原稿入力
戻る
ピース番号
名前
原稿
d1p
hiro
「真実はどこに」楠村嘉郎視点 「私は研究がだいすきだ」 この探究心のせいか、未だに独身で研究と共に死に行くことを覚悟している。 そんな男が私だ。 -なんとしてでも私はこの島の曰くを調べないと気が済まない。正直この島で起きている失踪だが、殺人事件なんてどうでもいい。殺人は起きてないのだったっけな。まぁ、私には関係のないことだ。まだ文献にも少ないこの島の研究資料が欲しくて、欲しくて、たまらないのだ。しかし、島で自由に動けるかどうかは戸田実佳によって決まる。私はこの娘の機嫌をとる必要があるらしい。忌々しいったらない。 「実佳くん!やはり私は君の親友の身辺をもっと探るべきだと考えるよ。あの両親も駐在もおかしいと思うんだ。」 「私もさすがに、自分の娘に対しての態度では無いと思いますし、島で唯一の駐在さんなのにどうにもおかしいと思うんです…。」 「とりあえず、まだ私は島についてはよく知らないし、実佳くんも友人にまた会うことがあるかもしれない。私がいてはお邪魔だろう?少し崖周辺も重点的に見回ってくるよ。駐在さんの変わりにね。」 「あ、お気遣いありがとうございます!でも、また先生おひとりで島を見て回るのは大変ではないですかね?先生がよろしければここからはご一緒でもと思っていたのですが。」 「いやいや、実佳くんこそ私の気など遣わないでおくれよ。私だっていい歳の男だ。こういった島も調査で行き慣れているし、心配には及ばないよ。そういう気遣いができる実佳くんはとても素敵な人だと思うけどね。」 「あー…そ、うですよね!そしたら私は友人にまた話聞きに行ってきますね。また連絡しますので、後ほど。」 「ああ。また後ほど。」 さて、やっと一人になれた。こっちが下手に出てるというのに図々しいものだ。一緒に行動していたら調べられるものも調べられんしな。しかも、途中でほんとに失踪してるとかいう友達を見つけられても面倒ごとになるだろうし、そんなのはもってのほかだ。私が調べたいのはこの島の伝承と地形による歴史観測が主だ。とりあえずせっかく崖に来たのだから、散策していきますか。 「この島を一人で歩くのはおすすめしない。」とでも言われてるような、人が立ち入れない自然様が優位に立っている地形。こんな場所に人なんてこれるのだろうか。崖はそのまま海に突き出ていて、近くに行っただけで風にでも吹かれたら今にも落ちてしまいそうな、そんな場所だ。自然というのは残酷でこのような地形を生み出してしまうのだからほんとに素晴らしい。 「どこか下に降りれる場所はないか。」 人が通れるような道はもちろんないが、こういった道を歩く準備は整えてきている。特別問題はないな。足場が悪く木や枝、雑草だらけの道を降りて崖下の岩場を目指す。こういった場所は、いわゆる自殺スポットとでもいうのだろうか。いかにもという雰囲気がある場所だ。人の死体があってもおかしくないし、それこそ祠のようなものがあってもいいのだが、と少し胸を踊らせていく。降りていくにつれ、徐々に「なにか」が近づいてくるような感覚に陥っていた。動物か人間か、はたまた別のなにかか、それは分からないが確実に「なにか」は私が近づいているのか、私が近づきにいっているのか、そんな感覚だ。私は胸が踊る。ああ、この島に来てよかった、未知のものを研究するという行為をこよなく愛する私にとってこの感覚こそが大事なのだ。一般人は未知を怖がるものだ。知らないから怖いのだと、何が起こるかわからないから怖いのだという。だから死を恐怖するものは多い。死は誰も知らないし、死んだ人にしかわからないもので、その状況も感覚の共有でさえできるものではない。私はそんな未知の民俗学に興味があるのだ。ああ、この島で私は一体どうなってしまうのだろうか。東京で待っているあの子は今なにをしているのだろうか。そんなことを考えていたら ふと私の目の前は真っ暗になった。 見覚えのある場所。 「あそこで一体何をしていたんですか。」 聞き覚えのある怪しげな声。 「楠村さん。大丈夫ですか。」 最悪な目覚めだ。声の主はあの駐在じゃないか。なんでここにいるのかも全く検討がつかない。崖辺りをさっきまで歩いていたじゃないか。大の男一人担いでここまで運ぶなんてどんだけ力があるんだよ。しかも、この男あの崖に来てたってことか。なんのために、何をしにあんな場所に来てたんだ。そんなこと私が気にすることではないか。でも今後なにか危害を加えられるならだいぶめんどうなことにはなるか。だとしたらここで媚びを売るのも悪くは無い。 「なんとか大丈夫です。不浄さんがここまで私を運んでくださったんですか?というか私は先ほどまで崖にいたと思うのですが、何があったのでしょうか。」 「…何があったのかは自分にもよく分かりませんが、崖の見回りに来たところ、楠村さんが崖の岩場近くで倒れていらしたのでお運びしただけですよ。」 この駐在の発言、行動はあまり信用するに値しないな。元々誰も信用する気は無いが特にこの男目が泳いでいる上に、なにかそわそわもしている気がする。 「そうだったんですね。それは命を助けられてしまいましたね。私が倒れている周りに人がいたりとか、何かがあったりとかはなかったですかね。」 「特別異常はなにもありませんでしたよ。楠村さんはきっと新しい土地でおつかれなんでしょうね。貧血のようなものですよ。」 私が貧血なんて笑わせないで欲しい。普段からどれだけ鍛えてると思っているんだ。そこら辺の若い人よりは十分鍛えているし、体力だって有り余っている。私が倒れたのは私のせいではない、誰かの手によるものだ。確信できる理由は、倒れる寸前に私は「なにか」を見た気がする。それがなんなのかはわからないが、自分が巻き込まれてしまっては、この島で何が起きているのか少々気になっている自分がいるのではないか。未知への探究心は誰よりも強欲になれることを自分自身で分かっているからだ。 「そうだったんですね。ありがとうございます。そしたらもう少し休んでから、自分は一緒に来ていた実佳さんと合流することにします。助けていただいてありがとうございました。」 「いくらでも休んでいっていただいて大丈夫ですので、ゆっくりお休みください。自分は近くの建物で仮眠をとるので、何かあったらそこまで来ていただければ大丈夫です。」 そういって駐在は早々と姿を消した。実佳さんから合流しようという連絡はまだない。まだ一人で行動しても問題なさそうだな。 私は再び崖へと向かうことにした。あそこにはなにかある気がするのだ。さっきと同じルートではなく、反対方向から向かった方がいいかもしれないと思った私はまた険しい道を進む。人影が見えたが、今度は漁師であるヴァルターがいるだけだ。何かを探している様子にもとれるが、こんなところで何を探しているんだ。大前提この崖にこの短時間に人が二人もいたという事実自体がおかしくはないか。自分もその一人とだが、自分の存在はイレギュラーではないか。ここで姿を見られるのはまずいのかもしれないが、なにか聞き出せる可能性も高い。 「ヴァルターさん、こんな所でどうしたいんですか。」 私の声にびっくりしている様子を見せるが、すぐに落ち着いた様子に戻ったようだった。 「…海を…見ていたんです。特に理由もありません。」 この人はなんて悲しそうな顔で海を眺めているんだろうか。なにか大切なものを海にでも置いてきたのだろうか。 「そうだったんですね。そしたらお邪魔してしまったかな。自分は退散しますね。」 去ろうとした瞬間ヴァルターから腕を引かれ耳元で何か言われた気がした。 「島の住民全員に気をつけろ。」 そう聞こえた気がした。やはりこの島には何かありそうだと思いながら、実佳くんと合流することにした。 実佳くんの方も特に収穫はなく、友人からは何も聞き出せなかったという。この狭い島で失踪している子の情報がここまでないとは不思議なものだ。それにご両親もあまり焦っている様子はなかったからなぁ。考えを巡らせてもどうにもならないことは知っているが、思考がとまらない、私たちは明日の夕方には東京に帰るのだ。島でこんなことが起こっているなんて知らなかったし、丸1日島についてを調べられると思っていたが、その願いは叶わなそうだなと落胆するものの仕方がないと呑み込んだ。私の興味は専ら失踪事件に移っている。 実佳くんと泊まる予定の民宿につき、別室で過ごしていた矢先廊下からなにか聞こえてくる。 「娘さんやっぱり亡くなってるんじゃないかしら。だって相当な時間経っても見つかっていないんでしょう?目撃情報とかもないし。」 「目撃情報なんて立派なものこの島にあるわけないじゃないの。駐在はあの怪しげな男だけでしょう。気味悪い。こんな話やめましょうよ。」 色んなところで噂になっているものだな。まあ神社の跡取りのようなものか。にしては神社自体は静かだった気もするが、妙に神社と両親が引っかかるな。そんな考えばかり巡らせて、私は目を閉じる。 「嘉郎さん!早く帰ってきてくださいね!その島に行ったっきり帰ってこないとかなしですからね!」 「そんなことあるわけないだろう。そんな心配しなくていいからお留守番だけよろしくするぞ。」 「はーい!いってらっしゃい!あ!最後に一つだけ忠告-…!」 東京とは違う澄んだ朝の空気。久しぶりに夢を見た気がするがどんな夢だったか。なにか大切なことを忘れているような。気のせいか。 朝もう一度実佳くんと一緒に行動することになった。昨日と行動目的が異なっているから二人でもいいだろうと思ったから、実佳くんを連れていくことにした。 「そういえば実佳くんは失踪した親友の子の写真とかは持っていないのかい?私は結局顔も知らないのだが。」 「小さい頃の中高の卒業アルバムくらいしかなくて、それでもいいなら写真ありますよ。」 それも神社の娘だったからなのか、極端に写真が少なすぎる気もする。 「ぜひ見させてもらいたいね。」 「この子です。」 私はこの子をどこかで見たことがあるのだろうか。そう思わせられる風貌をしている。悪く言えばどこにでも居そうな女子高校生といったところか、あまり参考にはなりそうにないな。 「ありがとう。参考にさせていただくよ。今日はあまり時間が無いが、どこを主に見ていこうか。」 「今日は昨日あまり見れていなかったので、崖に行きたいんです。ピーちゃん、親友の私物もあったから。」 私が崖に行ったのは言ってなかったな、そういえば。昨日はよく見れていなかったところもあったし、もう一度行くのも悪くないか。 崖に向かうと不浄とヴァルターが次は一緒にいるようだった。なにか話しているようだが、なにやらピーちゃんという単語が聞こえてくる。その瞬間実佳くんが飛び出していく。 「…ピーちゃんのこと何か知っているなら言ってください。」 二人は呆気にとられている。それもそのはず、私たちがいること自体驚きだろうから。二人は必死に説明をする。これがバカバカしいもので、ただ二人はピーちゃんこと、神社の娘の行方をひそかに調査していたとかいうオチだった。二人とも挙動がおかしいようで、逆に犯人扱いされていることには気づいていないようだったが。しかも私のことを気絶させたのもこの二人だったようだが、私を怪しいものと間違えたらしい。とんだ迷惑だ。そんな二人に対して実佳くんはもちろん、私も呆れながらこの島を後にすることになる。最前の手は東京の優秀な警察を呼ぶことだろう。東京に帰ってから依頼することにして、この島で起きている失踪事件は謎のまますぎていく。 実佳くんと東京で別れてから、私は我が家に帰る。家を開けると、 「おかえりなさい!」どことなく、実佳くんに見せてもらっていた少女の面影を感じる女性が私の家で待っている。この女性が私を見送るときに言っていた言葉を思い出した。 「島の人たちの言うことなんて何にも信じちゃだめだからね!」
@NihonUniversity College of Art