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三月二一
平山照也 きっと俺はあいつから逃げることは出来ないのだろう。 視界の端で赤いランプに照らされながら、薄い笑みを浮かべている浦原巫女を見て、俺は大きく深いため息を着いた。 「照くん!助けて!」 始まりはいつだってこいつの声。 レポートを書いていたからって表示名くらいはみておくべきだったと後悔する。 「大学近くのコインランドリーで待ってるから!ちょっと!お願いね!はやく!」 言いたいことだけをはやばやに言い連ねて切られたその電話を投げ飛ばしたくなったが、あいつのことで一々イラついていてはきっとこの先に俺の安寧はないのだろう。それに、このまま放置していても1、2時間後にはもっと混沌とした状況をつくりだして、さらに面倒臭い方向に物事が進んでしまうことを俺は知っている。 ここまで生きてきて20年。似たような経験は数知れず。それも全ては浦原巫女という悪女のせい。 「あれ、照くんも呼ばれたの?」 目的地へと向かう道中で、1年ほど前から付き合っている狩野茉莉と出会う。照くんもということは彼女も、巫女に呼ばれたということ。出来ることなら彼女をあいつから引き離して二人で平穏を得たいところだ。 「茉莉も呼ばれたんだね。はぁ、今回は何だろう」 「照くんはこういう状況は慣れっこ?」 「まぁ、いろいろあったから」 そうなんだ。とすこしだけ翳りのある様子をみせた茉莉の表情に何か言うべきかとも思ったが、今は想定以上の混沌さではないことを期待してコインランドリーに早く向かうことが先決かと思い直して、二人で薄暗い道を歩く。 どうせなら、今回のことで見切りをつけたことにして二人で巫女から離れてしまえば良い。このときはそういうふうに思っていた。事件の概要が判明するまでは。 「ご関係をお伺いできますか?」 あれから少しばかり歩いて目的地に辿り着いた後、二人で巫女と合流し事情を聞けば、少しの間外していた間に洗濯機の中にネズミを入れられていたらしく、洗濯物はぐちゃぐちゃに崩れたネズミの死骸によって酷い有様になっていた。また、巫女の他に先にここにいた二人組、多分カップル?の男性が警察に通報したそうで、二人の警察官に事情聴取されているというのが現状だ。 「僕と浦原巫女が幼馴染で、彼女と茉莉が友人です」 関係性を表せば、警察の方々は得心したようで、視線は残りの二人に注がれた。 「では、こちらのお二人は?」 ベテラン感のある佐々木と名乗る警察官が二人を見やって聞けば、巫女は二人をキッと睨みながら答えた。 「この二人が洗濯機の使い方教えてくれて、私はコンビニに……その間にやられたんだと思います」 巫女の話を聞いて自分も得心した。けれど、それは犯人がわかったというわけでもなく、事件の全容が分かったというわけでもないが。しかし、カップル?の二人組であるいかつい男性と彼に寄り添っている女性が犯人ではないことはわかった。結局のところ、今回もまた浦原巫女の男遊びによって発生した事件だろう。話を聞いている感じ、巫女と二人組は初対面であろうし、彼女に害を為す所以がない。であるならば、帰結するのは巫女による自業自得。これまでと変わらないふざけたはなし。 「どうせ、今回もまたお前の自業自得だろ」 頭の中で完成した答えは、ふいに口からこぼれ出た。 「どういうことですか?」 新人の警察官で二日市と名乗った彼は目ざとく聞き返した。 やってしまった。とも思ったが目をかっ開いた巫女の顔が視界の端に映り、それがなんだかしてやったように思えて俺はこれまでの彼女の遍歴を語り出す。 曰く、これまでしてきた男遊びは数知れず。 曰く、問題行動を挙げればキリがなく。 曰く、浦原巫女のせいで起きた事件はおびただしく。 曰く、曰く、曰く、全てを吐き出した後には浦原巫女へと向けられる懐疑的な視線以外にあるものはなかった。 「つまるところ、浦原さんには今回の事件が起きる要因が多々あったということでよろしいですね」 んん、と咳払いをしながら佐々木という警察官が静まり返った場を一転させるようにまとめ始める。 「あのさぁ、なんか犯人ってパーカー着てたんじゃない?」 いかつい男性に寄り添っていた女性、荻谷まつりが閃いたというように手をぽんと合わせて言い、全員の視線が彼女に集中した。その急な発言に二日市警官がどういうこと? と聞き返せば、彼女はいや、なんかこういうことするやつって顔とか隠しそうじゃん?どらまとかでもよくあるしとあっけらかんと返す。 確かに。と思うけれど実際そういうのは物語上の設定なだけなのではとも思う。というか犯人像としてあまりにもあやふやすぎる。先ほど知ったことだが、ここは防犯カメラも壊れているらしく証拠といえる証拠もない。事件は迷宮入りかなと考えていると、再び、荻谷まつりが口を開いた。 「あ、まって、パーカーといえば、さっき変なやついたかも」 その発言を聞いて警察官の二人が身を乗り出した。 「その情報、もう少し詳しく聞かせてください」 「久木と外に出てた時に、なんかグレーのパーカー着てた人が店内にいたような。すぐどっかに行っちゃったんだけど」 「何か他に情報はありませんかね」 「一応、スマホで動画は撮ったけど映ってるかどうか」 荻谷まつりはおずおずとスマホの画面を全員に見えるようにして動画を再生し始めた。 そこには遮蔽物によって見づらいものの確かに彼女が見たというグレーのパーカーの人物が写っていた。紛れもなく、証拠映像と呼べる代物だった。 「お前これ盗撮」 「役に立ったし良いじゃん」 「これ拡大いけるか?」 「多分」 いかつい男、久木と荻谷は動画を何度も見返しながら他にも証拠はないかと探し出す。警官たちも、その動画後で証拠として送信いただけないでしょうかと相談しあっている。彼らの会話に耳を澄ませていると、久木が「あ?このネイル……」と呟いたと同時に視線を茉莉に向ける。 まさか? 「茉莉……?」 隣で小刻みにふるえる彼女を感じて一種の気づきを得るとともに嘘だろうと信じられなくて青ざめていく感覚。 「ち、違うの。わ、私じゃない。だって、これ駅前の選べるやつで……同じデザインの人だって」 その酷く狼狽えた様子は彼女が犯人であることをなかば認めるようなもので、思わず繋がっていたはずの手を離してしまう。 「どうして」 巫女も信じられないと言った様子で茉莉を見つめる。 自分が知っている限り、巫女と彼女の間で珍しくも問題になるようなことはなかったはずだ。本当にどうして。 「……照くん」 震えながら、俺に視線を送ってくる茉莉を見て、少し深呼吸をした後に離れてしまった手をもう一度繋ぎ直す。 「茉莉、正直に話して。俺は絶対に君の味方だから」 自分の言葉がきっかけなのか、彼女自身諦めたのか、茉莉はゆっくりとなぜこんなことをしたのかを語り始めた。 「……なんで巫女ばっかり!」 これからの告白は彼女の真意であり、自分はしっかり受け止めなければいけないと思った。 「照くんは、いつも巫女の話ばっかり! 昔はこうだった、あいつはああいう奴だからって! 私が知らない二人の話をする時、照くん、すごく楽しそうで……私は、いつもその輪の外にいるみたいで……! 大学でもそう! 巫女はいつもみんなの中心で、明るくて、可愛くて……誰からも好かれてる。私なんて、巫女の隣にいる、ただの友達の一人……。照くんが巫女の幼なじみだって知った時、すごく嬉しかった。これで私も、少しは特別になれるんだって……でも、違った! 二人が仲良く話しているのを見るたびに、胸が苦しくなって……。照くんが私の知らない顔で笑うのが、許せなかった。巫女がこっちに越してくるって聞いた時、もうダメだと思った。このままじゃ、照くんが巫女に盗られちゃうって……!」 自分自身は浦原巫女のことを嫌っているが、茉莉から見ればそのように見えてしまっていたのだ。今回のことは自分にも責任があって、彼女に対する誠意が足りなかったのが原因だった。 「……ごめんなさい、ごめんなさい……」 泣き崩れてしまった茉莉を急いで支え、背中を撫でる。 俺もごめんなと囁きながら、彼女を安心させるように撫で続ける。 「詳しい話は署で聞かせてもらうね。行こうか」 佐々木警官が優しい面持ちで茉莉の肩に手を置く。 「彼氏くんも、ついてきてくれる?」 「はい」 警官方に連れられながら、一度、巫女の方を見ればもう興味がなくなったようにスマホで誰かに電話をかけている。自分を見ていることに気づいたのか薄く笑みを浮かべた彼女を見て、俺は思ったのだ。