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タイムアップを告げる知らせが耳に入るとあれだけ熱量がこもって発されていた声も途端にゼロになった。とくん、とくん、とくん、とくん。誰かの心音か自分の心音か。それだけが静かな空間に音として存在している。誰も目を合わせない、誰も顔をあげない。輪になっているのは座り方だけで投票から見てわかる通り考えていることは皆バラバラのようだ。それにしてもあの投票は本当にバラバラになったように感じる。それこそ何の情報もない中ではいかいいえを選ばされた結果なのだろうか。それにしてはそれぞれが意思を持って会話をしていたような気がする。この中の誰かが黒幕側で投票を誘導しようとしていたのではないかと思えるほどだ。そうでなければあんなはっきり分かれないはずだ。はいといいえのどちらにせよ票を合わせておくべきだったのではないか。今更考えても遅いのだがそんな気がしてならない。おそらく同じような不安を抱えているであろう仲間がいることは肩の震えから見てわかった。ちびっこだけは下を向きながらも足をプラプラさせていたのでつくづく感心させられる。この子こそ今回の会議で最も重要な発言をしたように思えるのだが、そのことに気づいているのかいないのか。子供だとしても恐怖は抱くはずなんだが……
『あー。皆さんお疲れ様です。集計が終わったのでご報告をしにやってまいりましたよ。最終問題が終わったというのになんでそんな暗いんですかねぇ。もう少し和気あいあいとしていてもいいような気もするんですけどね。では、結果を発表しますと【はい】に投票したのは山上さん、秋枝さん、十文字さん、虎さん、そして宮沢さんの五名。【いいえ】に投票したのは成瀬さん、時渡さん、成さんの三名となりました。まあこうなりますよねって感じでした、本当に。ちょっと意外なところもあったんですけど結果だけ見るとそう言えますね。どうでしたか、一人一言ずつ感想を言うってのは………さすがにそういう雰囲気じゃないですかね。では切り替えてささっとあなた方がこれからどうなってしまうのか発表しますがそれでよいですか?』
静寂。あまりにも静寂。誰もこのマスターの声には反応を示さなかった。肯定なのか否定なのか、それさえも彼にゆだねるという姿勢だ。けれどもそれが最も正しい反応のように思えてしまう自分がいる。
『誰一人として言葉を発してくれないのでこのまま続けてしまいますね。では、あなたたちは今回のゲームを無事生きてクリアすることができました。今回だけでなくこれまでのすべての部屋でも無事生きてクリアという快挙。そんな素晴らしいあなた方は……………この空間から出て行ってもらいます。現実世界へサヨナラ!!』
ふっという音とともについ先ほどまで人形だった自分たちに生が宿った。長い、長い溜息と共に手を上へ伸ばしたり、大声で叫んだり。様々な動作で心の枷が解けたことを表現している。生きて帰れる。その事実で胸どころか体全体を包みこんでくれる。円卓を囲むメンバーをさらに囲むのは喜びと言う感情だった。安堵すらも喜びに覆いつくされて変換する、そんなレベルで心臓が拍動していた。
『いやぁ、そこまで喜んでくれると主催したこっちも狙い通りと言うか嬉しいというか……って全然この声聞いてくれないんですけど。え?まとめの話、聞いてくれないんですか?ネタバレとか説明とかなんも要らないの?そういう感じならこっちもそういう感じで対応しますけど、いいんですね?おーい。おーい………もういいやいっ!』
誰かがスイッチを押した音がした。その音に従うかのように意識がふっと落ちていった。目が覚めるとそこは見慣れた光景があった。ちょっと汚れた天井、さわり慣れた布団、汚い部屋と嗅ぎ慣れた自分のにおい。あぁ、帰ってきたとすぐ気づいた。自分たちは生きて戻ってきた。あの空間に入った前のけだるい感じはない。脳内に流れ続ける嫌なノイズもない。明らかにすっきりしている。あの場所がどこに存在して、なぜ自分があそこに入れられたのかはわからない。だけどあの場所がなぜ存在するのかはちょっとだけわかった気がする。
『ふぅ、ひと段落付きましたね。これで四百七十三グループ目ですか、だいぶ数も増えて来た……っと放送がつけっぱなしでしたね』
「今回のグループは八人か。まあ途中で大幅に人数が減ってしまって慌ててここに含めたひとたちも何人かいますがいいでしょう。それにしてもあのメンバーは本当に不思議な人たちでしたね。最後の部屋も協力しているのかしていないのかよくわからないままだったし。あれは私がそう仕向けたせいでもあるんですけどもう少しスムーズにいくと思ってましたよ。ある人には投票の答えを教えて、ある人にはこの空間の存在理由をストレートにお伝えして。結構簡単に話が進むのかなとは思ったが……そうはいかず。場を荒らすように指示を出した人が何とか頑張ってくれましたね。これはこれは本当に有難いことで、それだけ話術があればどこへ行っても頑張れるでしょうと思いました。何も活躍しなかったり、自分の意思がなくいつまでも人に流されるような人がいるのならその人には残って二週目に参加してもらおうと思ったんだけどそんな残念な人はいなかったので今回は全員追放と言うことで。あとは彼らがどう努力してどう頑張るかですね。少なくとも前よりは生きることに対する執着は増えたでしょう。無垢な少年はちょっと危ないところがあったのでね、今回は特別お呼びしました。少し怖いものが増えてしまったかもしれないですけどそれも生きるための防衛本能を搭載してあげたということで許してもらえるでしょう。これからが楽しみで仕方ないですね。生の有限に気づいた彼らがどう生き方を変えていくのか。見ることができないのが残念で仕方ないですが。それでは、独り言はほどほどにして他の部屋にいる人の様子を見ねば……」
生きていたくても死んでしまう人がいる一方で生きる理由はないのに生きてしまっている人がいることに気づいた人物がいた。その人物は数か月後にあるシステムを作った。それは人の意識をそのまま別の場所へ移すというものだった。その人物はそれを世間に公表することなく、それを用いて社会で生活しながらも様々な理由で『生への欲求が少ない者』を一か所に集め様々なゲームを行わせた。ゲームの中には死に至る物もいくつかある。だがそれらを経験することで彼らの無意識化に生への執着を植え付けるのが狙いだった。道中で亡くなったものは仕方ないが意識をもとの場所に戻す。それらの人々に成長はないかもしれないが自分が死を与えるよりは正しい判断のように思えた。そうしてそれらの問題を乗り越え最終まで残った者にはおそらく存在しているであろう生への執着、欲求。それさえあればあの社会で生きていくのは容易だと考えていた。自分がこれを繰り返すことで意味もなく生きる人間がこの世界からいなくなる。それは社会の清浄にもつながると同時にこれまでやむなく死んでしまった者への懺悔にもなると思った。
ここ最近になってようやくこの計画の結果が見え始めた。だがその人物はそれに喜ぶことはなく当時と全く変わらぬ姿で同じ作業をずっと繰り返している。それが社会を見て、そして失った彼の役目なのだ。ずっとこの先も続けるだろう。哀れな人がゼロになるまで。