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呉モヨコ
浦原巫女 マンションの洗濯機が壊れたからわざわざ洗濯物を持ってコインランドリーに足を運ぶ途中「だる~」と思ったが、コインランドリーの扉を開いてこれまた「だる~」と思った。深夜だから誰もいないと思っていたのに、柄の悪い男とモデルみたいな女の子が戯れている姿があった。男は女の子を呼び捨てにし、女の子は声を高々にしていることから、二人はただの友達関係ではないことに勘付いた。こう見ていると二人の関係に首をつっこみたくなるのが人の性だ。 「すみません。使うの初めてで、回し方がわからなくて……」 男が不機嫌そうな顔をしたから、代わりに女の子が細々とした声でボタンの押し方を説明してくれた。それでもわからないふりをして全力で困った顔を作ると、男が促して女の子は私が押すべきだったボタンを全て押してくれた。笑顔で辞令を述べた後、世間話でも始めようと思ったが、予想されるその会話のつまらなさより喉の乾きをなんとかしたくなった。 「諸々教えていただきありがとうございます!あの、私コンビニ行きたいので、洗濯物見ていてもらっていいですか?」 返答も待たずに二人を置いて巫女はコンビニに走った。ゼリージュースと二人に分ける用のガムを買った。 「見張ってくれてありがとうございます。これ十円ガム、よかったらどうぞ」 「いらねえよ」 煙草を吸っていた二人に近寄ると、男が鋭い声で拒もうとするのを抑制して女の子の方が受けっとってくれた。 なにあのヤニ男。不貞腐れながらランドリーに入った瞬間、饐えた異臭が鼻をかすめた。最悪!最悪! 鼻を覆いながら臭いの元を辿るとそこは自分の洗濯機だった。震えた手で洗濯機の扉を開ける。中の物を見た途端、私は悲鳴を上げていた。 「どうしましたか⁉」 外にいた二人が駆け寄って来た。 「み、み、見てください!」 指をさすと男は下着がどうのこうのと言って目を逸らした。指の先には灰色の汚い毛が纏わりついた衣服と毛の禿げた鼠が顔を覗かせていた。 しりもちをついていた私は冷え始めた頭で事の発端を遡った。結果、私は駆け寄ってくれた二人を睨みつけた。そして警察よりも信頼できる友達に連絡をした。 「もしもし? 今すぐコインランドリーに来てほしいんだけど」 私の視線の意味に気がついた男が警察を呼ぶと言い、携帯を握り締めた。女の子の方はなぜか顔色を悪くして男の腕を摑んだ。なんだか無性にむかむかしたから、もう一人に私は連絡を入れることにした。 「ご関係をお伺いできますか?」 背が高い新人警察のいかにもな若々しい第一声で私の洗濯機に鼠を淹れやがった犯人創作の話合いが開始した。この場に揃ったのは、元いた二人の男女、今の新人警察官、それを研修しているベテランそうな女性警察官、そして私の大親友のマリマリとその彼氏の照君。 「僕と浦原が幼なじみで、浦原と茉莉は大学の友達です」 照君がはっきりと答えてくれた。その彼女であるマリマリの肩は照君の腕に支えられてる。私は小さく頷いて洗濯機の惨状を汚物を見るような気持で目をやった。 「では、こちらのお二人は?」 ベテラン警察官が元いた男女に顎をしゃくる。その脅迫じみた威圧に追い打ちをかけるように私は二人を睨んで口を開いた。 「この二人が洗濯機の使い方教えてくれて、私はコンビニに……その間にやられたんだと思います」 あくまで怯えているように声を震わせば、柄の悪い男が舌打ちをしてジッポを鳴らし始めた。こいつ、やっば……。口に出したらきっとおらついてくるな。照君を見習えばいいのに。乾いた音がコインランドリーに響く中、男の隣に貼りついた女の方が交互に警察官と私の方を見つめた。ほんと話が通じなくて困る。早く二人を詰問して欲しい。 「このコインランドリー、防犯カメラが壊れているのはご存じでしたか?」 新人が全員に問いかけた。 「ええ、大家さんから聞いてます。だから、早く直してほしいって言ってるんですけど……」 言いながら思った。これを見越して犯行を行ったわけだ。だとしたら近隣に住む人間が犯人であることは間違いないだろう。この場にいた限りこの二人がやったことを疑わない訳にはいかない。証拠映像があれば早くこの二人を捕まえられるのに。 「茉莉さんと照也さんは、どうしてここに?」 「巫女から電話があって……車で迎えに来たんです。そしたら、こんなことに……」 か細い声で答えたマリマリの瞳は心配の暖かい色で彩られていた。流石私の大親友! そう思った隙に照君がまりまりの肩を更に強く抱き寄せたのを見て眉間がひきつった。 「洗濯機に動物の死骸を入れるなんて、悪質ないたずらか、強い怨恨による犯行か……。浦原さん、最近誰かと揉めたり、恨みを買うような心当たりは?」 ベテラン警官が問いつめてきた。その視線がなんか嫌で床を見ることにした。 「いえ、特に……。私、こっちに越してきたばかりですし、大学の友達くらいしか知り合いもいなくて……」 ほんとは嘘。男友達はいっぱいいるけど、そんなプライベート話したくないし、今回は関係ないでしょ。それよりなんとかこの二人の犯行を暴かないと。この質問を機に落ちた沈黙の幕を破ったのは元いた女の方だった。 「あのさぁ、なんか、犯人ってパーカー着てたんじゃない?」 全員の視線が一斉にその女に集まった。急に何を言い始めたんだこの犯罪者は。どういうこと? と新人警官が訝し気に質問を質問で返した。 「いや、なんとなくこういうことする奴って、顔とか隠しそうじゃん? ドラマとかでもよくあるし」 苦しい言い訳だと思った。自分がパーカーを着ていないからといって背理的に無罪を取り繕うとしている。しかし、女はそのまま続けた。 「パーカー……そういえば、さっき変な人がいたかも」 警察官たちが身を乗り出した。 「うん、久木と外に出たとき。なんか、グレーのパーカー被った人が。すぐどっか行っちゃったけど」 男がそんなやついたのか?みたいな無頓着なことを言うと女がいたとか言って戯れ始めた。駄目だ目もあてられない。耳も傾けたくない。かといって引っ付き合っているマリマリと照君に話しかけるわけにもいかず、無意識に私はスマホを手にとろうとした。 「そういえば!」 女が叫ぶと、自身のスマホを弄り始めて皆に差し出した。画面には夜のコインランドリーの外から、内部を撮影したもので洗濯機の前でグレーのパーカーを着た人物が怪しい動きをしていた。 それは紛れもない遅すぎた証拠映像だった。しかし、その犯人は私が疑い続けたこの二人ではなかった。 「お前また盗撮……」「だってなんとかかんとか……」「この動画拡大できないか?」「できるけどなんとかかんとか」 二人の話が耳から入って耳から抜けて行く。早く出せよクソ女と思う反面、なんて滑稽なんだろうと必死になっていた恥辱を噛みしめているうちに話は進んで行った。 「このネイル……」 動画の人物はどうやらネイルをしているらしかった。男の視線を追っていけば、辿りついたのは照君に支えられたマリマリの姿だった。 ……マリマリ⁉ ……嘘でしょ。鼠を入れた犯人と同じネイルをしているのが、マリマリ⁉ 「茉莉……?」 照君が気を失いそうな勢いのない声で恋人の名前を呼んだ。癪に障った私をおいてマリマリが顔を青ざめさせて震えだした。 「違う……私じゃ、ない……。ほらこれ、駅前の……選べる奴で……同じデザインの人も」 私の衣服を選択している洗濯機に鼠を入れたのは自分が親友だと信じて疑わなかった茉莉だったのだ。 「どうして」 無気力な声が抜けて出た。なんでマリマリがそんなことを。犯人は自分が親友と信じて疑わない人物だったのだ。 意識が朦朧としてきた。なんかさ、悪いことばっかだ。すぐ戯れる奴は多いし、衣服もぐちゃぐちゃだし、目が回ってきた。 「俺は、茉莉が何をしていても味方だ」 恋人を支えようとする照君の優しい言葉は、私にとっては追い打ちをかけるような残酷な言葉だった。 「……なんで、巫女ばっかり」 胸が跳ねたと同時に視界が真っ白になった。これから続くであろう告発は教師たち枯らされる説教に似ているのであろう。 「照君は、いつも巫女の話ばっかり! 昔はこうだった、あいつはああいう奴だからって! 私が知らない二人の話をする時、てる君、すごく楽しそうで……私は、いつもその輪の外にいるみたいで……!」 まりまりは涙を流しながら訴えていた。心当たりはあるにはあった。しかし、あくまで私は友達として接しているつもりだ。 「大学でもそう! 巫女はいつもみんなの中心で、明るくて、可愛くて……誰からも好かれてる。私なんて、巫女の隣にいる、ただの友達の一人……。照君が巫女の幼なじみだって知った時、すごく嬉しかった。これで私も、少しは特別になれるんだって……でも、違った!」 怒られていながらもなんだか照れ臭かった。好かれているのは知っていたけど、そこまで誇大評価されるなんて。私は彼女の弁解を一声すら漏らさずに聞くことにした。 「二人が仲良く話しているのを見るたびに、胸が苦しくなって……。照君が私の知らない顔で笑うのが、許せなかった。巫女がこっちに越してくるって聞いた時、もうダメだと思った。このままじゃ、照君が巫女に盗られちゃうって……!」 要は嫉妬ということらしい。何だか複雑な気分だ。嫉妬はまるで自分への賞賛のようにも思えたし、その反面本当に親友だと思っていたマリマリに嫌がらせを受けたのはショックだった。でもまあそんなに考えてくれたなんて嬉しいな。 「……ごめんなさい……ごめんなさい……」 泣き崩れるマリマリを見ながら私ももらい泣きをした。私という存在のせいで犯行をしなければならなかったマリマリが可哀そうだった。やがて、ベテラン警察官が静かに茉莉の肩に手を置いた。 「……詳しい話は、署で聞かせてもらうわね」 照君はマリマリと同行するらしかった。本当に友達として接していただけなのに。今更になって二人との関係を構築できないことを思い出した。 でもまあ、いっか。 私はその場の人たちに別れと謝礼を述べ、コインランドリーを後にした。そして、他の男友達のラインのトーク画面を開き電話をかけた。