原稿入力
戻る
ピース番号
名前
原稿
a2p
悠雪
「えーまとめると、この正体不明の変な奴は何者かにマンホールに引きずり込まれ、頭をスキンヘッドにされ、謎の鎧をつけられた。おまけに記憶も失っていて、自分が誰かは分からないけれど、マンホールからマンホールへ高速移動する謎能力を持っている。と。」 なるほど、分からん。 そもそも俺、渡辺綱吉は頭を使うのは苦手なのだ。故に周囲の人間にいまいち自分が警察だと信用されていないのも我ながら当然だと思う。 「やっぱとりあえず身柄を拘束するしかないな。アンノウンは俺ら月鬼組、ジョージとマリオは普通に警察の世話になってもらう。」 「えー逮捕しちゃうんですかーもっと話聞きたいのにー」 アンノウンにご執心の女郎共がブーブー言う。うるせぇ。 はいはい、黙ってろーと雑にあしらう。現状打てる手はこれしかないからな。 しかし間違いなくおかしな力が働いているのは確かだった。 何者かが、マンホール内にいる。 アンノウンはその被害者…であるはずだ。 しかし果たしてそれが異能のものなのか、それともただのイカレたファッションセンスを持った変態なのかは知らない。 が何かがいるのは間違いなかった。 今度月鬼組で中に入るしかないかねぇ。と俺が足りない頭をなんとなく回転させている、その時だった。 そこからは刹那の出来事だった。 一つ、アンノウンの目の色が変わる。 二つ、目線の先にはマンホールから黒い水が漏れ出ていた。 三つ、マンホールの蓋が甲高い音を立てて解き放たれる。 四つ、巨大な黒き鉄拳がアンノウンに向かって振り下ろされた。 黒い剛腕が渋谷の大地を抉る。 それが合図のように人々は悲鳴を挙げて逃げ惑う。ハロウィンで彩られた渋谷の街は一瞬にして地獄と化したのである。 「フ、フフ、フフフ、フフフフ、フフフフフ。フハハハハハハハハハハハハハハハハ。」 異常としか言えない程に発達した剛腕。 三メートルはくだらないであろう身の丈。 黒い水が滴る鎧は凄まじい闘気を放っていた。 異能だ。 これが異能でなければ何なのだと言わざるを得なかった。それほどまでこの存在は明らかにこの世のものではなかった。 「ようやく見つけたぞ。我が宿敵、我が大敵、我が忌む敵よ。」 マンホールの下からのそのそとアンノウンが出てくる。どうやら寸前で回避したらしい。 「お前、あのバケモンとどういう関係?」 アンノウンはフンフンと首を振る。 それを見た異形の異能は少しばかり意外そうな顔をした直後、なるほどと大袈裟に頷いた。 「そうか、うむそうだ。そうだったな。ならば、教えてやろう。」 音を立てて腰を下ろした。隙を見て斬りかかろうとしたものの、その振る舞いには一分の隙も無かったのを見て取りやめる。 「お前はマンホールとは何かを知っているか?」 知らん知るか。マンホールはマンホールだ。 「知らんだろう。最早その起源を知る者は当事者ですら稀だろうからな。」 ふと、眼前のそれを指さして語り始める。 これは水源だ。そのままの意味の水源だ。 今や何の苦労もなく、ただ蛇口を捻れば放出される水はかつてこの水源からくみ上げてようやく手に入るものだった。 そんな中お前たち人間は愚かにもその水源を我が物としたな。 愚かではないだと?いいや、それは禁忌だ。その思考、その浅ましさ、その傲慢は忌むべきものだ。 我は、数多いる水の神の一人だ。他の神はその所業を許したが、我だけは許せなかった。 決めたのだ。復讐をだ。誰にだと?決まっているだろう。これを作った人間ををだ。 この者はお前たちで言うところの古代ローマ時代の人間だ。そして忌むべき諸悪の根源を作る運命にある者である。 分からんか?神は古今東西あらゆる人物を現代に呼び寄せられる、ということだ。 しかしここで問題が生じた。時間の座標が少々ずれてしまったようでな、今のこ奴は禁忌を犯す前の段階にある。マンホールなど知らん存在だ。 そして我の膨大な神通力にあてられたからか、記憶は消え失せ、己が何者か忘れたのだ。しかも、奴の身にはマンホール内を高速移動する神力が宿ってしまった。その力でこ奴は我が手から逃れたのだ。 そして何年もの間、我が追跡から逃れた後、こうして今、その復讐の時が訪れた! 色んな意味で無茶苦茶な奴だ。 圧倒的な膂力、神通力による時間操作。 何よりその厄介すぎる復讐心。 初めの認識を改める。 眼前の敵は異能でもなければ神でもない。 ただの復讐者である。 さてどう対処したものか。 月鬼組の応援は見込めない。この人混みではいくら何でもその連携は不可能である。 その阿鼻叫喚に陥る民間人の避難も必要だ。 しかしそんな暇も人手もない。 こちらは寡兵、時間もない。 厳しい。間違いなく、厳しい状況である。 「おい、何を考えている。異能狩り。」 復讐者は声音を変えて話しかける。 「貴様ただの人間の分際で我に抗うというのか?…いいだろう、我は神だ。その膨大なる神たる誇りにかけて誓おう。奴を差し出せば下々の者に手は出さぬ。」 アンノウンが血相を変えて俺に拳を構える。 それは俺も考えた。コイツを交渉材料にして矛を収めさせる。 「何を迷う。この者はこの時代の人間ではないのだぞ。お前が守るべき人間ではないだろう。さっさと…」 「てめえの価値観で語んな。」 決めた。俺はコイツの味方をしよう。 「コイツはお前の下らねぇ復讐心のためだけに召喚され、殺されようとしてんだよな。」 そうだ。コイツはただ突然呼び出された。 「何よりコイツは記憶がない状態で数年もの間この時代で過ごしたんだろ?」 そうだ。コイツは馬鹿にできない。右も左も、自分のことすら分からんのにも関わらずに今まで生きてきた。生き抜いた。 「なら、コイツを助ける理由はそれでこと足りる。俺はコイツを守るべき対象として見定めるし、俺はお前の言うことは聞かないし、そもそも聞きたくないし、俺はコイツを殺させない。」 何より― 「何で俺より弱いような神サマなんぞに頭下げてお願いしなきゃいけないんだよ。」 渡辺綱吉は警察官である。 正義に従い、悪を断罪する誇り高き警官である。 されどただの警察官ではない。 彼が断ずるはこの世のものならざる異能である。 渡辺綱吉の頭はさほど回らない。 されど― ことこの世ならざるものを斬ることにおいて、彼は月鬼組の中でも指折りの猛者である。 「フ、フフ、フフフ、フフフフ、フフフフフ、フハハハハハハハハハハハハハハハハ。」 異能でもなく神でもない眼前の敵はゾッとするほどの冷たい笑みを俺たちに向ける。 奴の周囲に蠢く黒い水が姿を変えていく。 無視だ。精神を研ぎ済ませろ。 「よく言った。よく吠えた。むしろ褒めてやるぞ異能狩りぃ。お前は、この、神たる我よりも上の存在だと、そうほざくのだなぁ?」 これでいい。これで敵の標的は俺とアンノウンのみだ。つまりは民間人に被害を及ぼす可能性は無くなったということである。 「だがな神からの賛辞の代償は高くぞぉ。」 黒き水は集結し、巨大な斧剣に変わる。 既に作戦はアンノウンに伝えてある。 即ち勝負は一瞬、刹那、一撃、この一太刀。 「分かるなぁ?死だ。」 その斧剣はあらゆる生命を絶つであろう。 その込められた神通力の塊は音よりも速くこの身に襲い掛かる。 黒い帳が下りる。 死が眼前に迫っていた。 されど― 渡辺綱吉には一振りの刀がある そこからは刹那の出来事であった。 一つ、音速を超え、神速に迫る斧剣が振り下ろされる。 二つ、アンノウンがマンホールの下から飛び出す。 三つ、マンホールの真上にいた水神がわずかに体制を崩す。 四つ、綱吉が居合の構えから刀を振りぬく。 五つ、水神の右腕と肩から腰が両断される。 すなわち異能狩りの達成である。 「…その剣、魔性殺しだな?」 もはやその命が風前の灯火となってもなお、神は泰然と語りかける。 「そうだ、鬼刀・鬼切。鬼狩りの祖、頼光四天王の筆頭、渡辺綱の剣。…俺はその末裔だよ。」 「なるほどな。しかしこの身が真っ当な神であったのならばその魔を断つ剣、受けきっていたであろうよ。」 ほう、と一つ息を吐いて神は言う。 「我は、魔に堕ちていた、ということか。」 そしてアンノウンにちらと目を向ける。 「鬼狩りの末裔よ。我が頼めたことでないが…この者を任せても良いだろうか。」 その言葉を聞いて、アンノウンの表情が曇った。 「こうなってしまっては、我にこ奴を元の時代に戻す力は残ってはおらぬ。この者は、このまま、現代で、生きていくしか…ない。」 その宣告はアンノウンにとって死よりも辛いことだろう。彼にとってはその元の時代がすべてだ。その時代、その世界に戻れないと分かった時、如何ほどの絶望が襲っただろう。 それでもと俺は思う。 それでも俺の答えは決まっていた。 「コイツは月鬼組に入れる。」 迷いなく、俺は言う。 「コイツの力は使える。多分この力は誰かを救う力になれるはずだ。」 その時俺は彼が、アンノウンの不安材料が手に取るように分かった気がした。 「自分が誰かなんてどうでもいいからな。」 彼は己が分からない。彼はこの時代の者ではない。それでも彼には力がある。 「お前は渋谷を救った。」 コイツの力がなければ、俺含め、渋谷は全滅していたことだろう。 「お前には力がある。異能だのなんだの魑魅魍魎の類から誰かを守る力があるんだよ。」 アンノウンの手を強く握る。 「生きろよ、アンノウン。必ず誰かが、誰でもないお前を待っている。」 渡辺綱吉は警察官である。 正義に従い、悪を断罪する一般的なる警官である。 されどただの警察官ではない。 彼が断ずるはこの世のものならざる異能である。 そして彼の傍らには常に、 自他ともに正体不明の、スキンヘッドで甲冑を着た異国の人間がいたという。
@NihonUniversity College of Art