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金原 私が渋谷のハロウィンに出向いたのは全くの偶然だった。私は本来人混みなんて好きではないし、ハロウィンに集まってくる輩よりも危険な人間を普段から嫌というほどみていた。 そのような理由があったからこそ10月31日の渋谷のスクランブル交差点などは決して行かないつもりだった。ただちょっとした用事のせいで、私はその地雷原を通らざるを得なかったのだ。 だから私が三年前我が精神病院から逃がした患者である赤塚真利男を回収できたのはまさに幸運としか言いようがなかった。 私は真利男の周りにいた連中に簡略に事情をいうと、すぐに我が医院に連れ帰り翌日早速診察を開始した。 久々にみる彼は意外にもあまり変わりがなかった。しかしなぜか体から下水の匂いがする。 「真利男君。改めまして久しぶりだね。気分はどうかな」 「自由を奪われているんだ。聞くまでもないだろう?」 そういって赤塚は私をキッと睨みつけた。 私は彼の機嫌を取るために彼の拘束を解き、できるだけ機嫌を損ねないよう 「真利男君はここは嫌いかい?」 といった。 「そういう問題じゃないんだ。院長は事の重大さを知らないからそう呑気でいられるんだ」 またこの男の妄想の話か、と私は思った。 彼の妄想癖は重度のものであり、ここへ入院した時から自分を何かしらの物語の主人公か何かだと錯覚しているらしく常に妙なことを口走り、時には脱走を企てたりしていた。 「今度はどんな目にあったんだい?ぜひ聞かせてくれよ」 「今度も何も俺が関わる事件は一つしかない。地下帝国に関連したことだ」 「ほう、また地下の話かい。それじゃあ教えてもらえるかな」 下水の匂いから何となく想像はしていたが、やはりこの話か。 この男は入院してからこれしか喋らない。しかも診察のたびに同じ昔話を聞かされるので今では空で暗唱できるほどだ。 私はまた始まったとため息を吐くとペンを置き、彼の言葉に耳を傾けるふりをした。 確かこの話の始まりは、俺が8、いや11年前に、大阪をぶらぶらと歩いていたとき 「ふと、マンホールの蓋がずれていることに気づいたんだ。俺はなんとなく蓋の中をのぞき込んだ。するとどうだ、すぐそこにあいつがいたんだ。それをあんたは。あんた本当に余計なことをしてくれたな!あとちょっとだったんだ。奴を倒すことはレジスタンスにとって大いなる一歩になるはずだったのに…あ!さては貴様あの男のスパイか何かだな!悪魔の手先め、今ここで息の根を止めてくれよう」 彼を止めるのは容易ではなかった。周りにいた看護師など役に立つはずもないし私はそこまで力が強くない。 彼はこの3年間でかなり鍛えたらしい。私の腕はリンゴみたいに真っ赤に腫れていた。 もしも来客がなかったら私の命はなかったかもしれない。 「先ほどはありがとうございました。」 「気にしないでくれ。ところで、精神科の医者だっていうのは本当だったらしいな」 渡辺綱吉と名乗った男はそういいながら私や応接間の装飾をジロジロとみている。 「怪しまれても仕方がありませんね。昨日は偶然真利男君を見つけたんで年甲斐もなく興奮していたもので」 「それはお互い様かもな」 彼は腰の刀を見ると、私に笑いかけてきた。思わず苦笑してしまった。 私の昨日の立ち回りは確かに不審者そのものであったが、彼の行動や姿だって負けてはいないだろう。 一応信用しつつも、私はドア側の椅子に座りいつでも逃げられる体制をとる。 「ところで、警察の…異能特殊部隊?のかたが何のようで?」 「うん、じゃあ本題に入るか。おたくの病院に入ってる赤塚真利男のことを詳しく聞きたい。それと後で面会もさせて欲しいんだ。」 「真利男君と?なぜです?」
@NihonUniversity College of Art