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+羽海野 櫂璃
ソイツはマンホールから出てきました。 渋谷。ハロウィンの夜。SNSで出会ってあっという間に意気投合した友人のはなこと、「ぇ会っちゃう?」「やば!そうしよ」「最高すぎ笑」みたいな軽いノリでやってきた場所は正にカオスなのでした。ハロウィンは、或いは渋谷は、人の気持ちを大きくさせることが得意なようで、何度目かの雑なナンパにアタシ達は飽き飽きしていました。 ソイツを見つけたのはそんなときだったのです。マンホールから這いずって出てきて、そのまま倒れました。薄汚れていて少し異臭がしたけれど、はなこが言う通り、マァ少しは美しい顔をしていたなとは思います。気絶したその横顔が、先程のナンパ男に似通っていたので、アタシはあまり好きになれませんでした。 その後警察やら精神科医やら色んな人がやってきて、アタシ達が野次馬するのに興味を失ったくらいで、彼は目を覚ましました。綺麗なオリーブの目でした。 はなこは「かっこいい〜ブラピと真剣佑足して2で割った感じ」なんて目を奪われていたけれど、アタシはゾッとしました。兄弟かと思うほど、件のナンパ男に似ていました。共感を求めて周りを見渡しましたが、どこぞの小汚いホームレスが首を傾げている他、あまり誰も気に留めていないようでした。けれども私は確かに……確かに見たのです。コスプレ専門店だかなんだかで甲冑を売っていたという男──赤佐というのでしたか。あの人が微笑んでいるのを。仄かに嬉しそうな気色を浮かべて、ソイツを見ていたこと。ふと、その赤佐とやらが私の方を見る気がしました。アタシは咄嗟にはなこに話しかけて、「アタシ大谷翔平の方が好き」とかなんとか適当を申しました。赤佐を見ていたとはバレては居ない筈です。赤佐はチラとコチラを見た後すぐに、警察に呼ばれてソイツの元へと行ったようでしたので。 けれども、その後はどうにも気分が優れず、アタシはもう帰りたくてたまりませんでした。渋谷はおかしな人ばかりで、三鷹からノコノコ出てきた世間知らずには気が滅入ります。 本当に何も知らないのです。まさか、あのときのホームレスの彼が居なくなるなんて分かりっこありません。あァ、大槻さんと言うのでしたか。だってもう後は警察を名乗る男に許可を貰って早々に帰ったんです。渋谷駅前ではなこと分かれて……大槻さんとはそもそも連絡だって取ってないし、あの日だってキチンとお話することもありませんでした。ただ、赤佐という人物は何かを知っているんじゃないかとアタシは思います。あの場面で笑うなんて気持ち悪いじゃないですか。警察さんが相手になってくれたって、分からないものは分かりません。 ……もしかしたら、大槻さんはマンホールに連れ去らたんじゃないですか。根拠なんてありませんけど、背丈の具合がマンホールから出てきた奴と似通っていました。西洋かぶれのナンパ男も。もしかしたらマンホール男もナンパ男と同様に何らかの傷害を加えられているのかもしれません。勿論、何事もなければいいと思います。なんて思っておりました。 どうやらマンホール男は5chで話題になったようでした。ネットでは以外にも目撃情報が全国各地から集まってきているようで、警察までも注目しているのだとか聞きます。アタシも少しその掲示板に顔を出しましたが、どうやら数年おきに被害が出ているのだとか……全ての情報を信じるわけではないけれど。マンホールの中では何か実験施設があるのだなんていう都市伝説もありました。 半月もすれば、そんな謎の男の話は段々消費され尽くされます。更に一か月程経った頃、何となく思い立って赤佐さんのコスプレ専門店の近くまで行きました。事件がどのように収束したのか、何か知れたらいいなという軽い気持ちでした。当時あの男が出てきたマンホールは何事もなかった顔をしてそこにありました。 「君、可愛いデスネ!」 何処かで聞いたようなイントネーションに振り返ると、あの時のナンパ男みたいな西洋人が居ました。同一人物だったのか、違う人なのか、はたまたマンホール男だったのかは、もう今となってはわかりません。 「アンマリ、近づかない方がいーヨ」 呆然とするアタシに彼はそう言って人を避けるように路地裏へと入っていきました。重そうな甲冑は、もしかしたらどこにも行かせないようにする重りなのかしらと、ふと嫌な考えを過ぎりました。 そのまま、コスプレ専門店に行く気にはなれず、そのままアタシはトンボ返りしました。マンホール男は増え続けているのかもしれません。その甲冑を着た男の歩き方は、大槻さんの歩き方に似ていると感じただなんて、ついぞ誰にも言えないままです。この手記も直ぐに捨ててしまう心算です。少し怖さも紛れました。 早く、忘れてしまいたい。 吉田はな
@NihonUniversity College of Art