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ライブ小説開催中。毎週月曜13時スタート。アカウントがあれば投稿可能。なくても閲覧可能。
【開催予定日↓】
第一回11/14
第二回11/21
第三回11/28
第四回12/5
第五回12/12
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タイムアップを告げる知らせが耳に入るとあれだけ熱量がこもって発されていた声も途端にゼロになった。とくん、とくん、とくん、とくん。誰かの心音か自分の心音か。それだけが静かな空間に音として存在している。誰も目を合わせない、誰も顔をあげない。輪になっているのは座り方だけで投票から見てわかる通り考えていることは皆バラバラのようだ。それにしてもあの投票は本当にバラバラになったように感じる。それこそ何の情報もない中ではいかいいえを選ばされた結果なのだろうか。それにしてはそれぞれが意思を持って会話をしていたような気がする。この中の誰かが黒幕側で投票を誘導しようとしていたのではないかと思えるほどだ。そうでなければあんなはっきり分かれないはずだ。はいといいえのどちらにせよ票を合わせておくべきだったのではないか。今更考えても遅いのだがそんな気がしてならない。おそらく同じような不安を抱えているであろう仲間がいることは肩の震えから見てわかった。ちびっこだけは下を向きながらも足をプラプラさせていたのでつくづく感心させられる。この子こそ今回の会議で最も重要な発言をしたように思えるのだが、そのことに気づいているのかいないのか。子供だとしても恐怖は抱くはずなんだが……
『あー。皆さんお疲れ様です。集計が終わったのでご報告をしにやってまいりましたよ。最終問題が終わったというのになんでそんな暗いんですかねぇ。もう少し和気あいあいとしていてもいいような気もするんですけどね。では、結果を発表しますと【はい】に投票したのは山上さん、秋枝さん、十文字さん、虎さん、そして宮沢さんの五名。【いいえ】に投票したのは成瀬さん、時渡さん、成さんの三名となりました。まあこうなりますよねって感じでした、本当に。ちょっと意外なところもあったんですけど結果だけ見るとそう言えますね。どうでしたか、一人一言ずつ感想を言うってのは………さすがにそういう雰囲気じゃないですかね。では切り替えてささっとあなた方がこれからどうなってしまうのか発表しますがそれでよいですか?』
静寂。あまりにも静寂。誰もこのマスターの声には反応を示さなかった。肯定なのか否定なのか、それさえも彼にゆだねるという姿勢だ。けれどもそれが最も正しい反応のように思えてしまう自分がいる。
『誰一人として言葉を発してくれないのでこのまま続けてしまいますね。では、あなたたちは今回のゲームを無事生きてクリアすることができました。今回だけでなくこれまでのすべての部屋でも無事生きてクリアという快挙。そんな素晴らしいあなた方は……………この空間から出て行ってもらいます。現実世界へサヨナラ!!』
ふっという音とともについ先ほどまで人形だった自分たちに生が宿った。長い、長い溜息と共に手を上へ伸ばしたり、大声で叫んだり。様々な動作で心の枷が解けたことを表現している。生きて帰れる。その事実で胸どころか体全体を包みこんでくれる。円卓を囲むメンバーをさらに囲むのは喜びと言う感情だった。安堵すらも喜びに覆いつくされて変換する、そんなレベルで心臓が拍動していた。
『いやぁ、そこまで喜んでくれると主催したこっちも狙い通りと言うか嬉しいというか……って全然この声聞いてくれないんですけど。え?まとめの話、聞いてくれないんですか?ネタバレとか説明とかなんも要らないの?そういう感じならこっちもそういう感じで対応しますけど、いいんですね?おーい。おーい………もういいやいっ!』
誰かがスイッチを押した音がした。その音に従うかのように意識がふっと落ちていった。目が覚めるとそこは見慣れた光景があった。ちょっと汚れた天井、さわり慣れた布団、汚い部屋と嗅ぎ慣れた自分のにおい。あぁ、帰ってきたとすぐ気づいた。自分たちは生きて戻ってきた。あの空間に入った前のけだるい感じはない。脳内に流れ続ける嫌なノイズもない。明らかにすっきりしている。あの場所がどこに存在して、なぜ自分があそこに入れられたのかはわからない。だけどあの場所がなぜ存在するのかはちょっとだけわかった気がする。
『ふぅ、ひと段落付きましたね。これで四百七十三グループ目ですか、だいぶ数も増えて来た……っと放送がつけっぱなしでしたね』
「今回のグループは八人か。まあ途中で大幅に人数が減ってしまって慌ててここに含めたひとたちも何人かいますがいいでしょう。それにしてもあのメンバーは本当に不思議な人たちでしたね。最後の部屋も協力しているのかしていないのかよくわからないままだったし。あれは私がそう仕向けたせいでもあるんですけどもう少しスムーズにいくと思ってましたよ。ある人には投票の答えを教えて、ある人にはこの空間の存在理由をストレートにお伝えして。結構簡単に話が進むのかなとは思ったが……そうはいかず。場を荒らすように指示を出した人が何とか頑張ってくれましたね。これはこれは本当に有難いことで、それだけ話術があればどこへ行っても頑張れるでしょうと思いました。何も活躍しなかったり、自分の意思がなくいつまでも人に流されるような人がいるのならその人には残って二週目に参加してもらおうと思ったんだけどそんな残念な人はいなかったので今回は全員追放と言うことで。あとは彼らがどう努力してどう頑張るかですね。少なくとも前よりは生きることに対する執着は増えたでしょう。無垢な少年はちょっと危ないところがあったのでね、今回は特別お呼びしました。少し怖いものが増えてしまったかもしれないですけどそれも生きるための防衛本能を搭載してあげたということで許してもらえるでしょう。これからが楽しみで仕方ないですね。生の有限に気づいた彼らがどう生き方を変えていくのか。見ることができないのが残念で仕方ないですが。それでは、独り言はほどほどにして他の部屋にいる人の様子を見ねば……」
生きていたくても死んでしまう人がいる一方で生きる理由はないのに生きてしまっている人がいることに気づいた人物がいた。その人物は数か月後にあるシステムを作った。それは人の意識をそのまま別の場所へ移すというものだった。その人物はそれを世間に公表することなく、それを用いて社会で生活しながらも様々な理由で『生への欲求が少ない者』を一か所に集め様々なゲームを行わせた。ゲームの中には死に至る物もいくつかある。だがそれらを経験することで彼らの無意識化に生への執着を植え付けるのが狙いだった。道中で亡くなったものは仕方ないが意識をもとの場所に戻す。それらの人々に成長はないかもしれないが自分が死を与えるよりは正しい判断のように思えた。そうしてそれらの問題を乗り越え最終まで残った者にはおそらく存在しているであろう生への執着、欲求。それさえあればあの社会で生きていくのは容易だと考えていた。自分がこれを繰り返すことで意味もなく生きる人間がこの世界からいなくなる。それは社会の清浄にもつながると同時にこれまでやむなく死んでしまった者への懺悔にもなると思った。
ここ最近になってようやくこの計画の結果が見え始めた。だがその人物はそれに喜ぶことはなく当時と全く変わらぬ姿で同じ作業をずっと繰り返している。それが社会を見て、そして失った彼の役目なのだ。ずっとこの先も続けるだろう。哀れな人がゼロになるまで。
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ピピピッピピピピピピピピピピーーーー
一時間ほど経過したころだろうか、突如部屋中にタイマーが鳴り響いた。集中して解決の糸口を考えていたメンバーの緊張の糸が一瞬切れたが、警戒心によってまた体が硬くなったように見える。声を出すどころか体をピクリとも動かせないほど張りつめた空気が立ち込める。
『あ、あー。聞こえますか?聞こえますか?聞こえているなら右手を挙げてください』
漂う空気に押しつぶされて誰かがよろけたのとほぼ同時のタイミングでどこからか人の声が聞こえた。すっと動きだした聖職者が暖炉の上部を強く叩くとぽろっと何かが落ちて来た。それをためらいもなくつかむ。
『あ、あー。聞こえてないかな?あー。あー』
聖職者が握っている四角い小さな箱のようなものから声が聞こえてくる。真っ黒なただの箱のようにも見えるがおそらくスピーカーなのだろう。聖職者から奪い取り、皆が経っている場所の中央にそっと置いた。その動きの流れのまま右手を挙げると呼応するように今いる全員の右手が挙がった。
『確認しました。どうやらちゃんと聞こえているようで安心したよ。だいぶ緊張しているようだけどもっとリラックスしていいのに。色々言いたいことはあるけどそれは後にしよう。今ここでこうして声を出しているのは私の存在を知ってもらうため。ちょっと時間が経った後にまたこの声を聴くことになると思うけど警戒しないでほしかったから。ネタバレをすると次が最後の部屋なんだ。最も大事な問題を解いてもらうつもりさ。それなのに俺への警戒ばっかりで話をよく聞けなかったら最悪だろう?それを避けるためにわざわざこうして事前に登場したってわけ。では自己紹介はほどほどに最後の部屋でまた会おう、まあ声だけなんだけどね。最後に一つ、僕は君たちを助けはしないけど敵じゃない。それでは』
スピーカーの音質のせいかあまりいい声とは思えない謎の人物からのメッセージが途絶えると再び部屋は静寂に包まれた。
プシュー。ドアが開いた音のような音が聞こえた。だが周囲を見回しても部屋に目立った変化はなかった。手分けして部屋の壁や暖炉などを確認するが何も変化はない。
突如少年がむせて床に倒れた。駆け寄ると彼のいたところの真上から何か煙のようなものが噴出していた。慌てて確認するとこれと同じように薄い煙が噴出している箇所が何ヵ所かあった。ばたん、ばたん。確認しなくてもわかった。誰かが倒れた音だ。朦朧とする意識の中自分だけは何とか耐えようと試みるが数秒も耐えられずにふっと体が傾いた。
「あ、あー。ショートさん聞こえます?聞こえてるかなぁ……まあ聞こえてるでしょう。体は動かないでしょうがお気になさらず。今は次の部屋に移動している最中です。意識だけ少し覚醒させたので私の声は聞こえているけど体は動かないっていうもどかしい状態だと思います。んで、覚醒させたのは単純明快、次の部屋で取り組む問題の情報を与えようかと。情報と言っても何をやるかは教えないですよ。ただ、あなたがその場で何をするべきかを伝えるだけです。あなたは次の部屋でリーダーとなるでしょう。みんなの意見を促し、聞いて。それをもとに自分の答えを出す。今までと似ているかもしれないですが今までよりはちょっと難しいかもしれないですね。自分が求めるゴールへたどり着けるよう応援してますよ。あっ、目が覚めた時にこの記憶は残るでしょうからこれを信じて言うとおりにしてもいいし信じずに自分のしたいように振舞ってもいいです。最終的にはあなた自身で意思を決定してください。では再び寝ていてください……」
『みんな起きてくださーい。朝ですよー。あ、二人ほど起きましたね、おはようございます』
つい先ほどまで聞いていた声が前回とは比べ物にならないほどはっきりと聞こえた。無機質で少し不気味な感じはするが寝起きにはこれぐらいがちょうどいいのかもしれない。目を開けると先ほどまでいた部屋ではなく新たな部屋だ。部屋の両サイドには音楽室にあるような大きさのスピーカーがシンメトリーに置かれている。スピーカーの音質が良くなったことによって明瞭に聞こえたのだろうと推測できた。
『あ、どうやら全員目覚めたっぽいですね。おはようございます。僕の声、覚えてますか?』
何人かがその質問に対して素直にうなずいていた。
『ではちゃちゃっと説明しちゃいますね。今あなたたちがいる部屋は最終ゲーム【投票】の部屋です。ゲーム名のとおり投票をしてもらいます。投票先は【はい】か【いいえ】の二つだけで、それ以外の意思を示す投票はできないのでよろしくお願いします。残り時間十分と残り時間五分になった時にはこちらからそれを伝えますので聞き逃さないようにしてください。残り時間がゼロになった時に投票を宣言していない場合は【はい】に投票をしたと認識されます。投票を宣言する場合は「投票します。はいに一票」のようにわかりやすく伝えてください。受理しましたなどの通知はしないので不安にならずそのまま会話に参加してください。以上が説明となります。理解できなかった部分、説明が不足していると感じた部分は会話を進めていけば自然とわかっていくでしょう。それではみなさん準備ができたら中央にある円卓にお座りください。一応ですが椅子の背の裏にそれぞれの名前が書かれたプレートを貼っておいたので自分の名前が書かれた席に座ることをお勧めしますよ』
妙に自信のある人、不安そうにぽつぽつと歩く人。それぞれで全く異なる様子だったが自分の目に映る七人全員が自らの足で椅子に座った。その様子を見た後に慌てて自分も最後の椅子に座る。
『おっ、準備はできたようですね。では開始を宣言する前にちょっとだけ雑談を。あなたたちがこの前にプレイした少女の部屋。あそこで得た力や情報もここで利用できるかもしれないですね。もしあれが自分たちへのメッセージだとしたら?自分の好きにできる自分のための世界、それが通じない一般的な社会。あなたがたが戻りたい世界はどっちなんでしょうねぇ……っと無駄話はここまでにして、皆さん準備はいいですか?』
円卓を囲む彼らの表情を見る。先ほどまでとは打って変わり皆同じように何か決意を宿したような表情となっていた。それを見てしまった今自分だけが不安そうにしているのもなんだかおかしいように思える。この最後の部屋を抜けてみんなで脱出。それだけ忘れないようにしていればいい。それに気づいた途端なんだか頭が軽くなったような気がした。いける。心の中にいるであろうもう一人の自分がそう呟く。
『それでは最終ゲーム【投票】スタートです』
始まりを告げる笛の音がスピーカーを通じて耳に届いた。
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機転を利かせて生み出した骸を合わせて鉄の処女の中に入れた時、どこかでカチッという音がした。その場にいた全員はそれが解決に一歩近づいた音だと確信する。あとに続くように残りの二つも同様に亡骸を入れていくとカチッ、カチッと音が鳴る。周囲の不安を煽るような静寂が数秒の間あたりを包んだ後、突如小屋が倒れその裏からゴールの扉が見えた。早くこの部屋から抜け出したいという気持ちからか皆自然と扉に向かって走って行く。その時おそらく全員の耳にある言葉が聞こえていただろう。
『ホントウノモノガタリハココカラダヨ』
【Side.管理者】
この拙い空間でも彼らは着々と歩を進めている。辿り着く場所は天国なのか地獄なのか、それは管理者である私でさえもはっきりとは答えられない。だが一つ言えることがあるとするならば、今彼らが進もうとしている道は少なくともこの空間によって、即ち私の手によって作られた道であるということだ。私がこうして彼らをここに集めなければ彼らは今頃自分の手で愚かな決断を下していただろう。もしくはその愚かな決断さえも自らの手で決められずにいたかもしれない。どちらにせよこのままでは彼らの道は途絶えていた。彼の可能性を私が残したと言えるのだ。これが救済なのかもしくはその逆なのかは先ほどと同じではっきりと言うことはできない。これからの彼らの行く末を私はここで眺めることしかできない、いや、しない。
以上で記録報告を終える。次に彼らの転送を行う。データ『XYCD―OWDD―A―BGH』コード起動完了。彼らの首を確認、異常なし。よって階層4へ転送する――――――――
目が覚めた。だがこれまでの目覚めよりさらに意識の馴染みが悪い。ただ寝て起きたというには到底無理なレベルの違和感だ。原因ははっきりしている。夢と言うには少し無理があるあの記憶だ。自分の過去と言う可能性もゼロではないが明らかにこの空間での出来事のように思える。ふと自分の首を触ってみるが異物に触れた感触はなかった。そうなると自分の夢という可能性もあるわけだが周囲を見てみると目が覚めた人たちは皆今の自分と同じ行動をしている。つまりこの記憶は実在するものだ。彼らの反応から推察するに誰かがここに来て自分たちをどこかに転送したということのようだ……いや、この中の誰かがあの人物だという可能性もあるのか。だがその場合首を触るのは演技だということになる。残念ながら自分の観察眼では演技かどうかの判別はできない。とりあえずどちらの可能性もある体でこれから行動していった方がいいように思える。
あの人物が誰なのかという問題は一度置いておくとしてあの人が言っていた言葉はどういう意味なのか、それを考えるのは大事なような気がしてくる。道がどうこう言っていた。作ったのは自分だとも言っていた気がする。自分が用意しなければ彼らはナントカカントカ。人物の方ばかりに注目がいってしまって話していた内容の方があまり頭に残っていないことが悔やまれる。他の人たちも同じ内容を聞いていたのなら一人か二人覚えている人もいるだろう。結局そこらへんの思考は全て他人に任せることに決めた。
目が覚めたら知らないところにいて、次のゲーム部屋があって、その前に新たな人間がいる。同じことの繰り返しになりつつあるこの一連の動作がなんだか黒幕に操られているような気がしてとても嫌だったので今回は仲間が全員目覚めるのを待つ前に勝手に行動してみる。と言っても少し歩けば何かを抱えている人に出会うことには変わりはないのだろう。
予想通り目が覚めた所からちょっと歩いたところにある先ほどより少し狭い空間で二人の人物がいた。向こうもこちらの姿に気づいたのか、しきりに手を振ってくる。まるで自分たちを待っていたみたいで少し不気味だ。この二人は自分の置かれている状況を理解しているのだろうか。
彼らとの距離が十分に近づいた時、左にいる男から一枚の紙を手渡された。やたら説明したがっているので素直に聞くと、どうやら彼らは二人でここに辿り着いたものの目の前のゲートが開かないせいで先に進めずに困っていたらしい。ゲート前に置かれているこのルールブックを見ると参加人数八人と書かれていたため仕方なく残り六人が集まるまでここで待っていたという。理解はできたものの、彼の口調から伝わってくるいかにも『自分この空間慣れてます』感がどうにも鼻につく。嫌なのだがはっきりと嫌だとは言いたくならない。できるなら彼が話す時間を極力与えないようにしようと思ったがどうやら自分は運がないらしい。後ろからぞろぞろとアイツらがやってきてしまった。これで人数が揃ったのは嬉しいことだが同じような説明を再び聞かなければいけないと思うと少し辟易とする。これなら最初から集まって行動した方が良かった。まさか、こうなることも黒幕側はわかっていたのか……?
全員にルールブックが渡り、彼の二度目の説明を聞き流し終えると目の前のゲートがガチャンと音を立てて開いた。ゲートがさがっていた状態でも向こうの様子は見えていたのでわかってはいたがその先はただの一本道だった。とても狭い道だったので全員が一列に並んで進む。何か危険を察知したのか先ほど出会った彼らを含めた数名は頑なに先頭を進むことを嫌がっていたので仕方なく先頭を進む。
『ルールブックの内容』
・この部屋は八人が集まらないと開始できません
・八人で部屋に入った後、中央にある絵本『しょうじょのせかい』を読んでください
・読み終わったらその絵本のおかしい点や納得できない点をお互い話し合いましょう(一人一個出せれば最善ですが出せなくても問題ありません)
・話し合いが進めば自然と脱出口は現れるでしょう
・『しょうじょ』と『しょうじょのせかい』と『世界』のどれを優先するのか、それによってしょうじょの未来が決まることを忘れないでください
ちょっと進んで右へ曲がるとすぐ目的の部屋に辿り着いた。恐怖心はあるものの空元気で中に入る。至って普通の部屋だ。中央の丸テーブルの上に八冊の絵本が重ねられている。おそらくあれが『しょうじょのせかい』なのだろう。部屋の右側には立派な暖炉があった。火はどこか弱々しく見える。この部屋の空気の影響なのだろうか。
中央奥には珍しいことだが脱出口が見えていた。ゴールがどこにあるのかわかる安心感はあるものの、悲しいことに左、中央、右と脱出口が三つあるためむやみに飛び込むことができない。さらによく見るとゴールすべてにガラスのようなものがはめ込まれていて今の状態では割ることができそうにない。大人しく絵本を読むしかなさそうだ。少年が無邪気に座って絵本を読み始めたのを合図に各々が絵本を手に取り読み始めた。これまでとは異なる形式で理解ができていない部分もあるが何とかしなければ。
『しょうじょのせかい』
わたしは王さま。なんでもできる王さま。たのしいときはクマの人形さんとあそぶ。メリーちゃんはわたしがよびかけるとなんでもこたえてくれるしわたしの言うこともぜんぶきいてくれる。
「ねえメリー、あなたはクマなんだからはちみつがすきでしょ?だからはちみつをたくさんあげるわ」
メリーちゃんをはちみつボトルの中につめこんだ。ぎゅうぎゅう、ボトルからははちみつがあふれ出してもうはちみつボトルなのかメリーちゃんボトルなのかわからない。メリーちゃんはとてもよろこんでいた。でもこれだけじゃまだしあわせが足りないとおもってべとべとになったメリーちゃんをだんろになげ入れた。てらてらてら、ぼぉぼぉぼぉ。甘いにおいとこげたにおい。メリーちゃんのよろこびがはなからつたわってきた。おめでとう、メリーちゃん。
たいせつなメリーちゃんがいなくなってしまいました。もう話をきいてくれるともだちはいない。それがなんだかとってもかなしくって、つらくって。きれいにおよいでる金ぎょやあたらしいカメラもだんろでもやした。なにもかわらなかった。でもこれでパパやママもわたしと同じ気もちになれるからしあわせ。
パパとママにおこられた。パパとママはともだちをなくす気もちがわからないからおこるんだ。このかなしみをつたえるためにわたしはふたりのけいたいでんわをだんろに入れた。だんろがかわいそうだったのでいもうとがたいせつにしていたおえかきえほんもいっしょに入れた。これでわたしもパパもママもいもうともだんろも、みんないっしょでみんなしあわせ。
パパがおかしくなっちゃった。パパはだんろの火をけしちゃった。だんろの中にはもえのこったゴミたちだけがさわいでいる。だんろはもちろんないていた。パパはやっちゃいけないことをやってしまった。ばつを与えなきゃ。パパお気に入りのこおりをくだく太いはり、これでぱぱの足をさしてみた。パパはないている。パパの足も同じぐらいないていた。こえをきいたママがあわててどこかにでんわをかけていた。ほんとうはママにもじっくりなみだを見てもらいたいけどしょうがない。でもパパにはだんろの気もちがつたわったようなのでうれしい。やっぱりみんないっしょ、みんな同じ気もちでいるのが一ばんだ。
つぎの日からパパとママがわたしをさけるようになった。いもうとのせわばかり。わたしはとてもかなしいしさみしい。いもうとのクレヨンをだんろに入れたぐらいじゃわかってもらえそうにもない。とてもつらいかなしい。みんな同じ気もちにならなきゃよくないよね。パパとママのためにわたしはだんろに火をつけた。ぼぅ、もえる火がわたしたちのしあわせをいのってる。ありがとうだんろさん、ありがとうメリーちゃん。
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十文字と言う男が起こした炎から生まれた煙をたどるとある一点に吸い込まれていくような流れだった。火によって多少明るくなったとはいえ離れた所は依然として見えないため最終的にどこに吸い込まれているのかはわからなかったものの、状況は先ほどよりだいぶ良くなっていると捉えていいように思えた。だがこのままここにいても何も変わらないため燃えた聖書を蹴りながら煙が描いた道筋をたどる。火を消さないように用心しながら蹴り進むのはなかなか気を遣う作業だったが十回ほど蹴るとそれもまた慣れてきて意識せずにできるようになっていた。それより厄介だったのがこの行為をしている最中の十文字の表情だ。露骨に嫌な感情を表している。恐怖や嫌悪感ならまだしも若干の怒りがそこにあるように思えた。やはり聖職者として聖書が足蹴にされるのは受け入れられない部分もあるのだろう。それは理解できるのだがそれならなぜそんな大事な聖書に易々と火をつけたのかいささか理解に苦しむ。この空間の闇に対して力負けしている光が照らす彼の顔があるので後ろにいる仲間の様子を確認する気が失せる。
煙はある一点に収束していた。部屋の隅の地面だ。吸われていくときの煙の形を見ると正方形のように見えたためおそらくはこの部分だけ取り外しができるようになっているのだろう。ゴールを示す扉があるものだとばかり思っていた自分にとってはとても残念な情報だった。ゴールではないものの何かヒントになるものは存在しているはずなのでさっそくこの床を取り外そうと試みるがいかんせん道具が何もない。せめて取り外しやすいように何らかの工夫がされていればいいのだが見ただけでは他の部分と見分けがつかないほどきれいにつくられているため全く取り外せそうにない。ふと最初の扉が思い出された。あの扉も隙間が寸分もないように作られていた。この部屋の技術力の高さを見せつけるのは別に構わないのだが見せつけるならせめて謎解きをしていない時にしてもらいたい。そっちは遊びなのかもしれないがこっちは下手したら命を落としかねない状態で必死なのだ。謎に関係ないところで難易度をあげるのは本当にやめてもらいたい。そう考えると途端に苛立たしくなってきてついその床を殴りつけてしまった。黒幕への怒り、謎解きへの怒り、自分が絶たされている状況への不安。色んな感情がこもった良い一撃だったと思う。それら負の感情が複合された拳が良かったのか、シュコンッと音を立てその部分がどこか見えないところに収納された。それを見た後ろの人たちの反応は様々だったが概ね自分と同じ感情だったと思う。
突如生まれた四角い穴からは若干明かりが見えた。高級料亭の入り口だったり、カッコつけたステーキハウスの壁面照明と同じ照度と言えば正しく伝わるであろう柔らかくて弱弱しい明るさだ。それに惹かれるかのように中を覗いてみるとそこに丁度すっぽり収まる程度のサーキュレーターが存在していた。おそらくはこいつが煙を吸い込んでいたんだろう。さらに視線を奥に向けると明らかに怪しい箱がある。おそらくはその箱に鍵が隠されているのだろうということはわかった。だがサーキュレーターが元気に回っている。手を中に入れることは極力したくない。どうすればこいつの動きを止められるのか考えているとある一つの案を思いついた。後ろを見ると彼らも気になっているようで床に這って穴を覗いている自分の上から覗き込むようにして集まっていた。先ほどまで複雑な表情を見せていた聖職者も終わりが見えたことによる安堵か他の人と同じような顔をしている。彼をここから遠ざけたいという真の狙いは伏せ、危険なことをするから少し離れろと指示すると皆素直に離れてくれた。そして聖職者との距離が十分に離れたことを確認した後燃え盛る聖書を穴の中に投げ入れた。ガガッ、ガガガッという音が激しくした後に完全な静寂があたりを包んだ。後ろで何か騒ぎ声が聞こえているが完全に無視して中を覗き込む。狙い通りサーキュレーターの羽は完全にひしゃげていた。さすが聖書、中は燃えて灰になっていたものの装飾たっぷりの重厚なカバーは見た目通りの硬さのままだ。さらに運よく燃えていた部分もサーキュレーターとの戦いでほとんどが破け紙屑になっているか風に煽られました勢いで灰になっているかという状態で僅かに燃えているものの余裕で手を入れられる。十分な結果に満足しながら箱を取り出すとその箱は一本の光りを発した。メンツをしっかり確認した後そのレーザー光線の導くままに歩いていくと壁に到着した。そしてここに嵌めてくれと言わんばかりのキューブ状のへこみが存在している。誘われるままにそれをはめ込んだ直後壁が崩れるように下がっていった。だんだんと光の量が増えてくる。それを見た全員が感じた。この部屋から脱出したのだと。
目が覚めると再び真っ白な部屋にいた。前回の時もそうだった。脱出したところまでしか記憶がない。その後の行動、なぜ気を失っているのか、理解できないことがたくさんある。だがこれは正式にクリアした証拠とも捉えられる現象なので前回よりは不安に感じない。このおかしな空間に慣れつつある自分に若干の恐怖をおぼえた。
周りを見ると先ほどの部屋で合流した聖職者と若い男も一緒にいる。二人ともこの現象は体験済みらしくそれほど焦ってはいない。もしかしたら二人は二回どころではないのかもしれない。そうやって他の参加者のことを考え始めた時ふと一つの疑問が頭を覆いつくした。
『あの聖職者は本当に自分たちと同じ立場の人間なのか』
よく考えてみるとあの状況で聖書を持っている彼がいなければ脱出できなかった。できないことはなかったとしても手や腕が無傷ということはなかっただろう。それにもしサーキュレーターを止めるだけだったら他の物でもよかったのかもしれない。今になって考えてみると靴や服を詰め込んでも同じ結果になったのかもしれない。ではなぜあの状況で咄嗟に聖書を穴に落とすという発想に至ったのか……そう、その前から活躍していたからだ。火をつけて明かりを生み出す。煙を用いて通路を探す。一つの道具としてはありえないほどの活躍をして自分たちの意識にタグ付けをされていたと言っていいだろう。だからこそあの策を思いついた。だが聖書だけならそこまで意識づけされなかったはずだ。火をつけた人、煙の有用性を伝えた人、それがいたからこその存在感だ。ではそれをしたのは誰か、あの聖職者だ。初めに会った時は自分たちとそう変わらないような雰囲気だった。情報量もそれほど変わらなかった。だからてっきり自分たちと同じでこの空間に来て間もないと思っていた。だがどうだ、機転の利いた行動で何度も私たちを助けた。暗闇に包まれたあの状態で、だ。自分たちはあたふたしていたにもかかわらず冷静にあんなことができるのだろうか。できるとすれば一つ、彼はこの空間に何らかの形でかかわっているのかもしれない。
最後に少年がめざめた。まだぼーっとしているが手を引いて先に進む。部屋の奥から伸びる真っ白な通路をひたすら進むと同じような空間に出た。わかっていたことなので今更特別な反応はない。だがそこには三人の人物がいた。近づくとそのうち一人はすでに息絶えているのが見て取れる。亡骸を見る限り安らかに眠ることができたわけではなかっただろう。男性の遺体から少し離れた所に座り込む二人。意気消沈しているのは見て取れるのでむやみに声を掛けるのも気が引けた。だが話を聞かなくては先に進めそうにもない。こういう時に役立つのがこのちびっこだ。少年に先陣を切らせその後を追う形を装って違和感なく会話に移行する。前回気づいたばかりの小技だがここでも役に立った。
聞いた話をまとめると、彼らはつい先ほどまでともに行動していたが、そこで今は遺体となった男性が大けがをしてしまった。目覚めた時には帰らぬ人となってしまい悲嘆に暮れていたところ私たちに声を掛けられたということらしい。そして少し気になったのがその口ぶりからここからの脱出を少し諦めているということだ。おそらく亡くなったのは中心的な存在だったに違いない。十文字がいなかった世界線の自分たちを想像してみればその心境はわからなくもない。
彼らを連れていくか悩んでいた時、向こうから声がした。その方向を見ると少年が勝手にドアを開けて次の謎解きの部屋に入っていた。大声で止めようとしたが見る限りこれまでと違ってただのドアだったので声量は幾分か小さかったと思う。入った途端閉まるということもなさそうだ。彼もそれに気づいたからか出たり入ったりを繰り返して楽しんでいる。とりあえず彼らを放置してその部屋に入ってみるとカタカナで『イケニエノヘヤ』とかかれていた。そして正面には鉄の処女を簡素に作ったかのような拷問器具らしきものが三つ並んでいる。さらに部屋の隅に物置のような小屋があり上の壁には『OPEN』と何らかの塗料で書かれている。これまでの部屋と比べると莫大に情報量が多い。そして人数も多い。答えは薄々わかるような気がする。だがそれは違う気もする。
何より今回は謎を解くだけではない。二人組をどうするか、あの聖職者は信用に値するのか。どっちかと言うと謎よりも難しいことを考えなくてはいけないような気がしてこれまでとは違う意味で息をのんだ。
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この迷路に入る前にいた人物は少年だけだった。しかし部屋の中には自分たち以外にも人がいた。彼らは誰なのか、どこから来たのか。様々な考えが鏡の迷路を脱出した後になっても頭に過っては消えてを繰り返していた。ただ一つ言えることはおそらく自分たちだけでは脱出できていなかったであろうということ。彼らの存在に疑問を抱きながらも幾らかの感謝を感じずにはいられなかった………
我に返り、強い違和感を抱く。自分は確かにあの気持ち悪くなる迷路を脱出したはずだ。しかし、そこからの記憶が途端に曖昧になっている。最初の時とそっくりな真っ白な空間。おそらくここがあの迷宮を抜けた先の場所だということはわかる。だがここに来るまでに何らかの家庭があっていいはずだ。あの子供と何らかの会話があったはずだし、お互いの情報を交換もしたはずだ。だがそれをした記憶がない。ふと隣を見ると自分から少し離れた所にあの少年がいた。あの子の表情を見る限り自分と同じようなことを考えているに違いないということははっきり分かった。ここで詳しく考えてもいいのだがただでさえイカれた状況にもう一つ狂った要素が加わっただけのことなのでそこまで精査する必要はないと頭が勝手に判断したらしく、それ以上のことは深く考えられない。
考えることから逃げるように少年の手を取って真っ白な空間を駆け抜けた。そうすればすべてスッキリすると思っての行動だった。どのぐらい走っただろう。途中からほとんど早歩きのようになっていたが体感で十分近くは動き続けたと思う。視線の先には一人の男がいた。年齢は自分と同じぐらいだろうか。服装は至ってラフな感じでここをコンビニか何かと間違えてきてしまった人のように見える。しかしその表情は明らかに恐怖を表していて砕けた感じは欠片もない。
隣にいたちびっ子が全く警戒せずに彼に近づくので慌てて後を追った。彼は子供を見て幾らか心にゆとりを取り戻したらしく五分ほど経った後にぽつぽつと自分の身に起こった出来事を説明してくれた。
彼の情報はとても興味深いものだった。彼が目覚めた時はほとんど同じなのだが、その後風で浮く部屋に入ったらしい。そこでは真っ暗の底から強い風が吹いていて各々その風を頼りに這いずるなり歩くなりの形で部屋の向こう側を目指したらしい。進む方向を間違えて闇の底へ落ちていった人も何人かいたとか。話を聞いただけでは計り知れないほどの恐怖を味わったようで、話しながらも時々体が激しく震えていた。彼の言っていることが本当なら自分たち以外にも何人もの人がこの空間にいて、それぞれ挑戦する謎も違うようだ .奇妙な仕掛けが何個もある空間と言うのは信じがたいがそれ以上に彼が嘘をついている可能性の方が低い気がするので真実なのだろう。そうするとあの迷路で出会った何人かの人達の存在もおのずと説明ができる。たまたま挑戦するゲームが被っただけで自分たちと全く同じ状況の人たちなのだろう。となるとあそこで彼らともっと情報を交換しなかったことを強く悔やむ。あの時は抜け出すことに必死でそういうところまで気が回らなかったのだが。けれども誰を信用していいのか判別できない状態で積極的に出会った人と情報交換をしていいのか……不確定な要素が多すぎて考えに答えが出せない。
そんな自分に対し目の前の子供は勇敢なのか、それとも何も考えていないのか、憔悴している彼を無理やり立たせて目の前の扉に手をかざした。
スゥンという音とともに扉が開き、その奥にある部屋が見えるはずなのだが………なぜか何も見えなかった。一面の黒。鏡の次は闇、実に悪意に満ちた部屋の連続だと思うがこれをクリアしなければその奥に行くことはできないということは薄々気づいている。一目散に闇の中に飛び込もうとする少年の腕を慌てて引き戻し注意すると少ししゅんとした態度で俺に謝ってきた。さすがにこの中に子供一人で飛び込ませるほど愚かな大人ではない。彼らを後ろに寄せ部屋の中に手を伸ばしてみる。何も触れることはない。それを確かめ次は足も入れてみる。においはなし、床は見えないだけで存在している。材質もおそらくほとんど同じ。情報を集めるために奥に行こうとした刹那、何か嫌な予感がしたため慌てて引き返した。
後ろで不安そうに自分を見つめる二人に今の数秒で得たわずかな情報を共有する。もちろんそんな情報だけで何か解決策がでるはずもなく、とりあえずの指針を決める。離れないこと、声を出して互いの位置を確かめ続けること。ありきたりだが何個か取り決めを作りみんなで闇へ足を踏み入れる。先ほどまで死を受け入れているかのような顔つきだった男もようやく覚悟ができたのか俺たちと共に行動することに賛成してくれた。三人横並びに入ることはできなかったので自分が先頭でフードの彼が一番後ろ、あいだに子供挟むような陣形に自然となった。意を決して闇に足を踏み入れた。
三人全員が部屋に入りきった途端後ろの扉が勝手に閉まった。慌てて扉を動かそうと試みるがびくともしない。あの時の予感の理由がここではっきりとした。
視界は完全に闇に包まれている。この感じだとたとえ目が慣れてきたとしても劇的に変わることはないことが予想できる。そもそもこの空間がどれほどの広さなのか全くわからない。いるのかどうかさえ分からない存在に怯えながら小声で聞こえる会話、極力小さくしている自分たちの足音、それだけが唯一の情報源だ。つまり何もわかっていないに等しい。せめて何をすれば脱出できるのかさえ把握できればまた話は変わってくるのだが。今はできる限りの行動で何とかして成果を得なければならない状態だ。ゲームだったらすぐ投げ出しているのに。
何もわからないゼロの状態から脱出なんて可能なのか?
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目の前がだんだんと明るくなってきた。少し間が空いた後にそれが自分の意識がはっきりしてきたからだとわかる。だが意識を失う前の状態が定かではないのでそれにも少し疑問が残った。徐々に明瞭となる視界に合わせるように頭も冴えきたような気がする。自分は今仰向けの状態で寝ている。背中と後頭部に普段なら感じないような痛みがある。寝転がっているところが硬いからだ。右手で叩いてみる……ぺちぺち、ぺちぺち。硬い、つまりいつも寝ている布団ではないということが分かる。石や草に触れることがないので地面ではない。床だ。材質は何だろう、セラミックのあの感じに近い気がする。つるつるを超えてべたべたにも感じるあのタイル地みたいだ。だがいくら手を動かしてみてもタイルの境目に辿り着かない。一枚一枚がとても大きなタイルでできているのか、それともそもそも一枚のタイルで床ができているのか。少し体の向きを変えて確認してみたくなったがじんじんという背中の痛みがそれを妨げた。
頭、背中、腰と言う風にゆっくりと時間をかけて起き上がる。本当に嫌な痛みが体中に広がってくる。中学生のころ、体育館で寝そべった後に体感するあの感じと全く一緒だ。見えている景色が一緒ならどんなにうれしかったことか。生憎自分のいた体育館は全方位真っ白なんかではない。至って普通だった。
見渡すと白、白、白ばっかで嫌になってきた。意識ははっきりしているはずなのに目を通して脳に入ってくる情報があまりにも少ないせいでいまいち頭がシャキッとしてこない。爆食いした後のぼーっとした感覚がずっと続いているような気持になり少しいらいらしてきた。ここから得られる情報なんてほぼないと確信してとりあえずここに来る前の自分を思いだす。昨日の夜……はいつも通りの日常だったはずだ。別におかしかったところは何もない。しっかり布団に入ったのかという疑問にはおそらくだがイエスと答えられる。寝たはずだ。じゃあ今日のどこかのタイミングでこの奇妙な空間に連れてこられたということだろうか。今日は久々の祝日だったはずだ。平日なのに堂々と休める赤い日、つまり最高の日だったはずだ。そこで自分は何をした?…………起きた。朝食は食べず身支度を整える。ふと何かを思い出して外に移行と思った。買い物だったか?食材を買いにスーパーへ行ったような気もするし、暇つぶしに街へ繰り出した気もしなくもない。そもそも外へ出たことは確定かと言われると怪しい気もするがじゃなきゃここに来る理由が説明できない。外へでて家に戻った記憶がいよいよないと断言できるレベルであやふやになってしまっている。と言うことからも外出先で誰かに連れ去られたと考えていいだろう。尤も誘拐される理由が皆無と言っていいのでこの説も本当に納得できないのだが、これ以上推察しても深みに嵌っていく一方のような気もするのでここで決め打つ。
肩と首を何回も回すとようやく自分の体が自分のものになったような感覚がしてきた。よいしょっと………思わず心の中で声が漏れた。そういう年齢ではないはずなのによほど体が固まってしまっていたのだろう。立ち上がった途端ぞわっとして全身に血が流れだした。行動開始の合図だと勝手に捉えることとする。
やはりと言っていいのか、見た感じは全くおかしなものはない。と言うより物自体何もない。本当に真っ白で何もない空間だ。それは立った視点から見まわしたとしても変わらない印象だった。洞窟の行き止まりのような一本道の先端に今はいるのだろう。後ろは壁で前に道が続いている。おそらくだが前に進めと言う合図だ。少し怖いがここでずっと生活する気などさらさらないので誘われるままに進むことにする。
長い長い道が続くのかと思いきやあっけなく終着点にきてしまった。目の前にドアノブが存在している。自分の目にはただの壁にドアノブがくっついているように見えるのだがおそらくこれはドアなのだろう。全体が知ろということもあってドアとその境が全く見えないため大変珍妙な光景となっていた。ドアノブを握る手には若干力が加わっているがそれ以外の部分はできる限り力を抜いてドアを押す。
すっ
空気がきれいに抜ける音がした。開け方は一般的な押戸なのに全くと言っていいほど隙がないからなのだろうが………こんなドアを今まで見たことがなかったので少し驚く。構造的にはオーバーテクノロジーと言って差し支えない気がするのだが、残念なことにそっちの分野は全くと言っていいほど知識がないので何とも言えない。
目の前には一人の人物がいた。おそらく自分と似た状況に置かれた人なのだろう。顔を見るだけで胸の中に仲間意識ともとれるものがじわっと広がってくることからそれは理解できた。そしてその奥にはなんだかきれいで眩しくて、でも心は全く踊ってくれない空間が広がっている。町中にたまにいる、貴金属をじゃらじゃら付けて成金アピールをしている人たち、それを目にしてしまった時と似た感情に襲われる。簡潔に言うと目に良くない。
目の前に広がっている気持ち悪い空間に何歩か近づいてみる。どうやら鏡のようだ。鏡がつい立てのように置かれて道を形成している。その道がどこまで続いているのかはわからないが入り口であるこの部分を見ただけで数分で向こう側へ辿り着く道ではないような気はひしひしと伝わる。
『迷路 抜ケロ』
適当なメッセージが書かれた紙が壁に貼られていた。おそらくこの鏡でできた道はただの道ではなく迷路になっているということだ。今からこの迷路の中に入ってゴールまで行かなくてはならないということなのだろう。そもそもゴールがどこにあるのか、さらに言えばゴールは一個だけなのか。迷路遊びをするには全く情報が足りていないような気もするがやれと言われているのだからやるしかない。やる前から萎えかけている気持ちを表すかのように視線が足元へ向かった………何かある。手に取ってみると小型の懐中電灯のようだ。足元を照らす。緑色の一本線が靴に当たった。どうやら懐中電灯ではなくレーザーポインターのようだ。これはありがたい。鏡同士が反射してどこが道でどこが鏡かさえわからないという状況はこれでなくなった。これを前へ向けるだけで自動で道が示されるはずだ。ここへ連れてきた奴がどんな奴なのかはわからないが僅かばかりの良心は捨てきれなかったらしい。ポインターを正面へ向けてみる……………光が貫通し奥の方であり得ないほど乱反射されている。あれ、おかしい。正面に手を伸ばしてみると確かにそこには壁がある。どういうことだ……見えない壁、いや、光のみを投下する壁なんてあり得るだろうか…………ガラスか。鏡の中にただのガラスが混ざっている?現実的に考えてこの線が一番ありえそうだ。
全方向真っ白、大量の鏡、その中に混ざるガラス。この迷路をレーザーポインターだけでクリアして見せろとどうやら言っているらしい。前言撤回だ。俺をここに連れ去った奴は良心の欠片もなかった。
面白いほどに前に足が進まなかった。背を向けて引き返すとどんどん足が軽くなっていく。五メートルほど後ろにあるスタート位置にもどるとさっきと変わらない表情をした人がいる。そりゃそんな表情になる。これは端的に言って地獄だ。もしかしたらこの人と同じようにここで佇むのが正解なのではないかと思えてきてしまう。迷路の中で挫折するのか、ここで挫折するのか。違和感がないここで過ごした方がまだ安らかに死ねるだろう。でもどうせなら先に進んで家に帰りたい。せめてここに自分がいる理由が知りたい。そう思った時には自然と隣の人物に声を掛けていた。