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なんだか、不思議なことになってきた。
さっきまであんなに仲の悪そうだったお客さんたちがみんなカウンターの近くに集まって、真面目な顔でぶつぶつ話し合っている。並ぶグラスの数もどんどん増えて、顔もすっかり赤らんできて、それなのに、目だけは妙に据わっている。
これは……あれだ。
酔っ払いの第二形態、「お説教モンスター」だ!
大人って生き物は、お酒を飲むと、まずテンションが上がる。そして、テンションが上がりきると、今度は、「説教したがり」状態になる。仕事のこととか、人生のこととか、とにかく何かをツラツラ語りたくなるらしい。特に、年下相手に。そんで、心ゆくまで語った後は、イビキかいて寝たり、吐いたりする(すっごい迷惑だ)。
ぼくの一番身近な酔っ払いこと、お父さんも、普段はぼくと話すことなんてほとんどないくせに、お酒が入ると急に口が回るようになる。学校のこととか学童のこととかあれこれ聞いてきて、「あ〜、やっぱりお前はまだ子どもだな〜」って顔で、どうでもいいお説教を長々とぼくに浴びせてくるんだ(次の日の朝になったら、自分がお母さんに説教されるくせに)。しかも、酔っ払うたびに毎回同じ話しかしない。酔っ払っている最中のことを覚えてないから。
「お説教モンスター」っていうのは本当に嫌な生き物だ。
あのお客さんたちも、みんな、お酒の飲み過ぎで「お説教モンスター」になっちゃったんだ。
どうしよう……と一瞬だけ考えて、すぐにやめる。
うん……別にいっか。
ぼくがお説教されるわけじゃないし。むしろ、みんな静かになったおかげで、お母さんの顔も少し穏やかになってるし。バイトのお姉さんも、もう店中をうろうろ歩き回ったりしてないし。
うん。全然問題ないじゃん。
それよりも、いつの間にかもう9時を過ぎていることの方が問題だ。いつまでもお店を見てないで、そろそろお風呂に入って寝ないと。明日はちょっと早めに登校して、ドリルの丸つけしなきゃなんだから、夜更かしなんてしてる場合じゃない。
そう思って、監視カメラの映像を閉じようとした時、ふと、厨房の様子が目に飛び込んできた。
コンロの火が、つけっぱなしだ。
__ドッと冷や汗が噴き出してくる。九月の防災の日に、学校に消防士さんがきた時の記憶が、急に映画みたいに浮かび上がってくる。
「ガスコンロが原因で起こる火事のほとんどは、コンロの火を消し忘れることで起こります」って__。
どうしよう。どうしよう。全身に鳥肌が立つ。このままじゃ、お店が火事になっちゃう。お父さんとお母さんの大事なお店が燃えてしまう。というか、2階にいるぼくも、火事で燃えちゃう。
二人とも、今は厨房の外でお客さんたちの相手をしてる。カウンター席に座ってるお客さんたちからあのコンロはちょうど見えない位置にあるし、そもそも全員話すのに夢中で、気づくのは絶対に無理だろう。
お父さんとお母さんは厨房にいない。「お説教モンスター」たちも使えない。
あとは、あとは……
そうだ、バイトのお姉さん!
お姉さんを探しに、六個の監視カメラを全部チェックする。でも、バイトのお姉さんはどこにも映ってない。
ってことは、お姉さんは今、カメラの唯一届かない場所__厨房の奥の、冷蔵庫とかが置いてある、従業員控室にいるはずだ。
控室には、緊急連絡用の電話機があったはず。ぼくは勢いよく立ち上がって(勢いよすぎて、椅子が思いっきり倒れてしまったけど、無視!)、リビングの電話を手に取った。壁に貼ってあるお母さんの「おみせにでんわしたいときはこれ↓(ほんとうにあぶないときしかかけちゃダメ!)」というメモの通り、登録してある番号を選んで、通話ボタンをギュッと押した__どうか、電話に出てくれますように!
はぁ、疲れた…こんなパイプ椅子じゃゆっくり休めもしな…電話だ
もしもし?はい、息子くんですか、え、火がついてる?!うん、ありがとう。急ぐね!
女将!火!火止めてくださ!うっ、いったあ、
(何もないところで転ぶ)
どんな芸術って。そりゃ、一番凄くて、認められる芸術に決まってますって
え、嘘!? すぐ行くわ!
確かに、それは大事だ。我も自分の音楽を認められるのに随分かかった。
俺の絵は、誰もを魅了するはずなんだ。そうじゃなきゃいけねーんだ
だが認められるためだけの、ただ凄いと言われるための芸術に、おぬしの「意思」はあるのか?
あー……だって同窓会で集まったのに全然話してないなって、昔話とか、これからの話とか色々……ね
小林の話聞いて思った
どうして、『1番凄くて、誰からも認められる芸術』を志したいんですか?
そうじゃないと、生きてる意味がないじゃないすか!
俺みんなのこと全然知らないなって
ああ、日本酒をそんなに一気に……酔いが早く回ってしまいますよ(お水渡します)
みんな分かってねぇ。あの教授たちも父さんも
どうして?芸術やらなくても生きていけるわよ?
(火を消して)危なかった、お客に夢中で気づけなかったわ。
はぁ、火きえてよかった、なんでついてたんだろ…
成人おめでとう!芸術家よ笑
死ぬまでに認められなきゃ、生きた意味がねぇ。のに、いつの間にか20歳になっちまったんすよ
うるせー賢二。てめぇもだらだら生きやがって
でも成人式よかったよね
久々に会えたやつもいたし、来てよかった
あれ赤髪ちゃん操作戸惑ってる?貸してみー
そうか、君は20歳になるのか。我がちょうどデビューする直前ぐらいの年なのか……。
どいつもこいつも、もう20歳になっちまったてのに、ヘラヘラしやがってよ
い、インスタって、なんかメールとかと違って連絡交換すんの面倒すぎないか……?
若いですねぇ……
……ほんと、みんないいですよね
20歳なんてまだまだこれからなんだから。
ちっちゃな頃から芸術家
20でお酒が許される〜
太郎! なに達観したみたいなこと言ってんだよ。まだ何者でもねーくせに!
私だってほんとなら今頃は… (ボソっと呟く)
そうですね、私なんてもう40代に入りましたからねぇ……
賢二だってなぁ。そうやって、人のこと馬鹿にするだけで、自分ってものがねーのかよ。馬鹿
何者でもない……ね
慣れだよー、先にうちフォローしちゃうね
えみちゃんて名前なのかわいいー
店員さん、ビールおかわり
え、いや、なんか、ありがとうございます……。
似合わないですよね、はは……。
あ、私も梅サワーまだ届いてないわ
承知しました、すぐにご用意しますね
というか自分なんて28歳になったってわかんないわよ。そういうのって大人になればなるほど薄れてっちゃう気がするわ
どんどん歳を取っていっちゃうの怖くないんすか?
28ですか?
全然見えないー!
んー、前まで年を取るのは楽しかったんですが、今はそんなに、ですかね
見えないだなんて、ありがとう。歳をとっていくのはもちろん怖いわ。結婚しようと思ってた人に振られてライフプラン狂っちゃったけど……。
三十路(みそじ)超えにはきつい話だわ…
店員さん30超えなの?!肌きれいね!何使ってるか教えてもらっていいかしら?
年か。みんなそれぞれ年を取ると積み重ねて行くものがあるのぉ……。
だがな……、
おや、そうだったんですか。それは、それは……貴方みたいに魅力的な方なら、また素敵な方が来ると思いますよ。
幸せな門出が来る事を、祈っております。
賢二お前、成人式良かったとか言ってたけどさ、俺は最悪の気分だったよ。なんでわざわざ式なんてするんだよ
寄る年波には勝てなくって。
ありがとうございます。そうだと良いんですけど、なんだか疲れてきちゃって。
もし20にもどれるなら何しますか?皆さん
店員さーん、ビールまだですか?
減るもんじゃないんだから祝ってもらえるんならいいじゃん
あんなに同い年集まる瞬間、最後だぞ
そうですよね、今は昔と違って恋愛結婚が盛んな印象があるので……大変ですよね
君たちは何者にもなれずにもう20歳になってしまいました。おめでとうございますってか?
歳なんてとりたくありませんよ…。若い衆が羨ましい限りです。ちくしょーめ。(引き攣った笑みで)
そうねえ、高校の同窓会とかならあるけど、人数で言えば成人式が最後になるわね。
これだからネガティブは
20まで健康に生きられたことを感謝すればいいのに
そうなんですよ、まず恋愛する人から探さないといけないので……。
あ、ビールと梅サワーできたからお願いね、夏樹さん。
休憩ありがとうございました
ビールくらい早く出してください
こちらビールと梅サワーです
ようやくきた
すみません、休憩に行っていたので…
ありがとう。
なんもしなくたって20歳には勝手になるだろ
そんなことないよ
昔だったらお前みたいな奴淘汰されてたよ
いいですよ別に、そもそも、あのおばさんがやれば良かった話なんで
いやいや、その、女将も忙しいですから、
あなたもそういう人間なんじゃないですか?ノーと言えない日本人
今はそういったツテが、あまりないですしね……あの、お嬢さんがもし良ければですが、私の部下で相手を探している方がいるので、紹介してもよろしいですか?
じゃあ、昔はお前みたいなつまらんやつらばかりの世界だったんだな
お客様、誰がおばさんと?
え!本当ですか?ちなみに何歳ぐらいで年収はおいくらぐらいかってわかりますか?
あなたのことですよ
喧嘩なんて怖いですから…ね
貴方と同い年で、年収は家計一つ保てるくらいですよ
なんかサイレンなってない?
本当ですか?!それはその、是非紹介していただきたいです!
……バイトのあなた見てるとイライラします
……というか全員を見てイライラするんです
他人から提案するのは今のご時世どうかなと思ったのですが、言って良かったです。
お客様、少し飲み過ぎではないですか…?
どっかで火事にでもなってんじゃねーの?
いえいえ本当にありがたいです。電話番号かLINEどちらがやりやすいですか?
あーあ、飲まなきゃやってらんねーよ!
では、電話番号で
後で日程調整致しましょうね。
お冷お持ちいたしましょうか?
ありがとうございます!
今頃はキャリア積んで出世だって目じゃなかったってのに、家の都合で結婚させられた奴の気持ちなんて分からないでしょうね。お・きゃ・く・さ・ま?
それはな、年をとってからがな、からがな……。ゴロン、Zzz……。
はー、いいよ別に、それよりあなたこの仕事向いてないよ
早くやめたら?
えっ?あのおじいさん寝ちゃったの?
女将、酔っ払いの愚痴なんて、取り合っても仕方ないですから(耳打ち)
店員さーん。ジジイが床で寝始めたんですけど
や、やめたらって、
ええ、そうですね。でもせっかくなら、このお店も燃えて無くなってもらった方がいいかもしれませんね?
おや、大変 ……ん? 店内に香ばしい匂いが充満してますね……
うるせえ!未練がましく過去の栄光に縋ってんじゃねぇクソババァ!
ちょ、お客様!床で寝るのは困ります
店員さんのエプロン焦げてね?
なんか焦げ臭いわね。
太郎。お前いないと思ってたら酔って店員さんに絡んでたのかよ。だせぇなぁ
(私だってこんなことやりたくない、、、むり)
うぅん。まだ我、弾けるって……。
弾くなら後で!事務所で!私にお願いします!
起きてください!
お前も黙ってろよヒトラー!そもそも行きたくなかったんだよこんな同窓会!
うぅぅん。いい匂いがするなぁ……。実に香ばしい炎の匂いだ……、Zzz。
焦げ臭い香りが…って嘘!? ほんとに燃えてる!