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サイゼ店員
誤解しないでほしいんだけど、僕は本当に小春の行方を知らないんだよね。そもそも、僕が咲葵さんの迷惑になるようなこと、するはずないだろ?あいつは、まあ、好きとも嫌いとも思ったことはないけど……。咲葵さんの娘って考えれば愛おしいし、僕と咲葵さんをつないでくれる存在だし、まあ、傍にいて居心地が悪いってこともなかったし。そうじゃなかったら婚約しないだろ。だから、小春がいないって知ったときは、さすがに心配した。 ……いや、本当は、どこかで分かってたのかな。小春がいなくなるってこと。ああそっか、咲葵さんにも、宮司様にも、僕にも、誰にも、何も言わずに行くなんて、薄情なやつだなって思ったから。 え、小春がいなくなった理由?そこまでは知らないよ、色々考えることは出来るけどね。例えば、咲葵さんからの圧。この島の未来の為に自分の想いを殺して、あの神社の跡継ぎになれって話。例えば、宮司様の変化。なんでかは知らないけど、あのお方は今異国の宗教にのめりこんでいるだろう?厳しい人だって小春はよく零していたけど、そんな父親が、祭っている神を蔑ろにして、異国の神に救いを乞う姿は、とてもじゃないけど見ていられないよね。もしかしたら、小春自身も例の宗教に入信したのかもしれないけど……それはきっと、あの気味の悪い漁師か駐在が知っているかもね。僕?やだなぁ。あの宗教のことは知らないって。僕は何があっても咲葵さんの味方だ、そんな咲葵さんの悩みの種になるようなことするはずないだろ? 他には何かないかって?まあ、心当たりがないわけじゃないけど……それを君に話す義理はないよね。君だって、僕にいろいろ隠してるだろ?だから、お互い様だよ。 で、一体何が聞きたいの?だいたい答えるよ、知らないものは知らないっていうけどね。 ……まあ、そうだよね。やっぱりそれが気になるのは、当然か。僕が咲葵さんを好きな理由。好きなんてものじゃない、愛してるっていうのは、余計な一言かな? ね、僕の両親のことは知ってるかい。知らないよね、当然だ。僕の父は僕が生まれてすぐ亡くなった。父を盲目的に愛していた母は僕を捨てた。いや、その言い方はよくないか。放置子、だっけ?それが正しいだろう。母はそもそも僕に興味が無くて、捨てたかったんだろうね。でもそうはいかなかった。もし、飛鳥井家に何かあったとき、粕谷家はその跡継の候補に入る。飛鳥井の分家はほどほどにあるけど、小春と年が近くて、跡を継ぐのにちょうどいい年齢がいるのは粕谷家と、あと2家しかなかったから。あとは、僕が父親似だったことも大きいだろうね。ともかく、色んな理由が混ざって、僕を捨てるに捨てられなかった母は、僕を放置することにしたらしい。それが3、4歳の時だった。そんな僕を哀れに思って面倒を見てくれたのが咲葵さんなんだ。あの人は、衣食住はもちろん、それ以上のものを僕に与えてくれた。優しさ、暖かさ、幸せな時間。母がくれなかったそれを、咲葵さんだけは惜しみなく僕にくれた。宮司様はあの性格だから僕にはあまり干渉しなかったし、小春は妹って感覚のほうが強かったから、僕に本当の意味で愛をくれたのは咲葵さんだけだったんだ。そんな彼女の愛に報いたいって思うのは、当然だろ?……それにしたって気持ち悪いって?そんなこと言うなよ、お互い様だろ?ああ、もしかしたらこの盲目的な愛は母譲りなのかもね。たまに会う母は、本当に父の事しか話さなかったから。愛に対する気持ち悪さってのは似るのかもね。ま、どうでもいいけど。 他には?……小春に対する愛、か。あると言われればあるし、ないと言われればない、が正しいかな。さっきも言ったとおり、咲葵さんの娘ってだけであいつは愛しい存在で、他には妹みたいなやつって印象しかない。だからそれなりの情はあるけど、あいつがいなかったとしても、僕の人生に支障が出るわけでもない。あくまで僕の人生で大切なのは咲葵さんで、小春はその延長。小春と婚約したのも咲葵さんにお願いされたからで、僕自身はどうでもよかったんだ。ただ、まあ……いないってなると、少し寂しいし、不安になる。僕にとっての小春は、そんな存在。あくまで咲葵さんの娘、ただそれなりに長い時間一緒にいたから小春本人にも情がある、みたいな。その程度かな。逆にお前がどうしてそんなに小春に執着しているのか不思議だよ。いや、小春はいいやつだけど、それ以上でもそれ以下でもないっていうか、咲葵さんのほうがいい人だと思うから。……って、お前には分かんないか。 そうだ、せっかくだし情報のすり合わせをしよう。君が知っていることと僕が知っていること、それを合わせれば少しは小春の行方が分かるかもね。もっとも、君がどこまで話してくれるのか知らないけど……まあ、いいや。 僕が小春と最後にあったのは、昨日、いやもう一昨日か、結婚式の3日前……5日前ってことになるかな、それが小春の姿を見た最後の日。彼らの結婚式の段取りと、その準備の手伝いの為に式場に向かって、咲葵さんと、小春と、あとはすぐに帰っちゃった宮司様といろいろ作業してたんだ。その時は元気そうだったけど、少し隈ができてたことが印象的だったかな。当たり障りのない世間話を3人でしながら作業して、あとは新郎新婦と司会の人と打ち合わせして解散だった。ああ……その時に、小春が言ってたっけ。私たちの結婚式も、こんな感じなのかなって。小春はそれ以上話す気はなかったみたいで、何が言いたいかさっぱり分からなかった。でも、僕は、……なんて返したんだっけ。返事をした記憶はある、でも何を言ったか覚えてない……そのあとすぐ、ちょっと海のほう行ってくるって言って出て行って、それ以降姿は見てない。でも連絡は取ってたよ。前日の夜に、明日の結婚式何着るか決まった?って送ったら、もう決まってるよ、めちゃくちゃ楽しみで準備してるって帰ってきた。この話はもうしたっけ?……まあもしかしたら、その時にはもう、小春はいなかったのかもしれないけど。連絡なんて、電波と充電さえあればどこからでも取れるからね。 それで、君は何を話してくれるんだい?……結婚式の前日は、確かに小春が家にいた?………そうか、咲葵さんがそう言ってたのか。そうか、それなら、きっと、そのときはまだ、いたんだろうね。僕の憶測は外れたってわけだ。でも、それなら……。 ……歯切れが悪いって?そんなこと、自分が一番分かってる。でも別に、何かを隠してるとか、そういうのじゃなくて。頭と感情が追い付いてない、みたいな。どこかで薄々思っていて、でもそれを嘘だって思いたくて、ずっと目を逸らしていたことを目の前に叩きつけられた、そんな気分なんだ。だからこうして、話しながら、自分の感情を整理している、落ちつかせようとしている。それでも……何だろうね、これは。君ならわかるのかな。 まあ、ともかく。僕はこれ以上小春の行方を知らない。結婚式の後、時間が許す限り島を見て回ったけど、あの子はもちろん、その手掛かりすら見つけられなかった。1日あれば全体を見終えるくらい小さな島だってのに、何ひとつ見つからなかった。それほどうまく小春が姿を消したのか、それとも協力者がいるのか、あるいは誰かが手掛かりを見つけたのか。……ま、それすら僕はわからないんだけど。君は知ってる?……そう。なら、本当にお手上げだ。全く、この島の人は皆閉鎖的だね。僕が言えたことじゃないけど。君もそう思うだろ?小春も、宮司様も、駐在も、漁師も、……咲葵さんも。みんながみんな、何かを秘めていて、それを表に出さずにひっそりと動いてる。クリーンなのは僕ぐらいじゃないかなぁ。隠すことなんて何もないからね。僕は小春の婚約者、咲葵さんの手駒。飛鳥井家の為に生まれて、飛鳥井家の為に死ぬ運命。僕自身は何もない、ただの道具。 ……ああ、そうか。ようやく納得がいったよ。胸のつっかえが取れた、そんな気分。どうやら僕は傀儡だったようだ。中身のない、空っぽの操り人形。僕の意志なんてものは何もない、ただ咲葵さんの為だけの道具。ははっ、滑稽だね。初めからそうだった、始めからわかっていたんだ、そんなこと。僕は本当に馬鹿だなぁ、逆に楽しくなってきたよ。……はは、やだなぁ、そんな目で見ないでくれよ。僕がおかしいのは元からだろう?君はそれをよく知ってるはずだ。でもまあ、急に笑い始めるのはおかしい奴か。うん、僕には隠すことが何もない。だから教えてあげる。 ――僕ね、もうすぐ死ななきゃいけないんだ。咲葵さんにもういらないって言われちゃったから。 君と会う前、小春の手がかりを探して、何もなかったって咲葵さんに言ったら、そうって冷たく返されたんだ。小春が見つからなくて疲れてるのか、それとも宮司様がまた変なこと言いだしたのか、そんなこと思ってたらさ。あの人なんて言ったと思う? 「小春も見つけられない、それなのに面倒な人たちはまだ島にいる。これ以上厄介事はごめんよ。だから、小春と同じところに行ってくれる?」 ね、どう思う?……酷い、か。君ならそういうと思ったよ。でもね、僕はこれを、咲葵さんが僕に与えてくれた最後の慈悲だと思ったんだ。いや、慈愛かもしれない。どちらでも構わないけどね。どちらにせよ、咲葵さんが最後にくれたものだ。僕はそれに報いらなきゃいけない。たとえその意味が、その真意がわからなくても。僕はこれを、もう僕はいらないから、どこにでも行けばいいって捉えたんだ。小春と同じところ、それが何を意味するのかが分からないけど。あの人はきっと小春の居場所を知らない、誰が、どんな意思で、小春に何をしたのか知らない。僕もそれは同じだけど、だからこそ、どこにでも行けばいいって意味じゃないかなって思ったんだ。でもそんな結論に至って、僕は、……どうすればいいのか分からなかったよ。そこで始めて気づいたんだ。僕は自分の意志で動いたことがないなって。何をするにも、咲葵さんの言葉に従ってきた。進路も、友人付き合いも、婚約の話も。全部咲葵さんのアドバイスに従ってやってきた。だから、こうして彼女に手放されて、始めて僕は自由になったのかもしれない。自由って、こんなに苦しいものなんだね。……やっぱり、分かっちゃうか。今、この時間は、咲葵さんのためのものじゃなくて。小春の為になればいいなって思って、こうして君に話してる。生憎、僕には他に親しい人もいないからね。君だったらきっと、小春のために行動してくれる、そう信じてる。 ……意外だな。君、僕のことも心配してくれるんだね。でもね、申し訳ないけど、僕にはもう生きる理由がないんだよ。咲葵さんに捨てられて、小春も見つからなくて。母親も生きてるかどうか知らないし、そもそも、咲葵さんの役に立てない、小春の傍にいられない、そんな僕に存在意義なんて、あると思う?僕はないと思った。飛鳥井家の、咲葵さんと小春の役に立てない人生なんて無駄だって。僕は、飛鳥井家のために生きてきた。そこに僕の意志はなかった。つまりね、僕は僕のために生きることが出来ないんだよ。そういう生き方をして来なかったから、いまさらそんなふうに生きられない。だから僕は死ぬ。少なくとも、この島からいなくなる。中身のない僕だけど、だからこそ、実行力はあるからね。君はよく知ってるよね。 ……ねぇ、乾井。僕はずっと、君が小春をストーカーしていることを知ってた。そのうえで君と友達付き合いをしてた。君が僕をよく思わないことも知ってた。それは咲葵さんがそうお願いしてきたからで、あの人が何を考えてるかもわからなかったけど、とにかく君と友達付き合いをしてきた。でも、……今更かな。君が僕を粕谷って呼んだ日、少し寂しく思ったんだ。いや、腹が立ったのかも。だから僕も君を乾井って呼ぶようになった。君は知らないだろうけどね。 ……もし、僕が、咲葵さんの意志に関係なく、君を友だと思えたなら。僕はまだ、この世界で生きようと思えたのかもね。でも、もう叶わない話だ。だって、君は僕を信用してないだろ?ね、僕がそのキーホルダー、気付かないと思った?それ、この島じゃ小春しか持っていない、戸田さんとおそろいの物。君はとっくに小春の手がかりを掴んでて、でもそれを僕に話さなかった。小春をどこかにやったのが僕か、あるいは咲葵さんだと思ってたのかな。ともかく、君がそのキーホルダーのことを話さなかったことは事実。君が話してくれなかった時点で、僕らは本当の友人ではなかったんだよ。だから、これでおしまい。小春のことは、君か、戸田さんが何とかしてくれるだろう。ああ、この話は戸田さんにはしてないから、共有するかどうかは君が決めたらいい。あの子が嫌いなわけじゃないけど、たぶん、彼女に接触したことが咲葵さんにバレたら、今度こそ、直接、いらないって言われるから。それだけは、ごめんだ。きっと、僕は、それに、……耐えられない。 長く話したからか、疲れたな。君とこれだけ話すのも随分久しぶりだね。でも、これで終わり。これが最後。僕は死んで、この島から姿を消す。本当は、小春にひと言言ってやりたい気持ちがあるけど、何を言えばいいかわからないし、あいつはきっと、僕が嫌いだろうからね。君も、本当に小春が好きなら、ストーカーじゃなくてもっと直接気持ちを伝えるべきだよ。なんせ、彼女の婚約者はいなくなるからさ。彼女のヒーローになれば、少しはいい印象をもたれるかもね、なんて。 ……、「いまは自分には、幸福も不幸もありません。ただ、一さいは過ぎて行きます。」 僕について何か聞かれたら、そう答えてくれると嬉しいな。じゃあね、廉斗。僕の最後の友達。永遠に、さようなら。
@NihonUniversity College of Art