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私ってだれ ―ハロウィンは嫌い 前置き (多分話を深堀するときに欠席して堀さんがやってくれたのかもしれないのですが、 吉田はなの設定で書いちゃいました、欠席したのが悪いのでもし別のキャラを作って書いた方が良ければまた別の書きます) 本編 推しは尊い。それは全人類の共通認識としてある。いやあってもらわなきゃ困る。十月三十一日はハロウィン。これは流石にどんな人間の脳にも刻まれている決定事項だ。その『ハロウィン』にどんな付加価値を与えるかはそれぞれ次第ではあるだろうけれど。 私にとってはハロウィンは嫌なもの、という付加価値が与えられている。高校に行くまでの乗換駅が渋谷であるからにして、無条件に普段の倍以上の人混みに飲まれることが確定している日。酒に飲まれ、熱に浮かされたいと願う人間たちが羽目を外して許される、と勝手に考えている日。その中で制服を着ている現役の女子高生が歩くことの恐ろしさを想像してみてほしい。ハロウィンが嫌いになっても致し方ないだろう。 ただ、私が今年のハロウィンに与えた付加価値は違う。推しが出来たのだ。White Lilyのユアちゃん。『儚いだけじゃ乙女になれないの、ユアの瞳に恋してね』、#ユアと一生一緒、#優羅ユア。SNSを通して飛び込む紫色に惹かれたのは今年の夏。指定校を取るために内申点は高く保持していたため、九月にどの大学を選んだとしてもほぼ内定。仮に指定校が全て選考落ちしたとしても、付属大学に進学すればいい。だから私は一般的な高校三年生よりも余裕があり暇を持て余していた。胸をときめかせながらはじめて買ったチケット。家電量販店で性能の善し悪しなんて分からずに買ったペンライト。赤、青、緑、黄、そして紫。様々な色に囲まれながらステージに立つユアちゃんをじっと見る。それはとても輝いて見えて、人生で初めて『推し』という概念を覚えた。 地下アイドルというものは何かにつけてイベントやフェスを行う。無論、ハロウィンというものは格好の餌食でWhite Lilyのハロウィンは吸血鬼風に男装をする、というものだった。可愛いユアちゃんが一夜限定で格好いいユアくんになるというのだ。そんなの行くしかない。行く以外の選択肢は与えられていない。 お年玉貯金と学校に秘密で働いているバイト代を財布に入れこんでライブへ向かえば、それはそれは尊かった。今日という日を迎えるために私は今まで学業や部活に打ち込んできたのかもしれない、と思えるほどに幸せをくれた。静脈ピース、ハグ、威嚇。ユアくんと撮った三枚のチェキを握りしめながら現場を後にする。ああ、ユアくんいい匂いがした。自分の鼻腔の奥に残っているユアくんの香水の匂いを嗅ぎとろうとする。男になりきるためか、ユアくんは普段と違う香水をつけていた。いつもの女の子っぽいバニラの匂いも好きだけれど、スパイシーな匂いも良かった。あれはどこの香水だろうか。安かったら是非家にお出迎えしたい。 現場は原宿駅のほど近くの場所で、交通費を浮かせるために渋谷駅まで歩くことにした。実は人と待ち合わせしているのだ。はなこさん。名字は知らない。White Lilyが所属している事務所の別のアイドルグループを推している方だ。ランダムのアクリルスタンドのユアちゃんが自引きできず、お取引をした縁でずっと仲良くしている。実際に出会うのもそれなりの回数になってきている。それぞれ違うアイドル主催のイベントに参加したため、それの感想会を渋谷駅で待ち合わせして行うのだ。確か、はなこさんが推しているグループのハロウィンは制服仮装だったはず。それはそれで羨ましい。White Lilyは名前の通り、清楚を売りにしているグループで基本的に白いワンピースのような衣装を着ている。勿論、普段の衣装が一番尊いのは前提としても、それ以外の服装を見ることが出来るイベントはとても貴重なのだ。女子高生をしているユアちゃんも見てみたい。口元がだらだらと緩んでいく。 それにしても。 「おねーさんどこ行くの〜?まだまだ夜これからじゃない〜」 流行りのゲームの格好を着ているだけの男。 「一杯どうっすか、まだ席空いてま〜す!」 こっちは制服を着ているのに引っ掛けてくる居酒屋のキャッチ。 「ちょっと!ちょっとだけ立ち止まって貰えませんか!コイツ、面白いことするんで!」 「ギャハハ!無茶言うなって!」 アニメキャラの女装をしている男と、着ぐるみを着ている男の二人組。 キャッチやナンパは立ち止まったら負け。話を返したら負け。目を合わせても負け。だから反応を示さずに目的地へ急いでいる態度を明らかにして進んでいるのに。 「可愛いじゃん!リアル女子高生?友達は?」 謎の白ダウンを着た男。 「お金出すから静かなとこ行きたくない?おねーさん渋谷疲れたでしょ?」 女子高生に身長を抜かされている男。 尽く、今日は話しかけられる。現場の余韻が台無しだ。こういうとき、私は大柄な男にでもなって暴れ回りたくなる。舐められない体格になって、道にいる有象無象の男たちを睨みつけながら歩きたくなる。ただそれも叶わぬ夢だからイヤホンを取り出す。視覚を意のままにするのは無理だけど、せめて聴覚は好きにしていたい。White Lilyの『あいらぶゆー!きすみー!』。この曲はとてもいい曲だ。なぜならどの曲よりもユアちゃんの歌割りが多いから。ユアちゃんの声は優しく甘く、脳を溶かしてくれる。目に映るのは相変わらず頭を馬鹿にして浮かれている人々。それでも先程よりは楽になる。やはり推しは尊いのだ。 『センター街のカラオケ前まで流されちゃった』 『人ヤバすぎ、気をつけてきなね』 五分前に来ていたはなこさんからのメッセがスマホの中で滞留していた。慌てて返信する。 『おけです、こっちも人やばいんでちょっと遅くなるかも』 『ヤバかったらなんか店入っててください』 『(ユアちゃんのごめんスタンプ)』 既読はすぐについて、早く向かわねばと私の気持ちは駆り立てられた。今現在、TSUTAYA付近で人混みに飲まれているから、そう遠くないうちに辿り着けそうだ。 「お待たせですー!はなこさん元気でしたー?」 「はなちゃーん!めっちゃ元気―!もう今日尊くてさあ……」 はなこさんはいつもよりメイクや服装に気合いが入っていて、口から溢れ出す推しの話の熱量も高く感じた。それは私も同じで、普段よりも髪型を丁寧に作りわざわざ学校のシャツにアイロンまでした。やはり推しというのは偉大である。推しのためになら自分の格好をこだわることができるのだから。 だからこのあとに起きたことはただの間違いなのだ。ジョージ、という謎の外国人にナンパされて無視をすることができなかったのも。そこから些細ないざこざが発生したのも。 でも、間違いとして捨て置けないこともある。 マンホールの守護者。高校でどことなく流行っている噂。中学生から子供を持つ手前の年くらいの年齢の男女をマンホールに連れ込んで襲う、というもの。高校を中退したもの、体調不良やいじめなど様々な要因で休学しているもの。これらは実はマンホールの守護者の仕業らしい、というもの。いつからか、年々少しずつ増えているのだ。行方不明者や不可解な死、というのは。ただそんなもの、私には無縁のものであるべきはずなのだ。無縁でなければ困る。明日から推しを推せなくなるかもしれないじゃないか。でも実在は、したのだ。マンホールから人が出てきた。工事の人間や、都の職員などではない、異様な出で立ちの人間が現れた。そもそもこれは人間なのだろうか。マンホールの下に住む。漫画や小説の世界では有り得そうだが、現実には無理だろう。衛生環境の問題もあるが、そもそも衣食住、人間が人間らしく生きる保証が与えられないじゃないか。仮に人間の形をしていたとしても、もしマンホールの下で平然と住むことができるとしたら人間ではない。ひとつの怪異だ。マンホールの守護者。そも、どうして『守護者』なのだろうか。住人などではなく、守護者。何かを守っているのだろうか。マンホールの下の空間で守るべきものなんてあるのだろうか。あったとしてもたかが知れている。馬鹿馬鹿しい。 あれは、ハロウィンのまやかしなのだ。狐につままれた、的なやつだ。そういうことにしよう、深追いなんてする必要は無い。私には進学先がある、推しがいる、日常がある、家族がいる。だから、忘れるんだ。マンホールの下の彼は死んだのだろうか。死んでいて欲しい。あの日以来、私はマンホールが怖いのだ。一般道路の地面を歩くことが怖い。だって奴が出てくるかもしれない。或いはあの日出会った彼らが出てくるかもしれない。あれ以降、はなこさんには会っていない。申し訳ないが、また会う気にはならない。 ハロウィンに付加価値を与えるとしたら。私はやっぱりハロウィ
@NihonUniversity College of Art