酔いの口から 第3章

21:00

 蛇口をしめて、手をピッピと払う。鏡に映る顔はなんだか薄暗い。

 タオルを無視してそのままパソコンの前に戻ると、お客さんの一人が席で吐いていた。

 えぇ……。

 おじいさんとバイトのお姉さんが大人しくなって、やっと安心してトイレに行ったのに……なにがあったんだろう。

 居酒屋だから、吐く人自体は別に珍しくないけど、トイレ以外で吐かれるのはかなり迷惑だ。案の定、お母さんが小さく震えて怒ってる。

 吐いてるのは、大学生のグループのうちの一人。本人だけはなんだかスッキリした顔をしてるけど(酔っ払いはいつもこうだ)、赤い髪のお客さんが自分の服を指差してめちゃくちゃ怒ってる。そんで、同じグループのお姉さんが、バイトさんと一緒にゲロを片付けてくれている。

 なんで吐いちゃったんだろう?

 あのお客さんたちは新成人だったはず。ということは、もしかして、初めてのお酒で無理をしてしまった……とか?

 ぼくは居酒屋の子だし、クラスや学童のやつらよりも吐いてる人を見た回数は絶対に多い。なんなら、お父さんだって休みの日には飲みすぎてゲロゲロしてるから、ゲロはぼくにとってすごく身近な存在だ(なんて嫌なご近所さんなんだろう!)。

 それでも、やっぱり、人が吐くのなんて見ていて楽しいもんじゃない。

 臭いしダサいしカッコ悪い。

 お母さんも言ってた。「自分の限界を超えて飲むのは馬鹿のすることだ」って(お父さんは、亀みたいに首を引っ込めながら「はい。はい」って頷いてた)。

 ぼくだっていつか大人になったら、きっとお酒を飲むわけだけど、あんな馬鹿みたいな飲み方は絶対にしたくない。

 ぼくは、もっと、はーどぼいるどでしりあるでキューティーな……いやキューティーはかわいいって意味か……とにかく、かっこよくお酒を飲める大人になるんだ。バーでシュッとグラスを遠くの席まですべらせて、「隣のお客様からです」って言えるような、そんな……。

 そうだ! ちょうどいいところに、そんな感じの大人のお客さんたちがいる。カウンターの端っこで、静かにお猪口を傾けてるお客さん。なぜか、隣に大学生グループのお客さんが来てるけど……そのさらに隣の女性のお客さんも、なかなか大人っぽい。見ていて安心できる感じがある。間違えても、楽器を急に弾きだしたり、ゲロ吐いたりなんてしないだろう。

 厨房の天井についているカメラをちょっと動かして、三人のお客さんをアップにした__

酔いの口から 第3章」への142件のフィードバック

  1. 前は「堅物」と呼ばれるくらい真面目だったんですよ、大人の言うことが絶対でとにかく空気が読めなかった……
    それが今じゃこんなです、真逆ですよ

  2. 口開けば大人、大人って
    今しかできないことばっかなのにそんなことばっか気にして、
    大人になったら同級生とあんま集まりとかできなくなりますよね笑

  3. そうねえ、私ぐらいの年になると、同級生と会えるのなんて結婚式ぐらいね。あとはもう妊娠子育てで話が合わなくなってきちゃうし……。

  4. 大人にならなくてもいい……そうですねぇ、少し難しいですね。大人になりたくなくても、時が経てば誰でも大人にならざるを得ませんから

  5. おう女将さん、我の日本酒もひとつね。

    うむ。確かに年をとるとそう見られてしまうなぁ。だが、例え周りからそう見られても、自分は大人でも子供でもない「自分」としてあればいいんじゃないか?

  6. 誰しもそうじゃないか。我も色々あったよ。結婚も離婚もしたし、我はミュージシャンなんだが、ライブツアー中に機材を盗まれたこともあったし、頭にかんざし刺しすぎて入院したこともあったし、でも結局は我は我でしかないことに気が付いたんだ。

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