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十文字と言う男が起こした炎から生まれた煙をたどるとある一点に吸い込まれていくような流れだった。火によって多少明るくなったとはいえ離れた所は依然として見えないため最終的にどこに吸い込まれているのかはわからなかったものの、状況は先ほどよりだいぶ良くなっていると捉えていいように思えた。だがこのままここにいても何も変わらないため燃えた聖書を蹴りながら煙が描いた道筋をたどる。火を消さないように用心しながら蹴り進むのはなかなか気を遣う作業だったが十回ほど蹴るとそれもまた慣れてきて意識せずにできるようになっていた。それより厄介だったのがこの行為をしている最中の十文字の表情だ。露骨に嫌な感情を表している。恐怖や嫌悪感ならまだしも若干の怒りがそこにあるように思えた。やはり聖職者として聖書が足蹴にされるのは受け入れられない部分もあるのだろう。それは理解できるのだがそれならなぜそんな大事な聖書に易々と火をつけたのかいささか理解に苦しむ。この空間の闇に対して力負けしている光が照らす彼の顔があるので後ろにいる仲間の様子を確認する気が失せる。
煙はある一点に収束していた。部屋の隅の地面だ。吸われていくときの煙の形を見ると正方形のように見えたためおそらくはこの部分だけ取り外しができるようになっているのだろう。ゴールを示す扉があるものだとばかり思っていた自分にとってはとても残念な情報だった。ゴールではないものの何かヒントになるものは存在しているはずなのでさっそくこの床を取り外そうと試みるがいかんせん道具が何もない。せめて取り外しやすいように何らかの工夫がされていればいいのだが見ただけでは他の部分と見分けがつかないほどきれいにつくられているため全く取り外せそうにない。ふと最初の扉が思い出された。あの扉も隙間が寸分もないように作られていた。この部屋の技術力の高さを見せつけるのは別に構わないのだが見せつけるならせめて謎解きをしていない時にしてもらいたい。そっちは遊びなのかもしれないがこっちは下手したら命を落としかねない状態で必死なのだ。謎に関係ないところで難易度をあげるのは本当にやめてもらいたい。そう考えると途端に苛立たしくなってきてついその床を殴りつけてしまった。黒幕への怒り、謎解きへの怒り、自分が絶たされている状況への不安。色んな感情がこもった良い一撃だったと思う。それら負の感情が複合された拳が良かったのか、シュコンッと音を立てその部分がどこか見えないところに収納された。それを見た後ろの人たちの反応は様々だったが概ね自分と同じ感情だったと思う。
突如生まれた四角い穴からは若干明かりが見えた。高級料亭の入り口だったり、カッコつけたステーキハウスの壁面照明と同じ照度と言えば正しく伝わるであろう柔らかくて弱弱しい明るさだ。それに惹かれるかのように中を覗いてみるとそこに丁度すっぽり収まる程度のサーキュレーターが存在していた。おそらくはこいつが煙を吸い込んでいたんだろう。さらに視線を奥に向けると明らかに怪しい箱がある。おそらくはその箱に鍵が隠されているのだろうということはわかった。だがサーキュレーターが元気に回っている。手を中に入れることは極力したくない。どうすればこいつの動きを止められるのか考えているとある一つの案を思いついた。後ろを見ると彼らも気になっているようで床に這って穴を覗いている自分の上から覗き込むようにして集まっていた。先ほどまで複雑な表情を見せていた聖職者も終わりが見えたことによる安堵か他の人と同じような顔をしている。彼をここから遠ざけたいという真の狙いは伏せ、危険なことをするから少し離れろと指示すると皆素直に離れてくれた。そして聖職者との距離が十分に離れたことを確認した後燃え盛る聖書を穴の中に投げ入れた。ガガッ、ガガガッという音が激しくした後に完全な静寂があたりを包んだ。後ろで何か騒ぎ声が聞こえているが完全に無視して中を覗き込む。狙い通りサーキュレーターの羽は完全にひしゃげていた。さすが聖書、中は燃えて灰になっていたものの装飾たっぷりの重厚なカバーは見た目通りの硬さのままだ。さらに運よく燃えていた部分もサーキュレーターとの戦いでほとんどが破け紙屑になっているか風に煽られました勢いで灰になっているかという状態で僅かに燃えているものの余裕で手を入れられる。十分な結果に満足しながら箱を取り出すとその箱は一本の光りを発した。メンツをしっかり確認した後そのレーザー光線の導くままに歩いていくと壁に到着した。そしてここに嵌めてくれと言わんばかりのキューブ状のへこみが存在している。誘われるままにそれをはめ込んだ直後壁が崩れるように下がっていった。だんだんと光の量が増えてくる。それを見た全員が感じた。この部屋から脱出したのだと。
目が覚めると再び真っ白な部屋にいた。前回の時もそうだった。脱出したところまでしか記憶がない。その後の行動、なぜ気を失っているのか、理解できないことがたくさんある。だがこれは正式にクリアした証拠とも捉えられる現象なので前回よりは不安に感じない。このおかしな空間に慣れつつある自分に若干の恐怖をおぼえた。
周りを見ると先ほどの部屋で合流した聖職者と若い男も一緒にいる。二人ともこの現象は体験済みらしくそれほど焦ってはいない。もしかしたら二人は二回どころではないのかもしれない。そうやって他の参加者のことを考え始めた時ふと一つの疑問が頭を覆いつくした。
『あの聖職者は本当に自分たちと同じ立場の人間なのか』
よく考えてみるとあの状況で聖書を持っている彼がいなければ脱出できなかった。できないことはなかったとしても手や腕が無傷ということはなかっただろう。それにもしサーキュレーターを止めるだけだったら他の物でもよかったのかもしれない。今になって考えてみると靴や服を詰め込んでも同じ結果になったのかもしれない。ではなぜあの状況で咄嗟に聖書を穴に落とすという発想に至ったのか……そう、その前から活躍していたからだ。火をつけて明かりを生み出す。煙を用いて通路を探す。一つの道具としてはありえないほどの活躍をして自分たちの意識にタグ付けをされていたと言っていいだろう。だからこそあの策を思いついた。だが聖書だけならそこまで意識づけされなかったはずだ。火をつけた人、煙の有用性を伝えた人、それがいたからこその存在感だ。ではそれをしたのは誰か、あの聖職者だ。初めに会った時は自分たちとそう変わらないような雰囲気だった。情報量もそれほど変わらなかった。だからてっきり自分たちと同じでこの空間に来て間もないと思っていた。だがどうだ、機転の利いた行動で何度も私たちを助けた。暗闇に包まれたあの状態で、だ。自分たちはあたふたしていたにもかかわらず冷静にあんなことができるのだろうか。できるとすれば一つ、彼はこの空間に何らかの形でかかわっているのかもしれない。
最後に少年がめざめた。まだぼーっとしているが手を引いて先に進む。部屋の奥から伸びる真っ白な通路をひたすら進むと同じような空間に出た。わかっていたことなので今更特別な反応はない。だがそこには三人の人物がいた。近づくとそのうち一人はすでに息絶えているのが見て取れる。亡骸を見る限り安らかに眠ることができたわけではなかっただろう。男性の遺体から少し離れた所に座り込む二人。意気消沈しているのは見て取れるのでむやみに声を掛けるのも気が引けた。だが話を聞かなくては先に進めそうにもない。こういう時に役立つのがこのちびっこだ。少年に先陣を切らせその後を追う形を装って違和感なく会話に移行する。前回気づいたばかりの小技だがここでも役に立った。
聞いた話をまとめると、彼らはつい先ほどまでともに行動していたが、そこで今は遺体となった男性が大けがをしてしまった。目覚めた時には帰らぬ人となってしまい悲嘆に暮れていたところ私たちに声を掛けられたということらしい。そして少し気になったのがその口ぶりからここからの脱出を少し諦めているということだ。おそらく亡くなったのは中心的な存在だったに違いない。十文字がいなかった世界線の自分たちを想像してみればその心境はわからなくもない。
彼らを連れていくか悩んでいた時、向こうから声がした。その方向を見ると少年が勝手にドアを開けて次の謎解きの部屋に入っていた。大声で止めようとしたが見る限りこれまでと違ってただのドアだったので声量は幾分か小さかったと思う。入った途端閉まるということもなさそうだ。彼もそれに気づいたからか出たり入ったりを繰り返して楽しんでいる。とりあえず彼らを放置してその部屋に入ってみるとカタカナで『イケニエノヘヤ』とかかれていた。そして正面には鉄の処女を簡素に作ったかのような拷問器具らしきものが三つ並んでいる。さらに部屋の隅に物置のような小屋があり上の壁には『OPEN』と何らかの塗料で書かれている。これまでの部屋と比べると莫大に情報量が多い。そして人数も多い。答えは薄々わかるような気がする。だがそれは違う気もする。
何より今回は謎を解くだけではない。二人組をどうするか、あの聖職者は信用に値するのか。どっちかと言うと謎よりも難しいことを考えなくてはいけないような気がしてこれまでとは違う意味で息をのんだ。