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+なななみの
私ってだれ ~シブヤ地下帝国の秘密に迫る!~ 名庭は部屋で一人うつむいていた。いや、むしろ台パンしていた。甲冑を纏った謎の男、しかもマンホールから出てくるだなんて格好のネタじゃないか、ネタになるというのに!その場の流れというものは残酷だった。せっかく経歴も出生も何もかも不可解な素晴らしい素材がいるというのにそれをかき消すほどの混沌とした状況、まともに取材もできなければ真実の片鱗すら見えてこなかった。全員キャラが濃すぎて目的の男がかすれてしまうではないか。雑誌にする分には実際には必ずしも真実である必要はないが面白いネタを作るにはやはり一定のリアリティーがいるというものだ。故に真実は求めない、より面白い事実だけを取り上げる、それこそがこの雑誌リポーター名庭のポリシーなのだ。 しかし気になるのは甲冑の男だけという訳でもない、その男がいたマンホール、その下に続く地下で起こったであろう事件も気になる。3年前の企画である「ナニワ地下帝国を探検せよ!」に出てきた人物と男が一致していたり、マンホールの守護者、こちらも同じ地下で関係性もある。なにかすごいお宝ネタの匂いがしてこないか、いやする。次のネタは決まったな。こうして私は渋谷の地下を目指して歩き始める。 とりあえずマンホールの地下、シブヤ地下帝国と名付けよう、これ人気な観光スポットに早変わりだな。シブヤ地下帝国に関する情報を少し整理しよう。 ・シブヤ地下帝国にはマンホールの守護者がいて、男女を襲うらしい ・焼かれた村がどうとかいう精神病院から逃げ出した人が3年前からいたらしい ・マンホールに連れ込まれた人がいて、スキンヘッドに改造されて鎧を着せられるらしい ・出てきた甲冑の男も被害者なのかもしれない こんなところか、やはり情報が足りない、一流の取材を行うためには現地で行うべし、題名は「スキンヘッド量産工場の秘密に迫る!シブヤ地下帝国実録レポート」、これはいける。そう決意し、深夜4時、人気の無くなった道の真ん中で薄い暗闇の中でマンホールの蓋を外す。そこには周囲より一段と暗い闇があった。 スマホの光を頼りに暗闇を降りていくものの何も見えない。そうしてしばらく下ると、普通の下水道についてしまった。 「やっぱりガセネタか、しかし、タダで帰るのもな」 見渡す限り何もなかった、至って平穏で平凡な下水道といった感じだ。ジャーナリストが一番嫌うタイプのオチだ。それでも私に何もない場所を探索するような趣味はない。やはり聞き込みでもして少しでも情報を集めてから入るべきだったと後悔しながら帰る。いや、帰るはずだった。 「嘘だろ…」 何もなかった。そう、無かったのは情報でも地下帝国でもなく退路だった。そこでナニワ地下帝国のガイドに書かれていた事を思い出す。 「たしかナニワ地下帝国は不思議のダンジョン、一定間隔で姿形が変わり、入ることはできるが退路がなく下に進むのみ、だったな」 どうせオカルト感を出すためのデタラメだろうと高をくくっていたがまさかそれが本当の情報だったなんて、何が起こるかわからない。こちらも考慮していこう。確かナニワ帝国の戦士と呼ばれる武装した部族がいるとか、同じフロアに数時間滞在し続けると不思議な力でリタイアさせられてその行方はわからないとか、そしてナニワ地下帝国の最深部には常にどこかのマンホールに繋がっているはしごがあるとそんな事が書かれていたな。おそらくそこから脱出できるのだろう。当面の目標が決まり、ダンジョン攻略を進めていく。 最初の階層にはだれもいる気配がない。道と曲がり角、それに時々ガラクタが落ちているくらいで着々と埋め尽くし階段を見つけ次の階層に進めた。 2階層目から少し雰囲気が変わる。先ほどまではただの下水道だったが所々に人が手を加えた跡がある。生活のような跡だったり、ボロボロになっていたり、何かの暗号と思われる絵の羅列があった。どうやらここからが本番らしい。さらに進んでいく。 3階層に入ってしばらく進んでいったところで足音がした。もしや来たかナニワの戦士。個々は渋谷だからシブヤの戦士かもしれない。ナニワの戦士はとても強くシャベルを持っているらしい。真正面からでは勝てないだろうと考えた私は物陰でやり過ごそうと明かりを消して影に隠れた。幸か不幸かここにはまともな明かりはなく、常にどこも暗い。だから相手に気付かれる事無くやり過ごせるはずだ。 そうして隠れること数十秒、その間も徐々に足音は近づいてくる。足音の方向から考えてもここは完全な死角になっている。それでも少しずつ、何かを探るかのようにゆっくりと足音は近づき続けている。手で口と鼻を多い少しでも息を潜めるように努める。しかし足音は止まらない。もう既にとても近くまで来ている。それも手を伸ばせば届くような位置まで。 おかしい、ここまで来ていた足音が突然遅くなった。少し遠ざかってはまた近づき、止まってはまた動く。その繰り返しが数回続く。まるで見えないだけでここにいるのはわかっていると言わんばかりの挙動だ。そこでふと気付く。このように明かりが極端に少ない場所に生息する人間がいたとして、それが我々のように目から情報に頼っているだろうか、それどころかこの暗闇でさえ見えるようになっている、そう考えるのが自然なのではないかと。その予想を肯定するかのように足音は小さく、細かくなっていく。迫り来る恐怖に対して目を開ける事は難しく、徐々に視界は狭まっていく。そして静かな時間がしばらく続く。もういいだろうか、いやまだ近くにいるかも知れない。このような問答を幾度か繰り返す。そしてついに耐えられなくなり、目をうっすらと開ける。そこには光り輝く白い球体が浮かんでいた。実際は人型であり、目であったであろうが、暗闇と恐怖の中のぞき込まれた目には思考がそうは働いてくれなかった。ただそこから逃げろと、その程度しか考えることができなかった。 「&%$&&%%&%%$#%$*#$%#」 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 ただがむしゃらにその場から駆け出す。そこで叫んでは居場所が全体にばれる可能性があった事もわからずに叫ぶ。ただ、相手も驚いたのかすぐに追ってくる気配がない。余裕がない、今までよりも早く離れないとそう焦ったまま走り抜けた。幸い追いつかれる事も無く次の階に進む事ができた。 4階層に入ると少し雰囲気が変わる。先ほどよりも明るく、明かりがなくともギリギリ見えるような微量の照明がちらほらあった。巨大な開いた門が正面にあり、そこにはいくつかの人の気配が感じ取れた。 「まさか、ここがナニワ地下帝国、なのか」 ゴクリ、と覚悟を決めて門をくぐっていく、そこは最初の下水道が少し広くなったような通りで今までの道以上にシャベルや良くわからない金属、プラスチックゴミと思われるものまでガラクタというかほとんど何使えるのかわからないゴミが散乱している。先に進むとここからが地下帝国と言った所か大通りと思われる所に出てきた。そこにはゴミを漁る先客の姿もあった。その姿にどこか見覚えもある。あれはあのとき大騒ぎしてたあの。 「おや、あなたはたしか…真利男さんですか」 「ふはははは!俺の名を呼んだか!誰だか覚えていないが何の用かね!」 うるさい、反響もあってかなり耳に響く、うるせぇ。それでも重要な情報を持っているかも知れない。 「あのときにいた名庭ですが、ここで何をしているんですか、あとどれくらい前からいるんです?」 「ここにか?あれから病院を抜け出してここに帰ってきたのだ。マンホールの守護者として復活するためには装備をそろえなければいけない。時間は覚えていないがかなり前からここにいるぞ」 なるほど、わからん。だがここはまだ入り口のようでまだ先に道は続いている一方だ。さっさと帰りたい。 「そうだったんですね、ではまた」 「あっ、おい!」 おいて去るような形でそそくさと先に進んでいく。そういえば甲冑の男について知っているのも真利男だったな、ついでに聞いておけば良かった。今からでも遅くないか。 「あーそういえば甲冑のおとこ、に……」 振り返ると真利男の姿がいない。正確にはさっきの私の目線の先にいた彼がいない。えりえないことに真利男の体が半分地面に埋まっていた。それも数多くの手のような何かによって地面に押し込まれていく。今にも全身が見えなくなってしまいそうだった。 「なっ」 一体なぜ、何があったか、さっきまでなんともなさげだったのに、原因も理由もわからない現象に直面したとき、人間はとっさに動くことができない。そしてただ「次は自分じゃないのか」という恐怖だけがそこに残る。この先にもし生き残っている奴がいるとしたらこの現象についても知っているかも知れない。そんなわずかな希望と恐怖に駆られて振り返らずに奥に向かって走り出す。 しばらく進むと入り口を抜けたのか広い空間に出る。そこにはしっかりとした明かりもあり、奥に進む以外にも左右にも道が続いている。ようやく内部に入る事ができたらしい。 「ここが4階でいいのか?」 さっきまでの光景との差に少し違和感がある。今までも一本道だったという訳ではないが良くわからない場所の入り口を越えた先にある分かれ道は行った先よりも帰ってきた時に怖くなるものかもしれない。 また、足音が聞こえる。またあいつか、それとも別の化け物でもでるか、どちらにせよ隠れなくてはまずい。そう思うもののこの部屋は明るくて入り組んでいる訳でもない。つまり隠れるのに最も適していない場所なのだ。 悩んだ末に反対方向に駆け出す。相手が友好的である可能性よりも、敵対的の場合のリスクを回避したかった。やはり先ほどと同様に追ってこない。さすがに警戒しすぎた醸しれないと反省しつつ逃げ込んだ先の部屋を見る。そこは一見普通の地下といった雰囲気でさらに下に続く道とその先から異様な、形容しがたい機械のような音となにかの奇怪な叫び声のような音が合わさってこちらに漏れてくる。この先で何かが行われている。この怪しい地下帝国の秘密を探るには入るしかない。 下にはまっすぐな通路とその先に上へ続くはしごがあった。ここがおそらく最下層だろう。これで帰れる。左右はガラスになっておりガラスの先には何か工場のような施設がみえる。その施設では数々の甲冑の男が中央の装置からベルトコンベアに乗って運び出されていた。信じられないが見た感じここは甲冑の男を生産する工場だったらしい。人体錬成が存在するなんて考えられない。が、反対側に見えた景色で何かが繋がった。それは何かの塊に閉じ込められた人間が中央に運ばれている。そしてそこには消えたはずの真利男の姿があった。マンホールに連れ込まれる人、滞在し続けて行方不明になる、同時に複数同じ見た目、全てのパーツが少しずつ繋がった。その目的こそ知り得ないがそれでも十分すぎる戦果だろう。 こうして真実の一部を垣間見て地上に帰る事に成功する。マンホールから出た先は見知らぬ場所、日本のようだが一目見ただけではどこにいるのか見当も付かない。わかる事は入った場所とは何一つ違う街のマンホールから出たということ。甲冑男の目撃場所と時間の矛盾はもしかして、あの出口が各地に繋がっていた?一体何の為に、そこまで考えて自分の目的を思い出す。真実全てを書く必要は無い、あるのここの事実だけだ。 「帰って今までの出来事を記事にしよう。リアルな体験談だ、コレは大ヒット間違いなしだな。」 そうして出回ったオカルト記事は「胡散臭い」「あり得ない」「嘘乙」「よく妄想でここまで書けるな、病院行った方がいいんじゃない?」「そろそろこの手法飽きた」とさまざまな批判に遭い違った形で注目の的になったのであった。
@NihonUniversity College of Art