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ErroRE C.oin Laundry 【創作ゼミ】あらすじ(A班)

 浦原巫女は、閑散としたコインランドリー内に居座っていた萩谷まつりに洗濯機の使い方を問いた。萩谷の隣に座る久木高雅は終止かったるそうに携帯の画面を睨んでいる。萩谷は問われていない乾燥機の使用方法までをも随分と丁寧に教えており、その間にも久木は左手に握られたジッポの開け閉めを繰り返す。田舎の為かコインランドリーは整備が行き届いておらず、半年ほど前から防犯カメラも壊れている。住民には周知の事実であったが、残念ながら周辺にコインランドリーもないので、ここを使用するほか無いのだ。
「諸々教えていただきありがとうございます!あの、私コンビニ行きたいので、洗濯物見ていてもらってもいいですか?」
最近越してきたらしい浦原は随分と他人を信用しているらしく、二人にそう告げると夜の闇へと姿を消していった。図々しさの他に愛嬌も兼ね備えているらしく、人に愛されて育ってきた過去が窺える。萩谷は満足げな浦原の背に元気な返事を返した。時刻は24時半。近くにあるものと言えば古びたバス停に田んぼ、10分ほど歩けば小さな個人経営の何でも屋がある。浦原の言うコンビニとは、その店のことだろう。
「おい、ヤニ吸いに行くぞ」
再び二人きりとなったコインランドリー内で久木が声をかけると、未成年であろう萩谷も小走りで着いて行く。煌々としたコインランドリーの外に街灯は無く、足元が暗い中蛙がゲコゲコと鳴くすぐそばにしゃがみ込んだ。ジッポの炎が辛うじて、久木の顔を照らす。

「あの人なんか怪しくない?」
久木にぴったりとくっ付く萩谷はそう呟くとコインランドリー内の人物に無音のカメラを向けた。久木はグレーのパーカーに覆われた人物をチラ見したのち視線はすぐに手元に戻し、やはり面倒くさそうにしているのであった。
「この時間だしすっぴんなんじゃねえか? ほら、ネイルしてるし」
「久木ってそういうとこ気が付くよねぇ。 好き!!」
顔をしかめた久木も、満更ではない様子である。
「カップルでもねぇんだからあんまくっ付くなよ……」


 浦原巫女の甲高い叫び声が響く。瞳孔は大きく開き、両手はかすかに震えている。
「どうしましたか!?」
萩谷は浦原から<洗濯機の使い方を教えたお礼>として受け取った10円ガムを頬張りながら大きな声を出した。終止気だるそうにしていた久木も、萩谷が声を上げれば一応は目を向けるのであった。
「み、み、見てください!」
浦原は洗濯機内を指さし久木らの視線を促す。浦原の服には灰色の毛が満遍なく纏わりついており、所々禿げ、全身がただれたネズミの死体が顔を覗かせていた。浦原は突然目尻を吊り上げ、久木と萩谷にその鋭い眼を向ける。疑うのも無理はない。
「もしもし? 今すぐコインランドリーに来てほしい!」
浦原の携帯からは女の声がする。不服そうな表情を浮かべた久木は疑いを晴らすために警察に電話すると言い、左手に握りしめていた携帯をすぐさま耳に押し当てた。つい最近補導されたばかりの萩谷は一瞬久木の腕をつかんだものの、浦原の冷徹な視線に腹を立てたのかはたまた呆れているのか、すぐさま開いた口を閉じて視線を落とすのであった。
「ヤニ。 あ、もしもし?今コインランドリーに居るんですけど――」
萩谷はその場から動かず、遠くなる久木の背中を見ることもしない。


 程なくして浦原の友人を名乗る女とその彼氏が到着した。
「茉莉とてる君! これ見て!」
浦原が茉莉と呼ぶ女性が先ほどの通話相手らしい。洗濯機の中を覗き込んだ二人は眉間にしわを寄せていた。
「どうされましたか」
入口には、外で一服していた久木と警察二人が立っている。30歳前半に見える女性警察官と久木は距離が近く、萩谷は僅かに眉をひそめた。浦原は声のトーンを落とし、一連の流れを説明する。二人は顔を見合わせ、口を開いたのは新人警察官であった。
「ご関係をお伺いできますか?」
彼の視線は、浦原、茉莉、てる君と呼ばれた青年――照也の三人に順繰りに向けられる。隣に立つ年上の女性警察官は、腕を組んで壁に寄りかかり、値踏みするように久木に視線を送っていた。
「僕と浦原が幼なじみで、浦原と茉莉は大学の友達です」
 照也が少し困惑したように、しかしはっきりとした口調で答えた。彼は茉莉の肩をそっと抱き、不安げな彼女を支えている。浦原は照也の言葉に小さく頷き、再び洗濯機の中の惨状に目をやって顔を歪める。その横顔を、茉莉が一瞬凍るような目で見たのを、萩谷は見逃さなかった。
「では、こちらのお二人は?」
 女性警察官が、今度は久木と萩谷に顎をしゃくった。
「こいつらが洗濯機の使い方教えてくれて、私はコンビニに……その間にやられたんだと思います」
浦原が震える声で補足する。その言葉は明確に、久木と萩谷が犯人である可能性を示唆していた。
「……チッ」
 久木は悪態をつき、再びジッポを弄び始めた。カチ、カチ、という無機質な音が、コインランドリーの重い沈黙の中に響く。萩谷は久木の隣にぴったりと寄り添い、不安げに警察官と浦原たちを交互に見つめていた。
「このコインランドリー、防犯カメラが壊れているのはご存じでしたか?」
新人警察官が、集まった全員に問いかける。
「ええ、大家さんから聞いてます。だから、早く直してほしいって言ってるんですけど……」
 浦原が答える。この辺りの住民であれば誰もが知る事実だ。だからこそ、犯人はここを選んだのだろう。物証が乏しい状況に、警察官たちの表情も険しくなる。
「茉莉さんと照也さんは、どうしてここに?」
「巫女から電話があって……車で迎えに来たんです。そしたら、こんなことに……」
 茉莉が、か細い声で答える。その瞳は潤み、心底友人を心配しているように見えた。照也はそんな彼女を庇うように、より一層強く抱きしめる。
「洗濯機に動物の死骸を入れるなんて、悪質ないたずらか、強い怨恨による犯行か……。浦原さん、最近誰かと揉めたり、恨みを買うような心当たりは?」
 女性警察官の鋭い問いに、浦原は少し考え込むように俯いた。
「いえ、特に……。私、こっちに越してきたばかりですし、大学の友達くらいしか知り合いもいなくて……」
「そう……」
 捜査は振り出しに戻った。手掛かりはゼロ。犯人が誰なのか、動機は何なのか、全てが深い霧の中だ。誰もが口を閉ざし、互いの腹を探り合うような、息の詰まる時間が流れる。じっとりとした湿気が肌にまとわりつき、蛙の鳴き声だけがやけに大きく聞こえていた。
「……あのさぁ」
 沈黙を破ったのは、意外にもそれまで黙って事の成り行きを眺めていただけの萩谷だった。
「なんか、犯人ってパーカー着てたんじゃない?」
 唐突な言葉に、全員の視線が萩谷に集まる。
「どういうこと?」
 新人警察官が訝しげに問い返した。
「いや、なんとなく。こういうことする奴って、顔とか隠しそうじゃん? ドラマとかでもよくあるし」
 子供じみた発言に、警察官たちも真面目に取り合う気はないようだった。しかし、萩谷は続ける。
「パーカー……そういえば、さっき変な人がいたかも」
「本当か!?」
 警察官が身を乗り出す。
「うん、久木と外に出たとき。なんか、グレーのパーカー被った人が。すぐどっか行っちゃったけど」
 萩谷の言葉に、久木が「あ?」と怪訝な顔をする。
「そんな奴いたか?」
「いたって! ほら、あたしが『あの人なんか怪しくない?』って言ったじゃん! 久木はネイルがどうとか言ってたけど!」
「ああ……」
 言われてみれば、そんなやり取りがあった気もすると、久木は面倒くさそうに頭を掻いた。 「その人の顔は?」
「見てない。フード深く被ってたから」
「そうか……」
 またしても手掛かりは途絶えた。新人警察官はがっくりと肩を落とす。
「あ」
 萩谷が、何かを思い出したようにポンと手を打った。その目は爛々と輝き、悪戯が成功する直前の子供のそれに似ていた。
「そういえば!」
 萩谷はそう叫ぶと、おもむろに自分のスマートフォンの操作を始めた。画面を数回タップし、何かを探している。周りの人間は、彼女の突飛な行動をただ呆然と見守るしかなかった。
「あった! これ!」
 萩谷が差し出したスマートフォンの画面には、少しブレた動画が再生されていた。夜のコインランドリーの外から、内部を撮影したものだ。暗くて画質は粗いが、蛍光灯に照らされた店内と、洗濯機の前で何かをしている一人の人物が映っている。その人物は、萩谷が言っていた通り、グレーのパーカーのフードを目深に被っていた。
「お前、また盗撮してたのかよ……」
 久木が呆れたように呟く。
「だって怪しかったんだもん! こういうのが後で役に立つかもしれないじゃん!」
 得意げに胸を張る萩谷に、警察官たちは半信半疑で画面を覗き込む。動画の人物は、浦原の洗濯機前で何かをした後、足早に立ち去って行った。顔はフードの陰になっていて全く見えない。新人警察官が息を呑む。しかし、肝心の犯人の顔がわからない。
「……おい」
 それまでかったるそうに動画を眺めていた久木が、低い声で呟いた。彼の視線は、画面の一点に釘付けになっている。
「この動画、ちょっと拡大できねぇか」
「え? うん、できるけど」
 萩谷は言われるがままに、画面をピンチアウトして拡大する。
「ほら、ここ」
 拡大された映像には、パーカーの袖口から覗く指先がはっきりと映っていた。長く、手入れの行き届いた爪。そこに施されているのは、淡いピンクをベースとした繊細なジェルネイルだった。
「このネイル……」
 久木はそう呟くと、ゆっくりと顔を上げた。その視線は、部屋の隅で震える一人の人物へと向けられる。彼の視線を追って、全員の目がそこに集中した。
 照也の腕に守られるように立っていた、茉莉だ。
 彼女は、はっとしたように自分の手を見つめ、慌てて背中の後ろに隠した。しかし、もう遅い。誰もが、彼女の指先を飾るデザインが、動画のそれと寸分違わず一致していることに気が付いてしまった。
「茉莉……?」
 照也が信じられないといった声で、恋人の名前を呼ぶ。茉莉は顔を青ざめさせ、カタカタと震え始めた。
「違う……私じゃ、ない……。 ほらこれ、駅前のデザインが選べるやつで! だから、同じデザインの人は他にもいるはずで」
 か細く否定するが、隠した両手、泳ぐ視線、その全てが彼女の犯行を物語っている。 「どうして……」
 浦原が、絶望と裏切りに彩られた声で呟いた。親友だと思っていた。心配して駆けつけてくれたのだと、信じていた。その友人が、自分の服に動物の死骸を仕込むなど、到底考えられることではなかった。
「俺は、茉莉が何をしていても味方だ」
照也は肩を抱いた手を放すことなく、自供を促す。
「……なんで、巫女ばっかり」
 ぽつり、と茉莉が呟いた。それは、誰に言うでもない、心の底から漏れ出たような声だった。
「てる君は、いつも巫女の話ばっかり! 昔はこうだった、あいつはああいう奴だからって! 私が知らない二人の話をする時、てる君、すごく楽しそうで……私は、いつもその輪の外にいるみたいで……!」
 感情を吐露し始めた茉莉のその瞳からは、大粒の涙が次々と溢れ落ちる。
「大学でもそう! 巫女はいつもみんなの中心で、明るくて、可愛くて……誰からも好かれてる。私なんて、巫女の隣にいる、ただの友達の一人……。てる君が巫女の幼なじみだって知った時、すごく嬉しかった。これで私も、少しは特別になれるんだって……でも、違った!」
 茉莉の悲痛な叫びが、コインランドリーに響き渡る。
「二人が仲良く話しているのを見るたびに、胸が苦しくなって……。てる君が私の知らない顔で笑うのが、許せなかった。巫女がこっちに越してくるって聞いた時、もうダメだと思った。このままじゃ、てる君が巫女に盗られちゃうって……!」
 嫉妬。それは、じわじわと心を蝕む猛毒だ。愛するが故に生まれる黒い感情が、彼女を犯行へと駆り立てたのだ。ネズミは、彼女がネットで注文した害獣駆除用の冷凍マウスだった。それをこっそり持ち出し、浦原がコンビニへ行った僅かな隙を突いて洗濯機に仕込んだ。パーカーは、顔を隠すためだけではなく、久木と萩谷という想定外の目撃者から、自分の特徴的な髪色や服装を隠すためのものでもあった。
「……ごめんなさい……ごめんなさい……」
 その場に泣き崩れる茉莉を、誰も慰めることはできなかった。照也は言葉を失い、浦原は、静かに涙を流していた。それは怒りか、悲しみか、あるいはその両方か。やがて、女性警察官が静かに茉莉の肩に手を置いた。
「……詳しい話は、署で聞かせてもらうわね」
 その声は、先程までのからかうような響きを消し去り、ただ静かで、事務的なものだった。
 こうして、田舎のコインランドリーで起きた小さな事件は、一人の女性の歪んだ嫉妬心が引き起こした、悲しい結末を迎えた。連行されていく茉莉の後ろ姿を、誰もが見つめていた。煌々と光る蛍光灯が、残された者たちの間に横たわる、どうしようもなく気まずい空気を照らし出している。
「……さて、と」
 久木は、ポケットから煙草を取り出すと、慣れた手つきで火をつけた。
「……久木って、やっぱそういうとこ気が付くよね」
 萩谷が、ぽつりと呟いた。いつものような軽口ではなく、どこか感心したような、それでいて少し寂しげな声だった。
「別に。たまたま見えただけだ」
 ぶっきらぼうにそう答える久木の横顔を、萩谷はただ黙って見つめていた。蛙の鳴き声だけが、何もかもを知っているかのように、夏の夜に響き渡っていた。


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