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都々津 筒
妙 人間は一人として同じ性格をしていないから、何かにつけていざこざが起こる。これは、ただの持論。 けれども、それは「烏の死体」という形を持って、たった今目の前で証明が開始された。 「——なにそれ、じゃあまたふりだしってこと?あたし、もうこんなに傷ついたのに。まだ何かあるの?」 東堂さんがうなるようにして呟いた。 彼女はいつでも話題の中心であろうとする。そんな印象。彼女なりの正義があるのかもしれないが、それは私にはわかり得ない。そんな彼女と誰かが長く関わるようになれば、相手が爆発するのは無理もないのかもしれない。 しかし、誰とも相容れることのできない人間がいることと、犯罪を起こすこととは違う。 太田君の表情を見た。 ハラハラ、ドキドキ。自分が東堂さんを嫌っているとバレることと、犯罪者であると言われることとでは、社会的に見た時被るデメリットの大きさが違う。私は太田君のことをよく知らないが、彼はきっと焦っている。 「警察を呼ビマショウ!」 犯罪になるなら、ボクたちが勝手に犯人決めていい問題じゃない、と田中君が言った。 「そんな大ごとにすんの?」 「だって、烏って言っても死骸デス。」 「けど、何度も同じことが起こってるならわかるけど、一回目じゃん?オレら今大事な時期だし、大ごとにしたってロクなことないって。」 黒岩君の指摘に、田中君はしょんもりとして口を閉じた。何も言い返す言葉がないようだ。 かわいそう。正直、私でも黙る。 黒岩君はいつもヘラヘラしているくせに、筋が通っているように聞こえる話し方が上手だ。 「それに。こういうのって指紋残るものなの?」 「え?さあ……」 思わず答えた。 指紋は、単純に言えば油だ。烏はもとから羽が油で覆われているし、羽根だって実際は細い毛のようなものが集まって一枚を構成している。髪の毛から指紋、という話は聞かないし、何とも言えない。 「でもさっき大野さん触ったって言ってましたよね。指紋が残ってたら大野さんの指紋出てくると思います。そんなことばっかりだと、指紋が出るだけじゃ犯人だって断定する証拠にならなくないですか?」 菊綴さんが早口でまくしたてるようにささやいた。 「素手で触ったん?」 「いや、さすがにティッシュ越しだけかな。というか、いくら犯人でも素手で野生動物の死骸を触る人なんていないと思うよ……」 「なんで野生動物だなんて言えるの。」 「自分のペットをこんなことに使う人間がどこに……?」 「はいはいカッカしない。要するに、警察の力を借りても簡単に事件は解決しないってことでしょ。呼ぶだけ損、損。」 おしまい、というように黒岩君は手を叩いた。強制終了させられてしまった東堂さんは、恨めしそうに黒岩君を見た後に悲しそうな顔で目を伏せた。やっぱり、あたしが悪いんだよ。もう。そう言いながらこぶしをにぎりこんだ。 「そもそも、烏なんて学校の敷地内にいんのかよ?」 「いるよ。」 太田君の問いに答えたのは、穂乃果ちゃんだった。 「わたしが敷地内歩くときよく烏見かける場所、あるから。近づいては来ないけどね。」 「今朝も見たって授業の時言ってたよね。私は見たことないけど。」 穂乃果ちゃんはこちらに向かって笑顔で肯定を示した。すると、太田君が何かを思い出したように眉をひそめた。 「そうだ、授業のことなんだけどさ黒岩。お前二限遅刻してなかったか?」 「んん?あー、まあ。おなか痛くて。」 太田君の言葉に黒岩君がおなかをさすると、東堂さんがすかさず叫ぶ。 「二限遅刻してるならアリバイないじゃん!黒岩じゃないの、あたしの机に烏置いたのさ。」 「烏置いたのは太田だろ?俺だって腹壊すことくらいあるし。」 興奮気味の彼女を一瞬で突っぱねた黒岩君。泣き出しそうに頭を抱える東堂さん。顎に手を置き首をひねるその他大勢と、しばしの沈黙。 だんだんと、状況はカオスになっていった。 「犯人は、なんでこんなことをしたんだろうね……」 穂乃果ちゃんがポツリとつぶやいた。 ——何かにつけて物事に理由をつけてしまうのは、人間の妙であって同時に罪である。理由のない善意は存在するし、理由のない悪意もまた当然のように存在しうる。 これは私の持論だったか、はたまた何かの小説に出てきた文言なのか、正直わからない。けれど、この持論がすでに証明されていることだけを、私は知っている。 「やべ、オレ見ちゃった?」 二限の授業に向かう途中で私が立ち止まったのは、赤い電話ボックスの横、細い木の枝に、首をくくられた烏を見かけたからだった。東京にはこんなにも間抜けな烏がいるのか、とぼんやりしてしまったところを、黒岩君に少し引いた眼で見られた。 「ヤバくない。私が殺したわけじゃない!」 「でもさ、烏くらい頭のいい鳥が、こんな木の枝?蔓?に自然に首絡まることある?」 私は愕然として木を見上げた。 死んだ——いや、殺された烏のうつろな目が、キラキラとこちらを見つめていた。そうだ。だから、私は「犯人を知っているから烏を持っていく」という黒岩君の嘘だらけの口車に乗ってしまったのだ。 こんな一匹の烏が人を殺したわけでもないだろう。生き物である以上、罪もないのにこんなところで首をくくって、殺されるようなことがあっていいわけがない。そうやって理由のない悪意に、きっとはらわたがふつふつと音をたてたんだ。 私の中の正しい行いは、この無実の烏を自分が殺しました、と誰かに白状させることだった。 「……このままじゃ、昼休み終わっちゃうよ。」 穂乃果ちゃんが呟いた。私は、鮭おにぎりと五目おにぎりに目を落とす。彼女の言うことはもっともだが、さすがにこの場では食べられない。 「早く、烏を殺した犯人を見つけようか。」 私の言葉に、黒岩君がわざとらしくウンウンと頷いた。 「そう、そう。早くしないと、オレのイチゴジャムパンが腐って烏のエサになっちゃう。」 「烏にエサを与えてはいけませんよ。」 「いや、さすがに冗談よ?」 「えッ。烏にエサってあげたらいけないンデスカ?」 菊綴さんの言葉に田中君がブルブルと震えだした。 「はい。烏に限らず、野生動物にエサをやる行為は生態系のバランスを崩してしまう上、糞をしたり、人をエサをくれる生き物だと認識してやたらに向かってきたりするようになるので、多くの場合禁止されています。犯罪とかではないですけど。」 「なんだ。捕まりはしないんデスネ。」 菊綴さんの言葉に、田中君はホッと胸をなでおろした。その様子を見て、やましいことでもしたの?と黒岩君がにやりとする。 「やましくはないデース。最近余った菓子パンのカスをやっていただけデス。」 「どこで?」 「赤い電話ボックスみたいなやつがあるところデス。」 田中君は「もうやりまセンケド」といじけるように足を組んだ。 「は?待って、じゃあ今朝あたしが烏に襲われたのってあんたのせいじゃん!最悪!」 東堂さんが叫んだ。 「襲われた?」 「そうだよ!その赤い電話ボックスのところでさあ。せっかく早めに来たのにメイク崩れるし、必死でカバン振り回して逃げたの!散々だったんだから。」 そういいながら、ギュッと自分の体を抱きしめた。そんな東堂さんを、太田君は鼻で笑った。 「ざまあみやがれ。もしかして、そん時自分で烏殺したんじゃねえの?」 「は?ひどい!なんでそうなるの!」 「じゃあ、一匹にも当たってないって言えんのかよ。」 「追い払ったんだから当たってるかもしれないけど、正当防衛だもん!」 東堂さんの言葉に、太田君は苦虫を噛み潰したような顔をした。プルプルと震える彼女をかばうように、菊綴さんが口を開いた。 「近くの木に引っかかった奴くらいはいた……かも、しれないですけど。この烏とはきっと無関係ですよ。というか、開き直りすぎでは?太田さんはまだ花鈴さんに謝ってもないのに!」 太田君は目の前の机を強く叩いた。 「テメエら記憶力ないのか?俺がやったことには理由があんの!むしろ謝るのはそっちだろうがよ。」 地鳴りのような泣き声が響いた。 「最低!最低!どうしてあたしばっかりこんな風に言われなくちゃいけないわけ?」 誰かが止めに入れば入るほどに。喧騒は、一層増した。 黒岩君が烏の死骸を教卓に置いたのは、太田君のように何かに恨みがあったからなのだろうか。ゼミ全体か、もしくは先生かに。 そういえば、黒岩君は提出した作品の全編書き直しを言い渡されていたことをぼやいていたっけ。 同じ性格の人間がいるかいないか以前に、他人がどんな性格をしているのかも、私は知らない。何かゼミ内でトラブルが起こっていたとして知らないし、たとえば彼の作品全編書き直しが烏の死骸置きの動機なのかも知らないし、そもそもそんなくだらないことで、復讐を企てる人なのかも知らない。 もしかしたら、理由なんてないのかもしれない。私だって、理由のない正義感でこの場にいるかもわからない犯人を捜した。 ただ一つ言えるのは、黒岩君のやりたかった『何か』は、太田君が烏の死骸を東堂さんの机の上に移動させたことで、きっと失敗に終わったということだ。 これは縁か。 ——いや。こんなものにまで理由を求めるのは、人の妙だ。 黒岩君の本来の作戦が失敗した以上、彼から言うことは何もないだろう。 指紋は出ない。犯人は名乗り出ない。アリバイにも決定打になりうる穴はない。 誰が、何をしたのか。考えて流れを掴めばそれだけでよかった。理由なんて考えるから、いざこざになるんだ。 「……すみません。二限の前、大学に来た瞬間からの行動を教えてもらってもいいですか?」 そうすれば、この妙な物語は簡単に終わるのだ。