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「灰色の一等星:狩野茉莉」 夏の湿った暑さの中、私はある人に対して犯行を行ってしまいました。それは親友だった巫女ちゃんに対してです。大学に入学して初めての友人は巫女ちゃんでした。その時のことも今でも良く覚えています。不安のあまり学内で迷ってしまった私の手を引っ張ってくれて、私に向けても他の人に対しても笑顔で接する彼女は私にとって憧れでした。そんな彼女の友達でいれるように自分に合うメイクを探し、服もより大人っぽく、今まで続かなかったダイエットも彼女のおかげで続けられるようになりました。そんな時、巫女ちゃんから親友になろと言われた時はとてもうれしかったです。今までの努力がやっと実った、そんな気がしました。その後、巫女ちゃんの幼馴染である照くんとも出会い、彼の穏やかで優しい姿にだんだんと惹かれていき、やがて私は彼からの告白でお付き合いすることになりました。 しかし、照くんと付き合って間もない頃、巫女ちゃんとの会話にだんだん男の影が見えるようになりました。SNSにも他の男の人の匂わせ写真を投稿したりしていて、巫女ちゃんが男好きであるという事にすぐ気づきました。最初のうちは適当に聞き流しておけば巫女ちゃんが勝手に話していくのでそれで事が済んでいました。ですが、巫女ちゃんはやがて他の男の人の影を隠さなくなっていき、最近では私の前で複数の男の名前を挙げながら話す始末でした。なぜそんなことをしているのか聞いてみたことがあったのですが、彼女は自分の近くに男の人がいないと寂しいから、と答えました。正直納得した半面、倫理的にどうなのか、それを親友として問うべきかとても悩みました。当時はまだ彼女の事を説得し、寂しさを自分が埋めてあげればどうにかなると思っていました。しかし、その男の名前の中に照くんの話題が出るようになってから私の心境は変わっていきました。 初めのうちは昔の話で小学校こんなことしていたんだ、当時こんな子好きだったみたいだよというようなかわいらしいものでした。しかし、私がそれに反応してしまってから彼女は私に対して現在の照くんとまだ家同士で仲がいいという事や照くんの今の癖、よく行く店、最近ハマっているものなどまるで私に牽制しているかの様に話してきました。その中には私の知らない彼の事もあり、私の心境は穏やかではありませんでした。今度遊びに行くという話も聞き、それが私とのデートの日だったので照くんに聞いてみました。本人はそんな約束一度もしていないと私を安心させようとしてくれていましたが、当日のデートが終わり、帰ろうとしたタイミングで酔った巫女ちゃんが私の目の前で照くんに抱き着き、やたらと距離が近く、その姿を見て私の中で巫女ちゃんに対する不信感は募っていきました。そして、ある日彼女はいつもの「会話」をしている時に 「私ね、照くんの事好きなんだ~」 その一言を聞いた瞬間私の全身の血の気が引いたのを感じました。巫女ちゃんはその後何か話していましたがそれを聞けるはずもなく、私の頭の中で巫女ちゃんの言葉が何度も繰り返されていました。巫女ちゃんが照くんの事を好き?嫌だ、取られたくない。そんな言葉をひたすら頭の中で繰り返していました。巫女ちゃんの言う「好き」はもしかしたら違うのかもしれませんが当時の私にはそんなことを考える余裕もなく、ショックのあまり気づいたら家に帰っていました。その間の記憶は途切れてしまって思いだせないのですが、目の周りがただヒリヒリと痛みました。その後も照くんがとられてしまうかもしれないという不安があり、照くん本人に相談しようとするも、もし彼も私ではなく巫女ちゃんの事が好きだったらどうしよう、と考えるとどうしても相談できず、一人で巫女ちゃんの言葉を反芻しては照くんがとられてしまうという不安に駆られる日々を送っていました。 やがて取られないようにするにはどうしたいいのかいろいろと考えるようになりましたが、あいにく私は巫女ちゃん以上の魅力を持っているという自信はありません。巫女ちゃんは常に私より上の人だと感じていましたので、それを乗り越えられる気がしませんでした。ならどうするべきか、そうあれこれ考えているうちに今回の事を思いつきました。巫女ちゃんの服はいつも誰か男の人からもらったブランド物で、とても大切にしています。それをネズミの死骸でぐちゃぐちゃに汚してしまえば巫女ちゃんも怖がって男遊びしなくなるのではないか、と。そう行き着いてから実行するまでは早いものでした。通販で餌用のネズミを購入し、犯行時使用するルートの確認、巫女ちゃんが来るであろう時間、当日の持ち物や服装、アリバイの工作まで何もかも完璧に準備しました。この時の私はこのどす黒い感情を吐きたくて仕方がなかったのであることを見落としているという事に気づきませんでした。それが後に致命的なミスに繋がるとも知らずに。 当日、巫女ちゃんが洗濯物をコインランドリーに投入し、何か買い物をしに行ったので、その頃を見計らって私は巫女ちゃんの使っている洗濯機を一度止め、ネズミを投入しました。これで照くんを取られずに済む、その気持ちでいっぱいでした。その後誰かに顔を見られないように自宅へ帰りました。幸い、ここのコインランドリーは防犯カメラが故障しており、さらに巫女ちゃんの使った洗濯機があるのは他の人から見えづらい死角にあったため、他の人に顔を見られさえしなければ容易でした。私はコインランドリーを出て、家へと向かいました。その途中、ネズミが入っているという事に気が付いたのか、巫女ちゃんから私にコインランドリーまで来てほしいと電話で頼まれました。あの巫女ちゃんの事です。どうせ照くんか他の男の人も呼ぶのでしょう。電話越しに男の人の声がしており、私が行った時には女の人しかいなかったのでその人も巫女ちゃんが先に呼んでいたのかもしれません。しかし、今の格好では間違いなく疑われるので、家に一度帰りワンピースに着替え、薄い化粧を施した上で向かいました。途中で照くんと出会い、 「あれ、茉莉も呼ばれてたのか。」 「そうなの。ねぇ、一緒に行かない?巫女ちゃんから聞いたけど私も少し怖くって」 「いいよ。どうせ向かう先一緒だし行こう。」 そんな会話をして、私たちはコインランドリーに向かいました。照くんに嘘をついてしまったという事に少し罪悪感をおぼえながら。 そして、現場に着きましたがそこにいたのはオーバーサイズのTシャツとジーンズを履いた巫女ちゃんとあの時の綺麗な女の人、そして先ほどはいなかった金髪でがたいの良い男の人がいました。いかにも巫女ちゃんの好きそうなタイプだなと正直思いました。さっきの声の主はこの人かもしれない、そう思いつつ私は巫女ちゃんを表面だけ心配している風に装いました。案の定彼女はいろんな人に泣きついているみたいで照くんを含めたその場にいた人たちに迷惑をかけていました。やがて警察がコインランドリーに到着し、一人一人に聞き取り調査を始めました。アリバイや当時の状況などはその場にいた人たちが話してくれていたので私はあくまでさっきここに着いたので何も知らず、アリバイもちゃんとあるという体で警察に話していきました。その間も巫女ちゃんは相変わらずの被害者面をしていていました。ネズミの原型なんて残っていないのに骨の形などでネズミだと判断できるのはさすがだな、と感心しつつ、他の人に恨まれているのではという事に対してそんなおぼえない、という彼女に対して怒りをおぼえました。被害者ではあるのですがそれ以上に周りの人への被害妄想をずっと言い続けており、これに乗じて彼女をかばったりしたら余計に注目を浴びてしまうかもしれないと思い、私は少し怒りを含みつつあくまで常識人であるという風を見せるようにしていました。照くんも同じような態度で巫女ちゃんに接していたため最初のうちは良かったのですが、 「…あの、これをちょっと見てほしいんですけど…」 そこにいた綺麗な女の人が見せたのは犯行時の動画でした。そして、彼女が注目していたのはネイルと指輪で、映っていた指輪は間違いなく私の物でした。もうすぐ一年だからってサプライズで照くんが用意してくれたペアリング。もうそれを見てから言い逃れはできませんでした。もう無理かもしれない。でも照くんに嫌われたくない。そんな思いが頭の中でせめぎ合い、ついに耐え切れなくなった私は照くんに嫌われてしまうかもしれない、そう不安になりながらすべてを打ち明けることにしました。その場にいた皆は泣きながら話す私の事をちゃんと聞こうとしてくれました。…巫女ちゃんを除いて。彼女だけは私の事を過剰に反応して犯人だと、重罪だといい私は彼女に見捨てられたんだと感じました。恐る恐る、でもこれだけはちゃんと伝えないといけないと思い、私は照くんに謝罪を伝えました。 「照くん、ごめんなさい。」 「大丈夫だよ。待ってるから。」 その言葉を聞いてやっと心から安心しました。そのあとも安堵で涙が止まりませんでした。 結局この事件は巫女ちゃんが異常という事で私が全面的に悪いわけではないという事になりましたが私にはまだ照くんに対して後ろめたさを感じていました。ですが、照くんがこんな私の事を嫌わず、それどころか信じていると言ってくれたので、いつか彼に恩返しをできるようにしたいと今は考えています。巫女ちゃんに対してはまだ恨みを持っていて、照くんを巻き込んだ事や私を簡単に見捨てた事は許せないけれど、彼女の証言を聞くにつれて彼女もまた可哀そうな人だったのだと感じ、いつかは彼女の事も許せるようになりたい、そして私自身も自信をもって愛せるようになりたい、と深夜の田舎に輝く一等星を見てそう思いました。