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+石井
にわかには信じがたいその一説が段々と真実味を帯びてきた。 半信半疑の者、他人事のような顔をしている者、端から信じておらず、呆れかえっている者…と、一同の反応は様々だ。 マンホールの中に誰かがいて、人間を引きずり込んでは、今出てきた彼のような甲冑を着たスキンヘッドの外国人に改造しているのではないか。その仮説は、今目の前にいる彼とおしゃべりなジョージの見た目が瓜二つであること、そしてジョージもマンホールに引きずりこまれた過去があったことによって、空想の世界から現実の世界へ降りてきたのだ。 ただし、その引きずり込んだ犯人の存在は、誰の口からも有益な情報が出てこず、影も形も掴めないのが現状である。 各々が自分の持つ情報を一通り話終えると、ちらほらと沈黙の間が生まれるようになった。行き詰まったとも言える。 今得た情報だけでは、誰も犯人を特定する術などない。こうなってしまっては、人はだれしも無理やり理由をつけて別の誰かを疑いたくなってしまうものだ。 そして、その誰かが今、私になりかけている。 二十年も前からこの一連の事件に関わっている疑いがあること。また、同じくらいの時を住所不定者として過ごしており、失うものもなく自由に動けるだろうということ。これらの情報から、私は怪しまれている。その証拠に、私がボロを出す瞬間はないかと、先ほどからジロジロと遠慮のない視線を感じる。 自称警察だという渡辺が声を張り上げた。 「決定的な情報はないな。しかし!私の異能特殊部としての勘が告げている!この事件の犯人、及び重要参考人はこの中にいると!」 一同は渋谷の喧騒を押しのけるほどの渡辺の声に面食らって、そしてすぐに渡辺とのテンションの温度差に呆れ顔を見せる。 この渡辺という男、初めから警察を名乗り場を仕切っているが、本当なのだろうか。まず警察組織の中に異能特殊なんとかなどあるのだろうか。今日はハロウィン。この男が警察ではなく、仮装をして役に入り込んでいるおかしな若者である可能性を疑っているのは私だけではないはずだ。ともかく、一旦私への懐疑の目は逸れたようだ。 高らかな宣言に反応はないが、渡辺は構わず意気揚々と続ける。 「まずマンホールの中に正当性無くいた人物を確認しよう。下水道職員である小野塚君はまあいいだろう。とすると、過去にマンホールに引きずり込まれたことがあるというジョージ君と、下水道に隠れ住んでいたという赤塚君の二人に絞られるな。」 渡辺は、今度は一呼吸おいて困ったように言った。 「しかし、この二人もねえ。ジョージ君はそれ以前の記憶が少し曖昧な感じがするし、赤塚君も精神を患っている。ですよね?先生。」 「ええ、確かに。」 赤塚の主治医だったという精神科医が落ち着き払って答えた。その答えに、渡辺は一寸満足げな顔を見せて、 「つまり、この二人の行動を証言できる人物がいない限り、彼ら自身の証言を鵜呑みにすることは危険ということだ!」 全員が分かっていることを得意げに発表する渡辺に一同は冷ややかな目を向ける。誰も口を開こうとしない。飽きたのか呆れたのか、先ほどまであれほど騒がしく、空気も読めない面々がだ。 事件は解決の兆しが見えない。科学と秩序に支配されたこの現実世界で起こるにはあまりに非科学的で無秩序な事件で、奇妙な力を持ってしまったいたずら坊主が黒幕を演じているかのようだ。 おもしろい。おもしろすぎる。 路上生活を続けていれば、時々トラブルや事件に巻き込まれることはあるが、こんなにワクワクするトラブルは初めてだ。 私は一連の事情聴取に対して、嘘に嘘を重ねて答えてきた。 そんなことに限っては初めてではない。渋谷の街では頻繁にトラブルが、特に深夜にもなれば事件とも言える規模のものも起きる。時々警察は近くにいた私に話を聞くことがあったが、私は常々、悪意も計画もなく、淡々と出てくる空想上の出来事を深刻そうに語ってきた。 それでも、私の思い描いたような、小説よりも奇なる展開になることはなかったのだ。いつだって警察は賢く、私の偽証を真剣には受け止めなかった。まったくもってユーモアのない賢者なのだ。 それが今回はどうだ。 私が思い描くよりもさらに飛躍した展開へと事件が二転三転していくときた。自称警察が馬鹿なことは大前提としてもそれだけではない。周りの関係者たちも頭がおかしいとしか思えない。 なにせ、私が吐く嘘の過去に対して悉く誰かが話を合わせてくる。私はそんなマンホールについての噂なんて耳にしたこともないしこの場の全員と初対面だ。それなのに、私の偽証は不気味なほどすんなりと、彼らの事件の一部として受け入れられていく。 全員が私と同じように嘘を吐き続けているのか、それとも私がおかしくなってしまったのか。どちらにせよ、私はこの奇怪な騒動の結末を見届けなければなるまい。それはきっと生涯忘れることのない面白可笑しいものに違いないのだから。 そんなことを考えている時期が私にもあった。 あそこからとんとん拍子に話が進んで実際に私が逮捕されるなんて誰が思うだろうか。私以外は思っていたのだろうか。自由を取り上げられて四年がたつころだが、考えない日はない。 あの渡辺という奴、本当に警察だったのだ。馬鹿であったのは確かだが、現に私は獄中なのだからその権力はあったのだ。他の奴らもそうだ、私の嘘を含んだ上での結論を満場一致で納得していた。 どんな流れで結論に辿り着いたかは覚えていない。というより、理解できなかった。あれからの議論は、常識や脈絡が並んだちゃぶ台を何度もひっくり返していくように、さまざまな世界線をいったりきたりしていたように、とにかくめちゃめちゃだったのだ。実際にいくつもの世界線が交錯していたと言われても、ギリギリ納得できるくらいだ。 今獄中にいるのが私ではない誰かだったら、そんな結末だったら、私は満足していただろう。しかし、今ここにいるのは紛れもなく正気の私である。私が常々望んだ、想像を超えた現実は最悪の形で私を迎えに来たのだ。 現実は無情で、そう都合よく面白可笑しいオチが付いて回るわけではない。なんて面白くないオチだろうか。
@NihonUniversity College of Art