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あい
一刻も早く、小春には一人前の巫女になってもらう。 そう思いながら、日々精進してきた。虐げる母を見て何も出来ず歯噛みした、幼き頃の思い出に終止符を打ちたい。その一心で。 神社に続く石板の道を、箒で強く履いた。こんな事しても、不浄な気配はいつまで経っても消えない。明日、結婚式でこの場を貸すというのに。 まあ、何百年単位で染み付いてきた穢れなんて、そう消えない。 穢れは上手く扱って、利用するしかないのよ。今までと、同じ様に 「こんにちは、お久しぶりです」 「お久しぶりです」 こちらに一生、戻ってこないと思っていたのに。島の披露宴とは場違いの、都会ものの雰囲気を纏う小春の幼馴染――戸田実香だ。 「ピーちゃんって、今どうしているんですか。」 ……相変わらず変な仇名で呼ぶのね、ソレ。 「ピーちゃんって娘のことですか?」 「ああ、そうです。すみません。」 「小春ね、私もわからないの。どこにいったのかわからなくて。何かわかったら教えてください。」 前日から、あの子の姿は確かに見えなかった。協力してくださっている方はいるけれど、未だ見つかっていない。 片田舎の披露宴のために、遠路はるばると来てくださった方……外の人間に気づかれてしまったのは、想定外ね。 「ピーちゃんは、島出たんですか?」 「島はでてないわ」 失礼ね、この方達。あの子を、島の外に出すはずないじゃない。ましてや、この披露宴のおめでたい日なんかに。きっと、何処かにほっつき歩いてるのよ。 私は、母と違うのよ。 「そうなんですね。一人暮らしとかはしてたんですか?」 「一人暮らしはそうね、一応、ここから徒歩圏内だけど、ちゃんと実家離れて暮らして」 「じゃあどこにあるかって、教えていただいてもいいですか。」 「いいですよ。でも、今は後片付けがあるので、それが終わってからでも大丈夫かしら?」 「あ、大丈夫です。ありがとうございます。」 仕事を、増やさないでよ。 心の奥底で溜まる泥ついた言葉を、笑顔で蓋をした。 嬉しそうに頭を下げる幼馴染さんのつむじを見下ろす。禍々しい程、渦巻いている。私が管理している神社みたい。穢れている、この人は。外の世界から訪れ、此方の事情も鑑みず混ざろうとする者……。 出戻ってきた方と話したくないのだけれど……利用しないと、ね。 あの子を連れ戻すために。 そうじゃないと、あの神社を継ぐ相手はいない。 私は、母みたいに出来損ないではない。 「ピーちゃんのお母さん」 片付けが終わって、一息ついた頃小春の幼馴染さんに呼ばれた。休ませようという気遣いもないのね。 仕方なくそちらを向くと、幼馴染さんと見慣れない初老の方が立っていた……どなたなのかしら。尋ねると、野太い声で自己紹介をし始めた。 「あ、自分はですね、美佳さんの東京の大学でゼミの教授をしています、楠村と申します。先ほどお話しいただいて、自分ちょっと島とかの歴史に興味がありまして、研究対象としてフィールドワークのために一緒についてきたという形で。行動をちょっと共にしないと自分迷子になってしまうと思うので、今日はよろしくお願いします」 「ああ、そうなんですね。どうも、ご苦労様です」 「ありがとうございます」 より一層気を遣わなくてはいけないのね。ため息が出そう。 「……では、小春の家に案内いたしましょうか」 「はい、お願いします」 無理矢理自分の中で切り替えて、強引に事を進めた。 「こちらです」 小春の家に二人を案内した。私の口利きで用意してあげた、何十年物のアパートだ。……花嫁修業するための指導部屋として主に使っていたけれど、寝泊まりまでさせるんじゃなかったわ。 「ええと、お母さんはあれですか? 先ほどお話伺った感じだと、小春さんの消息が分からないという話だったんですけど」 「島内のどこかにいるって信じたいんですけど……なかなか見つからず……」 「あれですもんね、警察……も一人でしたっけ、この島に……なかなか捜索って出せないんですかね?」 「そうですね……。夫も頑張って捜しているんですけれども……」 全く、男って本当に能無しね。私の父から始め、この教授さんも警察も夫も……。 「ああ、そうなんですね。今日お父様はご一緒しない形なんですかね?」 「今は、多分神社の方にいると思います」 今頃、片付け終わった神社で手持無沙汰にしてるでしょ。ため息を体内に巡らせていると、教授さんの目が輝いた。 「あっ、宮司さんでしたっけ? 自分神社の方にもちょっと行きたいんで、よかったらまたご案内していただけると助かります」 ……厄介ね。ここで断るのも、不自然だし。忙しいからって言い訳しても、片づけは終わらせてしまった事を幼馴染さんが知っている。大人しく、案内しましょう。 「わかりました。では先に小春の部屋に行ってから神社に行きましょうか」 「あ、ありがとうございます! お願いします!」 ……神社のしきたりの配慮も考えずに訪ねようと考えるくらいの不躾さはあるのに、これはためらうの? 「自分は小春さんの部屋に入って大丈夫ですか? ちょっと関係性的に……」 「そうですね……。でも、自分は連絡とってなかったのであんまりわからないんですけど……。なるべくいろんな人の目があったほうが気づくことがあったりするのかな? と思うので、よければついてきてもらいたいです」 「お母さんも大丈夫ですか? 自分が部屋に入るのは」 優柔不断ね、本当に男って肝心な時にこちら任せなんだから。そんな風にしていたら、いつか寝首をかかれる典型的な例ね。こちらとしては好都合だけど。 「全然もう入って構いませんので、お願いいたします」 「ちょっと不謹慎かもしれないんですけど、人捜しみたいで自分もちょっと協力できたらと思っているので」 「ありがとうございます」 善人ぶっちゃって。こういうのを、傲慢っていうのね。 「こちらが、小春の部屋です」 一番端の、古臭く今にも崩れそうな扉を開ける。 「お邪魔します」 「失礼します」 「閑散としている部屋ですが、どうぞお構いなく」 相変わらず、つまらない部屋だこと。まあ、欲がない方が次期巫女にふさわしいのかもね。 「なんか、思ったより生活感がないんですね」 「そうですね。物に執着しないような子でした……欲しいものもねだりませんでしたね」 「そうなんですね」 本当、話題性がない部屋ね。おかげで、その分会話で補うしかない最悪な状況に陥ってるんだから。 「小春は、この部屋に昨日まではいたんですけれども」 「昨日?」 教授さんは少し驚いた顔をして言った。 「はい。昨日の夜に、夕飯のお裾分けをしに行ったんです。少々世間話をして帰ったんですけど、元気そうにしておりました」 「なるほど。じゃあ、昨日の夜から今日の朝にかけて急に?」 「はい。結婚式の準備を小春に手伝って欲しいとお願いしようとして、部屋に来たらこの状態でした。どこか出かけているのかなと思い、先に結婚式の準備の方を進めていたんですが、いくら経っても現れず……。こちらとしては結婚式の準備というのを最優先にしないといけないので、小春の捜索は駐在さんには任せたんですが……」 「なるほど……」 教授さんがしっかりと頷いていると、幼馴染さんも会話に入って来た。 「直前まで連絡をとっていた友達とかってわかったりしますか?」 「あまり小春の交友関係には明るくなくて……。幼馴染の粕谷さんか、乾さん? という方がちょっとお話に聞いた感じですので、そこ以外はなんとも」 「ありがとうございます」 やっと終わった。外の人達とお話しするのは、無駄な体力を使ってしまうわね。 少し呆然としていると、幼馴染さんはお友達さんに小春の事情を聞きに、教授さんだけが神社にお邪魔することになった。 一人の方が、まだ気が楽ね。 神社の事については、深く知られることなく振る舞わなくては。 「あなた」 「母さん、どうかしたか」 呑気に境内を履き掃除していた、夫に声をかけた。 「教授さんがいらっしゃいましたよ」 「教授さんが?」 夫は今まで凍り付いていたかような一面相を重々しく、グッと顰めた。それに構わず、教授さんは滔々と自己を述べる。 「ああ、これはすみません、申し遅れました。娘様である小春さんのお友だち、戸田美佳さんが通っている大学のゼミで教鞭をとっております。楠村と申します。この度は大学のフィールドワークでこの島の見学をさせていただいておりまして、お母様にもこの神社を案内してもらっていたんですよ」 「あぁ…なるほど。私は飛鳥井でございます。いやあそうですか、大学の教授様で…わざわざ足を運んでいただいて大変申し訳ないのですが、特に面白いものもない神社でして、それでも宜しければご自由に見て回ってください」 「いえいえ、とんでもない。ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」 滔々と、夫と教授さんが会話をしていく。どうやら、夫は勘が働いたらしい。良かったわ、今回ばかりは正常にソレが動いて。 そりゃ、何百年も古いしきたりに縛られているなんて外部に知られたら、平穏な生活は送れないものね。通常だったら、この飛鳥井神社は代々できる限りの内縁だけで済ます。私の場合は、長い事女しか生まれなかったから仕方なく外部から取って来たけれど。外の方でも男はただ威張るだけで実質頼りないって分かって、絶望したわね。 今も、受け答えが大分稚拙ね。隠しているだけマシだけれど。 「……部外者でありながら踏み入った話をしてしまい、申し訳ない。よければ最後に記録として神社の写真をとってもよろしいですか」 「ええ、どうぞ」 「ありがとうございます」 踵を返す教授さんの背中を見た……そろそろ、こちらから注意をそらした方が良さそうね。 「……そういえば、先ほどお伝えし忘れてしまったのですが、実は粕谷さんは小春の婚約者なんです。もしかしたら粕谷さんならなにか知っているかも…」 「そうだったんですか! まあ、それなら後で美佳さんが粕谷さんと話に行くといっていたので、今頃何かしら聞いているかも知れませんね」 「ならいいのですけど…」 「しかし、お母さんは小春さんのお友達とはなにも話していないのですか」 「ええ、結婚式の準備で忙しく、挨拶程度しかお話しができなくて…」 「なるほど…それはすみません。そしたら一応私のほうからも美佳さんに伝えておきますね」 「お願いいたします」 「いえいえ、こちらこそありがとうございます」 「教授―!」 教授さんと会話をしていると、息を切らしながら幼馴染さんがこちらに駆けてくる。どうやら、お友達との会話が終わったようね。 ……都会の穢れは、これ以上神社には不用ねぇ。 「あなた、小春のことほんとに知らない?」 幼馴染さんと教授さんが海の方へと向かった頃、私は隣で立つだけの夫に聞いた。どうせ、能無しな答えが返ってくるんだろうけれど。 「ほんとに知らん。さっきの人たちはなんであんなに小春のこと探しているんだ」 「さぁ、小春の友人って言ってましたよ」 「そんな仲いい友達がいたんだな、あいつにも」 「そうねぇ。こちらとしても、早く見つかってほしいわね。跡継ぎがいなくなってしまうわ。あなたも困るでしょ」 「そうだなぁ。早く隠居したい」 「何弱気なこと言ってんのよ。とりあえずあなたも小春探すの手伝って。駐在所の人あてにならないんだから」 「あいつはあてにならないか。それなら、仕事が終わったら探すとしよう」 「絶対に探してね」 「わかった。じゃあ、今日のご飯はいらないから。今日は食べて帰ります」 「……わかりました」 愚弄どもが。自室の机に八つ当たりすると、重々しい音は空間にむなしく消えていった。外部の次は夫の能無しで、次はあの人ゴマ。八百屋の息子がストーカーだと垂れ込んでそちらに意識を向けるよう、人ゴマは操作したけど……本当に気持ち悪い。 従順だから幾分か動かしやすいけれど、小春の婚約者でなければ今頃……。 『私みたいに、なっちゃダメよ』 幼い頃の記憶がふと蘇り、怒りの炎が急激にしぼんでいく。 深くため息を吐き、さらに鎮火させた。あの時、誓ったじゃない。父に虐げられた母が、衰弱死していった姿を目に焼き付けた幼少期に。 それからどんなものも利用し、男どもはもちろん周りに屈しないと決めた、手段を選ばず、誰の手も触れさせずに意のままに操る。 あんな母の最期を、私は迎えない。 母みたいな、無様な死に方はしたくない。 必ず、必ず……。 小春を、見つけてやる。
@NihonUniversity College of Art