酔いの口から 第4章

21:15

 なんだか、不思議なことになってきた。

 さっきまであんなに仲の悪そうだったお客さんたちがみんなカウンターの近くに集まって、真面目な顔でぶつぶつ話し合っている。並ぶグラスの数もどんどん増えて、顔もすっかり赤らんできて、それなのに、目だけは妙に据わっている。

 これは……あれだ。

 酔っ払いの第二形態、「お説教モンスター」だ!

 大人って生き物は、お酒を飲むと、まずテンションが上がる。そして、テンションが上がりきると、今度は、「説教したがり」状態になる。仕事のこととか、人生のこととか、とにかく何かをツラツラ語りたくなるらしい。特に、年下相手に。そんで、心ゆくまで語った後は、イビキかいて寝たり、吐いたりする(すっごい迷惑だ)。

 ぼくの一番身近な酔っ払いこと、お父さんも、普段はぼくと話すことなんてほとんどないくせに、お酒が入ると急に口が回るようになる。学校のこととか学童のこととかあれこれ聞いてきて、「あ〜、やっぱりお前はまだ子どもだな〜」って顔で、どうでもいいお説教を長々とぼくに浴びせてくるんだ(次の日の朝になったら、自分がお母さんに説教されるくせに)。しかも、酔っ払うたびに毎回同じ話しかしない。酔っ払っている最中のことを覚えてないから。

 「お説教モンスター」っていうのは本当に嫌な生き物だ。

 あのお客さんたちも、みんな、お酒の飲み過ぎで「お説教モンスター」になっちゃったんだ。

 どうしよう……と一瞬だけ考えて、すぐにやめる。

 うん……別にいっか。

 ぼくがお説教されるわけじゃないし。むしろ、みんな静かになったおかげで、お母さんの顔も少し穏やかになってるし。バイトのお姉さんも、もう店中をうろうろ歩き回ったりしてないし。

 うん。全然問題ないじゃん。

 それよりも、いつの間にかもう9時を過ぎていることの方が問題だ。いつまでもお店を見てないで、そろそろお風呂に入って寝ないと。明日はちょっと早めに登校して、ドリルの丸つけしなきゃなんだから、夜更かしなんてしてる場合じゃない。

 そう思って、監視カメラの映像を閉じようとした時、ふと、厨房の様子が目に飛び込んできた。

 コンロの火が、つけっぱなしだ。

 __ドッと冷や汗が噴き出してくる。九月の防災の日に、学校に消防士さんがきた時の記憶が、急に映画みたいに浮かび上がってくる。

「ガスコンロが原因で起こる火事のほとんどは、コンロの火を消し忘れることで起こります」って__。

 どうしよう。どうしよう。全身に鳥肌が立つ。このままじゃ、お店が火事になっちゃう。お父さんとお母さんの大事なお店が燃えてしまう。というか、2階にいるぼくも、火事で燃えちゃう。

 二人とも、今は厨房の外でお客さんたちの相手をしてる。カウンター席に座ってるお客さんたちからあのコンロはちょうど見えない位置にあるし、そもそも全員話すのに夢中で、気づくのは絶対に無理だろう。

 お父さんとお母さんは厨房にいない。「お説教モンスター」たちも使えない。

 あとは、あとは……

 そうだ、バイトのお姉さん!

 お姉さんを探しに、六個の監視カメラを全部チェックする。でも、バイトのお姉さんはどこにも映ってない。

 ってことは、お姉さんは今、カメラの唯一届かない場所__厨房の奥の、冷蔵庫とかが置いてある、従業員控室にいるはずだ。

 控室には、緊急連絡用の電話機があったはず。ぼくは勢いよく立ち上がって(勢いよすぎて、椅子が思いっきり倒れてしまったけど、無視!)、リビングの電話を手に取った。壁に貼ってあるお母さんの「おみせにでんわしたいときはこれ↓(ほんとうにあぶないときしかかけちゃダメ!)」というメモの通り、登録してある番号を選んで、通話ボタンをギュッと押した__どうか、電話に出てくれますように!

酔いの口から 第4章」への114件のフィードバック

  1. 見えないだなんて、ありがとう。歳をとっていくのはもちろん怖いわ。結婚しようと思ってた人に振られてライフプラン狂っちゃったけど……。

  2. おや、そうだったんですか。それは、それは……貴方みたいに魅力的な方なら、また素敵な方が来ると思いますよ。
    幸せな門出が来る事を、祈っております。

  3. 今はそういったツテが、あまりないですしね……あの、お嬢さんがもし良ければですが、私の部下で相手を探している方がいるので、紹介してもよろしいですか?

  4. 今頃はキャリア積んで出世だって目じゃなかったってのに、家の都合で結婚させられた奴の気持ちなんて分からないでしょうね。お・きゃ・く・さ・ま?

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