい」
とものりはプヤを振る。
『当たり』
その後、とものりは何かを決めるたびに妙に運がよくなった。
昼飯でどの店に入るか。
テストでどの問題から解くか。
帰り道にどの道を通るか。
なぜか全部、いい方向に転がる。
「すごくね?」
俺が言う。
「……便利すぎる」
とものりは笑わなかった。
「何が?」
「いま、本当に自分自身が判断してるのか分からなくなってくる」
その言葉が、少しだけ怖かった。
次は、ひまだった。
「私は……」
ひまはプヤを持って、少し照れながら言った。
「みんなに、今まで以上に好かれたい」
「ひまらしいな」
しゅんやが笑った。
ひまも笑って、プヤを振った。
『当たり』
それからしばらくして。
学校でひまの人気はさらに上がった。
男子から告白される。
女子から相談される。
先生からも頼られる。
みんながひまのことを好きになっていった。
最初はいいことに見えた。
でも、一週間も経つとおかしくなった。
誰もひまの意見に反対しない。
誰もひまを嫌わない。
ひまが何かを頼めば、みんなが喜んで手伝う。
ひまは困った顔をしていた。
「私、こんなつもりじゃ……」
それでも、誰も怒らない。
誰も責めない。
だからこそ、ひまは余計につらそうだった。
次は、ももな。
ももなはプヤを持つなり言った。
「私のことを馬鹿にするやつが、私の前では何も言えなくなりますように」
「うわ、具体的だな」
とものりが思わず声を出した。
「いいでしょ」
プヤが転がる。
『当たり』
その日の昼休み。
ももなと以前から仲の悪かった女子が、急にももなを見て黙り込んだ。
「……何?」
ももなが睨む。
女子は何も言わない。
次の日も。
その次の日も。
ももなに何か言おうとする人間は、途中で黙ってしまう。
「すごいね」
俺が言う。
「何が?」
「本当に誰も逆らわなくなってる」
ももなは笑った。
「当たり前じゃん」
その笑顔を見たとき。
俺は、ひまの願いよりもずっと怖いと思った。
ももな自身は、何も悪いことをしていない。
ただ願っただけだ。
それなのに。
周りの人間の自由まで変わってしまっている。
つまりこれは、誰かを幸せにするだけじゃない。
人を縛ることもできる。
傷つけることもできる。
その事実を初めて理解した。
そして、はな番になった。
はなはプヤを見つめたまま、なかなか振らなかった。
「どうした?」
ひまが聞く。
「……怖い」
「無理にやらなくてもいいんじゃない?」
とものりが言う。
はなは黙っていた。
そして。
「私だけは、みんなの問題に巻き込まれませんように」
そう小さな声で言ってプヤを振った。
『当たり』
はなは安心したように笑った。
その翌日から。
不思議なことが起きた。
何か事件が起きても、はなだけは巻き込まれない。
先生に怒られるときも。
喧嘩が起きたときも。
誰かが問題を起こしたときも。
なぜか、はなだけは無傷だった。
「良かったじゃん」
とものりが言う。
はなは少し複雑そうに笑った。
「……うん」
でも、みんなすぐに気づいた。
これは「守られている」というより。
「他人との関係から切り離されている」に近かった。
誰かが怒られているときも。
誰かが泣いているときも。
はなはその場にいられない。
クラスで起きることから、少しずつ外へ押し出されていた。
最後に残ったのが、横川先生だった。
横川先生はプヤを手に取った。
俺たちは黙ってそれを見ている。
「横川先生は何を願うんですか?」
ひまが聞いた。
横川先生はすぐには答えなかった。
横川先生プヤをしばらく眺めてから、もっと真剣に考えたいから、明日まで考えさせてくれ、といった。
そういって横川先生はプヤを持って外へ出て行ってしまった。
その日の放課後。
俺としゅんやととものりは裏山に集まっていた。
しゅんやが、最初に口を開いた。
「……おかしくないか?」
「何が?」
俺が聞く。
「当たりしか出てない」
「だから?」
「だから、怖いんだよ」
しゅんやはプヤを見た。
「この一個だけのハズレ」
とものりも頷く。
「俺も調べてみた」
「何を?」
「木箱」
とものりは裏返した。
そこには、最初には見つけられなかった文字が刻まれていた。
俺たちは全員で覗き込む。
そこには。
『当たりは願いを叶える』
そして、その下に。
『ハズレはこれまでに与えた幸福に見合う不幸を返す』
と書かれていた。
「……返す? どういうこと?」
俺が聞く。
とものりは答えた。
「今まで得た幸せが大きければ大きいほど、ハズレを引いたときの不幸も大きくなるんだよ」
俺は息を呑んだ。
「じゃあ……」
考える。
ハンバーグ。
課題免除。
ピザ。
しゅんやの願い。
俺の一日。
とものりの選択。
ひまの人間関係。
ももなの支配。
はなの安全。
全部。
「これ、かなり貯まってるんじゃね?」
俺は小さく呟く。
誰も笑わなかった。
「まだ誰も、ハズレを引いてないんだから」
その言葉の直後。
山の中で、ガサッという音がした。
俺たちは一斉に振り返った。
誰もいない。
ただ、風で木の葉が揺れている。
俺はプヤを見る。
黒い二十面の、異様な形。
十九の『当たり』の中に一つの『ハズレ』。
俺は今まで、それをゲームだと思っていた。
当たりが出れば願いが叶う。
それだけの、面白い遊び。
でも違った。
これは、俺たちに幸福を与えているんじゃない。
幸福を借金させている。
当たりが出るたびに、俺たちは知らないうちに「幸せ」を積み重ねている。
そしていつか。
ハズレを引いた瞬間。
その全部が、不幸になって返ってくる。
「……なあ」
しゅんやが言った。
「これ、最初から俺たちが振るように仕組まれてたんじゃないか?」
「え?」
「裏山に木箱があって、俺が見つけた」
「うん」
「そして俺たちは、何も知らずに使った」
俺は黙った。
もし、これが偶然じゃなかったら。
誰かが、このプヤを置いた理由は何なのか。
誰かが、このプヤを拾わせた理由は何なのか。
もしかしたら、誰がハズレを引かせるつもりなのか。
俺はそこで、初めて本気で思った。
もう捨てた方がいい。
山の奥にでも投げ捨てて。
二度と触らない方がいい。
その瞬間、いま横川先生がプヤを持っていることを思い出した。
「急いで、プヤを横川先生から取り戻そう」
俺は二人にそう言って、先生のもとへ向かおうとする。
振り返ると、そこには横川先生が立っていた。
横川先生が、俺たちの手元を覗き込んで言った。
俺はプヤを見た。
プヤというのは、この前裏山で見つけた二十面のサイコロのことだ。
十九個が「当たり」。たった一つが「ハズレ」。
昨日までは、ただの変わったサイコロだった。
でも今は違う。このサイコロは本当に願いを叶える。そう考えないと説明できないことが、もう何度も起きている。
「先生にも見せてくださいよ」
横川先生が言うと、しゅんやが少しだけ嫌そうな顔をした。
「触るだけですよ」
「別に取ったりしないよ」
横川先生が笑っていった。
しゅんやはしばらく横川先生を見たあと、プヤを渡した。
「変な形だね」
「二十面のサイコロで、プヤって言うんです。その上に、数字じゃなくて文字が書かれていて」
とものりが言う。
「ほとんど当たりだけど、一個だけハズレだね」
横川先生は呟いた。
俺たちは、ここ数日に起きたことを全部話した。
夕飯がハンバーグになったこと。
課題が免除されたこと。
ピザが届いたこと。
そして、他にもいくつか。
横川先生は黙って聞いていた。
「つまり、願いを言って、当たりが出れば、その願いが叶うってことかな?」
「たぶんそう」
とものりが答える。
「たぶんじゃないですよ」
俺は笑った。
「ほぼ確定です」
横川先生はしゅんやにプヤを返した。
「……なるほどな」
何となく、その「なるほど」が気になった。
横川先生はプヤそのものより、その向こうにある何かを考えているように見えた。
「だったら、一人一回くらい、ちゃんと願ってみてもいいんじゃないか?」と横川先生が提案してきた。
「一人一回?」
ひまが聞き返す。
横川先生は頷いた。
「もう偶然かどうかを確かめる段階じゃないだろ。せっかくなら、自分が本当に欲しいものを願ってみたらいいんじゃない?」
「……でもハズレがあるよ」
はなが不安そうな顔をした。
「一個だけでしょ。十九個は当たりなんだから、そんなの気にしなくていいじゃん」
ももなが言う。
まあ確かに、確率はだいぶ低い。
それなら大丈夫だ。
そう思った。
今思えば、あまりにも簡単な考えだった。
最初にプヤを振ったのは、しゅんやだった。
いつものしゅんやなら、くだらない願いを言うと思った。
でも、違った。
しゅんやは少し考えたあと、口を開いた。
「いま、風邪で寝込んでいる俺の母ちゃんの具合がよくなりますように」
俺は「ゲームが欲しい」とか「お金が欲しい」とかそんな願い事をすると思っていたので、少し意外だった。
しゅんやはプヤを振った。
『当たり』
「よし」
しゅんやはプヤを拾った。
「これで終わりな」
その日の夜。しゅんやのお母さんの風邪が急に治ったらしい。
翌日、しゅんやはそう言って笑っていた。
俺には、それがプヤの力なのか偶然なのか分からなかった。
次は俺の番だった。
「俺は、今日一日、絶対に退屈しない日にしてほしい」
そう願って、プヤを振る。
『当たり』
俺は笑った。
「最高じゃん」としゅんやが言う。
その日、学校にテレビ局が来た。
芸能人が突然学校に訪問する人気番組だった。
全校生徒が体育館に集められ、みんなクイズ大会やゲームをした。そして最後には芸能人の生ライブを観ることが出来た。
授業は当然全部なくなって、一日中笑っていた。
プヤは、俺の願いを完璧に叶えた。
俺が望んだ以上に。
次は、とものりの番だ。
「俺は……」
とものりは長いこと悩んだ。
俺が「何でもいいんだよ?」というと、「何でもいいからこそ、悩んでる」とものりは苦笑した。
そして、とものりは何かをひらめいたような顔をして、ようやく願いを言った。
「いまみたいに、俺が何かを迷ったときとか、パッと決められたい時、後悔しない方を選べるようにしてほしい」
とものりはプヤを振る。
『当たり』
その後、とものりは何かを決めるたびに妙に運がよくなった。
昼飯でどの店に入るか。
テストでどの問題から解くか。
帰り道にどの道を通るか。
なぜか全部、いい方向に転がる。
「すごくね?」
俺が言う。
「……便利すぎる」
とものりは笑わなかった。
「何が?」
「いま、本当に自分自身が判断してるのか分からなくなってくる」
その言葉が、少しだけ怖かった。
次は、ひまだった。
「私は……」
ひまはプヤを持って、少し照れながら言った。
「みんなに、今まで以上に好かれたい」
「ひまらしいな」
しゅんやが笑った。
ひまも笑って、プヤを振った。
『当たり』
それからしばらくして。
学校でひまの人気はさらに上がった。
男子から告白される。
女子から相談される。
先生からも頼られる。
みんながひまのことを好きになっていった。
最初はいいことに見えた。
でも、一週間も経つとおかしくなった。
誰もひまの意見に反対しない。
誰もひまを嫌わない。
ひまが何かを頼めば、みんなが喜んで手伝う。
ひまは困った顔をしていた。
「私、こんなつもりじゃ……」
それでも、誰も怒らない。
誰も責めない。
だからこそ、ひまは余計につらそうだった。
次は、ももな。
ももなはプヤを持つなり言った。
「私のことを馬鹿にするやつが、私の前では何も言えなくなりますように」
「うわ、具体的だな」
とものりが思わず声を出した。
「いいでしょ」
プヤが転がる。
『当たり』
その日の昼休み。
ももなと以前から仲の悪かった女子が、急にももなを見て黙り込んだ。
「……何?」
ももなが睨む。
女子は何も言わない。
次の日も。
その次の日も。
ももなに何か言おうとする人間は、途中で黙ってしまう。
「すごいね」
俺が言う。
「何が?」
「本当に誰も逆らわなくなってる」
ももなは笑った。
「当たり前じゃん」
その笑顔を見たとき。
俺は、ひまの願いよりもずっと怖いと思った。
ももな自身は、何も悪いことをしていない。
ただ願っただけだ。
それなのに。
周りの人間の自由まで変わってしまっている。
つまりこれは、誰かを幸せにするだけじゃない。
人を縛ることもできる。
傷つけることもできる。
その事実を初めて理解した。
そして、はな番になった。
はなはプヤを見つめたまま、なかなか振らなかった。
「どうした?」
ひまが聞く。
「……怖い」
「無理にやらなくてもいいんじゃない?」
とものりが言う。
はなは黙っていた。
そして。
「私だけは、みんなの問題に巻き込まれませんように」
そう小さな声で言ってプヤを振った。
『当たり』
はなは安心したように笑った。
その翌日から。
不思議なことが起きた。
何か事件が起きても、はなだけは巻き込まれない。
先生に怒られるときも。
喧嘩が起きたときも。
誰かが問題を起こしたときも。
なぜか、はなだけは無傷だった。
「良かったじゃん」
とものりが言う。
はなは少し複雑そうに笑った。
「……うん」
でも、みんなすぐに気づいた。
これは「守られている」というより。
「他人との関係から切り離されている」に近かった。
誰かが怒られているときも。
誰かが泣いているときも。
はなはその場にいられない。
クラスで起きることから、少しずつ外へ押し出されていた。
最後に残ったのが、横川先生だった。
横川先生はプヤを手に取った。
俺たちは黙ってそれを見ている。
「横川先生は何を願うんですか?」
ひまが聞いた。
横川先生はすぐには答えなかった。
横川先生プヤをしばらく眺めてから、もっと真剣に考えたいから、明日まで考えさせてくれ、といった。
そういって横川先生はプヤを持って外へ出て行ってしまった。
その日の放課後。
俺としゅんやととものりは裏山に集まっていた。
しゅんやが、最初に口を開いた。
「……おかしくないか?」
「何が?」
俺が聞く。
「当たりしか出てない」
「だから?」
「だから、怖いんだよ」
しゅんやはプヤを見た。
「この一個だけのハズレ」
とものりも頷く。
「俺も調べてみた」
「何を?」
「木箱」
とものりは裏返した。
そこには、最初には見つけられなかった文字が刻まれていた。
俺たちは全員で覗き込む。
そこには。
『当たりは願いを叶える』
そして、その下に。
『ハズレはこれまでに与えた幸福に見合う不幸を返す』
と書かれていた。
「……返す? どういうこと?」
俺が聞く。
とものりは答えた。
「今まで得た幸せが大きければ大きいほど、ハズレを引いたときの不幸も大きくなるんだよ」
俺は息を呑んだ。
「じゃあ……」
考える。
ハンバーグ。
課題免除。
ピザ。
しゅんやの願い。
俺の一日。
とものりの選択。
ひまの人間関係。
ももなの支配。
はなの安全。
全部。
「これ、かなり貯まってるんじゃね?」
俺は小さく呟く。
誰も笑わなかった。
「まだ誰も、ハズレを引いてないんだから」
その言葉の直後。
山の中で、ガサッという音がした。
俺たちは一斉に振り返った。
誰もいない。
ただ、風で木の葉が揺れている。
俺はプヤを見る。
黒い二十面の、異様な形。
十九の『当たり』の中に一つの『ハズレ』。
俺は今まで、それをゲームだと思っていた。
当たりが出れば願いが叶う。
それだけの、面白い遊び。
でも違った。
これは、俺たちに幸福を与えているんじゃない。
幸福を借金させている。
当たりが出るたびに、俺たちは知らないうちに「幸せ」を積み重ねている。
そしていつか。
ハズレを引いた瞬間。
その全部が、不幸になって返ってくる。
「……なあ」
しゅんやが言った。
「これ、最初から俺たちが振るように仕組まれてたんじゃないか?」
「え?」
「裏山に木箱があって、俺が見つけた」
「うん」
「そして俺たちは、何も知らずに使った」
俺は黙った。
もし、これが偶然じゃなかったら。
誰かが、このプヤを置いた理由は何なのか。
誰かが、このプヤを拾わせた理由は何なのか。
もしかしたら、誰がハズレを引かせるつもりなのか。
俺はそこで、初めて本気で思った。
もう捨てた方がいい。
山の奥にでも投げ捨てて。
二度と触らない方がいい。
その瞬間、いま横川先生がプヤを持っていることを思い出した。
「急いで、プヤを横川先生から取り戻そう」
俺は二人にそう言って、先生のもとへ向かおうとする。
振り返ると、そこには横川先生が立っていた。