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Yura
ラッキーだったな 菊綴唯 「もうそろそろ授業始まるんじゃない。」 「じゃあ教室戻ろうか。」 ゼミBのいつものメンバーで、一緒にお昼ご飯を食べていた。今日の食堂ではAランチのプレートが人気なようで、だから私はBランチを注文したのだった。味としてはまあまあだが、値段も量も適切なので、食堂で買うのが一番面倒くさくないのだった。 廊下を突っ切り、教室に入ると、みんなが声を上げる。ぎゃあ、だとか、うおあ、だとか、そういう驚いた声をみんなが次々にあげるので、一体どうしたのだろうと、不謹慎にも、少しワクワクしてしまった。 「何、どうしたの。」 皆が見ている先を覗くと、カラスの死骸が、机の上にあった。 黒々としているそれは、非現実的で、世界から浮き上がって見えた。羽が毛羽立ち陰影を描き、固く、つるりとした、無機質な机の上にあるそれは、一瞬現実逃避するには十分だった。日常的なものとそうでないものが隣り合って、境界をあいまいにする。 いつも私が座っている席の隣にあって、まるで乱雑に置かれたぬいぐるみのようにも見えた。でも、漂ってくる嫌な臭いとか、羽の質感とか、そういうものを見ると死んでいるんだな、とわかる。嫌でも、わかってしまう。動物の死体何て遠目でしか見たことなかったのに。 先ほど食べ終えたご飯がのどまでせりあがってくる。 みんなの反応は、と様子をうかがうも、特に変な反応をしている人はいないように見えた。少なくとも不自然な反応には見えなかった。私のその感覚はあてになりそうにはないが。なにしろ基本どうでもいいから、よっぽどじゃなければ人の表情とかわかんないんだよね、と内心肩をすくめる。 いつも座っている席の机の上にあるからか、なんで私の机に、と東堂花鈴が大袈裟にぶりっこしてくるのを、冷めた目で見てしまう。そんなに気にしてないくせに、なんでか被害者ぶるのが上手いのだ。金切り声とまではいかないが、女の高い、特有の耳につく声のせいで神経が逆なでされる。 そうこうしているうちに、アリバイとか言い出してどの授業に出た、出てないと言い出し始めた。 犯人探しみたいなことしてら。さっきまで先生に伝える、だとか、警察、だとか言っていたくせに。こういう言動をしているのは、正義感ゆえか、自己保身のついでなのか、それとも。 適当にのりながらも、犯人はどうでもいいんだよな、と内心独り言ちる。 私としては、むしろ犯人がわからなくて、解決できなくて、どうにもできない方が都合が良かった。私としてはその方が良かった。わからないままでうやむやで、再犯するかもしれないし、しないかもしれない。誰かが犯人かもしれないし、犯人何ていないのかもしれない。どうしてそんなことをしたのか、もしかしたら恨みかもしれない、それも自分に向けた。 そう妄想できるようにしておけばいい。 だって未知を人は恐れる。机の上に動物の死骸があって、犯人もわからない。ストレスと恐怖が彼女を襲うだろう。 呪いだとでも主張しておこう。あくまでも軽く。思考の片隅に残るくらいでいい。もしかしてってよぎるくらいでいい。もしかしたら、自分への恨みかもしれない。このカラスを手にかけたように、今度は自分の番なのかもしれない。殴られるのかもしれない、首を絞められるのかもしれない、殺されてしまうのかも、しれないって。 ストレスと思い込みで、体調不良にでもなってしまえばいいのだ。 でも、あくまで考えすぎだとなだめることができる範囲で、の話だ。私が明確に敵意を持っていると悟られたらかなわない。 わちゃわちゃとみんなが騒ぐが、カラスの死骸を移動した人はわかったが、もともと教壇に会って、そして教壇に置いた人はわからずじまいらしい。 みんなが揉めているが、私としてはだってどうだって良かった。 彼女が痛い目を見れば、それでよかった。 だって、許せなかったから。 東堂花鈴は忘れているかもしれない。そのくらいの、些細なことだった。でも、許せなかった。あの女、私が書いた小説をわざわざのぞき込んで盗み見たあげくに、さも親切なアドバイスを装ってこき下ろしたのだ。 自分の小説を馬鹿にされることだけは、許せることではなかった。 彼女が害意を見せずに私を酷く貶めたのであれば、私も彼女を害意を見せずに彼女を貶めよう。これは復讐だ。とは言っても、私は直接手は下さない、出さない。そう決めている。 小説を馬鹿にしたなんて、そんなこと、と思うかもしれない。はっきり言って、くだらないことだと思う。でも、私にとっては譲れないことだった。理不尽だってわかってる。だから、私は積極的に何かしない。ほんの些細なことをして、こうなったらいいな、とちょっかいをかけるだけだ。彼女が痛い目を見れなければ、まあ当然のことだろう、私はちょっとつつくだけだから。でも、彼女が痛い目を見れますように、と私はできればちょっかいをかける。ただそれだけを、想像して笑っているのだ。もしも彼女が痛い目を見れば、私はラッキーだったな、と思うだけなのだ。