難なくして恋など
2025-07-02
アルバイトの面接が嫌いな理由は、自分がまるで商品に成り下がった気分になるからだ。
「選考結果は採用者のみにお電話致しますので」
無論、選ぶ側がいれば、選ばれる側が存在することなど重々承知しているはずだ。
だがしかし、東雲承太はいつもこう言う。
「まあ、僕にも選ぶ権利があることをお忘れなく」
ご存知の通り承太が面接に受かったことはなく、そしてこれからもないと思われた。
選考というものが嫌ならば、面接など受けなければ良いのでは?
承太の周りにいる誰もがそう思うのであって、承太自身もそう思っている。
そんな承太は今日、15回目に受けたアルバイトの面接に合格した。
採用通知の電話を受けて一言。
「ありがとうございます。まあ、当たり前のことですけど」
東雲承太は感謝を知れど、恥を知らない。
「選考結果は採用者のみにお電話致しますので」
無論、選ぶ側がいれば、選ばれる側が存在することなど重々承知しているはずだ。
だがしかし、東雲承太はいつもこう言う。
「まあ、僕にも選ぶ権利があることをお忘れなく」
ご存知の通り承太が面接に受かったことはなく、そしてこれからもないと思われた。
選考というものが嫌ならば、面接など受けなければ良いのでは?
承太の周りにいる誰もがそう思うのであって、承太自身もそう思っている。
そんな承太は今日、15回目に受けたアルバイトの面接に合格した。
採用通知の電話を受けて一言。
「ありがとうございます。まあ、当たり前のことですけど」
東雲承太は感謝を知れど、恥を知らない。
エコー プロローグ
2025-07-02
前にあらすじだけ書いて放置したものの短いプロローグ。一応ゼミ誌に載せる予定です。
【プロローグ】
the world, its distorted.
思考回路の復活とともに、体は五感を徐々に取り戻そうとしている。
目を覚ますと、視界には一面の白が広がっていた。これは……天井なのか。
体を支えていたものに手を添えると、柔らかい何かに沈み込んだ。なるほどね、僕はベッドに横たわっているみたい。
そういった情報を繋ぎ合わせ、僕は自分が病院にいるのだと推測した。
空気を吸い込むと病院の独特な消毒液と薬品の匂いが鼻に突き、僕の仮説をさらに肯定。やはりここは病院。口の中が砂漠のように酷く乾燥していたので舌を動かし、唾液で濡らせようとした。
聴力が回復したと気がつき、隣にあったモニターから「ピッ、ピッ、ピッ」と人間の心拍に似た音が聞こえてくる。次第にその機会的な音は緩やかではあるが、確実に音量を増していく。
うるさいなぁ
病室だよ?
安静にする場所だよ?
うるさい。
黙って。
お願いだから静かにして。
願いも虚しく、どんどん大きくなる醜悪な機会音が耳の壁を浸透し、熱を孕んだ針に錬成され、脳に突き刺してくる。
逃げたい。
逃げたら?
そういうのが得意なんでしょ?
機会音から意識を逸らそうとしたが、どうやらそれは過ちだった。
病室に響く無数の雑音が一斉に、津波の如く頭に流れ込んでくる。
点滴の水面を破る音。
他の患者の人間味を感じない呼吸音。
外から廊下を踏み鳴らす人の足音。
救急車のサイレンの絶叫。
ぐちゃぐちゃだ。
吐きそう。
空の胃袋のまま吐いたらどうなるんだろう。
そうだな……空砲を撃つ鉄砲、って感じかな?
新しい音が侵入してきたからといって、モニターの機械音が容赦したわけでもない。
まるで先導者のように、仲間を率いて、僕の脳髄を犯そうと頭に不協和音をねじ込んでくる。
目覚めた瞬間から音という名の暴力にさらされていた僕に、トドメを刺すかのように、扉の方から何かが響いた。
「ギィギギギ……ガラララッ、ドンッ」
フォークで皿をこするような音を立てて、扉がゆっくりと軋みながら開く。
その隙間から白衣を着た男性が、一歩、また一歩と床を踏み鳴らしながら入ってくる。
あぁ……お医者さん……助かった……
期待すればするほど、裏切られたときの傷は深くなるもんだって、あんたもわかるでしょ?
目の前まで歩み寄ったその人間が口を開き、何かを放ち、それが僕の耳に突き刺さった。
「お)@:j¥/5ふk>|9%ぃ?な&3tか」
意味を持たない声の肉片。
言葉だったものの朽ちた亡骸。
獣の断末魔を連想させる歪んだ狂音(読み:ノイズ)。
その刹那、僕は悟ったのだ。
世界がーー音割れしている。
【プロローグ】
the world, its distorted.
思考回路の復活とともに、体は五感を徐々に取り戻そうとしている。
目を覚ますと、視界には一面の白が広がっていた。これは……天井なのか。
体を支えていたものに手を添えると、柔らかい何かに沈み込んだ。なるほどね、僕はベッドに横たわっているみたい。
そういった情報を繋ぎ合わせ、僕は自分が病院にいるのだと推測した。
空気を吸い込むと病院の独特な消毒液と薬品の匂いが鼻に突き、僕の仮説をさらに肯定。やはりここは病院。口の中が砂漠のように酷く乾燥していたので舌を動かし、唾液で濡らせようとした。
聴力が回復したと気がつき、隣にあったモニターから「ピッ、ピッ、ピッ」と人間の心拍に似た音が聞こえてくる。次第にその機会的な音は緩やかではあるが、確実に音量を増していく。
うるさいなぁ
病室だよ?
安静にする場所だよ?
うるさい。
黙って。
お願いだから静かにして。
願いも虚しく、どんどん大きくなる醜悪な機会音が耳の壁を浸透し、熱を孕んだ針に錬成され、脳に突き刺してくる。
逃げたい。
逃げたら?
そういうのが得意なんでしょ?
機会音から意識を逸らそうとしたが、どうやらそれは過ちだった。
病室に響く無数の雑音が一斉に、津波の如く頭に流れ込んでくる。
点滴の水面を破る音。
他の患者の人間味を感じない呼吸音。
外から廊下を踏み鳴らす人の足音。
救急車のサイレンの絶叫。
ぐちゃぐちゃだ。
吐きそう。
空の胃袋のまま吐いたらどうなるんだろう。
そうだな……空砲を撃つ鉄砲、って感じかな?
新しい音が侵入してきたからといって、モニターの機械音が容赦したわけでもない。
まるで先導者のように、仲間を率いて、僕の脳髄を犯そうと頭に不協和音をねじ込んでくる。
目覚めた瞬間から音という名の暴力にさらされていた僕に、トドメを刺すかのように、扉の方から何かが響いた。
「ギィギギギ……ガラララッ、ドンッ」
フォークで皿をこするような音を立てて、扉がゆっくりと軋みながら開く。
その隙間から白衣を着た男性が、一歩、また一歩と床を踏み鳴らしながら入ってくる。
あぁ……お医者さん……助かった……
期待すればするほど、裏切られたときの傷は深くなるもんだって、あんたもわかるでしょ?
目の前まで歩み寄ったその人間が口を開き、何かを放ち、それが僕の耳に突き刺さった。
「お)@:j¥/5ふk>|9%ぃ?な&3tか」
意味を持たない声の肉片。
言葉だったものの朽ちた亡骸。
獣の断末魔を連想させる歪んだ狂音(読み:ノイズ)。
その刹那、僕は悟ったのだ。
世界がーー音割れしている。
ゼミ誌 構想なんとなく
2025-06-29
主軸は不器用察し悪い系おじさんと、「男らしさ」を押し付けられて虐待されてきた失声症の少年。
舞台は中世の西洋想定。
半グレに連れられた縄で縛られている少年をおじさんが発見するところからスタート。
最初は怒りを感じながらもスラムではよくあることだと通り過ぎようとするが、歩くのが遅い少年を蹴り、転ばせたところで我慢の限界を迎える。
『子どもの人身売買』『理不尽な暴力』という地雷を踏み抜かれたおじさんは半グレ二名を瞬殺し、しばらく少年と見つめ合ってから無言でその場を立ち去ろうとする。
その時、少年にズボンを掴まれて振り返る。
少年の手は酷く震えており、振り返ったおじさんと目も合わせない。
おじさんはしゃがみこみ、少年の目を見つめながら頭を掻き、「あんだよ」と無愛想に声を掛ける。
歯をガチガチ振るわせながらおじさんを見つめる少年の目には涙。そこからしばらく沈黙。
おじさんが「おい、良い加減なんか喋れよ」と言おうとした時、少年のお腹が鳴り、「腹が減ってんならそう言え」と言い、「ついてこい」と言って少年に振り返らず進んでいく。少年はオドオドしながらおじさんのあとをついていき、物語スタート。
・少年(ガキ 名前未定)の背景
黄ばんだボロ布一枚で登場(見た目的にはポンチョみたいな感じ)。
虐待の末、人身売買に出される。
虐待による精神的ダメージ、トラウマによって「主張することそのもの」に恐怖を覚える ようになり、失声症を発症。
女の子っぽくて、可愛いものが好きだが、父親に男なんだからそんなもの恥ずかしい、しゃんとしろなどの押し付け、従わなければ暴力。
母に対しても暴力を振るい、嫌気がさした母は少年を置いて逃亡。
父親が少年の女の子っぽさを矯正しようとするが、可愛いものに対する興味や好きの気持ちは尽きなかった。
男の大人に対してトラウマを抱えており、おじさんのズボンを掴んだのも衝動で、そんなことをする気はなかった。
・おじさん(名前未定)背景
幼くして両親に捨てられ、スラム街に飛び込む。
同じく恵まれず裏社会に入ってきた男の子(少し年上)と協力関係になる。
少し背の高い男の子はいつも膝を曲げたり屈んだりして、おじさんに目を合わせて話してくれた。
ご飯を分けてくれるなどの優しさに触れ、男の子に憧れを抱く。
日々市場の野菜や肉を奪い飢えを凌ぐ日々を過ごす。
それを続けていたせいで恨みを買い、盗みを働く子供を始末してほしいと殺し屋に依頼がされる。
おじさんが一人食糧の調達に行っている間に、アジトにいた男の子は殺されていた。
血まみれで黒い薔薇(花言葉憎しみ)or黒いユリ(花言葉復讐呪い憎悪)が添えられている。
これを見て吐いたり大きくショックを受けたりするおじさん。
それからおじさんは一人で生きていくことになり、夜遅く食糧調達に行った際大人数相手に完勝して優雅にパイプを吸う男を見て憧れを抱くと同時に、自分もそうならなければと思うようになる。
パイプを盗み、(男の子の死体に添えられていた黒い薔薇をパイプに入れて燃やして吸う。)
(この匂いを忘れず、憎しみを忘れず、あの強い男のように一人で生きていく強さを持つためにパイプを吸う。)
(咳をしながら吸い、やっとの思いで普通に吸えるようになっても不味いまま。)
それからなんやかんやあり、おじさんは強くなり、荒くれとして日銭を稼ぐ。
人身売買をする組織を中心に潰し、しかし生きるためなら誰かを傷つけることは厭わない。
悪人は殺す、一般人は基本殺さない。
恨みを買ってもそれを跳ね除ける強さを得たから。
少年の前では殺しはしない。(自分があの日強い男に影響を受けてこうなってしまったため)
自分が最低なクズ野郎であるという自覚がある。
しかし昔憧れた友達の優しさが忘れられない。
その残った優しさで少年を助ける。
・黒薔薇とクロユリの違い
まず前提として花言葉を物語に入れ込むのは好きではない。が、癖として煙を吸ってるダンディが書きたい、そして吸っていること自体にも意味を持たせたいとなると燃やすものにメッセージ性を詰め込むのはアンパイだと考えた。
少し調べたところ、黒薔薇(薔薇)は燃やしても有害物質とかは特になく、いい香りがするらしい。
しかしユリはなんらかの有害物質が出て、香りも良くないらしい。
美味いものでも不味く感じさせるか、不味いものを無理やり吸わせる(男の子を殺された気持ちを忘れないため)か。
・パイプについて
なんかそれっぽい花を吸わせたーいと思っているが、そもそもパイプとして楽しむにはからっからに乾燥させることが必須。
燃えにくいし、青臭いし。
そうなるとどうやって花を乾燥させてんのこいつはってなるし、うーんって感じ。
単純に花を育てさせた方がいいかも。(不必要?)
パイプはただ単に強さへの憧れの象徴として吸わせる?(あと癖)
普通に良い香りのものを吸わせてしまおうか。
・殺し屋について
目が悪く、鼻が良い。
匂いに執着があり、殺した相手の元に花を供えるのがルーティン。
設定はあんま深く考えてない。
・始まり
(過去回想から始めるか迷い中だが、今回は少年とおじさんが出会うところから書く)
「ふーっ……」
口の中でゆらゆら漂う煙を、下を向いてふーっとゆっくり吐き出す。
真昼間でも暗い路地で、白い煙とすれ違う。
冷たいバニラの香りは頭に充満するトゲトゲしたものを薄めて徐々に消してくれるみたいで、まったりした気分にさせてくれる……昔はあんなに咳き込みながら吸っていたのにな。
食べかすやらゴミやらで黒がこびりついたこの凝灰岩の道を横目に歩くのは、なんだか久しぶりな気がする。
最近はこっちに来ることも少なくなった……これでも少しは平和になったってことか?
……そう思った矢先のことだった。
「オラっ、チンタラすんな」
「ははは、かわいそうっすよ兄貴」
数メートル先から、そんな話声が聞こえてきた。
目線を少し上にやると、大方半グレであろうガラの悪い男が二人。
それに挟まれるように歩く、縄に繋がれたガキが一人。
ガキはボロボロに黄ばんだポンチョのような一枚布を身につけているのみで髪はボサボサ、灰色の目には光がなく、顔色は栄養失調でも起こしているのか黒ずんでいて汚らしい。
ここからでも分かるくらいには震えていて、ガタガタと音が聞こえそうだ。
俺は腹の底からふつふつと燃える静かな炎を感じながら、煙を吸い込む。
……ガキの人身売買なんて、ここじゃよくある光景だ……弱いからあんなやつらに捕まって好き勝手されるんだ、弱いのが悪い……それに、俺だって文句を言えるほど綺麗じゃない。
そう頭で反芻しながら目を瞑って熱い煙を吸い続けたのだが……
「おい! 聞こえねぇのかクソガキ!」
そんな罵声が聞こえたと思えば、間髪入れずに路地に響くのは大きなものが地面を滑る音。
俺は顔を上げてゆっくりと目を開けた。
視界に入るのは怒りを顕にする男と、それを見て腹を抱える男。
そして地面に伏せてピクピクと震えるガキ。
ガキは膝を曲げてうずくまり、隙間から見える顔にはキラリと光る涙が浮かんでいる。
俺はパイプを咥えたまま二匹の男の横を通り過ぎようとする。
そう、それが一番賢い選択……
「がっ!?」
……俺の拳は男の顎にアッパーを打ち込んだ。
一匹の男の笑い声が途切れ、弧を描きながら吹っ飛ぶ。
仰向けに倒れてピクピクと痙攣する様は、芋虫の如く滑稽だ。
「おいおっさん、俺らが誰か分かってんのか? 天下のナック……ぐあっ!!」
もう一匹の男は頬を凹ませて横によろめく。
右拳に伝わるこの感覚……歯の二、三本はいっただろう。
俺は頬を抑えて唸る男の髪を掴み、顔面に膝蹴りを叩き込む。
顔面を捉える度に膝にはジンジンと衝撃が走り、高揚感が高まる。
鼻の骨が潰れる鈍い音と感覚が直接身体に響き、顔面を捉える度に、うっとか、あっとか、醜い声を上げる。
弱い。
俺はゴミを投げ捨てるように男を地面に投げ捨て、横腹を思い切り蹴飛ばしてやる。
血が滲んでぐちゃぐちゃになった顔が向こうを向いてくれて助かるな。
「すぅ……ふーっ……」
……このまま進んだら、また半グレに遭遇しそうだな……はぁ、面倒くさい……。
俺はズボンのポケットに手を突っ込んで踵を返し、来た道を引き返そうとする。
すると、膝を合わせて地面に座り込むガキと目が合った。
虚ろながらもその双眸は揺れながらも俺の目をはっきりと捉えていて、妙に既視感がある。
……どうでもいいか。
俺は目を瞑って下を向き、ガキの横を抜けようとした……が、突然ズボンの裾を引っ張られて反射的に目を開く。
ため息を吐いてまた目を瞑り、
「離せ」
冷たくそう吐いた。
変わらずズボンの裾は引っ張られている。
次はもう少し強めに「離せ」と言った。
ガキの手がビクッと震えるのが伝わるが、それでも離さない。
……本当に面倒だ。
俺は大仰に煙を吐き、パイプを口から外してからガキの手を振り払い、振り返る。
そして膝を曲げて屈み、ガキと目を合わせた。
ガキは一瞬で目を逸らし、ガタガタと身体を震わせる。
「なんだよ」
そう声をかけると、また小動物みたいに情けなく震える。
歯をガチガチと震わせ、光のない瞳には今にも溢れそうな涙。
なんか、見てるとイラついてくるな、このガキ……
………………。
「おい、ガキ……」
──────ぐぎゅるる……
なにかあるなら喋れ、そう言う前に……小さい身体から大きな重低音が鳴る。
ガキは頬を赤らめてプルプルと小刻みに震え、涙をポロポロと溢し始めた。
……本当に、イラつく。
俺はわしゃわしゃと頭を掻き、すくっと立ち上がる。
「ついてこい」
俺はそれだけ残して明るい方へ歩き出した。
舞台は中世の西洋想定。
半グレに連れられた縄で縛られている少年をおじさんが発見するところからスタート。
最初は怒りを感じながらもスラムではよくあることだと通り過ぎようとするが、歩くのが遅い少年を蹴り、転ばせたところで我慢の限界を迎える。
『子どもの人身売買』『理不尽な暴力』という地雷を踏み抜かれたおじさんは半グレ二名を瞬殺し、しばらく少年と見つめ合ってから無言でその場を立ち去ろうとする。
その時、少年にズボンを掴まれて振り返る。
少年の手は酷く震えており、振り返ったおじさんと目も合わせない。
おじさんはしゃがみこみ、少年の目を見つめながら頭を掻き、「あんだよ」と無愛想に声を掛ける。
歯をガチガチ振るわせながらおじさんを見つめる少年の目には涙。そこからしばらく沈黙。
おじさんが「おい、良い加減なんか喋れよ」と言おうとした時、少年のお腹が鳴り、「腹が減ってんならそう言え」と言い、「ついてこい」と言って少年に振り返らず進んでいく。少年はオドオドしながらおじさんのあとをついていき、物語スタート。
・少年(ガキ 名前未定)の背景
黄ばんだボロ布一枚で登場(見た目的にはポンチョみたいな感じ)。
虐待の末、人身売買に出される。
虐待による精神的ダメージ、トラウマによって「主張することそのもの」に恐怖を覚える ようになり、失声症を発症。
女の子っぽくて、可愛いものが好きだが、父親に男なんだからそんなもの恥ずかしい、しゃんとしろなどの押し付け、従わなければ暴力。
母に対しても暴力を振るい、嫌気がさした母は少年を置いて逃亡。
父親が少年の女の子っぽさを矯正しようとするが、可愛いものに対する興味や好きの気持ちは尽きなかった。
男の大人に対してトラウマを抱えており、おじさんのズボンを掴んだのも衝動で、そんなことをする気はなかった。
・おじさん(名前未定)背景
幼くして両親に捨てられ、スラム街に飛び込む。
同じく恵まれず裏社会に入ってきた男の子(少し年上)と協力関係になる。
少し背の高い男の子はいつも膝を曲げたり屈んだりして、おじさんに目を合わせて話してくれた。
ご飯を分けてくれるなどの優しさに触れ、男の子に憧れを抱く。
日々市場の野菜や肉を奪い飢えを凌ぐ日々を過ごす。
それを続けていたせいで恨みを買い、盗みを働く子供を始末してほしいと殺し屋に依頼がされる。
おじさんが一人食糧の調達に行っている間に、アジトにいた男の子は殺されていた。
血まみれで黒い薔薇(花言葉憎しみ)or黒いユリ(花言葉復讐呪い憎悪)が添えられている。
これを見て吐いたり大きくショックを受けたりするおじさん。
それからおじさんは一人で生きていくことになり、夜遅く食糧調達に行った際大人数相手に完勝して優雅にパイプを吸う男を見て憧れを抱くと同時に、自分もそうならなければと思うようになる。
パイプを盗み、(男の子の死体に添えられていた黒い薔薇をパイプに入れて燃やして吸う。)
(この匂いを忘れず、憎しみを忘れず、あの強い男のように一人で生きていく強さを持つためにパイプを吸う。)
(咳をしながら吸い、やっとの思いで普通に吸えるようになっても不味いまま。)
それからなんやかんやあり、おじさんは強くなり、荒くれとして日銭を稼ぐ。
人身売買をする組織を中心に潰し、しかし生きるためなら誰かを傷つけることは厭わない。
悪人は殺す、一般人は基本殺さない。
恨みを買ってもそれを跳ね除ける強さを得たから。
少年の前では殺しはしない。(自分があの日強い男に影響を受けてこうなってしまったため)
自分が最低なクズ野郎であるという自覚がある。
しかし昔憧れた友達の優しさが忘れられない。
その残った優しさで少年を助ける。
・黒薔薇とクロユリの違い
まず前提として花言葉を物語に入れ込むのは好きではない。が、癖として煙を吸ってるダンディが書きたい、そして吸っていること自体にも意味を持たせたいとなると燃やすものにメッセージ性を詰め込むのはアンパイだと考えた。
少し調べたところ、黒薔薇(薔薇)は燃やしても有害物質とかは特になく、いい香りがするらしい。
しかしユリはなんらかの有害物質が出て、香りも良くないらしい。
美味いものでも不味く感じさせるか、不味いものを無理やり吸わせる(男の子を殺された気持ちを忘れないため)か。
・パイプについて
なんかそれっぽい花を吸わせたーいと思っているが、そもそもパイプとして楽しむにはからっからに乾燥させることが必須。
燃えにくいし、青臭いし。
そうなるとどうやって花を乾燥させてんのこいつはってなるし、うーんって感じ。
単純に花を育てさせた方がいいかも。(不必要?)
パイプはただ単に強さへの憧れの象徴として吸わせる?(あと癖)
普通に良い香りのものを吸わせてしまおうか。
・殺し屋について
目が悪く、鼻が良い。
匂いに執着があり、殺した相手の元に花を供えるのがルーティン。
設定はあんま深く考えてない。
・始まり
(過去回想から始めるか迷い中だが、今回は少年とおじさんが出会うところから書く)
「ふーっ……」
口の中でゆらゆら漂う煙を、下を向いてふーっとゆっくり吐き出す。
真昼間でも暗い路地で、白い煙とすれ違う。
冷たいバニラの香りは頭に充満するトゲトゲしたものを薄めて徐々に消してくれるみたいで、まったりした気分にさせてくれる……昔はあんなに咳き込みながら吸っていたのにな。
食べかすやらゴミやらで黒がこびりついたこの凝灰岩の道を横目に歩くのは、なんだか久しぶりな気がする。
最近はこっちに来ることも少なくなった……これでも少しは平和になったってことか?
……そう思った矢先のことだった。
「オラっ、チンタラすんな」
「ははは、かわいそうっすよ兄貴」
数メートル先から、そんな話声が聞こえてきた。
目線を少し上にやると、大方半グレであろうガラの悪い男が二人。
それに挟まれるように歩く、縄に繋がれたガキが一人。
ガキはボロボロに黄ばんだポンチョのような一枚布を身につけているのみで髪はボサボサ、灰色の目には光がなく、顔色は栄養失調でも起こしているのか黒ずんでいて汚らしい。
ここからでも分かるくらいには震えていて、ガタガタと音が聞こえそうだ。
俺は腹の底からふつふつと燃える静かな炎を感じながら、煙を吸い込む。
……ガキの人身売買なんて、ここじゃよくある光景だ……弱いからあんなやつらに捕まって好き勝手されるんだ、弱いのが悪い……それに、俺だって文句を言えるほど綺麗じゃない。
そう頭で反芻しながら目を瞑って熱い煙を吸い続けたのだが……
「おい! 聞こえねぇのかクソガキ!」
そんな罵声が聞こえたと思えば、間髪入れずに路地に響くのは大きなものが地面を滑る音。
俺は顔を上げてゆっくりと目を開けた。
視界に入るのは怒りを顕にする男と、それを見て腹を抱える男。
そして地面に伏せてピクピクと震えるガキ。
ガキは膝を曲げてうずくまり、隙間から見える顔にはキラリと光る涙が浮かんでいる。
俺はパイプを咥えたまま二匹の男の横を通り過ぎようとする。
そう、それが一番賢い選択……
「がっ!?」
……俺の拳は男の顎にアッパーを打ち込んだ。
一匹の男の笑い声が途切れ、弧を描きながら吹っ飛ぶ。
仰向けに倒れてピクピクと痙攣する様は、芋虫の如く滑稽だ。
「おいおっさん、俺らが誰か分かってんのか? 天下のナック……ぐあっ!!」
もう一匹の男は頬を凹ませて横によろめく。
右拳に伝わるこの感覚……歯の二、三本はいっただろう。
俺は頬を抑えて唸る男の髪を掴み、顔面に膝蹴りを叩き込む。
顔面を捉える度に膝にはジンジンと衝撃が走り、高揚感が高まる。
鼻の骨が潰れる鈍い音と感覚が直接身体に響き、顔面を捉える度に、うっとか、あっとか、醜い声を上げる。
弱い。
俺はゴミを投げ捨てるように男を地面に投げ捨て、横腹を思い切り蹴飛ばしてやる。
血が滲んでぐちゃぐちゃになった顔が向こうを向いてくれて助かるな。
「すぅ……ふーっ……」
……このまま進んだら、また半グレに遭遇しそうだな……はぁ、面倒くさい……。
俺はズボンのポケットに手を突っ込んで踵を返し、来た道を引き返そうとする。
すると、膝を合わせて地面に座り込むガキと目が合った。
虚ろながらもその双眸は揺れながらも俺の目をはっきりと捉えていて、妙に既視感がある。
……どうでもいいか。
俺は目を瞑って下を向き、ガキの横を抜けようとした……が、突然ズボンの裾を引っ張られて反射的に目を開く。
ため息を吐いてまた目を瞑り、
「離せ」
冷たくそう吐いた。
変わらずズボンの裾は引っ張られている。
次はもう少し強めに「離せ」と言った。
ガキの手がビクッと震えるのが伝わるが、それでも離さない。
……本当に面倒だ。
俺は大仰に煙を吐き、パイプを口から外してからガキの手を振り払い、振り返る。
そして膝を曲げて屈み、ガキと目を合わせた。
ガキは一瞬で目を逸らし、ガタガタと身体を震わせる。
「なんだよ」
そう声をかけると、また小動物みたいに情けなく震える。
歯をガチガチと震わせ、光のない瞳には今にも溢れそうな涙。
なんか、見てるとイラついてくるな、このガキ……
………………。
「おい、ガキ……」
──────ぐぎゅるる……
なにかあるなら喋れ、そう言う前に……小さい身体から大きな重低音が鳴る。
ガキは頬を赤らめてプルプルと小刻みに震え、涙をポロポロと溢し始めた。
……本当に、イラつく。
俺はわしゃわしゃと頭を掻き、すくっと立ち上がる。
「ついてこい」
俺はそれだけ残して明るい方へ歩き出した。
エコー
2025-06-23
【あらすじ】
ごく普通の耳の手術を受けたはずの小山寛音(こやま かのん)は、目覚めた瞬間から狂気に満ちた現実に囚われていた――聴覚が常人離れして鋭くなり、周りのすべての音が脳を突き刺すように鮮明に響く。
「これだけならまだ耐えられる。」
そう思っていた寛音だったが、目の前に現れた医者から発した音は優しい言葉ではなく、気色悪い獣のような呻き声だった。
そして医者だけでなく、看護師も、他の病人も、両親も、姉さえも――
すべての人の声が気持ち悪い、人間味を失った狂音にしか聴こえなくなっていた。
狂気に満ちた音の渦に精神を削られた寛音は、自分の命を断とうと、ビルの屋上から身を投げようとする。
だがその瞬間、頭の片隅にかすかに響いたのは、暖かくて、優しくて、紛れもなく「人間の声」を持った一人の少女の声だった。
「ふふ……完全にイカれちゃったね?」
果たして少女の声は――神様の導く言葉か、悪魔の囁きか。
少女の正体を突き止めるため、寛音は不協和音の世界を彷徨いはじめる。
ごく普通の耳の手術を受けたはずの小山寛音(こやま かのん)は、目覚めた瞬間から狂気に満ちた現実に囚われていた――聴覚が常人離れして鋭くなり、周りのすべての音が脳を突き刺すように鮮明に響く。
「これだけならまだ耐えられる。」
そう思っていた寛音だったが、目の前に現れた医者から発した音は優しい言葉ではなく、気色悪い獣のような呻き声だった。
そして医者だけでなく、看護師も、他の病人も、両親も、姉さえも――
すべての人の声が気持ち悪い、人間味を失った狂音にしか聴こえなくなっていた。
狂気に満ちた音の渦に精神を削られた寛音は、自分の命を断とうと、ビルの屋上から身を投げようとする。
だがその瞬間、頭の片隅にかすかに響いたのは、暖かくて、優しくて、紛れもなく「人間の声」を持った一人の少女の声だった。
「ふふ……完全にイカれちゃったね?」
果たして少女の声は――神様の導く言葉か、悪魔の囁きか。
少女の正体を突き止めるため、寛音は不協和音の世界を彷徨いはじめる。
さみしい人
2025-06-08
私は日の光が残る明るい時間からお風呂に入っていた。私はお風呂が好きだ。というか、水が好きなのだ。形がなくて透明で柔らかくて、私の思う優しさのイメージに近い。そしてその言葉より自由で不安がない。そんな水で満たされたお風呂はとても心地よい自由な空間として私に寄り添ってくてる。私は手足をばたつかせる。子供の頃から考えれば狭くなったな、と思いパシャパシャと手を動かした。
私は子供の頃、絵描きになりたかった。理由は、この世界にはもっと鮮やかなものがあったら方がいいと思ったから。私は幼いながらに、理想の絵を書くために日々コツコツと努力をしていた。それだけで、世界は段々と丸くなっていってる気がした。しかしある日、雑誌を見ていた時。ある一枚絵が目に止まった。鮮やかでいて調和の保たれた、美しい絵だった。その時私の求める鮮やかさはもう世界にあるんだ、ということを知った。私は幼いながらに、あぁ、もう私がやる必要はないのだなと思ったことを覚えている。
その次はアクセサリーデザイナーになろうと思った。絵描きの時と同じで、必要だと思ったものがこの世に見つからなかったから。しかし高校生になった頃、私の求めるデザインを展開してるジュエリーショップが見つかって、私はまた自分で作ることを必要としなくなった。私はそれを、もう三回繰り返した。パティシエ、カトラリーデザイナー、彫刻家。どれも理想が見つかり、私がそれをやる必要はなくなった。今は音楽を一番に志しているが、それもどうかな、と思うのだ。私はきっと、想像より世界はすでに丸いのだと知って絶望するだろうから。
全てのものは、それがそれであるという、ただその一つの真意を貫くためにその場所にある。だから私が何をしようと、その時持っているものでやるだけなのだ。それができたなら、もしできなくても、私という事実がぽつりとそこにあるだけなのだ。それは、既にこの世にあるからとか、多くの人が欲しているとか、世界が良くなるとか、そんな外からの力とはもとより関係がない。寂しい一人きりの真理なのだ。そう、今の私はそれを寂しいと思う。午後の優しい光の中でぬるま湯に浸かりながら、その真理を寂しいと思う。本来は色すら着いていない事実というものに寂しさという色を塗りながら、今日も子供に戻っている。この風呂がまだ私には大きくて、中に潜って手足を伸ばしてもどこにも付かない、この湯船を海のように思っていた、子供の頃に。
「もう、さみしくない。さみしくないわ。」
私は大人になった自分の体を、きゅっと抱きしめた。
私は子供の頃、絵描きになりたかった。理由は、この世界にはもっと鮮やかなものがあったら方がいいと思ったから。私は幼いながらに、理想の絵を書くために日々コツコツと努力をしていた。それだけで、世界は段々と丸くなっていってる気がした。しかしある日、雑誌を見ていた時。ある一枚絵が目に止まった。鮮やかでいて調和の保たれた、美しい絵だった。その時私の求める鮮やかさはもう世界にあるんだ、ということを知った。私は幼いながらに、あぁ、もう私がやる必要はないのだなと思ったことを覚えている。
その次はアクセサリーデザイナーになろうと思った。絵描きの時と同じで、必要だと思ったものがこの世に見つからなかったから。しかし高校生になった頃、私の求めるデザインを展開してるジュエリーショップが見つかって、私はまた自分で作ることを必要としなくなった。私はそれを、もう三回繰り返した。パティシエ、カトラリーデザイナー、彫刻家。どれも理想が見つかり、私がそれをやる必要はなくなった。今は音楽を一番に志しているが、それもどうかな、と思うのだ。私はきっと、想像より世界はすでに丸いのだと知って絶望するだろうから。
全てのものは、それがそれであるという、ただその一つの真意を貫くためにその場所にある。だから私が何をしようと、その時持っているものでやるだけなのだ。それができたなら、もしできなくても、私という事実がぽつりとそこにあるだけなのだ。それは、既にこの世にあるからとか、多くの人が欲しているとか、世界が良くなるとか、そんな外からの力とはもとより関係がない。寂しい一人きりの真理なのだ。そう、今の私はそれを寂しいと思う。午後の優しい光の中でぬるま湯に浸かりながら、その真理を寂しいと思う。本来は色すら着いていない事実というものに寂しさという色を塗りながら、今日も子供に戻っている。この風呂がまだ私には大きくて、中に潜って手足を伸ばしてもどこにも付かない、この湯船を海のように思っていた、子供の頃に。
「もう、さみしくない。さみしくないわ。」
私は大人になった自分の体を、きゅっと抱きしめた。
メモラビア
2025-06-05【新人スタッフウエノ】
日本最大の格闘技団体「ZION」。
新入社員のウエノは、大阪で開かれたファンイベントでヨシダコウジという男と出会う。
ファンのために開かれたチャリティーオークションで、圧倒的高値をつけ、一人で全ての商品を落札していく。
歩くのもつらそうな男の横には老婆が帯同しており、彼から「母です」と紹介された。
そして、現在、癌を患っており、今、格闘技だけが生きがいなのだという。
その後、東京の事務所に店舗を構え、選手を招いてイベントを開催すると、決まってヨシダも母親に付き添われて参加していた。
しかし、ある時から、ヨシダからメールが届く。
癌の進行が早く、治療のため、入退院を繰り返しており、なかなか格闘技を見に行ったり、イベントに参加することがままならないのだという。
「残念ながら、イベントに参加することは出来ないが、販売される全選手サイン入りポスターやパンフレットなど、限定アイテムを特別に購入することは出来ないだろうか」というヨシダからの相談であった。
これまで様々な高額アイテムを購入してきたヨシダはZIONにとってもいい客であったし、なにより、これが大病を患っているヨシダの活力になるならばと、特別にヨシダだけは抽選なく購入出来る手配をしていた。
ウエノは、少しでも元気になってもらえたらとヨシダが気に入っている選手から手術に挑むヨシダを励ますビデオメッセージをもらい、商品とともに送ったりもしていた。
7月。
Twitterに「ZION大好き」というアカウントが作られた。
そのプロフィールには「現在、癌で闘病中。格闘技に勇気をもらっています!」と書かれている。
表向きに名前こそ明かされていないが、イベントの時の写真などもアップされており、それが「ヨシダコウジ」であることは、ウエノにはわかった。
そのアカウントは、格闘技に関すること、そして自らの病状についても発信していた。
「ZION大好き」のアカウントによると、癌はどんどんと進行しており、体のいたるところに転移しているという。
【格闘家 ヤマシタミホ】
ヤマシタミホはかつてアマチュアレスリングで実績を残し総合格闘技に転向してきたZIONのトップ選手である。
ヤマシタミホは、癌と戦う「ZION大好き」を人ごととは思えなかった。
彼女の弟も格闘家であったが、前年の2018年、癌で亡くなっている。
癌の辛さは近くで見ていた彼女自身もわかっている。
「ヤマシタ選手の試合を見て勇気をもらい癌と立ち向かっています」という「ZION大好き」のために、何か出来ることはないかとつい前のめりになっていた。
「ZION大好き」は、癌が全身に転移し、病状としてはかなり厳しいところにあるとツイートしている。
それでも格闘技を愛し、格闘技に勇気をもらい、癌と立ち向かう「ZION大好き」の姿に、周囲の格闘家たちも心打たれ、支援の輪は広がっていった。
なにか彼のために出来ることはないか?
ヤマシタは、彼の大きな手術の前には直接電話で励まし、自分のグッズにサインを入れて送ったりと少しでも彼の力になればと応援していた。
ヨシダからは「大きな手術を控えているのでグッズをください」というリクエストは相変わらず止まらない。
それでもヨシダの力になるのならとなるべくリクエストに応えるようにしていたが、ある時から「試合に使ったコスチュームをいただけないでしょうか」というリクエストまでしてきた。しかも「臨場感を味わいたいので洗濯などせずにそのままいただくことは可能でしょうか」と。
多少の違和感を覚えながらも、その指示に従い、試合で使用したコスチュームを送った。
【格闘技ファン タグチケイ】
タグチは、根っからの格闘技ファンであった。
国内の格闘技の試合は、ほとんど現地で観戦し、試合の展開を実況風にツイートしていた。
中継のないような小さな大会でも実況ツイートをしてくれるので、ファンは彼をありがたがり、業界では知られた存在であった。
タグチは、ファン感謝イベントなどの現場で一緒になったためヨシダの存在は知っていた。
しかし、ある時からイベントに顔を見せなくなったことも気になっており、ZIONスタッフのウエノから、彼が末期癌で現在闘病中であることを知った。
そしてほどなくして「ZION大好き」のアカウントに気づく。
同じ格闘技を愛する者同士、なんとか彼に頑張ってほしいと心から願うようになった。
そしてヨシダを支えたいという支援の輪は、瞬く間に広がっていき
「ZION大好き」のツイートには、彼の回復を願う人々からの優しいリプライが並んでいった。
タグチはイベントに参加し、選手に会うたびに、「ZION大好きさんがんばれ!」とマジックで書いた自作のスケッチブックを持ってもらい写真を撮りSNSにあげていった。
当時、格闘技の世界最高峰の舞台、UFFで活躍するホリウチ選手や、不良上がりで、そういった慈善活動に興味がなさそうなアサオカ兄弟までもが「ZION大好きさんがんばれ!」というパネルを持ち、ニッコリとほほえんだ写真を撮っていた。
2019年の10月。
初めはただの格闘技ファンであったヨシダだが「オンスピリット」と「リベンジャー」という長らく犬猿の仲であった2大格闘技アパレルブランドが「ZION大好き」さんの格闘技への熱意、闘病への姿勢に突き動かされ、両者が歩み寄り、格闘技団体「ZION」と手を組み、チャリティーTシャツを作成した。
さらにその年の大晦日。
ZION最大規模の大晦日イベントのオープニングVTRで、闘病生活を発信し、それでも格闘技に支えられているという「ZION大好き」のツイートが大きく取りあげられていた。「全ての壁を扉に変えろ」というキャッチフレーズが掲げられ、団体、選手、ファン、格闘技界全体が彼をサポートしていた。
【新人ZIONスタッフ ウエノ】
ある日、上司から「ZION大好きさんのツイート、大丈夫か?お前、変なこと言ってないか」
見ると、関係者しか知り得ない今後の大会に関するマッチメイク情報を、匂わせている。
そういえば、この頃、ZION大好きさんことヨシダセイジから、頻繁に花が届くようになる。立派な鉢植えの花だ。
お礼のメッセージを送ると、決まって「花はどこに置いていますか?」と訊ねてくる。花は会社の様々なところに置いていた。
鉢を調べてみると、盗聴器が仕掛けられていた。
さらに、この頃になると、ヨシダの病状はどんどん悪化していく。入院中のベッドの写真や、手術後だというたくさんのコードが付けられ横たわっている自分の写真をあげるようになっていった。
その中の1つ。
「新しい病室で入院です」と暗がりでベッドを撮った一枚。
ウエノはその一枚が妙に気になり、パソコンに取り込み、写真の明るさをあげていった。
すると、暗がりであったベッドの後ろがぼんやりと見えてきて、そこに半開きになっているクローゼットが映り込んでいた。
病室ではなく、誰かの部屋っぽい雰囲気。
【格闘家 ヤマシタミホ】
ヤマシタのもとには、ヨシダからのリクエストは止まなかった。
しかし、どうにも数が多いので、次第に無視することも多くなっていった。
すると「ZION大好きさんの友人」と名乗るアカウントから「なぜZION大好きさんを無視するんですか?今、ファンたちの間でヤマシタさんの態度ひどいよねって話になっていて、晒しちゃおうかってことになってるんです。でも私たちそんなことやりたくないからZIONさんのお願い聞いてあげてもらえないですか?」というようなお願いが、毎日、届くようになった。そんなアカウントは1つではない。いくつものアカウントから、時には「癌患者に優しく出来ないなんてひどい」「人の気持ちがないのか」といった厳しい口調のものも届けられた。
良かれと思って手を差し伸べたのだが、手を引っ込めた途端、SNS界隈から罵詈雑言が湧き上がり出した。
ヤマシタはそっとアカウントを削除した。
【格闘技ファン タグチケイ】
2020年に入ると、ヨシダの病状は加速していく。
「今、集中治療室にいる」「全身に癌が転移し、もう退院できないかもしれない」
「主治医から脳に転移していると言われた」
など病状は果てしなく進んでいく。
この頃から、本人のツイートは、癌が脳に転移したことにより、誤字脱字だらけになっていく。
そして変わって「サヤカ」という「ZION大好きの妹」のアカウントが登場し、彼女の兄の病状を伝えてくれるようになった。
サヤカは、兄のことだけでなく、自分が出かけた時の写真や、トレーニングをしている時の写真、過去にはモデル活動もしていたという経歴もアップするようになっていった。
しかし、一度盛り上がった「ZION大好きさんがんばれ!」の波は、ネット界隈ではなぜ彼ばかりが特別扱いされるのか?面白く思わない人々も現れ始め、いつしか「ZION大好きの症状、怪しくないか?」と疑いの目を向ける者も現れ始めた。
「これ、拾い画像じゃね?」
「ZION大好き」が過去にあげた集中治療室の写真は、ネットからの拾ってきたものだと指摘された。
これを皮切りに、「ZION大好き」が過去にあげた病室の写真を検証する、アンチ集団も現れ、ほぼ全ての写真が拾い画像であることが指摘された。
しかし、そのたびに「ZION大好き」は、「病室では写真が撮れなかったのでイメージ画像として使わせてもらった」ともっともらしい言い訳を載せ、さらに「これを見てもらえればわかると思います」と自身の診断書の写真をアップしたりと本当に末期癌患者であることをアピールしはじめた。
しかし、そのたびに、どこから現れたのか、異常に医療に詳しい者が現れ矛盾を指摘していく。
それでも妹の「サヤカ」は必死に兄は末期癌であると訴えていたが、ある日、韓国のインフルエンサーがサヤカのツイートに「あなたはなぜ私の写真を使っているのですか?」とリプを飛ばしたことで、サヤカ自身がフェイクであることも露呈されてしまった。
【新人スタッフ ウエノ】
選手への聞き取りを始めると、多くの選手が「ZION大好き」から直接DMをもらい、選手のサインやビデオメッセージを求められていた。
試合で着用したコスチュームや入場時に着用したガウン、中にはチャンピオンベルトまで求められた選手もいた。
善意を裏切られると憎しみに変わる。
かつて「ZION大好き」が病に立ち向かう、その熱意に心打たれたアパレルブランド、オンスピリットの社長は、彼のブランドと契約している選手が「ZION大好き」からDMが来て、自身のグッズを送る時に、探偵をつけた。
すると、神戸の関西な住宅地。
豪邸と呼ぶに相応しいぐらい、大きな戸建て。
そこに選手からの荷物が届けられる。
届けられ、インターホンを鳴らす配達員の姿があった。
中から出てきたのはヨシダセイジであった。
ツイッターでは、集中治療室で隔離されているとされていたが、彼は自宅にいた。
しっかりとした足取りで玄関に出てきて、ある程度の重さの荷物を嬉しそうに抱えて家に戻っていった。
【ヨシダセイジの妻・シズカ】
2020年9月。
日中、国際電話がかかってきた。
相手は、ニューヨークでスポーツマネジメントをしている「ショウ・ヒラヤマ」と名乗る男だった。
彼は、夫、セイジがこれまで彼が管理している選手に直接DMを送り、自らの病気治療を理由に、コスチュームやアイテムを送らせていたことは知っているか?と聞いてきた。
シズカは全く知らなかった。
これまでのセイジがしてきたことを聞かされ呆然とした。
その数日後、ZION事務所のウエノという男から連絡が来た。
夫のセイジの件で話があるため、事務所に来ていただきたい、という。
事務所に出向き、話を聞く。
一番驚かされたのは「大阪のファンイベントにお母さまと来ていました」と見せられた写真に写っていたのは、全く見知らぬ老婆だったこと。
エキストラ会社に発注し、70代の女性を母親役として雇い、イベントに参加していたのだ。
彼は癌ではない。
彼は精神病一級である。
発症したのは2年ほど前だろうか。
彼の主治医から、何か夢中になれるものを見つけた方がいいと言われ、彼が選んだのは格闘技だった。
格闘技のことはさっぱり分からなかったが、熱中している彼を見て安心していた。
癌である、ということで周囲が優しくなることに快感を覚え、止まらなくなってしまったのだろう。
これまで選手から送っていただいたアイテムを全て返却すること、そして本人に変わって私から謝罪文を出すことでおさめることとなった。
神戸の家には、その後、住所をつきとめた何者かがインターフォンを鳴らしたり、娘の幼稚園にも連絡がいったり、夫の職場にも夫の詐病を告発する電話やメールが届いたりと気が休まることはなかった。
ZIONを通じて声明文を出し、1年強にわたるZION大好きさんを巡る狂騒曲は終焉を迎えた。
【キックボクサー リナ選手】
神戸の警察署から連絡がきて、私がネットオークションに出した格闘技界の2大スター、武蔵と中川テンヤのサイン入りポスターが偽物であるとして逮捕状が出されているという。
たしかに、生活費欲しさに、この二人のサインを真似たものを本物のサインとしてネットに出品した。
オークションは、想像以上に加熱し16万円の値がつけられた。
しかし、その落札者から「これは偽物である」と警察署に被害届が出されたのが。
私は逮捕され、書類送検となった。
これはニュースとしても報道され、大きく取り扱われネットで大きく叩かれていた。
2021年6月。
大阪で開かれたZION大会に、被害者の方も来ているという。
直接お詫びすることで、事態を収束させようと思った。
大会前、現れた男性に謝罪をする。
男は頬がこけた色白の男。
ヨシダセイジであった。
おしろさま
2025-06-05
おしろさま、おおしろさま、おしろさん。呼び方は時代の移り変わり、人によって多少変化はあるようだが、その在り方は変わらないようだ。ただ当たり前のように、さも当然であるかのように日常に溶け込む異常。ここではかの地域に私が実際に訪れそこで集めた証言や、ネット上で私宛に寄せられた情報の中で特に印象的だったものを記す。
え、あんたここで生まれた者じゃないのか?そうか、余所者はまずいな……いやいや、俺らは別に構わねえんだよ。俺らじゃなくて、おおしろさま。あの方は余所者、特に大人は好まねえのさ。とっくにあんたの存在には気づいちゃいると思うが、面と向かって顔は合わせん方がいいだろうね。手遅れになっちまうと、氏神さんでも手に負えんからなあ……
40代男性
おしろさま?ええと、日中は小学校の辺りをうろついてるはずだからそこを避ければ出逢ってしまうことはないはず。なぜって?それはほら、おしろさまって子供が好きだから。小学校だけじゃなくて、子供が好きそうな場所によくいるのよ。はあ、それにしてもはらはらしちゃうわよね……うちの子には失礼のないように言って聞かせてはいるけど、万が一のことがあったら、って……どうしても考えちゃうのよね。
20代女性
耳は四つ、手も四つ。足は二つですね。目は一対顔にあって、左目の上に角。口元は化粧が施されています。サーカスのピエロみたいな感じで、笑った顔に見えるようなやつ。あと左手に口、右手に目がついてます。ちゃんと機能してるんですよ。動いたり、よく聞くと何か喋ってたり。あと、尻尾の数は今は七尾。ああ、そうです。時代によって尾の数は違うらしいですよ。よくない噂も多いですけど、僕は好きです、おしろさま。可愛くて、優しくて。
10代男性
おしろさま、だいすき!おかしくれるし、まいごになったときおうちにとどけてくれたし、ふわふわしてるし。きのうはおうちにあそびにきてくれたよ。おばあちゃんとおはなししてた。ふたりともにこにこしてて、すっごくたのしそうだったな。でもね、ぱぱとままはないてたの。おむかえがどう、っていってた。どうしたのかな。なにかかなしいこと、あったのかな。
幼稚園生
俺凄いの見たことあるぜ!A山に探検しに行ったらさ、開けた場所でおしろさんが寝てたんだよ!枯葉の上で、尻尾を布団代わりにして狐みたいに。でもさ、不思議なんだよ。夏なのに、どうしてあんないっぱい枯葉が落っこちてたんだ?
小学生
お祭りの日、大抵おしろさんは元気ない。社の向こうの森に帰っておやすみしてる。凄く退屈そう。でも、去年の祭りにはおしろさん来てたんだ。みんな嘘だって言うけどマジだって。鳥居を爪でがりがりして、その後なにか投げ込んでた。真っ赤でどろっとしたなにか。動いてたし、たぶん生きてたと思う。あれ、なんだったんだろう。
中学生
仕事が忙しくてさ。ついこの間、本当に久しぶりに帰省したんだ。駅を出てすぐおしろさまに会ったよ。俺の顔見てすぐどっか行っちゃったけどな。なんだか凄く残念そうな顔でさ……帰らなかったのがだめだったのかな。それとも、帰ってきたのがだめだったのかな。
30代男性
え、あんたここで生まれた者じゃないのか?そうか、余所者はまずいな……いやいや、俺らは別に構わねえんだよ。俺らじゃなくて、おおしろさま。あの方は余所者、特に大人は好まねえのさ。とっくにあんたの存在には気づいちゃいると思うが、面と向かって顔は合わせん方がいいだろうね。手遅れになっちまうと、氏神さんでも手に負えんからなあ……
40代男性
おしろさま?ええと、日中は小学校の辺りをうろついてるはずだからそこを避ければ出逢ってしまうことはないはず。なぜって?それはほら、おしろさまって子供が好きだから。小学校だけじゃなくて、子供が好きそうな場所によくいるのよ。はあ、それにしてもはらはらしちゃうわよね……うちの子には失礼のないように言って聞かせてはいるけど、万が一のことがあったら、って……どうしても考えちゃうのよね。
20代女性
耳は四つ、手も四つ。足は二つですね。目は一対顔にあって、左目の上に角。口元は化粧が施されています。サーカスのピエロみたいな感じで、笑った顔に見えるようなやつ。あと左手に口、右手に目がついてます。ちゃんと機能してるんですよ。動いたり、よく聞くと何か喋ってたり。あと、尻尾の数は今は七尾。ああ、そうです。時代によって尾の数は違うらしいですよ。よくない噂も多いですけど、僕は好きです、おしろさま。可愛くて、優しくて。
10代男性
おしろさま、だいすき!おかしくれるし、まいごになったときおうちにとどけてくれたし、ふわふわしてるし。きのうはおうちにあそびにきてくれたよ。おばあちゃんとおはなししてた。ふたりともにこにこしてて、すっごくたのしそうだったな。でもね、ぱぱとままはないてたの。おむかえがどう、っていってた。どうしたのかな。なにかかなしいこと、あったのかな。
幼稚園生
俺凄いの見たことあるぜ!A山に探検しに行ったらさ、開けた場所でおしろさんが寝てたんだよ!枯葉の上で、尻尾を布団代わりにして狐みたいに。でもさ、不思議なんだよ。夏なのに、どうしてあんないっぱい枯葉が落っこちてたんだ?
小学生
お祭りの日、大抵おしろさんは元気ない。社の向こうの森に帰っておやすみしてる。凄く退屈そう。でも、去年の祭りにはおしろさん来てたんだ。みんな嘘だって言うけどマジだって。鳥居を爪でがりがりして、その後なにか投げ込んでた。真っ赤でどろっとしたなにか。動いてたし、たぶん生きてたと思う。あれ、なんだったんだろう。
中学生
仕事が忙しくてさ。ついこの間、本当に久しぶりに帰省したんだ。駅を出てすぐおしろさまに会ったよ。俺の顔見てすぐどっか行っちゃったけどな。なんだか凄く残念そうな顔でさ……帰らなかったのがだめだったのかな。それとも、帰ってきたのがだめだったのかな。
30代男性
スレチガイ。
2025-06-05
高校三年の春、咲良とはよく目が合った。
特別仲がいいわけでもないのに、気づくと視線の先に彼女がいた。
「またノート忘れてんの?」
「……ばれた?」
くすっと笑うその声に、胸がふっと軽くなる。何でもない会話が、何よりも心地よかった。
気づけば、好きになっていた。でも、何となく聞けなかった。咲良に、好きなやつがいるかどうか。
文化祭の準備で二人きりになった帰り道、俺はふいに聞いた。
「咲良ってさ、好きなやつとかいんの?」
彼女は少し間を置いて、首を横に振った。
「いないよ」
その答えに、なんだか安心したような、でも少しだけ虚しくなった。俺は、彼女の“誰か”にすらなれてないんだって思ったから。
それからしばらくして、俺は他の子と付き合った。咲良と少し距離を置きたくて。
でも、笑う彼女を見るたびに、胸の奥がチクチク痛んだ。誰よりも、咲良の笑顔が好きだった。
卒業式の日、彼女が校舎の裏で一人きりで泣いてるのを見つけた。声をかけずにはいられなかった。
「咲良、ずっと俺のこと避けてたよな」
「……そんなことないよ」
「俺ほんとは、咲良のこと、」
言いかけた言葉は、卒業の春風にさらわれた。
本当は、あの時“いるよ”って答えてほしかった。
できるなら、俺の名前で。
でももう、咲良はきっと前を向いている。
俺も、ちゃんと歩かないと。
それがたぶん、初恋の終わり。
特別仲がいいわけでもないのに、気づくと視線の先に彼女がいた。
「またノート忘れてんの?」
「……ばれた?」
くすっと笑うその声に、胸がふっと軽くなる。何でもない会話が、何よりも心地よかった。
気づけば、好きになっていた。でも、何となく聞けなかった。咲良に、好きなやつがいるかどうか。
文化祭の準備で二人きりになった帰り道、俺はふいに聞いた。
「咲良ってさ、好きなやつとかいんの?」
彼女は少し間を置いて、首を横に振った。
「いないよ」
その答えに、なんだか安心したような、でも少しだけ虚しくなった。俺は、彼女の“誰か”にすらなれてないんだって思ったから。
それからしばらくして、俺は他の子と付き合った。咲良と少し距離を置きたくて。
でも、笑う彼女を見るたびに、胸の奥がチクチク痛んだ。誰よりも、咲良の笑顔が好きだった。
卒業式の日、彼女が校舎の裏で一人きりで泣いてるのを見つけた。声をかけずにはいられなかった。
「咲良、ずっと俺のこと避けてたよな」
「……そんなことないよ」
「俺ほんとは、咲良のこと、」
言いかけた言葉は、卒業の春風にさらわれた。
本当は、あの時“いるよ”って答えてほしかった。
できるなら、俺の名前で。
でももう、咲良はきっと前を向いている。
俺も、ちゃんと歩かないと。
それがたぶん、初恋の終わり。
避暑
2025-06-04
Cut1
緑道の側のベンチでは、今日はどんな夏の音が鳴っているだろう。昨日は蝉時雨だった。一寸の歪みも無い単純なその音は、まるで私の想像力を洗い流すように、過去を憶み後悔を重ね、未来に怯え蹲り、碌に今と向き合えない私を現実に引き摺り戻すのだ。
家を出ると蒸し暑い風が身体にまとわりつく。たちまち湿ったシャツが焦ったい。あの日はこんな気分ではなかったはずだ。
緑道を潜り抜けると、頭上の雲は西に流れ、暖かな白南風が肌を撫でた。木陰に囲まれているベンチが見えてくる。濡れたベンチを拭き取り腰を下ろして目を閉じる。
雨も上がり静けさが広がった空間に、誰かの鳴き声だけが鳴り響いていた。
Cut2
眠れない夜は散歩に限るよなぁ。
家を出ると冷たい風が肌を刺す。昔のことも将来についても真剣に考えずマンネリ化した毎日を適当に過ごしている私にとって人の味がしないこの時間の空気はとても新鮮で、高揚してはどこまでも行ける気がした。見慣れない風景の中を歩く。風がだんだん暖かくなる。その暖かさにふと懐かしさを感じたとき、私は木々が並ぶ道のの入り口に立っていた。
足も疲れて少し休憩しようと思い座った側のベンチは少し濡れているような気がした。近頃は雨も降ってないのに。その些細な違和感が面白おかしくていろんな想像が膨らむ。
かれこれ考えているうちに日が昇り、気づけば蝉が鳴き始めていた。
またいつもの今日がやってくる。今になってようやく眠気が襲い始めた。
いやいや学校の支度のため家に戻る。昨晩と違い帰り道は億劫だ。
道中歩くにつれ強くなる蝉時雨をイヤホンでかき消した。
Orangestar様の「イヤホンと蝉時雨」をもとに勝手に作ってみました。
原曲:https://youtu.be/UBqPPkB_Ybc?si=d0NepdiVjuDZk_jG
緑道の側のベンチでは、今日はどんな夏の音が鳴っているだろう。昨日は蝉時雨だった。一寸の歪みも無い単純なその音は、まるで私の想像力を洗い流すように、過去を憶み後悔を重ね、未来に怯え蹲り、碌に今と向き合えない私を現実に引き摺り戻すのだ。
家を出ると蒸し暑い風が身体にまとわりつく。たちまち湿ったシャツが焦ったい。あの日はこんな気分ではなかったはずだ。
緑道を潜り抜けると、頭上の雲は西に流れ、暖かな白南風が肌を撫でた。木陰に囲まれているベンチが見えてくる。濡れたベンチを拭き取り腰を下ろして目を閉じる。
雨も上がり静けさが広がった空間に、誰かの鳴き声だけが鳴り響いていた。
Cut2
眠れない夜は散歩に限るよなぁ。
家を出ると冷たい風が肌を刺す。昔のことも将来についても真剣に考えずマンネリ化した毎日を適当に過ごしている私にとって人の味がしないこの時間の空気はとても新鮮で、高揚してはどこまでも行ける気がした。見慣れない風景の中を歩く。風がだんだん暖かくなる。その暖かさにふと懐かしさを感じたとき、私は木々が並ぶ道のの入り口に立っていた。
足も疲れて少し休憩しようと思い座った側のベンチは少し濡れているような気がした。近頃は雨も降ってないのに。その些細な違和感が面白おかしくていろんな想像が膨らむ。
かれこれ考えているうちに日が昇り、気づけば蝉が鳴き始めていた。
またいつもの今日がやってくる。今になってようやく眠気が襲い始めた。
いやいや学校の支度のため家に戻る。昨晩と違い帰り道は億劫だ。
道中歩くにつれ強くなる蝉時雨をイヤホンでかき消した。
Orangestar様の「イヤホンと蝉時雨」をもとに勝手に作ってみました。
原曲:https://youtu.be/UBqPPkB_Ybc?si=d0NepdiVjuDZk_jG
わたしはホンモノ
2025-06-04
ばれてない ばれないわ わたしがニセモノだってこと
それならば それならさ わたしはホンモノだってこと?
みえてない みせないわ わたしの仮面のうらがわは
見ないでよ 無粋だわ きれいな仮面を愛してね
それだけが それこそが わたしのほんとうだってこと
それならば それならさ わたしはホンモノだってこと?
みえてない みせないわ わたしの仮面のうらがわは
見ないでよ 無粋だわ きれいな仮面を愛してね
それだけが それこそが わたしのほんとうだってこと
ガーベラ
2025-05-16
あなたへ
あなたのいる記憶の断片の、その匂いをたどって私は泣きそうです。日が暮れた雨上がりの、霧が晴れたばかりの散歩道でみずたまりを飛び越えようとした、その時に。みずたまりは道路の凹みにそって二メートル向こうまで広がる大きなものでしたから、私はそれを飛び越すことができずに、じゃぶ。そのような音がしてみずたまりに足が着きました。
その時あなたがいなくなってしまったことを、思い出したのです。
あなたがいなくなってからもう随分経ちますから、思い出すことも少なくなってきたというのに今この瞬間に、あなたを失った悲しみをまた、思い出したのです。
私は空を見上げました。どんな時でも空は遠いのですね。なんだか私は、ずいぶんと遠くまで来てしまった気がします。とてもとても、遠くの、心細いところまで、一人で。
「あの時、あなたを追って死んだなら良かったのだろうか」そう、なんど思ったことでしょう。今の私には、何も残っていない。生きるための力も、死ぬための力も。頭の中はあなたが死んだ時から、深い霧に閉ざされました。何を見てもただ通り過ぎるだけで、心はとうとう、動かないのです。
誰と笑っても、笑っているこの自分は果たして誰なのだろうと、不思議に眺めているだけなのです。この虚しさが、伝わるでしょうか。過度に恐怖し悲しむことはないけれど、喜びや安らぎも受け取れない。
思考が、感情が、働かない。ピッタリと止まって何もない場所で、あるいは浮かんでは消える幻想の中で、私はとうとう一人きりなのです。悲しいとは思いません。嬉しいとも到底、思わないのですが。だからあの時、連れて行ってくれたらよかったのに。急いで一人で行ってしまうのは、あなたの悪い癖ですね。
ではまた。
伊織
私は筆を置いた。あなたへの切手のない手紙はもうすぐ百通になる。
「これではまるで、孤独な手記のようね。」
私はふふ、と笑ってみた。最近はだんだんと誰に向かって書いているのか分からなくなってきて、ほとんど手記のようなのだ。
外は雨。あの人が消えた日も、こんな大雨の日だった。そう思い出し、窓を開ける。雨の匂いがして大粒の雨粒が吹き込み、描きかけの油絵と私の皮膚を濡らした。
あぁ、孤独だ。それはただただつめたいもので、地の底まで深く沈んでいくような感覚だった。私は朝を迎えることなどあるのだろうか。寝る時は毎日そんなことを考えている。私は雨に濡れた森林の香りを吸い込むと、ベッドに潜り、孤独と二人きりで眠りについた。
雨が強くなり、風が出てきた。開きっぱなしの窓から入った雨粒が部屋を濡らす。窓辺では、雨粒にうたれた花瓶のガーベラが一枚、花弁を落としたようだった。
あなたのいる記憶の断片の、その匂いをたどって私は泣きそうです。日が暮れた雨上がりの、霧が晴れたばかりの散歩道でみずたまりを飛び越えようとした、その時に。みずたまりは道路の凹みにそって二メートル向こうまで広がる大きなものでしたから、私はそれを飛び越すことができずに、じゃぶ。そのような音がしてみずたまりに足が着きました。
その時あなたがいなくなってしまったことを、思い出したのです。
あなたがいなくなってからもう随分経ちますから、思い出すことも少なくなってきたというのに今この瞬間に、あなたを失った悲しみをまた、思い出したのです。
私は空を見上げました。どんな時でも空は遠いのですね。なんだか私は、ずいぶんと遠くまで来てしまった気がします。とてもとても、遠くの、心細いところまで、一人で。
「あの時、あなたを追って死んだなら良かったのだろうか」そう、なんど思ったことでしょう。今の私には、何も残っていない。生きるための力も、死ぬための力も。頭の中はあなたが死んだ時から、深い霧に閉ざされました。何を見てもただ通り過ぎるだけで、心はとうとう、動かないのです。
誰と笑っても、笑っているこの自分は果たして誰なのだろうと、不思議に眺めているだけなのです。この虚しさが、伝わるでしょうか。過度に恐怖し悲しむことはないけれど、喜びや安らぎも受け取れない。
思考が、感情が、働かない。ピッタリと止まって何もない場所で、あるいは浮かんでは消える幻想の中で、私はとうとう一人きりなのです。悲しいとは思いません。嬉しいとも到底、思わないのですが。だからあの時、連れて行ってくれたらよかったのに。急いで一人で行ってしまうのは、あなたの悪い癖ですね。
ではまた。
伊織
私は筆を置いた。あなたへの切手のない手紙はもうすぐ百通になる。
「これではまるで、孤独な手記のようね。」
私はふふ、と笑ってみた。最近はだんだんと誰に向かって書いているのか分からなくなってきて、ほとんど手記のようなのだ。
外は雨。あの人が消えた日も、こんな大雨の日だった。そう思い出し、窓を開ける。雨の匂いがして大粒の雨粒が吹き込み、描きかけの油絵と私の皮膚を濡らした。
あぁ、孤独だ。それはただただつめたいもので、地の底まで深く沈んでいくような感覚だった。私は朝を迎えることなどあるのだろうか。寝る時は毎日そんなことを考えている。私は雨に濡れた森林の香りを吸い込むと、ベッドに潜り、孤独と二人きりで眠りについた。
雨が強くなり、風が出てきた。開きっぱなしの窓から入った雨粒が部屋を濡らす。窓辺では、雨粒にうたれた花瓶のガーベラが一枚、花弁を落としたようだった。
しがらみ
2025-05-10
このごろ、私の頭は、たんまり白髪が増えたようである。もとから、真っ黒の美しい髪であった訳ではない。十一の時に、後ろの席の女の子が見つけて以来、私は白髪と共に生きている。迷信によれば、若白髪が生えている人は将来お金持ちになれるらしい。私は、髪を切りに行く度、理容師が律儀にソレを取ってくれるのが、恥ずかしくてたまらなく嫌だ。
白髪も、紅葉のように美しかったらいいのに。
美人というものは、髪が一色にまとまっており、艶があるものである。若白髪が非常に多い美人というのは、あまり聞いたことがないように思われる。想像するのも、むずかしい。若白髪が多い人は、そのすべてを素直にあきらめて、達観し、誰彼の祖父母であるかのように、肝を据えることを心掛けていくより他に仕様がないようである。
白髪も、紅葉のように美しかったらいいのに。
美人というものは、髪が一色にまとまっており、艶があるものである。若白髪が非常に多い美人というのは、あまり聞いたことがないように思われる。想像するのも、むずかしい。若白髪が多い人は、そのすべてを素直にあきらめて、達観し、誰彼の祖父母であるかのように、肝を据えることを心掛けていくより他に仕様がないようである。
ラブレター
2025-05-06
世界は美しいと私は言い切れる。あなたがいるから。いてくれるから。今、あなたへの激重ラブレターを書きながらも泣きそうになるくらい、私にとってあなたは唯一無二で絶対の存在だよ。神様なの。
あなたと出会う前、世界はひたすらに濁っていた。息をしようともがくのに必死で、「何者」になれない自分が情けなかった。幼いときはただ自分が自分であることを肯定できた。
それなのに急に何?社会的に見て正しい中学生、高校生、大学生、社会人になることが良しとされてさ。いつのまにかその流れに置いていかれないように私も必死になっちゃってたしさ(笑)。だけどね、やっぱり疲れちゃったの。もう息ができないなって思っちゃったの。
そう思ってから事態はより最悪な方向へまっしぐら。正しい人への道から逃避した私に何の価値もない。まさに鬱。精神科の常連にもなって、毎日薬を飲んで眠りについた。そんなクソみたいな私の日々に差した一筋の光。それがあなたなんだよ。
あなたと初めて会った時、なんて美しいんだろうと思った。あなたを知っていくうちに、ちょっとだけ眠りが深くなった。大嫌いだったSNSの中で素敵な言葉をみつけたり、うつむいて歩いていた時には見向きもしなかったかわいい花が咲く木に出会えたりした。この世は地獄。大昔の人も今を生きる私たちもそう感じている。だけどね、その割に世界は美しすぎない?木々のざわめき。温かいご飯。笑い声。あなた。あまりにも大切で、愛おしくてたまらない。これに気づけて本当に良かった。あなたのおかげだよ。本当にありがとう。
きっとこれからも世界はクソ。だけど美しい。それをあなたにも時々気づいてほしいな。私にはあなたが何を美しいと感じるかわからないから、ただ祈ることしかできないけれど。
最後に私の大切な言葉をあなたに贈らせてほしい。まだまだ未熟だから自分の言葉ではないけれど、いつかは私自身の言葉を贈らせてください。
「どうぞ愉快にお暮らしのよう、押し寄せる倦怠の少ないよう、祈ります。」
中原中也
あなたと出会う前、世界はひたすらに濁っていた。息をしようともがくのに必死で、「何者」になれない自分が情けなかった。幼いときはただ自分が自分であることを肯定できた。
それなのに急に何?社会的に見て正しい中学生、高校生、大学生、社会人になることが良しとされてさ。いつのまにかその流れに置いていかれないように私も必死になっちゃってたしさ(笑)。だけどね、やっぱり疲れちゃったの。もう息ができないなって思っちゃったの。
そう思ってから事態はより最悪な方向へまっしぐら。正しい人への道から逃避した私に何の価値もない。まさに鬱。精神科の常連にもなって、毎日薬を飲んで眠りについた。そんなクソみたいな私の日々に差した一筋の光。それがあなたなんだよ。
あなたと初めて会った時、なんて美しいんだろうと思った。あなたを知っていくうちに、ちょっとだけ眠りが深くなった。大嫌いだったSNSの中で素敵な言葉をみつけたり、うつむいて歩いていた時には見向きもしなかったかわいい花が咲く木に出会えたりした。この世は地獄。大昔の人も今を生きる私たちもそう感じている。だけどね、その割に世界は美しすぎない?木々のざわめき。温かいご飯。笑い声。あなた。あまりにも大切で、愛おしくてたまらない。これに気づけて本当に良かった。あなたのおかげだよ。本当にありがとう。
きっとこれからも世界はクソ。だけど美しい。それをあなたにも時々気づいてほしいな。私にはあなたが何を美しいと感じるかわからないから、ただ祈ることしかできないけれど。
最後に私の大切な言葉をあなたに贈らせてほしい。まだまだ未熟だから自分の言葉ではないけれど、いつかは私自身の言葉を贈らせてください。
「どうぞ愉快にお暮らしのよう、押し寄せる倦怠の少ないよう、祈ります。」
中原中也
明日のこと
2025-05-05
それは昨日の夜のこと、山の谷合に細い三日月の見える夜のことだった。
私は「明日」を探していた。私は予定がなくては未来の自分が存在していることが信じられず、いつも一日一つ予定を入れている。日々の暮らしでは足りないのだ。私と周りの音や空気の動きについての知見が、足りないのだ。
例えば林檎を齧る音を想像する。カリッと爽快な音でもしただろうか。いい香りがしただろうか。しかしそれでは足りない。本来の林檎の独特の手触りと冷たさ、そして歯が入っていく感覚、意外と固くてむしゃり、と音がしたあとで割れる感じ、その全てを私は脳で再生できなければ、そしてそのりんごを齧る自分が未来にいるとする決定的なことがなければ、その未来を信じられない。例えば明後日の朝にケーキや果物が届くとか、それを剥いて食べようと同居人が言っていたとか、そういう予定がなければならないのだ。私の意思と関係なしにやってくるもの。それの存在によって私の未来は手に入る。
しかしこれを想像に頼ろうとすると、途端に儚いのだ。二つ音を用意する。しかしそのどちらもが現実の林檎を食む音とはかけ離れている。違うことについては敏感に感じ取れるのに、あの音は頭にない。
これが、私が明日がこないと思ってる理由だった。想像ができないなら林檎を手に取って食べたらいいのに。それが出来ないことが私から明日を遠ざけていた。
「庭の冬蜜柑はどうだろうか。」
私が出口のない考えの中を巡っていると、彼の声がそう聞いた。
「今年も相変わらず鈴なりよ。」
「なら明日、取りに行こうか。」
私は口の端をすいと上げて頷いた。あなたは私の顔を見ると機嫌を良くし一階の居室へ降りていった。
私はほっとして、静かに胸を撫で下ろす。
こうして私の「明日」が生まれた。
私の未来は、作ってくれる人がいなければ数歩先で消え失せてしまうもの。明日とて確証など生まれない。近くにあるからと言って、手を伸ばせば伸ばすほどに触れられぬと知るだけだ。嫌なあの子も知っての通り、私の時間は頼りない。いつも泣きそうな顔の六歳の私がこっちを見ている。
「そんな風に生きるなんて、許しを乞うつもり?」
彼女はそう言ってまた、泣いた。私は彼女が嫌いだ。弱々しくて、記憶の通りすぐに泣く。しかし私は彼女を救いたいと思っている。彼女を救うことで私も救われるのではないかと思っている。
彼女に向かって手を伸ばす。ねぇ何が怖いの、何が痛いの、私に教えてちょうだい、と。けれど届かない。どうにも私の手は、彼女に届かない。
「ごめんね。もう行かなきゃ。」
私は六歳の彼女から離れ、反対側を向いて歩き出した。
私は「明日」を探していた。私は予定がなくては未来の自分が存在していることが信じられず、いつも一日一つ予定を入れている。日々の暮らしでは足りないのだ。私と周りの音や空気の動きについての知見が、足りないのだ。
例えば林檎を齧る音を想像する。カリッと爽快な音でもしただろうか。いい香りがしただろうか。しかしそれでは足りない。本来の林檎の独特の手触りと冷たさ、そして歯が入っていく感覚、意外と固くてむしゃり、と音がしたあとで割れる感じ、その全てを私は脳で再生できなければ、そしてそのりんごを齧る自分が未来にいるとする決定的なことがなければ、その未来を信じられない。例えば明後日の朝にケーキや果物が届くとか、それを剥いて食べようと同居人が言っていたとか、そういう予定がなければならないのだ。私の意思と関係なしにやってくるもの。それの存在によって私の未来は手に入る。
しかしこれを想像に頼ろうとすると、途端に儚いのだ。二つ音を用意する。しかしそのどちらもが現実の林檎を食む音とはかけ離れている。違うことについては敏感に感じ取れるのに、あの音は頭にない。
これが、私が明日がこないと思ってる理由だった。想像ができないなら林檎を手に取って食べたらいいのに。それが出来ないことが私から明日を遠ざけていた。
「庭の冬蜜柑はどうだろうか。」
私が出口のない考えの中を巡っていると、彼の声がそう聞いた。
「今年も相変わらず鈴なりよ。」
「なら明日、取りに行こうか。」
私は口の端をすいと上げて頷いた。あなたは私の顔を見ると機嫌を良くし一階の居室へ降りていった。
私はほっとして、静かに胸を撫で下ろす。
こうして私の「明日」が生まれた。
私の未来は、作ってくれる人がいなければ数歩先で消え失せてしまうもの。明日とて確証など生まれない。近くにあるからと言って、手を伸ばせば伸ばすほどに触れられぬと知るだけだ。嫌なあの子も知っての通り、私の時間は頼りない。いつも泣きそうな顔の六歳の私がこっちを見ている。
「そんな風に生きるなんて、許しを乞うつもり?」
彼女はそう言ってまた、泣いた。私は彼女が嫌いだ。弱々しくて、記憶の通りすぐに泣く。しかし私は彼女を救いたいと思っている。彼女を救うことで私も救われるのではないかと思っている。
彼女に向かって手を伸ばす。ねぇ何が怖いの、何が痛いの、私に教えてちょうだい、と。けれど届かない。どうにも私の手は、彼女に届かない。
「ごめんね。もう行かなきゃ。」
私は六歳の彼女から離れ、反対側を向いて歩き出した。
コインランドリー
2025-04-27
深夜0時。貯めに貯めた洗濯物を持って、コインランドリーへ行く。
「冷えるな。洗濯物、溜めすぎたか……」
僕は洗濯物を入れた袋を背負い、深夜の道を歩いた。足が重い。上京してからなんだかんだ仕事以外でも用事が重なって、今日までろくに休めていないのだ。大好きだったはずの夜空を見上げても、東京の空には星がない。月だけがぽつりと浮かぶので田舎生まれで季節によって移ろう星空を見上げて育った自分の目には、その夜空はとても寂しく映った。
「こんばんは」
僕はコインランドリーの扉を開けた。10畳か12畳くらいの部屋に洗濯機が並び、真ん中には椅子が三つとその真ん中に机が一つ。そこに一人の老人とサラリーマンらしきスーツ姿の男性が座って新聞を読んでいた。夜中でも意外と人がいるのだな、と思い僕は服を鉄製の洗濯機に入れ、洗剤と柔軟剤を入れて回した。
僕は昔からコインランドリーが好きだった。だから一人暮らしの今でも洗濯機を買わず、コインランドリーで洗濯をしている。温かく湿度のある空気が鼻奥まで届いてくる感じと、ずっとかかっているラジオ。柔軟剤の控えめな匂い。あとは機械の匂いなのだろうか、なんだか独特のここにしかない匂いがする。時々用もないのに入って、缶コーヒーを開けて一服することもあるほど僕はこの場所が好きだ。しかしやっぱり洗濯機は家にあるべきだ。ここまで洗濯物を運ぶのは、すごく手間だ。心身に余裕があるときならいいのだけれど、癒しだったはずのコインランドリーも今や重荷になってしまっている。
「歩くほどに踊るほどに、ふざけながら じらしながら。薔薇より美しい、ああ君は変った。」
ラジオでは布施明さんの君は薔薇より美しいが流れている。静かなコインランドリー内に熱烈な恋の曲が響く。あぁ、この音の乱雑な感じも好きだったなんだよな、と僕は目を閉じてラジオを聞いた。
「洗濯が終わりました。クールダウンしています。」
ラジオを遮りアナウンスが響く。僕は重い腰を上げて、洗濯物を取りに行った。固く絞られ冷たい洗濯物を取りこむ。それを持って、あとは入口付近にある水槽の二匹の金魚が元気であるか確認をして、僕は外へ出た。
ひんやりと冷えた空気に、星のない空。最後にゆっくり星を見たのはいつだったろう。僕はふと、田舎の母に電話をかけた。
「あのさ母さん、そう、俺だけど。今年のゴールデンウィークだけどさ、そうそう。それでさ、一旦帰るわ。うん。今年の。そういうことだから、じゃあね。はい、はい。」
電話ではなんだか照れ臭くて、急いで切ってしまった。久しぶりに聞いた母の声は、僕に故郷を思い起こさせた。
僕は帰路に着くと、星空を見上げてみた。僕の視界には、月も星も見えない。けれど僕はこの街で、頑張っていくと決めたのだ。
僕は道端の可愛らしいすみれを一輪、摘んだ。家には実家から持ってきた、小さな青色のガラスの花瓶がある。
「冷えるな。洗濯物、溜めすぎたか……」
僕は洗濯物を入れた袋を背負い、深夜の道を歩いた。足が重い。上京してからなんだかんだ仕事以外でも用事が重なって、今日までろくに休めていないのだ。大好きだったはずの夜空を見上げても、東京の空には星がない。月だけがぽつりと浮かぶので田舎生まれで季節によって移ろう星空を見上げて育った自分の目には、その夜空はとても寂しく映った。
「こんばんは」
僕はコインランドリーの扉を開けた。10畳か12畳くらいの部屋に洗濯機が並び、真ん中には椅子が三つとその真ん中に机が一つ。そこに一人の老人とサラリーマンらしきスーツ姿の男性が座って新聞を読んでいた。夜中でも意外と人がいるのだな、と思い僕は服を鉄製の洗濯機に入れ、洗剤と柔軟剤を入れて回した。
僕は昔からコインランドリーが好きだった。だから一人暮らしの今でも洗濯機を買わず、コインランドリーで洗濯をしている。温かく湿度のある空気が鼻奥まで届いてくる感じと、ずっとかかっているラジオ。柔軟剤の控えめな匂い。あとは機械の匂いなのだろうか、なんだか独特のここにしかない匂いがする。時々用もないのに入って、缶コーヒーを開けて一服することもあるほど僕はこの場所が好きだ。しかしやっぱり洗濯機は家にあるべきだ。ここまで洗濯物を運ぶのは、すごく手間だ。心身に余裕があるときならいいのだけれど、癒しだったはずのコインランドリーも今や重荷になってしまっている。
「歩くほどに踊るほどに、ふざけながら じらしながら。薔薇より美しい、ああ君は変った。」
ラジオでは布施明さんの君は薔薇より美しいが流れている。静かなコインランドリー内に熱烈な恋の曲が響く。あぁ、この音の乱雑な感じも好きだったなんだよな、と僕は目を閉じてラジオを聞いた。
「洗濯が終わりました。クールダウンしています。」
ラジオを遮りアナウンスが響く。僕は重い腰を上げて、洗濯物を取りに行った。固く絞られ冷たい洗濯物を取りこむ。それを持って、あとは入口付近にある水槽の二匹の金魚が元気であるか確認をして、僕は外へ出た。
ひんやりと冷えた空気に、星のない空。最後にゆっくり星を見たのはいつだったろう。僕はふと、田舎の母に電話をかけた。
「あのさ母さん、そう、俺だけど。今年のゴールデンウィークだけどさ、そうそう。それでさ、一旦帰るわ。うん。今年の。そういうことだから、じゃあね。はい、はい。」
電話ではなんだか照れ臭くて、急いで切ってしまった。久しぶりに聞いた母の声は、僕に故郷を思い起こさせた。
僕は帰路に着くと、星空を見上げてみた。僕の視界には、月も星も見えない。けれど僕はこの街で、頑張っていくと決めたのだ。
僕は道端の可愛らしいすみれを一輪、摘んだ。家には実家から持ってきた、小さな青色のガラスの花瓶がある。
実験
2025-04-27
あ
どかん
2025-04-24
「ふーっ……」
俺はわざとらしく大きく煙を吐き出す。
身体に染み付くほど嗅ぎ慣れた、もはや俺の臭いとも言える煙が立ち上っていく。
「……はぁ」
俺はうるさく光るビルたちを見ては溜息を吐き、口元の煙草を見ては煙を吐く。
黄色く光る窓に映る黒い像が忙しなく走り回っていて、俺は不謹慎にも鼻で笑ってしまう。
そんなに騒いだってどうせ無駄だ、諦めてしまうのが楽だ。
「……」
無気力でいる俺の胸中とは裏腹に、俺の足はどこかを目指してゆっくりと進み続ける。
「痛っ」
必死の形相で走ってきた輩にぶつかった。
よく人と肩がぶつかる日だな。
それなのに、ぶつかってくる誰もごめんなさいの一つも言いやしない。
仕返しに、吸い終わった煙草を今ぶつかってきたやつの胸ポケットに入れてやった。
けっ、これでお前は焦げ乳首だ。
心の中で捨て台詞を吐きながら新しい煙草に火をつける。
地道に貯金して買った、シルバーのジッポライターで。
俺はこのライターの音が好きだ。
蓋を開けるときに鳴る金属音も、手に包まれた中でぼっと小さく火がつく音も。
ま、この喧騒の中じゃ聴こえるわけはないんだが。
「ふーっ……」
俺は人に煙がぶつからないよう、上を向いて煙を吐いた。
そのおかげか、打ち上げ途中の花火みたいに激しく光る流星が見えた。
その流星の輝きは一等星なんて非じゃない、もしかしたら太陽と比べても。
本当だったら黒が広がり続けるだけの空が、赤く輝いている。
「綺麗だ」
その言葉は、流星に対してじゃない。
流石にあんなものにそんな感情を抱くほど俺は破滅思想じゃない。
俺が綺麗だと言ったものは、もうすぐそこまで迫っている。
赤く点滅する煙草の火が、白い部分を徐々に侵食して炭にしていく。
そして、ぽろっと落ちる。
緑色のパーカーに灰がついた。
お気に入りだったのに。
まぁ、もう関係ないか。
「はーっ……」
俺は煙を正面に吐いた。
もう前から来る奴らがいなくなったからだ。
よくよく考えたら、これから関わることもない人間にわざわざ気遣う義理もなかったか。
……いや、徳を積むことは大事か。
人間というのは本当に愚かな生き物だな、直前だけいい顔したって大した意味もないのによ。
そうこう考えていたら、進み続けていた俺の足が止まった。
「……」
そこに見えるは、先ほどよりも赤く眩しくなった世界に、昔と変わらない公園。
反射で目を細めてしまうくらい眩しくなったのに変わらず白い光を放つ街灯を見ていると、門限を過ぎて怒られたあの日が頭を過ぎる。
あの頃はよくやんちゃしたものだ。
ブランコで一回転したこともあったけなぁ……
「……さむっ……」
全身がぶるぶるっと震える。
俺は煙草を公園のゴミ箱に捨て、横向きに倒れた自動販売機を見下ろす。
よく見ると、鍵が壊れて中の飲み物が取り放題状態になっている。
俺は200円をその場に置き、缶コーヒーを一本とった。
「釣りはいらにゃいぜ」
噛んだ。
誰にも向けてないかっこつけの言葉で。
あー恥ずかし。
俺は入り口からお行儀よく公園に入り、ベンチの端っこに座った。
真ん中で座ってたら、次座りたい人が座れないからな。
な、神様。
俺はいい子ちゃんだろ?
「うぅっ……」
また全身がブルっと震える。
寒すぎる……バカなこと言ってないでコーヒー飲むか。
かちゃっと音をたてて缶を開け、唇につけて傾ける。
「……ぬるい」
自販機の電気を通すコードかなんかが切れてたのか、缶コーヒーは俺の身体を温めてはくれなかった。
薄情者め……
でも、いい香りがする。
あったかかったら、もう言うことは無かったんだが。
最後くらいいいじゃねぇかよ、あったかいコーヒー飲ませてくれたって。
「んっ……んっ……」
ぬるくなって別に美味くもないコーヒーを、俺は無心で飲み干した。
今日じゃ無かったらその辺の排水溝にジャバーだ。
今日だからこそ捨てても良かったんだがな。
「よっこらせ……」
俺はゆっくり立ち上がり、空の缶を分別用のゴミ箱に捨てる。
「……」
空を見上げた。
もう、肉眼で見ることはできないくらい眩しい。
……途中まで吸うくらいの時間はあるかな。
善は急げだ。
箱から煙草を取り出して咥える。
ポッケのライター取り出して……ん?
俺はズボンのポッケを叩いたり、パーカーのポケットを叩いたりする。
……空だ。
流石にこれは酷いだろ、神様。
……胸ポケットに煙草を放り込んだ罰か?
「……ま、いい子ちゃんにした意味はあったってことかな」
俺は白い煙草が一気に黒くなるのを見届けてから、そっと目を閉じた。
俺はわざとらしく大きく煙を吐き出す。
身体に染み付くほど嗅ぎ慣れた、もはや俺の臭いとも言える煙が立ち上っていく。
「……はぁ」
俺はうるさく光るビルたちを見ては溜息を吐き、口元の煙草を見ては煙を吐く。
黄色く光る窓に映る黒い像が忙しなく走り回っていて、俺は不謹慎にも鼻で笑ってしまう。
そんなに騒いだってどうせ無駄だ、諦めてしまうのが楽だ。
「……」
無気力でいる俺の胸中とは裏腹に、俺の足はどこかを目指してゆっくりと進み続ける。
「痛っ」
必死の形相で走ってきた輩にぶつかった。
よく人と肩がぶつかる日だな。
それなのに、ぶつかってくる誰もごめんなさいの一つも言いやしない。
仕返しに、吸い終わった煙草を今ぶつかってきたやつの胸ポケットに入れてやった。
けっ、これでお前は焦げ乳首だ。
心の中で捨て台詞を吐きながら新しい煙草に火をつける。
地道に貯金して買った、シルバーのジッポライターで。
俺はこのライターの音が好きだ。
蓋を開けるときに鳴る金属音も、手に包まれた中でぼっと小さく火がつく音も。
ま、この喧騒の中じゃ聴こえるわけはないんだが。
「ふーっ……」
俺は人に煙がぶつからないよう、上を向いて煙を吐いた。
そのおかげか、打ち上げ途中の花火みたいに激しく光る流星が見えた。
その流星の輝きは一等星なんて非じゃない、もしかしたら太陽と比べても。
本当だったら黒が広がり続けるだけの空が、赤く輝いている。
「綺麗だ」
その言葉は、流星に対してじゃない。
流石にあんなものにそんな感情を抱くほど俺は破滅思想じゃない。
俺が綺麗だと言ったものは、もうすぐそこまで迫っている。
赤く点滅する煙草の火が、白い部分を徐々に侵食して炭にしていく。
そして、ぽろっと落ちる。
緑色のパーカーに灰がついた。
お気に入りだったのに。
まぁ、もう関係ないか。
「はーっ……」
俺は煙を正面に吐いた。
もう前から来る奴らがいなくなったからだ。
よくよく考えたら、これから関わることもない人間にわざわざ気遣う義理もなかったか。
……いや、徳を積むことは大事か。
人間というのは本当に愚かな生き物だな、直前だけいい顔したって大した意味もないのによ。
そうこう考えていたら、進み続けていた俺の足が止まった。
「……」
そこに見えるは、先ほどよりも赤く眩しくなった世界に、昔と変わらない公園。
反射で目を細めてしまうくらい眩しくなったのに変わらず白い光を放つ街灯を見ていると、門限を過ぎて怒られたあの日が頭を過ぎる。
あの頃はよくやんちゃしたものだ。
ブランコで一回転したこともあったけなぁ……
「……さむっ……」
全身がぶるぶるっと震える。
俺は煙草を公園のゴミ箱に捨て、横向きに倒れた自動販売機を見下ろす。
よく見ると、鍵が壊れて中の飲み物が取り放題状態になっている。
俺は200円をその場に置き、缶コーヒーを一本とった。
「釣りはいらにゃいぜ」
噛んだ。
誰にも向けてないかっこつけの言葉で。
あー恥ずかし。
俺は入り口からお行儀よく公園に入り、ベンチの端っこに座った。
真ん中で座ってたら、次座りたい人が座れないからな。
な、神様。
俺はいい子ちゃんだろ?
「うぅっ……」
また全身がブルっと震える。
寒すぎる……バカなこと言ってないでコーヒー飲むか。
かちゃっと音をたてて缶を開け、唇につけて傾ける。
「……ぬるい」
自販機の電気を通すコードかなんかが切れてたのか、缶コーヒーは俺の身体を温めてはくれなかった。
薄情者め……
でも、いい香りがする。
あったかかったら、もう言うことは無かったんだが。
最後くらいいいじゃねぇかよ、あったかいコーヒー飲ませてくれたって。
「んっ……んっ……」
ぬるくなって別に美味くもないコーヒーを、俺は無心で飲み干した。
今日じゃ無かったらその辺の排水溝にジャバーだ。
今日だからこそ捨てても良かったんだがな。
「よっこらせ……」
俺はゆっくり立ち上がり、空の缶を分別用のゴミ箱に捨てる。
「……」
空を見上げた。
もう、肉眼で見ることはできないくらい眩しい。
……途中まで吸うくらいの時間はあるかな。
善は急げだ。
箱から煙草を取り出して咥える。
ポッケのライター取り出して……ん?
俺はズボンのポッケを叩いたり、パーカーのポケットを叩いたりする。
……空だ。
流石にこれは酷いだろ、神様。
……胸ポケットに煙草を放り込んだ罰か?
「……ま、いい子ちゃんにした意味はあったってことかな」
俺は白い煙草が一気に黒くなるのを見届けてから、そっと目を閉じた。
嵩茉経由、市乗駅行き(プロット)
2025-04-23
!プロットです!
嵩茉(たかまつ)というバス停を経由し市乗(いちじょう)駅という駅に向かうバスに乗っている人を登場人物とし、複数の章に分けてそれぞれ何を考えているのか、どのような暮らしをしているかなどを切り取る。(章それぞれは短め)
【一章】護円駅
会社に向かうサラリーマンを主人公とする。
「なんで護円駅と市乗駅が違う路線なんだよ、直線距離だと近いのにさぁ、ほんとやになっっちゃうよねぇ.......~~~」
【二章】西荒木中学校
彼氏と遊びに行く女子大学生を主人公とする。
「危うくバスになり遅れるところだった!新しく買った厚底スニーカーはまだ慣れていなくて転びそうになったし、走ったから髪もちょっとボサボサ。でも集合時間より早くバス着くから、大丈夫。一旦手で整えておいて....~~~」
【三章】嵩茉
学校に向かう高校生の女の子を主人公とする。
「南無阿弥陀仏に節をつけて詠唱し、拍子に合わせてーー踊念仏。伊勢神宮の神官でーー度会家行。....~~~」
【四章】清早公民館
足を怪我した男性を主人公とする。
「どうぞ座ってください。僕はこの言葉が大好きだった。大好き、だった。....~~~~」
【五章】市乗駅
このバスの運転手を主人公とする。
「....~~~気をつけて、いってらっしゃい!」
嵩茉(たかまつ)というバス停を経由し市乗(いちじょう)駅という駅に向かうバスに乗っている人を登場人物とし、複数の章に分けてそれぞれ何を考えているのか、どのような暮らしをしているかなどを切り取る。(章それぞれは短め)
【一章】護円駅
会社に向かうサラリーマンを主人公とする。
「なんで護円駅と市乗駅が違う路線なんだよ、直線距離だと近いのにさぁ、ほんとやになっっちゃうよねぇ.......~~~」
【二章】西荒木中学校
彼氏と遊びに行く女子大学生を主人公とする。
「危うくバスになり遅れるところだった!新しく買った厚底スニーカーはまだ慣れていなくて転びそうになったし、走ったから髪もちょっとボサボサ。でも集合時間より早くバス着くから、大丈夫。一旦手で整えておいて....~~~」
【三章】嵩茉
学校に向かう高校生の女の子を主人公とする。
「南無阿弥陀仏に節をつけて詠唱し、拍子に合わせてーー踊念仏。伊勢神宮の神官でーー度会家行。....~~~」
【四章】清早公民館
足を怪我した男性を主人公とする。
「どうぞ座ってください。僕はこの言葉が大好きだった。大好き、だった。....~~~~」
【五章】市乗駅
このバスの運転手を主人公とする。
「....~~~気をつけて、いってらっしゃい!」
紀行記
2025-04-20
人生百年時代。この言葉ほど反吐が出るものはない。寿命を無駄に伸ばして何の意味があるだろうか。いや、まったく意味なんてない。人はいずれ老い、そして死んでいく。これは、誰にでも当たり前に訪れる「死」を、ただ単に恐怖の対象として忌み嫌ってきた人類の過ちといえる。まあ、こう言っている張本人の私も死ぬのは怖い。信じられないほど怖い。まだ死んでないからだ。死んだ後を知らないからだ。未知数なものを私たちは恐れる。遠ざけようとする。だから知ろうと思う。果たして、ただ「死」に向かっていく人生に延ばす価値はあるだろうか。その答えを得られるのは百年後になるだろう。これは私の「死」への紀行記だ。
また、ブルターニュで
2024-06-26
毎週日曜日は日本橋にある喫茶店”オーベルニュ”に行く。
いつも決まってクラブハウスサンドとフルーツの入った紅茶を頼む。
一人で行くので誰と喋るわけでもないが、不思議と誰かと沢山おしゃべりをしたような気持ちになる。
なぜなのかは多分、わかっている。
毎回狭い店内を見渡すことのできる角のソファ席に座って、自分以外のお客さんの人生を想像する遊びをしているから。
いつ来てもいる、カウンターに座ったおじいさん。
彼は、昔スーツのテーラーをしていた。お客さんから信頼をうけていたが、仕事に満足がいき、今は早期退職してゆっくり時が過ぎるのを楽しんでいる。コーヒーにはかなりこだわりがあって、いろんな喫茶店を巡った結果ここに落ち着いている。結婚はしているが子供はいない。二人での生活をずっと楽しんでいるが、日曜だけは一人の時間をたのしみたいと思っていて、そんな背徳感がちょっと楽しくなってもいる。
おじいさんも若い頃は大変なことが沢山あったんだろうけど、充実してそうな人生で微笑ましいな、自分も将来あんなふうになれるんだろうか、などと考えていた。
するとそのおじいさんが私の方に歩いてきていることに気づいた。
あれ?どうしたんだろう。自分の他に近くにいるお客さんはいないから、やはり私に用があるののかもしれない。
「こんにちは。いつも楽しそうにお昼の時間を過ごしているので、なんだか話しかけたくなってしまいました。」
おじいさんは想像通りの優しい声で話しかけてきた。
「私も話してみたかったんです。よかったら一緒にサンドウィッチ食べませんか?」
「おや、いいんですかそれではお言葉に甘えて」
おじいさんと話せる機会ができた事が嬉しくて、ずっと聞いて見たかったことをつい聞いてしまった。
「どうしてスーツのテーラーになったのですか?」
はっ、とした。これはあくまで自分の想像にすぎないことを忘れていた。突拍子もないことを聞いてしまったし、気味悪がられたかもしれない。一刻も早く謝らなくては、
「一どうして私が昔テーラーをしていたことを知っているのですか?」
当たっている、?そうか、自分の想像も馬鹿にしたもんじゃないな。
「もしかして、奥さんとの時間も大切だけど日曜は一人の時間が過ごしたくてここにきていたりしますかね」
「お嬢さんは、占いかなにかできるのですか?」
また当ててしまったようだ。
もしかしたら自分の勝手な想像は、勝手なものじゃなくて、勝手なものじゃないなら、なんだろう。
まだ自分の知らない自分が潜んでいるのかもしれない。
いつも決まってクラブハウスサンドとフルーツの入った紅茶を頼む。
一人で行くので誰と喋るわけでもないが、不思議と誰かと沢山おしゃべりをしたような気持ちになる。
なぜなのかは多分、わかっている。
毎回狭い店内を見渡すことのできる角のソファ席に座って、自分以外のお客さんの人生を想像する遊びをしているから。
いつ来てもいる、カウンターに座ったおじいさん。
彼は、昔スーツのテーラーをしていた。お客さんから信頼をうけていたが、仕事に満足がいき、今は早期退職してゆっくり時が過ぎるのを楽しんでいる。コーヒーにはかなりこだわりがあって、いろんな喫茶店を巡った結果ここに落ち着いている。結婚はしているが子供はいない。二人での生活をずっと楽しんでいるが、日曜だけは一人の時間をたのしみたいと思っていて、そんな背徳感がちょっと楽しくなってもいる。
おじいさんも若い頃は大変なことが沢山あったんだろうけど、充実してそうな人生で微笑ましいな、自分も将来あんなふうになれるんだろうか、などと考えていた。
するとそのおじいさんが私の方に歩いてきていることに気づいた。
あれ?どうしたんだろう。自分の他に近くにいるお客さんはいないから、やはり私に用があるののかもしれない。
「こんにちは。いつも楽しそうにお昼の時間を過ごしているので、なんだか話しかけたくなってしまいました。」
おじいさんは想像通りの優しい声で話しかけてきた。
「私も話してみたかったんです。よかったら一緒にサンドウィッチ食べませんか?」
「おや、いいんですかそれではお言葉に甘えて」
おじいさんと話せる機会ができた事が嬉しくて、ずっと聞いて見たかったことをつい聞いてしまった。
「どうしてスーツのテーラーになったのですか?」
はっ、とした。これはあくまで自分の想像にすぎないことを忘れていた。突拍子もないことを聞いてしまったし、気味悪がられたかもしれない。一刻も早く謝らなくては、
「一どうして私が昔テーラーをしていたことを知っているのですか?」
当たっている、?そうか、自分の想像も馬鹿にしたもんじゃないな。
「もしかして、奥さんとの時間も大切だけど日曜は一人の時間が過ごしたくてここにきていたりしますかね」
「お嬢さんは、占いかなにかできるのですか?」
また当ててしまったようだ。
もしかしたら自分の勝手な想像は、勝手なものじゃなくて、勝手なものじゃないなら、なんだろう。
まだ自分の知らない自分が潜んでいるのかもしれない。
限界ぎりぎりバナナマフィン
2024-06-19
まず、薄力粉を秤にかける。チラシを乗せてちょうどゼログラムになるように設定し、決められたメモリまで粉を流し落とす。ベーキングパウダーも同様の工程を経てから、二つ合わせて篩にかけた。
その手に迷いはなく、彼女は慣れた様子でもう一枚のチラシの上に粉雪を降らせる。降り積もるそれは音を立てず、篩を叩く衝撃音の方がよほど台所の中に響いた。それは当然、台所と同じ空間にある今にも響き渡っている。今のソファに座る青年は、単調に続く音色を居心地の悪そうに聞いていた。トン、トン、トン、と鳴る音以外、彼らの鼓膜を震わすものはない。青年は、もぞりと小さく動いて座り直す。
同時に篩の音も止んだ。白粉の山を乗せたチラシを脇に置き、彼女はボウルに卵を割り入れる。続けて砂糖、サラダ油、溶かしたバター。大振りのフォークを手にした彼女によって、ガシャガシャと勢いよく混ぜ合わされていく。先程よりも乱雑な雰囲気のBGMに、青年はまだこちらの方がマシだ、と心中にこぼした。だが、その安堵とすら言えぬ気の緩みは、一瞬できつく締め上げられた。あっという間に混ぜ終えたのか、ボウルを置いた彼女が手にしたのは完熟バナナだったからだ。青年の肩が分かりやすく硬直する。
それはもう、見事に熟しきったバナナだった。黄色い部分はほとんどなく、その体は黒々しい茶色で覆われている。皮を剥くために手に持てば、それだけでぐにゃりと形が歪んだ。それが、五本。食べ損ねてダメにした、というには少々多すぎる本数である。
張りの消え失せた皮を摘むようにして剥きながら、彼女は低い声を落とす。
「前にもさ、言ったよね。食べ切れないなら買わないでって」
青年は沈黙を保ったまま俯く。とにかく今は、嵐が過ぎ去るのを静かに待つ他ないのだ。
「ねえ聞いてる?」
「聞いてます」
「じゃあ返事しなよ」
「はい」
作戦変更、ただ待つだけでは駄目らしい。覚悟を決めて、青年は彼女に体を向けた。その様子にため息を吐きながら、彼女は不機嫌そうに言葉を連ねる。
「別にバナナ食べるのはいいんだよ?君の好物だし、私も好きだし、美味しいし。でも足が早いんだから食べ切らなきゃダメじゃん。特に夏は暑いから、ものが腐りやすいんだしさ」
「うん」
「せめてさ、台所に置いとくならいいんだよ。そしたら二人で管理できるし。でも君の部屋にあるんじゃ私どうにもできないじゃん」
「うん」
「だったら自分でどうにかしてよ。食べ物腐ると羽虫がたかって大変なんだって、この前学ばなかったわけ?この料理すれば食べられる、ギリッギリの状態のを押しつけられるの、嫌なんだけど」
「うん」
「うん以外に言うことないわけ?」
「本っ当にすみませんでした」
ゴトリと音を立てて、バナナがボウルに投げ込まれる。フォークで押し潰されていくそれは、熟し切っているせいかさして抵抗もなしに形を失った。いいよなお前らは。潰されて焼かれて食べられたらそれで終わりだ。俺なんかは潰されても焼かれても、消えるわけじゃないからずっと苦労が続くんだ。口に出さずに愚痴ってみるも、今回は自分に非があるのは明白だった。青年は大人しく謝罪を繰り返す他ない。
白粉の山がボウルに注がれ、彼女は腕全体を使って混ぜ合わせ始めた。手伝おうか、と小さく提案してみるも、手伝うって何、とすげなく返される。そもそも君が元凶なのに、手伝うって何?手伝ってんの私だけど?とのことらしい。ごもっともです。
出来上がった生地をシリコンカップに注ぎ入れ、あらかじめ温めておいたオーブンモードの電子レンジに並べる。小さな扉を閉じてスイッチを押せば、十数分後には甘い匂いが漂い始めた。その匂いで、彼女が一息ついた気配を、青年は敏感に感じ取った。
共同生活を始めて未だ二週間。たったそれだけなのに、既に何もかもが噛み合っていなかった。その事実に、青年は歯噛みするのみである。
その手に迷いはなく、彼女は慣れた様子でもう一枚のチラシの上に粉雪を降らせる。降り積もるそれは音を立てず、篩を叩く衝撃音の方がよほど台所の中に響いた。それは当然、台所と同じ空間にある今にも響き渡っている。今のソファに座る青年は、単調に続く音色を居心地の悪そうに聞いていた。トン、トン、トン、と鳴る音以外、彼らの鼓膜を震わすものはない。青年は、もぞりと小さく動いて座り直す。
同時に篩の音も止んだ。白粉の山を乗せたチラシを脇に置き、彼女はボウルに卵を割り入れる。続けて砂糖、サラダ油、溶かしたバター。大振りのフォークを手にした彼女によって、ガシャガシャと勢いよく混ぜ合わされていく。先程よりも乱雑な雰囲気のBGMに、青年はまだこちらの方がマシだ、と心中にこぼした。だが、その安堵とすら言えぬ気の緩みは、一瞬できつく締め上げられた。あっという間に混ぜ終えたのか、ボウルを置いた彼女が手にしたのは完熟バナナだったからだ。青年の肩が分かりやすく硬直する。
それはもう、見事に熟しきったバナナだった。黄色い部分はほとんどなく、その体は黒々しい茶色で覆われている。皮を剥くために手に持てば、それだけでぐにゃりと形が歪んだ。それが、五本。食べ損ねてダメにした、というには少々多すぎる本数である。
張りの消え失せた皮を摘むようにして剥きながら、彼女は低い声を落とす。
「前にもさ、言ったよね。食べ切れないなら買わないでって」
青年は沈黙を保ったまま俯く。とにかく今は、嵐が過ぎ去るのを静かに待つ他ないのだ。
「ねえ聞いてる?」
「聞いてます」
「じゃあ返事しなよ」
「はい」
作戦変更、ただ待つだけでは駄目らしい。覚悟を決めて、青年は彼女に体を向けた。その様子にため息を吐きながら、彼女は不機嫌そうに言葉を連ねる。
「別にバナナ食べるのはいいんだよ?君の好物だし、私も好きだし、美味しいし。でも足が早いんだから食べ切らなきゃダメじゃん。特に夏は暑いから、ものが腐りやすいんだしさ」
「うん」
「せめてさ、台所に置いとくならいいんだよ。そしたら二人で管理できるし。でも君の部屋にあるんじゃ私どうにもできないじゃん」
「うん」
「だったら自分でどうにかしてよ。食べ物腐ると羽虫がたかって大変なんだって、この前学ばなかったわけ?この料理すれば食べられる、ギリッギリの状態のを押しつけられるの、嫌なんだけど」
「うん」
「うん以外に言うことないわけ?」
「本っ当にすみませんでした」
ゴトリと音を立てて、バナナがボウルに投げ込まれる。フォークで押し潰されていくそれは、熟し切っているせいかさして抵抗もなしに形を失った。いいよなお前らは。潰されて焼かれて食べられたらそれで終わりだ。俺なんかは潰されても焼かれても、消えるわけじゃないからずっと苦労が続くんだ。口に出さずに愚痴ってみるも、今回は自分に非があるのは明白だった。青年は大人しく謝罪を繰り返す他ない。
白粉の山がボウルに注がれ、彼女は腕全体を使って混ぜ合わせ始めた。手伝おうか、と小さく提案してみるも、手伝うって何、とすげなく返される。そもそも君が元凶なのに、手伝うって何?手伝ってんの私だけど?とのことらしい。ごもっともです。
出来上がった生地をシリコンカップに注ぎ入れ、あらかじめ温めておいたオーブンモードの電子レンジに並べる。小さな扉を閉じてスイッチを押せば、十数分後には甘い匂いが漂い始めた。その匂いで、彼女が一息ついた気配を、青年は敏感に感じ取った。
共同生活を始めて未だ二週間。たったそれだけなのに、既に何もかもが噛み合っていなかった。その事実に、青年は歯噛みするのみである。
忘れないで
2024-06-13
この関係性は釣り合わない
君は美人で僕は冴えない
気づけば君で埋まる脳内
「好き」の二文字じゃ表せないくらい
ただ君といたいよ
伝えたら重く感じてしまうかな
でも君がいないと
心に隙間ができ体が重いの
一人の夜思い出す過去
眠たい目を擦り見上げる星を
つなぐ電話君に「会いたいよ」
優しい君が言った「待ってるよ」
待ち合わせは近くの公園
今すぐ向かうよ
君は美人で僕は冴えない
気づけば君で埋まる脳内
「好き」の二文字じゃ表せないくらい
ただ君といたいよ
伝えたら重く感じてしまうかな
でも君がいないと
心に隙間ができ体が重いの
一人の夜思い出す過去
眠たい目を擦り見上げる星を
つなぐ電話君に「会いたいよ」
優しい君が言った「待ってるよ」
待ち合わせは近くの公園
今すぐ向かうよ
鏡
2024-06-13
ひとつの鏡がある。それはとても大きな鏡だ。
その鏡は、全てを映し出すと言われている。勿論、御伽噺白雪姫にでてきた鏡のように話すことはない。
その鏡を前にした人々はみなこう言う。
「あの鏡は、全てを映し出す。呑み込まれそうだった。鏡の前に立つのはやめておけ。」
好奇心というものはとても業が深い。
やめろと言われてしまえば、むしろやりたくなってしまうのだ。
例に漏れず私もその好奇心に負けてしまった者の1人だ。
気になるだろう?その鏡が全てを映し出すと言われれば。
古来より、鏡は真実を写すと言われている。私は何が見えるか楽しみにその鏡があると言われている教会に立ち寄った。
その教会はとても幻想的で、まさに神が見守っているといわれても過言では無いように感じた。
ならばこそ、鏡への期待は高まっていく。
高揚感に身を焦がされながら、吸い寄せられるように鏡の前に辿り着いた。
鏡の前にたって悟る。
「ああ……正しくこれは全てを映し出し、飲み込まれそうだ。鏡の前に立つのではなかった…。」
その鏡は、全てを映し出すと言われている。勿論、御伽噺白雪姫にでてきた鏡のように話すことはない。
その鏡を前にした人々はみなこう言う。
「あの鏡は、全てを映し出す。呑み込まれそうだった。鏡の前に立つのはやめておけ。」
好奇心というものはとても業が深い。
やめろと言われてしまえば、むしろやりたくなってしまうのだ。
例に漏れず私もその好奇心に負けてしまった者の1人だ。
気になるだろう?その鏡が全てを映し出すと言われれば。
古来より、鏡は真実を写すと言われている。私は何が見えるか楽しみにその鏡があると言われている教会に立ち寄った。
その教会はとても幻想的で、まさに神が見守っているといわれても過言では無いように感じた。
ならばこそ、鏡への期待は高まっていく。
高揚感に身を焦がされながら、吸い寄せられるように鏡の前に辿り着いた。
鏡の前にたって悟る。
「ああ……正しくこれは全てを映し出し、飲み込まれそうだ。鏡の前に立つのではなかった…。」
悪役の回想
2024-06-13
野菜は残さず食べなさいとお母さんはよく言う。なんでと聞くと健康でいられるからと説明した。
おじいちゃんにお祈りしなさいとお姉ちゃんはよく言う。なんでと聞くと「おじいちゃんは寂しそうにしている」と、おじいちゃんは天国にいて、私達を見てるからだと言う。
神様お願い、おばあちゃんを迎えにかないでと家にある祭壇に向かってお兄ちゃんは言う。なんでと聞くと神様が願いを聞き入れてくれるからとのことだ。
おじいちゃんがいるなら……、そんな所があるなら……、そんな人がいるなら。みんな早く死んじゃえば良いのに。
なんでとおばあちゃんは言う。同じ回答を僕はした。「おばあちゃんはね、てっちゃんが死んじゃったら悲しいよ」と微かな声で聞かされた。
「なんで」そう聞いても返事はない。ベットは彼女全体を包み込み、最後に心配そうな顔で眠ってしまった。
なんでだろう、なんでだったんだろう。
おじいちゃんにお祈りしなさいとお姉ちゃんはよく言う。なんでと聞くと「おじいちゃんは寂しそうにしている」と、おじいちゃんは天国にいて、私達を見てるからだと言う。
神様お願い、おばあちゃんを迎えにかないでと家にある祭壇に向かってお兄ちゃんは言う。なんでと聞くと神様が願いを聞き入れてくれるからとのことだ。
おじいちゃんがいるなら……、そんな所があるなら……、そんな人がいるなら。みんな早く死んじゃえば良いのに。
なんでとおばあちゃんは言う。同じ回答を僕はした。「おばあちゃんはね、てっちゃんが死んじゃったら悲しいよ」と微かな声で聞かされた。
「なんで」そう聞いても返事はない。ベットは彼女全体を包み込み、最後に心配そうな顔で眠ってしまった。
なんでだろう、なんでだったんだろう。
タイトルを記入してください。
2024-06-12
別れよ。彼女は緩やかにそう言った。目も合わせず、スマホをポチポチいじりながら。
その声は底が見えなくて、なんだか身が震えた。パックをしていたことがまた違和感を助長させていたのかもしれない。何年経っても慣れないし、心臓に悪い。あんなの彼女の顔ではない。
俺は何も言わなかった。この状態の彼女に話しかけると「ズレる」と怒られるから。
それなのに彼女からこの話を持ちかけた。
つまり、端から俺の意見など聞くつもりはないのである。持ちかけたと言うより、轢き逃げと喩える方がよろしい。
その声は底が見えなくて、なんだか身が震えた。パックをしていたことがまた違和感を助長させていたのかもしれない。何年経っても慣れないし、心臓に悪い。あんなの彼女の顔ではない。
俺は何も言わなかった。この状態の彼女に話しかけると「ズレる」と怒られるから。
それなのに彼女からこの話を持ちかけた。
つまり、端から俺の意見など聞くつもりはないのである。持ちかけたと言うより、轢き逃げと喩える方がよろしい。
ててて天使の羽
2024-06-06
「今夜、学校集合ね!」君に誘ってくれて凄く嬉しかったんだ。
夜、僕はベットに腰掛け、時計を見ていた。もういつもなら寝る時間。ランドセルをチラッと見ると、はぁーっと思わずため息が出る。「どうしよう」。僕がものを考える時、頭の中に天使と悪魔が飛び回る。白い翼と黒い羽で頭を掻き回す。行っちゃダメだよと天使が告げて、行っちゃえよと悪魔が囁く。2人の声でいつも頭を抱える。「どうしよう」と。そんな時は決まって「コラ!」とママが来て、正解を告げてくれる。早く寝なさいと、その言葉に多数決的に負け、布団をバサっと荒々しく眠る。
「この世にはね、天使と悪魔がいるの。天使は悪いことを許さない正義の味方で、悪魔はその反対で、悪いことしかしないのよ」
「へぇー。わかったよ。ママ」
「悪魔にはならないのよ」
俺はベットから体を起こす。そして薄目で時計を見て確認する。「よし」。階段を降りて、リビングに行くといつものようにご飯が用意してある。少なくも多くもない。
「ありがと、母さん」
「朝ごはんを用意するのは母として当然よ」その言葉に僕は笑顔を作る。
「そういば俺、今日懐かしい夢を見たんだ。」
「どうな夢?」
「……、悪魔の夢」俺の声がワントーン下がる。対照的に母は何それっと笑った。
大学は授業が長い。今日だって20時まである。とても長い。とても。キーンコーンカーンコーン。終わりの鐘が鳴ると皆、スイッチを入れたように動き出す。そして、仲間と団欒する。耳を澄ますと今からどこ行くやらそこ行くやらが聞こえてきて、俺は気を逸らすためすぐにスマホを眺めた。「もう帰らないと」しかし、いつもここで足が固まる。「俺も…」俺は、本当は気づいてるのだ。心は何かきっかけを探していた。
「ねえ」後ろから女の人の優しい囁き声。思わず少し飛び跳ねる。そして振り向き、「な、なにかな」平静を装う。
「一緒にカラオケ行かない?今からみんなで行くの。朝まで歌っちゃうかも」そして、その言葉に心が動く。こういう時どうすれば良いんだろうか。天使にすっかりほぐされた体は自然には動かない。まず、彼女を見よう。それから、頷けば良いのだ。「俺も…」そう顔を上げた。しかし、先にピントが合ったのは彼女ではなく時計。針は20時半を指している。脳裏に母がちらつく。そして、心臓がバキッと今までにない音が鳴る。気分が悪くなった。こういう時、どうするのが正解か。どう考えるのが正解か。考えあぐねたその時。頭の中で羽音が響いた。そうだ、そうだった。迷うといつも天使と悪魔が掻き回す。
行っちゃダメだよと天使が告げ、悪魔は、悪魔は。
「ごめん、帰んないといけないんだ。本当にごめん」
「いやいや、こちらこそ急に誘っちゃってごめんねー」
「僕は帰るよ。じゃあね」
「またね!」部屋を出るまでの皆の視線が僕の背中に集まっているのがわかる。それはとても惨めに感じ、一刻でも早く出ようと足が早まった。
帰り道、かつてない顔で暗黒を1人で歩く。そして、わかった。もうだめだと。気づいたのは、あの瞬間。
唯一の希望はすでに途絶えていた。もう遅い。もう勝てない。感情が軋む。長年の天国のような生活は、正しく、正解の毎日。きっとそのおかげだろう。その信心深さの賜物だろう。あの時、悪魔はその姿を現さなかった。
ただいまとドアを捻る。なんだか僕の部屋までの体が軽い。まるで天使の翼が生えたみたいだ。
夜、僕はベットに腰掛け、時計を見ていた。もういつもなら寝る時間。ランドセルをチラッと見ると、はぁーっと思わずため息が出る。「どうしよう」。僕がものを考える時、頭の中に天使と悪魔が飛び回る。白い翼と黒い羽で頭を掻き回す。行っちゃダメだよと天使が告げて、行っちゃえよと悪魔が囁く。2人の声でいつも頭を抱える。「どうしよう」と。そんな時は決まって「コラ!」とママが来て、正解を告げてくれる。早く寝なさいと、その言葉に多数決的に負け、布団をバサっと荒々しく眠る。
「この世にはね、天使と悪魔がいるの。天使は悪いことを許さない正義の味方で、悪魔はその反対で、悪いことしかしないのよ」
「へぇー。わかったよ。ママ」
「悪魔にはならないのよ」
俺はベットから体を起こす。そして薄目で時計を見て確認する。「よし」。階段を降りて、リビングに行くといつものようにご飯が用意してある。少なくも多くもない。
「ありがと、母さん」
「朝ごはんを用意するのは母として当然よ」その言葉に僕は笑顔を作る。
「そういば俺、今日懐かしい夢を見たんだ。」
「どうな夢?」
「……、悪魔の夢」俺の声がワントーン下がる。対照的に母は何それっと笑った。
大学は授業が長い。今日だって20時まである。とても長い。とても。キーンコーンカーンコーン。終わりの鐘が鳴ると皆、スイッチを入れたように動き出す。そして、仲間と団欒する。耳を澄ますと今からどこ行くやらそこ行くやらが聞こえてきて、俺は気を逸らすためすぐにスマホを眺めた。「もう帰らないと」しかし、いつもここで足が固まる。「俺も…」俺は、本当は気づいてるのだ。心は何かきっかけを探していた。
「ねえ」後ろから女の人の優しい囁き声。思わず少し飛び跳ねる。そして振り向き、「な、なにかな」平静を装う。
「一緒にカラオケ行かない?今からみんなで行くの。朝まで歌っちゃうかも」そして、その言葉に心が動く。こういう時どうすれば良いんだろうか。天使にすっかりほぐされた体は自然には動かない。まず、彼女を見よう。それから、頷けば良いのだ。「俺も…」そう顔を上げた。しかし、先にピントが合ったのは彼女ではなく時計。針は20時半を指している。脳裏に母がちらつく。そして、心臓がバキッと今までにない音が鳴る。気分が悪くなった。こういう時、どうするのが正解か。どう考えるのが正解か。考えあぐねたその時。頭の中で羽音が響いた。そうだ、そうだった。迷うといつも天使と悪魔が掻き回す。
行っちゃダメだよと天使が告げ、悪魔は、悪魔は。
「ごめん、帰んないといけないんだ。本当にごめん」
「いやいや、こちらこそ急に誘っちゃってごめんねー」
「僕は帰るよ。じゃあね」
「またね!」部屋を出るまでの皆の視線が僕の背中に集まっているのがわかる。それはとても惨めに感じ、一刻でも早く出ようと足が早まった。
帰り道、かつてない顔で暗黒を1人で歩く。そして、わかった。もうだめだと。気づいたのは、あの瞬間。
唯一の希望はすでに途絶えていた。もう遅い。もう勝てない。感情が軋む。長年の天国のような生活は、正しく、正解の毎日。きっとそのおかげだろう。その信心深さの賜物だろう。あの時、悪魔はその姿を現さなかった。
ただいまとドアを捻る。なんだか僕の部屋までの体が軽い。まるで天使の翼が生えたみたいだ。
らしさ
2024-06-06
世界は味気ないものへ変わっていく。
効率化、大量生産、識別。現代の画一性の理由は様々で、僕一人がそれに抗おうとしたところで、大した運動も起こせない。それをある種の洗練というらしい。なるほど、人間からあらゆるものを削ぎ落として行き着く先は、0と1でできた電気回路の集合らしい。
ロマンを求めることは非効率だとされる。幻想を抱くことは(一部の才能ある素晴らしい人間にとって以外は)すべて無駄で、目の前の現実を受け止めて生きていくしかないらしい。魂の籠った職人技は、今や金持ちの道楽だ。もちろん、芸術もそうだ。平凡なギタリストが上京して、堕落するなんてテンプレートになるほど聞いた。
僕らはつまり、非効率な存在だ。成長を謳い無駄を削ぎ落とした結果、僕らが世界で一番非効率な存在になったのだ。その最たる例が、感情。僕は感情を捨て去ろうと考えた。しかし、どうやら「感情を捨てよう」という一種の諦めにも似た決断すら、非効率な人間社会ではどうもうまく作用しない。
味気ないだけなら別段どうでもいいのだ。自分の非効率すら認識できない人間が、我が物顔で世界を牛耳っているのが気に入らない。
……また感情論になってしまった。
僕はまだ人間なんだ。
効率化、大量生産、識別。現代の画一性の理由は様々で、僕一人がそれに抗おうとしたところで、大した運動も起こせない。それをある種の洗練というらしい。なるほど、人間からあらゆるものを削ぎ落として行き着く先は、0と1でできた電気回路の集合らしい。
ロマンを求めることは非効率だとされる。幻想を抱くことは(一部の才能ある素晴らしい人間にとって以外は)すべて無駄で、目の前の現実を受け止めて生きていくしかないらしい。魂の籠った職人技は、今や金持ちの道楽だ。もちろん、芸術もそうだ。平凡なギタリストが上京して、堕落するなんてテンプレートになるほど聞いた。
僕らはつまり、非効率な存在だ。成長を謳い無駄を削ぎ落とした結果、僕らが世界で一番非効率な存在になったのだ。その最たる例が、感情。僕は感情を捨て去ろうと考えた。しかし、どうやら「感情を捨てよう」という一種の諦めにも似た決断すら、非効率な人間社会ではどうもうまく作用しない。
味気ないだけなら別段どうでもいいのだ。自分の非効率すら認識できない人間が、我が物顔で世界を牛耳っているのが気に入らない。
……また感情論になってしまった。
僕はまだ人間なんだ。
タイトルを記入してください。
2024-06-06
「全然終わらん。なんだこれ? 人の夢?」
衛はガリゴリガリゴリとペン先で紙を引っ掻き回したあと、急に脱力し顔を覆った。キレているようだった。
しかしそんな彼の眼前にある紙にはこれでもかというほどに緩急ある愛が綴られていた。世を儚むところから始まり己がどれだけ強い男か証明し岩を緩やかに削る清流だとか山を破る濁流的な恋だとか書いて、生涯をかけて必ずやあなたをお守りしますと改めて締めくくってある。
論文みたいなラブレターだった。
それがだんだん全部変に思えてきて、六回読み返した頃から収集がつかなくなってきて衛は困り惑い手も足も出ず吐きそうにすらなっているのである。
なんだか全文絶妙にキモい。
つーか守るって何から? 俺から? 気持ち悪いかなやっぱり?
でもここまで書いておいて後にも引けない。
相手はクラスメイトのマナミさんである。こんな自分の意地で彼女のアンニュイなダークブラウンの瞳に恐怖が浮かぶのもまた由々しき事態。ああどうしたものか。
隣でその様を見ていた宗悟は、着地点で迷ってるみたいだが恋心に収集も何もないだろと思いながら、手紙が全て──三十枚分──包まっている封筒を一瞥し、持ってみた。
見てくれだけでもズッシリと存在感があり、それはなんだか。
「その……。賄賂ですかこれは」
「金で愛が買えんのかよーッ」
衛は鹿の如き声で甲高く泣いた。
衛はガリゴリガリゴリとペン先で紙を引っ掻き回したあと、急に脱力し顔を覆った。キレているようだった。
しかしそんな彼の眼前にある紙にはこれでもかというほどに緩急ある愛が綴られていた。世を儚むところから始まり己がどれだけ強い男か証明し岩を緩やかに削る清流だとか山を破る濁流的な恋だとか書いて、生涯をかけて必ずやあなたをお守りしますと改めて締めくくってある。
論文みたいなラブレターだった。
それがだんだん全部変に思えてきて、六回読み返した頃から収集がつかなくなってきて衛は困り惑い手も足も出ず吐きそうにすらなっているのである。
なんだか全文絶妙にキモい。
つーか守るって何から? 俺から? 気持ち悪いかなやっぱり?
でもここまで書いておいて後にも引けない。
相手はクラスメイトのマナミさんである。こんな自分の意地で彼女のアンニュイなダークブラウンの瞳に恐怖が浮かぶのもまた由々しき事態。ああどうしたものか。
隣でその様を見ていた宗悟は、着地点で迷ってるみたいだが恋心に収集も何もないだろと思いながら、手紙が全て──三十枚分──包まっている封筒を一瞥し、持ってみた。
見てくれだけでもズッシリと存在感があり、それはなんだか。
「その……。賄賂ですかこれは」
「金で愛が買えんのかよーッ」
衛は鹿の如き声で甲高く泣いた。
「私」の五連勤帰りの話
2024-06-05
雉が、じっとこちらを見ていた。気のせいなのかもしれないが、なんとなくそんなふうに思ったのだ。急ぐ用事もなかった私は、自転車を止めて真正面から見つめ返すことにした。
別に雉自体はそう珍しいものでもない。同僚に言えば驚かれるが、自宅近くの土手の内の河川敷、そこには雉が一定数生息しているようなのだ。毎日駅まで自転車を漕いでいれば、土手の内に一羽は必ず見る。出退勤の中にあるいつもの一つだ。とはいえ、今日は少しばかり勝手が違ったようで。
雉がいる。それはいつも通り。雉がこちらを見つめている。勘違いかもしれないが、まあなくはない。問題は、この雉が道のど真ん中に、それはもう勇ましく仁王立ちしていることにあった。土手の上のこの道に車は通らないが、警戒心という意味ではいささか心配になる所業である。自転車を降りた私を、特に怯むことなく雉は見ている。構図だけでいえば、私が雉に通せんぼされているようにも見えた。
横を素通りするのも気が引けて、どうしようかと頭をひねる。すると、なんということだろうか、雉の方がこちらに一歩足を踏み出したのである。そうして、その美しい羽をばさりと広げてみせた。ときめきが私の胸の内を駆け巡る。これはいわゆる、求愛行動というやつではないだろうか。だとしたら私は、この雉に熱烈な愛の告白を受けているのだ。心動かされない方が難しい。ただ、ここで一つ問題が生じる。あのような求愛行動をするということは、あの雉はオスだ。そして私もオスだ。いくら愛を育んでも、私と彼の間に子は成せない。それは野生ないから彼にとって、致命的な問題だろう。
「…すまない。俺は、君とは」
言い切ることはできなかった。うつむいて視線を逸らしてしまった私をしばらく見つめた後、彼は姿を消した。ゆったりとした足取りで、土手の脇の藪の中に帰っていったのだ。
惜しくないと言えば嘘になる。それでも、私の心のために、彼の本能を否定することもしたかはなかったのだ。ああまったく、この世はいつだって無情である。
別に雉自体はそう珍しいものでもない。同僚に言えば驚かれるが、自宅近くの土手の内の河川敷、そこには雉が一定数生息しているようなのだ。毎日駅まで自転車を漕いでいれば、土手の内に一羽は必ず見る。出退勤の中にあるいつもの一つだ。とはいえ、今日は少しばかり勝手が違ったようで。
雉がいる。それはいつも通り。雉がこちらを見つめている。勘違いかもしれないが、まあなくはない。問題は、この雉が道のど真ん中に、それはもう勇ましく仁王立ちしていることにあった。土手の上のこの道に車は通らないが、警戒心という意味ではいささか心配になる所業である。自転車を降りた私を、特に怯むことなく雉は見ている。構図だけでいえば、私が雉に通せんぼされているようにも見えた。
横を素通りするのも気が引けて、どうしようかと頭をひねる。すると、なんということだろうか、雉の方がこちらに一歩足を踏み出したのである。そうして、その美しい羽をばさりと広げてみせた。ときめきが私の胸の内を駆け巡る。これはいわゆる、求愛行動というやつではないだろうか。だとしたら私は、この雉に熱烈な愛の告白を受けているのだ。心動かされない方が難しい。ただ、ここで一つ問題が生じる。あのような求愛行動をするということは、あの雉はオスだ。そして私もオスだ。いくら愛を育んでも、私と彼の間に子は成せない。それは野生ないから彼にとって、致命的な問題だろう。
「…すまない。俺は、君とは」
言い切ることはできなかった。うつむいて視線を逸らしてしまった私をしばらく見つめた後、彼は姿を消した。ゆったりとした足取りで、土手の脇の藪の中に帰っていったのだ。
惜しくないと言えば嘘になる。それでも、私の心のために、彼の本能を否定することもしたかはなかったのだ。ああまったく、この世はいつだって無情である。
気味が悪い
2024-06-05
ガタンゴトンガタンゴトン……
電車に揺られふと周りを見渡してみる。普段の私だったら、こんな事は絶対にしない。なぜなら、スマホの充電が残り5%になってしまい、これ以上何かあった時に連絡できなくなると困る為触っていないからだ。
周りを見渡した感想は1つ。『気味が悪い』これに尽きる。
どの人たちも、スマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホ。
1人だけ本を読んでいる人がいたが、それ以外の人々はスマホしか見ていない。それを見て私は気味が悪く感じた。だが、よくよく考えてみれば普段の私もその『気味が悪い』側の人間達と同じ行動を取っている。
正直、スマホ依存だという自覚がある私は暇だと思っていたがスマホばかり触っている人々をみているとその自分の行動が如何に気持ちが悪いか認識する。
現代の人々はスマホを利用出来ているのではなく、スマホに支配されているのだと。しかし、今私の手からスマホが無くなると言われたら正気でいられる訳が無い。そのような事をする人物を何としても食い止めその相手に何をしでかすか分からない。
昭和の時代。スマホがなかった世代の人々は、駅で煙草を吸うのは当たり前。駅の伝言板に約束などを書き会っていた。など、今では考えられないような光景がみられたという。
今の現代のスマホに支配され下しか向いていない現実か受動喫煙という害を齎していたが、伝言板などで伝言が上手くいったりいかなかったりという一喜一憂があった感受性豊かで自由な時代。どちらが果たして生きやすいのだろう。
知らず知らずのうちに、この世は喜怒哀楽すらもスマホに支配されているのかもしれない。
電車に揺られふと周りを見渡してみる。普段の私だったら、こんな事は絶対にしない。なぜなら、スマホの充電が残り5%になってしまい、これ以上何かあった時に連絡できなくなると困る為触っていないからだ。
周りを見渡した感想は1つ。『気味が悪い』これに尽きる。
どの人たちも、スマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホスマホ。
1人だけ本を読んでいる人がいたが、それ以外の人々はスマホしか見ていない。それを見て私は気味が悪く感じた。だが、よくよく考えてみれば普段の私もその『気味が悪い』側の人間達と同じ行動を取っている。
正直、スマホ依存だという自覚がある私は暇だと思っていたがスマホばかり触っている人々をみているとその自分の行動が如何に気持ちが悪いか認識する。
現代の人々はスマホを利用出来ているのではなく、スマホに支配されているのだと。しかし、今私の手からスマホが無くなると言われたら正気でいられる訳が無い。そのような事をする人物を何としても食い止めその相手に何をしでかすか分からない。
昭和の時代。スマホがなかった世代の人々は、駅で煙草を吸うのは当たり前。駅の伝言板に約束などを書き会っていた。など、今では考えられないような光景がみられたという。
今の現代のスマホに支配され下しか向いていない現実か受動喫煙という害を齎していたが、伝言板などで伝言が上手くいったりいかなかったりという一喜一憂があった感受性豊かで自由な時代。どちらが果たして生きやすいのだろう。
知らず知らずのうちに、この世は喜怒哀楽すらもスマホに支配されているのかもしれない。
タイトルなし
2024-06-05
チェイトン教授は好きだけれど、急かされるのは嫌いだ。好きを正、嫌いを負として数直線上に並べたら、おれの場合、絶対値は負の方が大きくなる。だからチェイトン教授に急かされるという夢は、あまり心地のいいものではなかった。
それでも体を起こす気になれなかったのは、そうしてしまえば、揺らぐことない現実が否応なしに立ち現れてしまうからだった。最終日にもなって、一番厄介な宿題がいまだ手つかずであるという現実から、おれは目を背けていたかったのだ。
それでも体を起こす気になれなかったのは、そうしてしまえば、揺らぐことない現実が否応なしに立ち現れてしまうからだった。最終日にもなって、一番厄介な宿題がいまだ手つかずであるという現実から、おれは目を背けていたかったのだ。
タイトルを記入してください。
2024-06-05
「ねえ、気づいちゃったんだけどさ、課長の上田さんがよく付けてるスーツのカフスと隣の部署の萩原恵子がストラップとして財布につけてるカフス、全く同じものなのよ」
「いやだちょっとそれってどういうこと?」
「それに上田さん、右腕にしかつけてないのよ」
「これもう黒じゃない?しかも萩原恵子は男社員たちから魔性の女とか言われてチヤホヤされてるしね」
「課長の奥さんって確か萩原恵子と同じ部署じゃなかった?」
「そういえばそうじゃない?あの女も悪いことするね」
噂はすぐに社内に広まってみんなの話題になっているのに、萩原恵子ときたらなにも気にする様子もなく、今日もにこやかに隙のない愛嬌をふりまいている。当の本人がそんな感じなので、男たちは不倫なんてただのでっちあげだと言い始めている。
「新情報つかんだよ、どうやらカフスの裏に二人のイニシャルが刻印してあるらしいよ」
「あーあ奥さんかわいそう、この前上田さんが隣の席にいたときによく見て見たんだけど、あれ結構良いやつじゃない?そんなに大きくないけどアメジストが埋め込まれていたわよ」
「どうする?ちょっと萩原恵子を恐怖に突き落としてみる?」
「飲みの席でどうにかしてカフスを手に入れて、お揃いのイニシャルカフスお披露目会なんかしてみるのもいいね」
「萩原恵子の鉄壁のあの笑顔がどうなるのか見てみたいね」
「上田さん離婚されちゃうかもね」
「されるわけないじゃない、奥さんパッとしない人だから上田さん逃したらもう再婚できないことくらい分かってるわよ」
「えーじゃあこの気まずいまま働くんだ」
「萩原恵子側からしたら別に気まずくもなんともないんじゃないの」
恋愛で一番美しいものは、不倫
だってそうでしょ?こんなにみんなの話題に上がるんだから
白いキャンパスに互いに絵を描く
一瞬の芸術がとてもきれいな刻印になって、きらきらした思い出になって
そしてまた、
「いやだちょっとそれってどういうこと?」
「それに上田さん、右腕にしかつけてないのよ」
「これもう黒じゃない?しかも萩原恵子は男社員たちから魔性の女とか言われてチヤホヤされてるしね」
「課長の奥さんって確か萩原恵子と同じ部署じゃなかった?」
「そういえばそうじゃない?あの女も悪いことするね」
噂はすぐに社内に広まってみんなの話題になっているのに、萩原恵子ときたらなにも気にする様子もなく、今日もにこやかに隙のない愛嬌をふりまいている。当の本人がそんな感じなので、男たちは不倫なんてただのでっちあげだと言い始めている。
「新情報つかんだよ、どうやらカフスの裏に二人のイニシャルが刻印してあるらしいよ」
「あーあ奥さんかわいそう、この前上田さんが隣の席にいたときによく見て見たんだけど、あれ結構良いやつじゃない?そんなに大きくないけどアメジストが埋め込まれていたわよ」
「どうする?ちょっと萩原恵子を恐怖に突き落としてみる?」
「飲みの席でどうにかしてカフスを手に入れて、お揃いのイニシャルカフスお披露目会なんかしてみるのもいいね」
「萩原恵子の鉄壁のあの笑顔がどうなるのか見てみたいね」
「上田さん離婚されちゃうかもね」
「されるわけないじゃない、奥さんパッとしない人だから上田さん逃したらもう再婚できないことくらい分かってるわよ」
「えーじゃあこの気まずいまま働くんだ」
「萩原恵子側からしたら別に気まずくもなんともないんじゃないの」
恋愛で一番美しいものは、不倫
だってそうでしょ?こんなにみんなの話題に上がるんだから
白いキャンパスに互いに絵を描く
一瞬の芸術がとてもきれいな刻印になって、きらきらした思い出になって
そしてまた、
灰色
2024-06-02
「心の中を印刷できたらいいのに」
由良野はらしからぬ声でそう呟いた。少し俯き、目線の先は舗装道路の先のどこかを見つめている。儚く、今にも消えてしまいそうな様子が、いつも見ている由良野の印象から外れて、俺の心を騒ぎ立てた。
支えたいのか、つけ込みたいのか、少なくともその顔を、独占したいと思ったのだ。その弱く脆く消えてしまいそうなそれを、抱きしめたいとも、壊したいとも思った。
「って、らしくないよね」
こちらを向いた顔は、いつもの笑い方に見えた。だが今では、強がりのほんの少しのゆらぎを、容易に透かし見ることができるようだった。いつものように、由良野の瞳に映る俺と、俺の瞳に映る由良野。その距離が少しだけ変わったような気がしたのだ。二人の世界に色がさして、いやに灰色な俗世の中で、唯一の理想郷になったのだと。
思い出すたび、頭を刺す記憶。由良野の拒絶の表情が、脳に焼き付いて離れない。
あの日々に縋りたくあり、それを邪魔する痛みを取り払いたくて、心臓をえぐりとってしまいたいほどの衝動に駆られる。それが無理だと悟って、再び床に臥す。一日に何度繰り返し、それを何度繰り返しただろう。
世界は灰色だ。色をつけようとも、いつしか褪せてしまうから。
由良野はらしからぬ声でそう呟いた。少し俯き、目線の先は舗装道路の先のどこかを見つめている。儚く、今にも消えてしまいそうな様子が、いつも見ている由良野の印象から外れて、俺の心を騒ぎ立てた。
支えたいのか、つけ込みたいのか、少なくともその顔を、独占したいと思ったのだ。その弱く脆く消えてしまいそうなそれを、抱きしめたいとも、壊したいとも思った。
「って、らしくないよね」
こちらを向いた顔は、いつもの笑い方に見えた。だが今では、強がりのほんの少しのゆらぎを、容易に透かし見ることができるようだった。いつものように、由良野の瞳に映る俺と、俺の瞳に映る由良野。その距離が少しだけ変わったような気がしたのだ。二人の世界に色がさして、いやに灰色な俗世の中で、唯一の理想郷になったのだと。
思い出すたび、頭を刺す記憶。由良野の拒絶の表情が、脳に焼き付いて離れない。
あの日々に縋りたくあり、それを邪魔する痛みを取り払いたくて、心臓をえぐりとってしまいたいほどの衝動に駆られる。それが無理だと悟って、再び床に臥す。一日に何度繰り返し、それを何度繰り返しただろう。
世界は灰色だ。色をつけようとも、いつしか褪せてしまうから。
花粉症時における友情
2024-05-30
花粉症になった。そのことを告げると、友人Aは「こちら側へようこそ」といい笑顔で言い、友人Bはざまあみろと言わんばかりの大爆笑をした。二人とも幼い頃から花粉症を患っており、その苦しみを理解していなかった私に多少なりとも不満があったのだろう。今思えば、去年までの私はなかなかに迂闊な発言をしていたようだから。
「いやあ、よかったよかった。これで仲間外れはもういないな」「みんなで仲良く目、鼻、喉に襲いくる刺激に耐えようね」「毎年だからな、これで三人の恒例行事にできたわけだ」「仲がより深まっていくだろうね、本当によかったね」
訂正。多少の不満ではなく、多大なる不満だったらしい。初めての花粉症に苦しむ友人を前にして、嫌味と悪態のオンパレードなのは、つまりそういうことだろう。
「…去年までの俺が理解の浅かったことは認める。それはもう大いに認める。だけどもう少し、こう、手心を加えてくれてもいいのでは」
「今年からのお前には全力で優しくしてやる。去年以前は辛辣でも文句言わないでくれ」
「正直ずっと、はやく君も花粉症にならないかな〜って念じてたし」
友人Aに軽く呪われていたらしい事実を知り、私は少しまじめに落ち込んだ。ここまで辛いものと知っていたのなら、そんな念は飛ばさないでほしかった。そう言い返そうとすると、花粉が鼻腔に侵入したのか、盛大にくしゃみが飛び出した。マスクをしていてもさほど効果はないらしい。なんとか肘で抑えつつ、片手でティッシュを探れば、
「俺のポケットティッシュあるぜ、使う?」
「マスクもぐちゃぐちゃになったら変えるといいよ。持ってなかった予備あげるね」
なるほど、たしかに今年以降の私には優しいらしい。去年までの私を犠牲に、私はさらなる友情を手に入れたようだった。
「いやあ、よかったよかった。これで仲間外れはもういないな」「みんなで仲良く目、鼻、喉に襲いくる刺激に耐えようね」「毎年だからな、これで三人の恒例行事にできたわけだ」「仲がより深まっていくだろうね、本当によかったね」
訂正。多少の不満ではなく、多大なる不満だったらしい。初めての花粉症に苦しむ友人を前にして、嫌味と悪態のオンパレードなのは、つまりそういうことだろう。
「…去年までの俺が理解の浅かったことは認める。それはもう大いに認める。だけどもう少し、こう、手心を加えてくれてもいいのでは」
「今年からのお前には全力で優しくしてやる。去年以前は辛辣でも文句言わないでくれ」
「正直ずっと、はやく君も花粉症にならないかな〜って念じてたし」
友人Aに軽く呪われていたらしい事実を知り、私は少しまじめに落ち込んだ。ここまで辛いものと知っていたのなら、そんな念は飛ばさないでほしかった。そう言い返そうとすると、花粉が鼻腔に侵入したのか、盛大にくしゃみが飛び出した。マスクをしていてもさほど効果はないらしい。なんとか肘で抑えつつ、片手でティッシュを探れば、
「俺のポケットティッシュあるぜ、使う?」
「マスクもぐちゃぐちゃになったら変えるといいよ。持ってなかった予備あげるね」
なるほど、たしかに今年以降の私には優しいらしい。去年までの私を犠牲に、私はさらなる友情を手に入れたようだった。
ボイドの呼び声
2024-05-24
帰り道、私は意味もなく海岸線を歩いていた。
時刻は19時に差し掛かり、日が落ちて赤みが引いてきた砂浜の奥に大きな堤防が見えた。
普段は気にならないなんてことない堤防に私はフラフラと近づいていく。
堤防の側面にはフジツボが生息しており、その隙間を小さな蟹が歩いていた。
「おい、そこのお嬢ちゃん。
こんな時間に何してんだ?
今日は大潮だ、あんまり遅くまで居ると海に飲み込まれちまうぞ。」
堤防の上から優しげなおじいさんが声を掛けてくれた。
沖の方に目を向けると、確かに明らかに普段より潮が引いている。
「俺はもう帰るがこれ以上ここに居ない方が良い、今は引いてるけどここからは上がる一方だからな」
私頷いた、声は出さなかった。
別に自殺願望があった訳では無い。
何か困っていた訳でも無い。
だが私は気づけば吸い込まれるようにして沖の方に向かっていた…
時刻は19時に差し掛かり、日が落ちて赤みが引いてきた砂浜の奥に大きな堤防が見えた。
普段は気にならないなんてことない堤防に私はフラフラと近づいていく。
堤防の側面にはフジツボが生息しており、その隙間を小さな蟹が歩いていた。
「おい、そこのお嬢ちゃん。
こんな時間に何してんだ?
今日は大潮だ、あんまり遅くまで居ると海に飲み込まれちまうぞ。」
堤防の上から優しげなおじいさんが声を掛けてくれた。
沖の方に目を向けると、確かに明らかに普段より潮が引いている。
「俺はもう帰るがこれ以上ここに居ない方が良い、今は引いてるけどここからは上がる一方だからな」
私頷いた、声は出さなかった。
別に自殺願望があった訳では無い。
何か困っていた訳でも無い。
だが私は気づけば吸い込まれるようにして沖の方に向かっていた…
こうり
2024-05-23
「シロップ、いちごしかないんだけど」
とかき氷を削り終えたユウくんがいう。
「いちごでいーよ。好きだから」
本当は嘘。
ガリガリガリガリガリガリガリガリ
ブルーハワイが一番好きで、その次にメロンが好きだけどいちごが好きな方が都合がいい。
そうやってそうやってこれから僕は氷になる。
とりあえず、氷にならないと削れないから。
「ユウくん、氷になるって僕たちではどういうことなのかな。」
いちごのシロップで真っ赤になった舌をベーっと出す。
「うーん、大人になること?」
ガリガリガリガリガリガリガリガリ
適当に答えたのがわかったけどなんか腑に落ちた。口の中が冷たくて、でも肌はすごく暑くて、耳はセミの音でたくさんだった。
ジー、ジー、ミンミンミン
「それなら僕は、大人になれなければ削られない?」
「そのままだったら溶けちゃうから、無くなっちゃうよ」
ガリガリガリガリガリガリガリガリ
あーーーーー、きっとこれは氷の泣き声なんだなぁ。
「ガリガリガリガリガリガリガリ
とかき氷を削り終えたユウくんがいう。
「いちごでいーよ。好きだから」
本当は嘘。
ガリガリガリガリガリガリガリガリ
ブルーハワイが一番好きで、その次にメロンが好きだけどいちごが好きな方が都合がいい。
そうやってそうやってこれから僕は氷になる。
とりあえず、氷にならないと削れないから。
「ユウくん、氷になるって僕たちではどういうことなのかな。」
いちごのシロップで真っ赤になった舌をベーっと出す。
「うーん、大人になること?」
ガリガリガリガリガリガリガリガリ
適当に答えたのがわかったけどなんか腑に落ちた。口の中が冷たくて、でも肌はすごく暑くて、耳はセミの音でたくさんだった。
ジー、ジー、ミンミンミン
「それなら僕は、大人になれなければ削られない?」
「そのままだったら溶けちゃうから、無くなっちゃうよ」
ガリガリガリガリガリガリガリガリ
あーーーーー、きっとこれは氷の泣き声なんだなぁ。
「ガリガリガリガリガリガリガリ
己の美点
2024-05-23
夜になるとベットに横になり、目を閉じて、寝る。しかし、寝落ちするまでの時間で考えてしまうことがある。
「己の弱みを知れ、」っておじいちゃんが言ってた。それはそうだけど、そうだけど、そんなの難しい。おいじいちゃんはなんでもできる人だった。運動も勉強だってできて、人脈だってすごい。弱点を知れば自分もそうなれるのだろうか。
僕は人より運動音痴で勉強音痴。友達は左手で数えられるほど。もし、もしも、自分の弱点を知っている自分がいたらどうなっているんだろう。
「不安だ」眠れない。この時間はいつもこうだ。
なにか音楽でもかけようか。目を開けると…、驚いた。文字通り、自分がいる。上向きに寝ている僕をまるで夜這いにきたかのように被さっている。驚いたけど、自分の顔だからか、幽霊とかより怖くない。
「いや、自分の顔?」なにか違う。そう思った瞬間、彼が口を開けた。
「お前はダメだ。お前には美点がない。お前は弱点まみれだ。何をしようにも己を知らない。己を知れ」
僕はこいつの正体がわかった。こいつは自分を知っているんだ。その弱点も。だって、僕にはない自信が顔に現れてる。
「なぁ!自分の弱点を知ったらどうなるんだ。どう生きるんだ。壁に当たったらどうするんだ!」僕はずっと聞いてみたかったことを叫んだ。
「…。世界の何処に己の苦手とするものをやる奴がいるんだ。壁があったなら、俺はその道をやめる。やめるべきだ」
「ちがう。何か違う。」
「違わない。己を知れ、できることを知れ」
「おじいちゃんの言葉はそんなんじゃない。そんな諦めの言葉じゃない。」
「じゃあなんなんだ。お前には何がある?」
その問は、脳裏におじいちゃんを浮かばせた。懐かしい光景だ。おじいちゃんは何かこちらを見て言っているがわからない。しかし、こちらを見たその厳しくも優しい目は僕を奮い立たせる。
「僕の弱みは人よりもいろんなことができないことだ。」
「その通りだ。お前には何も…」
「だけど。お前よりは弱くないよ」
そして、目を瞑る。
ピピピピ
「己を弱みを知れ、そしたら自分の強みが見える。頑張れよ、直樹」おじいちゃんの言葉だ。
ピピピピ
目を開けた。
「己の弱みを知れ、」っておじいちゃんが言ってた。それはそうだけど、そうだけど、そんなの難しい。おいじいちゃんはなんでもできる人だった。運動も勉強だってできて、人脈だってすごい。弱点を知れば自分もそうなれるのだろうか。
僕は人より運動音痴で勉強音痴。友達は左手で数えられるほど。もし、もしも、自分の弱点を知っている自分がいたらどうなっているんだろう。
「不安だ」眠れない。この時間はいつもこうだ。
なにか音楽でもかけようか。目を開けると…、驚いた。文字通り、自分がいる。上向きに寝ている僕をまるで夜這いにきたかのように被さっている。驚いたけど、自分の顔だからか、幽霊とかより怖くない。
「いや、自分の顔?」なにか違う。そう思った瞬間、彼が口を開けた。
「お前はダメだ。お前には美点がない。お前は弱点まみれだ。何をしようにも己を知らない。己を知れ」
僕はこいつの正体がわかった。こいつは自分を知っているんだ。その弱点も。だって、僕にはない自信が顔に現れてる。
「なぁ!自分の弱点を知ったらどうなるんだ。どう生きるんだ。壁に当たったらどうするんだ!」僕はずっと聞いてみたかったことを叫んだ。
「…。世界の何処に己の苦手とするものをやる奴がいるんだ。壁があったなら、俺はその道をやめる。やめるべきだ」
「ちがう。何か違う。」
「違わない。己を知れ、できることを知れ」
「おじいちゃんの言葉はそんなんじゃない。そんな諦めの言葉じゃない。」
「じゃあなんなんだ。お前には何がある?」
その問は、脳裏におじいちゃんを浮かばせた。懐かしい光景だ。おじいちゃんは何かこちらを見て言っているがわからない。しかし、こちらを見たその厳しくも優しい目は僕を奮い立たせる。
「僕の弱みは人よりもいろんなことができないことだ。」
「その通りだ。お前には何も…」
「だけど。お前よりは弱くないよ」
そして、目を瞑る。
ピピピピ
「己を弱みを知れ、そしたら自分の強みが見える。頑張れよ、直樹」おじいちゃんの言葉だ。
ピピピピ
目を開けた。
タイトルを記入してください。
2024-05-22
「……あー……。まあこれくらいなら……」
Aは電子レンジから温められた焼きそばを取り出す。昨日の夜作って余ったものだ。
ラップの上からぺたぺた触るが、温まりきっていないのかところどころ冷たい。
しかしもう一度温め直すのもAにとっては面倒である。こちとらすぐに頂く気満々でいたのだ、ちょっと冷たいくらいで体を壊すような私ではない。
『ちゃんとチンして! どうして冷たいまま食べるの』
ラップを剥きかけて、Aはふと止まる。
一人暮らしのために家を出たきり会っていない母の声が、すぐ後ろからかかってきたような気がしたのだ。
『だって面倒臭いし』
『「面倒臭い」禁止』
いつもAは母のこういう、叱りつける一歩手前のような声に弱かった。だってそういうときの母は正論ばかりなので。
加えてそれはAのことを大事に思っての正論なので。
母のそんな正論を、私は大事にしていたかしら。
「……」
Aはラップをかけ直し、焼きそばを電子レンジへ戻した。
Aは電子レンジから温められた焼きそばを取り出す。昨日の夜作って余ったものだ。
ラップの上からぺたぺた触るが、温まりきっていないのかところどころ冷たい。
しかしもう一度温め直すのもAにとっては面倒である。こちとらすぐに頂く気満々でいたのだ、ちょっと冷たいくらいで体を壊すような私ではない。
『ちゃんとチンして! どうして冷たいまま食べるの』
ラップを剥きかけて、Aはふと止まる。
一人暮らしのために家を出たきり会っていない母の声が、すぐ後ろからかかってきたような気がしたのだ。
『だって面倒臭いし』
『「面倒臭い」禁止』
いつもAは母のこういう、叱りつける一歩手前のような声に弱かった。だってそういうときの母は正論ばかりなので。
加えてそれはAのことを大事に思っての正論なので。
母のそんな正論を、私は大事にしていたかしら。
「……」
Aはラップをかけ直し、焼きそばを電子レンジへ戻した。
タイトルを記入してください。
2024-05-22
「だって、密室は裏切るじゃないですか」
その発言はまさしく、僕らミステリ研究会を裏切るものだった。
どういうことだ、と仁王のような顔で詰め寄る会長を、しかし勇田(いさみだ)はものともしなかった。蚊でも払うような手ぶりで会長をいなすと、何がおかしいのか小さく鼻で笑って、勇田は言った。
「しらばっくれないでくださいよ。会長だって分かっているんでしょう? どんなに魅力的なロックドルームも、いずれは幻となって剥がれ落ちる。糸と針、秘密の抜け道、ドライアイスに早業殺人……そんな真相に何度肩を落としてきたことか。もちろん、画期的なトリックに優れた技巧、ミステリの歴史における意義……そういったことは尊重しています。でもね、やはり密室はどこまで行っても、ただの幻影にすぎないんですよ」
ミス研の面々はみな、気まずそうに下を向くことしかできなかった。
――密室への幻滅。ミステリ読みなら誰もが一度は……いや、何度だって味わわされる心境だ。
会長もまた俯き加減になって、拳を固く握りしめていた。今度は勇田の方がそちらへと詰め寄り、
「だから俺は、密室が大嫌いなんです」
とどめを刺した。
その発言はまさしく、僕らミステリ研究会を裏切るものだった。
どういうことだ、と仁王のような顔で詰め寄る会長を、しかし勇田(いさみだ)はものともしなかった。蚊でも払うような手ぶりで会長をいなすと、何がおかしいのか小さく鼻で笑って、勇田は言った。
「しらばっくれないでくださいよ。会長だって分かっているんでしょう? どんなに魅力的なロックドルームも、いずれは幻となって剥がれ落ちる。糸と針、秘密の抜け道、ドライアイスに早業殺人……そんな真相に何度肩を落としてきたことか。もちろん、画期的なトリックに優れた技巧、ミステリの歴史における意義……そういったことは尊重しています。でもね、やはり密室はどこまで行っても、ただの幻影にすぎないんですよ」
ミス研の面々はみな、気まずそうに下を向くことしかできなかった。
――密室への幻滅。ミステリ読みなら誰もが一度は……いや、何度だって味わわされる心境だ。
会長もまた俯き加減になって、拳を固く握りしめていた。今度は勇田の方がそちらへと詰め寄り、
「だから俺は、密室が大嫌いなんです」
とどめを刺した。
自由
2024-05-22
コンビニで飯を買う時は、かならず野菜スティックも買う。スーパーで惣菜を買って済ませる時も同じように、パックに入ったサラダを買う。誰に言われたわけでも、そう言いつけられたわけでもない。無意識の習性、見栄。そんな細かなことを見られているわけないのに、「野菜ぎらいの子供っぽい人なんだ」と誰かに思われるのが嫌だから、いや、もしかするともっと根源的な、そう教えられたからという奴隷根性が働いたのかもわからない。
いつだってそうだ。小学生の頃から社会人の今に至るまで、ずっとありもしない人の目を意識し、誰が決めたかもわからない「普通」に縋ってきた。決められた能力を習得しなければならない。それなりの大学を出て、それなりの会社に就職しなければならない。出世してお金を稼がなければならない。そうやって、俺はいつしか欲望を失った。自分の中に渦巻く熱を持った何かを押さえ込んで、上から降ってくる「普通」に身を委ねた。その結果が、三十分の休みの最中に胃に詰め込む、冷めたおにぎりに野菜スティックという凄惨な食事風景というわけだ。
たばこは吸わない。酒もほどほどだ。一度だって「普通」に背いたことはない。もちろん、そこから外れようと思ったこともある。しかし、そうしてしまえばもう二度とは「普通」には戻れまい。その一度で信用は崩れ、その一度でレッテルを貼られる。そんな危惧があった。道から外れようとすれば、今まで順調に回っていた歯車を抜き去ってしまうような感覚が、俺の手を握って離さない。いつしか「普通」と手を繋ぎ、歩調を合わせるようになってからは、ぬるま湯に浸っているような感覚がする。
「419円になります」
目の前のレジ打ちも、能面のような顔で列を成す客たちもそうだ。表情を見ずともわかる。そこにいられるという普通に安堵しているだけだ。誰だって、逃れられない。
いつだってそうだ。小学生の頃から社会人の今に至るまで、ずっとありもしない人の目を意識し、誰が決めたかもわからない「普通」に縋ってきた。決められた能力を習得しなければならない。それなりの大学を出て、それなりの会社に就職しなければならない。出世してお金を稼がなければならない。そうやって、俺はいつしか欲望を失った。自分の中に渦巻く熱を持った何かを押さえ込んで、上から降ってくる「普通」に身を委ねた。その結果が、三十分の休みの最中に胃に詰め込む、冷めたおにぎりに野菜スティックという凄惨な食事風景というわけだ。
たばこは吸わない。酒もほどほどだ。一度だって「普通」に背いたことはない。もちろん、そこから外れようと思ったこともある。しかし、そうしてしまえばもう二度とは「普通」には戻れまい。その一度で信用は崩れ、その一度でレッテルを貼られる。そんな危惧があった。道から外れようとすれば、今まで順調に回っていた歯車を抜き去ってしまうような感覚が、俺の手を握って離さない。いつしか「普通」と手を繋ぎ、歩調を合わせるようになってからは、ぬるま湯に浸っているような感覚がする。
「419円になります」
目の前のレジ打ちも、能面のような顔で列を成す客たちもそうだ。表情を見ずともわかる。そこにいられるという普通に安堵しているだけだ。誰だって、逃れられない。
ジレンマ
2024-05-22
付き合ったら、
一緒に学校行ったり、もちろんお昼だって二人で食べたいし、一つのアイスをはんぶんこしたい。
付き合ったらの話ね。
でも現実は、好きな女の子が目の前にいたら、そっけなくしちゃうし、
多分嫌われてるのかな?と勘違いされるかもしれない。
好きなるって面倒だから、ダイエットみたいに考えるんだよね。
家にお菓子を置くと食べたくなるから、もうそういうのを置かない、サラダだけにして、それしかないからそれが美味しいって思うようになる、それで満足できるようになる。
だから、好きな子のところには行かない見ないようにすれば、それが普通になってなんてことなくなる。
それなのにどうして君は、翻弄しないでよ。計算?気まぐれ?
妄想で終わって勘違いならいっそ忘れてもいい。
曖昧なままじゃ難しいよ。
その笑顔に、どうして深くハマっていくのかな掴めそうなのに掴めないジレンマをずっと。
ねえ、信じていい?
一緒に学校行ったり、もちろんお昼だって二人で食べたいし、一つのアイスをはんぶんこしたい。
付き合ったらの話ね。
でも現実は、好きな女の子が目の前にいたら、そっけなくしちゃうし、
多分嫌われてるのかな?と勘違いされるかもしれない。
好きなるって面倒だから、ダイエットみたいに考えるんだよね。
家にお菓子を置くと食べたくなるから、もうそういうのを置かない、サラダだけにして、それしかないからそれが美味しいって思うようになる、それで満足できるようになる。
だから、好きな子のところには行かない見ないようにすれば、それが普通になってなんてことなくなる。
それなのにどうして君は、翻弄しないでよ。計算?気まぐれ?
妄想で終わって勘違いならいっそ忘れてもいい。
曖昧なままじゃ難しいよ。
その笑顔に、どうして深くハマっていくのかな掴めそうなのに掴めないジレンマをずっと。
ねえ、信じていい?
日常の決戦
2024-05-21
空は暗く、光り輝く星は見えない。周りは静けさの中に虫の小さな歓声だけが聞こえる。俺たちが今から走る道には街灯が等間隔に並んでおり、オレンジ色の光を放っている。俺の隣には私よりも格段に大きいライバル。両者スタート位置で横並びになる。
「バン」
スタートサインが青に変わるのと同時に始まりの銃声が響いた。
俺は全力でペダルを回した。この勝負はどれだけ離されないかが勝敗の鍵を握ってくる。加速力はこちらの方が圧倒的に上回っている。なるべくここで差をつけておきたいが、そう簡単には行かないらしい。後ろから俺よりも何倍も早くタイヤを回して追いつき追い越していく。でもここで追い越されるのは予定通りだ。前回は加速した瞬間に取り残されていたから、今日は調子がいい方だと言える。
しばらく相手の車体を目の前に捉えたまま走っていると、信号が赤に変わり、相手は止まらざるおえなかった。ここがチャンス。そう思い俺は疲れてる足を必死に回してなんとか横並びになる。束の間の休憩が訪れるが、休める時間は一瞬だ。すぐに漕ぎ始めなければいけない。しかし、これはチャンスでもある。相手は一度とまると、また加速しなくてはならない。加速ならこちらが有利だ。
また俺が先に飛び出した。だが体力が戻りきっていなかったからか、さっきよりあまり差がつかなかった。しかし、相手の足が止まった。いつもこの時間に人はいないが今日は例外だったようだ。相手はその人を乗せるために足が止まる。運の尽きだったったな。そう思い一気に差をつける。体力はもう二割も残っていない。これは勝っただろう。そう思った時、相手は俺の隣にいた。どうして。そう思いちらっと後ろを見ると、信号が赤になったばっかだった。多分一度も信号に捕まらず来たのだろう。いつもはこの信号が多い通りで、並んでは抜かされてを繰り返してたのに、今日は両者とも奇跡的に一度も信号に捕まらなかったらしい。信号に一度も捕まらないのは誤算だった。ここからもう少し直線が続く。直線じゃ俺は追いつけない。
それからしばらく走り続けた。もう体力がほとんど残ってない。相手は無限の体力を持っている。やばい、これは勝てない。そう思った時だった。最後のコーナーで相手が信号で止まっていた。もうここしかないと思った。相手は信号で止まらなければいけないけれど、俺は信号関係なく曲がることができる。信号を曲がったらゴールはあと百メートルぐらいだ。最後の力を振り絞ってペダルを漕いだ。相手を見ると、反対の信号がチカチカし始めている。俺がコーナーに差し掛かった時相手の信号も青に変わった。無我夢中で漕いだ。相手はコーナーを曲がるのが苦手なのを知っている。勝つにはここしかない。後ろから大きなエンジン音が近づいてくるのがわかる。目の前にはゴールの信号がある。漕いで漕いで漕いで。もう体力は限界を超えている。自分の息の音がかん高くなっているのがわかる。苦しい。あと十数メートル。相手も、もう間近に迫っているのがわかる。漕いだ。力一杯漕いだ。俺は相手より先にゴールテープを切った。周りからは小さい歓声が聞こえている。相手は、いい勝負だったと伝えているように、後ろ姿を見せて走り去ってしまった。俺は清々しい気分で家に帰るのだった。
「俺何やってんだろ。」
「バン」
スタートサインが青に変わるのと同時に始まりの銃声が響いた。
俺は全力でペダルを回した。この勝負はどれだけ離されないかが勝敗の鍵を握ってくる。加速力はこちらの方が圧倒的に上回っている。なるべくここで差をつけておきたいが、そう簡単には行かないらしい。後ろから俺よりも何倍も早くタイヤを回して追いつき追い越していく。でもここで追い越されるのは予定通りだ。前回は加速した瞬間に取り残されていたから、今日は調子がいい方だと言える。
しばらく相手の車体を目の前に捉えたまま走っていると、信号が赤に変わり、相手は止まらざるおえなかった。ここがチャンス。そう思い俺は疲れてる足を必死に回してなんとか横並びになる。束の間の休憩が訪れるが、休める時間は一瞬だ。すぐに漕ぎ始めなければいけない。しかし、これはチャンスでもある。相手は一度とまると、また加速しなくてはならない。加速ならこちらが有利だ。
また俺が先に飛び出した。だが体力が戻りきっていなかったからか、さっきよりあまり差がつかなかった。しかし、相手の足が止まった。いつもこの時間に人はいないが今日は例外だったようだ。相手はその人を乗せるために足が止まる。運の尽きだったったな。そう思い一気に差をつける。体力はもう二割も残っていない。これは勝っただろう。そう思った時、相手は俺の隣にいた。どうして。そう思いちらっと後ろを見ると、信号が赤になったばっかだった。多分一度も信号に捕まらず来たのだろう。いつもはこの信号が多い通りで、並んでは抜かされてを繰り返してたのに、今日は両者とも奇跡的に一度も信号に捕まらなかったらしい。信号に一度も捕まらないのは誤算だった。ここからもう少し直線が続く。直線じゃ俺は追いつけない。
それからしばらく走り続けた。もう体力がほとんど残ってない。相手は無限の体力を持っている。やばい、これは勝てない。そう思った時だった。最後のコーナーで相手が信号で止まっていた。もうここしかないと思った。相手は信号で止まらなければいけないけれど、俺は信号関係なく曲がることができる。信号を曲がったらゴールはあと百メートルぐらいだ。最後の力を振り絞ってペダルを漕いだ。相手を見ると、反対の信号がチカチカし始めている。俺がコーナーに差し掛かった時相手の信号も青に変わった。無我夢中で漕いだ。相手はコーナーを曲がるのが苦手なのを知っている。勝つにはここしかない。後ろから大きなエンジン音が近づいてくるのがわかる。目の前にはゴールの信号がある。漕いで漕いで漕いで。もう体力は限界を超えている。自分の息の音がかん高くなっているのがわかる。苦しい。あと十数メートル。相手も、もう間近に迫っているのがわかる。漕いだ。力一杯漕いだ。俺は相手より先にゴールテープを切った。周りからは小さい歓声が聞こえている。相手は、いい勝負だったと伝えているように、後ろ姿を見せて走り去ってしまった。俺は清々しい気分で家に帰るのだった。
「俺何やってんだろ。」
他人の人生を狂わせる男
2024-05-16
───ポチャン。
静寂が蔓延る中、水が滴る音がとてもよく反響した。
そんな中不敵に自身の隣にいる女。私に向かって微笑みかける男がいた。
「良いショーだったろ?あれは、俺史上最大のショーだ。」
それを聞いた私は怒りで頭が支配され言い返そうと思うが、この男に言いくるめられるのがオチなので黙って男の話を聞き続ける。
「だがなあ……あんなに簡単に想像通りにことが進んじまったせいで良いショーでも、俺的にはつまんねえんだ。」
何を言っているんだこいつは。それなら、お前の欲はいつ満たされるんだ。私はお前に人生を狂わされ、今憎くて憎くて憎くて仕方がないこの頭のイカれた快楽主義者の隣にたっている。
「お前は、いつ満たされるんだ?私を早く解放してくれ。それかさっさと世のため人の為に死んでくれ。」
堪らず男に思っていたことをいってしまった。そんな私の言葉を聞いて男は正気とは思えない様な瞳を私に差し向け、恍惚とした笑みを浮かべながら私の頭をそっと撫で、恐ろしい事をいう。
「さあ?俺はいつ満たされるか分からないが、君がいる限りある程度の自重はしてるんだ。解放なんて、そんな勿体ない事はしないよ?死んで欲しいなら君が俺を殺せ。出来ないだろう?君は優しすぎる。」
誰でもいい。この男を殺してくれ。いつか私はこの男の闇に呑まれて一緒に堕ちてしまう。それが近い気がしてならない……
静寂が蔓延る中、水が滴る音がとてもよく反響した。
そんな中不敵に自身の隣にいる女。私に向かって微笑みかける男がいた。
「良いショーだったろ?あれは、俺史上最大のショーだ。」
それを聞いた私は怒りで頭が支配され言い返そうと思うが、この男に言いくるめられるのがオチなので黙って男の話を聞き続ける。
「だがなあ……あんなに簡単に想像通りにことが進んじまったせいで良いショーでも、俺的にはつまんねえんだ。」
何を言っているんだこいつは。それなら、お前の欲はいつ満たされるんだ。私はお前に人生を狂わされ、今憎くて憎くて憎くて仕方がないこの頭のイカれた快楽主義者の隣にたっている。
「お前は、いつ満たされるんだ?私を早く解放してくれ。それかさっさと世のため人の為に死んでくれ。」
堪らず男に思っていたことをいってしまった。そんな私の言葉を聞いて男は正気とは思えない様な瞳を私に差し向け、恍惚とした笑みを浮かべながら私の頭をそっと撫で、恐ろしい事をいう。
「さあ?俺はいつ満たされるか分からないが、君がいる限りある程度の自重はしてるんだ。解放なんて、そんな勿体ない事はしないよ?死んで欲しいなら君が俺を殺せ。出来ないだろう?君は優しすぎる。」
誰でもいい。この男を殺してくれ。いつか私はこの男の闇に呑まれて一緒に堕ちてしまう。それが近い気がしてならない……
Zさん
2024-05-15
Zさんはいつも脱走を企んでいる。
軟禁部屋はそこそこに清浄されているし食事も出されるけれど、軟禁である。何も納得できない。部屋はガラス張りでプライバシーの欠片もないので、日々微かな物陰に身を隠すだけしかできないでいた。
しかしXデーは訪れた。
部屋に置いてあるヒーターのコードは天井に繋がれていて、ごくごく小さな隙間からまた外まで伸びている。その隙間が、ちょうどZさんの体が抜けられそうなくらいにまで開きかけていた。
通常なら拳も通らないくらいの小さな隙間だったのだが、どうやら飯を隙間から俺へ投げ込んでから奴は気を抜いたらしい。Zさんは真っ赤で小さな脳みそで推測した。
まさに蜘蛛の糸だ。
Zさんはヒーターによじ登りコードに足をかけ天井へ登り詰めた。そして登りきったところで地面とは遠く、縁が狭くて立ってもいられないので見下げる前に落下した。
だが彼は腕っ節の強さだけでなく、大抵のことを無傷で済ませるガチガチの骨を持っていたので、「今の落下音で脱走がバレてしまったのではないか」と考える余裕すらあった。
Zさんは一歩踏み出す。
自由への第一歩かと思われたそれは、カッと身を焦がす強烈な熱だった。外界の渇望が高じた精神的な比喩、という意味ではなく、実際に熱くて暑くてたまらないのだ。水生生物の彼には危険なほどの熱である。
そんな状況でも進まなければお話にならない。彼は朦朧としながらふらふら歩を進めた。
「ウワアアアーーーッ」
茹でられかけの身に爆音が向けられる。
しまった、とZさんは気が付いた。いつの間にか奴の眼前である。
奴とは薄橙色の巨大なザリガニだった。己のとは違う、先端が五本に分かれたハサミが特徴的でバラバラと動いていて気味が悪い。
「床暖の上にいたら死んじゃうでしょーが」
巨ザリはZさんに叫ぶが、Zさんには何一つ伝わっていなかった。
あれよあれよという間に結局彼はまた軟禁されてしまった。それに天井まで完璧に封鎖されてしまっていた。
それでも今でもZさんは虎視眈々と、外に出る機会を今か今かと窺っているのだった。
軟禁部屋はそこそこに清浄されているし食事も出されるけれど、軟禁である。何も納得できない。部屋はガラス張りでプライバシーの欠片もないので、日々微かな物陰に身を隠すだけしかできないでいた。
しかしXデーは訪れた。
部屋に置いてあるヒーターのコードは天井に繋がれていて、ごくごく小さな隙間からまた外まで伸びている。その隙間が、ちょうどZさんの体が抜けられそうなくらいにまで開きかけていた。
通常なら拳も通らないくらいの小さな隙間だったのだが、どうやら飯を隙間から俺へ投げ込んでから奴は気を抜いたらしい。Zさんは真っ赤で小さな脳みそで推測した。
まさに蜘蛛の糸だ。
Zさんはヒーターによじ登りコードに足をかけ天井へ登り詰めた。そして登りきったところで地面とは遠く、縁が狭くて立ってもいられないので見下げる前に落下した。
だが彼は腕っ節の強さだけでなく、大抵のことを無傷で済ませるガチガチの骨を持っていたので、「今の落下音で脱走がバレてしまったのではないか」と考える余裕すらあった。
Zさんは一歩踏み出す。
自由への第一歩かと思われたそれは、カッと身を焦がす強烈な熱だった。外界の渇望が高じた精神的な比喩、という意味ではなく、実際に熱くて暑くてたまらないのだ。水生生物の彼には危険なほどの熱である。
そんな状況でも進まなければお話にならない。彼は朦朧としながらふらふら歩を進めた。
「ウワアアアーーーッ」
茹でられかけの身に爆音が向けられる。
しまった、とZさんは気が付いた。いつの間にか奴の眼前である。
奴とは薄橙色の巨大なザリガニだった。己のとは違う、先端が五本に分かれたハサミが特徴的でバラバラと動いていて気味が悪い。
「床暖の上にいたら死んじゃうでしょーが」
巨ザリはZさんに叫ぶが、Zさんには何一つ伝わっていなかった。
あれよあれよという間に結局彼はまた軟禁されてしまった。それに天井まで完璧に封鎖されてしまっていた。
それでも今でもZさんは虎視眈々と、外に出る機会を今か今かと窺っているのだった。
あたしのうさぴょん
2024-05-15
いなくなるときって、やっぱり突然で、そんなそぶりちっともしてくれないから、
消えたときの衝撃は悲しいものだ。
今までずっと放置していたのを、数年ぶりくらいに思い出して可愛がったから拗ねちゃったのかな
わたしはあなたがいきなり光だしたようにみえたけど、本当はずっと光っていたんだものね
量子ゆらぎのように、誰かに証明されなきゃ存在もするし、しないということが重なり合っていることでもある
誰が証明したのかな もっとちゃんと探せば見つかるかもしれないのに、それをしないということは、そんなに大切じゃなかったのかもしれない 代わりがあるとか思っちゃってるんだよ
ねえ、どこにいるの?
あなたの方から姿を表してよ
そしたらもう一回大事にするから
消えたときの衝撃は悲しいものだ。
今までずっと放置していたのを、数年ぶりくらいに思い出して可愛がったから拗ねちゃったのかな
わたしはあなたがいきなり光だしたようにみえたけど、本当はずっと光っていたんだものね
量子ゆらぎのように、誰かに証明されなきゃ存在もするし、しないということが重なり合っていることでもある
誰が証明したのかな もっとちゃんと探せば見つかるかもしれないのに、それをしないということは、そんなに大切じゃなかったのかもしれない 代わりがあるとか思っちゃってるんだよ
ねえ、どこにいるの?
あなたの方から姿を表してよ
そしたらもう一回大事にするから
風呂場と母の幸せについて
2024-05-15
ぼちゃん
水が大きく跳ねた。
真っ暗で月灯も見えないほどの闇に包まれ、マッチで火をつけてもすぐ消えてしまうと思えるほど湿った風呂場で。
跳ねる水と共に濡れた女が出てきた。
頭からつま先までびちょびちょの女だった。
女は顔を思い切り顰めた後
「おぎゃーおぎゃー」
と産声のような声を上げた。
かと思えばすぐ泣き止み、そのままの姿でピチピチと音を立てて風呂場を出ていった。
床を濡らしていくビチョ濡れの女の姿は、雨の日に出てくる幽霊のように不気味で、でもどこか寂しげでいて拙く思えた。
女はどこに目をやるわけでもなく、居間を通り抜け、線香の匂いがする和室に入り、ちゃぶ台の前に腰をかけた。
もぞもぞと動いた後、少し体を右に傾けて口をだらしなく開けた格好のまま止まった。
女はそこから太陽が昇るまで、時を止めたように動かなかった。
だんだんと窓からもれ出る太陽の光に照らされていく様は
水が大きく跳ねた。
真っ暗で月灯も見えないほどの闇に包まれ、マッチで火をつけてもすぐ消えてしまうと思えるほど湿った風呂場で。
跳ねる水と共に濡れた女が出てきた。
頭からつま先までびちょびちょの女だった。
女は顔を思い切り顰めた後
「おぎゃーおぎゃー」
と産声のような声を上げた。
かと思えばすぐ泣き止み、そのままの姿でピチピチと音を立てて風呂場を出ていった。
床を濡らしていくビチョ濡れの女の姿は、雨の日に出てくる幽霊のように不気味で、でもどこか寂しげでいて拙く思えた。
女はどこに目をやるわけでもなく、居間を通り抜け、線香の匂いがする和室に入り、ちゃぶ台の前に腰をかけた。
もぞもぞと動いた後、少し体を右に傾けて口をだらしなく開けた格好のまま止まった。
女はそこから太陽が昇るまで、時を止めたように動かなかった。
だんだんと窓からもれ出る太陽の光に照らされていく様は
好悪
2024-05-14
「『不可能』って、なんだと思う?」
久我はそう言って、手に持つ銀色のシャープ・ペンシルをくるりと回した。夕方の教室には微かな反響が残ったが、それもすぐに蝉のうるさいまでの大合唱がかき消してしまう。
「禅問答?」
久我にいち早く応えたのは、僕ではなくて坂口だった。久我の高く通る声に対して、彼の低音は決して聞き取りやすい部類ではなかった。だが、ぼそぼそと喋るタイプというよりははっきりと主張するタイプだったから、聞き取ることには特段苦労することもなかった。
「いやまあ、たとえば片手で拍手をしよう、なんてことは不可能に違いないけどさ。私が言いたいのはもっとこう……。」
もごもごと口籠る久我は、何かを捕まえようと奮闘するように、目線を上へ逸らした。さっき先を越されてしまったから、やや焦るように推察して、考える前に言葉を紡ぐ。
「もっと身近な、ええと、理論的には不可能ではないけど、僕らにとっては不可能であるようなもの、ってこと?」
久我の顰めっ面が晴れる。「いまいいこと言った!」と指を鳴らすと、
「そう。たとえば、坂口の声を聞き取ることとか!」
と戯ける。坂口は久我の頭を引っ叩く。
「なるほど。つまり、『不可能』を『不可能』たらしめるものは何か、久我はそう言いたいんだな。」
「あたり。二人とも賢いね、私は言葉にするのが苦手だから」
久我に賢いと言われるのには、優越感と劣等感がないまぜになった感覚があった。
久我は思慮深いタイプではなかったが、直感に優れていた。放課後、誰もいない教室での三人の会合は、いつも久我の思いつきで概念の話になる。もちろん、今日の授業中、先生が黒板消しトラップにひっかかって愉快だった、とか、そういうどうでもいい話もする。むしろそっちの方が時間の大半を占めていたが、久我はなんの脈絡もなく、突然話題を転換するのだ。坂口は一方で、非常に理知的であった。僕はというと、そのどちらでもない。いつも二人の難解な話に茶々を入れ、時に影響を受ける程度の人間だった。
特に憧れているわけではない。ただ、同じ年齢の人間として、二人とも俺よりも優れているのだという意識が、ささくれのように痛みを生むのだ。
久我はそう言って、手に持つ銀色のシャープ・ペンシルをくるりと回した。夕方の教室には微かな反響が残ったが、それもすぐに蝉のうるさいまでの大合唱がかき消してしまう。
「禅問答?」
久我にいち早く応えたのは、僕ではなくて坂口だった。久我の高く通る声に対して、彼の低音は決して聞き取りやすい部類ではなかった。だが、ぼそぼそと喋るタイプというよりははっきりと主張するタイプだったから、聞き取ることには特段苦労することもなかった。
「いやまあ、たとえば片手で拍手をしよう、なんてことは不可能に違いないけどさ。私が言いたいのはもっとこう……。」
もごもごと口籠る久我は、何かを捕まえようと奮闘するように、目線を上へ逸らした。さっき先を越されてしまったから、やや焦るように推察して、考える前に言葉を紡ぐ。
「もっと身近な、ええと、理論的には不可能ではないけど、僕らにとっては不可能であるようなもの、ってこと?」
久我の顰めっ面が晴れる。「いまいいこと言った!」と指を鳴らすと、
「そう。たとえば、坂口の声を聞き取ることとか!」
と戯ける。坂口は久我の頭を引っ叩く。
「なるほど。つまり、『不可能』を『不可能』たらしめるものは何か、久我はそう言いたいんだな。」
「あたり。二人とも賢いね、私は言葉にするのが苦手だから」
久我に賢いと言われるのには、優越感と劣等感がないまぜになった感覚があった。
久我は思慮深いタイプではなかったが、直感に優れていた。放課後、誰もいない教室での三人の会合は、いつも久我の思いつきで概念の話になる。もちろん、今日の授業中、先生が黒板消しトラップにひっかかって愉快だった、とか、そういうどうでもいい話もする。むしろそっちの方が時間の大半を占めていたが、久我はなんの脈絡もなく、突然話題を転換するのだ。坂口は一方で、非常に理知的であった。僕はというと、そのどちらでもない。いつも二人の難解な話に茶々を入れ、時に影響を受ける程度の人間だった。
特に憧れているわけではない。ただ、同じ年齢の人間として、二人とも俺よりも優れているのだという意識が、ささくれのように痛みを生むのだ。
ある死体
2024-05-14
「聞いたよ。首なし死体だって?」
鼠は肩をすくめてみせた。
「これまた厄介なもんに当たっちまったな」
「ほんとですよ、警部。どうしてこうおかしな事件が続くんでしょう」
笹山がため息混じりにいうので、景気づけに、鼠はその背中をばしんと叩いてやった。
「起きちまったもんは仕方ねえだろ。――まずは身元の特定からだな。顔がないんじゃ骨が折れるぞこりゃ」
シャツの腕をまくろうとして、鼠は笹山が間の抜けた顔をしていることに気づいた。
「あれ、まだいってませんでしたけ」
「何をだ」
「いや、それが……」
笹山が顔をしかめる。周囲にあふれていた喧噪が、ふっと途絶えた気がした。
「首はもう見つかっているんですよ。被害者の腹の中から……」
鼠は肩をすくめてみせた。
「これまた厄介なもんに当たっちまったな」
「ほんとですよ、警部。どうしてこうおかしな事件が続くんでしょう」
笹山がため息混じりにいうので、景気づけに、鼠はその背中をばしんと叩いてやった。
「起きちまったもんは仕方ねえだろ。――まずは身元の特定からだな。顔がないんじゃ骨が折れるぞこりゃ」
シャツの腕をまくろうとして、鼠は笹山が間の抜けた顔をしていることに気づいた。
「あれ、まだいってませんでしたけ」
「何をだ」
「いや、それが……」
笹山が顔をしかめる。周囲にあふれていた喧噪が、ふっと途絶えた気がした。
「首はもう見つかっているんですよ。被害者の腹の中から……」
親、バカ (勘違いダジャレシリーズ。後は野となれ山となれ編)
2024-05-13
彼は地球の未来を憂う1人の人間。どう行動するのだろうか。
俺は今、幸せだ。なぜなら子供がいるから。しかし、地球はこのままだと滅ぶらしい。繰り返される森林伐採、止まらない二酸化炭素の流出、オゾン層の破壊。地球の寿命はあと何年だろう。
「パパ?」四歳の娘はキョトンとした顔で下から覗いてきた。
「んー、なんでもないよ、咲ちゃんの未来を考えていただけだよー」
「さきちゃんねー、しょーらいパパとけっこんするの!」その笑顔は俺の全てを照らす。
「うんそーだねー」
『ガチャ』
「ほら、ママが帰ってきたよ、迎えにいってあげて」
「うん!」
おかえり。俺はそう伝えてから。暗い自室に入った。そして褐色のテーブルライトをつける。
そろそろ真面目に考えないといけない。子供のために、咲ちゃんの未来のために何かするべき事があるのではないか。咲ちゃんが幸せに暮らせる世界に変えないと。地球をより良くするにはどうすれば良いんだろう。
「まったく…日本政府は何かやっているのか?えーっと、日本のCO2を減らす活動…検索っと」
『ポチッ』エンターキーを弾いた。
地球温暖化対策計画。検索トップにはその文言が出てきた。
『カチッ』
どうやら日本は少しずつでも二酸化炭素を減らす活動をしているらしい。太陽光発電などの再生エネルギーの利用、省エネの開発、他国との連携。
「ふーん、思ったより色々やってるんだなぁ」けれど、これでもいつか地球は本当に悪くなってしまう。
「ん?意見箱?」俺は画面右下にそれがある事に気づいた。
「そうだ、もっとあるはずだ、もっと二酸化炭素を減らす事ができる活動が!」そして意見箱をクリックした。しかし、画面を眺めるだけでまだ何も思いつかない。頭を悩ませる。リクライニングを最大に伸ばして、くるくる回りながら考えていると、部屋にある本棚に背もたれがぶつかり一冊が落ちてきた。
「いてて…。ん?こんな本あったっけ?」椅子を降りて、本を片付けようと手に取った本の題名は「野となれ山となれ」。
「これだ!」俺は本を投げ捨て、パソコンに向き合った。
「『私は日本政府のCO2削減の活動にまだ不安を感じます。そこで、私が考えたCO2を削減する方法を伝えたいたと思い連絡させていただきました。私が思いついた案は森林伐採にもCO2にも対策になる物だと考えています。その案というのは木を植えて森を作る。つまり自然を人工的に作るという事です。いつかは野原を作り、山を作り、そうすれば、近い未来、地球がより良い環境になり、子供たちが暮らして生きやすい世界になると考えています。これでよろしくお願いします。』っと」
『ボチッ』今までより強くボタンを押した。俺は気分よく背を伸ばした。
『ガチャ』自室の扉が開き、光が部屋を照らす。
「パパ!」
「なんだー、咲ちゃん。まだ起きてたの?」
「うん!もうすぐおやすみする!パパにおやすみ言いにきたの!」かわいい。
「そっかー。明日はみんなで山へドライブだから早く寝るんだよー。おやすみなさい。」
「おやすみ!」
『ガチャ』咲ちゃんはドアノブに背と手を伸ばし、そのまま閉めた。
「よし!これで咲ちゃんの未来も安心だなぁ。ドライブが楽しみだ。俺も早く寝よう。」部屋のライトを消し、ベッドに横になった。これからの日本は自然がもっと増えて、きっと良い方向に未来が進んで行くだろう。
「日本がもっと…、後は野となれ山となれ、ってね」
彼は言葉の意味を知らなかった。
俺は今、幸せだ。なぜなら子供がいるから。しかし、地球はこのままだと滅ぶらしい。繰り返される森林伐採、止まらない二酸化炭素の流出、オゾン層の破壊。地球の寿命はあと何年だろう。
「パパ?」四歳の娘はキョトンとした顔で下から覗いてきた。
「んー、なんでもないよ、咲ちゃんの未来を考えていただけだよー」
「さきちゃんねー、しょーらいパパとけっこんするの!」その笑顔は俺の全てを照らす。
「うんそーだねー」
『ガチャ』
「ほら、ママが帰ってきたよ、迎えにいってあげて」
「うん!」
おかえり。俺はそう伝えてから。暗い自室に入った。そして褐色のテーブルライトをつける。
そろそろ真面目に考えないといけない。子供のために、咲ちゃんの未来のために何かするべき事があるのではないか。咲ちゃんが幸せに暮らせる世界に変えないと。地球をより良くするにはどうすれば良いんだろう。
「まったく…日本政府は何かやっているのか?えーっと、日本のCO2を減らす活動…検索っと」
『ポチッ』エンターキーを弾いた。
地球温暖化対策計画。検索トップにはその文言が出てきた。
『カチッ』
どうやら日本は少しずつでも二酸化炭素を減らす活動をしているらしい。太陽光発電などの再生エネルギーの利用、省エネの開発、他国との連携。
「ふーん、思ったより色々やってるんだなぁ」けれど、これでもいつか地球は本当に悪くなってしまう。
「ん?意見箱?」俺は画面右下にそれがある事に気づいた。
「そうだ、もっとあるはずだ、もっと二酸化炭素を減らす事ができる活動が!」そして意見箱をクリックした。しかし、画面を眺めるだけでまだ何も思いつかない。頭を悩ませる。リクライニングを最大に伸ばして、くるくる回りながら考えていると、部屋にある本棚に背もたれがぶつかり一冊が落ちてきた。
「いてて…。ん?こんな本あったっけ?」椅子を降りて、本を片付けようと手に取った本の題名は「野となれ山となれ」。
「これだ!」俺は本を投げ捨て、パソコンに向き合った。
「『私は日本政府のCO2削減の活動にまだ不安を感じます。そこで、私が考えたCO2を削減する方法を伝えたいたと思い連絡させていただきました。私が思いついた案は森林伐採にもCO2にも対策になる物だと考えています。その案というのは木を植えて森を作る。つまり自然を人工的に作るという事です。いつかは野原を作り、山を作り、そうすれば、近い未来、地球がより良い環境になり、子供たちが暮らして生きやすい世界になると考えています。これでよろしくお願いします。』っと」
『ボチッ』今までより強くボタンを押した。俺は気分よく背を伸ばした。
『ガチャ』自室の扉が開き、光が部屋を照らす。
「パパ!」
「なんだー、咲ちゃん。まだ起きてたの?」
「うん!もうすぐおやすみする!パパにおやすみ言いにきたの!」かわいい。
「そっかー。明日はみんなで山へドライブだから早く寝るんだよー。おやすみなさい。」
「おやすみ!」
『ガチャ』咲ちゃんはドアノブに背と手を伸ばし、そのまま閉めた。
「よし!これで咲ちゃんの未来も安心だなぁ。ドライブが楽しみだ。俺も早く寝よう。」部屋のライトを消し、ベッドに横になった。これからの日本は自然がもっと増えて、きっと良い方向に未来が進んで行くだろう。
「日本がもっと…、後は野となれ山となれ、ってね」
彼は言葉の意味を知らなかった。
ねこのきもち/夏来てるなって感じる瞬間
2024-05-12
あなたは「お寝坊さん」と私をくすくす責め立てますけれど、でもあなたの傍って酷く退屈なのだから、仕方のないことなんですよ。申し訳もないでしょ。毛皮の触り心地は及第点ですがね、模様がイマイチ。
そんなことも分からずにこの私を詰るなんて、人間とはなんてお馬鹿さんなんでしょう。
梅雨時期濡れた地面で靴裏がぺたぺたするとき
涼しいから上着着てるのに歩いてるとだんだん暑く感じて上着が煩わしくなるとき
去年ちょうど切れた日焼け止めを買いに行かなきゃと思ったとき
厚い掛布団しまって薄い掛布団出したけどまだ思ってたより朝寒くて起きた瞬間後悔するとき
夏生まれの友人と久しぶりに会って「日差し似合うなあ」と思ったとき
お風呂上がりにドライヤーしてたら全身汗だくになってたとき
そんなことも分からずにこの私を詰るなんて、人間とはなんてお馬鹿さんなんでしょう。
梅雨時期濡れた地面で靴裏がぺたぺたするとき
涼しいから上着着てるのに歩いてるとだんだん暑く感じて上着が煩わしくなるとき
去年ちょうど切れた日焼け止めを買いに行かなきゃと思ったとき
厚い掛布団しまって薄い掛布団出したけどまだ思ってたより朝寒くて起きた瞬間後悔するとき
夏生まれの友人と久しぶりに会って「日差し似合うなあ」と思ったとき
お風呂上がりにドライヤーしてたら全身汗だくになってたとき
樹懶
2024-05-11
「曇天には、明るいのと暗いのがあるよね。」
帰り道、君は唐突に口を開いた。
「今は?」
聞き返すと、「暗いほうかな」と困ったように笑う。
夕方には少し早い、休日のバイトが終わった時間。今日入った同僚の柿根詩音と、肩を並べて歩いていた。駅までの道中はいわゆるバス通りで、コンビニやら、個人商店やら、飲食店やらがまばらに営業している。道の左右にはソメイヨシノが首をもたげて、春には爛漫な美しい花が咲く。もっとも、今は夏の初めで、青々とした新緑が今日も元気に腕を広げていた。そう、たとえ今日が晴れだろうが曇りだろうが、彼らは腕を広げている。まして今日は、暗い曇りの日だというのに。どこにもない日の光を探す木の姿は、懸命でいて無力だ。彼らに足がついていて、歩くことができたなら、きっとこのあたりの桜は文字通り根こそぎなくなるに違いない。いや、どうだろう……おれだって、足がついているというのに、決められた職場、決められた駅、決められた家を往復する毎日だ。圧迫感はない。退屈だが、楽だ。もしかしたら木々もただ億劫で、動かないだけなのかもしれない。
柿根詩音は、空をなぞるように目を向けて、
「暗い曇りの日は、なんとなく気分が重くなるんだ。」
と、あからさまにこちらに目配せた。まるで肯定してほしそうだが、おれにはまるで理解できない。ただ過ごしやすい気候でいいじゃないかと思う。少なくとも夏の押しつぶされるような日差しから逃げられるなら、多少あたりが灰色じみていても、たいしたことではなかった。どうせ変化のない生活だ、楽なほうがいいに決まっている。しかし、そのままそう言うのは気が引けた。デリカシーがないというか、否定から入る根暗な人物だと思われる気がした。どう返せば角が立たないかと逡巡すると、会話が途切れてしまう。
「そう?」
それを嫌って、正直に、肯定とも否定とも取れない曖昧な返事を返した。不誠実とも思ったが、彼女は案外気にしていない様子で、
「そうだよ。ただでさえ曇りの日は暗いのに、明るくもないなんて、気が滅入っちゃう。」
と肩をすくめる。そんなものなのだろうか。
「気が滅入るのは、曇りの日に限った話じゃないと思う。」
俺はそう反論する。「どうして?」彼女は何気なしに聞いてくる。
「そりゃ……。」
ずっと気が滅入っているから?そう答えるのは、何か恥ずかしいような気がした。
帰り道、君は唐突に口を開いた。
「今は?」
聞き返すと、「暗いほうかな」と困ったように笑う。
夕方には少し早い、休日のバイトが終わった時間。今日入った同僚の柿根詩音と、肩を並べて歩いていた。駅までの道中はいわゆるバス通りで、コンビニやら、個人商店やら、飲食店やらがまばらに営業している。道の左右にはソメイヨシノが首をもたげて、春には爛漫な美しい花が咲く。もっとも、今は夏の初めで、青々とした新緑が今日も元気に腕を広げていた。そう、たとえ今日が晴れだろうが曇りだろうが、彼らは腕を広げている。まして今日は、暗い曇りの日だというのに。どこにもない日の光を探す木の姿は、懸命でいて無力だ。彼らに足がついていて、歩くことができたなら、きっとこのあたりの桜は文字通り根こそぎなくなるに違いない。いや、どうだろう……おれだって、足がついているというのに、決められた職場、決められた駅、決められた家を往復する毎日だ。圧迫感はない。退屈だが、楽だ。もしかしたら木々もただ億劫で、動かないだけなのかもしれない。
柿根詩音は、空をなぞるように目を向けて、
「暗い曇りの日は、なんとなく気分が重くなるんだ。」
と、あからさまにこちらに目配せた。まるで肯定してほしそうだが、おれにはまるで理解できない。ただ過ごしやすい気候でいいじゃないかと思う。少なくとも夏の押しつぶされるような日差しから逃げられるなら、多少あたりが灰色じみていても、たいしたことではなかった。どうせ変化のない生活だ、楽なほうがいいに決まっている。しかし、そのままそう言うのは気が引けた。デリカシーがないというか、否定から入る根暗な人物だと思われる気がした。どう返せば角が立たないかと逡巡すると、会話が途切れてしまう。
「そう?」
それを嫌って、正直に、肯定とも否定とも取れない曖昧な返事を返した。不誠実とも思ったが、彼女は案外気にしていない様子で、
「そうだよ。ただでさえ曇りの日は暗いのに、明るくもないなんて、気が滅入っちゃう。」
と肩をすくめる。そんなものなのだろうか。
「気が滅入るのは、曇りの日に限った話じゃないと思う。」
俺はそう反論する。「どうして?」彼女は何気なしに聞いてくる。
「そりゃ……。」
ずっと気が滅入っているから?そう答えるのは、何か恥ずかしいような気がした。
葉桜
2024-05-10
コーヒーはすっかり飲み終わっていた。底に残る澱が、目の前の男と重なって見える。彼は要領の得ない話をもう4時間も続けていた。
「それでさぁ……言うんだよ、さっちんが。『君は責任逃れが上手いだけだよね』って。」
要領を得ないだけならまだしも、彼の話は同じ部分を繰り返す。よほど未練があるのか、あるいは自分は悪くないと主張しているのか。実際、人間は自分にとって都合のいい話を好む。どうせ話すなら楽しかった話をすればいいのに、彼とその交際相手の思い出の話はほとんどなく、代わりに「好きだった」と「僕は悪くない」と「前はうまくいってた」で埋め尽くされていた。はじめの頃はなんとも思っていなかったのだが、昼頃から始まったというのにそろそろ日が暮れそうだ。この男は昔から感情の整理が下手だった。これまでにも何度か慰めてやったこともあったが……今日は特に手がかかる。
「なあ、俺のこと、都合のいいヤツだと思ってないか?」
何回聞いたかもわからない話を遮って、ひとまず感情の矛先を俺へと向けてやる。これで少しは変化のある話になるかと思ったが。
「なぁぁ、今日くらいいいだろ?僕だってどう立ち直ればいいかわかんないんだって。」
どうやら無駄だったようだ。ため息をひとつこぼし、「好きにしろ。」と言うと、話はまた先頭に戻った。
どうでもいいな、と思う。恋愛だけじゃない、例えば何かへの愛着だって、抱くだけ厄介だと思う。愛とは呪縛のようなものだ。好意は人を盲目にし、全幅の信頼の根拠にすらなりうる。正しい現実認識を阻害するのみならず、挙げ句の果てには愛を失った時、より大きな喪失感をもたらす。そう、ちょうど目の前の男のように。4時間も時間をかけて、まだ解決できないほどの喪失感を。実にくだらないのだ、合理的に考えて、愛着というものには無駄しかない。
例えば桜が散ったとして、そこにない桜を想起する時、人間は必ず「記憶よりも美化された桜」を想像するはずだ。そこにないものに思いを馳せる時、無意識ながらに「昔は良かった」と……全くもって最悪なことだ。歴史考証においては禁忌とされるそれが、日常においては平然と思考を席巻する。それだけならまだしも、今このときをも侵食する美化が、そこらじゅうに漂っているのだ。盲目的な信仰にも似た、好意という「悪意」が。
「話、聞いてる?」
目の前の男は怪訝そうな顔でこちらを覗いた。
「もちろん。」
この好意に見せかけた、その実この男から得られるリターンにしか興味のない奇妙な関係を、俺はいったいいつまで続けるのだろうか。面倒臭いと思う一方で、俺は不思議と肯定していた。
「それでさぁ……言うんだよ、さっちんが。『君は責任逃れが上手いだけだよね』って。」
要領を得ないだけならまだしも、彼の話は同じ部分を繰り返す。よほど未練があるのか、あるいは自分は悪くないと主張しているのか。実際、人間は自分にとって都合のいい話を好む。どうせ話すなら楽しかった話をすればいいのに、彼とその交際相手の思い出の話はほとんどなく、代わりに「好きだった」と「僕は悪くない」と「前はうまくいってた」で埋め尽くされていた。はじめの頃はなんとも思っていなかったのだが、昼頃から始まったというのにそろそろ日が暮れそうだ。この男は昔から感情の整理が下手だった。これまでにも何度か慰めてやったこともあったが……今日は特に手がかかる。
「なあ、俺のこと、都合のいいヤツだと思ってないか?」
何回聞いたかもわからない話を遮って、ひとまず感情の矛先を俺へと向けてやる。これで少しは変化のある話になるかと思ったが。
「なぁぁ、今日くらいいいだろ?僕だってどう立ち直ればいいかわかんないんだって。」
どうやら無駄だったようだ。ため息をひとつこぼし、「好きにしろ。」と言うと、話はまた先頭に戻った。
どうでもいいな、と思う。恋愛だけじゃない、例えば何かへの愛着だって、抱くだけ厄介だと思う。愛とは呪縛のようなものだ。好意は人を盲目にし、全幅の信頼の根拠にすらなりうる。正しい現実認識を阻害するのみならず、挙げ句の果てには愛を失った時、より大きな喪失感をもたらす。そう、ちょうど目の前の男のように。4時間も時間をかけて、まだ解決できないほどの喪失感を。実にくだらないのだ、合理的に考えて、愛着というものには無駄しかない。
例えば桜が散ったとして、そこにない桜を想起する時、人間は必ず「記憶よりも美化された桜」を想像するはずだ。そこにないものに思いを馳せる時、無意識ながらに「昔は良かった」と……全くもって最悪なことだ。歴史考証においては禁忌とされるそれが、日常においては平然と思考を席巻する。それだけならまだしも、今このときをも侵食する美化が、そこらじゅうに漂っているのだ。盲目的な信仰にも似た、好意という「悪意」が。
「話、聞いてる?」
目の前の男は怪訝そうな顔でこちらを覗いた。
「もちろん。」
この好意に見せかけた、その実この男から得られるリターンにしか興味のない奇妙な関係を、俺はいったいいつまで続けるのだろうか。面倒臭いと思う一方で、俺は不思議と肯定していた。
タイトルを記入してください。
2024-04-25
美大に落ちた。総合型だけど。
それでも落ちたものは落ちた。
「…………」
キュウキュウ喉が締まるのがウザったくて、葉月は白米を口に詰め込んだ。
落ちたのだ、私は。
合否ページを何度更新しても出てくる「不合格」の文字が、葉月の心臓を引き攣らせた。
結果を確認したのは二時間目が終わった休み時間の間。他クラスだが三時間目の授業が被っていた葉月の友人の一人は、受けた大学は違えど、丁度試験日も結果発表も同じ日だった。
彼女の方が先に確認していたようで、曰く無事合格したと。
それは僥倖僥倖。私もすぐ追いつこう、ランドとシーどちらに行こうかしら。そんな感じで葉月は十字を切って結果を見たのだ。
つまり正直なところ自分は受かっていると思っていた。受験は落ちるものだと百聞しただけで、一見を持っていなかった。
現場は口を噤んだ、指定校推薦の友人もいた。誰もがなんでもないように振る舞った。
葉月は本当に本当に焦った。なぜかって、総合型が潰されたとなると彼女の道は残すところ一般受験のみだ。そんなのは残されていないも同然である。
だって机への向かい方なんて知らない、総合型でバッチリ決めるはずだったから。現在十一月、本番まではあと三ヶ月とちょっと。三ヶ月で詰め込める量などたかが知れている。高校すらも単願で入った彼女のようなヨチヨチには土台無理なお話なのだ。
学校にいる間涙は出なかったけれど、なぜだか帰り道で一人になると、途端にダメだった。陽が横っ面に襲いかかってきて痛かった。誰かに見られてしまう気がしたし、鼻を啜っても誰かに聞かれてしまう気がした。
友達は受かったのに、自分の不合格のせいできっと空気最悪で大変だったろうなどと今更湧き出てきて、電車に乗るときに定期券を握ると親の顔がチラついた。
葉月の家は簡単かつ丁寧に言ってしまえば、質素だ。だのに彼女は金をかけてもらって金をかけてもらって美大なんか目指して、挙げ句サックリ落とされている。
十七年かけてもこんなに情けない人間なのだ。
三ヶ月でひっくり返せるとは思えなかった。
自分に変なところはないと挑み安牌で月並みなセリフを並べた十月二十二日の面接。葉月は自らがなんの旨みも面白みもない人間だとアプローチしていることに気付けていなかったのだ。
帰路で全部出し切ったと思っていたけれど、カレンダーを見ている母に「次も頑張って」と言われると、また葉月は脳がぐちゃぐちゃになった。主に自責で。
「大丈夫だよ、受かるよ」
「ウン」
父親は共に卓を囲みほぼ無音で大泣きしている娘に、あたかも言葉を選んではいませんよという感じで声をかけた。
葉月は会話を二文字で終わらせた。辛気臭くて父はご飯美味しく食べられないだろうなあと、変に他人事に考えながら申し訳なくなっていた。
ジュワーッ! と台所の方で炒め物が騒ぎ出した。母がもやしを虐めているのだ。それすら「BGMだと思え」「存分に鼻をかめ」という母からの気遣いのように感じられてならなかった。
それでも落ちたものは落ちた。
「…………」
キュウキュウ喉が締まるのがウザったくて、葉月は白米を口に詰め込んだ。
落ちたのだ、私は。
合否ページを何度更新しても出てくる「不合格」の文字が、葉月の心臓を引き攣らせた。
結果を確認したのは二時間目が終わった休み時間の間。他クラスだが三時間目の授業が被っていた葉月の友人の一人は、受けた大学は違えど、丁度試験日も結果発表も同じ日だった。
彼女の方が先に確認していたようで、曰く無事合格したと。
それは僥倖僥倖。私もすぐ追いつこう、ランドとシーどちらに行こうかしら。そんな感じで葉月は十字を切って結果を見たのだ。
つまり正直なところ自分は受かっていると思っていた。受験は落ちるものだと百聞しただけで、一見を持っていなかった。
現場は口を噤んだ、指定校推薦の友人もいた。誰もがなんでもないように振る舞った。
葉月は本当に本当に焦った。なぜかって、総合型が潰されたとなると彼女の道は残すところ一般受験のみだ。そんなのは残されていないも同然である。
だって机への向かい方なんて知らない、総合型でバッチリ決めるはずだったから。現在十一月、本番まではあと三ヶ月とちょっと。三ヶ月で詰め込める量などたかが知れている。高校すらも単願で入った彼女のようなヨチヨチには土台無理なお話なのだ。
学校にいる間涙は出なかったけれど、なぜだか帰り道で一人になると、途端にダメだった。陽が横っ面に襲いかかってきて痛かった。誰かに見られてしまう気がしたし、鼻を啜っても誰かに聞かれてしまう気がした。
友達は受かったのに、自分の不合格のせいできっと空気最悪で大変だったろうなどと今更湧き出てきて、電車に乗るときに定期券を握ると親の顔がチラついた。
葉月の家は簡単かつ丁寧に言ってしまえば、質素だ。だのに彼女は金をかけてもらって金をかけてもらって美大なんか目指して、挙げ句サックリ落とされている。
十七年かけてもこんなに情けない人間なのだ。
三ヶ月でひっくり返せるとは思えなかった。
自分に変なところはないと挑み安牌で月並みなセリフを並べた十月二十二日の面接。葉月は自らがなんの旨みも面白みもない人間だとアプローチしていることに気付けていなかったのだ。
帰路で全部出し切ったと思っていたけれど、カレンダーを見ている母に「次も頑張って」と言われると、また葉月は脳がぐちゃぐちゃになった。主に自責で。
「大丈夫だよ、受かるよ」
「ウン」
父親は共に卓を囲みほぼ無音で大泣きしている娘に、あたかも言葉を選んではいませんよという感じで声をかけた。
葉月は会話を二文字で終わらせた。辛気臭くて父はご飯美味しく食べられないだろうなあと、変に他人事に考えながら申し訳なくなっていた。
ジュワーッ! と台所の方で炒め物が騒ぎ出した。母がもやしを虐めているのだ。それすら「BGMだと思え」「存分に鼻をかめ」という母からの気遣いのように感じられてならなかった。
彼女の真実
2024-04-25
「よって、被告人を死刑に処す」
無機質なガベルの音が響き渡り、主文が述べられた後に裁判長にる判決の結果を言い渡された。判決内容は、彼女が犯した罪を考えると死刑もやむを得ない。彼女を弁護していた私でも、この結果は仕方ない。そこまでの事を彼女はしたんだと感情では納得している反面、キャリアとしては最悪だと理性が叫んでいた。
判決を告げられた彼女は、虚ろな目をしながら裁判長をみつめ刑の判決を聞いていた。
傍から見れば、死刑という判決を聞き自暴自棄になっているようにも見える。だが、本当にそうなのだろうか。私は、彼女の弁護を初めからしていたからこそ彼女の態度に違和感を感じた。
この違和感を私は覚えておくべきだったと後悔した……………
無機質なガベルの音が響き渡り、主文が述べられた後に裁判長にる判決の結果を言い渡された。判決内容は、彼女が犯した罪を考えると死刑もやむを得ない。彼女を弁護していた私でも、この結果は仕方ない。そこまでの事を彼女はしたんだと感情では納得している反面、キャリアとしては最悪だと理性が叫んでいた。
判決を告げられた彼女は、虚ろな目をしながら裁判長をみつめ刑の判決を聞いていた。
傍から見れば、死刑という判決を聞き自暴自棄になっているようにも見える。だが、本当にそうなのだろうか。私は、彼女の弁護を初めからしていたからこそ彼女の態度に違和感を感じた。
この違和感を私は覚えておくべきだったと後悔した……………
まず勝ちて後に戦う
2024-04-25
孫子の言葉で「勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて而る後に勝を求む」というものがある。
これは戦闘指揮にすぐれた君主は国内の情勢を整え、軍糧を揃え、良い兵隊を育て自軍を絶対不敗の態勢に置くことによって、戦う前から敗けている相手を敵として戦う。
戦いが始まってから勝機をつかもうとする者は敗北する、という意味だ。
この考えは自分のここまでの人生を成功に導いてきた。
ある時友人が殺された。
犯人の候補として警察から私の名が挙げられた。
だが私は殺してない
私は近所付き合いを大事にしている、毎朝まったく同じ時間に家を出て、隣に住んでいる物覚えの悪いおばあさんと小学生の交通整理をしているおじいさんに挨拶をする事を日課とし。
地域でイベントごとがあれば必ず参加し多くの人と関わりを持っておく。
職場での人間関係も良好で、仕事の出来の良さから上司からの信頼も厚い。
自分の言語化能力や発想力を気に入り、多くの取引先が契約を取り付けてくれた。
私は殺していない、少しお喋りな同僚と彼の事で盛り上がり、彼のミスを自分なりの言葉で上司に説明しただけだ。
彼のほうは怒ってしまったようだが
警察は私を疑い捜査を続けている。
だが、どんなに探そうと決定的な証拠は出てこない、出てくるのはアリバイばかり。
そう遠くないうちにこの事件は自殺として片付くだろう。
これは戦闘指揮にすぐれた君主は国内の情勢を整え、軍糧を揃え、良い兵隊を育て自軍を絶対不敗の態勢に置くことによって、戦う前から敗けている相手を敵として戦う。
戦いが始まってから勝機をつかもうとする者は敗北する、という意味だ。
この考えは自分のここまでの人生を成功に導いてきた。
ある時友人が殺された。
犯人の候補として警察から私の名が挙げられた。
だが私は殺してない
私は近所付き合いを大事にしている、毎朝まったく同じ時間に家を出て、隣に住んでいる物覚えの悪いおばあさんと小学生の交通整理をしているおじいさんに挨拶をする事を日課とし。
地域でイベントごとがあれば必ず参加し多くの人と関わりを持っておく。
職場での人間関係も良好で、仕事の出来の良さから上司からの信頼も厚い。
自分の言語化能力や発想力を気に入り、多くの取引先が契約を取り付けてくれた。
私は殺していない、少しお喋りな同僚と彼の事で盛り上がり、彼のミスを自分なりの言葉で上司に説明しただけだ。
彼のほうは怒ってしまったようだが
警察は私を疑い捜査を続けている。
だが、どんなに探そうと決定的な証拠は出てこない、出てくるのはアリバイばかり。
そう遠くないうちにこの事件は自殺として片付くだろう。
言い訳
2024-04-25
彼はいつもガーゼみたいに柔らかい笑顔で私を見つめてくる。
そういうのもういいから
もう終わりにしたい
自分の本心とは裏腹に、私もそうやって
子供をあやすように微笑み返す
自分の冷めた心に気づかない鈍感な彼
そして、冷めた心を気づかれないように内心、もう別れたい
なんて思いながら取り繕う私
だって彼の屈託のない笑顔を見るとなんにも言えなくなるから…
狡いよ、早く気づいてよ、
貴方のこんなにも純粋な私への愛情を迷惑に思ってるなんて
私、口が裂けても言えないから
そういうのもういいから
もう終わりにしたい
自分の本心とは裏腹に、私もそうやって
子供をあやすように微笑み返す
自分の冷めた心に気づかない鈍感な彼
そして、冷めた心を気づかれないように内心、もう別れたい
なんて思いながら取り繕う私
だって彼の屈託のない笑顔を見るとなんにも言えなくなるから…
狡いよ、早く気づいてよ、
貴方のこんなにも純粋な私への愛情を迷惑に思ってるなんて
私、口が裂けても言えないから
普通の呪縛
2024-04-24
「あんた!こんな田舎で燻ってるぐらいなら東京さ出な!ここら辺はみんな東京出て、田舎卒業する!それが普通だ!でもあの人みたいにはなるなーよ」電動ベットに横になった母親はそう言った。
「…わがったよ。」なんとなくわかってた。中学を卒業したらど田舎を出て都会の学校に行くのが当たり前。誰だってそうだ…それが普通。
「っていうのが、この高校に来た理由。」
「へぇー、大変なんだね田舎も」
『ガタン!』
大きな音が教室の右の方から聞こえてきた。
「机が吹っ飛んでるじゃん。あぶな、剛田がキレたのか?」
「多分そうだよ。」剛田の怒りは耳をすまさずとも聞こえてきた。
「ふざけんな!我慢は3度目までだ!普通に許せないもうキレた、殴らせろや」
「やっぱり喧嘩か、見苦しいなぁ」僕は荒れてる教室を見てそう言った。
「止める?」
「止めないよ普通、動かないのが賢明、でしょ?」
「だよね。喧嘩とか普段しないの?母親とか」
「母親かぁ」僕は頭に母ちゃんの思い出がよぎった。ホームシックだろうか。
「全くしねーべ、母ちゃん体弱ぇっちゃ」
「へぇー、やっぱ普通じゃないね」
「どういう意味だ?なんだそれ、何に対して普通じゃねぇって言ったんだよ」僕は聞き捨てならない言葉を聞いたような気がした。
「いやいや、馬鹿にしてるとかじゃないんだ。今のは…」
『ガタン!』
瞬間、教室に音が響いた。喧嘩の音?。いや違う。教室はその音で静まっている。その方向に目をやる。すると担任の先生が僕を見た。それも、悲しそうな目で。
「お母様が…」その一言でわかった。何かがあったんだ。しかし、僕の体は動かなかった。
「行ってあげてよ今すぐ。」友達も勘付いたようだ。
「でも、授業、あるし…」自分の言葉に冷や汗が出る。
「何言ってんの!母親の危機に駆け付けないなんて、普通じゃないよ!」僕は冷や汗が止まらない。
「心配じゃないの?普通はこういう時駆けつけるの!」
『バ!』
ようやく僕の体は軽くなった。教室から駆け出す。
「とりあえず、職員室の電話に出て、そこで詳しいことを」いつもなら廊下を走ると怒る先生が急がせてくる。そして、職員室。僕は受話器を手に取った。
『ガチャ』
「死んだぞ、恵美は。」
「え?」
「…」
驚いたのは母の訃報。とその声。
「なんで今更…、なに今更!父ちゃん」泣きながら声を荒げた。
「家に帰ってこい。恵美の荷物全部片付けるぞ。」昔と変わらない冷たさで、変わらない声の鋭さ。今まで何をしてたかとか、なんで出ていったのかとか、聞きたいけれど、今は母ちゃんの家に帰ってあげたい気持ちになった。そしてこう言葉を放つ「死ねゴミのクズ」
『ガチャ』
電話を切った。
次の日、学校を休み、電車に乗り、バスに乗り、フェリーに乗り、故郷に着き、家に着いた。そこにはいつも通りの景色と父がいた。スーツを着ている。きっと母ちゃんが死んだからじゃない。終わったら仕事にでも行くのだろう。
「来たか、お前は屋根裏を片付けろ、この家は売るか、壊すかする、早くしろ」
「なんだよそれ、何を勝手に、悲しくもないのかよ、お前なんて、お前にはもう関係ないだろ!」
「…。」そしてギョロッと父の目が僕を見た。
「じゃあなんだよ。お前がどうにかするのかよ。金も全然ないくせに。こういうのは普通、親に権利があるもんなんだよ。わかったら、早くやれ。これが普通だ。」
「普通…」僕は言い返せない。
僕は屋根裏に静かに登っていった。その間、何かが怖くて周りを見ることができない。
「屋根裏、久しぶりだなぁ」窓から入る光が部屋を照らしている。早くやらないと暗くなってしまう。
「まずはこれから片付けよう、なんだこれ」すごい埃だ。
『フゥー』
息を吹きかけると汚れが飛び、中身が見えてきた。
「ブラウン管だ」僕は埃と屑に埋もれていたそれを手で綺麗に掃除していった。なんだか、気分が晴れていくようだ。なんでだろうか、わからない。やがて、綺麗な画面に顔が反射した。その瞬間。そこで僕は不思議な感覚に落ちた。自分の顔が幼く見えたのだ。そして、今までの出来事が走馬灯みたいにブラウン管に映し出された。見えるのは全部、母ちゃんとの思い出。初めて自転車に乗れた日、釣りをした日、運動会で一位を取った日。僕は嬉しくて悲しくて、画面を見続けた。ブラウン管のチャンネルを手でカチャカチャするほど、懐かしい日々がフラッシュバックする。このまま見ていたい…。
『ダン!』
襖が突然開いて、ハッと画面が現実に戻った。黒い画面に顔が再び映る。その顔は涙でびちゃびちゃだ。僕は慌てて、もう一度チャンネルを変えようと必死になった。でももう見れない。
「全然進んでないな、おい、しかもそんな古いテレビをガチャガチャして何してんだよ。気持ち悪い。」
「うるさい」僕は俯いた。
「いいか、俺はこれが終わっても終わらなくても仕事にいく、もし間に合わなかったら一人で全部やれよ」
「うるさい」僕は我慢した。
「ふん、気分の悪いガキだ。あの女に似て、普通じゃない。」
『パリン』
僕は父への怒りか、無意識か、それとも、テレビの画面を殴り割っていた。
「あれ?どうして、なんでだろう。」
「…わがったよ。」なんとなくわかってた。中学を卒業したらど田舎を出て都会の学校に行くのが当たり前。誰だってそうだ…それが普通。
「っていうのが、この高校に来た理由。」
「へぇー、大変なんだね田舎も」
『ガタン!』
大きな音が教室の右の方から聞こえてきた。
「机が吹っ飛んでるじゃん。あぶな、剛田がキレたのか?」
「多分そうだよ。」剛田の怒りは耳をすまさずとも聞こえてきた。
「ふざけんな!我慢は3度目までだ!普通に許せないもうキレた、殴らせろや」
「やっぱり喧嘩か、見苦しいなぁ」僕は荒れてる教室を見てそう言った。
「止める?」
「止めないよ普通、動かないのが賢明、でしょ?」
「だよね。喧嘩とか普段しないの?母親とか」
「母親かぁ」僕は頭に母ちゃんの思い出がよぎった。ホームシックだろうか。
「全くしねーべ、母ちゃん体弱ぇっちゃ」
「へぇー、やっぱ普通じゃないね」
「どういう意味だ?なんだそれ、何に対して普通じゃねぇって言ったんだよ」僕は聞き捨てならない言葉を聞いたような気がした。
「いやいや、馬鹿にしてるとかじゃないんだ。今のは…」
『ガタン!』
瞬間、教室に音が響いた。喧嘩の音?。いや違う。教室はその音で静まっている。その方向に目をやる。すると担任の先生が僕を見た。それも、悲しそうな目で。
「お母様が…」その一言でわかった。何かがあったんだ。しかし、僕の体は動かなかった。
「行ってあげてよ今すぐ。」友達も勘付いたようだ。
「でも、授業、あるし…」自分の言葉に冷や汗が出る。
「何言ってんの!母親の危機に駆け付けないなんて、普通じゃないよ!」僕は冷や汗が止まらない。
「心配じゃないの?普通はこういう時駆けつけるの!」
『バ!』
ようやく僕の体は軽くなった。教室から駆け出す。
「とりあえず、職員室の電話に出て、そこで詳しいことを」いつもなら廊下を走ると怒る先生が急がせてくる。そして、職員室。僕は受話器を手に取った。
『ガチャ』
「死んだぞ、恵美は。」
「え?」
「…」
驚いたのは母の訃報。とその声。
「なんで今更…、なに今更!父ちゃん」泣きながら声を荒げた。
「家に帰ってこい。恵美の荷物全部片付けるぞ。」昔と変わらない冷たさで、変わらない声の鋭さ。今まで何をしてたかとか、なんで出ていったのかとか、聞きたいけれど、今は母ちゃんの家に帰ってあげたい気持ちになった。そしてこう言葉を放つ「死ねゴミのクズ」
『ガチャ』
電話を切った。
次の日、学校を休み、電車に乗り、バスに乗り、フェリーに乗り、故郷に着き、家に着いた。そこにはいつも通りの景色と父がいた。スーツを着ている。きっと母ちゃんが死んだからじゃない。終わったら仕事にでも行くのだろう。
「来たか、お前は屋根裏を片付けろ、この家は売るか、壊すかする、早くしろ」
「なんだよそれ、何を勝手に、悲しくもないのかよ、お前なんて、お前にはもう関係ないだろ!」
「…。」そしてギョロッと父の目が僕を見た。
「じゃあなんだよ。お前がどうにかするのかよ。金も全然ないくせに。こういうのは普通、親に権利があるもんなんだよ。わかったら、早くやれ。これが普通だ。」
「普通…」僕は言い返せない。
僕は屋根裏に静かに登っていった。その間、何かが怖くて周りを見ることができない。
「屋根裏、久しぶりだなぁ」窓から入る光が部屋を照らしている。早くやらないと暗くなってしまう。
「まずはこれから片付けよう、なんだこれ」すごい埃だ。
『フゥー』
息を吹きかけると汚れが飛び、中身が見えてきた。
「ブラウン管だ」僕は埃と屑に埋もれていたそれを手で綺麗に掃除していった。なんだか、気分が晴れていくようだ。なんでだろうか、わからない。やがて、綺麗な画面に顔が反射した。その瞬間。そこで僕は不思議な感覚に落ちた。自分の顔が幼く見えたのだ。そして、今までの出来事が走馬灯みたいにブラウン管に映し出された。見えるのは全部、母ちゃんとの思い出。初めて自転車に乗れた日、釣りをした日、運動会で一位を取った日。僕は嬉しくて悲しくて、画面を見続けた。ブラウン管のチャンネルを手でカチャカチャするほど、懐かしい日々がフラッシュバックする。このまま見ていたい…。
『ダン!』
襖が突然開いて、ハッと画面が現実に戻った。黒い画面に顔が再び映る。その顔は涙でびちゃびちゃだ。僕は慌てて、もう一度チャンネルを変えようと必死になった。でももう見れない。
「全然進んでないな、おい、しかもそんな古いテレビをガチャガチャして何してんだよ。気持ち悪い。」
「うるさい」僕は俯いた。
「いいか、俺はこれが終わっても終わらなくても仕事にいく、もし間に合わなかったら一人で全部やれよ」
「うるさい」僕は我慢した。
「ふん、気分の悪いガキだ。あの女に似て、普通じゃない。」
『パリン』
僕は父への怒りか、無意識か、それとも、テレビの画面を殴り割っていた。
「あれ?どうして、なんでだろう。」
形骸
2024-04-24
筆記。吟味。消しゴム。筆記。消しゴム。何度書き損じれば気が済むのだろう。
狭い子供部屋の中は暗く、重苦しいカーテンの向こうにも光は見えない。落書きだらけの勉強机の卓上ライトだけをつけて、23時のアラームを聴く。けたたましいそれはなんとか保っていた集中を掻き乱し、不要な知覚を促した。すなわち焦燥、ストレス、注意散漫。コンタクトレンズが撓む感覚と、慢性的な肩凝りの頭痛が、分別のない本能を呼び覚ましてしまう。
もう諦めてしまおうか——。
そして、これが14度目の否定だった。
小説を書くことなど容易い、詰まったことなど一度もないと、根拠のない驕りが、これまでのおれには満ちていた。大丈夫だ、自信があるのだから。そこに根拠のないことは分かっているが、後々に裏付ければいいだけだと、薄靄のような信用を吸い込むことで、どこか安堵していたのだ。だが何だ、眼前に広がる空白は。まるで病室のような空白が満ちる原稿は。いや、そこまで真っ白だったならば、まだ潔く諦め切れただろう。これは言うなれば、擦り切れたコンクリートの壁だ。ただ歴史を胸に誇り高く建っていながら、眼前を邪魔する腹立たしい壁だ。壊してしまえば楽なのに、壁は自分の価値を主張する。ただそう感じるだけなのかも知れないが、つまるところおれは破壊衝動と戦っていたのだ。まるで本能を否定することで袋小路から抜け出したいような、縋るような衝動だった。
日頃の就寝時間は23時までと決めているが、これまで破ったことは何度かあった。一度目には大した危惧もなかった。漠然とあの賞に応募しようと思って、まだ余裕があるからと後回しにしたまま、気づけば締切まで三日も残っていなかった。得意の驕った小説を書いた。二度目もまた似たようなことで、三度目にはおれはそういう性質なんだと理解した。自分の理想と現実に折り合いがつけられないのだろうと、問題意識をなんとなく自覚して、こんなことはもうやめようと自分に誓った。しかし、今日の状況も結局は同じことだった。締切間際に机に向かい、ただひたすら執筆に打ち込んで——唯一違う点は、何かが出来上がるたびに原稿を破り捨てたことだ。
その何かは悍ましかった。得意でも不得意でもない、「形骸」について物語を書こうと思った。いつもの通りに言葉を咀嚼し、かつて愛し合っていたのに愛を忘れた夫婦の物語を書き始めた。そうだ、そこまでは何もかも順調だったのだ。いつもの通りものの数時間で書き終わり、いざ推敲してみると、背筋を伝う不快感が心臓の鼓動を跳ね上げた。不快感の正体は一切が不明で、ただ不気味だった。自分の自信が、驕りが揺らぐまではいかなくとも、大切な領域が侵されるように心が揺らぐようだった。だが、不快なことを自覚しているという意識が、やがて不快でないものを作り出せばいいだけだという安心に変わった。薄氷の上に建っているとは知らずに、暖かなかまくらにおびき寄せられたのだ。
おれはただ逃げていただけなのではないかと、今になって思う。それは自分の理想に反して執筆を後回しにする癖も、小説を書くことが容易いと思っていた驕りも。すべて「自覚しているから」大丈夫だと、自分に言い聞かせていたのだ。その実、肝心の問題を改善しようとは思わない。いや、ずっと変わろうとはしていた。変わろうとしている事実に満足して、それを盾に停滞を許していたのだ。その代償は目の前の、薄汚れた原稿用紙の蔑むような目線だった。
狭い子供部屋の中は暗く、重苦しいカーテンの向こうにも光は見えない。落書きだらけの勉強机の卓上ライトだけをつけて、23時のアラームを聴く。けたたましいそれはなんとか保っていた集中を掻き乱し、不要な知覚を促した。すなわち焦燥、ストレス、注意散漫。コンタクトレンズが撓む感覚と、慢性的な肩凝りの頭痛が、分別のない本能を呼び覚ましてしまう。
もう諦めてしまおうか——。
そして、これが14度目の否定だった。
小説を書くことなど容易い、詰まったことなど一度もないと、根拠のない驕りが、これまでのおれには満ちていた。大丈夫だ、自信があるのだから。そこに根拠のないことは分かっているが、後々に裏付ければいいだけだと、薄靄のような信用を吸い込むことで、どこか安堵していたのだ。だが何だ、眼前に広がる空白は。まるで病室のような空白が満ちる原稿は。いや、そこまで真っ白だったならば、まだ潔く諦め切れただろう。これは言うなれば、擦り切れたコンクリートの壁だ。ただ歴史を胸に誇り高く建っていながら、眼前を邪魔する腹立たしい壁だ。壊してしまえば楽なのに、壁は自分の価値を主張する。ただそう感じるだけなのかも知れないが、つまるところおれは破壊衝動と戦っていたのだ。まるで本能を否定することで袋小路から抜け出したいような、縋るような衝動だった。
日頃の就寝時間は23時までと決めているが、これまで破ったことは何度かあった。一度目には大した危惧もなかった。漠然とあの賞に応募しようと思って、まだ余裕があるからと後回しにしたまま、気づけば締切まで三日も残っていなかった。得意の驕った小説を書いた。二度目もまた似たようなことで、三度目にはおれはそういう性質なんだと理解した。自分の理想と現実に折り合いがつけられないのだろうと、問題意識をなんとなく自覚して、こんなことはもうやめようと自分に誓った。しかし、今日の状況も結局は同じことだった。締切間際に机に向かい、ただひたすら執筆に打ち込んで——唯一違う点は、何かが出来上がるたびに原稿を破り捨てたことだ。
その何かは悍ましかった。得意でも不得意でもない、「形骸」について物語を書こうと思った。いつもの通りに言葉を咀嚼し、かつて愛し合っていたのに愛を忘れた夫婦の物語を書き始めた。そうだ、そこまでは何もかも順調だったのだ。いつもの通りものの数時間で書き終わり、いざ推敲してみると、背筋を伝う不快感が心臓の鼓動を跳ね上げた。不快感の正体は一切が不明で、ただ不気味だった。自分の自信が、驕りが揺らぐまではいかなくとも、大切な領域が侵されるように心が揺らぐようだった。だが、不快なことを自覚しているという意識が、やがて不快でないものを作り出せばいいだけだという安心に変わった。薄氷の上に建っているとは知らずに、暖かなかまくらにおびき寄せられたのだ。
おれはただ逃げていただけなのではないかと、今になって思う。それは自分の理想に反して執筆を後回しにする癖も、小説を書くことが容易いと思っていた驕りも。すべて「自覚しているから」大丈夫だと、自分に言い聞かせていたのだ。その実、肝心の問題を改善しようとは思わない。いや、ずっと変わろうとはしていた。変わろうとしている事実に満足して、それを盾に停滞を許していたのだ。その代償は目の前の、薄汚れた原稿用紙の蔑むような目線だった。
ニュースピーク
2024-04-24
ぼくが説明を終えると、Kは「ふーん」と鼻を鳴らした。黒縁のブリッジを持ち上げ、視線を空へと移す。
「ニジみたいだな」
「え?」
「ほら、空にかかる、七色の」
それしかないだろ、といわんばかりに口を曲げて、Kがこちらを振り返った。
「日本で虹といえば七色だがな、ほかの国では二色だったり三色っだったりに見えるとかってよくいうだろ?」
ああ、と僕は納得した。
確かに、虹の見え方は国によって違う。もちろん見ている虹は同じものだ。しかし、たとえば南アジアなんかでは色を表す言葉が少ないために、混じり合うグラデーションの部分をうまく認識できず、二色に見えてしまうことがあるのだ。
「お前のいうニューなんとかってのも、そういうことだろ?」
「まあね」
「ニジみたいだな」
「え?」
「ほら、空にかかる、七色の」
それしかないだろ、といわんばかりに口を曲げて、Kがこちらを振り返った。
「日本で虹といえば七色だがな、ほかの国では二色だったり三色っだったりに見えるとかってよくいうだろ?」
ああ、と僕は納得した。
確かに、虹の見え方は国によって違う。もちろん見ている虹は同じものだ。しかし、たとえば南アジアなんかでは色を表す言葉が少ないために、混じり合うグラデーションの部分をうまく認識できず、二色に見えてしまうことがあるのだ。
「お前のいうニューなんとかってのも、そういうことだろ?」
「まあね」
愛の大きさ
2024-04-24
僕がまだ小さかった時、飼ってた犬が死んだ。僕はたくさん可愛がってあげたつもりだったけれど、懐いていたのは姉だった。骨を土に埋める時、姉は泣いていた。僕は涙が出なかった。
僕が高校生の時、友達が交通事故で死んだ。一緒にゲームしたり遊びに行ったり、青春時代はそいつと常に一緒だった。そいつの葬式に行った。そいつの両親は泣き崩れていた。僕は涙が出なかった。
僕が社会人になった時、母親が死んだ。女で一つで家族を養ってくれた母だ。とてもいい母親だったと思う。けれどあまり母との記憶がない。朝起きた時にはもう母は仕事に行ってしまっていて、僕が寝た後に帰ってくる。母と喧嘩した覚えもない。葬式で焼香する時、あらためて棺桶の母の顔を見て、そういえばこんな顔だったなと思ってしまった。僕は涙が出なかった。
僕がいっぱしの社会人になった時、姉が死んだ。母がいない時いつも面倒見てくれていたのは姉だった。社会人になってからも何度もお世話になった。時にはお金がらみで迷惑もかけたし、僕が結婚したい人がいるって言った時なんかは自分のことのように喜んでくれた。葬式で僕が弔辞を読んだ時、僕の声は震えていた。僕の頬を一筋の涙が流れた。
僕が会社を定年退職してからしばらくした時、妻が死んだ。会社で出会った女性だ。この人となら一生を過ごせると思った。結婚してから2人で頑張って家を買った。子供を授かってから彼女は仕事を辞め主婦業に専念した。僕はその分働いた。でも、家族のことを思うと不思議と頑張れた。時には喧嘩もした。けれど楽しかった。僕の目の前で冷たくなっていく彼女を見ていた。彼女は笑っていた。あなたの最後を見なくてすんでよかったって、彼女は言った。子供達は泣いていた。僕も泣いた。涙が溢れた。もう話せないと思うと、たまらなく恋しくなった。子供達の前で涙を見せたくなかったけど、感情が溢れて止まらなかった。
次は僕が死ぬ番だ。僕は施設で1人だ。子供達は成人してそれぞれ家庭を持っている。食事の時と風呂の時だけ来る施設の人だけが僕の喋り相手だ。そろそろ僕もこの世を去る。あの世に行ったらまた妻やみんなに会えると思うと少し楽しみだな。次はもっとたくさんの人を愛せるようになりたいな。
僕が死んだら泣いてくれるかな。
僕が高校生の時、友達が交通事故で死んだ。一緒にゲームしたり遊びに行ったり、青春時代はそいつと常に一緒だった。そいつの葬式に行った。そいつの両親は泣き崩れていた。僕は涙が出なかった。
僕が社会人になった時、母親が死んだ。女で一つで家族を養ってくれた母だ。とてもいい母親だったと思う。けれどあまり母との記憶がない。朝起きた時にはもう母は仕事に行ってしまっていて、僕が寝た後に帰ってくる。母と喧嘩した覚えもない。葬式で焼香する時、あらためて棺桶の母の顔を見て、そういえばこんな顔だったなと思ってしまった。僕は涙が出なかった。
僕がいっぱしの社会人になった時、姉が死んだ。母がいない時いつも面倒見てくれていたのは姉だった。社会人になってからも何度もお世話になった。時にはお金がらみで迷惑もかけたし、僕が結婚したい人がいるって言った時なんかは自分のことのように喜んでくれた。葬式で僕が弔辞を読んだ時、僕の声は震えていた。僕の頬を一筋の涙が流れた。
僕が会社を定年退職してからしばらくした時、妻が死んだ。会社で出会った女性だ。この人となら一生を過ごせると思った。結婚してから2人で頑張って家を買った。子供を授かってから彼女は仕事を辞め主婦業に専念した。僕はその分働いた。でも、家族のことを思うと不思議と頑張れた。時には喧嘩もした。けれど楽しかった。僕の目の前で冷たくなっていく彼女を見ていた。彼女は笑っていた。あなたの最後を見なくてすんでよかったって、彼女は言った。子供達は泣いていた。僕も泣いた。涙が溢れた。もう話せないと思うと、たまらなく恋しくなった。子供達の前で涙を見せたくなかったけど、感情が溢れて止まらなかった。
次は僕が死ぬ番だ。僕は施設で1人だ。子供達は成人してそれぞれ家庭を持っている。食事の時と風呂の時だけ来る施設の人だけが僕の喋り相手だ。そろそろ僕もこの世を去る。あの世に行ったらまた妻やみんなに会えると思うと少し楽しみだな。次はもっとたくさんの人を愛せるようになりたいな。
僕が死んだら泣いてくれるかな。
地球とヤりたい
2024-04-24
「ねぇ、人は死んだら星になるんだって。きっとあの星はお婆ちゃんだよ。」
それは聞いた時から僕は、誰か地球になったのか、誰が太陽になったのかを考えています。死んで惑星になれるような人間がいるのか、という疑問はとっくに忘れて公園のベンチで夜空をじーっと見つめています。
例えば、月になった人は綺麗な人なんだろうと思います。それは容姿がとかそういうことではなくて、全部がという意味である。ボコボコで周り続けてる月が格好いいと思いました。自分で光るなんてせずに喧騒とも静寂ともとれるような夜に、太陽に照らされて姿を晒す月は綺麗です。きっととても優しくて、天の川がよく似合う綺麗な心の人だと思います。そう思うと僕は月が好きになりました。
例えば、太陽になった人は神様だと思います。身勝手に燃え続けて照らし続けるのは、弱くて自己中な神様にしかできないと思うからです。そう思うと、太陽が大きくなり続けていていずれ宇宙の全部を飲み込んでしまう、それも理解できる気がします。それでも傲慢な太陽が僕は大嫌いです。
ここまで考えて、僕は地球が誰かわからなくなります。地球は優しくなくて不安定で、弱くも強くもあります。そういう人をまだ僕は知りません。不安定な人は優しい人が多いし、弱い人も強い人も、弱くも強くもない人は知っていますがそういう人は知りません。これは僕が他人のことを深く知らないからでしょうか。それは寂しい。
だから僕は、地球があの子だと思うことにしました。あの子が優しくなくて不安定で、弱くも強くもある人なら諦められると思ったからです。
そう、きっと、あの子が地球です。
僕は地球に恋をしているのかもしれない。そう思うと自分が何か大きな渦になったような気分です。ふわふわしているのに、昨日よりずっと地に足がついてる気がします。靴の裏にあの子を感じる。
極端に暑くなっていく夏も、花粉症も、憂鬱なはずの大雨も、何か愛おしいものになってしまいました。やっぱりあの子を抱きしめたい、地球を抱きしめたい、あの子とキスがしたい、地球とキスがしたい。結局諦めることなんてできなくて地球を好きになってしまっただけじゃないか。
それもいいな、と思って立ち上がって、星空を見ながら家までの道を歩き始めます。
それは聞いた時から僕は、誰か地球になったのか、誰が太陽になったのかを考えています。死んで惑星になれるような人間がいるのか、という疑問はとっくに忘れて公園のベンチで夜空をじーっと見つめています。
例えば、月になった人は綺麗な人なんだろうと思います。それは容姿がとかそういうことではなくて、全部がという意味である。ボコボコで周り続けてる月が格好いいと思いました。自分で光るなんてせずに喧騒とも静寂ともとれるような夜に、太陽に照らされて姿を晒す月は綺麗です。きっととても優しくて、天の川がよく似合う綺麗な心の人だと思います。そう思うと僕は月が好きになりました。
例えば、太陽になった人は神様だと思います。身勝手に燃え続けて照らし続けるのは、弱くて自己中な神様にしかできないと思うからです。そう思うと、太陽が大きくなり続けていていずれ宇宙の全部を飲み込んでしまう、それも理解できる気がします。それでも傲慢な太陽が僕は大嫌いです。
ここまで考えて、僕は地球が誰かわからなくなります。地球は優しくなくて不安定で、弱くも強くもあります。そういう人をまだ僕は知りません。不安定な人は優しい人が多いし、弱い人も強い人も、弱くも強くもない人は知っていますがそういう人は知りません。これは僕が他人のことを深く知らないからでしょうか。それは寂しい。
だから僕は、地球があの子だと思うことにしました。あの子が優しくなくて不安定で、弱くも強くもある人なら諦められると思ったからです。
そう、きっと、あの子が地球です。
僕は地球に恋をしているのかもしれない。そう思うと自分が何か大きな渦になったような気分です。ふわふわしているのに、昨日よりずっと地に足がついてる気がします。靴の裏にあの子を感じる。
極端に暑くなっていく夏も、花粉症も、憂鬱なはずの大雨も、何か愛おしいものになってしまいました。やっぱりあの子を抱きしめたい、地球を抱きしめたい、あの子とキスがしたい、地球とキスがしたい。結局諦めることなんてできなくて地球を好きになってしまっただけじゃないか。
それもいいな、と思って立ち上がって、星空を見ながら家までの道を歩き始めます。
何回目かの失恋
2024-04-24
今日は記念日だから麻布のイタリアンへ行く。
パールの散りばめられた黒のパーティードレスを着て、ルージュの口紅をつける。少し派手すぎだろうか。
でも記念日なのだ、なにか起きるかもしれない。まことはちゃんとした服を着てきてくれるだろうか。
そんなことを考えているうちにまことが入り口で待っている姿が見えた。2分の遅刻をしてしまった。
「ごめん少し遅れちゃった!、ねえ、ドレスコードあるって言ったよね、?なんでジーパンなんか、断られたらどうするのよ、」
「なあに言ってんだ俺たちは予約しているんだ、断られることなんてないさ。さあ入ろう」
心の中にしまっておいたあの感情が蘇ってくる。案の定、店員に嫌な顔をされ、柱の後ろで影になっている席へ通された。いま目の前にいる男はテーブルマナーもままなっていない、美味しいとお世辞にも言えない。もしこれが、実家の隣の家のあの男なら、ピアノの横の席に通されていただろうし、恥ずかしい思いなんてしないだろう。
いいところまでいくのに、いつも私は直前であの男と比べてしまう。
ほら、目の前の男がポケットから小さな箱を取り出した。でも私はまた婚期を逃す。いや、逃すのではなく、離すのだ。
いつから私は自分が選ばれる方ではなく、選ぶ方だと勘違いするようになったのだろう。
別にこんな自分が嫌いなわけじゃないし、幸せじゃないわけでもない。
そして人はなぜ、「あなた幸せ?」なんて聞くのだろう。
「あなた、幸せじゃないことなんてなかったんでしょ?」と聞いてくれたらいいのに。
こうして私はあの男のもとへ向かうことになる。そして選ばれる方へと変わる。
私の人生なんてこの程度の物語。浅はかな失恋の物語。
パールの散りばめられた黒のパーティードレスを着て、ルージュの口紅をつける。少し派手すぎだろうか。
でも記念日なのだ、なにか起きるかもしれない。まことはちゃんとした服を着てきてくれるだろうか。
そんなことを考えているうちにまことが入り口で待っている姿が見えた。2分の遅刻をしてしまった。
「ごめん少し遅れちゃった!、ねえ、ドレスコードあるって言ったよね、?なんでジーパンなんか、断られたらどうするのよ、」
「なあに言ってんだ俺たちは予約しているんだ、断られることなんてないさ。さあ入ろう」
心の中にしまっておいたあの感情が蘇ってくる。案の定、店員に嫌な顔をされ、柱の後ろで影になっている席へ通された。いま目の前にいる男はテーブルマナーもままなっていない、美味しいとお世辞にも言えない。もしこれが、実家の隣の家のあの男なら、ピアノの横の席に通されていただろうし、恥ずかしい思いなんてしないだろう。
いいところまでいくのに、いつも私は直前であの男と比べてしまう。
ほら、目の前の男がポケットから小さな箱を取り出した。でも私はまた婚期を逃す。いや、逃すのではなく、離すのだ。
いつから私は自分が選ばれる方ではなく、選ぶ方だと勘違いするようになったのだろう。
別にこんな自分が嫌いなわけじゃないし、幸せじゃないわけでもない。
そして人はなぜ、「あなた幸せ?」なんて聞くのだろう。
「あなた、幸せじゃないことなんてなかったんでしょ?」と聞いてくれたらいいのに。
こうして私はあの男のもとへ向かうことになる。そして選ばれる方へと変わる。
私の人生なんてこの程度の物語。浅はかな失恋の物語。
鯱
2023-12-05
「はい。もしもし。」
もしもし?俺だけど。
「・・・?」
俺だよ俺ー。わかんない?
「ん?こうちゃんかい?」
そうそう、ごめんねーいきなり電話かけちゃって。
「いやいやいいんだよぉ。ひさしぶりだねえ。」
そうだね。
「うーん、久しぶり過ぎてびっくりよお。元気にしてたかい?ん?」
そりゃあもう元気も元気、ピンピンよ。
「そりゃあよかった。」
ばあちゃんこそ元気してた?
「ああ、こっちもじいちゃんと元気でやってるよ。今じいちゃんは役場の方に行っちまってるんだがね。ほら、また囲碁の集まりだよ。こうちゃんも昔よく付いて行ってたっけねえ。覚えてるかい?」
ははは、覚えてるよ。まあ元気ならよかったよ。
「じいちゃんもこうちゃんの声を聞きたがると思うんだけどねえ。なんたってほら、もうどのくらいだい?八年くらいはこっちの田舎の方にも来てないんじゃないかい?」
あーそうかもね。そのくらいは顔出してないかな。
「そうだよねえ、うん、ちょうど八年だね。写真とかではたまに送ってもらえるんだけど、大きくなっちゃってねえ。うんうん。ほら、こないだの大学の入学式かなんかの写真を見てねえ。」
あーあれね。見たんだ?
「見たよお。それでね、孫のスーツ姿なんて見れると思ってなかったって、じいちゃん泣きそうになっちまって。まだ八十になったばっかだっちゅうのに。ねえ。」
はは、そうなんだ。
「んー。んにしても、こうちゃんももう大学生だもんねえ。まだサッカーも続けてるのかい?昔は毎日ボール追っかけまわしてたでしょお。」
あー、まだやってるよ。今は週に一回くらいだけどね。
「ああ、そうかいそうかい。大学生はいそがしいもんねえ。」
まあね。それで、今日電話したわけなんだけどさ。
「ああ!そうだね。ごめんねえ。久しぶりでつい、いろいろ喋っちゃったよ。」
いや、いいよ。大丈夫。
「ごめんねえ。それで、なにかあったのかい?」
うん。実は、ほら、俺大学生になったじゃん?それで、今は就職とかも大変だしさ、ますますお金が必要になっていくんじゃないかと思って、将来に向けて今のうちに投資とか?まあそんな感じのことを勉強しようと思ってるんだよね。
「へえ、そうかい。大学入ってすぐなのに将来のことなんて、こうちゃんは偉いねえ。」
いやいや、今はみんなやってるよ。投資を学ぶ専門の熟みたいなのもあるしね。
「はぁ、専門のやつが。時代は変わるねえ。」
うん。それでさ、俺もとりあえずその塾に通ってみようかと思って。
「うんうん。」
その通うお金をさ。ばあちゃんにお願いできないかなあと思って。払わなきゃいけないのが明日のお昼までなんだけど、こんな事頼めるのはばあちゃんしかいないなーと思って、ね。
「あー、そういうことかい。もちろんいいよお。こうちゃんの勉強のためだったらばあちゃんいくらでも出してやる。」
まじ?ありがとう!半分諦めてたから良かった!まじで!
「いいんだよお。はあ、それにしても、投資の勉強なんて、見ない間にすっかり大人になっったんだねえ。じいちゃんが聞いたら今度こそ泣いちまうよ。」
ははは、もう十九だからね。成人も十八歳からになったし、もう社会的にも大人だよ。
「そうかもねえ。それで、お金はどうやってあげればいいんだい?明日までって言ってたけども。」
うーんと、じゃあこれから口座を言うから、そこに振り込んでおいてくれる?一年分の授業料と、あと教材のお金で六十万円なんだけど…。
「はいはいわかったよ。ちょっとメモは、えーと、ああ、あったあった。」
いくよ?○○銀行の口座なんだけど、番号が……。
「うん、うん、はい。はーい。」
大丈夫?
「大丈夫だよお。じゃあ今日中に入れておくからね。頑張るんだよ。」
うん、ほんとありがとう。あと、ほんと図々しいのはわかってんだけどさ。
「んー?」
投資って、最初に投資したいとこにお金を預けて、それが大きくなって返って来るって仕組みなんだけど、わかる?
「ばあちゃんはあんま詳しくないけどなあ。まあ言ってることはわかるよお?」
そっか。つまりさ、その最初の投資の元手のお金がないと、投資は始めらんないってことなんだけど、無理じゃなければその元手もくれないかなあって。勉強の一環としてね。
「勉強し終わる前に実際にやってみるってことかい?」
まあそうなるかな。習うより慣れろっていうか、経験として、ね。
「んー。まあ構わないけども、こうちゃんそんなにお金に切羽詰まってるのかい?」
いやー、大学に入るとなにかとお金がかかってね。
「そうかい。」
うーん。
もちろんいいけどねえ、もしそんなにすぐお金が必要ってんなら、ばあちゃんがとっておきの方法を教えてやろうかねえ。
「とっておきの方法?」
そうだよお。こっちに住んでるしんちゃんって覚えてるかい?あの朝川さんとこの。小ちゃい頃、こっち来たときはよく遊んでたでしょ。
「ああ、もちろん。しんちゃんでしょ?懐かしいな。それが?」
ああ、あと千佳子ちゃんもだね。こうちゃんより三つくらい年上の、覚えてるでしょ?
うん。
あの子たちもね、ばあちゃんのってゆうより、じいちゃんに教えてもらったんだけどね、とっておきの方法で、東京で一人暮らしするお金を稼いで、もう上京しちまったんだよ。
「へえ。」
その方法なんだけどねえ。じいちゃんが昔海外で働いてたってのは言ったことあったけっけね。
「そんなこと言ってたかも。どうだったかな。」
それで、貿易かなんかする会社で、そこそこ偉い立場になってたんだよ。
「そうなんだ。」
それでね、こうちゃんの言う投資って、日本の中の話でしょう?まあ外国の会社とかもあるんだろうけど、世界的に有名な会社とかそういうのにお金を預けるって。あの、すまほとか作ってる会社とか?
「まあね。」
でも世界には、日本にいちゃ一生知ることもない会社が山ほどあるんだと。
「うん。」
それでね、じいちゃんが言うには、そういうとこの、まあ言ったら、海外での投資を日本にいながらするってことだねえ。それは、日本円の価値とかなんかそういうのが作用して、すごく稼げるんだと。
「へえ!」
でもそういうのは、じいちゃんみたいな、外国に伝手がないとだめらしくて、だからあんまり有名な方法じゃないんだよお。
「はあー。じいちゃんすごいね。」
でしょでしょ。だから、じいちゃんにお金を預けて投資してくれって頼めば、こうちゃんでもすぐお金がゲットできると思うよお?
「まじかー。ちょっとそれじいちゃんに頼みたいな。」
もちろんいいよお。ばあちゃんから伝えとくからね。あ、でもすぐがいいってんなら、じいちゃんの投資専用の口座にお金を預けとけば、さっきこうちゃんに聞いた口座に帰ってくる分を入れといてあげるからね。いちおそのじいちゃんの口座も伝えとくかい?
「うん。お願い。」
えーっと、銀行と番号はねえ…‥
「‥…おっけい。ありがとう。じゃあ、その口座にすぐある程度お金入れとくから、じいちゃんに伝えて俺の口座にお願いね。」
わかったよお。絶対稼げるって噂だから、期待して待っとくんだよお。
「はいよ、さんきゅーね。」
もしもし?俺だけど。
「・・・?」
俺だよ俺ー。わかんない?
「ん?こうちゃんかい?」
そうそう、ごめんねーいきなり電話かけちゃって。
「いやいやいいんだよぉ。ひさしぶりだねえ。」
そうだね。
「うーん、久しぶり過ぎてびっくりよお。元気にしてたかい?ん?」
そりゃあもう元気も元気、ピンピンよ。
「そりゃあよかった。」
ばあちゃんこそ元気してた?
「ああ、こっちもじいちゃんと元気でやってるよ。今じいちゃんは役場の方に行っちまってるんだがね。ほら、また囲碁の集まりだよ。こうちゃんも昔よく付いて行ってたっけねえ。覚えてるかい?」
ははは、覚えてるよ。まあ元気ならよかったよ。
「じいちゃんもこうちゃんの声を聞きたがると思うんだけどねえ。なんたってほら、もうどのくらいだい?八年くらいはこっちの田舎の方にも来てないんじゃないかい?」
あーそうかもね。そのくらいは顔出してないかな。
「そうだよねえ、うん、ちょうど八年だね。写真とかではたまに送ってもらえるんだけど、大きくなっちゃってねえ。うんうん。ほら、こないだの大学の入学式かなんかの写真を見てねえ。」
あーあれね。見たんだ?
「見たよお。それでね、孫のスーツ姿なんて見れると思ってなかったって、じいちゃん泣きそうになっちまって。まだ八十になったばっかだっちゅうのに。ねえ。」
はは、そうなんだ。
「んー。んにしても、こうちゃんももう大学生だもんねえ。まだサッカーも続けてるのかい?昔は毎日ボール追っかけまわしてたでしょお。」
あー、まだやってるよ。今は週に一回くらいだけどね。
「ああ、そうかいそうかい。大学生はいそがしいもんねえ。」
まあね。それで、今日電話したわけなんだけどさ。
「ああ!そうだね。ごめんねえ。久しぶりでつい、いろいろ喋っちゃったよ。」
いや、いいよ。大丈夫。
「ごめんねえ。それで、なにかあったのかい?」
うん。実は、ほら、俺大学生になったじゃん?それで、今は就職とかも大変だしさ、ますますお金が必要になっていくんじゃないかと思って、将来に向けて今のうちに投資とか?まあそんな感じのことを勉強しようと思ってるんだよね。
「へえ、そうかい。大学入ってすぐなのに将来のことなんて、こうちゃんは偉いねえ。」
いやいや、今はみんなやってるよ。投資を学ぶ専門の熟みたいなのもあるしね。
「はぁ、専門のやつが。時代は変わるねえ。」
うん。それでさ、俺もとりあえずその塾に通ってみようかと思って。
「うんうん。」
その通うお金をさ。ばあちゃんにお願いできないかなあと思って。払わなきゃいけないのが明日のお昼までなんだけど、こんな事頼めるのはばあちゃんしかいないなーと思って、ね。
「あー、そういうことかい。もちろんいいよお。こうちゃんの勉強のためだったらばあちゃんいくらでも出してやる。」
まじ?ありがとう!半分諦めてたから良かった!まじで!
「いいんだよお。はあ、それにしても、投資の勉強なんて、見ない間にすっかり大人になっったんだねえ。じいちゃんが聞いたら今度こそ泣いちまうよ。」
ははは、もう十九だからね。成人も十八歳からになったし、もう社会的にも大人だよ。
「そうかもねえ。それで、お金はどうやってあげればいいんだい?明日までって言ってたけども。」
うーんと、じゃあこれから口座を言うから、そこに振り込んでおいてくれる?一年分の授業料と、あと教材のお金で六十万円なんだけど…。
「はいはいわかったよ。ちょっとメモは、えーと、ああ、あったあった。」
いくよ?○○銀行の口座なんだけど、番号が……。
「うん、うん、はい。はーい。」
大丈夫?
「大丈夫だよお。じゃあ今日中に入れておくからね。頑張るんだよ。」
うん、ほんとありがとう。あと、ほんと図々しいのはわかってんだけどさ。
「んー?」
投資って、最初に投資したいとこにお金を預けて、それが大きくなって返って来るって仕組みなんだけど、わかる?
「ばあちゃんはあんま詳しくないけどなあ。まあ言ってることはわかるよお?」
そっか。つまりさ、その最初の投資の元手のお金がないと、投資は始めらんないってことなんだけど、無理じゃなければその元手もくれないかなあって。勉強の一環としてね。
「勉強し終わる前に実際にやってみるってことかい?」
まあそうなるかな。習うより慣れろっていうか、経験として、ね。
「んー。まあ構わないけども、こうちゃんそんなにお金に切羽詰まってるのかい?」
いやー、大学に入るとなにかとお金がかかってね。
「そうかい。」
うーん。
もちろんいいけどねえ、もしそんなにすぐお金が必要ってんなら、ばあちゃんがとっておきの方法を教えてやろうかねえ。
「とっておきの方法?」
そうだよお。こっちに住んでるしんちゃんって覚えてるかい?あの朝川さんとこの。小ちゃい頃、こっち来たときはよく遊んでたでしょ。
「ああ、もちろん。しんちゃんでしょ?懐かしいな。それが?」
ああ、あと千佳子ちゃんもだね。こうちゃんより三つくらい年上の、覚えてるでしょ?
うん。
あの子たちもね、ばあちゃんのってゆうより、じいちゃんに教えてもらったんだけどね、とっておきの方法で、東京で一人暮らしするお金を稼いで、もう上京しちまったんだよ。
「へえ。」
その方法なんだけどねえ。じいちゃんが昔海外で働いてたってのは言ったことあったけっけね。
「そんなこと言ってたかも。どうだったかな。」
それで、貿易かなんかする会社で、そこそこ偉い立場になってたんだよ。
「そうなんだ。」
それでね、こうちゃんの言う投資って、日本の中の話でしょう?まあ外国の会社とかもあるんだろうけど、世界的に有名な会社とかそういうのにお金を預けるって。あの、すまほとか作ってる会社とか?
「まあね。」
でも世界には、日本にいちゃ一生知ることもない会社が山ほどあるんだと。
「うん。」
それでね、じいちゃんが言うには、そういうとこの、まあ言ったら、海外での投資を日本にいながらするってことだねえ。それは、日本円の価値とかなんかそういうのが作用して、すごく稼げるんだと。
「へえ!」
でもそういうのは、じいちゃんみたいな、外国に伝手がないとだめらしくて、だからあんまり有名な方法じゃないんだよお。
「はあー。じいちゃんすごいね。」
でしょでしょ。だから、じいちゃんにお金を預けて投資してくれって頼めば、こうちゃんでもすぐお金がゲットできると思うよお?
「まじかー。ちょっとそれじいちゃんに頼みたいな。」
もちろんいいよお。ばあちゃんから伝えとくからね。あ、でもすぐがいいってんなら、じいちゃんの投資専用の口座にお金を預けとけば、さっきこうちゃんに聞いた口座に帰ってくる分を入れといてあげるからね。いちおそのじいちゃんの口座も伝えとくかい?
「うん。お願い。」
えーっと、銀行と番号はねえ…‥
「‥…おっけい。ありがとう。じゃあ、その口座にすぐある程度お金入れとくから、じいちゃんに伝えて俺の口座にお願いね。」
わかったよお。絶対稼げるって噂だから、期待して待っとくんだよお。
「はいよ、さんきゅーね。」
タイトルを記入してください。
2023-11-21
自由な校風の元生徒の権限が強くなったGG学園ではそれぞれの活動を行う100を越える部活動の影響により、学園内で爆発が起きたり、ちょっとした戦争が起こったり、治安が急激に悪化していた。学園内の問題に、颯爽と駆けつけては解決し去って行く部活動の噂が広がっていった。それ名も正義探偵活動部である。
新聞部の命を受けて私はその正義探偵活動部の扉を開けた。映画を見たりゲームをしていたり、読書をしていたり、正義探偵活動部は今日も各々のんびりと誰かの危機を待っているようだ。
「取材に参りました、新聞部の海老誌 出井です。本日はよろしくお願いします」
「あぁ新聞部の。いらっしゃい、ちょっとまっててね、部長を連れてくるから」
優しげな顔つきの人が奥に入っていく。「なに頭を抱えてるんですか、新聞部来てますよ」「映画をついに2倍速で見ちまったんだよ!それでも内容が何となくわかってしまう、この喪失感がわからないのか睦月!」「知らないですよ」
そんな会話をしながら映画を見ながら頭を抱えていた人が睦月と呼ばれていた人に引っ張り出しされてきた。
「はいはい部長の葉月でーす、こっちの優しそうなのが睦月で、あっちの本を読んでるのがさっちんね」
「はい、よろしくお願いします。今日は普段の活動を見せていただければと」
「ほいよ、活動といっても困っている人がいたら助けるだからねぇ、大体こんな感じよ」
他の生徒に思われているような、正義の味方のような姿はまるで無かった。思ったよりも拍子抜けのまま30分ほど経ち、映画を部屋の端から見守るのも飽きてきた頃に睦月さんの携帯に何かが来たようだった。
「葉月さん、調理部と茶道部の抗争で調理室が燃えているらしいですよ」
他じゃ一大事かも知れないがここではよくある事なので誰も驚かないし警報とかも鳴っていない。この情報をどこから得ているのかは少し気になる。
「まじか、じゃあちょいと行きますか、睦月、途中で消火器を拾えばいいか?」
「それでいいんじゃないすか、ダメだったらそのとき考えるで。さっちん、場所とか知らない?」
「1階に6個、2階に4個、3階に4個、調理室は1階だからこの階から1人1つ持っていって後は1階のを使えばいいと思う。出井さんは危ないから安全な位置から見てるか、ここにいてね」
「は、はい」
先ほどまでののんびりとした空気から一瞬で真面目な空気に変わった。そして計画が決まると私の返事を待たずにすぐに飛び出してしまった。
彼らは慣れた手つきで消化器を拾って調理室まで一直線に向かっていく。その手際は流石としか言えないほど効率的だった。ここに居るように言われてしまったものの、つい目の前でその仕事ぶりを見てみたいと思い私も調理室まで向かうことにした。
私が着いた頃には既に消火は終わっていた。周りの話から推測するに茶道部の工作によって大火事になる所だったらしくあと少し遅れていたら大爆発するほどらしい。あと一歩のところで食い止めるからこそ彼らは信頼されているのかもしれない。
消火器の煙で見えなかったが調理室の中には何人も倒れており、もっと火が広がっていれば丸焦げになっていたということも嘘ではないと思う。野次馬で騒がしい現場をよそに正義探偵活動部の3人は何かを話している。かと思えば部室まで帰っていく。それを見て私は急いで追いかけた。
「お、お疲れ様です」
「あ、おつかれ。結局来ちゃったんだ、取材は終わり?」
「え、あ、はい。いやそれよりも」
「何かあったの?強盗とか、火事場泥棒みちゃった?」
心配というよりむしろ楽しそうに聞いてくる。あんなに正義の味方のように思われているのに、どうして帰ってしまうのか違和感があった。つい気になっていた事を聞いてしまう。
「その、調理室で倒れていた人とか、助けたりしなくていいんですか?」
「ん?どうして、そんな義理なくない?」
「労力の割に本人達に感謝されるだけだしねぇ」
「功績とか考えると効率悪いよね、途中で放り出すと心証も悪いし」
帰ってきた言葉はとても信じられないものだった。
よく見ると全ての活動が事後対応で、彼らはその事件の原因まで干渉はしない。
噂のヒーローは覗いてみればただのハイエナだった。
新聞部の命を受けて私はその正義探偵活動部の扉を開けた。映画を見たりゲームをしていたり、読書をしていたり、正義探偵活動部は今日も各々のんびりと誰かの危機を待っているようだ。
「取材に参りました、新聞部の海老誌 出井です。本日はよろしくお願いします」
「あぁ新聞部の。いらっしゃい、ちょっとまっててね、部長を連れてくるから」
優しげな顔つきの人が奥に入っていく。「なに頭を抱えてるんですか、新聞部来てますよ」「映画をついに2倍速で見ちまったんだよ!それでも内容が何となくわかってしまう、この喪失感がわからないのか睦月!」「知らないですよ」
そんな会話をしながら映画を見ながら頭を抱えていた人が睦月と呼ばれていた人に引っ張り出しされてきた。
「はいはい部長の葉月でーす、こっちの優しそうなのが睦月で、あっちの本を読んでるのがさっちんね」
「はい、よろしくお願いします。今日は普段の活動を見せていただければと」
「ほいよ、活動といっても困っている人がいたら助けるだからねぇ、大体こんな感じよ」
他の生徒に思われているような、正義の味方のような姿はまるで無かった。思ったよりも拍子抜けのまま30分ほど経ち、映画を部屋の端から見守るのも飽きてきた頃に睦月さんの携帯に何かが来たようだった。
「葉月さん、調理部と茶道部の抗争で調理室が燃えているらしいですよ」
他じゃ一大事かも知れないがここではよくある事なので誰も驚かないし警報とかも鳴っていない。この情報をどこから得ているのかは少し気になる。
「まじか、じゃあちょいと行きますか、睦月、途中で消火器を拾えばいいか?」
「それでいいんじゃないすか、ダメだったらそのとき考えるで。さっちん、場所とか知らない?」
「1階に6個、2階に4個、3階に4個、調理室は1階だからこの階から1人1つ持っていって後は1階のを使えばいいと思う。出井さんは危ないから安全な位置から見てるか、ここにいてね」
「は、はい」
先ほどまでののんびりとした空気から一瞬で真面目な空気に変わった。そして計画が決まると私の返事を待たずにすぐに飛び出してしまった。
彼らは慣れた手つきで消化器を拾って調理室まで一直線に向かっていく。その手際は流石としか言えないほど効率的だった。ここに居るように言われてしまったものの、つい目の前でその仕事ぶりを見てみたいと思い私も調理室まで向かうことにした。
私が着いた頃には既に消火は終わっていた。周りの話から推測するに茶道部の工作によって大火事になる所だったらしくあと少し遅れていたら大爆発するほどらしい。あと一歩のところで食い止めるからこそ彼らは信頼されているのかもしれない。
消火器の煙で見えなかったが調理室の中には何人も倒れており、もっと火が広がっていれば丸焦げになっていたということも嘘ではないと思う。野次馬で騒がしい現場をよそに正義探偵活動部の3人は何かを話している。かと思えば部室まで帰っていく。それを見て私は急いで追いかけた。
「お、お疲れ様です」
「あ、おつかれ。結局来ちゃったんだ、取材は終わり?」
「え、あ、はい。いやそれよりも」
「何かあったの?強盗とか、火事場泥棒みちゃった?」
心配というよりむしろ楽しそうに聞いてくる。あんなに正義の味方のように思われているのに、どうして帰ってしまうのか違和感があった。つい気になっていた事を聞いてしまう。
「その、調理室で倒れていた人とか、助けたりしなくていいんですか?」
「ん?どうして、そんな義理なくない?」
「労力の割に本人達に感謝されるだけだしねぇ」
「功績とか考えると効率悪いよね、途中で放り出すと心証も悪いし」
帰ってきた言葉はとても信じられないものだった。
よく見ると全ての活動が事後対応で、彼らはその事件の原因まで干渉はしない。
噂のヒーローは覗いてみればただのハイエナだった。
マスク詐欺
2023-11-20
かの有名な俺は思った。
あいつもあいつもあの人もスタイルもファッションセンスも目から上の顔の感じも美男美女だけど、どうせマスクの下は化け物だ。
こんな寒い日は家にこもってぬくぬくしたいところだが、あいにくそうは行かない。ホームで、俺は電車を待っていた。電車のホームで寒風に吹かれつつ、俺は周りの人々を見ていた。華やかなマスクに包まれた美男美女たちが、冷たい風の下で電車を待っている。しかし、俺は彼らがみんな同じように見える。
電車が到着し、混雑した車内に乗り込む。窓から見える景色は寒々しく、マスクをした人々も同様に冷たい印象を受けた。座席に座り、彼らの覆い隠された素顔に思いを馳せた。
「みんな、どんな顔をしているんだろうな。本当の姿はマスクの中に隠れているのかもしれない」と、俺はふとそんな考えにとらわれた。美しさやスタイルの裏に潜む本当の姿、そんな謎めいた想像に思いを馳せながら、電車は次の駅へと進んでいった。電車が次の駅に到着すると、俺は不思議な興奮を感じた。何かを探求しているような気持ちが膨らんできた。車内から降り、寒風に吹かれながらホームを歩くと、ふとした瞬間に視線が一人の女性に引き寄せられた。
彼女もまた美しいマスクに包まれていたが、何か異なる雰囲気を感じさせた。思わずその後を追ってしまった。彼女は寒空の下、ひとりで歩いていた。そして、不意に彼女はマスクを外した。彼女の他の人とは違う雰囲気に引き寄せられた俺だが、素顔を見たのに後悔した。
やっぱりどいつもこいつもマスクの下には化け物を飼ってるんだ。
あいつもあいつもあの人もスタイルもファッションセンスも目から上の顔の感じも美男美女だけど、どうせマスクの下は化け物だ。
こんな寒い日は家にこもってぬくぬくしたいところだが、あいにくそうは行かない。ホームで、俺は電車を待っていた。電車のホームで寒風に吹かれつつ、俺は周りの人々を見ていた。華やかなマスクに包まれた美男美女たちが、冷たい風の下で電車を待っている。しかし、俺は彼らがみんな同じように見える。
電車が到着し、混雑した車内に乗り込む。窓から見える景色は寒々しく、マスクをした人々も同様に冷たい印象を受けた。座席に座り、彼らの覆い隠された素顔に思いを馳せた。
「みんな、どんな顔をしているんだろうな。本当の姿はマスクの中に隠れているのかもしれない」と、俺はふとそんな考えにとらわれた。美しさやスタイルの裏に潜む本当の姿、そんな謎めいた想像に思いを馳せながら、電車は次の駅へと進んでいった。電車が次の駅に到着すると、俺は不思議な興奮を感じた。何かを探求しているような気持ちが膨らんできた。車内から降り、寒風に吹かれながらホームを歩くと、ふとした瞬間に視線が一人の女性に引き寄せられた。
彼女もまた美しいマスクに包まれていたが、何か異なる雰囲気を感じさせた。思わずその後を追ってしまった。彼女は寒空の下、ひとりで歩いていた。そして、不意に彼女はマスクを外した。彼女の他の人とは違う雰囲気に引き寄せられた俺だが、素顔を見たのに後悔した。
やっぱりどいつもこいつもマスクの下には化け物を飼ってるんだ。
ハロウィン 家族もの ハロウィンマンとハグ
2023-11-08
この日が来るのが憂鬱だった。世間が浮ついて滑稽な格好をしているなか、私はいつもと同じ調子で帰路についていた。目に付くのは、通り過ぎる家の玄関に飾られたカボチャの置物、リース、「HAPPY HALLOWEEN」のロゴ。まぁ、うちも例外ではないのだけど。家のある通りにさしかかったとき、やけに背の高いハロウィンマンを見つけた。まだまだ家は遠いのに、私の家の前に立っているカボチャ頭の彼は、平凡な住宅街で悪目立ちしていた。カボチャ頭を、朝の満員電車で見慣れたスーツと合わせると、こんなにも異質さが増すものなのか。やっぱり今年も来たか、と思った。
既に憂鬱な日が、更に憂鬱になった瞬間だった。さて、どうしたものか。今日で無ければ明らかに変質者であるその男は、今日が十月最後の日だと言うことでギリギリそこに存在することを許されている。とはいえ、お母さんと私しか住んでいない寂しい家に、正体不明の大男が立っているとあれば、近所の人に怪しまれてしまうかもしれない。私は渋々家に帰った。
家に近づけば近づくほど、ハロウィンマンが大きくなってくる。威圧感のある見た目だが、仮装をしなければここに立つことすらできない彼など、全く怖くなかった。二メートルはありそうな背丈。左手の甲のほくろ。ちょっと猫背な姿勢。間違いなく、彼は五年前の今日に出て行った私の父だった。あの日、玄関に大量にばらまかれたお菓子が脳に蘇る。彼の固まった決意の隅に残った、小さな罪悪感。それを私と母だけで平らげるのはかなり苦しかったので、小さな子供がいるご近所さんに配ってしまった。
彼の、固まったようで実は全然固まっていなかった決意は、大量のお菓子だけじゃ飽き足らず、今もこうして一年に一回この家に戻ってくる。
「トリックオアトリート」
私はあの日以来、初めて彼と口をきいた。大きくなった娘にお菓子を求められるとは思わなかったのか、彼は慌ててスーツのポケットをひっくり返した。案の定、お菓子なんて入っていない。彼はあるはずのないお菓子を探すことを諦めて、私をまっすぐ見つめた。私も見つめ返す。とは言っても、彼の目元は見えないから実際見つめられてるかなんて分からないけど。
彼は両手を広げて私を抱きしめる。懐かしい彼の匂いが、私全体を包み込んだ。幼い頃の昼過ぎを思い出した。私と彼は、いつも同じ布団で昼寝をしていた。外で聞こえる鳥の声が鮮明に蘇る。今思えば、あの時の私は、平和な時間を過ごしていたようで、彼のサボタージュの共犯関係にあったのかもしれない。刻々と迫る決別の時まで、時計の針を一生懸命進めていたのかもしれない。
あの時は父と子の尊い行為だった触れ合いは、今や中年男性が女子高生にする不健全なイタズラに変わってしまった。
「もう、いいです」
変な誤解を生む前に、私はハロウィンマンの胸を弱い力で押して解放され、自分の家に入った。
既に憂鬱な日が、更に憂鬱になった瞬間だった。さて、どうしたものか。今日で無ければ明らかに変質者であるその男は、今日が十月最後の日だと言うことでギリギリそこに存在することを許されている。とはいえ、お母さんと私しか住んでいない寂しい家に、正体不明の大男が立っているとあれば、近所の人に怪しまれてしまうかもしれない。私は渋々家に帰った。
家に近づけば近づくほど、ハロウィンマンが大きくなってくる。威圧感のある見た目だが、仮装をしなければここに立つことすらできない彼など、全く怖くなかった。二メートルはありそうな背丈。左手の甲のほくろ。ちょっと猫背な姿勢。間違いなく、彼は五年前の今日に出て行った私の父だった。あの日、玄関に大量にばらまかれたお菓子が脳に蘇る。彼の固まった決意の隅に残った、小さな罪悪感。それを私と母だけで平らげるのはかなり苦しかったので、小さな子供がいるご近所さんに配ってしまった。
彼の、固まったようで実は全然固まっていなかった決意は、大量のお菓子だけじゃ飽き足らず、今もこうして一年に一回この家に戻ってくる。
「トリックオアトリート」
私はあの日以来、初めて彼と口をきいた。大きくなった娘にお菓子を求められるとは思わなかったのか、彼は慌ててスーツのポケットをひっくり返した。案の定、お菓子なんて入っていない。彼はあるはずのないお菓子を探すことを諦めて、私をまっすぐ見つめた。私も見つめ返す。とは言っても、彼の目元は見えないから実際見つめられてるかなんて分からないけど。
彼は両手を広げて私を抱きしめる。懐かしい彼の匂いが、私全体を包み込んだ。幼い頃の昼過ぎを思い出した。私と彼は、いつも同じ布団で昼寝をしていた。外で聞こえる鳥の声が鮮明に蘇る。今思えば、あの時の私は、平和な時間を過ごしていたようで、彼のサボタージュの共犯関係にあったのかもしれない。刻々と迫る決別の時まで、時計の針を一生懸命進めていたのかもしれない。
あの時は父と子の尊い行為だった触れ合いは、今や中年男性が女子高生にする不健全なイタズラに変わってしまった。
「もう、いいです」
変な誤解を生む前に、私はハロウィンマンの胸を弱い力で押して解放され、自分の家に入った。
ひらめさん
2023-11-07
どうせ永くはない命なのだから死ぬまで騙されてあげよう。うろこ雲が浮かぶ空が暗く塗りつぶされていく。児童の帰宅を促すチャイムが鳴る。全て窓越しに眺めていた、秋のこと。
こちらの機嫌ばかり伺う姉は嫌いだ。或いは孝行という言葉を忘れた息子は好きになれない。偶然機運に乗って起業した会社が大きくなり、立ち上げから四十年経った今も衰えることを知らない。当然、社長の俺は身に余る財を築くこととなった。ただ最愛の妻には八年前に先立たれ、大学を中退した息子の所在は知れない。たまに金の無心をする連絡が訪れることで息子が生きていることを知る。また、姉も俺の築いた財産を目当てに菓子折りや皿などを送ってくる。フン、どちらも可愛げがない。俺に顔など見せずに金を掠めとろうという気概が気に食わない。
「康隆さ〜ん、そろそろご飯できますからね〜」
俺以外のものが長いこと静止した部屋に響く音。僅かに頬が緩む。菊原ひらめ。俺よりも三回りも年下の女性だ。息子よりも若い歳の人と生物的な本能として愛し合うだなんて思いもしなかった。社長を辞したのはおおよそ五年前。気づけば癌が体を巣食って治療に専念せばならなくなったのだ。はじめ、多少仕事量を減らすことになったとしても仕事を辞める気はなかった。働くことが半ば趣味だった俺には辞めてまで生き長らえることに価値を見いだせなかったのだ。
運命が動いたのは医師の診断を聞いてからそう遠くは無い夜、自暴自棄になりながら通いつけのスナックに出向いたときのことだ。そこには学費を稼ぐために働き始めたばかりのひらめさんがいたのだ。殆ど一目惚れだった。若き日の妻に似ていたのだ。白くほっそりした体やどこか挑戦的な瞳、そして女性にしては高い身長。好きだと自覚してからは早かった。俺の残りの生涯はひらめさんに捧げよう。その決意が固まれば仕事を辞することに何を渋っていたのかがまるで分からなくなった。学費はもちろんのこと、光熱費や携帯代に至るまですべて負担し可愛がった。ひらめさんは満更でもないようで、少しずつ要求の程度が上がっていった。友人と遊ぶ金が欲しい、新作の鞄が欲しい、教習所に通いたい、家ももっと大きな場所に住みたい。全て叶えてやったさ。俺の銀行口座に金では叶えられない願いなんてなかった。その代わりに俺も要求した。どんな男と遊んでもいいが必ず俺のところに帰ってくること、週に一度は顔を合わせて食事をすること、大学卒業後には俺と同じ家に住むこと。ひらめさんは全て受け入れた。だから就職先もあてがってやった。きっとそれなりにいい仕事を貰える環境で働いていることだろう。
ひらめさんはきっと俺の愛が欲しいのではない。俺の金が欲しいのだろう。そんなことは承知している。姉や息子などに金を渡すぐらいなら俺に安らぎを与えてくれる娘にやりたい。そう願うのはなにかおかしな事だろうか。これは詐欺などでは無い。すべて合意の上で成り立っている偽善な関係だ。
こちらの機嫌ばかり伺う姉は嫌いだ。或いは孝行という言葉を忘れた息子は好きになれない。偶然機運に乗って起業した会社が大きくなり、立ち上げから四十年経った今も衰えることを知らない。当然、社長の俺は身に余る財を築くこととなった。ただ最愛の妻には八年前に先立たれ、大学を中退した息子の所在は知れない。たまに金の無心をする連絡が訪れることで息子が生きていることを知る。また、姉も俺の築いた財産を目当てに菓子折りや皿などを送ってくる。フン、どちらも可愛げがない。俺に顔など見せずに金を掠めとろうという気概が気に食わない。
「康隆さ〜ん、そろそろご飯できますからね〜」
俺以外のものが長いこと静止した部屋に響く音。僅かに頬が緩む。菊原ひらめ。俺よりも三回りも年下の女性だ。息子よりも若い歳の人と生物的な本能として愛し合うだなんて思いもしなかった。社長を辞したのはおおよそ五年前。気づけば癌が体を巣食って治療に専念せばならなくなったのだ。はじめ、多少仕事量を減らすことになったとしても仕事を辞める気はなかった。働くことが半ば趣味だった俺には辞めてまで生き長らえることに価値を見いだせなかったのだ。
運命が動いたのは医師の診断を聞いてからそう遠くは無い夜、自暴自棄になりながら通いつけのスナックに出向いたときのことだ。そこには学費を稼ぐために働き始めたばかりのひらめさんがいたのだ。殆ど一目惚れだった。若き日の妻に似ていたのだ。白くほっそりした体やどこか挑戦的な瞳、そして女性にしては高い身長。好きだと自覚してからは早かった。俺の残りの生涯はひらめさんに捧げよう。その決意が固まれば仕事を辞することに何を渋っていたのかがまるで分からなくなった。学費はもちろんのこと、光熱費や携帯代に至るまですべて負担し可愛がった。ひらめさんは満更でもないようで、少しずつ要求の程度が上がっていった。友人と遊ぶ金が欲しい、新作の鞄が欲しい、教習所に通いたい、家ももっと大きな場所に住みたい。全て叶えてやったさ。俺の銀行口座に金では叶えられない願いなんてなかった。その代わりに俺も要求した。どんな男と遊んでもいいが必ず俺のところに帰ってくること、週に一度は顔を合わせて食事をすること、大学卒業後には俺と同じ家に住むこと。ひらめさんは全て受け入れた。だから就職先もあてがってやった。きっとそれなりにいい仕事を貰える環境で働いていることだろう。
ひらめさんはきっと俺の愛が欲しいのではない。俺の金が欲しいのだろう。そんなことは承知している。姉や息子などに金を渡すぐらいなら俺に安らぎを与えてくれる娘にやりたい。そう願うのはなにかおかしな事だろうか。これは詐欺などでは無い。すべて合意の上で成り立っている偽善な関係だ。
天職ですよ
2023-11-07
「そこのお嬢さん!あなたの身近に危険な影が「あっ結構です」」
「お姉さん!それ竹刀!?」
「あ、帯刀許可証あります」
怪しげな占い師の声掛けを流れるように断って、声をかけてきた警察官には許可証を突きつけて、目的地に着くまでにだいぶ時間を食ってしまった。
指定された店に入ろうとした直前、泣きながら飛び出してきた女性とぶつかりそうになる。あぁ、これはまた被害者だろうか。
「蓮華ちゃん、こっちこっち」
「お待たせしてすみません。いろいろ面倒な人に引っかかりまして」
「その格好だからじゃないかな」
「喧嘩売ってるんですか?今すぐこの刀を抜いて差し上げても構わないんですよこちらは」
「それ蓮華ちゃんが捕まるでしょ」
呆れたような彼の言葉を無視して、大事に背負っていた刀をひょい、と長椅子に立てかける。人好きのする笑顔を浮かべた彼の前に座るなんて、いろんな人に刺されそうだ。
「そういえば、さっき泣いていた女性とすれ違ったんですが」
「え?あぁ、声かけてくれた人かな。相談したいって言われて話聞いてたんだけど」
「…また誑かしたんですね…」
「人聞きが悪いなぁ。俺は相談に乗って、付き合ってくださいって言われたからきちんとお断りしただけだよ?」
「あなたが相談に乗るって、本当にかわいそうですよ」
「ひどいなぁ」
被害者みたいな顔で彼は微笑む。微塵も被害者なんて思っていなそうな声で笑っている。こんな穏やかで優しげな顔した好青年が、毒や皮肉にまみれた言葉で突き刺して、柔い声で他人を丸め込んでいくなんて、本当に詐欺でしかない。
「詐欺師にでも転職したらどうですか?」
「それは嫌だなぁ」
本当に食えない人だな、と思いながら、溜息をついた。
「お姉さん!それ竹刀!?」
「あ、帯刀許可証あります」
怪しげな占い師の声掛けを流れるように断って、声をかけてきた警察官には許可証を突きつけて、目的地に着くまでにだいぶ時間を食ってしまった。
指定された店に入ろうとした直前、泣きながら飛び出してきた女性とぶつかりそうになる。あぁ、これはまた被害者だろうか。
「蓮華ちゃん、こっちこっち」
「お待たせしてすみません。いろいろ面倒な人に引っかかりまして」
「その格好だからじゃないかな」
「喧嘩売ってるんですか?今すぐこの刀を抜いて差し上げても構わないんですよこちらは」
「それ蓮華ちゃんが捕まるでしょ」
呆れたような彼の言葉を無視して、大事に背負っていた刀をひょい、と長椅子に立てかける。人好きのする笑顔を浮かべた彼の前に座るなんて、いろんな人に刺されそうだ。
「そういえば、さっき泣いていた女性とすれ違ったんですが」
「え?あぁ、声かけてくれた人かな。相談したいって言われて話聞いてたんだけど」
「…また誑かしたんですね…」
「人聞きが悪いなぁ。俺は相談に乗って、付き合ってくださいって言われたからきちんとお断りしただけだよ?」
「あなたが相談に乗るって、本当にかわいそうですよ」
「ひどいなぁ」
被害者みたいな顔で彼は微笑む。微塵も被害者なんて思っていなそうな声で笑っている。こんな穏やかで優しげな顔した好青年が、毒や皮肉にまみれた言葉で突き刺して、柔い声で他人を丸め込んでいくなんて、本当に詐欺でしかない。
「詐欺師にでも転職したらどうですか?」
「それは嫌だなぁ」
本当に食えない人だな、と思いながら、溜息をついた。
第三者詐欺
2023-11-07
あれは詐欺なのか、単に孫と話してるおばあちゃんなのかどっちなんだろう。
「今日で2回目だこの状況。」
別に、孫と話しているおばあちゃんと言われたらそれまでだし、おばあちゃんにこやかだからなんら不思議はない。
「でも、あの状況、胡散臭。」
駅の壁紙には詐欺撲滅のポスター。にこやかに話している男とおばあちゃんの楽しそうな雰囲気。駅がガヤガヤしているせいで何にも聞こえないけど、近くにいる警察官は止めに入ってない。それを含めて考えると単に孫と話しているおばあちゃんなんだ。私が、自分の中で解決しようとしていたら、ふと聞こえた。
「プリペ…」
男が話している途中に電車の音でかき消されてしまった。何を言いたかったのかわからないし結論は出ないけど、絶対にプリペイドカードだと思う。私が初めてこういった状況に陥ったのは、何年か前だ。今みたいに男とおばあちゃんがにこやかに話していた。その時も、詐欺だと思った。そう思ったから自分の正義感から止めに入ってしまった。でも、誤ちだった。その二人は本当の家族でただ話しているだけだった。恥ずかしさと間違えたことへの申し訳なさで走り去ってしまった。その時のトラウマが正義感に勝てない。そんなクヨクヨ迷っている時に友達が来た。私は、今日のこともきっと過ちだと流して友達と遊びに出かけようとした。でもやっぱり、後ろ髪を引かれる。目の前の状況を打破しようとしない自分に苛立ちと自信が喪失する。自分が被害に遭わないからこそ、話を聞かなかった私に反吐が出る。駅から少し離れたところで、友達に言われた。
「心ここに在らずだよ。」
あの状況を知らないのに全てを見透かされている気分だった。自分の中の葛藤も、正義感も。
「ちょっと待ってて。」
その一言を受け私は思い切り走り出し、なぜか笑みがこぼれた。それまでの葛藤も迷いももやもやも全てが晴れ渡る快晴のようだった。結果がどうであれ、この気持ちを私は貫き通したい。
「今日で2回目だこの状況。」
別に、孫と話しているおばあちゃんと言われたらそれまでだし、おばあちゃんにこやかだからなんら不思議はない。
「でも、あの状況、胡散臭。」
駅の壁紙には詐欺撲滅のポスター。にこやかに話している男とおばあちゃんの楽しそうな雰囲気。駅がガヤガヤしているせいで何にも聞こえないけど、近くにいる警察官は止めに入ってない。それを含めて考えると単に孫と話しているおばあちゃんなんだ。私が、自分の中で解決しようとしていたら、ふと聞こえた。
「プリペ…」
男が話している途中に電車の音でかき消されてしまった。何を言いたかったのかわからないし結論は出ないけど、絶対にプリペイドカードだと思う。私が初めてこういった状況に陥ったのは、何年か前だ。今みたいに男とおばあちゃんがにこやかに話していた。その時も、詐欺だと思った。そう思ったから自分の正義感から止めに入ってしまった。でも、誤ちだった。その二人は本当の家族でただ話しているだけだった。恥ずかしさと間違えたことへの申し訳なさで走り去ってしまった。その時のトラウマが正義感に勝てない。そんなクヨクヨ迷っている時に友達が来た。私は、今日のこともきっと過ちだと流して友達と遊びに出かけようとした。でもやっぱり、後ろ髪を引かれる。目の前の状況を打破しようとしない自分に苛立ちと自信が喪失する。自分が被害に遭わないからこそ、話を聞かなかった私に反吐が出る。駅から少し離れたところで、友達に言われた。
「心ここに在らずだよ。」
あの状況を知らないのに全てを見透かされている気分だった。自分の中の葛藤も、正義感も。
「ちょっと待ってて。」
その一言を受け私は思い切り走り出し、なぜか笑みがこぼれた。それまでの葛藤も迷いももやもやも全てが晴れ渡る快晴のようだった。結果がどうであれ、この気持ちを私は貫き通したい。
エンジェルダスト
2023-11-07
その人は、笑顔が可愛い人だった。
いつもはすんとしているけど、心を許している人が話しかけるとその童顔にぱっと可憐な花を咲かせる。きっと世の中の男子はこの笑顔を見た途端、脳髄が麻痺して一生彼女のことしか考えられなくなるんじゃないかと本気で思う。僕がその一人だった。
高校の廊下ですれ違う度に、その子は手を大きく振って雛鳥のようにトコトコと歩み寄ってくる。どんな話題を振っても良い感じに合わせてくれるし、知らない話題でも興味津々に聞いてくれる。きっと気持ちの波長が合うんだなとある日思い至った。窓から差し込む光も相まって、この子は神様が差し出して下さった運命の人なんだな、といつしか憶測が確信に入れ替わった。
──あなたと一緒にいると、すっごく落ち着くんだよね。
──もしかして私たち、運命共同体なんじゃないかな。
先日、帰り道でかけられたあの子の言葉を思い出す。秋風が染み込む橋の上、欄干に腕を乗せながら彼女ははにかんでいた。横から差し込む西日のせいか、その横顔は微かに赤く染まっていた気がした。
この受験が終わったら、あの子に告白しよう。
前にやんわりと想いを伝えたら「受験で忙しいから」と少し困ったように返答された。床に手を突きそうになったけど、あの子は「それまで待っていてくれないかな」と最後に付け加えてくれた。受験さえ終わればきっとあの子にも余裕ができて考えを改めてくれるはず。
頑張ろう、と僕は自室の机に向かって、両頬を思い切り叩いた。ノートに向かい合った瞬間、シャーペンのカリカリとした音だけが耳の中で延々と木霊する。
そんな最中、ピロン、と軽快かつ間抜けな音が静寂を引き裂いた。最近始めたばかりの写真投稿アプリの着信を切り忘れたのだ。集中力が削がれたのを身に感じながら、設定をし直そうとアプリを起動する。
その瞬間、危うくスマホを落としそうになった。
動悸が収まらない。脳内が「なんで」という言葉で圧迫される。呼吸を整えようにも上手くいかなくて、思わず膝から崩れ落ちてしまう。
通知の内容は、あの子の写真の投稿を知らせるものだった。
表題は「推薦枠ゲット&交際記念」。僕でも見たことない笑顔を浮かべる彼女の横には、明らかに年上と思われる美男子が白い歯を見せて笑っていた。
その日以来、僕はあの子と連絡を取り合っていない。
むしろ誰も信用できなくなって、学校も不登校気味になった。数カ月前まで整頓されていた自室もごみ屋敷になっている。受験勉強をする気なんて当然起こらない。何故なら頑張るための理由が悉く潰えてしまったのだから。
有り金を根こそぎ奪われた浮浪者のように、僕はぼうっと天井を見つめた。たまに確認する例のアプリの中で、あの子は相変わらず楽しそうにしている。その笑顔が狂おしいほど愛おしく、同時に妬ましかった。
僕が好きになった人は笑顔が可愛く話の波長も合う──恋愛詐欺師でした。
いつもはすんとしているけど、心を許している人が話しかけるとその童顔にぱっと可憐な花を咲かせる。きっと世の中の男子はこの笑顔を見た途端、脳髄が麻痺して一生彼女のことしか考えられなくなるんじゃないかと本気で思う。僕がその一人だった。
高校の廊下ですれ違う度に、その子は手を大きく振って雛鳥のようにトコトコと歩み寄ってくる。どんな話題を振っても良い感じに合わせてくれるし、知らない話題でも興味津々に聞いてくれる。きっと気持ちの波長が合うんだなとある日思い至った。窓から差し込む光も相まって、この子は神様が差し出して下さった運命の人なんだな、といつしか憶測が確信に入れ替わった。
──あなたと一緒にいると、すっごく落ち着くんだよね。
──もしかして私たち、運命共同体なんじゃないかな。
先日、帰り道でかけられたあの子の言葉を思い出す。秋風が染み込む橋の上、欄干に腕を乗せながら彼女ははにかんでいた。横から差し込む西日のせいか、その横顔は微かに赤く染まっていた気がした。
この受験が終わったら、あの子に告白しよう。
前にやんわりと想いを伝えたら「受験で忙しいから」と少し困ったように返答された。床に手を突きそうになったけど、あの子は「それまで待っていてくれないかな」と最後に付け加えてくれた。受験さえ終わればきっとあの子にも余裕ができて考えを改めてくれるはず。
頑張ろう、と僕は自室の机に向かって、両頬を思い切り叩いた。ノートに向かい合った瞬間、シャーペンのカリカリとした音だけが耳の中で延々と木霊する。
そんな最中、ピロン、と軽快かつ間抜けな音が静寂を引き裂いた。最近始めたばかりの写真投稿アプリの着信を切り忘れたのだ。集中力が削がれたのを身に感じながら、設定をし直そうとアプリを起動する。
その瞬間、危うくスマホを落としそうになった。
動悸が収まらない。脳内が「なんで」という言葉で圧迫される。呼吸を整えようにも上手くいかなくて、思わず膝から崩れ落ちてしまう。
通知の内容は、あの子の写真の投稿を知らせるものだった。
表題は「推薦枠ゲット&交際記念」。僕でも見たことない笑顔を浮かべる彼女の横には、明らかに年上と思われる美男子が白い歯を見せて笑っていた。
その日以来、僕はあの子と連絡を取り合っていない。
むしろ誰も信用できなくなって、学校も不登校気味になった。数カ月前まで整頓されていた自室もごみ屋敷になっている。受験勉強をする気なんて当然起こらない。何故なら頑張るための理由が悉く潰えてしまったのだから。
有り金を根こそぎ奪われた浮浪者のように、僕はぼうっと天井を見つめた。たまに確認する例のアプリの中で、あの子は相変わらず楽しそうにしている。その笑顔が狂おしいほど愛おしく、同時に妬ましかった。
僕が好きになった人は笑顔が可愛く話の波長も合う──恋愛詐欺師でした。
騙される人。
2023-11-07
時折話していた友人が、ホストにはまって大学を辞めたらしいと知ったのは、10月のはじめくらいだった。
彼女とは、二年生の学科混合の授業であって、2か月に一回くらい、覚えているほうが遊びに誘うような仲だった。名前は最初は覚えていたが、だんだんと呼ぶこともなくなり、「ねえ」とか「あのさ」とかで会話をしていた。
カフェでバイトをしていて、コンサバティブな、ナチュラル系大学生が着るような服が好きな彼女は、今年の5月くらいからだんだんと化粧が濃くなり、素朴だった雰囲気が変わっていき、いつの間にかカフェのバイトをやめて、何か別の仕事をしていたらしかった。
ゼミで仲良くなった男子が見せてきたサイトにきわどい恰好をした彼女が映っていた時は驚いた。
ある日、彼女と会う約束をした。池袋の駅に近い喫茶店だった。
遅れてきた彼女を見ておどろいた。左目に眼帯をして、青くなった痣がややはみ出していた。
絵にかいたようなやつれた姿に驚いた。「何かあったのか」と聞くと、彼女は店であった男の話を始めたのだ。
つまり、ホストにはまって金を絞り取られているということなんだなと、こんなにわかりやすいもんなのかと私は思った。繰り返されているらしい暴行も、金で呼び寄せるような関係も、彼女にとっては幸せらしい。私には到底理解できない。
あんまり顔は恰好よくないが、応援しているのだと彼女は言った。今まで、ホストの話をしなかったのはたぶん、私への配慮というか、隠したかったというかそういうのだろうが、そのリミッターも外れたんだなと思う。だって、私と彼女はたいして仲良くはないから。
私は、まあ、あなたが幸せならいいんじゃない、などとのたまっている。彼女は恍惚として、ホストの彼からもらったというリングを見つめていた。脚色がいらないほどに、はまっているなと思った。
ハーブティーを飲み終わって、彼女は店を去っていった。店に行く前に待ち合わせをすることになったのだと言っていた。夜の八時を回るころだった。たぶん店前同伴だろうなと思った。こんな短い間でだいぶ使いこまれているなと思った。
彼女が帰るときに、「それ、だまされてないの」と言ってみた。彼女は、「それでも幸せ」と言っていた。
外が暗くなってきた。残ったコーヒーを飲んで、私も喫茶店を出た。彼女は千円札を机に置いて行っていた。お茶一杯しか飲んでいないのに、金銭感覚バグってるなと思った。私は、彼女の分と自分の分の会計をそれで払って外に出た。
待ち合わせがここだということは、たぶん新宿なんだろうなと思った。帰路とは逆の方向の電車に乗った。
人が大量にいて、まあ会うことはないだろうと思いつつ、街をふらついた。
すると、彼女と全く同じ格好の眼帯をした女の子が、男の腕につかまっているのが見えた。とてもいい笑顔だった。
私は好奇心に駆られて、その男の顔を見ようと遠巻きに早歩きして、彼女らの前に回り込んだ。その男は、とてもかっこいいとは言えない、いってしまえば不細工なほうだった。彼女はショッパーを持っていて、手がふさがっていた。男は、前の年号を感じさせる出で立ちで、スマホをいじっていた。
だまされてんなあ、と思った。
彼女とは、二年生の学科混合の授業であって、2か月に一回くらい、覚えているほうが遊びに誘うような仲だった。名前は最初は覚えていたが、だんだんと呼ぶこともなくなり、「ねえ」とか「あのさ」とかで会話をしていた。
カフェでバイトをしていて、コンサバティブな、ナチュラル系大学生が着るような服が好きな彼女は、今年の5月くらいからだんだんと化粧が濃くなり、素朴だった雰囲気が変わっていき、いつの間にかカフェのバイトをやめて、何か別の仕事をしていたらしかった。
ゼミで仲良くなった男子が見せてきたサイトにきわどい恰好をした彼女が映っていた時は驚いた。
ある日、彼女と会う約束をした。池袋の駅に近い喫茶店だった。
遅れてきた彼女を見ておどろいた。左目に眼帯をして、青くなった痣がややはみ出していた。
絵にかいたようなやつれた姿に驚いた。「何かあったのか」と聞くと、彼女は店であった男の話を始めたのだ。
つまり、ホストにはまって金を絞り取られているということなんだなと、こんなにわかりやすいもんなのかと私は思った。繰り返されているらしい暴行も、金で呼び寄せるような関係も、彼女にとっては幸せらしい。私には到底理解できない。
あんまり顔は恰好よくないが、応援しているのだと彼女は言った。今まで、ホストの話をしなかったのはたぶん、私への配慮というか、隠したかったというかそういうのだろうが、そのリミッターも外れたんだなと思う。だって、私と彼女はたいして仲良くはないから。
私は、まあ、あなたが幸せならいいんじゃない、などとのたまっている。彼女は恍惚として、ホストの彼からもらったというリングを見つめていた。脚色がいらないほどに、はまっているなと思った。
ハーブティーを飲み終わって、彼女は店を去っていった。店に行く前に待ち合わせをすることになったのだと言っていた。夜の八時を回るころだった。たぶん店前同伴だろうなと思った。こんな短い間でだいぶ使いこまれているなと思った。
彼女が帰るときに、「それ、だまされてないの」と言ってみた。彼女は、「それでも幸せ」と言っていた。
外が暗くなってきた。残ったコーヒーを飲んで、私も喫茶店を出た。彼女は千円札を机に置いて行っていた。お茶一杯しか飲んでいないのに、金銭感覚バグってるなと思った。私は、彼女の分と自分の分の会計をそれで払って外に出た。
待ち合わせがここだということは、たぶん新宿なんだろうなと思った。帰路とは逆の方向の電車に乗った。
人が大量にいて、まあ会うことはないだろうと思いつつ、街をふらついた。
すると、彼女と全く同じ格好の眼帯をした女の子が、男の腕につかまっているのが見えた。とてもいい笑顔だった。
私は好奇心に駆られて、その男の顔を見ようと遠巻きに早歩きして、彼女らの前に回り込んだ。その男は、とてもかっこいいとは言えない、いってしまえば不細工なほうだった。彼女はショッパーを持っていて、手がふさがっていた。男は、前の年号を感じさせる出で立ちで、スマホをいじっていた。
だまされてんなあ、と思った。
せいぜい努力することだ
2023-11-07
真実と嘘について考えてみよう。
もっと単純に、真実とは何か、嘘とは何かを考えると、言い換えてもいい。
なぜそんなことをって思わざる得ないか?
ああ、まあ真っ当な疑問だろうよ。敢えていい質問だとほめてやろう。褒めるだけならタダだしな。
そして教えてやろう。サルでも分かるように、とまではいかないが、まあ教えることを試みてやってもいい。試みることもまたタダだしな。
前提として、人は真実を永久に追い求めるものである。
前提として、人は嘘を徹底して追い詰めるものである。
これには納得できるだろう?数学が、化学が、物理学が、天文学が、量子力学が、人の手によって生みだされた。
いや、違う。生み出されたという言い方は失礼だな。なぜならそれはあくまでも人にとっての揺るがない真実なのだから。俺たち人間が神か何かに産み出されるずっと前から、数学も、化学も、物理学も、天文学も、量子力学も、ただそこにあったと、されているのだから。俺たち人間は、というか人間のごく一部の大天才が、その世界における絶対の真実を解き明かしたに過ぎないのだから。
話がずれたな。だが真実とは何かはなんとなくだろうが、分かっただろう?
そして思っただろう?俺たち人間は真実に酔って進化してきたと。真実に酔って世界を広げていったのだと。
「酔って」の文字が間違っているって?いいや間違っていない。間違いでも嘘でも偽りでもない。
もっと言えば、真実も真理も絶対も、間違いも嘘も偽りも、存在しないんだよ。
お前は鎌倉幕府が何年に開かれたのかを覚えているか?
そうだ。その通りだ。普通教育は無駄じゃなかったようだな。1185年だ。「いい箱作ろう」鎌倉幕府。そうやって覚えただろう。
しかし知っているか?お前のような若い人間は、鎌倉幕府は1185年に開かれたとされているが、俺のようなおっさんには鎌倉幕府は1192年に開かれたことになってるんだぜ。
なぜだとかどうでもいいじゃねえか。認めるしかない。鎌倉幕府は1185年に開かれたとされている。これがこの時代の真実であり、絶対なんだよ。
気付いたようだな、若者よ。真実という単語の脆弱さを。そして嘘という単語の蒙昧さを。
今からほんの500年くらい前までは、宇宙の中心は太陽ではなく地球だった。そしてその地球の形すら、球体ではなく平面だった。
今思えば笑ってしまうような嘘偽りは、当時からすれば大真面目の絶対的真理だった。
さて、分かってきただろう。たどり着いてきただろう。
真実などないと。不変の真実など存在しないと。そしてその真実の存在が危うくなるということは、嘘の存在すら曖昧模糊になってしまうことが連動して導き出される。
さて、俺を追ってきた勇敢なる正義の使者よ。ここからはお前が考え、思考してみろ。いやしらみつぶしに否定するべき―なのかもしれないな。お前はこの時点で、信じるに値する真実が何一つなくなったのだから。疑い続けろ。心に鬼を飼い続けろ。
少なくとも俺は常にそうしている。真実はもちろん、嘘までもだ。
そして俺はその答えが嘘にあると確信しているのだよ。なぜか分かるか?真実の数は少ないが、嘘の数は無限にあるからだ。それはお前たちがよりどころにしている真実は選び抜かれたなんとも甘美な妄想に過ぎないからだ。いつかしっぺ返しを受ける。安心しろ。俺がそうさせる。
普段の生活が、いや人生が、嘘にまみれた偽りの世界だと気づいていない人間は幸せであり哀れでもある。俺はそれを少しばかり教えてやるだけさ。気をつけろよ。とな。
そして教えてやるんだから授業料は必要だろう?しかも開設されている学校やら塾が少ないから相場という概念がない。値上げし放題というわけだ。だからより多くの金が俺に集まる。嘘は金を呼ぶ。
俺はな、嘘を悪だと思ってなんかこれっぽっちも思っていないんだ。反省なんかするはずないんだ。もう一度言うぞ、この世に真実も嘘も何一つないんだから。
俺がお前たちに敗北するときはその答えを見つけた時だろう。まあつまりだな、お前たちが俺以上の猜疑心を持って、たった一つの真実に行きついたときだろうさ。
先輩としてお前にアドバイスすることがあるとすれば一つだ。
信じるな、疑え。感じるな、考えろ。この世の全てを疑え。世界を、人を、概念を、自分すらもだ。
まあ、この俺の仕事場が見つけられたという時点で、お前は素質がある。なんせ俺はあのFBI特別捜査官ですら、しっぽをつかむことすら出来なかったんだからな。誇っていいぞ。
そしてその手を伸ばしてみるべきだ。俺はお前の目の前にいるかもしれないんだから。捕まえられるかもしれないぞ。天下一の詐欺師と謳われたこの俺を、豚箱にぶち込むことが出来るかもしれないんだぞ。実体がないのかもしれないとまで言われたこの俺を。さあ、その手に掴めよ。この嘘を。
ああ…がっかりだよ、未来ありし若者よ。軽蔑を隠せないよ、真実に酔った若者よ。さんざん言って聞かせたじゃないか。疑うことを信じることが出来なかったな。本当に残念だ。
そう、これはただの映像だ。お前が手を伸ばして画面に触れたほんの十秒後、この仕事場は爆発することになっている。
さようならだ、愛すべき平凡なる人間よ。俺はお前の死を最後まで信じないし、なんならお前が生きているかもしれないと疑い続けることにしよう。
ではな。
もっと単純に、真実とは何か、嘘とは何かを考えると、言い換えてもいい。
なぜそんなことをって思わざる得ないか?
ああ、まあ真っ当な疑問だろうよ。敢えていい質問だとほめてやろう。褒めるだけならタダだしな。
そして教えてやろう。サルでも分かるように、とまではいかないが、まあ教えることを試みてやってもいい。試みることもまたタダだしな。
前提として、人は真実を永久に追い求めるものである。
前提として、人は嘘を徹底して追い詰めるものである。
これには納得できるだろう?数学が、化学が、物理学が、天文学が、量子力学が、人の手によって生みだされた。
いや、違う。生み出されたという言い方は失礼だな。なぜならそれはあくまでも人にとっての揺るがない真実なのだから。俺たち人間が神か何かに産み出されるずっと前から、数学も、化学も、物理学も、天文学も、量子力学も、ただそこにあったと、されているのだから。俺たち人間は、というか人間のごく一部の大天才が、その世界における絶対の真実を解き明かしたに過ぎないのだから。
話がずれたな。だが真実とは何かはなんとなくだろうが、分かっただろう?
そして思っただろう?俺たち人間は真実に酔って進化してきたと。真実に酔って世界を広げていったのだと。
「酔って」の文字が間違っているって?いいや間違っていない。間違いでも嘘でも偽りでもない。
もっと言えば、真実も真理も絶対も、間違いも嘘も偽りも、存在しないんだよ。
お前は鎌倉幕府が何年に開かれたのかを覚えているか?
そうだ。その通りだ。普通教育は無駄じゃなかったようだな。1185年だ。「いい箱作ろう」鎌倉幕府。そうやって覚えただろう。
しかし知っているか?お前のような若い人間は、鎌倉幕府は1185年に開かれたとされているが、俺のようなおっさんには鎌倉幕府は1192年に開かれたことになってるんだぜ。
なぜだとかどうでもいいじゃねえか。認めるしかない。鎌倉幕府は1185年に開かれたとされている。これがこの時代の真実であり、絶対なんだよ。
気付いたようだな、若者よ。真実という単語の脆弱さを。そして嘘という単語の蒙昧さを。
今からほんの500年くらい前までは、宇宙の中心は太陽ではなく地球だった。そしてその地球の形すら、球体ではなく平面だった。
今思えば笑ってしまうような嘘偽りは、当時からすれば大真面目の絶対的真理だった。
さて、分かってきただろう。たどり着いてきただろう。
真実などないと。不変の真実など存在しないと。そしてその真実の存在が危うくなるということは、嘘の存在すら曖昧模糊になってしまうことが連動して導き出される。
さて、俺を追ってきた勇敢なる正義の使者よ。ここからはお前が考え、思考してみろ。いやしらみつぶしに否定するべき―なのかもしれないな。お前はこの時点で、信じるに値する真実が何一つなくなったのだから。疑い続けろ。心に鬼を飼い続けろ。
少なくとも俺は常にそうしている。真実はもちろん、嘘までもだ。
そして俺はその答えが嘘にあると確信しているのだよ。なぜか分かるか?真実の数は少ないが、嘘の数は無限にあるからだ。それはお前たちがよりどころにしている真実は選び抜かれたなんとも甘美な妄想に過ぎないからだ。いつかしっぺ返しを受ける。安心しろ。俺がそうさせる。
普段の生活が、いや人生が、嘘にまみれた偽りの世界だと気づいていない人間は幸せであり哀れでもある。俺はそれを少しばかり教えてやるだけさ。気をつけろよ。とな。
そして教えてやるんだから授業料は必要だろう?しかも開設されている学校やら塾が少ないから相場という概念がない。値上げし放題というわけだ。だからより多くの金が俺に集まる。嘘は金を呼ぶ。
俺はな、嘘を悪だと思ってなんかこれっぽっちも思っていないんだ。反省なんかするはずないんだ。もう一度言うぞ、この世に真実も嘘も何一つないんだから。
俺がお前たちに敗北するときはその答えを見つけた時だろう。まあつまりだな、お前たちが俺以上の猜疑心を持って、たった一つの真実に行きついたときだろうさ。
先輩としてお前にアドバイスすることがあるとすれば一つだ。
信じるな、疑え。感じるな、考えろ。この世の全てを疑え。世界を、人を、概念を、自分すらもだ。
まあ、この俺の仕事場が見つけられたという時点で、お前は素質がある。なんせ俺はあのFBI特別捜査官ですら、しっぽをつかむことすら出来なかったんだからな。誇っていいぞ。
そしてその手を伸ばしてみるべきだ。俺はお前の目の前にいるかもしれないんだから。捕まえられるかもしれないぞ。天下一の詐欺師と謳われたこの俺を、豚箱にぶち込むことが出来るかもしれないんだぞ。実体がないのかもしれないとまで言われたこの俺を。さあ、その手に掴めよ。この嘘を。
ああ…がっかりだよ、未来ありし若者よ。軽蔑を隠せないよ、真実に酔った若者よ。さんざん言って聞かせたじゃないか。疑うことを信じることが出来なかったな。本当に残念だ。
そう、これはただの映像だ。お前が手を伸ばして画面に触れたほんの十秒後、この仕事場は爆発することになっている。
さようならだ、愛すべき平凡なる人間よ。俺はお前の死を最後まで信じないし、なんならお前が生きているかもしれないと疑い続けることにしよう。
ではな。
空腹を喰う
2023-09-28
わたしのからだのなかには
たくさんの薬が流れてできている
優しさ、虚しさ、切なさ、物悲しさ、
妬みと嫉みと少しの吐き気
コンサータは飲めなかったけれど
あなたのことを飲むのは力がいる
わたしも本が読みたい
活字を追って進む物語に興奮して、誰もが感動し涙する終わりを迎えたい。
わたしをわすれないで。
わたしを本にしてください。
わたしをケーキにしてください。
わたしをディナーにしてください。
どんな形でもいい
わたしを喰ってください。
そのままどうか わたしを覚えていて
欲しいと願う それだけ ですが
たくさんの薬が流れてできている
優しさ、虚しさ、切なさ、物悲しさ、
妬みと嫉みと少しの吐き気
コンサータは飲めなかったけれど
あなたのことを飲むのは力がいる
わたしも本が読みたい
活字を追って進む物語に興奮して、誰もが感動し涙する終わりを迎えたい。
わたしをわすれないで。
わたしを本にしてください。
わたしをケーキにしてください。
わたしをディナーにしてください。
どんな形でもいい
わたしを喰ってください。
そのままどうか わたしを覚えていて
欲しいと願う それだけ ですが
九月 詩 食事
2023-09-26
味覚とは八割が嗅覚らしい。なら僕は君と食卓を囲って、料理の匂いを嗅ぐだけで君の感性の数パーセントくらいは理解できるだろうか、きっと違う、違ってほしいと思う、君は僕と心の底から違う生き物であってほしいと思う。世間に溢れる日本一美味しい唐揚げを食べても君は僕より美味しそうに食べるだろうし、レモンをかけない僕を横目にレモンをかける。何事も試してみないとわからないものだって、試すこともできない僕に言わないでほしい。そういえば酸っぱさって味蕾で感じてやっとわかるらしい、共有できない二割の一つだ。僕と君は二割の部分ばかりだね、その方が素敵だと思う、僕は。ずっと君は唐揚げにレモンをかけて楽しそうなご飯を食べて、僕はそれを見ていたい。
詩 食事 後遺症
2023-09-26
目の前にあるのは アツアツのラーメン
独特の匂いがする 豚骨ラーメン
味が容易に想像できる おいしそうなラーメン
箸で麺を持ち上げて ゆっくりと口に運ぶ
味がしない 強いて言えば枕味のラーメン
目の前にあるのは 見慣れた天井
朝ご飯の匂いがする 一階のリピング
思い浮かべるのは 夢に出てきたラーメン
淡い期待を抱きながら ゆっくりと階段を降りる
味がしない 本当はおいしい目玉焼き
早く夢から覚めたい
独特の匂いがする 豚骨ラーメン
味が容易に想像できる おいしそうなラーメン
箸で麺を持ち上げて ゆっくりと口に運ぶ
味がしない 強いて言えば枕味のラーメン
目の前にあるのは 見慣れた天井
朝ご飯の匂いがする 一階のリピング
思い浮かべるのは 夢に出てきたラーメン
淡い期待を抱きながら ゆっくりと階段を降りる
味がしない 本当はおいしい目玉焼き
早く夢から覚めたい
重く淀んだ黒は結局は他人事でしかない
2023-07-17
何もかも全てを壊したい
何もかも全てを消してしまいたい。
だけど死にたいわけじゃない。
だから自分の記憶だけを消して全てをやり直したかった。
記憶を無くした私に会ったら、「お前記憶なくしたがってたからよかったね。お前の人生そこまで良くなかったし心機一転してこのまま楽しみな」って言ってください。
近年生み出された薬によって記憶喪失になった『私』が住んでいる海に来たときにどこかなにかよく分からない強い思いを抱く。ベットで目が覚めた『私』に友人が注意を呼びかけてくれたが、そこまで悪かった自分の過去に興味を抱き、探っていくことを決める。
これは、嘲笑する物語。
自分の過去を客観的に捉え、海で死のうかと迷ったほどに葛藤した自分の生を馬鹿馬鹿しいと最後に笑う話。
つまりそこまで客観的に見たら酷い過去ではないし、普通の人の人生を送っていた。
なんで死にたくないか、転生を望まないか、記憶喪失にしたかといえば大切な友人たちがいてその人達との関係を断ちたくなかったから。
何もかも全てを消してしまいたい。
だけど死にたいわけじゃない。
だから自分の記憶だけを消して全てをやり直したかった。
記憶を無くした私に会ったら、「お前記憶なくしたがってたからよかったね。お前の人生そこまで良くなかったし心機一転してこのまま楽しみな」って言ってください。
近年生み出された薬によって記憶喪失になった『私』が住んでいる海に来たときにどこかなにかよく分からない強い思いを抱く。ベットで目が覚めた『私』に友人が注意を呼びかけてくれたが、そこまで悪かった自分の過去に興味を抱き、探っていくことを決める。
これは、嘲笑する物語。
自分の過去を客観的に捉え、海で死のうかと迷ったほどに葛藤した自分の生を馬鹿馬鹿しいと最後に笑う話。
つまりそこまで客観的に見たら酷い過去ではないし、普通の人の人生を送っていた。
なんで死にたくないか、転生を望まないか、記憶喪失にしたかといえば大切な友人たちがいてその人達との関係を断ちたくなかったから。
海を脱ぐ
2023-07-13
陽太と付き合う前の自分に会うために、私は海岸へ向かうバスに揺られていた。
小さな風と蝉の鳴き声が窓の隙間から入ってきて、肩にかかった黒い髪を揺らす。その風に糸を引かれるように、私は窓の外に広がる地元の市街を眺めていた。バスが停まると、一年前に高校を卒業した時よりもシャッターが目立ち人通りもまばらになった気がする。しかし私はそれだけ確認すると東京で買った黒い帽子を目ぶかにかぶって下を向く。いつどこから自分の親や陽太の両親が出てきてもおかしくないような気がした。ポケットの中で携帯が鳴るたびに、もしかして帰ってきたことを気付かれてしまったのではないかと警戒した。
「もう、陽太には関わらないで」
陽太のお母さんの搾り出すような声を思い出す。私はきっと場違いだ。葬儀も弔いもできないくらい、陽太の死に関わった人なのだから。
———でも、私は陽太を探すために来たわけじゃない。
再び動き出したバスの最後部の座席に背中を預けながら、今度は空を睨む。雲が高く伸びて、入道雲になりその手前を飛行機が通り抜けていった。
高校三年生の卒業の日。私の恋人だった宮本陽太は自殺した。別れ話が原因だと周囲に決めつけられた私は地元から逃げるように上京し、そこで生活を始める。しかし慣れない東京での生活と、陽太との時間を思い出す自分に嫌気が差す。付き合っていた頃の自分とケリをつけるため、そして付き合う前の自分を取り戻すために地元に帰ってくる。しかし陽太と出会った海岸のバス停で待っていたのは陽太の妹の美香だった。
小さな風と蝉の鳴き声が窓の隙間から入ってきて、肩にかかった黒い髪を揺らす。その風に糸を引かれるように、私は窓の外に広がる地元の市街を眺めていた。バスが停まると、一年前に高校を卒業した時よりもシャッターが目立ち人通りもまばらになった気がする。しかし私はそれだけ確認すると東京で買った黒い帽子を目ぶかにかぶって下を向く。いつどこから自分の親や陽太の両親が出てきてもおかしくないような気がした。ポケットの中で携帯が鳴るたびに、もしかして帰ってきたことを気付かれてしまったのではないかと警戒した。
「もう、陽太には関わらないで」
陽太のお母さんの搾り出すような声を思い出す。私はきっと場違いだ。葬儀も弔いもできないくらい、陽太の死に関わった人なのだから。
———でも、私は陽太を探すために来たわけじゃない。
再び動き出したバスの最後部の座席に背中を預けながら、今度は空を睨む。雲が高く伸びて、入道雲になりその手前を飛行機が通り抜けていった。
高校三年生の卒業の日。私の恋人だった宮本陽太は自殺した。別れ話が原因だと周囲に決めつけられた私は地元から逃げるように上京し、そこで生活を始める。しかし慣れない東京での生活と、陽太との時間を思い出す自分に嫌気が差す。付き合っていた頃の自分とケリをつけるため、そして付き合う前の自分を取り戻すために地元に帰ってくる。しかし陽太と出会った海岸のバス停で待っていたのは陽太の妹の美香だった。
わたりあめ (朝/恋愛)
2023-07-12
家の外から聴こえる、綺麗な音色で目が覚めた。
冬休みに入り、受験勉強をしなければと決心して早起きを心掛けたが、この音色のおかげで早起き出来るとは、なんて優雅な朝なのだろう。
一体誰が吹いているのかと気になり、部屋の窓を覗いてみた。
すると、川沿いの真緑の中にぽつんと、高校生くらいだろうか、青年が銀色の横笛を持っていた。
透き通るような美しい音を出している。
私はその姿に夢中になって、窓からずっとその青年のことを見つめていた。
次の日も、そのまた次の日も、彼は家の近くの川沿いで楽器を吹いていた。
日に日に美しさを増す音色を聴いて、どんどん彼に惹かれていき、間近で聴いてみたいなと思うようになった。
綺麗な音色ですね、と伝えに行きたいが、迷惑だろうか。
そう思いつつ、私は彼が楽器を吹き始める6時頃よりも前に起きるため、5時半にアラームをセットして早めに寝ることにした。
耳元で大きな音が鳴る。
5時半に起き、顔を洗って身支度を整えた。
窓を覗くと、遠くから彼が川沿いの遊歩道を歩いているのが見えた。
玄関に向かうと、こんな朝早くにどうしたの、とお母さんの驚く声が聞こえたが、なんでもないとだけ言い川沿いへ向かった。
近くで聴いて良かった。
部屋で聴くよりも断然美しかった。
音楽のことは詳しくないが、彼が上達していることと、音色が美しいことだけは分かった。
キリのいいところで音色が止まり、彼が水を飲もうとした時、私が近くで聴いてることに気がついたようで、目が合った。
「あ、すみません…とても綺麗な音だったので」
迷惑でしたよね、と謝ると、彼は笑顔で私の方へ寄ってきた。
「全然、1人で吹いてる方が心細いよ。こちらこそ、朝早くから迷惑じゃなかった?」
「そんなことないです、おかげで早起き出来ました」
「それは良かった」
すると彼は私の隣に座り、雑談してもいい? と聞いてきた。
もちろんです、と答えると、彼はまた笑顔になってありがとうと言った。
「俺、吹奏楽をやってて、あと少しでアンコン…アンサンブルコンテストっていうのがあるんだ。フルート4人で演奏するんだけど、その練習」
「そうだったんですね」
この楽器はフルートというのか。
聞いたことある楽器だったが、こんな綺麗な音を出せるとは知らなかった。
「君、中学生? 」
「そうです、中3です」
「じゃあもうすぐで受験?」
「はい…。私立単願なので、もうそろそろなんです」
「そっか、そんな頑張り時にわざわざ聴いてくれてありがとう」
「いえいえ、こちらこそです」
いざ話すとなると緊張して、彼の顔を見て話せなかった。
勇気を振り絞って、また明日も見学していいですか、と聞くと「もちろん」と返ってきたので、明日も早起きして川沿いへ行くことにした。
「この曲、なんていう曲なんですか? 」
そういえば、曲名を聞いていなかった。
「組曲『あめ』。全5曲からなる組曲なんだけど、アンコンではその中から3曲、いそぎあめ、かざりあめ、わたりあめを演奏する予定」
彼は順番にサビの部分を吹いてくれた。
「私、わたりあめが1番好きです。3つの中で、1番頭に残ってます」
「ほんと? わたりあめは俺が主旋律を吹くから、楽しくてつい練習しちゃうな」
ほかの2つも一応ファースト練習してるから主旋律吹けるんだよね、と彼は言う。
部屋から聴いていた時、わたりあめがよく聴こえたのはそれが理由だったんだなと思った。
そして何より、1番楽しそうに吹いていた。
「学校は吹奏楽が強いんですか? 」
「うーん、強豪では全然ないかな。コンクールもアンコンも、地区大会で銀か、取れてもダメ金だし」
「銀って2位ですよね? 凄いじゃないですか 」
「俺たちが参加するコンクールでは、金、銀、銅のいずれかは貰える。だから、銀賞は何団体もいるし、金賞を取っても次の大会に進めない、いわゆるダメ金とかもある」
知らなかった。
金賞を取っても次の大会に進めないなんて、1番悔しいに決まっている。
「去年も銀だったし、今年でアンコンは最後だから、金賞取って県大会行きたいな」
「今年で最後…。2年生なんですね、そっか、来年は大学受験…」
そうそう、と少し残念そうな顔で青年はフルートを見つめる。
フルートを吹けるのは、あと半年、夏のコンクールまでらしい。
「そういえば、午前は部活ないんですか? 」
「午前は合唱部が音楽室使ってるから、吹奏楽部は基本午後から。高校、家から近いし、ギリギリまで練習しても間に合うんだよね」
そういうと彼は向こうを指さした。
向こうは青空高等学校──私が受験する高校だ。
「え、青空高校に通ってるんですか…? 」
「そうだよ、家から近いからっていう理由だけどね」
「私もそうです、家から近くて楽だなって思って、青高受けます」
なんという偶然だろうか。
──フルートの音色が頭に響く。
引退まで、あと半年…。
「…高校からでも、楽器って吹けるんですか」
口が勝手に開いてしまった。
彼も予想外の質問だったのだろうか、驚いた顔をしている。
「青高にも2、3人高校からの初心者がいるよ」
そして、また私の口が勝手に開く。
「フルートの音色を聴いて、少しの期間でもいいから、私も一緒に吹いてみたいなって…」
中学では美術部だったし、ピアノも習っていないから楽譜も読めない。
そんな私でも、彼と一緒に演奏できるのなら。
綺麗な音が出せるのなら。
そして、せっかくなら何か目標を持って高校に入りたい。
「青高に受かったら、吹奏楽に入ってみたいです」
すると、彼は片手を私の方に伸ばしてきた。
「歓迎するよ」
彼の手をとった瞬間、高校の志望理由が変わった。
4月──
入学式は小雨が降っていた。
ネットフェンスには、「祝 アンサンブルコンテスト 県大会出場」と書かれた横断幕が飾ってある。
校門をくぐると、新入生達のざわざわ声を一直線に通り抜ける、"先輩"のわたりあめが小さな雨音に乗って音楽室から聴こえてきた。
冬休みに入り、受験勉強をしなければと決心して早起きを心掛けたが、この音色のおかげで早起き出来るとは、なんて優雅な朝なのだろう。
一体誰が吹いているのかと気になり、部屋の窓を覗いてみた。
すると、川沿いの真緑の中にぽつんと、高校生くらいだろうか、青年が銀色の横笛を持っていた。
透き通るような美しい音を出している。
私はその姿に夢中になって、窓からずっとその青年のことを見つめていた。
次の日も、そのまた次の日も、彼は家の近くの川沿いで楽器を吹いていた。
日に日に美しさを増す音色を聴いて、どんどん彼に惹かれていき、間近で聴いてみたいなと思うようになった。
綺麗な音色ですね、と伝えに行きたいが、迷惑だろうか。
そう思いつつ、私は彼が楽器を吹き始める6時頃よりも前に起きるため、5時半にアラームをセットして早めに寝ることにした。
耳元で大きな音が鳴る。
5時半に起き、顔を洗って身支度を整えた。
窓を覗くと、遠くから彼が川沿いの遊歩道を歩いているのが見えた。
玄関に向かうと、こんな朝早くにどうしたの、とお母さんの驚く声が聞こえたが、なんでもないとだけ言い川沿いへ向かった。
近くで聴いて良かった。
部屋で聴くよりも断然美しかった。
音楽のことは詳しくないが、彼が上達していることと、音色が美しいことだけは分かった。
キリのいいところで音色が止まり、彼が水を飲もうとした時、私が近くで聴いてることに気がついたようで、目が合った。
「あ、すみません…とても綺麗な音だったので」
迷惑でしたよね、と謝ると、彼は笑顔で私の方へ寄ってきた。
「全然、1人で吹いてる方が心細いよ。こちらこそ、朝早くから迷惑じゃなかった?」
「そんなことないです、おかげで早起き出来ました」
「それは良かった」
すると彼は私の隣に座り、雑談してもいい? と聞いてきた。
もちろんです、と答えると、彼はまた笑顔になってありがとうと言った。
「俺、吹奏楽をやってて、あと少しでアンコン…アンサンブルコンテストっていうのがあるんだ。フルート4人で演奏するんだけど、その練習」
「そうだったんですね」
この楽器はフルートというのか。
聞いたことある楽器だったが、こんな綺麗な音を出せるとは知らなかった。
「君、中学生? 」
「そうです、中3です」
「じゃあもうすぐで受験?」
「はい…。私立単願なので、もうそろそろなんです」
「そっか、そんな頑張り時にわざわざ聴いてくれてありがとう」
「いえいえ、こちらこそです」
いざ話すとなると緊張して、彼の顔を見て話せなかった。
勇気を振り絞って、また明日も見学していいですか、と聞くと「もちろん」と返ってきたので、明日も早起きして川沿いへ行くことにした。
「この曲、なんていう曲なんですか? 」
そういえば、曲名を聞いていなかった。
「組曲『あめ』。全5曲からなる組曲なんだけど、アンコンではその中から3曲、いそぎあめ、かざりあめ、わたりあめを演奏する予定」
彼は順番にサビの部分を吹いてくれた。
「私、わたりあめが1番好きです。3つの中で、1番頭に残ってます」
「ほんと? わたりあめは俺が主旋律を吹くから、楽しくてつい練習しちゃうな」
ほかの2つも一応ファースト練習してるから主旋律吹けるんだよね、と彼は言う。
部屋から聴いていた時、わたりあめがよく聴こえたのはそれが理由だったんだなと思った。
そして何より、1番楽しそうに吹いていた。
「学校は吹奏楽が強いんですか? 」
「うーん、強豪では全然ないかな。コンクールもアンコンも、地区大会で銀か、取れてもダメ金だし」
「銀って2位ですよね? 凄いじゃないですか 」
「俺たちが参加するコンクールでは、金、銀、銅のいずれかは貰える。だから、銀賞は何団体もいるし、金賞を取っても次の大会に進めない、いわゆるダメ金とかもある」
知らなかった。
金賞を取っても次の大会に進めないなんて、1番悔しいに決まっている。
「去年も銀だったし、今年でアンコンは最後だから、金賞取って県大会行きたいな」
「今年で最後…。2年生なんですね、そっか、来年は大学受験…」
そうそう、と少し残念そうな顔で青年はフルートを見つめる。
フルートを吹けるのは、あと半年、夏のコンクールまでらしい。
「そういえば、午前は部活ないんですか? 」
「午前は合唱部が音楽室使ってるから、吹奏楽部は基本午後から。高校、家から近いし、ギリギリまで練習しても間に合うんだよね」
そういうと彼は向こうを指さした。
向こうは青空高等学校──私が受験する高校だ。
「え、青空高校に通ってるんですか…? 」
「そうだよ、家から近いからっていう理由だけどね」
「私もそうです、家から近くて楽だなって思って、青高受けます」
なんという偶然だろうか。
──フルートの音色が頭に響く。
引退まで、あと半年…。
「…高校からでも、楽器って吹けるんですか」
口が勝手に開いてしまった。
彼も予想外の質問だったのだろうか、驚いた顔をしている。
「青高にも2、3人高校からの初心者がいるよ」
そして、また私の口が勝手に開く。
「フルートの音色を聴いて、少しの期間でもいいから、私も一緒に吹いてみたいなって…」
中学では美術部だったし、ピアノも習っていないから楽譜も読めない。
そんな私でも、彼と一緒に演奏できるのなら。
綺麗な音が出せるのなら。
そして、せっかくなら何か目標を持って高校に入りたい。
「青高に受かったら、吹奏楽に入ってみたいです」
すると、彼は片手を私の方に伸ばしてきた。
「歓迎するよ」
彼の手をとった瞬間、高校の志望理由が変わった。
4月──
入学式は小雨が降っていた。
ネットフェンスには、「祝 アンサンブルコンテスト 県大会出場」と書かれた横断幕が飾ってある。
校門をくぐると、新入生達のざわざわ声を一直線に通り抜ける、"先輩"のわたりあめが小さな雨音に乗って音楽室から聴こえてきた。
無題/恋愛/朝
2023-07-12
さあ、ごらん
日が差し込む
夢を振り返る
やすらかに
この胸に
あなたを抱いて
僕の愛で
包むように
あなたといるよ
ずっと側に
眠そうな目を開けて
そうしたら
またあなたの笑顔に会える
あなたがいなくなるまで眠り続ける
あなたの鼓動をずっと聴いている
風を吹きぬける
二人が迎える運命の朝
あなたが永遠にいなくなて
星が死ぬのを見ている
あなたと一緒だよ
心で繋がっているから
これからもずっと
そうだよ
ぼくらは離れ離れ
でもその嘘には
ほんとうのことがあるんだ
終わりは始まりだから
手をのばして明日をつかもう
その声が聞こえるように
さあ、ごらん
日が差し込む
そっとため息をついて
日が差し込む
差し込んでくる
君と一緒にいられなくても
真実を探しつづける
君のぬくもりを忘れない
もう一度愛をみつけたいんだ
もう一度
日が差し込む
夢を振り返る
やすらかに
この胸に
あなたを抱いて
僕の愛で
包むように
あなたといるよ
ずっと側に
眠そうな目を開けて
そうしたら
またあなたの笑顔に会える
あなたがいなくなるまで眠り続ける
あなたの鼓動をずっと聴いている
風を吹きぬける
二人が迎える運命の朝
あなたが永遠にいなくなて
星が死ぬのを見ている
あなたと一緒だよ
心で繋がっているから
これからもずっと
そうだよ
ぼくらは離れ離れ
でもその嘘には
ほんとうのことがあるんだ
終わりは始まりだから
手をのばして明日をつかもう
その声が聞こえるように
さあ、ごらん
日が差し込む
そっとため息をついて
日が差し込む
差し込んでくる
君と一緒にいられなくても
真実を探しつづける
君のぬくもりを忘れない
もう一度愛をみつけたいんだ
もう一度
マリンスノー
2023-07-11
消えかけている蛍光灯の明かりを浴びて、一匹のクラゲが地下商店街に迷い込んだ。天井に擦れそうになりながら、長く伸びた透明な触手を運んでいく。透明な海水によって作られた全身に、連なったシャッターの壁が透けていた。
明かりは蛍光灯が付いている場所とそうでない場所によって、より暗くなったり反対にうっすらと眩しくなったりする。通り抜けてきたクラゲはいつの間にか、目の前にある「鳥肉専門宮川商店」の錆びた看板に引っかかり、身動きが取れなくなってしまっていた。
クラゲを助けようとしたのは、この地下商店街に住んでいる少年だった。乾いたサンダルの音が商店街の奥へと響いていく。ノースリーブの白い服が看板の下で止まった少年に合わせて、わずかに揺れた。
透明な海洋生物達が泳いでいく地下商店街で生きる少年は、一年前に消えた母親を探して生まれて初めて出口へと向かう。しかしそこはどこまでも続く、海の生物と地下通路の世界だった。少数の人々が暮らす「駅」に辿り着いた僕は、そこで家出少女のゆあんと出会う。ゆあんと様々な駅を通っていきながら、少年は地上をそして母親を探すために海底から抜け出す旅に出る。
明かりは蛍光灯が付いている場所とそうでない場所によって、より暗くなったり反対にうっすらと眩しくなったりする。通り抜けてきたクラゲはいつの間にか、目の前にある「鳥肉専門宮川商店」の錆びた看板に引っかかり、身動きが取れなくなってしまっていた。
クラゲを助けようとしたのは、この地下商店街に住んでいる少年だった。乾いたサンダルの音が商店街の奥へと響いていく。ノースリーブの白い服が看板の下で止まった少年に合わせて、わずかに揺れた。
透明な海洋生物達が泳いでいく地下商店街で生きる少年は、一年前に消えた母親を探して生まれて初めて出口へと向かう。しかしそこはどこまでも続く、海の生物と地下通路の世界だった。少数の人々が暮らす「駅」に辿り着いた僕は、そこで家出少女のゆあんと出会う。ゆあんと様々な駅を通っていきながら、少年は地上をそして母親を探すために海底から抜け出す旅に出る。
箱の中身は
2023-07-11
さぁさぁ皆様、ご覧あれ。
今宵の参加者はこのお方。そこらを歩いていた一般人。
君、きみ。そう、君ですよ。先程からきょろきょろ辺りを見回していらっしゃるそちらのあなた、そう、あなた。隣の方はご友人?あぁ、やはり。ご用事なぁに、おや、お買い物。それはそれは、急に連れてこられて驚いたことでしょう。
随分、混乱なさっているようで。まぁそうか。すみませんね、これも余興の一つでして。申し訳ないのですが、お付き合いいただきたく存じます。
あぁいや、ご安心を。そんなにね、妙なことをさせるわけじゃあございません。いや妙か?まぁまぁまぁ、人間感じ方は人それぞれ。私は妙とは思いませんので悪しからず。
はい、これ。あ、待て待て、覗いちゃあいけません。何って、箱です。はこ。見ればわかるでしょう?Box。発音がいい?それはどうも。
あ、揺らすのもいけませんよ。中に入ってるものがね、おっといけない、これは内緒。危ない危ない、あなた意外と策士ですね。私が口を滑らせただけ?はい、その通りですが何か。
えぇと何だっけ、あぁそうだ。君にはね、この中身を当ててもらいたく。箱の中身は何だろな。とっても簡単なゲーム、お遊び、余興です。
ご安心を。毒とか、危険物ではありませんので。この中身が君に害をなすことはありません。えぇ、お約束します。というかね、持ったらわかると思いますけど、そんな重くもないでしょう?ね、君に怪我をさせるとか、できないできない。
触っていいのは君だけです。ご友人はね、まぁ近づいてもいいでしょう。一緒に考えてみてください。触るとか覗くとかはなしですよ。もちろん。
制限時間?ないですないない。強いて言うなら当てられるまで。当てられたらお帰りいただいて。はい、お出口あちら。正解したら、どうぞどうぞ。大丈夫、君もよぉく知ってるものですから。
今宵の参加者はこのお方。そこらを歩いていた一般人。
君、きみ。そう、君ですよ。先程からきょろきょろ辺りを見回していらっしゃるそちらのあなた、そう、あなた。隣の方はご友人?あぁ、やはり。ご用事なぁに、おや、お買い物。それはそれは、急に連れてこられて驚いたことでしょう。
随分、混乱なさっているようで。まぁそうか。すみませんね、これも余興の一つでして。申し訳ないのですが、お付き合いいただきたく存じます。
あぁいや、ご安心を。そんなにね、妙なことをさせるわけじゃあございません。いや妙か?まぁまぁまぁ、人間感じ方は人それぞれ。私は妙とは思いませんので悪しからず。
はい、これ。あ、待て待て、覗いちゃあいけません。何って、箱です。はこ。見ればわかるでしょう?Box。発音がいい?それはどうも。
あ、揺らすのもいけませんよ。中に入ってるものがね、おっといけない、これは内緒。危ない危ない、あなた意外と策士ですね。私が口を滑らせただけ?はい、その通りですが何か。
えぇと何だっけ、あぁそうだ。君にはね、この中身を当ててもらいたく。箱の中身は何だろな。とっても簡単なゲーム、お遊び、余興です。
ご安心を。毒とか、危険物ではありませんので。この中身が君に害をなすことはありません。えぇ、お約束します。というかね、持ったらわかると思いますけど、そんな重くもないでしょう?ね、君に怪我をさせるとか、できないできない。
触っていいのは君だけです。ご友人はね、まぁ近づいてもいいでしょう。一緒に考えてみてください。触るとか覗くとかはなしですよ。もちろん。
制限時間?ないですないない。強いて言うなら当てられるまで。当てられたらお帰りいただいて。はい、お出口あちら。正解したら、どうぞどうぞ。大丈夫、君もよぉく知ってるものですから。
アンデルセンによろしく
2023-07-11
電車と徒歩で合わせて三時間半。何県のどこかも分からない。目の前には白い砂浜と静かに波打つ海だけが広がっている。
この場所を目指してやってきた訳じゃない。ただ逃れたくて、足の向くまま闇雲に歩み続けた結果辿り着いただけだ。
都会で迎える夜と違って、キラキラと光る星がよく見える。夜空もただ黒いだけではなくて、淡く青みがかっていた。
僕は引き寄せられるようにして、目の前に横たわる海原へ向けて足を進める。
きめ細やかな砂の踏み心地は慣れたものではなく歩きづらいが、とても新鮮な感覚だ。
白い砂浜に足跡を付けながら、透き通るような海に誘われるようにして、思考さえも手放して前に進む。
心はもう僕の胸には無い。体を飛び出して、深い海の底へと沈んでしまっているのかもしれない。
ひやりとした感触が、サンダルを履いた足を包む。砂の踏み心地も固いものへ変わったが、それも気にせず、ただひたすら前に。どれだけ濡れようと、もう意味はない。
行くな、と制止するように、足元にまとわりつく水が歩みを阻害する。
それでも僕は、行きたかった。この先にある、静寂の世界に。その為だけに、無我夢中で足を動かした。
「こんばんは」
そんな声が耳の届いた瞬間、抜け出していた心が不意に戻ってくる。
振り向くとそこには、女の子が立っていた。優しく注ぐ月明かりのような、静かな微笑みを浮かべながら。
この場所を目指してやってきた訳じゃない。ただ逃れたくて、足の向くまま闇雲に歩み続けた結果辿り着いただけだ。
都会で迎える夜と違って、キラキラと光る星がよく見える。夜空もただ黒いだけではなくて、淡く青みがかっていた。
僕は引き寄せられるようにして、目の前に横たわる海原へ向けて足を進める。
きめ細やかな砂の踏み心地は慣れたものではなく歩きづらいが、とても新鮮な感覚だ。
白い砂浜に足跡を付けながら、透き通るような海に誘われるようにして、思考さえも手放して前に進む。
心はもう僕の胸には無い。体を飛び出して、深い海の底へと沈んでしまっているのかもしれない。
ひやりとした感触が、サンダルを履いた足を包む。砂の踏み心地も固いものへ変わったが、それも気にせず、ただひたすら前に。どれだけ濡れようと、もう意味はない。
行くな、と制止するように、足元にまとわりつく水が歩みを阻害する。
それでも僕は、行きたかった。この先にある、静寂の世界に。その為だけに、無我夢中で足を動かした。
「こんばんは」
そんな声が耳の届いた瞬間、抜け出していた心が不意に戻ってくる。
振り向くとそこには、女の子が立っていた。優しく注ぐ月明かりのような、静かな微笑みを浮かべながら。
宙ぶらりん
2023-07-11
正しく好きになりたい、正しく嫌われたい。正しく怒られて、正しく泣かれたい。ラベルを貼られる存在でいたい。私はなんであるかを神様に定められたい。昔の人間が適当に定めた星座みたいに、お前はこういう形をしていると定められたい。記憶ばかりが澱みたく溜まっていく身体を引きずりながら、中学に塾に集会所に向かう。毎日定められている、或いは定めたはずの出来事がまるで他人事のように進んでいく。投身自殺してもいい何かに出会いたい。それが人でも物でもいい。きっと私は何かに焦がれたままに中学を卒業する。きっと私は正しいを知らぬまま大人になる。くそったれの毎日だ。虫も寝静まる夜にそっと布団を抜け出す。父親は隣の部屋でやつれた顔で幸せそうに寝ていた。父親を狂わせた世界に正しい形なんてあるのか分からないけれど、少なくとも父親が心酔しているものは歪んでいる。二人暮らしのマンション、そのリビングにはオネムリ様の像が神棚に飾られている。尼のような格好をした宗教シンボルのオネムリ様。これを買えば世界が幸福になるという。ただ我が家にある白い彫刻のオネムリ様はランクでいえば三番目のオネムリ様だ。父親はこれを金色にすることを夢に生きている。馬鹿げていると思った。それでも夢を壊す勇気はなかった。父親の正しいが歪んでいたとしても、否定をする度胸はなかった。だからそっとオネムリ様を横にした。オネムリ様は硬い神棚に口づけをする格好をしている。こんな世界で私はまだ生きていかなければならないのだろうか。明日も他人事の日々が続いていくのだろうか。
ギフテッド
2023-07-11
君とあと何回、蝉が死んでいく様を見られるだろう。
私はお見舞いに行く度、いつもそんなことを考えてしまう。
この世から生を授かった時、神様から人並外れた高い知性を受け取った君は、それと引き換えに人生の大半を失った。十二年の歳月でしか生きられず、その短い時間すら研究者や政府の関係者との会話で費えてしまう。にも関わらず、それが自分の生きる意味だと決めつけて一生懸命笑っている。
私は耐えられなかった。この子はもっと笑えるはずなのに。
きっと気づいていないんだ。初めて蝉の抜け殻を見つけた時、「こんなに面白い音するんだ」と目をキラキラと輝かせていたことを。この子にもっと教えてあげたい。世界は貴方が知っている以上に可能性に満ち溢れているって。本とか病院の中じゃ収まらないぐらい、色んなことができるんだって。
お医者さんは、保って一年だと言っていた。
こんな狭い世界に閉じこもるなんて、もったいない。
せめて今年の夏ぐらいは、君と──。
「ねえ、瀬戸くん」
だから私は、君に提案した。
「一緒に、この病室から抜け出さない?」
今にも燃え尽きそうなこの命の炎を、決して無駄にしたくないから。
これは、人生十四年目にして最大となる私の冒険。
蝉時雨と共に、物語が幕を開ける。
私はお見舞いに行く度、いつもそんなことを考えてしまう。
この世から生を授かった時、神様から人並外れた高い知性を受け取った君は、それと引き換えに人生の大半を失った。十二年の歳月でしか生きられず、その短い時間すら研究者や政府の関係者との会話で費えてしまう。にも関わらず、それが自分の生きる意味だと決めつけて一生懸命笑っている。
私は耐えられなかった。この子はもっと笑えるはずなのに。
きっと気づいていないんだ。初めて蝉の抜け殻を見つけた時、「こんなに面白い音するんだ」と目をキラキラと輝かせていたことを。この子にもっと教えてあげたい。世界は貴方が知っている以上に可能性に満ち溢れているって。本とか病院の中じゃ収まらないぐらい、色んなことができるんだって。
お医者さんは、保って一年だと言っていた。
こんな狭い世界に閉じこもるなんて、もったいない。
せめて今年の夏ぐらいは、君と──。
「ねえ、瀬戸くん」
だから私は、君に提案した。
「一緒に、この病室から抜け出さない?」
今にも燃え尽きそうなこの命の炎を、決して無駄にしたくないから。
これは、人生十四年目にして最大となる私の冒険。
蝉時雨と共に、物語が幕を開ける。
黒い拾得物
2023-07-11
代わり映えのしない帰り道。昨日と同じ道を、昨日と同じように歩いて、昨日と同じ電車に乗る。
夏にしては思いのほか涼しい日、言い換えれば当然寒くはないが暑すぎもしない日。その僅かな特別にしても、エアコンの効いた電車内からすれば大して変わらない。
車内のアナウンスが最寄り駅に着いたことを知らせてきた。スマートフォンを懐にしまい、ドア横の緑ボタンを押す。田舎とはいえないレベルの郊外だが、ドアはボタン開閉式になっている。降りたプラットホームに他の人の姿はない。さすがに珍しく思いながら改札へ向けて歩き出す、その一歩目でなにかを蹴飛ばした。
「あ?」
ソレは対面式ホームの端までごろごろと転がり、青緑のフェンスにぶつかった。思わず追いかけ、拾い上げる。
「なんだこれ」
蹴られ転がり、多少は汚れているだろうと思ったが、どうしてか表面には埃ひとつ見えない。表面はつるつるしているものの光沢はなく、覗き込んでいるはずの顔も映らない。各辺およそ7cmの、真っ黒い立方体。
どこか開いたりしないか見分したが、それらしい気配もない。パズルでも小物入れでもないらしい。少し考えてから、古びたベンチの上に置いて改札へ向かう。
なんだかよくわからないが誰かの忘れ物だろう。そこに置いておけばいずれ誰か気付くはずだ。そう思いながらパスケースを取り出そうと鞄に手を突っ込む。
「ん?」
入れた覚えのない硬い物体に指がぶつかった。
慌てて振り返ると、ベンチの上に置いたはずの立方体がなくなっていた。
「あー……」
改札を見やると、駅員の姿はなかった。常駐しているわけではなく、時間によっては留守にしていることもあるのだ。
「まあ、いいか」
そう呟いてパスケースだけを取り出し、改札を通過する。鞄の中からゴトリと音がした。
夏にしては思いのほか涼しい日、言い換えれば当然寒くはないが暑すぎもしない日。その僅かな特別にしても、エアコンの効いた電車内からすれば大して変わらない。
車内のアナウンスが最寄り駅に着いたことを知らせてきた。スマートフォンを懐にしまい、ドア横の緑ボタンを押す。田舎とはいえないレベルの郊外だが、ドアはボタン開閉式になっている。降りたプラットホームに他の人の姿はない。さすがに珍しく思いながら改札へ向けて歩き出す、その一歩目でなにかを蹴飛ばした。
「あ?」
ソレは対面式ホームの端までごろごろと転がり、青緑のフェンスにぶつかった。思わず追いかけ、拾い上げる。
「なんだこれ」
蹴られ転がり、多少は汚れているだろうと思ったが、どうしてか表面には埃ひとつ見えない。表面はつるつるしているものの光沢はなく、覗き込んでいるはずの顔も映らない。各辺およそ7cmの、真っ黒い立方体。
どこか開いたりしないか見分したが、それらしい気配もない。パズルでも小物入れでもないらしい。少し考えてから、古びたベンチの上に置いて改札へ向かう。
なんだかよくわからないが誰かの忘れ物だろう。そこに置いておけばいずれ誰か気付くはずだ。そう思いながらパスケースを取り出そうと鞄に手を突っ込む。
「ん?」
入れた覚えのない硬い物体に指がぶつかった。
慌てて振り返ると、ベンチの上に置いたはずの立方体がなくなっていた。
「あー……」
改札を見やると、駅員の姿はなかった。常駐しているわけではなく、時間によっては留守にしていることもあるのだ。
「まあ、いいか」
そう呟いてパスケースだけを取り出し、改札を通過する。鞄の中からゴトリと音がした。
うみさがし
2023-07-10
ポリー・アーティストを夢見ている主人公。有名映画監督の新作に参加する予定だったスタッフの中で、ポリアーティストのポジションが空いたというニュースを聞くことになる。卒業した大学のゼミ教授から「志願してみたらどう?」という連絡を受けて、監督に願書を提出する。その後、監督からもらった課題メール。「このシーンに使われた音を聞いて、どこの海なのか当ててください。また、この音は日本国産です」
一緒に添付された音声ファイルには、海辺の波の音が流してる。残り期限は一週間。一期一会のチャンス。主人公は録音装備と音声ファイルを持って「海探し」に行く。
っていうストーリーで、日本全国の海で出会った人々とのエピソードで色んな話が出てくる。現実に妥協して夢をあきらめた前職作家、コンビニのバイトで生きていく監督志望生、マンネリズムに落ちて撮影現場から逃げた年老俳優など。彼らの話を聞いたり、音声ファイルを聴かせたりしながら、主人公にとっては宝島のような「海探し」を始まる。
*ポリー・アーティスト: 映画でセリフと音楽以外のすべての音を作る人。
一緒に添付された音声ファイルには、海辺の波の音が流してる。残り期限は一週間。一期一会のチャンス。主人公は録音装備と音声ファイルを持って「海探し」に行く。
っていうストーリーで、日本全国の海で出会った人々とのエピソードで色んな話が出てくる。現実に妥協して夢をあきらめた前職作家、コンビニのバイトで生きていく監督志望生、マンネリズムに落ちて撮影現場から逃げた年老俳優など。彼らの話を聞いたり、音声ファイルを聴かせたりしながら、主人公にとっては宝島のような「海探し」を始まる。
*ポリー・アーティスト: 映画でセリフと音楽以外のすべての音を作る人。
海の中には
2023-07-10
海の中にも、栗の木が生えているのかしら。
目の前に広がる一面の青を眺めながら、少女はそう思った。
波打ち際には、丸い棘々がたくさん転がっていた。時折それが波に攫われて、鞠のように弾む。
去年、保育園の庭にあった木にも同じ刺々が沢山ついていた。その中に、栗の実が入っていることも少女は知っている。同じような木が海の中にもあって、熟した実が波に乗って浜辺まで流れついてくるのかもしれない。いや、きっとそうに違いないと少女は顔を上げる。
栗が生えてるってことは、海の中にも森があるのね。もしかしたら、人間もいるかも!
海に入ろうと歩いていくと、足の裏に鋭い痛みが走った。慌てて下を向くと、栗の棘が少女の柔らかな足の親指に刺さっている。ぷく、と水風船のように棘の周りの血が膨らんだ。
少女は思わず手を伸ばして、その血を舐めた。すると、海と同じ味がした。
そのとき少女は初めて、自分が海からやってきたということを知ったのだった。
目の前に広がる一面の青を眺めながら、少女はそう思った。
波打ち際には、丸い棘々がたくさん転がっていた。時折それが波に攫われて、鞠のように弾む。
去年、保育園の庭にあった木にも同じ刺々が沢山ついていた。その中に、栗の実が入っていることも少女は知っている。同じような木が海の中にもあって、熟した実が波に乗って浜辺まで流れついてくるのかもしれない。いや、きっとそうに違いないと少女は顔を上げる。
栗が生えてるってことは、海の中にも森があるのね。もしかしたら、人間もいるかも!
海に入ろうと歩いていくと、足の裏に鋭い痛みが走った。慌てて下を向くと、栗の棘が少女の柔らかな足の親指に刺さっている。ぷく、と水風船のように棘の周りの血が膨らんだ。
少女は思わず手を伸ばして、その血を舐めた。すると、海と同じ味がした。
そのとき少女は初めて、自分が海からやってきたということを知ったのだった。
Earth Landing
2023-07-10
———水面に身体をぶつけた瞬間に僕は別の星に不時着したような気持ちになった。
水面のフィルムを通り抜けて、青空が水の中に歪んでいく。観客席から響く応援の声が水の中に溺れていった。その一瞬だけは地球上の何も聞こえない。そして何にも触れられない。どこよりも静かで遠い世界が周囲を満たしていた。
僕は、その瞬間。確かにお母さんのいる水の惑星にいた。
徐々に浮上すると水面に引き取られていた会場の拍手が僕の耳元に戻ってくる。見上げると僕が飛び立った台が僅かに跳ねて、次の選手が準備を始めている。不時着かどうかは、電光掲示板の得点に委ねられている。僕はプールからあがりながら、自分の結果をじっと見つめた。
幼い頃に無理心中で母親を失い、生き残った湊は母親との時間を取り戻すために何度も海へ飛び込む生活を始める。その姿を心配した叔父の武文が紹介したのは高校で飛び込みを指導している寛也だった。寛也に連れられ、次第に飛び込み競技に目覚めていく湊。しかし心のトラウマを思い出させる競技と水へと挑む気持ちに湊は次第に葛藤していくことになる。
水面のフィルムを通り抜けて、青空が水の中に歪んでいく。観客席から響く応援の声が水の中に溺れていった。その一瞬だけは地球上の何も聞こえない。そして何にも触れられない。どこよりも静かで遠い世界が周囲を満たしていた。
僕は、その瞬間。確かにお母さんのいる水の惑星にいた。
徐々に浮上すると水面に引き取られていた会場の拍手が僕の耳元に戻ってくる。見上げると僕が飛び立った台が僅かに跳ねて、次の選手が準備を始めている。不時着かどうかは、電光掲示板の得点に委ねられている。僕はプールからあがりながら、自分の結果をじっと見つめた。
幼い頃に無理心中で母親を失い、生き残った湊は母親との時間を取り戻すために何度も海へ飛び込む生活を始める。その姿を心配した叔父の武文が紹介したのは高校で飛び込みを指導している寛也だった。寛也に連れられ、次第に飛び込み競技に目覚めていく湊。しかし心のトラウマを思い出させる競技と水へと挑む気持ちに湊は次第に葛藤していくことになる。
主役、夏
2023-07-10
海に指輪を捨てに行ってから半年、太陽が照りつける真夏のビーチに来た。首元を流れるココナッツウォーターと、車の中フルボリュームの「Super Ocean Man」、夏くらい派手に行こう。白くて弱々しい肌にサンオイルを塗れば少しだけ強くなった気がする。今日主役になろう。この場所で新しい指輪を見つけだす。溶けたアイスに群がる蟻のように女が集まる、そんな夏にしよう。あの女を忘れるために。
恋愛 朝 パンと彼女
2023-07-09
彼女は多分、朝が苦手な人種だろう。歩いて学校に行けるくらい家が近いのに教室に入るのはチャイムがなる3秒前だ。
今日も彼女は、人目を気にせず全力疾走をしている。それも、1枚の何の調理も施されていないパンを加えて。俗に言う、パンくわえ少女というやつだ。
僕はいつも斜め後ろから、マラソン選手のような呼吸をしながら彼女とともに走っている。全力疾走には呼吸が命だ。スッスッハーのリズムで鼻から空気を吸い込み、肺が苦しくなる前に口から息を吐く。
しかし彼女の口はパンで塞がっている。よって彼女は鼻ひとつで呼吸を完結していることになる。
僕はその事実にすごく興味を持って、彼女をしっかり観察することにした。いつもよりスピードをあげて彼女に並んで走る。横目で彼女を見ると、彼女は無表情で自分の進むべき方向を一点に見つめて走っていた。太陽が湧き出る汗に反射して光っていて綺麗だ。自分の呼吸が忙しくて彼女の呼吸は聞こえないが、あまり苦しそうではなかった気がする。そしてわずかだが、パンを確かに食べ進めている。食事と全力疾走を両立出来る才能が彼女には備わっていた。
今日はいつもよりも時間が無い。さすがの彼女も余裕が無さそうだ。パンがあまり進んでいない。曲がり角に差し掛かった時、彼女はパンを半分落とした。歯で噛む動きと唇でパンを口の中に動かす動きが合わなかったのだろう。いつもと違う展開に、僕は思わず足を止めてしまった。彼女はパンを落としたことすら気にもとめずに走り続ける。
いきなり止まったので、僕の呼吸が乱れる。空気が肺の中で忙しなく回り、呼吸のリズムが追いつかない。しかし、呼吸が乱れる原因はそれだけでは無い気がした。僕は彼女が落としたパンを見つめた。彼女はこれをくわえながら涼しい顔で走っていた。だったら、僕も。僕は彼女の落としていったパンを加えて続きの道のりを走る。アスファルトと彼女の味を感じながら走る。余計に呼吸が乱れたが、何故だろう、苦しくはなかった。
今日も彼女は、人目を気にせず全力疾走をしている。それも、1枚の何の調理も施されていないパンを加えて。俗に言う、パンくわえ少女というやつだ。
僕はいつも斜め後ろから、マラソン選手のような呼吸をしながら彼女とともに走っている。全力疾走には呼吸が命だ。スッスッハーのリズムで鼻から空気を吸い込み、肺が苦しくなる前に口から息を吐く。
しかし彼女の口はパンで塞がっている。よって彼女は鼻ひとつで呼吸を完結していることになる。
僕はその事実にすごく興味を持って、彼女をしっかり観察することにした。いつもよりスピードをあげて彼女に並んで走る。横目で彼女を見ると、彼女は無表情で自分の進むべき方向を一点に見つめて走っていた。太陽が湧き出る汗に反射して光っていて綺麗だ。自分の呼吸が忙しくて彼女の呼吸は聞こえないが、あまり苦しそうではなかった気がする。そしてわずかだが、パンを確かに食べ進めている。食事と全力疾走を両立出来る才能が彼女には備わっていた。
今日はいつもよりも時間が無い。さすがの彼女も余裕が無さそうだ。パンがあまり進んでいない。曲がり角に差し掛かった時、彼女はパンを半分落とした。歯で噛む動きと唇でパンを口の中に動かす動きが合わなかったのだろう。いつもと違う展開に、僕は思わず足を止めてしまった。彼女はパンを落としたことすら気にもとめずに走り続ける。
いきなり止まったので、僕の呼吸が乱れる。空気が肺の中で忙しなく回り、呼吸のリズムが追いつかない。しかし、呼吸が乱れる原因はそれだけでは無い気がした。僕は彼女が落としたパンを見つめた。彼女はこれをくわえながら涼しい顔で走っていた。だったら、僕も。僕は彼女の落としていったパンを加えて続きの道のりを走る。アスファルトと彼女の味を感じながら走る。余計に呼吸が乱れたが、何故だろう、苦しくはなかった。
夏もつとめて
2023-07-07
朝5時前、夜の気配がまだ殆ど残っていて東の空の黄身色がほんのり夜空に溶け込む時間。
この街に一つだけある丘の上に家から片道15分かけて登る。ほの暗い空の上をゆったりと横切っていくISS、国際宇宙ステーションを見にいく。丘の上に一つだけあるベンチに寝転がって見るのがお気に入り。
急がないと。またあいつにとられる。
息を切らして小道を登り切る。木々を抜けると開けた丘の上にでる。
あっ。まただ、またとられた。アラームを1回目で起きられなかった日はいつもこうなのだ。
ベンチには一人の男の子が腕で枕を作って寝そべっている。私は無言で近付いて彼を睨みつけると隣の草の上に仰向けになる。朝露で服が濡れる。
ISSが地平線から現れるまであと、10分か15分。ベンチからはみ出た彼の体越しに空を見上げる。この時間の空は一つも同じ色がない。どこを切り取っても違う色の空。
彼のことは何一つ知らないし彼も私のことは何も知らない。言葉を口にしないのが私たちの暗黙の了解。目醒めたばかりの野鳥の鳴き声と草木の擦れ合う音、太陽の近づく音、星の流れる音、彼の小さな呼吸音、その気配に早くなる私の胸の音。それらに耳を澄ませる。きっと彼も私と同じ音が聞こえている。
ISSを待っているこの時間が大好きだ。
起き抜けのヒグラシの寝言が聞こえてきた時、視界の右側からすーっと光が流れてきた。一定の速さで一定の方向に一定の光量で。宇宙と地球の合間に線引きをする。息を潜めてそれをただ眺める。
ちょうどISSが視界の真ん中に来た時、北星の位置から流れ星が降ってきた。ISSと重なって大きく発光して、弾けて、消えた。空が一瞬昼間みたいに明るくなった。
「「あっ」」声が重なって反射的にガバッと起き上がった。私たちは顔を見合わせた。
星と十字を切ったISSはそのまま左にスーッと飛んでいき地平線の中に消えていった。
凄いものをみた。私だけじゃなくて彼も一緒に。奇跡に出会った時、1人より2人の方がずっと良い。
「凄かった」 「うん、凄かった」
私たちの長い沈黙は破られた。
「…名前は?」「え、私、ソラ」「俺はリュウセイ」「宇宙みたいな名前だね」「お前もな」
私たちは互いの声と名前を知ってくすくす笑った。またね、そう言って太陽の光が眩しい朝の街に戻っていく。
俗世とは離れた、高度408 kmに浮かぶ人工物。遠い宇宙。届かなくても見上げれば確かにそこにある、私たちの憧れ。朝のこの時間が今日一日を生きる私に息を吹き込む。
明日、彼はどんな顔でやってくるだろう。次こそあのベンチは私が死守してやろう。
この街に一つだけある丘の上に家から片道15分かけて登る。ほの暗い空の上をゆったりと横切っていくISS、国際宇宙ステーションを見にいく。丘の上に一つだけあるベンチに寝転がって見るのがお気に入り。
急がないと。またあいつにとられる。
息を切らして小道を登り切る。木々を抜けると開けた丘の上にでる。
あっ。まただ、またとられた。アラームを1回目で起きられなかった日はいつもこうなのだ。
ベンチには一人の男の子が腕で枕を作って寝そべっている。私は無言で近付いて彼を睨みつけると隣の草の上に仰向けになる。朝露で服が濡れる。
ISSが地平線から現れるまであと、10分か15分。ベンチからはみ出た彼の体越しに空を見上げる。この時間の空は一つも同じ色がない。どこを切り取っても違う色の空。
彼のことは何一つ知らないし彼も私のことは何も知らない。言葉を口にしないのが私たちの暗黙の了解。目醒めたばかりの野鳥の鳴き声と草木の擦れ合う音、太陽の近づく音、星の流れる音、彼の小さな呼吸音、その気配に早くなる私の胸の音。それらに耳を澄ませる。きっと彼も私と同じ音が聞こえている。
ISSを待っているこの時間が大好きだ。
起き抜けのヒグラシの寝言が聞こえてきた時、視界の右側からすーっと光が流れてきた。一定の速さで一定の方向に一定の光量で。宇宙と地球の合間に線引きをする。息を潜めてそれをただ眺める。
ちょうどISSが視界の真ん中に来た時、北星の位置から流れ星が降ってきた。ISSと重なって大きく発光して、弾けて、消えた。空が一瞬昼間みたいに明るくなった。
「「あっ」」声が重なって反射的にガバッと起き上がった。私たちは顔を見合わせた。
星と十字を切ったISSはそのまま左にスーッと飛んでいき地平線の中に消えていった。
凄いものをみた。私だけじゃなくて彼も一緒に。奇跡に出会った時、1人より2人の方がずっと良い。
「凄かった」 「うん、凄かった」
私たちの長い沈黙は破られた。
「…名前は?」「え、私、ソラ」「俺はリュウセイ」「宇宙みたいな名前だね」「お前もな」
私たちは互いの声と名前を知ってくすくす笑った。またね、そう言って太陽の光が眩しい朝の街に戻っていく。
俗世とは離れた、高度408 kmに浮かぶ人工物。遠い宇宙。届かなくても見上げれば確かにそこにある、私たちの憧れ。朝のこの時間が今日一日を生きる私に息を吹き込む。
明日、彼はどんな顔でやってくるだろう。次こそあのベンチは私が死守してやろう。
非日常
2023-07-07
生暖かい風がひかりのいる部屋に吹き込んだ。
彼女はその時、自分が今まで寝ていたことに気づいた。
寝起きで働かない頭をフル稼働させ、昨日のこと思い出す。
彼女は昨日パーティー会場にいた。
ひかりは裕福な家庭の一人娘として生まれ、恵まれた生活を送っていた。
しかし、彼女が17歳になってすぐ弟が生まれたことでひかりの生活は一変する。
周囲は跡継ぎである弟の誕生を大いに喜び、次第にひかりに関心を持たなくなっていった。
あんなに優しかった両親も冷たくなった、と感じる。
ひかりはここ数年自分だけが取り残された気持ちでいた。
そのパーティーは彼女の両親が主催したものだった。
皆がひかりをいないもののように扱い、時間だけが進んだ。
ひかりはこのどこにもぶつけることのできない気持ちを沈めるために、最近飲めるようになった酒を静かに飲み続けた。
思いの外酔いが早く回り始め、外の空気を吸おうと会場の外へ出た。
「大丈夫ですか?」
彼女に一人の男が話しかけた。
「かなり酔ってるみたいだけど、一人で大丈夫?」
その男は色白で、薄茶色の瞳をしていた。
ひかりにはその男が輝いて見えたのだ、パーティーの煌びやかさよりも。
彼女は昨日のことを一通り思い出し、彼が酔った自分を部屋まで運んでくれたのだと気づいた。
「名前聞いてなかったな。」
ひかりは久しぶりに鮮やかな朝を迎えた。
彼女はその時、自分が今まで寝ていたことに気づいた。
寝起きで働かない頭をフル稼働させ、昨日のこと思い出す。
彼女は昨日パーティー会場にいた。
ひかりは裕福な家庭の一人娘として生まれ、恵まれた生活を送っていた。
しかし、彼女が17歳になってすぐ弟が生まれたことでひかりの生活は一変する。
周囲は跡継ぎである弟の誕生を大いに喜び、次第にひかりに関心を持たなくなっていった。
あんなに優しかった両親も冷たくなった、と感じる。
ひかりはここ数年自分だけが取り残された気持ちでいた。
そのパーティーは彼女の両親が主催したものだった。
皆がひかりをいないもののように扱い、時間だけが進んだ。
ひかりはこのどこにもぶつけることのできない気持ちを沈めるために、最近飲めるようになった酒を静かに飲み続けた。
思いの外酔いが早く回り始め、外の空気を吸おうと会場の外へ出た。
「大丈夫ですか?」
彼女に一人の男が話しかけた。
「かなり酔ってるみたいだけど、一人で大丈夫?」
その男は色白で、薄茶色の瞳をしていた。
ひかりにはその男が輝いて見えたのだ、パーティーの煌びやかさよりも。
彼女は昨日のことを一通り思い出し、彼が酔った自分を部屋まで運んでくれたのだと気づいた。
「名前聞いてなかったな。」
ひかりは久しぶりに鮮やかな朝を迎えた。
恋愛 朝 「朝一」
2023-07-06
煤けたカーテンの隙間から光が溢れてくる。
陽の目に当たる権利などこれっぽっちもない僕に向けて、奴はわざとなのか。嫌がらせのように、はたまた僕を見透かすようにこちらを覗いてくる。
「こっちは下着イメチェンまでしてるんだよ?見てもくれなかったくせに」
文句を言いながら足早に帰る支度を始めている。直したとてその顔は対して変わらないのに、勝手に洗面台に向かい、化粧を直しに行く後ろ姿を見ていると、呼んでもないのに大分図々しい態度をとるやつだなと思う。
でも断らない僕は僕で物臭だ。
いや、承認欲求だけが満たされることに味を占めているだけかもしれない、本当は違うということから目を背けているから。
「じゃあご飯ちゃんと食べるんだよ?祐月が細すぎて私が嫌になっちゃう。またすぐ来るから。」
錆びた金具が痛々しい音を立てて閉まる。
部屋の中には安っぽいベッドとリサイクルで100円で買った折りたたみ式のテーブル、型落ちした大分昔のテレビ。
テーブルの上に見慣れないものが置いてあり手にとってみると、それはリビドーロゼの香水だった。
別に置いて行ってくれてもいいが、魂胆が見え見えで下品な女だということだけが証明された。
キッチンから受け付けない匂いがして覗いてみると、目玉焼きとパンが置かれていた。
僕は自分では買わないから、あの女が買ってきて作って行ったのだろう。
僕はそれを迷いなく捨てた。
べちゃべちゃべちゃ、と捨てられた可視化された愛情は無惨に生ゴミへと成り下がった。
人が隣にいると眠れないため、もう一度眠りにつくことにした。
ベッドに残る甘ったるい香水の匂いが気持ち悪くなって、床に寝そべって仰向けになる。
自分の呼吸の音だけが部屋に響く。
生きていると実感すると、死を連想する。
部屋に時計はない。朝一が持って行った。
持って行ったその日に朝一は死んだ。
あの声を眠りにつく直前にいつも思い出しては息ができなくなり目が覚める。
「おはよう祐月」
僕が朝一を殺した。
僕は朝一と生きていく。
陽の目に当たる権利などこれっぽっちもない僕に向けて、奴はわざとなのか。嫌がらせのように、はたまた僕を見透かすようにこちらを覗いてくる。
「こっちは下着イメチェンまでしてるんだよ?見てもくれなかったくせに」
文句を言いながら足早に帰る支度を始めている。直したとてその顔は対して変わらないのに、勝手に洗面台に向かい、化粧を直しに行く後ろ姿を見ていると、呼んでもないのに大分図々しい態度をとるやつだなと思う。
でも断らない僕は僕で物臭だ。
いや、承認欲求だけが満たされることに味を占めているだけかもしれない、本当は違うということから目を背けているから。
「じゃあご飯ちゃんと食べるんだよ?祐月が細すぎて私が嫌になっちゃう。またすぐ来るから。」
錆びた金具が痛々しい音を立てて閉まる。
部屋の中には安っぽいベッドとリサイクルで100円で買った折りたたみ式のテーブル、型落ちした大分昔のテレビ。
テーブルの上に見慣れないものが置いてあり手にとってみると、それはリビドーロゼの香水だった。
別に置いて行ってくれてもいいが、魂胆が見え見えで下品な女だということだけが証明された。
キッチンから受け付けない匂いがして覗いてみると、目玉焼きとパンが置かれていた。
僕は自分では買わないから、あの女が買ってきて作って行ったのだろう。
僕はそれを迷いなく捨てた。
べちゃべちゃべちゃ、と捨てられた可視化された愛情は無惨に生ゴミへと成り下がった。
人が隣にいると眠れないため、もう一度眠りにつくことにした。
ベッドに残る甘ったるい香水の匂いが気持ち悪くなって、床に寝そべって仰向けになる。
自分の呼吸の音だけが部屋に響く。
生きていると実感すると、死を連想する。
部屋に時計はない。朝一が持って行った。
持って行ったその日に朝一は死んだ。
あの声を眠りにつく直前にいつも思い出しては息ができなくなり目が覚める。
「おはよう祐月」
僕が朝一を殺した。
僕は朝一と生きていく。
実りの朝
2023-07-06
朝焼けが空を彩る中、彼はいつものように公園を散歩していた。そこで彼はひとりの女性と出会った。彼女の名前は美咲で、朝の光に照らされた彼女の笑顔はまるで天使のようだった。
彼と美咲はすぐに意気投合し、毎朝公園で会うようになった。朝の時間が特別な意味を持つようになり、彼らの関係は深まっていった。
ある日、彼は美咲から驚きの告白を受けた。彼女は実は朝の時間だけでなく、昼間も夜も他の男性たちと待ち合わせて会っていたのだというのだ。彼女は彼に対しても特別な感情を抱いていたが、他の男性たちとの関係も大事にしていたのだ。
彼は驚きと失望でいっぱいになった。しかし、彼は美咲に対しての想いを抑えられず、彼女との関係を試すことを決断した。それから彼らは朝の時間だけでなく、昼と夜も共に過ごし彼らの絆は深まっていった。彼は他の男性たちと美咲を共有することに抵抗感を感じていたが、美咲の真摯さと美咲との時間の価値を理解するようになった。
そして彼らは互いに惹かれ合っていき美咲は他の男性たちとの関係を終わらせ、彼と本当の恋愛関係になった。朝の時間が彼らの特別な繋がりの象徴となった。
彼と美咲はすぐに意気投合し、毎朝公園で会うようになった。朝の時間が特別な意味を持つようになり、彼らの関係は深まっていった。
ある日、彼は美咲から驚きの告白を受けた。彼女は実は朝の時間だけでなく、昼間も夜も他の男性たちと待ち合わせて会っていたのだというのだ。彼女は彼に対しても特別な感情を抱いていたが、他の男性たちとの関係も大事にしていたのだ。
彼は驚きと失望でいっぱいになった。しかし、彼は美咲に対しての想いを抑えられず、彼女との関係を試すことを決断した。それから彼らは朝の時間だけでなく、昼と夜も共に過ごし彼らの絆は深まっていった。彼は他の男性たちと美咲を共有することに抵抗感を感じていたが、美咲の真摯さと美咲との時間の価値を理解するようになった。
そして彼らは互いに惹かれ合っていき美咲は他の男性たちとの関係を終わらせ、彼と本当の恋愛関係になった。朝の時間が彼らの特別な繋がりの象徴となった。
キョウの鏡
2023-07-02
鏡職人だった祖父は俺に何も興味が無いような人だった。東京の大学に進学すると言った時でさえ祖父は何も言わなかった。ただ、「そうか」と静かに頷くだけだった。父も母も祖母も居ない。俺に居る身内は祖父だけであり、そんな祖父は俺に興味がない。あの人にある興味は鏡だけ。祖父とは必要なこと以外話さない生活をいつからだっただろうか。
高校3年の一際暑い夏、そんな祖父が死んだ。
葬式には大勢の人が来た。想像よりも多くの人が。祖父を訪ねてくる人は皆、俺が祖父に似ていると言っていた。思いすぎなのかもしれないが、その言葉が「なんで隣に居てやらなかったんだ」と言われているようにしか聞き取れず、居場所のないようなそんな葬儀だったことを覚えている。
やがて祖父が死んだ夏が過ぎ、祖父の友人に助けられながら高校を卒業し、東京の大学に進学し、卒業し、気がつけば俺は25になった。
このまま東京で暮らしていこうと考えていた矢先、一通の手紙がアパートのポストに入っていた。そこに書かれていた言葉は【宝鏡を探せ】という言葉。そして、何重にも小さく折られ、所々にバツが書かれた古い家の間取り図だった。記憶を頼りにし、俺はそれがあの祖父の家であることを思い出す。
宛先も書かれていなかったその手紙。加えて言えば古い地図。単なる興味で俺は久しぶりに祖父の家へと訪れた。
「鏡ってのは邪悪なものを写し、封じ込める力がある。良いか、直輝。この仕事に関わっちゃなんねえぞ」
ああ、そういえば、小学生の頃、鏡職人になりたいと言った俺に祖父は言ったのだ。それがどうにも職人になんてなるなと言われたようで悔しかったことを思い出した。
「直輝、朝だぞ」
ハッとした。気がつけば、実家で眠っていたようだった。
「おはよお、じいちゃん」
隣から俺の声がした。
隣から?
「おはよう、キョウ」
そう言って、小さな少年が俺を持ち上げる。ゴロゴロという音とともに体が揺れる。
いや、違う。
そこに居る少年には見覚えがあった。そして、見上げれば、そこには白い顎。
小さな俺が、猫を持ち上げていた。
ゆっくりと脳みそが理解していく。
俺は元飼い猫、キョウの首輪の鏡玉の中に居た。
「は?」
理解しても追いつくことなどなかった。加えて言えば、その小さな俺を見て、なおさら頭の中が混乱した。
「朝ごはん、何だろうね。キョウ」
「ミャー」
猫のキョウを持ち上げた幼い俺。その俺にはたくさんの砂のような蠢く何かがまとわりついていたのだから。
これは、何も知らない鏡職人の孫が、過去に戻り、鏡に閉じ込められながらも元の時代に戻ろうとする物語。
いいえ、隠された影を知る物語。
高校3年の一際暑い夏、そんな祖父が死んだ。
葬式には大勢の人が来た。想像よりも多くの人が。祖父を訪ねてくる人は皆、俺が祖父に似ていると言っていた。思いすぎなのかもしれないが、その言葉が「なんで隣に居てやらなかったんだ」と言われているようにしか聞き取れず、居場所のないようなそんな葬儀だったことを覚えている。
やがて祖父が死んだ夏が過ぎ、祖父の友人に助けられながら高校を卒業し、東京の大学に進学し、卒業し、気がつけば俺は25になった。
このまま東京で暮らしていこうと考えていた矢先、一通の手紙がアパートのポストに入っていた。そこに書かれていた言葉は【宝鏡を探せ】という言葉。そして、何重にも小さく折られ、所々にバツが書かれた古い家の間取り図だった。記憶を頼りにし、俺はそれがあの祖父の家であることを思い出す。
宛先も書かれていなかったその手紙。加えて言えば古い地図。単なる興味で俺は久しぶりに祖父の家へと訪れた。
「鏡ってのは邪悪なものを写し、封じ込める力がある。良いか、直輝。この仕事に関わっちゃなんねえぞ」
ああ、そういえば、小学生の頃、鏡職人になりたいと言った俺に祖父は言ったのだ。それがどうにも職人になんてなるなと言われたようで悔しかったことを思い出した。
「直輝、朝だぞ」
ハッとした。気がつけば、実家で眠っていたようだった。
「おはよお、じいちゃん」
隣から俺の声がした。
隣から?
「おはよう、キョウ」
そう言って、小さな少年が俺を持ち上げる。ゴロゴロという音とともに体が揺れる。
いや、違う。
そこに居る少年には見覚えがあった。そして、見上げれば、そこには白い顎。
小さな俺が、猫を持ち上げていた。
ゆっくりと脳みそが理解していく。
俺は元飼い猫、キョウの首輪の鏡玉の中に居た。
「は?」
理解しても追いつくことなどなかった。加えて言えば、その小さな俺を見て、なおさら頭の中が混乱した。
「朝ごはん、何だろうね。キョウ」
「ミャー」
猫のキョウを持ち上げた幼い俺。その俺にはたくさんの砂のような蠢く何かがまとわりついていたのだから。
これは、何も知らない鏡職人の孫が、過去に戻り、鏡に閉じ込められながらも元の時代に戻ろうとする物語。
いいえ、隠された影を知る物語。
雨列車
2023-06-20
その電車のある車列に乗車すると、微かに雨音が聞こえる。
山間の村を繋ぐ、鉄道を存続させていたのは、誰が言い出したかも分からない小さな噂だった。ある時は座席の底から、またある時は窓の奥、手すり、レールを伝う音の隙間。ありとあらゆる場所からその雨音はやってくる。いつしか村人が「雨列車」と呼ぶようになり、その名称が一部のオカルトファンや鉄道好きの目に留まり、村は少しだけ有名になった。
雨列車に最初に乗り込む人はいつも車掌を務めている老人と決まっていた。清掃も満足にできないので、車体は少しずつ錆びて、車掌室のドアを開けるたびに軋む音がする。老人は労わるようにゆっくりと、ドアを開けると点検よりも前に柄杓と水の張ったバケツを取って各車両に向かう。バケツの中に入っているのは、老人が各地で溜め込んだり集めたりしてきた雨水だった。朝日が差し込んで、始発が動き出す頃には乾く程度の雨水を各車両に振り撒いていく。その行為が列車の噂と繋がるかどうかは老人にも分からない。しかし老人は雨列車として生きるためにこの電車してやれることはそれくらいしかないとよく知っていた。
山間の村を繋ぐ、鉄道を存続させていたのは、誰が言い出したかも分からない小さな噂だった。ある時は座席の底から、またある時は窓の奥、手すり、レールを伝う音の隙間。ありとあらゆる場所からその雨音はやってくる。いつしか村人が「雨列車」と呼ぶようになり、その名称が一部のオカルトファンや鉄道好きの目に留まり、村は少しだけ有名になった。
雨列車に最初に乗り込む人はいつも車掌を務めている老人と決まっていた。清掃も満足にできないので、車体は少しずつ錆びて、車掌室のドアを開けるたびに軋む音がする。老人は労わるようにゆっくりと、ドアを開けると点検よりも前に柄杓と水の張ったバケツを取って各車両に向かう。バケツの中に入っているのは、老人が各地で溜め込んだり集めたりしてきた雨水だった。朝日が差し込んで、始発が動き出す頃には乾く程度の雨水を各車両に振り撒いていく。その行為が列車の噂と繋がるかどうかは老人にも分からない。しかし老人は雨列車として生きるためにこの電車してやれることはそれくらいしかないとよく知っていた。
その日はあまりに暑かった
2023-06-19
あっつーい……
うんざりした弱々しい声が揺らめいた。
遮るものの無い灼熱の太陽がじりじりと貴方達を灼き焦がす。
ここは砂漠
青と黄の世界
あまりにも静かだった。
風の音も生物の声も何も無い。
無音。
砂を踏みしめる音と暑さに呻く聞き慣れた彼女の声だけが、この世界に響いている。
誰も消えるなんて思っていなかっただろう
元はステップ。年々風化による砂漠化が広がっている。
栄えた文明があったがそれも滅亡した。もう何も残っていない枯れた大地で何が見えるのか。
テーマ
旅、砂、雨、(時間)
うんざりした弱々しい声が揺らめいた。
遮るものの無い灼熱の太陽がじりじりと貴方達を灼き焦がす。
ここは砂漠
青と黄の世界
あまりにも静かだった。
風の音も生物の声も何も無い。
無音。
砂を踏みしめる音と暑さに呻く聞き慣れた彼女の声だけが、この世界に響いている。
誰も消えるなんて思っていなかっただろう
元はステップ。年々風化による砂漠化が広がっている。
栄えた文明があったがそれも滅亡した。もう何も残っていない枯れた大地で何が見えるのか。
テーマ
旅、砂、雨、(時間)
卒業旅行
2023-06-19
いつも降りている職場の近くの駅が遠ざかっていくと、急に旅の気配が私の側に降りてきた。東北へ向かう新幹線は騒がしいビル街を抜けて、栃木県の方へと向かう。宇都宮駅に入ったら互いに携帯の電源を切る。それまでに職場や知り合いへの連絡は済ませ、旅行先では基本的に返信しない。というのが夫とした約束だった。
不妊治療に失敗し、子供を産むことを諦めた私とその決断を受け入れた夫の寛也。互いが望んで得られなかった「家族」という存在とケリをつけるために、私達は結婚してから初めての旅行に出かける。これは私と寛也の五年間を清算するための旅行。いわば家族を卒業して普通の夫婦に戻るための卒業旅行だった。
不妊治療に失敗し、子供を産むことを諦めた私とその決断を受け入れた夫の寛也。互いが望んで得られなかった「家族」という存在とケリをつけるために、私達は結婚してから初めての旅行に出かける。これは私と寛也の五年間を清算するための旅行。いわば家族を卒業して普通の夫婦に戻るための卒業旅行だった。
その雨音が聴こえなくなるまで
2023-06-19
僕は太陽を見たことがない。
少年が生まれた年から数えて十五年、世界は暗闇と雨音に包まれ、陽の光が人の暮らしに射し込む事は無くなった。嘗て有ったとされる“太陽”は、果ての無い分厚い雨雲によって隠され、晴天はこの世から永遠に失われた。日々の暮らしは無限に続く豪雨によって壊され、少年の家族もまた、貧しい暮らしを強いられていた。
そのうち、父が死に、母が死に、弟が死に、最後に残った少年は、自称冒険家である祖父の遺した手記を頼りに、楽園を目指す。海を越えた先にあると言われる、陽の光の射し込む大地。雨雲の無い晴天を、そして光り輝く太陽を見る為、少年は故郷を飛び出した。
少年が生まれた年から数えて十五年、世界は暗闇と雨音に包まれ、陽の光が人の暮らしに射し込む事は無くなった。嘗て有ったとされる“太陽”は、果ての無い分厚い雨雲によって隠され、晴天はこの世から永遠に失われた。日々の暮らしは無限に続く豪雨によって壊され、少年の家族もまた、貧しい暮らしを強いられていた。
そのうち、父が死に、母が死に、弟が死に、最後に残った少年は、自称冒険家である祖父の遺した手記を頼りに、楽園を目指す。海を越えた先にあると言われる、陽の光の射し込む大地。雨雲の無い晴天を、そして光り輝く太陽を見る為、少年は故郷を飛び出した。
TimeFall/時間雨
2023-06-18
「Once,there was an explosion…A bang which gave birth to time and space. Once, there was an explosion…A bang which set a planet spinning in that space. Once,there was an explosion…A bang which gave rice to life as we know it. And then came the next explosion…」
前回の核爆発から5年が経過した。
あの事件以来、Central City の広大な廃墟はずっと雨に覆われていた。誰もが知らないのは、なぜ一つの死体がそんな規模の爆発を引き起こしたのかということだ。多くの年月が経ったが、色んな冒険者がその地域に行き、その謎を解き明かそうと試みている。生き残った僥倖の探検家たちの証言によれば、その地域では時間が混乱しているようだ。そこの雨水に触れた者は、肌が急速に老化すると言われている。現在、雨の降る地域は徐々に広がっており、数年後には世界中に広がるでしょう。さらに、雨の中には多くの神秘的な幽霊が漂っており、行方不明の探検家は彼らに捕まってしまったのだ。
前回の核爆発から8年が経過した。
半分以上の国が陰雨に覆われ、多くの人々がこの災害を避けるために地下室に身を潜めて生活している。しかし、一部の人々は変化を受け入れることを拒み、雨具を着て陸地で生活している。ニックは死を恐れることがなく、避難することを考えたことはない。彼は8年前のあの日、出張でCentral Cityの核爆から逃れることができたが、彼の妻はそのような幸運には恵まれなかった。その後、ニックの目標は時間雨の謎を解明することだ。彼はは生き残ったものの、心は既に死んでいたと言えるだろう。今、彼は他の冒険者たちと共にCentral Cityの廃墟を探索する準備が整っている。ニックとチームは廃墟の中を進み、雨水が天から絶え間なく降り注いでいる。町に深く進むにつれて、廃墟の中にはますます多くの幽霊が現れます。まるで時間雨に閉じ込められた魂のようだ。幽霊との遭遇の中で、小隊のいくつかのメンバーが捕まった。彼らの体は急速に老化し、皮膚のしわが彼らの顔に密着して絡まり、まるで古代の彫刻のようだ。ニックと他のメンバーは驚愕し、死の脅威を深く感じた。何日が経ったのか分からず、チームの人々は既にほとんどがいなくなり、最後には生き残ったのはニックだけだった。彼は目的を見失い、廃墟の奥深くを彷徨い続ける...
前回の核爆発から10年が経過した。
ニックはまだ彷徨い続けており、時間も場所もすでに忘れてしまった。彼は自分の目的さえも忘れてしまった。補給物資もないから、もう限界に近づいているのかもしれない。彼は実際には幽霊たちから逃れる日々にうんざりしていった。彼は頭を垂れ、自分のレインコートを解いた。冷たい雨水が彼の身体に瞬間的に浸み込み、幽霊たちが彼に押し寄せた。数え切れないほどの手が彼の四肢を掴んだ。この瞬間、ニックの体は明らかに老化し、極度の寒さを感じたが、一切の恐怖を感じなかった。これまでの数年間、彼はこれほどまでに「この世界で本当に生きていること 」を感じたことはなかった。周囲の全てが歪み始め、ニックの意識は次第にぼやけていく... 目を覚ますと、彼は自分が浜辺にいることに気づいた。前のチームメイトや多くの見知らぬ人々も同じく浜辺にいた。しかし、ニックはそれに気に留めなかった。なぜなら、彼は驚くべきことに自分の妻が海に向かってゆっくりと歩んでいくのを見た。ニックは立ち上がり、彼女に向かって走って、海水が足を覆い、彼の歩みは重くなった。眩しい光が彼の目に差し込み、彼女の後を追いかけていた。彼らが進んでいく先には何が待っているのか、誰にも分からないかもしれない...
「And then came the next explosion, it’ll be our last...」
前回の核爆発から5年が経過した。
あの事件以来、Central City の広大な廃墟はずっと雨に覆われていた。誰もが知らないのは、なぜ一つの死体がそんな規模の爆発を引き起こしたのかということだ。多くの年月が経ったが、色んな冒険者がその地域に行き、その謎を解き明かそうと試みている。生き残った僥倖の探検家たちの証言によれば、その地域では時間が混乱しているようだ。そこの雨水に触れた者は、肌が急速に老化すると言われている。現在、雨の降る地域は徐々に広がっており、数年後には世界中に広がるでしょう。さらに、雨の中には多くの神秘的な幽霊が漂っており、行方不明の探検家は彼らに捕まってしまったのだ。
前回の核爆発から8年が経過した。
半分以上の国が陰雨に覆われ、多くの人々がこの災害を避けるために地下室に身を潜めて生活している。しかし、一部の人々は変化を受け入れることを拒み、雨具を着て陸地で生活している。ニックは死を恐れることがなく、避難することを考えたことはない。彼は8年前のあの日、出張でCentral Cityの核爆から逃れることができたが、彼の妻はそのような幸運には恵まれなかった。その後、ニックの目標は時間雨の謎を解明することだ。彼はは生き残ったものの、心は既に死んでいたと言えるだろう。今、彼は他の冒険者たちと共にCentral Cityの廃墟を探索する準備が整っている。ニックとチームは廃墟の中を進み、雨水が天から絶え間なく降り注いでいる。町に深く進むにつれて、廃墟の中にはますます多くの幽霊が現れます。まるで時間雨に閉じ込められた魂のようだ。幽霊との遭遇の中で、小隊のいくつかのメンバーが捕まった。彼らの体は急速に老化し、皮膚のしわが彼らの顔に密着して絡まり、まるで古代の彫刻のようだ。ニックと他のメンバーは驚愕し、死の脅威を深く感じた。何日が経ったのか分からず、チームの人々は既にほとんどがいなくなり、最後には生き残ったのはニックだけだった。彼は目的を見失い、廃墟の奥深くを彷徨い続ける...
前回の核爆発から10年が経過した。
ニックはまだ彷徨い続けており、時間も場所もすでに忘れてしまった。彼は自分の目的さえも忘れてしまった。補給物資もないから、もう限界に近づいているのかもしれない。彼は実際には幽霊たちから逃れる日々にうんざりしていった。彼は頭を垂れ、自分のレインコートを解いた。冷たい雨水が彼の身体に瞬間的に浸み込み、幽霊たちが彼に押し寄せた。数え切れないほどの手が彼の四肢を掴んだ。この瞬間、ニックの体は明らかに老化し、極度の寒さを感じたが、一切の恐怖を感じなかった。これまでの数年間、彼はこれほどまでに「この世界で本当に生きていること 」を感じたことはなかった。周囲の全てが歪み始め、ニックの意識は次第にぼやけていく... 目を覚ますと、彼は自分が浜辺にいることに気づいた。前のチームメイトや多くの見知らぬ人々も同じく浜辺にいた。しかし、ニックはそれに気に留めなかった。なぜなら、彼は驚くべきことに自分の妻が海に向かってゆっくりと歩んでいくのを見た。ニックは立ち上がり、彼女に向かって走って、海水が足を覆い、彼の歩みは重くなった。眩しい光が彼の目に差し込み、彼女の後を追いかけていた。彼らが進んでいく先には何が待っているのか、誰にも分からないかもしれない...
「And then came the next explosion, it’ll be our last...」
あの夏の足跡
2023-06-18
高校3年の夏、進路に悩む多感な年齢の中で両親が離婚した青年。捗らぬ勉強と家庭環境のいざこざの中から逃げ出すため、青年は夜間の外出を始める。毎夜、毎夜と公園へと足を踏み出せば、そこには一人の少女がいた。やがて、主人公と少女は何気ない会話をしていくようになる。
「君、名前は?」
数回目の夜、主人公がそう聞けば、彼女は数秒の間を置いて言った。
「知りたい?」
「まあ、呼び方がないと不便だから」
僕の言葉に彼女はそれもそうだと頷いた。そして、ブランコを数回漕ぐと勢いよく飛び降りて、綺麗に着地をしてみせた。
「なら、私と逃げ出してくれない?」
そして、社会人になった青年は街を再び訪れていた。両親の離婚の影響でこの街を離れてしまってから10年。深夜の街並みを名も知らぬ彼女と駆けて行ったあの一ヶ月を忘れることができない青年は深夜に彼女とかけて回った場所を再び巡ることにした。
「君、名前は?」
数回目の夜、主人公がそう聞けば、彼女は数秒の間を置いて言った。
「知りたい?」
「まあ、呼び方がないと不便だから」
僕の言葉に彼女はそれもそうだと頷いた。そして、ブランコを数回漕ぐと勢いよく飛び降りて、綺麗に着地をしてみせた。
「なら、私と逃げ出してくれない?」
そして、社会人になった青年は街を再び訪れていた。両親の離婚の影響でこの街を離れてしまってから10年。深夜の街並みを名も知らぬ彼女と駆けて行ったあの一ヶ月を忘れることができない青年は深夜に彼女とかけて回った場所を再び巡ることにした。
六月 雨 ファンタジー 狐の嫁入り
2023-06-15
六月課題 雨 ファンタジー
もう十年も前になる。
タッタッタ、と学生鞄をあまりアテにならない雨避けに使いながら僕達は屋根付きのバス停へ走った。
太陽は出ているのにそこそこまあまあな雨が僕たちに降りかかって、二人して濡れ鼠だ。いや、片方は濡れ狐と言った方が正しいかもしれない。
「最悪!毛並みがびしょ濡れ!今日ふわっふわにしたのに!」
「思ったより強い雨でしたね。タオル使います?予備なので」
「ありがと」
あの頃———二◯二三年、開発によって住処を失った狐たちは人間に化けて生活をするようになってから早三十年ほどが経とうとしていた。
曰く、別に油揚げは好きではないだとか、タヌキとはそんなに仲が悪くないだとか。僕は隣でブルブルと首を振って毛から雨水を撒いている「木常さん」を見た。彼女は、同じクラスの化け狐だ。今のところ、それは僕だけが知っている。
タオルを渡すと、きつねさんはポンッと人間の姿になって顔と髪を拭いた。何度見ても、なにが起こっているのかわからない。
「きつねさん」
「なあに」
狐の嫁入りという言葉がある。晴れているのに降る雨のこと、要は天気雨と言われるものを日本ではそう呼ぶのだ。
きつねさんは器用に尻尾だけを狐に戻して拭っていた。
僕はなんだか見てはいけないようなものを見てしまった気がして、目を逸らして空を見た。
「あなたが嫁入りときも雨が降るんでしょうか?」
「あら、今の世の中でメスが嫁入りするなんて言い方良くないわね」
「例え話ですよ!?」
狐に世の中を説かれた。人間としては由々しき事態である。
女子のことをメスと言うきつねさんに、やはり彼女は狐なのだと思わされた。
「そもそもきみさ、狐の嫁入りで雨が降る理由知ってるの?」と彼女が僕に問う。当時の僕は大した知識もなかったものだから、きつねさんは知ってるんですか、と問い返す。きつねさんは知ってるけど、と置いてから首を振った。
「教えてあげない」
「ええ……」
きつねさんがタオルをぎゅうっと絞る。ぼたぼたと水滴がタオルから落ちた。
僕たちが雨水を払っている間に少しずつ弱くなった雨と、相変わらずニコニコのお天道様が反射して空にはアーチがかかる。
「あ、虹。綺麗ですね」
「虹好きなの?」
「いえ、普通なんですけど。虹がかかるときは雲を太陽が泣き止ませてるんだって聞いたことがあるので、優しい天気だなと思います」
「へ〜」
興味なさそうに彼女は相槌を打つ。
「さっきは教えないって言ったけどさ、狐の嫁入りの雨って狐が流した涙なんだよ」
「えっ」
ごめん、いや、僕は変な意図で言ったわけじゃなくて、などとモゴモゴのたまう僕を見て、きつねさんはふっと笑った。
それがあんまりにも綺麗だったから、僕は弁解をすることすらできなくなった。この世のものとは思えない彼女の美しさに、そういえば狐って神様の遣いだったよな、とか、そういうことしか考えられなかったのだ。
卒業してから、彼女も僕も少しずつ疎遠になって、最後に会ったのももう五年前のことになってしまった。数日前、僕は五年ぶりの彼女の連絡に出席の丸をつけた。
久しぶりの再会はなんともむず痒い。雨の日の花嫁は幸せになるらしいですよ、とあの日の僕へのフォローをして、彼女を祝福しようと思う。
今日は天気雨だ。
あの日綺麗に笑った彼女が泣いていなければいいな、と、そう思う。
もう十年も前になる。
タッタッタ、と学生鞄をあまりアテにならない雨避けに使いながら僕達は屋根付きのバス停へ走った。
太陽は出ているのにそこそこまあまあな雨が僕たちに降りかかって、二人して濡れ鼠だ。いや、片方は濡れ狐と言った方が正しいかもしれない。
「最悪!毛並みがびしょ濡れ!今日ふわっふわにしたのに!」
「思ったより強い雨でしたね。タオル使います?予備なので」
「ありがと」
あの頃———二◯二三年、開発によって住処を失った狐たちは人間に化けて生活をするようになってから早三十年ほどが経とうとしていた。
曰く、別に油揚げは好きではないだとか、タヌキとはそんなに仲が悪くないだとか。僕は隣でブルブルと首を振って毛から雨水を撒いている「木常さん」を見た。彼女は、同じクラスの化け狐だ。今のところ、それは僕だけが知っている。
タオルを渡すと、きつねさんはポンッと人間の姿になって顔と髪を拭いた。何度見ても、なにが起こっているのかわからない。
「きつねさん」
「なあに」
狐の嫁入りという言葉がある。晴れているのに降る雨のこと、要は天気雨と言われるものを日本ではそう呼ぶのだ。
きつねさんは器用に尻尾だけを狐に戻して拭っていた。
僕はなんだか見てはいけないようなものを見てしまった気がして、目を逸らして空を見た。
「あなたが嫁入りときも雨が降るんでしょうか?」
「あら、今の世の中でメスが嫁入りするなんて言い方良くないわね」
「例え話ですよ!?」
狐に世の中を説かれた。人間としては由々しき事態である。
女子のことをメスと言うきつねさんに、やはり彼女は狐なのだと思わされた。
「そもそもきみさ、狐の嫁入りで雨が降る理由知ってるの?」と彼女が僕に問う。当時の僕は大した知識もなかったものだから、きつねさんは知ってるんですか、と問い返す。きつねさんは知ってるけど、と置いてから首を振った。
「教えてあげない」
「ええ……」
きつねさんがタオルをぎゅうっと絞る。ぼたぼたと水滴がタオルから落ちた。
僕たちが雨水を払っている間に少しずつ弱くなった雨と、相変わらずニコニコのお天道様が反射して空にはアーチがかかる。
「あ、虹。綺麗ですね」
「虹好きなの?」
「いえ、普通なんですけど。虹がかかるときは雲を太陽が泣き止ませてるんだって聞いたことがあるので、優しい天気だなと思います」
「へ〜」
興味なさそうに彼女は相槌を打つ。
「さっきは教えないって言ったけどさ、狐の嫁入りの雨って狐が流した涙なんだよ」
「えっ」
ごめん、いや、僕は変な意図で言ったわけじゃなくて、などとモゴモゴのたまう僕を見て、きつねさんはふっと笑った。
それがあんまりにも綺麗だったから、僕は弁解をすることすらできなくなった。この世のものとは思えない彼女の美しさに、そういえば狐って神様の遣いだったよな、とか、そういうことしか考えられなかったのだ。
卒業してから、彼女も僕も少しずつ疎遠になって、最後に会ったのももう五年前のことになってしまった。数日前、僕は五年ぶりの彼女の連絡に出席の丸をつけた。
久しぶりの再会はなんともむず痒い。雨の日の花嫁は幸せになるらしいですよ、とあの日の僕へのフォローをして、彼女を祝福しようと思う。
今日は天気雨だ。
あの日綺麗に笑った彼女が泣いていなければいいな、と、そう思う。
6月 ファンタジー 「編め」
2023-06-15
この下町には、人の人生を作ると噂の毛糸屋さんがあります。
人の人生を作る、なんて意味のわからないことを言っていると感じられる方も多いでしょう。
「人生は自分で作るものだ」なんて現実的で図々しい思想の方もいらっしゃいます。
では彼らは人生を生まれた瞬間から死ぬ瞬間までとお思いなのでしょうか。
産まれてきて、この人生100年時代を全うすることが当たり前だとお思いなのでしょうか。
死んだ後の自分はもう自分とは切り離されていて関係がないと、お思いなのでしょうか。
そう、この毛糸屋さんは
死後のあなたへ贈る毛糸屋さん。
その名も「毛糸のあめ。」
産まれずして亡くなった方々へ贈る、最初で最後のプレゼントです。
このお店には様々な方が訪れます。
死産を言い渡された妊婦、その旦那、病院の看護師や助産婦。
1番多いのは死産が決まった当本人です。
コンコン、コンコンコン
おや、ドアがノックされました。
「失礼します、ここは、毛糸の雨さんですか?
予約をしていた杉山です。」
いらっしゃいませ。どうぞこちらにお入りください。今回はどのようなご注文でしょうか?
そこには、姿の見えない小さな光が舞い込んできました。
これが今回の依頼人の杉山チビさん、7ヶ月のお客様です。
「母が毎晩泣いているのです。僕が健康で産まれることができないとわかった日から、毎晩毎晩僕に向かって言うのです。ごめんね、ごめんねと、、、何だかそれを聞いていたら胸が苦しくて。ここまで育ててくれた母に、恩返しがしたいのです。」
どのような作品をお求めで?
「手術の後に僕を包めるタオルケットを作って欲しいのです。母が弱々しい僕の体を抱えられるような頑丈で、柔らかくて、暖かみのあるものが良いです。なんせ、僕は無能症ですから、頭の当たる部分をとにかく支えてほしくて、」
承知致しました。
お色のご希望はございますか?
「緑でお願いします。」
ほう、理由を訊いても?
「母が楽しそうに目処をつけていたベビーグッズが緑ばかりで。きっと好きだったんじゃないかなーって」
なるほど、、かしこまりました。
では、手術予定日は何日で?
「ちょうど一週間後でお願いします。」
では、一週間後、杉山様のベッドのふもとに配達させていただきます。
代金は頂きません。
プレゼントですから。
「噂通りだ、、、よろしくお願いします!では、失礼します!」
こうして新しい仕事がやってきました。
緑の毛糸を4種類ほど手に取り、色合いを吟味して、どんどんと編んでゆきます。
彼らの人生を、今世に紡いでいくように。
編め、編め、編め、
あの子の分まで編め、編め、編め
心の指示に従って、編んでゆきます。
人の人生を作る、なんて意味のわからないことを言っていると感じられる方も多いでしょう。
「人生は自分で作るものだ」なんて現実的で図々しい思想の方もいらっしゃいます。
では彼らは人生を生まれた瞬間から死ぬ瞬間までとお思いなのでしょうか。
産まれてきて、この人生100年時代を全うすることが当たり前だとお思いなのでしょうか。
死んだ後の自分はもう自分とは切り離されていて関係がないと、お思いなのでしょうか。
そう、この毛糸屋さんは
死後のあなたへ贈る毛糸屋さん。
その名も「毛糸のあめ。」
産まれずして亡くなった方々へ贈る、最初で最後のプレゼントです。
このお店には様々な方が訪れます。
死産を言い渡された妊婦、その旦那、病院の看護師や助産婦。
1番多いのは死産が決まった当本人です。
コンコン、コンコンコン
おや、ドアがノックされました。
「失礼します、ここは、毛糸の雨さんですか?
予約をしていた杉山です。」
いらっしゃいませ。どうぞこちらにお入りください。今回はどのようなご注文でしょうか?
そこには、姿の見えない小さな光が舞い込んできました。
これが今回の依頼人の杉山チビさん、7ヶ月のお客様です。
「母が毎晩泣いているのです。僕が健康で産まれることができないとわかった日から、毎晩毎晩僕に向かって言うのです。ごめんね、ごめんねと、、、何だかそれを聞いていたら胸が苦しくて。ここまで育ててくれた母に、恩返しがしたいのです。」
どのような作品をお求めで?
「手術の後に僕を包めるタオルケットを作って欲しいのです。母が弱々しい僕の体を抱えられるような頑丈で、柔らかくて、暖かみのあるものが良いです。なんせ、僕は無能症ですから、頭の当たる部分をとにかく支えてほしくて、」
承知致しました。
お色のご希望はございますか?
「緑でお願いします。」
ほう、理由を訊いても?
「母が楽しそうに目処をつけていたベビーグッズが緑ばかりで。きっと好きだったんじゃないかなーって」
なるほど、、かしこまりました。
では、手術予定日は何日で?
「ちょうど一週間後でお願いします。」
では、一週間後、杉山様のベッドのふもとに配達させていただきます。
代金は頂きません。
プレゼントですから。
「噂通りだ、、、よろしくお願いします!では、失礼します!」
こうして新しい仕事がやってきました。
緑の毛糸を4種類ほど手に取り、色合いを吟味して、どんどんと編んでゆきます。
彼らの人生を、今世に紡いでいくように。
編め、編め、編め、
あの子の分まで編め、編め、編め
心の指示に従って、編んでゆきます。
英雄リン
2023-06-15
いま、大陸を治める王国に大変な災厄が起こっていた。それは、大雨が降り続け、大河が氾濫し、村や町が水没するほどの水害である。
人々はこれを「あめの祟り」と呼び、たくさんの祈りや祭りを行うが、雨は止む気配がなかった。
ある日、一人の少女が村にやってきた。彼女の名はリンといい、彼女は雨を操る魔法を持っていた。リンは人々の協力を得て、雨を止めるために奮闘した。彼女は雨の元凶を追い、川を渡って山の奥深くへ向かった。そこには大きな魔法陣があり、その中央には一本の蒼き水晶が輝いていた。それが雨を降らせる呪いの元であった。リンは勇気を振り絞って、魔法陣の中央へ向かい、水晶を軽々と掴み取った。その瞬間、魔法陣が発動し、激しい光と共にリンは吹き飛ばされてしまった。
目が覚めると、リンは見知らぬ場所にいた。そして、そこは宇宙船が飛び交う異世界であった。
リンは、この世界で一人の魔法使いとして、新たな冒険を始めた。
そして数年後、リンは自分が飛ばされた魔法陣の真実を知り、再び自分がいた世界へと戻った。彼女が消したはずの呪いが、復活し始めていたのだ。
リンは、再び人々と力を合わせて、呪いを消し去り、雨の祟りを止めることができた。人々はリンを英雄と呼び、彼女の冒険談は、大陸の中で語り継がれることになった。
人々はこれを「あめの祟り」と呼び、たくさんの祈りや祭りを行うが、雨は止む気配がなかった。
ある日、一人の少女が村にやってきた。彼女の名はリンといい、彼女は雨を操る魔法を持っていた。リンは人々の協力を得て、雨を止めるために奮闘した。彼女は雨の元凶を追い、川を渡って山の奥深くへ向かった。そこには大きな魔法陣があり、その中央には一本の蒼き水晶が輝いていた。それが雨を降らせる呪いの元であった。リンは勇気を振り絞って、魔法陣の中央へ向かい、水晶を軽々と掴み取った。その瞬間、魔法陣が発動し、激しい光と共にリンは吹き飛ばされてしまった。
目が覚めると、リンは見知らぬ場所にいた。そして、そこは宇宙船が飛び交う異世界であった。
リンは、この世界で一人の魔法使いとして、新たな冒険を始めた。
そして数年後、リンは自分が飛ばされた魔法陣の真実を知り、再び自分がいた世界へと戻った。彼女が消したはずの呪いが、復活し始めていたのだ。
リンは、再び人々と力を合わせて、呪いを消し去り、雨の祟りを止めることができた。人々はリンを英雄と呼び、彼女の冒険談は、大陸の中で語り継がれることになった。
雨(ファンタジー) 素敵な雨宿り
2023-06-15
神社の本殿の屋根に雨粒が当たる音がする。放課後の学校からの帰り道、私は困っていた。というのも、今日は雨の予報ではなかったからだ。よって傘を持ってきていない。仕方なくスクールバッグを頭に乗っけて近くの神社へと駆け込んだ。
少しの時間が過ぎたが、雨は一向にやむ気配がなく、容赦なく降り注ぐ。神秘的で最高にかっこいいおキツネ様までずぶ濡れにしてくる。石像は石の上から動くことができないから、雨宿りのしようがない。しかし神様の使者というのは、雨に濡れてもかっこいいんだなとつい見とれてしまった。
雨の音はリズムが心地よい。中学校の帰りなので鞄にはスマホもなく、私はひどく退屈になり気づいたら眠ってしまっていたようだ。目を覚ましても、相変わらず雨は降っている。腕時計を見ると、針は午後四時半を指していた。どうやら三十分ほど眠っていたらしい。眠い目をこすりながら頭を回転させこれからどうしようか考えていると、黒い雨雲に包まれた暗い景色の中でひときわ目立つ真っ赤な傘が賽銭箱の近くに置いてあった。
一体誰が傘を置いてくれたのだろう。雨宿りをしている私を見た誰かがたまたま傘を二本持っていてそのうちの一本を私に譲ってくれた?そんな幸運なことがあるだろうか。自分の傘を私に譲ってくれた?それではその人はずぶ濡れで走ったということになる。いくら何でも親切過ぎはしないか?
ということは……。私は先程見とれた最高にかっこいいおキツネ様に再び目をやった。もしかして、この真っ赤な傘は彼が?少々非現実的だが、他に考えられない!オキツネ様ったら、見た目だけじゃなくて性格もイケメンなのね!私は彼に深く一礼をしてから有り難く傘を受け取った。
真っ赤な傘を差して家路に着く少女を、神秘的で最高にかっこいい俺は崇高な佇まいで見守っていた。
「いやぁ、神様の使者なら人助けをして当たり前よ!それにしても、ニンゲンの心を読むのっておもしれぇな!はっはっは!」
「いや、あの子はお前のこと、『最高にかっこいい』だなんて思っていなかったぞ。勝手に人の心の声を都合のいいように改変するな、馬鹿者が」
俺の反対側に鎮座しているもう一体のキツネがつまらない文句を言ってくる。
「いいじゃねぇか!俺は神様の使者だぞ!?」
「そうかそうか。ところでお前、お稲荷様に頼まれてたネズミの駆除やったか?」
「やべ、忘れてた!お前、暇なら手伝ってくれよ!」
「後で油揚げおごりな」
「くっそぉ~、わかったよ!」
後日、神社にそれはうまい油揚げが備えられたのはまた別の話だ。
少しの時間が過ぎたが、雨は一向にやむ気配がなく、容赦なく降り注ぐ。神秘的で最高にかっこいいおキツネ様までずぶ濡れにしてくる。石像は石の上から動くことができないから、雨宿りのしようがない。しかし神様の使者というのは、雨に濡れてもかっこいいんだなとつい見とれてしまった。
雨の音はリズムが心地よい。中学校の帰りなので鞄にはスマホもなく、私はひどく退屈になり気づいたら眠ってしまっていたようだ。目を覚ましても、相変わらず雨は降っている。腕時計を見ると、針は午後四時半を指していた。どうやら三十分ほど眠っていたらしい。眠い目をこすりながら頭を回転させこれからどうしようか考えていると、黒い雨雲に包まれた暗い景色の中でひときわ目立つ真っ赤な傘が賽銭箱の近くに置いてあった。
一体誰が傘を置いてくれたのだろう。雨宿りをしている私を見た誰かがたまたま傘を二本持っていてそのうちの一本を私に譲ってくれた?そんな幸運なことがあるだろうか。自分の傘を私に譲ってくれた?それではその人はずぶ濡れで走ったということになる。いくら何でも親切過ぎはしないか?
ということは……。私は先程見とれた最高にかっこいいおキツネ様に再び目をやった。もしかして、この真っ赤な傘は彼が?少々非現実的だが、他に考えられない!オキツネ様ったら、見た目だけじゃなくて性格もイケメンなのね!私は彼に深く一礼をしてから有り難く傘を受け取った。
真っ赤な傘を差して家路に着く少女を、神秘的で最高にかっこいい俺は崇高な佇まいで見守っていた。
「いやぁ、神様の使者なら人助けをして当たり前よ!それにしても、ニンゲンの心を読むのっておもしれぇな!はっはっは!」
「いや、あの子はお前のこと、『最高にかっこいい』だなんて思っていなかったぞ。勝手に人の心の声を都合のいいように改変するな、馬鹿者が」
俺の反対側に鎮座しているもう一体のキツネがつまらない文句を言ってくる。
「いいじゃねぇか!俺は神様の使者だぞ!?」
「そうかそうか。ところでお前、お稲荷様に頼まれてたネズミの駆除やったか?」
「やべ、忘れてた!お前、暇なら手伝ってくれよ!」
「後で油揚げおごりな」
「くっそぉ~、わかったよ!」
後日、神社にそれはうまい油揚げが備えられたのはまた別の話だ。
不思議なジョウロ
2023-06-15
晴れてたからせっかく公園に来たのに。
大きな山を作ろうと思って砂場に向かった瞬間、大雨が降り出した。
しばらく東屋に避難していたが、ゲリラ豪雨だったのか、直ぐに雨は止んだ。
そして、真っ先に砂場に向かうと、誰のものか分からないジョウロが置いてあった。
僕はスコップとバケツしかもっていなかったので、持ち主が来るまでそのジョウロを使うことにした。
ジョウロに水をくもうと思ったが、砂場から水道まで少し離れており、移動するのが面倒だった。
少し悩んでいると、雨が降って咄嗟に砂場に置いてきてしまったバケツに、雨水が溜まっていたのを思い出し、ジョウロにいれた。
そして、水を出そうとジョウロを傾けた時──。
ハス口に雨雲が出来て、小さな雨が降り出したのだ。
その光景につい夢中になり、バケツの水を使い切ってしまった。
もう1回見たいと思い、僕は水道まで走っていった。
さっきまで面倒に思っていたのが不思議なくらいである。
しかし、水道の水を入れても、さっきのように雨雲は出なかった。
(雨水じゃないと雨は降らないのか)
僕はジョウロとバケツを持って、雨水を探しに行った。
公園の駐車場に、深い水溜まりを見つけた。
車が来てないことを確認して、バケツで水溜まりの水をすくい、ジョウロに入れた。
(砂利も入っちゃったし、少ししかとれなかったけど、雨水だから大丈夫だろう)
僕は砂場に戻って、早速水をかけた。
すると、さっきと同じように雨雲ができて、雨が降った。
思った通りだ、と喜んでいるのも束の間、すぐに雨が止んでしまった。
また探しに行こうと立ち上がると、スコップの持ち手が錆びていることに気がついた。
スコップには、さっきかけたジョウロの水で濡れている。
(あれ、スコップ買ったばかりだし、さっきまで錆びてなかったのに)
どうやらさっきの水溜まりは自動車の排気ガスで汚れていて、ジョウロから降ったのは酸性雨だったようだ。
(雨水の汚れ具合によって、降ってくる雨が違うんだ)
酸性雨は悪影響を及ぼすとこの前の授業で習ったので、駐車場の水溜まりから雨水をとるのは止めようと思った。
どこか他に雨水がくめるところはないかと探していたが、なかなか見つからず、5時半のチャイムが鳴ってしまった。
結局、そのジョウロの持ち主は来なかったので、僕はジョウロを家に持って帰った。
その日から、雨が降った後にはジョウロに雨水を入れて遊んだ。
遊んでいるうちに他にも分かったことがある。
ジョウロの雨が上がると、晴れた日には虹が出たり、気候によっては雹や雪に変わることもあったのだ。
みんなが憂鬱な梅雨の季節は、僕にとって最高だった。
そんな不思議なジョウロを手にしてから、僕は天気にとても興味が湧き、十数年後、気象学者になった。
研究者になった今でも、このジョウロは実験に使用している。
大雨が降った時の災害を想定するのに使ったり、自分で開発した融雪剤の効果を試したり──。
それだけではない。
なんと、製造業者との共同開発で、遂にこのジョウロの量産にも成功したのだ。
今では一般の人も手頃に買えるようになり、雨の日に外を見歩けば、玄関の前にバケツを置いて雨水を溜めている家も少なくない…。
大きな山を作ろうと思って砂場に向かった瞬間、大雨が降り出した。
しばらく東屋に避難していたが、ゲリラ豪雨だったのか、直ぐに雨は止んだ。
そして、真っ先に砂場に向かうと、誰のものか分からないジョウロが置いてあった。
僕はスコップとバケツしかもっていなかったので、持ち主が来るまでそのジョウロを使うことにした。
ジョウロに水をくもうと思ったが、砂場から水道まで少し離れており、移動するのが面倒だった。
少し悩んでいると、雨が降って咄嗟に砂場に置いてきてしまったバケツに、雨水が溜まっていたのを思い出し、ジョウロにいれた。
そして、水を出そうとジョウロを傾けた時──。
ハス口に雨雲が出来て、小さな雨が降り出したのだ。
その光景につい夢中になり、バケツの水を使い切ってしまった。
もう1回見たいと思い、僕は水道まで走っていった。
さっきまで面倒に思っていたのが不思議なくらいである。
しかし、水道の水を入れても、さっきのように雨雲は出なかった。
(雨水じゃないと雨は降らないのか)
僕はジョウロとバケツを持って、雨水を探しに行った。
公園の駐車場に、深い水溜まりを見つけた。
車が来てないことを確認して、バケツで水溜まりの水をすくい、ジョウロに入れた。
(砂利も入っちゃったし、少ししかとれなかったけど、雨水だから大丈夫だろう)
僕は砂場に戻って、早速水をかけた。
すると、さっきと同じように雨雲ができて、雨が降った。
思った通りだ、と喜んでいるのも束の間、すぐに雨が止んでしまった。
また探しに行こうと立ち上がると、スコップの持ち手が錆びていることに気がついた。
スコップには、さっきかけたジョウロの水で濡れている。
(あれ、スコップ買ったばかりだし、さっきまで錆びてなかったのに)
どうやらさっきの水溜まりは自動車の排気ガスで汚れていて、ジョウロから降ったのは酸性雨だったようだ。
(雨水の汚れ具合によって、降ってくる雨が違うんだ)
酸性雨は悪影響を及ぼすとこの前の授業で習ったので、駐車場の水溜まりから雨水をとるのは止めようと思った。
どこか他に雨水がくめるところはないかと探していたが、なかなか見つからず、5時半のチャイムが鳴ってしまった。
結局、そのジョウロの持ち主は来なかったので、僕はジョウロを家に持って帰った。
その日から、雨が降った後にはジョウロに雨水を入れて遊んだ。
遊んでいるうちに他にも分かったことがある。
ジョウロの雨が上がると、晴れた日には虹が出たり、気候によっては雹や雪に変わることもあったのだ。
みんなが憂鬱な梅雨の季節は、僕にとって最高だった。
そんな不思議なジョウロを手にしてから、僕は天気にとても興味が湧き、十数年後、気象学者になった。
研究者になった今でも、このジョウロは実験に使用している。
大雨が降った時の災害を想定するのに使ったり、自分で開発した融雪剤の効果を試したり──。
それだけではない。
なんと、製造業者との共同開発で、遂にこのジョウロの量産にも成功したのだ。
今では一般の人も手頃に買えるようになり、雨の日に外を見歩けば、玄関の前にバケツを置いて雨水を溜めている家も少なくない…。
Suicide
2023-06-11
新宿歌舞伎町、深夜のバッティングセンター。トイレ中に同年代くらいの男に話しかけられた。中学時代の栄光に縋って
懐古している。この街の若者は何かに縋ったり何かに依存して生きている。
コンビニで買ったスト缶を片手に荒れるべくして荒れた街を徘徊する。短いスカートを履いた女が道端に寝転がり、そこに性欲を持て余した男が近づく。街には当たり前のように立ちんぼがいて、幸の薄そうな薄毛の男が声をかける。警察が慣れた手つきで所持品検査をし、刺青の入った男はパンツに隠したパケがバレて笑っていた。ハイブランドに包まれたホストの男と、明日にでも死にそうなくらい痩せた女が手を繋いで何処かに向かう。一体いくら積んだのだろう。
金、酒、薬、性。何かに縋り、何かに依存する。思い出したくない過去も、直視できない現実もその瞬間だけは忘れられるように。
路上でタバコを吸っていると、未成年に見えなくもないツインテールの女に話しかけられた。一瞬元カノの顔が浮かんだが、左手に持った空き缶を地面に叩きつけ、女と歩き出した。缶が跳ねる音をバッティングセンターで聞いた打球音と似ていたが、どこか不快だった。
19の夜、先の読めない夜。俺はどうなるのか。
懐古している。この街の若者は何かに縋ったり何かに依存して生きている。
コンビニで買ったスト缶を片手に荒れるべくして荒れた街を徘徊する。短いスカートを履いた女が道端に寝転がり、そこに性欲を持て余した男が近づく。街には当たり前のように立ちんぼがいて、幸の薄そうな薄毛の男が声をかける。警察が慣れた手つきで所持品検査をし、刺青の入った男はパンツに隠したパケがバレて笑っていた。ハイブランドに包まれたホストの男と、明日にでも死にそうなくらい痩せた女が手を繋いで何処かに向かう。一体いくら積んだのだろう。
金、酒、薬、性。何かに縋り、何かに依存する。思い出したくない過去も、直視できない現実もその瞬間だけは忘れられるように。
路上でタバコを吸っていると、未成年に見えなくもないツインテールの女に話しかけられた。一瞬元カノの顔が浮かんだが、左手に持った空き缶を地面に叩きつけ、女と歩き出した。缶が跳ねる音をバッティングセンターで聞いた打球音と似ていたが、どこか不快だった。
19の夜、先の読めない夜。俺はどうなるのか。
君と僕の世界征服
2023-06-10
大きな声で歌いながら、肩を組んで、真っ暗になったシャッター街を歩く。誰もいないとゲラゲラ笑って、頭が本当にバカになったみたいだ。僕と彼だけの世界がどこまでも広がっているみたいな気がして、本当に気分が良い。うぅん、飲みすぎたかもしれない。
タバコの煙を吹きかけてくれ
2023-06-09
「明日でおしまいだね」
先輩はそう言ってタバコに火をつけた。警察官とよくすれ違う日だ。明日はハレの日なのに、こんな時間に補導なんてされたらまずいですよ、とため息を吐いた。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、先輩はニヤリと笑った。
先輩はそう言ってタバコに火をつけた。警察官とよくすれ違う日だ。明日はハレの日なのに、こんな時間に補導なんてされたらまずいですよ、とため息を吐いた。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、先輩はニヤリと笑った。
ゲロキスじゃないだけマシかも?
2023-06-08
夜、桜、川沿いの道、飲み切った酒の缶、足元に落ちて砂が混ざったするめいか。
俺に無理やりキスをした彼女の唇の、生温かさと柔らかさに、頭が真っ白になった。とんでもなく狭い世界の真ん中で、彼女の真っ黒な瞳だけが強く光ってる。
俺に無理やりキスをした彼女の唇の、生温かさと柔らかさに、頭が真っ白になった。とんでもなく狭い世界の真ん中で、彼女の真っ黒な瞳だけが強く光ってる。
真夜中の縁
2023-06-07
「もう、いいから。出てって」
私は冷淡に言い放ってアイツを、玄関の外へと押しやった。振り返ると小さなアパートのカーテンは深く、淀んだブルーに染まり、アイツのタバコの臭いに包まれている。カーテンを開けて、アイツのタバコの匂いがまだ逃げないように、少しだけ窓を開ける。まだ外は思った以上に暗かった。
いつか、画面の天気予報が動き、人々が道路を巡り始める。そんな明日が始まると、私とアイツの関係は終わってしまう。私はベランダに出て手すりに手をかける。ここは一回なので地面は近い。飛び降りても、大事にはならないだろう。仄暗い地面はぽすんという情けない音と共に私を出迎えた。これからどこへ行こう。どこでもいい。昨日までの私とアイツの時間のほんの僅かな延長を歩くのだ。そう思いながら、部屋の方を振り返る。部屋は濃い青の世界を寄せ付けず、奥の方まで見えないくらいに暗闇が包んでいた。私の真夜中はそこにひっそりと佇んでいた。
私は冷淡に言い放ってアイツを、玄関の外へと押しやった。振り返ると小さなアパートのカーテンは深く、淀んだブルーに染まり、アイツのタバコの臭いに包まれている。カーテンを開けて、アイツのタバコの匂いがまだ逃げないように、少しだけ窓を開ける。まだ外は思った以上に暗かった。
いつか、画面の天気予報が動き、人々が道路を巡り始める。そんな明日が始まると、私とアイツの関係は終わってしまう。私はベランダに出て手すりに手をかける。ここは一回なので地面は近い。飛び降りても、大事にはならないだろう。仄暗い地面はぽすんという情けない音と共に私を出迎えた。これからどこへ行こう。どこでもいい。昨日までの私とアイツの時間のほんの僅かな延長を歩くのだ。そう思いながら、部屋の方を振り返る。部屋は濃い青の世界を寄せ付けず、奥の方まで見えないくらいに暗闇が包んでいた。私の真夜中はそこにひっそりと佇んでいた。
帰りたくないです
2023-06-07
今日はこのまま飲んじゃおうよ、という彼女の言葉に乗っかって、親に連絡一本せずに飲み屋街に向かう。アルコールなんてちっとも入れてないのに千鳥足になったふりをして、彼女の腕に抱きついた。無理やり胸を押し付ける。ちょっとは一緒にドキドキしてくれ。
夜を掬う
2023-06-06
ヤマちゃんの背中を追って、私はホテルの塀を乗り越える。久しく使っていない筋肉を使ったはずなのに、するりと私の足はホテルの向こう側にある湖の入り口にある森に着地した。ヤマちゃんは「せんせーが来るまでの一時間だからな」と再三の注意を私に伝えて、湖の方向へ走り出す。私は私よりも少し背の高い骨ばった背中を暗闇の中で追いながら、湖のほとりに向かう。真夜中の泉を探しに行く。そこは全ての夜の源で、水みたいに真夜中の静けさを掬ったり飲んだりすることができるらしい。
ノットイノセント
2023-06-06
先生、今何してるの?
その十文字のメールを、僕はずっと送れずにいる。茜先生は、まだ、校舎にいるのか。会いに行きたい、気持ちと、もうこれきりにしなくてはいけない気持ちが僕の中で反発して爆発しそうだ。先生、僕は、あなたが泣いてる姿を忘れられずにいるんです。
その十文字のメールを、僕はずっと送れずにいる。茜先生は、まだ、校舎にいるのか。会いに行きたい、気持ちと、もうこれきりにしなくてはいけない気持ちが僕の中で反発して爆発しそうだ。先生、僕は、あなたが泣いてる姿を忘れられずにいるんです。
母の日の夜
2023-06-05
「母の日」を何事もなくやり過ごすまで、あと一時間。俺は家の裏手に着いた翔太と合流するために、二階の窓を開けた。用意していた靴を履いて、なるだけ足音を立てないように裏庭に飛び降りる。ふと、微かな風が吹く空の方向に目を細めると、寝静まった住宅街に不揃いな遠吠えが響き、遥か夜空の向こう側に飛行機が飛んでいた。
翔太は寮から抜け出してきたせいで、寝巻きに近い灰色のジャージを着ていた。開けっぱなしのエナメルバッグには一輪のカーネーションが無造作に差し込まれている。
「昼間母さんに渡そうと思ったんだけど、忘れちゃったから、今からでも遅くないかなって」
翔太はそう言いながら、照れ臭そうに坊主頭を掻く。それを見て俺は「いまさらじゃないの?」と小さく笑った。
翔太は寮から抜け出してきたせいで、寝巻きに近い灰色のジャージを着ていた。開けっぱなしのエナメルバッグには一輪のカーネーションが無造作に差し込まれている。
「昼間母さんに渡そうと思ったんだけど、忘れちゃったから、今からでも遅くないかなって」
翔太はそう言いながら、照れ臭そうに坊主頭を掻く。それを見て俺は「いまさらじゃないの?」と小さく笑った。
夏、深夜徘徊
2023-06-05
夏。
長い昼。
あごから落ちてくる汗。
2つに分かれたベタベタのアイス。
ぶつぶつ自習時間。
氷を放り込んだ帰り道。
じゃ明日ね。
うん、気をつけて。
分かれ道で分かれる2つの声。
窓越しの風になびく夏布団。
適当に脱いでおいた制服。
うっかり眠ってしまった昼寝と深夜へのタイムワープ。
ベッドサイドの壁にくっついている野球ポスター。
机の上に置いてる野球試合のチケット。
「ねぇ、今週の週末にー」
悩んでる吹き出しの上の指。
いつもの景色。
心も指も騒がしい、
深夜徘徊。
長い昼。
あごから落ちてくる汗。
2つに分かれたベタベタのアイス。
ぶつぶつ自習時間。
氷を放り込んだ帰り道。
じゃ明日ね。
うん、気をつけて。
分かれ道で分かれる2つの声。
窓越しの風になびく夏布団。
適当に脱いでおいた制服。
うっかり眠ってしまった昼寝と深夜へのタイムワープ。
ベッドサイドの壁にくっついている野球ポスター。
机の上に置いてる野球試合のチケット。
「ねぇ、今週の週末にー」
悩んでる吹き出しの上の指。
いつもの景色。
心も指も騒がしい、
深夜徘徊。
ノスタルジー希望譚
2023-06-05
絵に描いたような空が好きだった。
『空へ舞う世界の彼方、闇を照らす魁星』なんて言わないけれど、それでも星が瞬く藍色の空が大好きだった。
だから、
「いつか、満天の星空を見に行こう』
その言葉に、柄にもなく心が躍ったのだ。
——これは、一人で約束の場所に向かう『私』の話。
タイトルの意味
懐古の念を抱きながら、深夜の静かな雰囲気の中、約束の場所に向かう高揚感(希望)を綴った物語
アスノヨゾラ哨戒班から着想。
『私』のキャラ造形は自由。名前も自由。
深夜に夜空を見ることが趣味だったことのみ共通。
青春恋愛小説。
『空へ舞う世界の彼方、闇を照らす魁星』なんて言わないけれど、それでも星が瞬く藍色の空が大好きだった。
だから、
「いつか、満天の星空を見に行こう』
その言葉に、柄にもなく心が躍ったのだ。
——これは、一人で約束の場所に向かう『私』の話。
タイトルの意味
懐古の念を抱きながら、深夜の静かな雰囲気の中、約束の場所に向かう高揚感(希望)を綴った物語
アスノヨゾラ哨戒班から着想。
『私』のキャラ造形は自由。名前も自由。
深夜に夜空を見ることが趣味だったことのみ共通。
青春恋愛小説。
幽霊少女と真夜中散歩
2023-06-05
刺激の無い平坦な日常に退屈を覚えていた彼は、“何かが変わるかも”という淡い期待を胸に深夜の住宅街へと繰り出した。普段とは違う色を見せる夜の街にテンションを上げていたところ、通りかかった集合墓地で一人の少女と出会う。自らを“幽霊”と称する少女に乞われ、彼は夜の街に散らばった“少女の遺品”を探す手伝いをする事になる。
降って湧いた非日常に驚きつつも、自称幽霊少女と共に夜の街を徘徊する。
降って湧いた非日常に驚きつつも、自称幽霊少女と共に夜の街を徘徊する。
深夜徘徊ノススメ!
2023-06-05
深夜徘徊は最高である。これは不変の事実だ。よって僕はその素晴らしき深夜徘徊を世に広めるべく、熱意を持って語るのだが、最も身近な二人の親友が全く理解をしてくれない。理解をしないうえに、二人の親友は、友情について問いたくなるほど僕をこき下ろすのだ。不審者だの変質者だの、事案だの実刑だの、あまりに酷い。しかし、僕は諦めない。いつか二人が自主的に、深夜徘徊を始めるその日まで。
コメディ小説
コメディ小説
夜の正体
2023-06-05
世界がどうやって夜になるのか、誰も知らないと思う。
君はどうして夜空があんなに暗い藍色をしているのか、考えたことはある?
教えてあげよう。
夜は彼女の憂鬱でできている。遠い遠い宇宙の果てで物思いの海に沈んでいる、彼女の。
彼女にはちょっと繊細なところがあって、いつでも何かに悩んでいる。一日中悩み抜いてその苦悩が最高潮に達したとき、彼女は深い深いため息をつく。
その憂鬱が宇宙を漂って、僕らの住んでいるこの星をすっぽりと覆い尽くしてしまう。
それが夜の正体だ。
そんな彼女の憂鬱を綺麗さっぱり解消してあげるのが僕の役目だ。
そうしないと、この世界には朝が永久に訪れなくなってしまうから。
だから僕は今日も、夜の中をこっそり泳いで彼女に会いに行く。
君はどうして夜空があんなに暗い藍色をしているのか、考えたことはある?
教えてあげよう。
夜は彼女の憂鬱でできている。遠い遠い宇宙の果てで物思いの海に沈んでいる、彼女の。
彼女にはちょっと繊細なところがあって、いつでも何かに悩んでいる。一日中悩み抜いてその苦悩が最高潮に達したとき、彼女は深い深いため息をつく。
その憂鬱が宇宙を漂って、僕らの住んでいるこの星をすっぽりと覆い尽くしてしまう。
それが夜の正体だ。
そんな彼女の憂鬱を綺麗さっぱり解消してあげるのが僕の役目だ。
そうしないと、この世界には朝が永久に訪れなくなってしまうから。
だから僕は今日も、夜の中をこっそり泳いで彼女に会いに行く。
病気じゃないの
2023-06-05
明日の朝はちゃんと起きて学校に行くんだ。そう心の奥底で決めて、コンビニを出た。明日の朝食べるためのランチパックだって買った。あとは、スマホのタイマーをセットして、制服をカーテンのレールにかけておくだけ。それだけのはずなのに、どうしようもなく、お腹が痛くなってきてしまった。
フライドポテト食べ過ぎ
2023-06-04
「ゲロ吐きそう」
そう言って、浩一はうずくまった。吐きたいのに吐けない。その辛さは俺が一番わかってる。彼の背中は少し熱くて、心臓の音がドクドクと、彼の心臓の音が、僕の心臓の音かもしれない、あぁ、胸が苦しくなって僕まで吐きそうな気持ちだ。
そう言って、浩一はうずくまった。吐きたいのに吐けない。その辛さは俺が一番わかってる。彼の背中は少し熱くて、心臓の音がドクドクと、彼の心臓の音が、僕の心臓の音かもしれない、あぁ、胸が苦しくなって僕まで吐きそうな気持ちだ。
パパラッチ
2023-06-03
「この時間帯のこの通りは結構良いのが撮れるんだよね」
大手事務所のスタジオの近く、自販機の裏で田川さんはそう言った。あの一つだけ灯りの点いている部屋に、アイドルの卵がいる。若い時間を犠牲にして、夢に手を伸ばしている。
大手事務所のスタジオの近く、自販機の裏で田川さんはそう言った。あの一つだけ灯りの点いている部屋に、アイドルの卵がいる。若い時間を犠牲にして、夢に手を伸ばしている。
手に吐きダコ
2023-06-02
カンっと音がして振り返ると、電柱に寄りかかった人が視界に入った。あぁ、あれは面倒なやつ、絶対関わらない方がいい。頭ではわかっているのにお人好しな自分が顔を出して、勝手に足を動かしていく。
「おにーさん、大丈夫ですか?」
「おにーさん、大丈夫ですか?」
白桃カルピスサワー
2023-06-01
零時二十五分。終電を逃してしまった。明日は何も予定を入れていなかったとはいえ、こんな時間まで外に出ていることにうんざりする。だらだらと足を動かして、踵を引き摺りながら夜の街を歩いた。じんわりと首筋に汗が浮かんだ。ラブホ街は臭くて嫌いだ。
五月 童話
2023-05-18
新芽が土から顔を出すと、あたりは大雨だった。
急いで顔を引っ込めようとするが、顔と茎の間に泥が入り込んでなかなか難しい。
必死に動いていると、近くで咲いているクローバーが話しかけてきた。
「ちょっと前までは、この時期にずっと雨が降ってるなんて考えられなかったらしいぜ」
「知ったこっちゃないよ。僕はこの1年の間を長く生き続けるだけなんだ。こんな大雨に打たれてちゃ、すぐに茎が折れてしまう」
そう言って新芽はぐりぐりと頭を揺らして土の中へ潜り込もうとする。
クローバーはまだ何か喋っているけど気にしない。
やっとの思いで土の中へ入ると、そこは静かで居心地が良かった。
雨が止んだら外に出よう。そうしたらクローバーの話を聞いてやってもいいかも。
そんなことを考えていたけど、数日経っても雨が止む気配は無かった。
暗い土の中で一本、新芽はただ外に出る機会を待ち続けた。
けれど、だんだん体に力が入らなくなってくる。きっと根が腐ってしまっているんだ。
あぁ。こんなことなら、あの日外に出たままクローバーの話でも聞いていれば良かった。
そうして新芽は考えることをやめて、ただひたすら眠りについた。
急いで顔を引っ込めようとするが、顔と茎の間に泥が入り込んでなかなか難しい。
必死に動いていると、近くで咲いているクローバーが話しかけてきた。
「ちょっと前までは、この時期にずっと雨が降ってるなんて考えられなかったらしいぜ」
「知ったこっちゃないよ。僕はこの1年の間を長く生き続けるだけなんだ。こんな大雨に打たれてちゃ、すぐに茎が折れてしまう」
そう言って新芽はぐりぐりと頭を揺らして土の中へ潜り込もうとする。
クローバーはまだ何か喋っているけど気にしない。
やっとの思いで土の中へ入ると、そこは静かで居心地が良かった。
雨が止んだら外に出よう。そうしたらクローバーの話を聞いてやってもいいかも。
そんなことを考えていたけど、数日経っても雨が止む気配は無かった。
暗い土の中で一本、新芽はただ外に出る機会を待ち続けた。
けれど、だんだん体に力が入らなくなってくる。きっと根が腐ってしまっているんだ。
あぁ。こんなことなら、あの日外に出たままクローバーの話でも聞いていれば良かった。
そうして新芽は考えることをやめて、ただひたすら眠りについた。
初夏ちゃん。
2023-05-18
このにほんには「春夏秋冬」ということばがあります。
このことばはきこうやしぜんのうつりかわりがあり、それを四つにわけているにほんのことばです。
はる
なつ
あき
ふゆ
さいきんは「ちきゅうおんだんか」というちきゅうがどんどんあったかくなってしまうげんしょうのせいで、みんながくるしんでいます。
近ごろは、はるとあきは死んだ!
なんてさわがれることもめずらしくありません。
そんななか、必死に生き延びる女の子がいました。
その名はしょかちゃん。
初めての夏と書いて初夏ちゃん。
え?春夏秋冬のなかに初夏なんかないって?
じつはね、むかしのにほんじんは、いまのげひんなインターネット社会とはちがい、おもむきのある、きせつのうつろいを楽しむ人々でした。
むかーしむかしに産まれた、はるからなつにかけてのへんかのきせつ、
呼ばれないきせつ、忙しいきせつ。
それが初夏ちゃんなのです。
だけど、今どきのにほんはふあんてい。
きゅうにさむくなったり、まなつになったり、、、
にほんのみんなをまきこみながら初夏ちゃんは進んでいくのです。
おのれのせいちょうをかんじたい。
みんなからあいされたい
そして、じぶんのそんざいいぎをしゃかいのあらなみに消されないために。
そんな初夏ちゃんはあらたなしれんに出会ってしまいます。
ニュースを見ていると、明日から3日れんぞくでごううだとよほうが出てしまったのです。
初夏ちゃんはあせります。
「これでは、また主婦と低気圧変頭痛持ちのみんなに嫌われちゃう!なんとかしなくっちゃ!」
初夏ちゃんは走り出しました。
このことばはきこうやしぜんのうつりかわりがあり、それを四つにわけているにほんのことばです。
はる
なつ
あき
ふゆ
さいきんは「ちきゅうおんだんか」というちきゅうがどんどんあったかくなってしまうげんしょうのせいで、みんながくるしんでいます。
近ごろは、はるとあきは死んだ!
なんてさわがれることもめずらしくありません。
そんななか、必死に生き延びる女の子がいました。
その名はしょかちゃん。
初めての夏と書いて初夏ちゃん。
え?春夏秋冬のなかに初夏なんかないって?
じつはね、むかしのにほんじんは、いまのげひんなインターネット社会とはちがい、おもむきのある、きせつのうつろいを楽しむ人々でした。
むかーしむかしに産まれた、はるからなつにかけてのへんかのきせつ、
呼ばれないきせつ、忙しいきせつ。
それが初夏ちゃんなのです。
だけど、今どきのにほんはふあんてい。
きゅうにさむくなったり、まなつになったり、、、
にほんのみんなをまきこみながら初夏ちゃんは進んでいくのです。
おのれのせいちょうをかんじたい。
みんなからあいされたい
そして、じぶんのそんざいいぎをしゃかいのあらなみに消されないために。
そんな初夏ちゃんはあらたなしれんに出会ってしまいます。
ニュースを見ていると、明日から3日れんぞくでごううだとよほうが出てしまったのです。
初夏ちゃんはあせります。
「これでは、また主婦と低気圧変頭痛持ちのみんなに嫌われちゃう!なんとかしなくっちゃ!」
初夏ちゃんは走り出しました。
五月童話
2023-05-18
昔々あるところに魔女と一羽の鷹が住んでいました。昔飢えた魔女は村人たちに助けられ、それからずっと人々を災害から守るために村の近くに住み、百年間はここを離れていません。そんな魔女は鷹によく「あなたみたいに外の世界をまた見てみたい」とこぼしました。けれど魔女は村人たちのため、一度も村から離れたことはないのです。そんなまじめな魔女を鷹は愛していました。
鷹は昔魔女に助けられてからずっと魔女と一緒に生きています。時折隣の国の果実を魔女に持ってくることもありました。
魔女はずっと生きているので人間への恩を忘れません。けれど人間は違います。守られることが当たり前になってから生まれた子供たちは大人になり、魔女を助けた村人たちも代が変わり魔女を恐れるようになりました。
小さな事故が起きれば「魔女のせい」。誰かが怪我をすれば「魔女のせい」。そんなことを人々が言うたびに鷹は村人たちを噛もうとして、それを魔女は止めます。
仕方がないことだと魔女は思います。人間はそういうものです。時が経てば言葉は変わり、風が吹けば簡単に飛ばされる。そういう生き物なのだと魔女は鷹に言いました。
日に日に魔女への村人たちの視線は憎しみを帯びていきます。
そしてある日、村人たちは真っ赤な顔をして魔女を村から追い出しました。魔女は特段悲しくありませんでした。恩返しが終わり、やっと外の世界へ行けるからです。
魔女は共に旅へ出ようと鷹を呼びました。しかし鷹はどれだけ呼んでも飛んできません。代わりに地を這ってきたのはボロボロのただの鳥でした。美しい羽も澄んだ瞳ももうどこにもありません。魔女は鷹が今まで何をしていたのかようやく悟ります。
鷹は魔女を村から出すために、まるで魔女の手下のように人間たちに振る舞っていたのです。鷹が悪いことをすれば魔女は追い出されることを、賢い鷹は分かっていました。
鷹は旅に心を躍らせる魔女の腕の中でぱたりと倒れて動かなくなってしまいました。
魔女はやっと悲しくて泣きました。
どれだけ魔女が鷹に支えられてきたのか、魔女はわかっていませんでした。
魔女も、魔女がせき止められてきた雷雨に見舞われる村人たちも一緒なのだと魔女はまた泣きました。
鷹と一緒に外の世界へ行きたかっただけなのだと言い忘れていたことに、やっと魔女は気がついたのです。
鷹は昔魔女に助けられてからずっと魔女と一緒に生きています。時折隣の国の果実を魔女に持ってくることもありました。
魔女はずっと生きているので人間への恩を忘れません。けれど人間は違います。守られることが当たり前になってから生まれた子供たちは大人になり、魔女を助けた村人たちも代が変わり魔女を恐れるようになりました。
小さな事故が起きれば「魔女のせい」。誰かが怪我をすれば「魔女のせい」。そんなことを人々が言うたびに鷹は村人たちを噛もうとして、それを魔女は止めます。
仕方がないことだと魔女は思います。人間はそういうものです。時が経てば言葉は変わり、風が吹けば簡単に飛ばされる。そういう生き物なのだと魔女は鷹に言いました。
日に日に魔女への村人たちの視線は憎しみを帯びていきます。
そしてある日、村人たちは真っ赤な顔をして魔女を村から追い出しました。魔女は特段悲しくありませんでした。恩返しが終わり、やっと外の世界へ行けるからです。
魔女は共に旅へ出ようと鷹を呼びました。しかし鷹はどれだけ呼んでも飛んできません。代わりに地を這ってきたのはボロボロのただの鳥でした。美しい羽も澄んだ瞳ももうどこにもありません。魔女は鷹が今まで何をしていたのかようやく悟ります。
鷹は魔女を村から出すために、まるで魔女の手下のように人間たちに振る舞っていたのです。鷹が悪いことをすれば魔女は追い出されることを、賢い鷹は分かっていました。
鷹は旅に心を躍らせる魔女の腕の中でぱたりと倒れて動かなくなってしまいました。
魔女はやっと悲しくて泣きました。
どれだけ魔女が鷹に支えられてきたのか、魔女はわかっていませんでした。
魔女も、魔女がせき止められてきた雷雨に見舞われる村人たちも一緒なのだと魔女はまた泣きました。
鷹と一緒に外の世界へ行きたかっただけなのだと言い忘れていたことに、やっと魔女は気がついたのです。
タイトルを記入してください。
2023-05-18
新聞配達のバイクが、うちの前で止まった。カーテンの隙間から眩しい光が差し込んでいることを確認し、私は寝ることを決意した。最近は昼夜逆転の生活を送っている。学校には一年以上行っていない。五月になると、社会に適応できず鬱の症状を発する人が増えるらしい。いわゆる五月病というやつだ。それを言ったら、私は年中五月病ということになるのだろうか。そんなことを考えていると、いつの間にか夢の世界へ吸い込まれて行った。
私は気づくと暗闇の中にいた。恐る恐る前へ進むと、そこには見たこともない世界があった。それは妖怪の世界だった。家のベッドで寝ていたはずなのに、どうして私がここにいるのだろうか。いや、これはただ夢を見ているだけなのかもしれないと思い、自分の顔を叩いてみた。手の感触はなかった。
突然目の前に一匹の人型の狐の妖怪が現れた。狐は言葉を発することはなかった。狐は私をじっと見つめ、私の頭を撫でた。突然のことに驚き、立ちすくむことしかできなかった。
そこで目が覚めた。17時のチャイムが鳴っていた。やはり、これは夢だったのだ。変な夢を見たと思い、ベッドから起き上がろうとした時、自分の髪から何かが落ちるのが見えた。それは動物の毛だった。夢ではなく、私は本当に妖怪の世界へ行ってしまったのだとその時に気づいた。どうして私は妖怪の世界へ行ってしまったのだろうか。
その日の夜、気づいたら寝てしまい、朝の七時ちょうどに目が覚めた。いつも朝に寝て、夕方に起きる生活を繰り返していたから、久しぶりのまっとうな一日のスタートとなった。
長らく行っていない学校に、なんだか急に行ってみたくなった。せっかく朝起きられたことだしと思い、学校へ行く支度を始めた。なぜこんな気持ちになるのかは自分でも分からない。
私は気づくと暗闇の中にいた。恐る恐る前へ進むと、そこには見たこともない世界があった。それは妖怪の世界だった。家のベッドで寝ていたはずなのに、どうして私がここにいるのだろうか。いや、これはただ夢を見ているだけなのかもしれないと思い、自分の顔を叩いてみた。手の感触はなかった。
突然目の前に一匹の人型の狐の妖怪が現れた。狐は言葉を発することはなかった。狐は私をじっと見つめ、私の頭を撫でた。突然のことに驚き、立ちすくむことしかできなかった。
そこで目が覚めた。17時のチャイムが鳴っていた。やはり、これは夢だったのだ。変な夢を見たと思い、ベッドから起き上がろうとした時、自分の髪から何かが落ちるのが見えた。それは動物の毛だった。夢ではなく、私は本当に妖怪の世界へ行ってしまったのだとその時に気づいた。どうして私は妖怪の世界へ行ってしまったのだろうか。
その日の夜、気づいたら寝てしまい、朝の七時ちょうどに目が覚めた。いつも朝に寝て、夕方に起きる生活を繰り返していたから、久しぶりのまっとうな一日のスタートとなった。
長らく行っていない学校に、なんだか急に行ってみたくなった。せっかく朝起きられたことだしと思い、学校へ行く支度を始めた。なぜこんな気持ちになるのかは自分でも分からない。
五月の出会い
2023-05-18
始業式から1ヶ月が経って、新しいクラスにも慣れてきた頃、僕の席の隣に机が増えていた。
担任の先生が来るまでの間、クラスは転校生が来るのでは、とざわざわしていた。
案の定、朝の会が終わると転校生が教室に入って来た。田舎に住んでいる僕達とは違って、色白で、都会から来ましたという感じの男子だ。
(こんな中途半端な時期じゃなくて、新学期から転校して来た方がいいと思うのに)
朝の会で先生が一通り連絡事項を伝え終わると、転校生くんは自己紹介を始めた。
その内容はよく覚えている。
彼は自分の名前と、近くの都市部から来たことを話した後、「幽霊が見えます」と言ったのだ。
転校生くんが僕の隣の席に案内されると、クラスのみんなから「どんな風に見えるの?」とか「俺に霊ついてる?」と質問詰めされていた。都会から来たことなんて忘れてしまっている。
「君には幽霊はいないよ。でも──」
転校生くんはそう言うと、僕の方を見てこう答えた。
「君には三毛猫の霊がついてる」
急に話しかけられたのもあるが、彼は本当に霊が見えているのだ、と確信し驚いた。先月、僕が生まれる前から家で飼っていた三毛猫が亡くなったのだ。ずっと一緒に居たから僕はとても悲しかった。
(僕の猫のことが見えているなんて!)
それから僕は転校生くんにとても興味が湧いた。
「教科書を読んでると幽霊が邪魔して文字を隠すんだ」
「じゃあ代わりに僕が読んであげる」
転校生くんとはよく話すようになり、すぐに仲良くなった。もうそろそろ引越しの片付けが終わるそうで、来週の連休に学校の近くの川に遊びに行こうと約束した。
「どうしてこんな田舎に引っ越したの?」
「人が多い所には幽霊も多いから疲れたんだ」
田舎にも幽霊は沢山いるけど、優しいし見守ってくれてるよ、と川に入りながら彼は言う。
僕達が住んでいるこの村の人達は、ほとんどが顔見知りである。何かあったら協力してくれるし、みんな村のことが大好きだ。きっと見守ってくれているのは本当なんだろう。しかし、高齢化が進んでいるため、亡くなってしまう人もここ最近多いのだ。
「僕みたいに幽霊が見える人は、こういうのどかな所で過ごすのが1番良いんだ。まだ来たばっかりだけど、ここに来て良かったよ。君の猫に感謝しなきゃ」
僕の猫に? と疑問に思った。
「前の学校では幽霊が見えることを馬鹿にされていたんだ。だから友達もいなくて、よく家の近くにある公園で1人で遊んでいたんだけど、その時に猫の幽霊を見つけて」
「それが僕ん家の猫?」
「うん。転校してきた日…教室に入った時に気づいたよ」
どうしてそんなところに僕の猫が居たんだろう、と思っていると、彼は続けて話し出した。
「そしたらね、君の猫がここの村においで、友達になって欲しい子がいるんだ、って言いに来たんだよ。都市部に詳しい村の動物に聞きながらね。なんと僕は幽霊が見えるせいで孤立していると話題になっていたんだって」
こんな話信じられなかったけど、それよりもとても嬉しかった。僕も彼に会うまで、こんなに話せる友達がいなかったのだ。親友と言えるのは、飼っていた三毛猫くらいだった。
「ここの村は人だけじゃなくて動物も優しいんだね。でも、幽霊にまで僕に友達がいないって知られてたのは恥ずかしかったなぁ」
彼は困りながら笑った。
「それはお互いさまだよ。僕も、死んじゃった猫に友達がいないのを心配されているんだから」
ずっと一緒にいたんだね、と彼は僕の隣を見て言った。
彼の目線を追うように、僕も隣を見た。
彼とは親友になれそうだよ。ありがとう。
心配して見守ってくれてたんだね。
いや、君も僕がいないと寂しいだけだったのかな。
そう心の中で呟くと、隣から「ニャーン」と鳴く声が聞こえた気がした。
担任の先生が来るまでの間、クラスは転校生が来るのでは、とざわざわしていた。
案の定、朝の会が終わると転校生が教室に入って来た。田舎に住んでいる僕達とは違って、色白で、都会から来ましたという感じの男子だ。
(こんな中途半端な時期じゃなくて、新学期から転校して来た方がいいと思うのに)
朝の会で先生が一通り連絡事項を伝え終わると、転校生くんは自己紹介を始めた。
その内容はよく覚えている。
彼は自分の名前と、近くの都市部から来たことを話した後、「幽霊が見えます」と言ったのだ。
転校生くんが僕の隣の席に案内されると、クラスのみんなから「どんな風に見えるの?」とか「俺に霊ついてる?」と質問詰めされていた。都会から来たことなんて忘れてしまっている。
「君には幽霊はいないよ。でも──」
転校生くんはそう言うと、僕の方を見てこう答えた。
「君には三毛猫の霊がついてる」
急に話しかけられたのもあるが、彼は本当に霊が見えているのだ、と確信し驚いた。先月、僕が生まれる前から家で飼っていた三毛猫が亡くなったのだ。ずっと一緒に居たから僕はとても悲しかった。
(僕の猫のことが見えているなんて!)
それから僕は転校生くんにとても興味が湧いた。
「教科書を読んでると幽霊が邪魔して文字を隠すんだ」
「じゃあ代わりに僕が読んであげる」
転校生くんとはよく話すようになり、すぐに仲良くなった。もうそろそろ引越しの片付けが終わるそうで、来週の連休に学校の近くの川に遊びに行こうと約束した。
「どうしてこんな田舎に引っ越したの?」
「人が多い所には幽霊も多いから疲れたんだ」
田舎にも幽霊は沢山いるけど、優しいし見守ってくれてるよ、と川に入りながら彼は言う。
僕達が住んでいるこの村の人達は、ほとんどが顔見知りである。何かあったら協力してくれるし、みんな村のことが大好きだ。きっと見守ってくれているのは本当なんだろう。しかし、高齢化が進んでいるため、亡くなってしまう人もここ最近多いのだ。
「僕みたいに幽霊が見える人は、こういうのどかな所で過ごすのが1番良いんだ。まだ来たばっかりだけど、ここに来て良かったよ。君の猫に感謝しなきゃ」
僕の猫に? と疑問に思った。
「前の学校では幽霊が見えることを馬鹿にされていたんだ。だから友達もいなくて、よく家の近くにある公園で1人で遊んでいたんだけど、その時に猫の幽霊を見つけて」
「それが僕ん家の猫?」
「うん。転校してきた日…教室に入った時に気づいたよ」
どうしてそんなところに僕の猫が居たんだろう、と思っていると、彼は続けて話し出した。
「そしたらね、君の猫がここの村においで、友達になって欲しい子がいるんだ、って言いに来たんだよ。都市部に詳しい村の動物に聞きながらね。なんと僕は幽霊が見えるせいで孤立していると話題になっていたんだって」
こんな話信じられなかったけど、それよりもとても嬉しかった。僕も彼に会うまで、こんなに話せる友達がいなかったのだ。親友と言えるのは、飼っていた三毛猫くらいだった。
「ここの村は人だけじゃなくて動物も優しいんだね。でも、幽霊にまで僕に友達がいないって知られてたのは恥ずかしかったなぁ」
彼は困りながら笑った。
「それはお互いさまだよ。僕も、死んじゃった猫に友達がいないのを心配されているんだから」
ずっと一緒にいたんだね、と彼は僕の隣を見て言った。
彼の目線を追うように、僕も隣を見た。
彼とは親友になれそうだよ。ありがとう。
心配して見守ってくれてたんだね。
いや、君も僕がいないと寂しいだけだったのかな。
そう心の中で呟くと、隣から「ニャーン」と鳴く声が聞こえた気がした。
コロのお花見
2023-05-18
5月のある日、森の中に住むリスのコロは、お花見をしようと思いました。コロは、桜の木の下に敷物を広げて、お弁当を用意しました。コロは、「さあ、お花見の始まりだ!」と言って、桜の花を見上げました。桜の花は、ピンク色に輝いていて、とてもきれいでした。コロは、「おいしい!幸せだなあ」と言って、幸せそうに笑いました。
そんなコロの姿を見ていたのは、森の仲間たちでした。リスやウサギやキツネやクマなどが、コロの周りに集まってきました。「こんにちは、私たちも一緒にお花見してもいい?」と聞いたクマ。「もちろんだよ。みんなで楽しみましょう」と言ったコロ。
そうして、森の仲間たちはみんなでお花見をしました。コロはお弁当を分けてあげました。みんなはお弁当を食べながら、桜の花を眺めました。「本当にきれいだね」「ありがとう、コロ」「楽しいね」と言って、みんな笑顔でした。
森は、桜の花と笑顔で満ちていました。
そんなコロの姿を見ていたのは、森の仲間たちでした。リスやウサギやキツネやクマなどが、コロの周りに集まってきました。「こんにちは、私たちも一緒にお花見してもいい?」と聞いたクマ。「もちろんだよ。みんなで楽しみましょう」と言ったコロ。
そうして、森の仲間たちはみんなでお花見をしました。コロはお弁当を分けてあげました。みんなはお弁当を食べながら、桜の花を眺めました。「本当にきれいだね」「ありがとう、コロ」「楽しいね」と言って、みんな笑顔でした。
森は、桜の花と笑顔で満ちていました。
五月 童話 吸血鬼
2023-05-18
無数のカンテラの光が夜闇を照らす。街は眠ることをしない。
「パパ、これからどこに行くの?」
「これからパパはね、お母さんのところへ行くんだよ」
「僕も行きたい! ママにあいたい!」
「大人になったら、きっと会えるさ。だからそれまでは我慢だ」
年端のいかない少年は、唇を尖らせる。使用人に息子を頼むと、父親はカンテラを灯し街へ出かけて行った。
其の月は呪われていた。
今から三百年前、吸血鬼がいたとされる時代。
太陽の光が息をしなくなる夜にそれは現れ、妙齢の女性を攫っては生き血をすする。
五月は人間の血が一番吸い頃の時期らしい。
父親の家系にも、吸血の被害者はたくさんいる。なぜなら父親の家系は代々吸血鬼と戦い続けてきたのだから。
まあ、それも今や昔のこと。今となっては童話の域を越えない。
カンテラを照らして夜を歩く。その習わしがこの国では恒例になったものの、光の主は皆その顔に光を灯していない。
眠たそうに目をこすり、あくびをする。酒を片手に談笑する者までいた。
当たり前だ。今の時代に吸血鬼などいない。今の人たちにしてみれば国家命令の深夜徘徊だ。
もちろんそれに不満を持つ者もいる。強制的に夜の世界に駆り出され、眩いカンテラを持って長い道のりを歩く。
吸血鬼をそもそも信じていない人達は、この習わしのことをどう思っているのだろうか──
「なあ、お前はどう思っていたんだ?」
父親は独りごちる。その問いかけに応えてくれる人はいない。
今は亡き妻に思いを馳せる。思えば彼女も、この習わしをよく思っていなかった。当たり前だ。
彼女は父親の家系とは無縁の生まれ。吸血鬼と戦っていたと知った時の彼女の顔は、今でも忘れられない。
それでも自分に着いてきてくれた彼女のことを、父親は慕っていた。
もう二度と会えないとはいえ、父親は再婚などを考えたことは一度もない。
心から彼女を愛していた。
不格好な石畳を歩き続けると、薄暗い墓地に到着した。
片手に持った花束を一つの墓標に捧げる。
「あの世で見てくれているか? 息子はもう十歳になったぞ」
手向けた花の色は三色。妻が好きだった赤、父親が好きだった青。そして、息子が好きな黄色。
「あまり、手向ける花にしては瀟洒すぎたかな」
苦笑する。
父親はポケットからロザリオを取り出し、妻の墓標にかけた。
その瞬間、古傷が痛んだ。うなじに付けられた歯型を押さえ、その場から立ち去ろうとする。
「そろそろ行くよ。やっぱりこの場所に来ると、君にやられた傷が少々痛む」
五月は吸血鬼が跋扈する。妻も、五月になると目の色を変えていた。文字通り。
「お前を愛してる。また、会おう」
叶わない言葉を言う。父親はぽつりと呟いた。
「もしもまた会えるなら、次は吸血鬼ではなく、人間同士で」
「パパ、これからどこに行くの?」
「これからパパはね、お母さんのところへ行くんだよ」
「僕も行きたい! ママにあいたい!」
「大人になったら、きっと会えるさ。だからそれまでは我慢だ」
年端のいかない少年は、唇を尖らせる。使用人に息子を頼むと、父親はカンテラを灯し街へ出かけて行った。
其の月は呪われていた。
今から三百年前、吸血鬼がいたとされる時代。
太陽の光が息をしなくなる夜にそれは現れ、妙齢の女性を攫っては生き血をすする。
五月は人間の血が一番吸い頃の時期らしい。
父親の家系にも、吸血の被害者はたくさんいる。なぜなら父親の家系は代々吸血鬼と戦い続けてきたのだから。
まあ、それも今や昔のこと。今となっては童話の域を越えない。
カンテラを照らして夜を歩く。その習わしがこの国では恒例になったものの、光の主は皆その顔に光を灯していない。
眠たそうに目をこすり、あくびをする。酒を片手に談笑する者までいた。
当たり前だ。今の時代に吸血鬼などいない。今の人たちにしてみれば国家命令の深夜徘徊だ。
もちろんそれに不満を持つ者もいる。強制的に夜の世界に駆り出され、眩いカンテラを持って長い道のりを歩く。
吸血鬼をそもそも信じていない人達は、この習わしのことをどう思っているのだろうか──
「なあ、お前はどう思っていたんだ?」
父親は独りごちる。その問いかけに応えてくれる人はいない。
今は亡き妻に思いを馳せる。思えば彼女も、この習わしをよく思っていなかった。当たり前だ。
彼女は父親の家系とは無縁の生まれ。吸血鬼と戦っていたと知った時の彼女の顔は、今でも忘れられない。
それでも自分に着いてきてくれた彼女のことを、父親は慕っていた。
もう二度と会えないとはいえ、父親は再婚などを考えたことは一度もない。
心から彼女を愛していた。
不格好な石畳を歩き続けると、薄暗い墓地に到着した。
片手に持った花束を一つの墓標に捧げる。
「あの世で見てくれているか? 息子はもう十歳になったぞ」
手向けた花の色は三色。妻が好きだった赤、父親が好きだった青。そして、息子が好きな黄色。
「あまり、手向ける花にしては瀟洒すぎたかな」
苦笑する。
父親はポケットからロザリオを取り出し、妻の墓標にかけた。
その瞬間、古傷が痛んだ。うなじに付けられた歯型を押さえ、その場から立ち去ろうとする。
「そろそろ行くよ。やっぱりこの場所に来ると、君にやられた傷が少々痛む」
五月は吸血鬼が跋扈する。妻も、五月になると目の色を変えていた。文字通り。
「お前を愛してる。また、会おう」
叶わない言葉を言う。父親はぽつりと呟いた。
「もしもまた会えるなら、次は吸血鬼ではなく、人間同士で」
五月(童話)
2023-05-18
五月(童話)
アヤメの花に出会えない。
おばあちゃんに聞いた話。アヤメの花を見ると、会いたい人にもう一度会えるって。
「おばあちゃんが死んだらアヤメの花を探してね。そうしたらまたハナちゃんに会えるからね。」
私はおばあちゃんにもう一度会いたい。だからアヤメの花を探してる。
一年に一度、五月の間に咲く花。今年見つけられなかったら、また来年、来年ダメなら再来年。
アヤメだと思ったらそれは燕子花だったり、菖蒲の花だったりする。
こんなにそっくりな花が沢山あるなんて知らなかった。
バラの花や、パンジーや、たんぽぽだったらすぐに分かるのに。
おばあちゃんは意地悪だ。
そうしてやっとアヤメに会えたのは、家の庭でのことだった。
結婚して、明日家を離れようというその晩のこと。満月に照らされて見事にアヤメが咲いていた。燕子花でも菖蒲でも無くて、アヤメだった。すぐにわかった。だっておばあちゃんとここでこの花を見たことがあったから。小さな時。いまやっと思い出した。アヤメの花の根本に、竹札が刺さっていた。
「いずれ あやめか かきつばた」
そう文字が書いてあった。
「ハナも、おかあさん、おばあちゃんみたいに大きくなったらケッコンできるかなあ」
「できるわよ、ハナちゃんはとっても素敵な人と結婚するのよ」
「ハナはクラスのカオリちゃんみたいにかわいくないからきっとできないよ」
「いいえ、いずれあやめかかきつばた、このアヤメの花と比べられないくらいハナちゃんは美しい女性になるのよ、おばあちゃんねえ、ちゃんと見てるからね」
去年もその前も、ここには咲いてなかったのに。こんな竹札無かったはずなのに。おばあちゃん、ちゃんと見にきてくれたのね。
そのアヤメはとっても美しかった。私は自信をもってお嫁にいける。
その時、目の前にもうアヤメの花は無かった。かわりにアヤメ色の蝶々が月に向かって飛んでいった。
アヤメの花に出会えない。
おばあちゃんに聞いた話。アヤメの花を見ると、会いたい人にもう一度会えるって。
「おばあちゃんが死んだらアヤメの花を探してね。そうしたらまたハナちゃんに会えるからね。」
私はおばあちゃんにもう一度会いたい。だからアヤメの花を探してる。
一年に一度、五月の間に咲く花。今年見つけられなかったら、また来年、来年ダメなら再来年。
アヤメだと思ったらそれは燕子花だったり、菖蒲の花だったりする。
こんなにそっくりな花が沢山あるなんて知らなかった。
バラの花や、パンジーや、たんぽぽだったらすぐに分かるのに。
おばあちゃんは意地悪だ。
そうしてやっとアヤメに会えたのは、家の庭でのことだった。
結婚して、明日家を離れようというその晩のこと。満月に照らされて見事にアヤメが咲いていた。燕子花でも菖蒲でも無くて、アヤメだった。すぐにわかった。だっておばあちゃんとここでこの花を見たことがあったから。小さな時。いまやっと思い出した。アヤメの花の根本に、竹札が刺さっていた。
「いずれ あやめか かきつばた」
そう文字が書いてあった。
「ハナも、おかあさん、おばあちゃんみたいに大きくなったらケッコンできるかなあ」
「できるわよ、ハナちゃんはとっても素敵な人と結婚するのよ」
「ハナはクラスのカオリちゃんみたいにかわいくないからきっとできないよ」
「いいえ、いずれあやめかかきつばた、このアヤメの花と比べられないくらいハナちゃんは美しい女性になるのよ、おばあちゃんねえ、ちゃんと見てるからね」
去年もその前も、ここには咲いてなかったのに。こんな竹札無かったはずなのに。おばあちゃん、ちゃんと見にきてくれたのね。
そのアヤメはとっても美しかった。私は自信をもってお嫁にいける。
その時、目の前にもうアヤメの花は無かった。かわりにアヤメ色の蝶々が月に向かって飛んでいった。
5月(童話)
2023-05-18
「おかえり」大好きなママの声。
ママは「お母さん」って呼ぶと少しおへそを曲げるの。
大きなビル街に毎日通って夜も遅く帰って疲れ果てた私を温かいご飯を作って待っててくれる。
私はとてもこどもっぽい。
ある日、なにもかも上手くいかない嫌な日、そんな日があった。
いつも通り、ママはソファに座って私の帰りを待っていた。
ママは私に今日はどうだったのかなんて聞いてくる。沈んだ気持ちにズカズカ入ってくるママにイライラした。
ひどい事を言ってしまった。
カーネーションを片手に持って、お手紙を添えて。
枯れたカーネーションとお手紙は、もうママに届かない。
でも絶対捨てられない。
妹と私は、綺麗なカーネーションと綺麗なお手紙をママにあげた。
「ありがとうね、お母さん」
たぶん、ママはまたおへそを曲げて眉間にしわでも寄せてるのかな。
ママは「お母さん」って呼ぶと少しおへそを曲げるの。
大きなビル街に毎日通って夜も遅く帰って疲れ果てた私を温かいご飯を作って待っててくれる。
私はとてもこどもっぽい。
ある日、なにもかも上手くいかない嫌な日、そんな日があった。
いつも通り、ママはソファに座って私の帰りを待っていた。
ママは私に今日はどうだったのかなんて聞いてくる。沈んだ気持ちにズカズカ入ってくるママにイライラした。
ひどい事を言ってしまった。
カーネーションを片手に持って、お手紙を添えて。
枯れたカーネーションとお手紙は、もうママに届かない。
でも絶対捨てられない。
妹と私は、綺麗なカーネーションと綺麗なお手紙をママにあげた。
「ありがとうね、お母さん」
たぶん、ママはまたおへそを曲げて眉間にしわでも寄せてるのかな。
2023-05-18
昨日、交通事故があった。右折禁止を無視した車とスピード違反のバイクの事故。どちらが悪いのかという議論は無意味かもしれない。家族は祖父の葬儀の帰りで、両親と娘の3人だった。事故直後娘は生きていたが、やがて車から発火し、外に出られず一酸化炭素中毒で死んだ。両親とバイクの運転手は即死だった。
家族の周囲の人間は、祖父の死があったことから、彼が3人を連れていったのだと噂しているようだ。バイクの運転手は天涯孤独で、遺体の引き取り手もなかった。
歩道橋の上から事故現場を見下ろすと、ガードレールがひしゃげ、アスファルトが黒く焦げた部分があることが分かる。散らばったガラスの破片がキラキラしている。片田舎の深夜の事故で、目撃者はなかった。
家族の周囲の人間は、祖父の死があったことから、彼が3人を連れていったのだと噂しているようだ。バイクの運転手は天涯孤独で、遺体の引き取り手もなかった。
歩道橋の上から事故現場を見下ろすと、ガードレールがひしゃげ、アスファルトが黒く焦げた部分があることが分かる。散らばったガラスの破片がキラキラしている。片田舎の深夜の事故で、目撃者はなかった。
5月の童話
2023-05-18
昔々、神秘で暗い国があった。その名は「アイオニヤー」だった。この国では、五月の息吹が変わらされ、花は萎れ、鳥は声を失い、大自然は陰鬱で憂鬱に包まれていた。
アイオニヤーの奥深くには、忘れ去られた村があり、そこには孤独な少女、イェネファーという名前の女の子が住んでいた。彼女は黒い長い髪、深い黒い目、無口な表情を持っていた。人付き合いが苦手で、よく近所の人々にいじめられ、母親さえも彼女を臆病者だと嫌っていた。自分の部屋がない、母親は彼女に家の中で寝たり食事をしたりすることを許しなかった。毎日、家の外にある豚舎で過ごし、家畜たちと一緒に生活していた。イェネファーは五月の訪れに恐怖を感じ、毎回の五月がやってくると、自分の小さな豚小屋に隠れて、この暗い月をできるだけ避けようとした。
しかし、特別な五月の夜に、イェネファーは神秘的な声を聞いた。その声が彼女が五月のアイオニヤーを救う唯一の選択肢であり、彼女だけがこの呪いを解き、五月の美しさを取り戻すことができると言った。翌朝、黒いローブを着た謎の女性がイェネファーの家の前に現れ、彼女を5セントで買う提案をした。予想通り、イェネファーの母親は承諾した。
その神秘な女性は、イェネファーがこの国を救える唯一の子で、自身の使命は彼女がこの残酷な世界で生き抜く方法を教えることだと告げた。イェネファーには他の選択肢はなかった。指導のもと、1年が過ぎた。イェネファーは以前よりも勇敢になっていた。来年の五月がやってきた。そこで彼女はアイオニヤーを横断する旅に出た。暗い森を通り抜け、しぼんだ花や干上がった川を通り過ぎた。白いカラスに出会って。カラスは彼女に、「迷いの国」で呪いを解くキーを見つけることができると伝えた。そして、イェネファーは「迷いの国」に出発した。
イェネファーが迷いの国に到着すると、彼女は迷宮に迷い込んでしまった。迷宮には暗い廊下と恐ろしい罠が満ちていた。挑戦と恐怖に直面しながら、ついに古代の書物を見つけた。その本にはアイオニヤーの秘密が記されていた。この国は邪悪な魔女によって呪われていることを知った。善良な心臓を捧げることで、アイオニヤーの呪いを解くことができるんだった...
村に戻ったイェネファースは、自分の心臓を捧げることを決意した。 村の中央広場で、彼女は胸を鋭い短剣で切り裂き、心を取り出し、 血が地面に飛び散った。その瞬間、アイオニヤーの雰囲気が変わり始めた。暗闇が徐々に消え、朝の光が雲の隙間から差し込んで、花が再び咲き、鳥たちは歌っていた。恐怖や不安の雰囲気は完全に消え去り、イェネファーの心臓のように、この瞬間の美しさはまるで止まったかのようだった。。。
それ以降、人々は暗闇を恐れなくなる。イェネファーはこの国の守護者として、そして伝説として崇められる存在となる。毎年の五月には、人々は広場に集まり、彼女の犠牲を追悼するために、鮮花と讃美の歌を捧げて、彼女がこの国にもたらした新たな生命に感謝している。
(おしまい)
P.S:文法が少し間違っているかもしれないけど、皆さんが大体理解できるだろうか?私の構想を少し述べたいと思う。この童話には二つの解釈があるんだ。一つの解釈は、イェネファーが挑戦を達成し、アイオニヤーの5月を救い、英雄になったということだ。これは、暗闇の中でも希望を持つべきだというメッセージを伝えたいと思う。二番目の解釈は、私がより共感するもので、これは読んだ記事に基づいている。その記事では、5月が実際には精神疾患の発症が高い時期であると述べている。イェネファーは内向的な性格であるため、彼女は深刻なうつ病に苦しんでいた。周囲の人々の無関心のため、最終的に豚小屋で亡くなった。彼女があの夜に聞いた声は、実は自分自身の内面で他人の注目をもらうことを望んでいるという欲求だった。黒いローブを着た神秘的な女性のイメージは死神のようで、カラスは死を象徴している。イェネファーは自分の物語の中で英雄になり、これは彼女が最終的にこの生の苦しみを放下して、世を去ったことを象徴している。
アイオニヤーの奥深くには、忘れ去られた村があり、そこには孤独な少女、イェネファーという名前の女の子が住んでいた。彼女は黒い長い髪、深い黒い目、無口な表情を持っていた。人付き合いが苦手で、よく近所の人々にいじめられ、母親さえも彼女を臆病者だと嫌っていた。自分の部屋がない、母親は彼女に家の中で寝たり食事をしたりすることを許しなかった。毎日、家の外にある豚舎で過ごし、家畜たちと一緒に生活していた。イェネファーは五月の訪れに恐怖を感じ、毎回の五月がやってくると、自分の小さな豚小屋に隠れて、この暗い月をできるだけ避けようとした。
しかし、特別な五月の夜に、イェネファーは神秘的な声を聞いた。その声が彼女が五月のアイオニヤーを救う唯一の選択肢であり、彼女だけがこの呪いを解き、五月の美しさを取り戻すことができると言った。翌朝、黒いローブを着た謎の女性がイェネファーの家の前に現れ、彼女を5セントで買う提案をした。予想通り、イェネファーの母親は承諾した。
その神秘な女性は、イェネファーがこの国を救える唯一の子で、自身の使命は彼女がこの残酷な世界で生き抜く方法を教えることだと告げた。イェネファーには他の選択肢はなかった。指導のもと、1年が過ぎた。イェネファーは以前よりも勇敢になっていた。来年の五月がやってきた。そこで彼女はアイオニヤーを横断する旅に出た。暗い森を通り抜け、しぼんだ花や干上がった川を通り過ぎた。白いカラスに出会って。カラスは彼女に、「迷いの国」で呪いを解くキーを見つけることができると伝えた。そして、イェネファーは「迷いの国」に出発した。
イェネファーが迷いの国に到着すると、彼女は迷宮に迷い込んでしまった。迷宮には暗い廊下と恐ろしい罠が満ちていた。挑戦と恐怖に直面しながら、ついに古代の書物を見つけた。その本にはアイオニヤーの秘密が記されていた。この国は邪悪な魔女によって呪われていることを知った。善良な心臓を捧げることで、アイオニヤーの呪いを解くことができるんだった...
村に戻ったイェネファースは、自分の心臓を捧げることを決意した。 村の中央広場で、彼女は胸を鋭い短剣で切り裂き、心を取り出し、 血が地面に飛び散った。その瞬間、アイオニヤーの雰囲気が変わり始めた。暗闇が徐々に消え、朝の光が雲の隙間から差し込んで、花が再び咲き、鳥たちは歌っていた。恐怖や不安の雰囲気は完全に消え去り、イェネファーの心臓のように、この瞬間の美しさはまるで止まったかのようだった。。。
それ以降、人々は暗闇を恐れなくなる。イェネファーはこの国の守護者として、そして伝説として崇められる存在となる。毎年の五月には、人々は広場に集まり、彼女の犠牲を追悼するために、鮮花と讃美の歌を捧げて、彼女がこの国にもたらした新たな生命に感謝している。
(おしまい)
P.S:文法が少し間違っているかもしれないけど、皆さんが大体理解できるだろうか?私の構想を少し述べたいと思う。この童話には二つの解釈があるんだ。一つの解釈は、イェネファーが挑戦を達成し、アイオニヤーの5月を救い、英雄になったということだ。これは、暗闇の中でも希望を持つべきだというメッセージを伝えたいと思う。二番目の解釈は、私がより共感するもので、これは読んだ記事に基づいている。その記事では、5月が実際には精神疾患の発症が高い時期であると述べている。イェネファーは内向的な性格であるため、彼女は深刻なうつ病に苦しんでいた。周囲の人々の無関心のため、最終的に豚小屋で亡くなった。彼女があの夜に聞いた声は、実は自分自身の内面で他人の注目をもらうことを望んでいるという欲求だった。黒いローブを着た神秘的な女性のイメージは死神のようで、カラスは死を象徴している。イェネファーは自分の物語の中で英雄になり、これは彼女が最終的にこの生の苦しみを放下して、世を去ったことを象徴している。
5月の桜
2023-05-18
とある国に、一人のお姫様がいた。彼女に王子様なんて贅沢な人は存在せず、いつも部屋で一人本を読んでいた。彼女は生まれつき身体が弱く、寒い季節は部屋から出ることを許されていなかった。そんな彼女がやっと王様から外出の許可を貰ったのは、五月の半ばだった。今年の四月は例年よりも気温が低く、彼女が触れるには冷たすぎる空気が滞っていた。
彼女は今年になって初めて外の空気を吸った。庭の木々は青々と茂っていた。それはそれで気持ちのいい風景だが、彼女は花が咲いているところを見てみたいといつも思っていた。彼女が外出の許可を出されるのは、決まって花が散った後。彼女はまだ、その木にどんな花が咲くのかすら知らなかった。
木下のテーブルで本を読んでいると、彼女と同じくらいの年の少年が大きな木の後ろからひょっこり顔を出しているのに気がついた。見たことのない少年だった。不思議に思って近づいてみると、彼は何かを彼女の手に握らせた。見てみると、それは桜の花を押し花にした栞だった。
「来年こそは、見に来てくださいね」
そのとき彼女は、初めて木に咲く花の姿を見た。
彼女は今年になって初めて外の空気を吸った。庭の木々は青々と茂っていた。それはそれで気持ちのいい風景だが、彼女は花が咲いているところを見てみたいといつも思っていた。彼女が外出の許可を出されるのは、決まって花が散った後。彼女はまだ、その木にどんな花が咲くのかすら知らなかった。
木下のテーブルで本を読んでいると、彼女と同じくらいの年の少年が大きな木の後ろからひょっこり顔を出しているのに気がついた。見たことのない少年だった。不思議に思って近づいてみると、彼は何かを彼女の手に握らせた。見てみると、それは桜の花を押し花にした栞だった。
「来年こそは、見に来てくださいね」
そのとき彼女は、初めて木に咲く花の姿を見た。
ブラスバンド
2023-05-17
甲子園に行きたくないのなんて私だけなんだろうな。陽子は『アフリカンシンフォニー』の楽譜をめくりながら、教室の外を見ていた。トップチームの練習が終わり、ダウンに入る最中でそろそろ「最後のノック」が始まる。三年生のユニフォームをもらえなかった選手はそのノックを受け取ると、引退扱いになり応援は自由になる。私がそこまで野球部の事情を深く知ったのは昨日父親に兄が謝りに来たからだった
「三年間結果が出せず本当にすいません」
兄は表情も変えず、父によって三年間強制されてきた坊主頭を下げた。私はただならぬことになると、二階に逃げ込んだので、そのあとどうなったのか詳しいことは知らない。しかし「そんなことでお前は野球を諦めるのか!」と酒焼きの声で叫ぶ父が何かを投げたり、物をぶつける音が聞こえてきたのは覚えている。二階に上がってきた兄の顔は痣と傷だらけになっていた。
「三年間結果が出せず本当にすいません」
兄は表情も変えず、父によって三年間強制されてきた坊主頭を下げた。私はただならぬことになると、二階に逃げ込んだので、そのあとどうなったのか詳しいことは知らない。しかし「そんなことでお前は野球を諦めるのか!」と酒焼きの声で叫ぶ父が何かを投げたり、物をぶつける音が聞こえてきたのは覚えている。二階に上がってきた兄の顔は痣と傷だらけになっていた。
なくしもの
2023-05-17
ダンボールに荷物を詰めている。彼女が出ていったからだ。一人暮らし用のはずの1Kの部屋には女物の服や化粧品が散らばっていた。狭い廊下にそれらを押し込んだダンボールが積み上がっていく。
しかし、肝心なものが見つからない。彼女からのLINEには、指輪があったら送ってくれとだけあった。ダンボールの数が増えても、それだけが見つからない。彼女の痕跡は消えていく。最後まで彼女の願いを叶えられないのか。
しかし、肝心なものが見つからない。彼女からのLINEには、指輪があったら送ってくれとだけあった。ダンボールの数が増えても、それだけが見つからない。彼女の痕跡は消えていく。最後まで彼女の願いを叶えられないのか。
Temporary substitute
2023-05-16
名を呼べば、君は怯えたように縮こまる。小さく震える姿はあの子には程遠い。見た目はこんなに似ているのにね。
大丈夫、教えてあげる。ちゃんと一から丁寧に。
だから、君は今日から、あの子になるんだ。
大丈夫、教えてあげる。ちゃんと一から丁寧に。
だから、君は今日から、あの子になるんだ。
コインロッカー
2023-05-16
ごめんなさい、貴方と家族になることはできないの。
でも貴方だって望んで産まれたわけじゃないんだし、こっちの方が幸せでしょう?
さようなら。ここが新しいお家よ。
その中で、誰かに拾ってもらえることを祈ってて。
でも貴方だって望んで産まれたわけじゃないんだし、こっちの方が幸せでしょう?
さようなら。ここが新しいお家よ。
その中で、誰かに拾ってもらえることを祈ってて。
巡査Aの波乱
2023-05-16
へえ。あなたがこの100万円の落とし主だと、そう言いたいわけですか?でもね、あなた以外にもう3人も名乗り出てるんですよ。あなたが本物の落とし主だって証明する証拠ありますか?あ、身分証預かりますね。
遠路
2023-05-16
ようこそ。よくここまで辿り着いた。疲れているなら座りなよ。大丈夫、今だけは休んでいい。先は長いからね。
まだ自分の事は憶えているかい? 君は誰で、どこから来たのか。抱えているものを落とさないように、ね。
まだ自分の事は憶えているかい? 君は誰で、どこから来たのか。抱えているものを落とさないように、ね。
拾得物
2023-05-16
あなたは、カバンの中身を覗き込みながら、この文章を書いているわけです。覗き込む、というか、机の上にブルーシートを敷いて、白い手袋をはめて、この文章を書いている。手の感覚が鈍くてかなわない。
満ち潮
2023-05-16
栗色の瞳を持つ少女はその瞳に静かな怒りを携えて君を見つめている。少女の背を守るように入道雲がそびえ立つ。君の足元には死んだ蝉が転がっていた。君の背骨を冷たい汗が撫でたとき、少女の瞳が涙を零した。
モノクロハリケーン。
2023-05-16
お前はそこで朽ち果てたモノを見るだろう。そしてお前はきっとそれを見逃すことができない。だからお前はつけ込まれた。だからお前はいつも巻き込まれる。お前の目覚めは最悪だ。あの日からずっと。悪い噂はまた一つ。
強制的拾得
2023-05-16
おいあんた、よくも蹴飛ばしてくれたね。たまらないよ、拾いなさい。そう、そうよ、それでいい。話が分かるじゃないか。
それでどうすればいいのかって? その、あんたの鞄に入れるこったね。ま、悪いようにはしないさ。きっとね。
それでどうすればいいのかって? その、あんたの鞄に入れるこったね。ま、悪いようにはしないさ。きっとね。
地獄の沙汰も金次第
2023-05-16
「君、また性格が変わったね。」
ざわざわとうるさい教室で盗み聞きしていた。
クラスの物静かそうなあなたが、隣の席の子に話しかけている。
あなたは180度違う性格になった。
ざわざわとうるさい教室で盗み聞きしていた。
クラスの物静かそうなあなたが、隣の席の子に話しかけている。
あなたは180度違う性格になった。
落とし物
2023-05-16
お前って人を助けるのが好きだよな。
道教えるわ、物届けるわ、そういう善意で動けるのってマジでお前の長所だと思う。
でももし今「人生で一番の後悔は?」って聞いたら絶対、それを拾ったことだって答えるだろ?
道教えるわ、物届けるわ、そういう善意で動けるのってマジでお前の長所だと思う。
でももし今「人生で一番の後悔は?」って聞いたら絶対、それを拾ったことだって答えるだろ?
大きな桜の木の下で
2023-05-16
君が玄関を開けると花びらが飛び込んでくる。
ふと、おもむろにそのひとひらに手を伸ばし、掴んだんだ。
君は何を思ったのかな。
多分祈っていたんだろうね。
届くようにと。
折れないようにと。
負けないようにと。
舞い散るひとひらの花びらを確かに掴んだ。
満開の桜より君へ。目一杯の贈り物を。
ふと、おもむろにそのひとひらに手を伸ばし、掴んだんだ。
君は何を思ったのかな。
多分祈っていたんだろうね。
届くようにと。
折れないようにと。
負けないようにと。
舞い散るひとひらの花びらを確かに掴んだ。
満開の桜より君へ。目一杯の贈り物を。
鼠小僧
2023-05-16
お前は毎朝だらしのない姿を晒す。街中でも、不意に現れては楽しくなさそうな目をこちらに向けて、横目に消えていく。そんなんだから嫌われるんだよ。お前はみんなに嫌われていることをどう思っているんだ。何をすればお前は楽しそうな顔を見せてくれるのだろう。お前の顔にそんな機能はもう備わっていないのだろうか。
祝福
2023-05-16
あなたに届け物がある。この鍵が導く先にあるものはあなたと同じ血が流れる誰かの道程だ。罪を償ったあなたがこれから見るものは、誰かが見た景色であり誰かの幸不幸だ。生まれて初めてのプレゼントをどうか楽しんで。。
アオリ
2023-05-16
あなたが再び目を開けたとき、奇妙な浮遊感があった。そして自分が宙ぶらりんになっていることに気づくと、しばらくゆらゆら揺れた後に泣き始めた。ただひたすらに何が起こっているのかわからない、そんな様子だ。ひたすら泣いたのち俯いて、こちらに気づくと、泣き止み、顔がこわばっていった。
霊体推理
2023-05-15
麦茶に溺れて死ぬなんて、本当に情けない最後だった。
今、私の遺体を訝しそうに刑事達が見つめている。私は麦茶に満たされた風呂に頭から突っ込んで死んでいた。刑事は私の自宅に土足で入った形跡があるので他殺も視野に入れ始めた。今更泥酔して、路上に落ちていた靴を履いたまま帰宅したなんて口が裂けても言えない。
今、私の遺体を訝しそうに刑事達が見つめている。私は麦茶に満たされた風呂に頭から突っ込んで死んでいた。刑事は私の自宅に土足で入った形跡があるので他殺も視野に入れ始めた。今更泥酔して、路上に落ちていた靴を履いたまま帰宅したなんて口が裂けても言えない。
お茶のあと
2023-05-15
統合失調症の推理小説作家には変な音が聞こえる
そんな自分を安定されるために地下室から茶葉を持ってくる
それでも、一番大きい悲鳴はいつもお茶のあと
苦しんでる作家の前のテレビから流れる連続失踪ニュース
そんな自分を安定されるために地下室から茶葉を持ってくる
それでも、一番大きい悲鳴はいつもお茶のあと
苦しんでる作家の前のテレビから流れる連続失踪ニュース
お茶のあと 皇帝毒殺事件
2023-05-15
皇帝ギルガルド・エル・カレンドルが死んだ。
宮廷魔術師による検死から死因は毒殺である事が判明している。しかし、ギルガルド陛下は非常に用心深い事で有名であり、普段から毒殺を恐れるあまり、口にするものは全て自分の手で作っていたとされ、宮廷の料理人にも決して自身の食事は作らせなかったという。つまり、普段の食事に毒を混ぜる事は極めて困難である。唯一可能性があるとすれば、三日前に開かれた年に一度の皇帝主催のお茶会のみ。彼はそこで遅効性の毒を盛られたに違いない。
───さて、私が分かる大まかな事件の概要はこのくらいか。勘の良い君の事だ、ここまで話せば既に察しも付いているだろう。
帝国一の知恵者と謳われる君に依頼がしたい。皇帝を殺した犯人を見つけ出して欲しいのだ。
宮廷魔術師による検死から死因は毒殺である事が判明している。しかし、ギルガルド陛下は非常に用心深い事で有名であり、普段から毒殺を恐れるあまり、口にするものは全て自分の手で作っていたとされ、宮廷の料理人にも決して自身の食事は作らせなかったという。つまり、普段の食事に毒を混ぜる事は極めて困難である。唯一可能性があるとすれば、三日前に開かれた年に一度の皇帝主催のお茶会のみ。彼はそこで遅効性の毒を盛られたに違いない。
───さて、私が分かる大まかな事件の概要はこのくらいか。勘の良い君の事だ、ここまで話せば既に察しも付いているだろう。
帝国一の知恵者と謳われる君に依頼がしたい。皇帝を殺した犯人を見つけ出して欲しいのだ。
ティータイム
2023-05-15
十分ほどの通話から戻ってくると、テーブルの上が空になっていた。
私が二時間並んで買ってきた高級菓子は包み紙に変わり、さっきまで上品な紅茶が湯気を上らせていたティーカップはこびりついた茶葉だけが底に残っている。
私が席を離れる前までは笑い合っていた三人に何を聞いても上の空。笑いも無い
足元で動かない犬に私は悲鳴を上げた。
しかし、この場で私の驚愕は少数派だった。
私が二時間並んで買ってきた高級菓子は包み紙に変わり、さっきまで上品な紅茶が湯気を上らせていたティーカップはこびりついた茶葉だけが底に残っている。
私が席を離れる前までは笑い合っていた三人に何を聞いても上の空。笑いも無い
足元で動かない犬に私は悲鳴を上げた。
しかし、この場で私の驚愕は少数派だった。
毒林檎殺人事件
2023-05-15
そのアフタヌーンティーは、一風変わった様相を呈していた。
広大な部屋の真ん中に、広大な机がぽつねんと置いてある。そしてその中心に、現代芸術の彫刻かと見紛うような巨大な皿が一つ。剥かれた林檎の皮のように奇妙な螺旋状をしたその皿の天辺は丁度部屋の天井に届いており、その上に等間隔で並べられた料理の数々は、誰が見ても絶品だとわかる輝きを放っていた。
そして机の周りには、しっかりと目隠しを施された十二人の客人たちが色めき立ちながら腰掛けている。この摩訶不思議なアフタヌーンティーの開催を、今か今かと心待ちにしながら。
その様子を、館の主は上からにんまりと眺めていた。この中で誰が犠牲になるのかと野蛮な笑みを湛えたその顔は、自分にも魔の手が迫っていることに、露ほども気がついていない。
広大な部屋の真ん中に、広大な机がぽつねんと置いてある。そしてその中心に、現代芸術の彫刻かと見紛うような巨大な皿が一つ。剥かれた林檎の皮のように奇妙な螺旋状をしたその皿の天辺は丁度部屋の天井に届いており、その上に等間隔で並べられた料理の数々は、誰が見ても絶品だとわかる輝きを放っていた。
そして机の周りには、しっかりと目隠しを施された十二人の客人たちが色めき立ちながら腰掛けている。この摩訶不思議なアフタヌーンティーの開催を、今か今かと心待ちにしながら。
その様子を、館の主は上からにんまりと眺めていた。この中で誰が犠牲になるのかと野蛮な笑みを湛えたその顔は、自分にも魔の手が迫っていることに、露ほども気がついていない。
マッド・ピティ・ティーパーティー (mad・pity・tea party)
2023-05-15
奇妙なお茶会は続いていく。
館の主人が殺された。誰もそれに気づかない。あるいは誰もが知らないふりをしている。
だが殺したのは私じゃない。
一人だけ正気なこのお茶会で話を聞き出しながら真実を暴きだせ。
これがこのお茶会を終わらせる唯一の手段でもあるのだから。
館やお茶会の秘密、殺され方は毒でもナイフでもなんでも可。
なぜ自分だけが正気を保っているのか、ここにきた理由も自由。
いかれ帽子屋、三月ウサギ、ねむりネズミの会話のような、まるで話が通じない登場人物からなんとか情報を抽出する。
不思議の国のアリスのマッドティーパーティー場面を参考
館の主人が殺された。誰もそれに気づかない。あるいは誰もが知らないふりをしている。
だが殺したのは私じゃない。
一人だけ正気なこのお茶会で話を聞き出しながら真実を暴きだせ。
これがこのお茶会を終わらせる唯一の手段でもあるのだから。
館やお茶会の秘密、殺され方は毒でもナイフでもなんでも可。
なぜ自分だけが正気を保っているのか、ここにきた理由も自由。
いかれ帽子屋、三月ウサギ、ねむりネズミの会話のような、まるで話が通じない登場人物からなんとか情報を抽出する。
不思議の国のアリスのマッドティーパーティー場面を参考
あお
2023-05-15
友人とピクニックに行った。手作りのサンドイッチと、近くの洋菓子屋で買ったケーキを食べながら、昨日のうちに準備しておいた冷え冷えのバタフライピーを飲んだ。青色のレモンティーは少し苦味のある大人っぽい味だった。
直後、頭痛やめまいによって意識が朦朧とした。ぐちゃぐちゃになった視界に苦しむ友人が映った気がした。
直後、頭痛やめまいによって意識が朦朧とした。ぐちゃぐちゃになった視界に苦しむ友人が映った気がした。
宵越しのお茶
2023-05-15
相次いで起こる一家惨殺事件。狙われる家庭に共通点は無く、事件現場も関東から九州まで広範囲に及ぶ。警察は全て同一の人物による犯行として捜査を進めていた。なぜなら犯行現場には必ず、使用された形跡のある茶葉と湯呑み。それから、犯人の直筆で『オチャノコサイサイ』と書かれたメッセージカードが落とされているからだった。
瞳窓
2023-04-25
私は瞳の中に、住んでいる。本当は目の一部分にある球体のお部屋の中に住んでいるのだけれど、外の人が見るのはほとんど瞳だから、こう言った方がわかりやすい。
各辺6センチメートル
2023-03-31
ある日の帰途、電車を降りたところで、あなたは不意に何かを蹴飛ばした。
他に誰がいるわけでもない、辺鄙な駅のプラットホーム。かがみ込んで拾った黒い立方体を、あなたは何の気もなしに鞄へ放り込んだ。
他に誰がいるわけでもない、辺鄙な駅のプラットホーム。かがみ込んで拾った黒い立方体を、あなたは何の気もなしに鞄へ放り込んだ。
痛知処 第9話
2023-01-15
「まぁ、慣れだよねぇ…痛みへの」
数ヵ月後、先輩は自分の部屋で鍋をつつきながら、そんなことをつぶやいていた。
あの後救急車やら警察やら色々あったが、まぁ、至って健康に過ごすことができている。
「慣れ、ですか」
「うん、私達はそれが速くて上手かったから、ビジネスもやっていけてたし、あの時も助かった」
そう言いながら、先輩は自分が入れた肉だけを的確に掻っ攫っていく。必然的に自分は野菜だけを食べているが、まぁ、今夜は良しとする。
「まぁ、確かに。そこに関しては親に感謝ですかね」
「たはは。まさかあんのクソ親に感謝する日が来ようとはねぇ〜…墓参りくらい行っとくかぁ?」
あの後知ったことだが、我々にはクソ親持ちという共通点があったらしい。
暴力がこの平和な世界で多くの一般人にとって非日常であるなら、我々にとっては日常であった。
そう考えると、例の発言を思い出した。
「あべこべ、かぁ」
「ん?ぁーに?」
「先輩、肉を咥えながら話さないでください」
「茹で上がるの遅すぎて我慢できんのよ、時間の有効活用」
「熱いお湯で火傷しようものなら、近隣からクレーム入るから仕方ないでしょ」
そんなこんなで鍋を食い終えた先輩は、水が低い所へ流れるのよりも当然の如く、自分のベッドを占領し、ある話題を切り出した。
「あ、そういや社名変えるんだよね」
「あの中二びょ……じゃなくて、お洒落な名前をですか?」
まさか、スマホを投げてくるとは思わなかった。
顔面で受け止めて、悶える。
無論、先輩も。
隣人から壁ドンもされた。
情報量の濁流を一通り対応して、スマホにふと目を落とす。
そこにはメモ機能の無愛想な画面に一文。
「痛知処」と、書かれていた。
「そ、痛みを知る場所。だから痛知処(つうちしょ)」
気付かぬうちに呟いていたらしく、先輩が甲斐甲斐しく注釈を入れてくる。
「地獄みたいな名前ですね、二つの意味で」
「うっさい。でも実際、今のご時世地獄みたいなもんでしょ」
「確かに」
隣人の痛みを嫌でも知らされるところ、それが今の我々の世界だ。
「でも、いいところですよ」
「まぁ、ね」
ふと先輩と自分の視線が同じところを向く。
リビングの隅、申し訳程度の仏壇には、ヤツの写真が微笑んでいた。
「最期の最期で、ようやく痛みを知る連中を見れる世界ですから」
自分はお供物の饅頭を先輩とパクつく。
餡子特有の優しい甘味が口を覆い尽くす。
痛みではない、自らの中で完結するだけの遠慮のいらない感覚に、今夜は少し甘えることにしよう。
明日も、仕事だ。
了
数ヵ月後、先輩は自分の部屋で鍋をつつきながら、そんなことをつぶやいていた。
あの後救急車やら警察やら色々あったが、まぁ、至って健康に過ごすことができている。
「慣れ、ですか」
「うん、私達はそれが速くて上手かったから、ビジネスもやっていけてたし、あの時も助かった」
そう言いながら、先輩は自分が入れた肉だけを的確に掻っ攫っていく。必然的に自分は野菜だけを食べているが、まぁ、今夜は良しとする。
「まぁ、確かに。そこに関しては親に感謝ですかね」
「たはは。まさかあんのクソ親に感謝する日が来ようとはねぇ〜…墓参りくらい行っとくかぁ?」
あの後知ったことだが、我々にはクソ親持ちという共通点があったらしい。
暴力がこの平和な世界で多くの一般人にとって非日常であるなら、我々にとっては日常であった。
そう考えると、例の発言を思い出した。
「あべこべ、かぁ」
「ん?ぁーに?」
「先輩、肉を咥えながら話さないでください」
「茹で上がるの遅すぎて我慢できんのよ、時間の有効活用」
「熱いお湯で火傷しようものなら、近隣からクレーム入るから仕方ないでしょ」
そんなこんなで鍋を食い終えた先輩は、水が低い所へ流れるのよりも当然の如く、自分のベッドを占領し、ある話題を切り出した。
「あ、そういや社名変えるんだよね」
「あの中二びょ……じゃなくて、お洒落な名前をですか?」
まさか、スマホを投げてくるとは思わなかった。
顔面で受け止めて、悶える。
無論、先輩も。
隣人から壁ドンもされた。
情報量の濁流を一通り対応して、スマホにふと目を落とす。
そこにはメモ機能の無愛想な画面に一文。
「痛知処」と、書かれていた。
「そ、痛みを知る場所。だから痛知処(つうちしょ)」
気付かぬうちに呟いていたらしく、先輩が甲斐甲斐しく注釈を入れてくる。
「地獄みたいな名前ですね、二つの意味で」
「うっさい。でも実際、今のご時世地獄みたいなもんでしょ」
「確かに」
隣人の痛みを嫌でも知らされるところ、それが今の我々の世界だ。
「でも、いいところですよ」
「まぁ、ね」
ふと先輩と自分の視線が同じところを向く。
リビングの隅、申し訳程度の仏壇には、ヤツの写真が微笑んでいた。
「最期の最期で、ようやく痛みを知る連中を見れる世界ですから」
自分はお供物の饅頭を先輩とパクつく。
餡子特有の優しい甘味が口を覆い尽くす。
痛みではない、自らの中で完結するだけの遠慮のいらない感覚に、今夜は少し甘えることにしよう。
明日も、仕事だ。
了
痛知処 第七話
2022-12-31
大晦日でも、俺たちの仕事は変わらない。
「ありがとうございます!いつも助かってます!」
「はぁ…あ…」
今日は某格闘技のプロ選手と練習試合。
このご時世、格闘技の練習にも一苦労である。
「ついにコーチが根を上げちまって…」
「そりゃ君みたいなののパンチ喰らえばそうなるよねぇ…」
ははは、と乾いた笑いを浮かべた彼は全く痛みを感じていないかの様な、むしろすっきりとした顔でスポーツドリンクを飲み干した。
「自分らは仕事なんで痛みには慣れっこなんですけど、近隣の皆様はそうもいかないんで…」
「…」
スポーツジムや道場の閉館が相次いでいる、みたいなニュースもどこかで耳にした。
あのウィルスは着実に人々から娯楽も奪い去ろうとしていた。
「そういや、ストレス溜まった連中が格闘技始めたりで色々危なっかしい連中増えてるんで、皆さんも気を付けて」
そう言い残すと、会社が持っている空き地から彼は去っていった。
「え、何、今の。襲われるってことですか…?」
目を白黒させていると、先輩は他人事みたいに半笑いで
「物騒な世の中だねぇ…それに」
なんて呟いた後、少し間を空けて
「襲ったら自分らも痛いはずなのにねぇ…」
噛み締めるように、囁いた。
「ありがとうございます!いつも助かってます!」
「はぁ…あ…」
今日は某格闘技のプロ選手と練習試合。
このご時世、格闘技の練習にも一苦労である。
「ついにコーチが根を上げちまって…」
「そりゃ君みたいなののパンチ喰らえばそうなるよねぇ…」
ははは、と乾いた笑いを浮かべた彼は全く痛みを感じていないかの様な、むしろすっきりとした顔でスポーツドリンクを飲み干した。
「自分らは仕事なんで痛みには慣れっこなんですけど、近隣の皆様はそうもいかないんで…」
「…」
スポーツジムや道場の閉館が相次いでいる、みたいなニュースもどこかで耳にした。
あのウィルスは着実に人々から娯楽も奪い去ろうとしていた。
「そういや、ストレス溜まった連中が格闘技始めたりで色々危なっかしい連中増えてるんで、皆さんも気を付けて」
そう言い残すと、会社が持っている空き地から彼は去っていった。
「え、何、今の。襲われるってことですか…?」
目を白黒させていると、先輩は他人事みたいに半笑いで
「物騒な世の中だねぇ…それに」
なんて呟いた後、少し間を空けて
「襲ったら自分らも痛いはずなのにねぇ…」
噛み締めるように、囁いた。
武装人間その5
2022-12-02
彼は頬を紅潮させながらも、理子のことを真っ直ぐに見つめて、返事を待っている。だが理子の考えはまとまらない。彼の誠意に応えるためにも、返事を先送りはしたくはなかった。
視線をそらして、耳たぶを触る。先日、初めてつけたピアスの硬く冷たい感触が、指の腹に伝わった。時間はゆっくりと流れ、グラウンドの方から聞こえる運動部の掛け声がやけにうるさい。
「へ、返事はまた今度で──」
「待って! わ、私は……」
胸に手を当てて、2回深く深呼吸する。
「私も悠斗のことが……好きです」
理子がつけていた一粒ピアスが仄かに光った。
視線をそらして、耳たぶを触る。先日、初めてつけたピアスの硬く冷たい感触が、指の腹に伝わった。時間はゆっくりと流れ、グラウンドの方から聞こえる運動部の掛け声がやけにうるさい。
「へ、返事はまた今度で──」
「待って! わ、私は……」
胸に手を当てて、2回深く深呼吸する。
「私も悠斗のことが……好きです」
理子がつけていた一粒ピアスが仄かに光った。
醜い白鳥の子
2022-12-01
外の空気を吸ってこよう。
私が思いきりドアを開けたとたん、ギャァァという悲鳴が上がった。何かが起きた?誰かがやられた?
そこまで考えて思い至った。自分が今、徹夜明けだということに。
化粧をしないで人里におりてくるな、と言われるくらい私の素顔は不細工だ。ひどい言われようだが、これを朝っぱらから見せられてしまった家族も相当不愉快になったはずだ。
それにしても奇怪な世の中だな。私は|厚化粧《フルメイク・アップ≫で戸を開けながら考える。誰か私の素顔ごと、私を愛してくれるような王子様はいないのだろうか。お金や|化粧≪武装≫の関係ない、明るい世界で……。
気分転換をすませた私は、一握ほどの視線を感じながら、仕事に備え自室に向かった。
私が思いきりドアを開けたとたん、ギャァァという悲鳴が上がった。何かが起きた?誰かがやられた?
そこまで考えて思い至った。自分が今、徹夜明けだということに。
化粧をしないで人里におりてくるな、と言われるくらい私の素顔は不細工だ。ひどい言われようだが、これを朝っぱらから見せられてしまった家族も相当不愉快になったはずだ。
それにしても奇怪な世の中だな。私は|厚化粧《フルメイク・アップ≫で戸を開けながら考える。誰か私の素顔ごと、私を愛してくれるような王子様はいないのだろうか。お金や|化粧≪武装≫の関係ない、明るい世界で……。
気分転換をすませた私は、一握ほどの視線を感じながら、仕事に備え自室に向かった。
締め切り
2022-12-01
ロウソク7本とパソコンの明かりのみの薄暗い部屋で作業をしていると息が詰まって死にそうになる。そんな心境だと面白い話など作れるのだろうか。それでも私は一刻も早く一つの傑作を作り上げなければならなかった。
そうだ、気分転換に外の空気を吸ってこよう、私は思いきりドアを開けた途端、ギャアアという悲鳴があがった。どうやらまた誰かが間に合わなかったようだ。私も彼のようになりたくはない、絶対に間に合わせる。残り期限は一週間、絶対に間に合わせないと。
……とは言っても、面白い話が出てこない、パソコンの前で腕を組んで考えていても何も思いつかない。そう悩んでいるうちにロウソクの火が1本、1本……と消えていき、残り1本になっていた。仕方ない、とりあえず話を書こう、それがもしかしたら面白いと評価されるかもしれない。私はすぐさまパソコンに向かって文字を打ち込んだ。
残り1本のロウソクの火も短くなり私は必死にパソコンに文字を打ち込んだ。起承転結の承まで書き上げた頃にコン……コン……と足音が聞こえてきた。ロウソクを見ると、元のさ長さの8分の1にまで短くなっていた。私は必死になって話を作る。パソコンに打ち込む。足音がどんどん近づく。早く、早く終われ……ああ火が消える、火が消えてしまう、早く終わってくれ……コン……コン……コン……
ロウソクの火が消える。足音が止まる。
「待ってくれ!あとちょっとで終わりそうなんだ!頼む!」
扉が開く。あとちょっとで終わるはずだったのに……
そうだ、気分転換に外の空気を吸ってこよう、私は思いきりドアを開けた途端、ギャアアという悲鳴があがった。どうやらまた誰かが間に合わなかったようだ。私も彼のようになりたくはない、絶対に間に合わせる。残り期限は一週間、絶対に間に合わせないと。
……とは言っても、面白い話が出てこない、パソコンの前で腕を組んで考えていても何も思いつかない。そう悩んでいるうちにロウソクの火が1本、1本……と消えていき、残り1本になっていた。仕方ない、とりあえず話を書こう、それがもしかしたら面白いと評価されるかもしれない。私はすぐさまパソコンに向かって文字を打ち込んだ。
残り1本のロウソクの火も短くなり私は必死にパソコンに文字を打ち込んだ。起承転結の承まで書き上げた頃にコン……コン……と足音が聞こえてきた。ロウソクを見ると、元のさ長さの8分の1にまで短くなっていた。私は必死になって話を作る。パソコンに打ち込む。足音がどんどん近づく。早く、早く終われ……ああ火が消える、火が消えてしまう、早く終わってくれ……コン……コン……コン……
ロウソクの火が消える。足音が止まる。
「待ってくれ!あとちょっとで終わりそうなんだ!頼む!」
扉が開く。あとちょっとで終わるはずだったのに……
我楽多の森。
2022-11-24
僕はカスターのことが好きだ。もちろん大好きなガラクタや、ガラクタだらけのこの森のことも大好きだ。けど、カスターへの好きは、それとは違う。カスターはここの何とも全然違う。この森には僕のような考えて、動いて、話せるものが存在しない。僕が作った「喋郎くん」だって、音が出るだけのガラクタにすぎない。カスターは僕にとって掛け替えのない、大切な存在だ。
「カスター。今日はたくさんのガラクタが拾えたぞ。これを見てくれ!これはガラスに写った物を、閉じ込める……?ものだ!こっちは……耳当て?わかった!頭部の防具だ!」
僕は毎日森を見回って、めぼしいものを拾ってくる。けどそうしたものは大概壊れているから、僕はそれらに修繕を加えて、新しい命を吹き込んでやる。僕はそうやって生きているし、これからもそうやって生きていく。この森にだんだん僕の作ったガラクタが増えていく。
「ポルックス、いい加減何でも拾ってくるのやめない?それこの前も拾ってたよね。もう森がガラクタで溢れかえってるよ」
カスターは僕のこの収集癖のことをあまり快く思っていないようだ。その証拠に、毎日のように僕のコレクションにけちをつけてくる。
「いいかい、兄弟。僕は君のごみ拾いを大分大目に見てきたよね?いい加減、このガラクタを片付けて」
「カスター。ここにはガラクタ以外のものがないし、ガラクタをいじるしかやることがない。仕方ないじゃないか」
僕がそういうと、カスターは困ったように頭に手をやった。
「ポルックス。僕もあんまり言いたくないけどね、このままだと君のことが心配だから言ってるんだよ。僕以外に君を注意するやつがいるの?」
「カスター……?何を言って……」
「ポルックス、聞いて。僕は今日外の世界に行くことに決めたよ」
カスターは真剣そうな顔で僕を見つめてきた。
「そんな……冗談だよね?外の世界なんて、何があるかわからないし……」
「君もわかっているはずだよ、ポルックス。この森にはガラクタ以外何もない。ポルックス、ここには何もないんだよ。僕ら以外に動くものもない、ひどく静かで無愛想なところなんだ」
そこでカスターは一息おくと、遠くの方を見た。
「それじゃあ、もう行くね。君もいずれここを離れるんだよ」
「ま、まって!こ、これからはちゃんと、片付け、するから!」
「いつか君も外に来たら、一緒に飯でも食べよう」
「い、いままで僕が独り占めしてたガラクタも、ぜ、ぜんぶあげるから!」
カスターは一度頭を降ると、最後に僕方を見た。
「そういうことじゃないんだよ、ポルックス。僕はあの世界が好きなんだ。あの緑溢れる外の世界に、惚れ込んじゃって仕方ないのさ。何かあるんじゃないか、僕は変われるんじゃないかって。誰にとってだって好きなものはそれぞれさ。君だってそうだろ?」
それからカスターはそっぽを向くと、
「じゃあねポルックス。いつからか知らないけど、君といた時間は楽しかったよ」
それきり振り替えることはなかった。
「待ってよ!カスター!君がいなくなったら、僕は、また一人になっちゃう……ここには、ガラクタしか、ないんだよ……」
僕はポルックスが好きだ。もちろん片付けが下手だったり、すぐにごみばかり拾ってくるムカつくやつだ。けど、それとこれとは、話が違う。気づいたときからずっととなりにいた。この森には僕らのように考えて、動いて、話せるものが存在しない。だからきっと君は僕を求めるだろう。
でもそれだと君ここに居続けてしまう。このガラクタだらけの世界で。それはひどく簡単で安心のできる世界だろう。でも、そこにはそれしかない。たまには外にも目を向けなくちゃ。
大丈夫。君がそこから出てこられたら、必ず君のもとへ戻って来るからさ。
「カスター。今日はたくさんのガラクタが拾えたぞ。これを見てくれ!これはガラスに写った物を、閉じ込める……?ものだ!こっちは……耳当て?わかった!頭部の防具だ!」
僕は毎日森を見回って、めぼしいものを拾ってくる。けどそうしたものは大概壊れているから、僕はそれらに修繕を加えて、新しい命を吹き込んでやる。僕はそうやって生きているし、これからもそうやって生きていく。この森にだんだん僕の作ったガラクタが増えていく。
「ポルックス、いい加減何でも拾ってくるのやめない?それこの前も拾ってたよね。もう森がガラクタで溢れかえってるよ」
カスターは僕のこの収集癖のことをあまり快く思っていないようだ。その証拠に、毎日のように僕のコレクションにけちをつけてくる。
「いいかい、兄弟。僕は君のごみ拾いを大分大目に見てきたよね?いい加減、このガラクタを片付けて」
「カスター。ここにはガラクタ以外のものがないし、ガラクタをいじるしかやることがない。仕方ないじゃないか」
僕がそういうと、カスターは困ったように頭に手をやった。
「ポルックス。僕もあんまり言いたくないけどね、このままだと君のことが心配だから言ってるんだよ。僕以外に君を注意するやつがいるの?」
「カスター……?何を言って……」
「ポルックス、聞いて。僕は今日外の世界に行くことに決めたよ」
カスターは真剣そうな顔で僕を見つめてきた。
「そんな……冗談だよね?外の世界なんて、何があるかわからないし……」
「君もわかっているはずだよ、ポルックス。この森にはガラクタ以外何もない。ポルックス、ここには何もないんだよ。僕ら以外に動くものもない、ひどく静かで無愛想なところなんだ」
そこでカスターは一息おくと、遠くの方を見た。
「それじゃあ、もう行くね。君もいずれここを離れるんだよ」
「ま、まって!こ、これからはちゃんと、片付け、するから!」
「いつか君も外に来たら、一緒に飯でも食べよう」
「い、いままで僕が独り占めしてたガラクタも、ぜ、ぜんぶあげるから!」
カスターは一度頭を降ると、最後に僕方を見た。
「そういうことじゃないんだよ、ポルックス。僕はあの世界が好きなんだ。あの緑溢れる外の世界に、惚れ込んじゃって仕方ないのさ。何かあるんじゃないか、僕は変われるんじゃないかって。誰にとってだって好きなものはそれぞれさ。君だってそうだろ?」
それからカスターはそっぽを向くと、
「じゃあねポルックス。いつからか知らないけど、君といた時間は楽しかったよ」
それきり振り替えることはなかった。
「待ってよ!カスター!君がいなくなったら、僕は、また一人になっちゃう……ここには、ガラクタしか、ないんだよ……」
僕はポルックスが好きだ。もちろん片付けが下手だったり、すぐにごみばかり拾ってくるムカつくやつだ。けど、それとこれとは、話が違う。気づいたときからずっととなりにいた。この森には僕らのように考えて、動いて、話せるものが存在しない。だからきっと君は僕を求めるだろう。
でもそれだと君ここに居続けてしまう。このガラクタだらけの世界で。それはひどく簡単で安心のできる世界だろう。でも、そこにはそれしかない。たまには外にも目を向けなくちゃ。
大丈夫。君がそこから出てこられたら、必ず君のもとへ戻って来るからさ。
新・人生論
2022-11-23
彼の一日は大体は一杯のドリンクから始まる。ドリンクが何かは決めていない。その日の気分によってミルクたっぷりのコーヒーや何もいれない紅茶、とてつもなく苦いスムージーの時もある。朝食もそうだ。トースト一枚の時もあれば新鮮な野菜をたっぷり使ったサラダの時もあるし、はたまた好物のみのフルコースを食べるときだってある。それは傍目から見れば節操がないと思われるだろうがしかしその「節操のなさ」こそが彼にとっては必要なことなのだ。大切なのは一貫しないことだ、と彼は常々思っている。一貫する、というのは一見素晴らしいことのように聞こえるが実際それは一つの自殺であるというも感じることはできない。彼の考えも感じることはできない。彼の考えでは人生に必要なのは「楽しみ」であり彼にとってのそれは「未知」であった。
彼は自分自身のことすら十分に理解しているとは言い難いが、それは不安や恐怖をもたらすものではなくそれをいつか理解することすらも彼にとっては人生の一つの「楽しみ」となっていた。一年、一か月、短い時はたった一週間で彼は趣味を変えている。料理にはまったこともあったし、写真に凝ったこともあった。だが、それらを極めない内に趣味を変えてしまうのだ。仕事もそうだ。彼は不定期に仕事を変え、住む場所を変える。それは都合上仕方のないことでもあったが、渋々というよりは喜んでその変化を受け入れていた。すべての「変化」は一貫することを嫌う彼にとっては好ましいものであり、それが例え自分に不都合をもたらしたとしてもその不都合すらも彼にとっては楽しむべきものであり、実際楽しいものであった。
そんな彼にとって今日という日は特別な日であった。というのも彼にとって忌むべきことと喜ばしいことが両方起こる日だからである。今朝の彼は13日ぶりの何も飲まない朝の始まりを迎え、朝食は軽くオートミールで済ませた。今日までの〆切だった三流のゴシップ記事を散歩がてらポストに放り込み駅へ向かった。駅に着いた彼は駅のトイレの個室に入ると鍵をかけずに閉め、扉が開いたときにちょうど彼の姿が隠れるようにそうして外から自分の足が見えないよう器用に位置を調節し夏休みを待つ小学生のような心待ちで来訪者を待った。
個室に入ってきたのはしわ一つない制服を着た女子高校生だった。彼女は個室に入り、そうして彼の存在に気付く前に飲み込まれてその生涯を閉じた。彼は彼女をすっかり飲み込んでしまうと個室に鍵をかけた。彼のこれは定期的に起こる発作のようなものであり、彼は”定期的”という部分でこれを忌むべき発作と思ってはいたものの、「変化」を与えてくれるものとして感謝してもいた。彼はもはや彼でなく彼女に変わりつつあった。そうして今や女子高校生となった彼女は新たな「変化」を楽しむために軽い足取りで個室から足を踏み出した。
彼は自分自身のことすら十分に理解しているとは言い難いが、それは不安や恐怖をもたらすものではなくそれをいつか理解することすらも彼にとっては人生の一つの「楽しみ」となっていた。一年、一か月、短い時はたった一週間で彼は趣味を変えている。料理にはまったこともあったし、写真に凝ったこともあった。だが、それらを極めない内に趣味を変えてしまうのだ。仕事もそうだ。彼は不定期に仕事を変え、住む場所を変える。それは都合上仕方のないことでもあったが、渋々というよりは喜んでその変化を受け入れていた。すべての「変化」は一貫することを嫌う彼にとっては好ましいものであり、それが例え自分に不都合をもたらしたとしてもその不都合すらも彼にとっては楽しむべきものであり、実際楽しいものであった。
そんな彼にとって今日という日は特別な日であった。というのも彼にとって忌むべきことと喜ばしいことが両方起こる日だからである。今朝の彼は13日ぶりの何も飲まない朝の始まりを迎え、朝食は軽くオートミールで済ませた。今日までの〆切だった三流のゴシップ記事を散歩がてらポストに放り込み駅へ向かった。駅に着いた彼は駅のトイレの個室に入ると鍵をかけずに閉め、扉が開いたときにちょうど彼の姿が隠れるようにそうして外から自分の足が見えないよう器用に位置を調節し夏休みを待つ小学生のような心待ちで来訪者を待った。
個室に入ってきたのはしわ一つない制服を着た女子高校生だった。彼女は個室に入り、そうして彼の存在に気付く前に飲み込まれてその生涯を閉じた。彼は彼女をすっかり飲み込んでしまうと個室に鍵をかけた。彼のこれは定期的に起こる発作のようなものであり、彼は”定期的”という部分でこれを忌むべき発作と思ってはいたものの、「変化」を与えてくれるものとして感謝してもいた。彼はもはや彼でなく彼女に変わりつつあった。そうして今や女子高校生となった彼女は新たな「変化」を楽しむために軽い足取りで個室から足を踏み出した。
守りたいもの
2022-11-19
四時間目の終わりを告げるチャイムが鳴ると、教室内の喧騒は一気に息を吹き返した。
昼食の確保のため購買に駆け出していく生徒。仲間を集い、グラウンドへ向かう生徒。持ってきた弁当を手に持ち、「今日も一緒に食べよ」と友達に声をかける生徒。
皆が皆、別々に昼休みという休息の時間を楽しもうとしている。そんな中、俺は弁当を手に持ち、教室を出た。
歩くこと五分。教室のある本棟と垂直に隣接した別棟。その三階にある図書室の扉を開け、俺は中に入った。
「いらっしゃい」
「こんにちは」
挨拶してくれたのは、学校司書の岩淵さん。
「今日も誰も来てない、ですね」
「そうね」
「先輩はいますか?」
「いるわよ」
そう言って岩淵さんは、迷子のおばあちゃんに道を教えるように、図書準備室と繋がる扉を指を差した。
「誰か人が来たら、呼んでください」
「先生が来ても?」
「生徒のみでお願いします」
「都合がいいわね」
ふふっと微笑む岩淵さんにちょこんと頭を下げてから、俺は受付を横切って奥に進んだ。図書室準備室に繋がる扉の取っ手を握り、グイっと回す。
「こんにちは」
中は今日も電気一つ付いていなかった。その理由は、おそらく。
「……んぁ?」
眠たげな声が耳に届く。予想は合っていたようだ。俺はもはや昼寝のために置かれているとしか思えないソファに近付き、先輩の顔を覗く。
「おはようございます、の方が良かったですか?」
「……なんだ、後輩か。今日はどうした?」
目が合うと、むくっと先輩は体を起こした。
「図書委員の仕事です」
「あぁ、本の貸出しと返却だっけか。でもそれなら受付にいないとダメだろ」
「まだ誰も来てないんで」
俺は机を挟んだソファの反対にある椅子に移動し、腰を下ろす。
「そんなに私のことが好きか?」
「普通です」
「だろうな。好きな女が寝ていたら、普通襲ってるもんな」
「それ稀です」
普通として考えないでほしい。
「そうか。で、何の用なんだ?」
「ご飯を食べに来ただけですよ」
すでに包みを外し終え、机の上には弁当が広がっている。
「わざわざこんな埃っぽいところで飯を食わなくてもいいだろう」
「落ち着くんですよね、ここ」
「ふぅーん、その心は?」
「なんか、気を遣わなくていいというか」
「それ、人見知りなだけだろ」
「かもしれないですね」
自分でも呆れた口調で答えながら、俺はプチトマトを口に運んだ。
人に溢れているの教室。本に溢れている図書準備室。
空が見えない教室。カーテンが閉め切られている図書準備室。
同じようで、確かに違うのだ。
壁も隔たりもない教室とは違い、ここは心に残るわずかな透明な隙間を、何者からも侵入させまいと守ってくれる。
そんな気がするから、俺はここに来るのだ。
昼食の確保のため購買に駆け出していく生徒。仲間を集い、グラウンドへ向かう生徒。持ってきた弁当を手に持ち、「今日も一緒に食べよ」と友達に声をかける生徒。
皆が皆、別々に昼休みという休息の時間を楽しもうとしている。そんな中、俺は弁当を手に持ち、教室を出た。
歩くこと五分。教室のある本棟と垂直に隣接した別棟。その三階にある図書室の扉を開け、俺は中に入った。
「いらっしゃい」
「こんにちは」
挨拶してくれたのは、学校司書の岩淵さん。
「今日も誰も来てない、ですね」
「そうね」
「先輩はいますか?」
「いるわよ」
そう言って岩淵さんは、迷子のおばあちゃんに道を教えるように、図書準備室と繋がる扉を指を差した。
「誰か人が来たら、呼んでください」
「先生が来ても?」
「生徒のみでお願いします」
「都合がいいわね」
ふふっと微笑む岩淵さんにちょこんと頭を下げてから、俺は受付を横切って奥に進んだ。図書室準備室に繋がる扉の取っ手を握り、グイっと回す。
「こんにちは」
中は今日も電気一つ付いていなかった。その理由は、おそらく。
「……んぁ?」
眠たげな声が耳に届く。予想は合っていたようだ。俺はもはや昼寝のために置かれているとしか思えないソファに近付き、先輩の顔を覗く。
「おはようございます、の方が良かったですか?」
「……なんだ、後輩か。今日はどうした?」
目が合うと、むくっと先輩は体を起こした。
「図書委員の仕事です」
「あぁ、本の貸出しと返却だっけか。でもそれなら受付にいないとダメだろ」
「まだ誰も来てないんで」
俺は机を挟んだソファの反対にある椅子に移動し、腰を下ろす。
「そんなに私のことが好きか?」
「普通です」
「だろうな。好きな女が寝ていたら、普通襲ってるもんな」
「それ稀です」
普通として考えないでほしい。
「そうか。で、何の用なんだ?」
「ご飯を食べに来ただけですよ」
すでに包みを外し終え、机の上には弁当が広がっている。
「わざわざこんな埃っぽいところで飯を食わなくてもいいだろう」
「落ち着くんですよね、ここ」
「ふぅーん、その心は?」
「なんか、気を遣わなくていいというか」
「それ、人見知りなだけだろ」
「かもしれないですね」
自分でも呆れた口調で答えながら、俺はプチトマトを口に運んだ。
人に溢れているの教室。本に溢れている図書準備室。
空が見えない教室。カーテンが閉め切られている図書準備室。
同じようで、確かに違うのだ。
壁も隔たりもない教室とは違い、ここは心に残るわずかな透明な隙間を、何者からも侵入させまいと守ってくれる。
そんな気がするから、俺はここに来るのだ。
真っ赤な体
2022-11-17
今、私は森の中で深呼吸をしている。ふと思った。僕は辛い人生を送ってきた。歩く時も走る時も喋る時も食べる時も一日の全てがそのことで支配されまくり、生きているのがしんどかった。
小学校一年生の時だった。ふくらはぎにプツっと赤いものができていた。少し痒かったので、手でガリガリ掻いた。それから一ヶ月もしないうちにその赤いものはどんどん肥大化、体の周りにどんどん転移していった。
「めっちゃ痒い!」
痒みが治るまでガリガリボリボリガリガリボリボリ掻き続けた。掻いたところから血が出てきたと同時に痛みが出始めてきた。でも痒い。生きている実感が湧かなくなってきてヤバくなりそうだったため病院へと向かった。
「アトピー性皮膚炎です」
「…???」
「お薬を処方しておきますので朝と夜に飲んでください。塗り薬はお風呂上がったらすぐに塗ってください。そしたら、ガーゼを傷部に貼ってください」
でもその効果は一切現れず、アトピーはどんどん私の体を侵食してきた。
音楽会がある二日前には顔にまでアトピーはやってきて私を苦しめた。歌えないし、喋れない。それよりも友達にこんな姿見せたくない。私は私を追いつめた。でも、私の友達はそんな心配をしなくてよかったと思うぐらい優しく寄り添ってくれた。
病院を変えた。同じく飲み薬と塗り薬をもらった。今度は痒みが治った。だんだん、アトピーも治っていった。油断した。また、アトピーがやってきた。顔は治ったものの足と腕がものすごくひどくなり、お風呂に入るのがしんどくなった。ガーゼも皮膚に張り付いてしまい、湯船の中でゆっくり剥がした。この世で一番痛いのではないかと思うほど痛かった。
病院へといった。今までアトピーと言われていたのに湿疹と呼ばれるようになった。なぜかは今でもわからない。薬をもらうとまた湿疹は治っていった。そんなしんどい生活を送ること三年。ほとんど治りかけていた足に事故が起きた。雨の中走っていた横断歩道を渡っていた私は滑って転び車に轢かれそうになった。足の肉が見えるほどえぐられた。治りかけた時にその部分がかゆくなり湿疹へと変化していった。階段を登る時も痛い。服にまで染みわたる膿と血。周りの先生に指摘されても何も言えなかった。
アトピーが発生してから十年。痒みはあるもののほとんど悪化せずに、何も考えることなくお風呂に入ったり、ご飯も食べられたり、あの時に比べたら楽しい生活を送っている。
小学校一年生の時だった。ふくらはぎにプツっと赤いものができていた。少し痒かったので、手でガリガリ掻いた。それから一ヶ月もしないうちにその赤いものはどんどん肥大化、体の周りにどんどん転移していった。
「めっちゃ痒い!」
痒みが治るまでガリガリボリボリガリガリボリボリ掻き続けた。掻いたところから血が出てきたと同時に痛みが出始めてきた。でも痒い。生きている実感が湧かなくなってきてヤバくなりそうだったため病院へと向かった。
「アトピー性皮膚炎です」
「…???」
「お薬を処方しておきますので朝と夜に飲んでください。塗り薬はお風呂上がったらすぐに塗ってください。そしたら、ガーゼを傷部に貼ってください」
でもその効果は一切現れず、アトピーはどんどん私の体を侵食してきた。
音楽会がある二日前には顔にまでアトピーはやってきて私を苦しめた。歌えないし、喋れない。それよりも友達にこんな姿見せたくない。私は私を追いつめた。でも、私の友達はそんな心配をしなくてよかったと思うぐらい優しく寄り添ってくれた。
病院を変えた。同じく飲み薬と塗り薬をもらった。今度は痒みが治った。だんだん、アトピーも治っていった。油断した。また、アトピーがやってきた。顔は治ったものの足と腕がものすごくひどくなり、お風呂に入るのがしんどくなった。ガーゼも皮膚に張り付いてしまい、湯船の中でゆっくり剥がした。この世で一番痛いのではないかと思うほど痛かった。
病院へといった。今までアトピーと言われていたのに湿疹と呼ばれるようになった。なぜかは今でもわからない。薬をもらうとまた湿疹は治っていった。そんなしんどい生活を送ること三年。ほとんど治りかけていた足に事故が起きた。雨の中走っていた横断歩道を渡っていた私は滑って転び車に轢かれそうになった。足の肉が見えるほどえぐられた。治りかけた時にその部分がかゆくなり湿疹へと変化していった。階段を登る時も痛い。服にまで染みわたる膿と血。周りの先生に指摘されても何も言えなかった。
アトピーが発生してから十年。痒みはあるもののほとんど悪化せずに、何も考えることなくお風呂に入ったり、ご飯も食べられたり、あの時に比べたら楽しい生活を送っている。
写真
2022-11-17
誰も予想が出来なかったが、姉が死んだ。
経済樹木しかない山の奥、紐に釣られた死体、探しあった時、私の記憶より何倍と膨らんだ。顔はもう朦朧になり、ウジ虫はどこにでもいるが、化粧したように見える。怪しいが、人の好奇心を引き出せない。なぜなら、そこにいる人々の心の中で、姉はそういう人物だ。
ただ、彼女が一番好きな服を着ている。何年ぶりに彼女が着てる姿が見えなかった白いドワンピース、どこにつられて人油が垂れているのがほんとに奇妙なことだった。
葬式の時、親も奇妙な表情をして、まるで異世界の演劇のようなものをしている。
父がタバコを吸っていた。絶えずに吸い続けた。栄養不足な赤土と同じ色、怒りと飲酒がありすぎて、黒くなった顔が縮んでいた。香を燃やすとき、歴史教科書からみた口にパイプをくわえた清朝人の写真のように、彼の目からリラックスみたいな感じがでる。
母も同じだった。灰色に近い黄色の顔をしている田舎婆が怒っているふりをして、何に怒っているのが完全にわからない。赤い布に飾られた円卓が七、八個に置き、米から作った鯉がマイクロウェーブから持ち出された。
どこでもひまわりの種、その食べ残しの皮が見える。
隅に座っている人は、多分祖母だった。老人はもはや空っぽになった。寄生蜂に吸い尽くされた芋虫のようだ。昔なら、ぬかずくをしないといけないが、多分急に故郷へ帰ったせいで、持ってきた服はスーツしかない。そのせいか、それに気がついた人もいない。
そうだ。スーツだった。スーツのおかげで人の群れの真ん中にいる私が光っている。まるで宇宙から飛び降りた神のようだ。私と話しあう人がいない。周りの人間が羨ましい目線で私に注目していた。視線の交差点にいる私が、何とか浮いていると錯覚する。
父と目を合わせる勇気がなかった。幼いころから、父が海のような穏やかになった後、必ず津波がくるものだと知っている。自分の席を探した。紙皿と箸の向こうに座った。となりの養殖場からやってきたハエ、肉料理の上にドッグファイトをやっている。
爆竹が鳴り響いた。私は何も食べたくない。何も食べられないうちに、魚が白い泥になった。
葬式には爆竹がある。これは一体何の意味か。誰にもわからないようになった。
となりの村に住み、頭が良くない人が笑って、扉を越えた。
食事が終わった人混みで、手を叩き、歌を始めた。
思い出した。姉がその服を二度と着ない理由は何か。
どうでもいい話になったが、傷はただの傷だ。
あの人が棺桶に入り、何かの上に乗った。
この世には気にすべきものはないと思う。全てがゴミクズでしかないのだ。
経済樹木しかない山の奥、紐に釣られた死体、探しあった時、私の記憶より何倍と膨らんだ。顔はもう朦朧になり、ウジ虫はどこにでもいるが、化粧したように見える。怪しいが、人の好奇心を引き出せない。なぜなら、そこにいる人々の心の中で、姉はそういう人物だ。
ただ、彼女が一番好きな服を着ている。何年ぶりに彼女が着てる姿が見えなかった白いドワンピース、どこにつられて人油が垂れているのがほんとに奇妙なことだった。
葬式の時、親も奇妙な表情をして、まるで異世界の演劇のようなものをしている。
父がタバコを吸っていた。絶えずに吸い続けた。栄養不足な赤土と同じ色、怒りと飲酒がありすぎて、黒くなった顔が縮んでいた。香を燃やすとき、歴史教科書からみた口にパイプをくわえた清朝人の写真のように、彼の目からリラックスみたいな感じがでる。
母も同じだった。灰色に近い黄色の顔をしている田舎婆が怒っているふりをして、何に怒っているのが完全にわからない。赤い布に飾られた円卓が七、八個に置き、米から作った鯉がマイクロウェーブから持ち出された。
どこでもひまわりの種、その食べ残しの皮が見える。
隅に座っている人は、多分祖母だった。老人はもはや空っぽになった。寄生蜂に吸い尽くされた芋虫のようだ。昔なら、ぬかずくをしないといけないが、多分急に故郷へ帰ったせいで、持ってきた服はスーツしかない。そのせいか、それに気がついた人もいない。
そうだ。スーツだった。スーツのおかげで人の群れの真ん中にいる私が光っている。まるで宇宙から飛び降りた神のようだ。私と話しあう人がいない。周りの人間が羨ましい目線で私に注目していた。視線の交差点にいる私が、何とか浮いていると錯覚する。
父と目を合わせる勇気がなかった。幼いころから、父が海のような穏やかになった後、必ず津波がくるものだと知っている。自分の席を探した。紙皿と箸の向こうに座った。となりの養殖場からやってきたハエ、肉料理の上にドッグファイトをやっている。
爆竹が鳴り響いた。私は何も食べたくない。何も食べられないうちに、魚が白い泥になった。
葬式には爆竹がある。これは一体何の意味か。誰にもわからないようになった。
となりの村に住み、頭が良くない人が笑って、扉を越えた。
食事が終わった人混みで、手を叩き、歌を始めた。
思い出した。姉がその服を二度と着ない理由は何か。
どうでもいい話になったが、傷はただの傷だ。
あの人が棺桶に入り、何かの上に乗った。
この世には気にすべきものはないと思う。全てがゴミクズでしかないのだ。
蛍光ピンクの
2022-11-16
ラジオから聞こえる平たい音を優しく消す。ガチャガチャみたいに汚いラジオが嫌い。君の好きなものが全部嫌い。
「やっぱりハンバーガーだよねえ」
2週間くらいしかアメリカに行っていない友達が母国の味、と笑いながら言う。服装も、アメリカに影響されたのか、Tシャツとジーパンだけになっていた。女ならいつだって視線を気にしないと、なんて言ってとにかく濃くしていたメイクも薄くなっている。
「楽しかったみたいでなにより」
嫌味をグッと抑えながら言う。
「アメリカでできた彼氏が、今度は日本に来るって、みみちゃん彼氏はできた?」
「りか、呼び方そろそろ変えてよ……」
幼稚園からの呼び方は好きじゃない。
「私たちもう高校生なんだからさ」
「そんなことよりさ、みみちゃん、高校生になったんなら、彼氏じゃない?」
汚く塗られた蛍光ピンクの爪をいじりながらりかがいう。
「私はいらないの」「強がりじゃん」「いいから、期末の試験勉強してた方がまだ有意義」「えー、とかいって、みみちゃん可愛いからすぐできちゃうじゃん」「嫌だよ、気持ち悪いし」「ふーん」
少し強く言いすぎたのか、つまらなそうに頬をふくらませて単語帳をぱらぱらとする。りかは昔からずっと、彼氏の話をする。幼稚園の時からずっとだ。
「るうちゃんに彼氏できたから、りか、あんまり、家にいちゃ良くないって」「ふーん」
初めて彼氏という単語が出てきた日のことを私はよく覚えている。るうちゃんというのは、りかの母の事で、りか曰く、お母さんと呼ぶのを嫌がるらしい。そのるうちゃんがその日、はじめてりかを時間通りに迎えに来なかった。心細そうなりかの目を見て初めて私は、自分の意志を持ったんだと思う。自我の芽生えって一体いつか聞かれたら私はまっさきにこの日を答える。
「りか、大きくなったらアメリカに行くんだ」
嬉しそうに単語帳をめくって言う。
アメリカに行ってからりかは私を見なくなった。
りかの好きなものが全部嫌い。るうちゃんも、蛍光ピンクのマニキュアも、彼氏も、アメリカも。
「やっぱりハンバーガーだよねえ」
2週間くらいしかアメリカに行っていない友達が母国の味、と笑いながら言う。服装も、アメリカに影響されたのか、Tシャツとジーパンだけになっていた。女ならいつだって視線を気にしないと、なんて言ってとにかく濃くしていたメイクも薄くなっている。
「楽しかったみたいでなにより」
嫌味をグッと抑えながら言う。
「アメリカでできた彼氏が、今度は日本に来るって、みみちゃん彼氏はできた?」
「りか、呼び方そろそろ変えてよ……」
幼稚園からの呼び方は好きじゃない。
「私たちもう高校生なんだからさ」
「そんなことよりさ、みみちゃん、高校生になったんなら、彼氏じゃない?」
汚く塗られた蛍光ピンクの爪をいじりながらりかがいう。
「私はいらないの」「強がりじゃん」「いいから、期末の試験勉強してた方がまだ有意義」「えー、とかいって、みみちゃん可愛いからすぐできちゃうじゃん」「嫌だよ、気持ち悪いし」「ふーん」
少し強く言いすぎたのか、つまらなそうに頬をふくらませて単語帳をぱらぱらとする。りかは昔からずっと、彼氏の話をする。幼稚園の時からずっとだ。
「るうちゃんに彼氏できたから、りか、あんまり、家にいちゃ良くないって」「ふーん」
初めて彼氏という単語が出てきた日のことを私はよく覚えている。るうちゃんというのは、りかの母の事で、りか曰く、お母さんと呼ぶのを嫌がるらしい。そのるうちゃんがその日、はじめてりかを時間通りに迎えに来なかった。心細そうなりかの目を見て初めて私は、自分の意志を持ったんだと思う。自我の芽生えって一体いつか聞かれたら私はまっさきにこの日を答える。
「りか、大きくなったらアメリカに行くんだ」
嬉しそうに単語帳をめくって言う。
アメリカに行ってからりかは私を見なくなった。
りかの好きなものが全部嫌い。るうちゃんも、蛍光ピンクのマニキュアも、彼氏も、アメリカも。
わたしのトリシュナー
2022-11-15
欲しいものなんでも手に入れたい。いくらお金があっても足りない。この前ヘッドフォンが壊れちゃったから、新しいものを買いたいし、最新型のカメラも欲しいし、大好きなマクドナルドで限界までお腹を満たしたい。コンビニに行って、値段なんか気にせずスナックをカゴに放り込みたい。いっぱい食べたいけど、太りたくもない。エステに行きたい。小顔矯正したい。鼻もちょっと高くしたいし、髪質改善もやりたい。全身プラダで着飾りたい。
私がスマホをスクロールしながらそんなことをぶつぶつ呟いていると、先輩は鼻で笑って一蹴した。
「おまえって、本当に俗の極みみたいな奴だよな? この世に存在しうるくだらない欲望をすべてかき集めました、みたいな。もっとなんか、高尚なこと言えないわけ」
先輩はイケメンだし背も高くてスタイルもよくて、いつもスマートなのに、変なことばかり言ってるからもったいない。出会った時からそうだ。デジタル・デトックスだとか言ってSNSの類いは全然やらないし、ミニマリズムだとか言って服も全然持ってないし。なんでも着こなせそうなのにもったいない。意識高い系っていうのかな。鼻につく。かっこいいけれど。先輩も、私が欲しいもののうちの一つだった。私は欲しいものは何でも手に入れたい。人間はきっと欲望を満たすために生きている、いや、生きるために欲望を満たしている。その繰り返しだ。死ぬまで。
「欲しかったものが手に入ったら、また別のものが欲しくなって、人間の欲望っていうのは本当に際限がないな?」
先輩は新緑のあざやかな遊歩道を歩きながらうつむきがちに言った。
「たぶんおまえはきっと、人が欲しいと言ったものを欲しがっているだけに過ぎないんだ」
「べつにいいじゃん、それでも。生きていれば欲しいものなんて変わっていくものだし。こんな日くらいあれこれ言うのはやめにしたら」
「おまえは一生そうやって生きていくのか?」
私は黙っていた。太ったおばさんに連れられたチワワがか細く吠えて、それっきりだった。快晴の空に翳りがみえて、ゆっくりと太陽を覆っていった。
「永遠がないのなら手にしても無駄だろう」
先輩はそう言っていた。今も過去もいずれかすんで消えていく。先輩と別れたあと、前にインスタグラムで見つけて、行きたいと思っていたパティスリーの前を通りかかった。ウインドウの中のイチゴのショートケーキはあの時のままきらきらしてるけど、食べ飽きてしまえばどうでもよくなっちゃうのかな、なんて、私にしてはめずらしく、そういうことを考えた。
私がスマホをスクロールしながらそんなことをぶつぶつ呟いていると、先輩は鼻で笑って一蹴した。
「おまえって、本当に俗の極みみたいな奴だよな? この世に存在しうるくだらない欲望をすべてかき集めました、みたいな。もっとなんか、高尚なこと言えないわけ」
先輩はイケメンだし背も高くてスタイルもよくて、いつもスマートなのに、変なことばかり言ってるからもったいない。出会った時からそうだ。デジタル・デトックスだとか言ってSNSの類いは全然やらないし、ミニマリズムだとか言って服も全然持ってないし。なんでも着こなせそうなのにもったいない。意識高い系っていうのかな。鼻につく。かっこいいけれど。先輩も、私が欲しいもののうちの一つだった。私は欲しいものは何でも手に入れたい。人間はきっと欲望を満たすために生きている、いや、生きるために欲望を満たしている。その繰り返しだ。死ぬまで。
「欲しかったものが手に入ったら、また別のものが欲しくなって、人間の欲望っていうのは本当に際限がないな?」
先輩は新緑のあざやかな遊歩道を歩きながらうつむきがちに言った。
「たぶんおまえはきっと、人が欲しいと言ったものを欲しがっているだけに過ぎないんだ」
「べつにいいじゃん、それでも。生きていれば欲しいものなんて変わっていくものだし。こんな日くらいあれこれ言うのはやめにしたら」
「おまえは一生そうやって生きていくのか?」
私は黙っていた。太ったおばさんに連れられたチワワがか細く吠えて、それっきりだった。快晴の空に翳りがみえて、ゆっくりと太陽を覆っていった。
「永遠がないのなら手にしても無駄だろう」
先輩はそう言っていた。今も過去もいずれかすんで消えていく。先輩と別れたあと、前にインスタグラムで見つけて、行きたいと思っていたパティスリーの前を通りかかった。ウインドウの中のイチゴのショートケーキはあの時のままきらきらしてるけど、食べ飽きてしまえばどうでもよくなっちゃうのかな、なんて、私にしてはめずらしく、そういうことを考えた。
モザイク□ール
2022-11-14
世界がぼやけて見える。そう思えたのはいつからだろうか。今日も僕はぼやけた部屋の中、輪郭のあやふやなベットの上で眠っていた。
ドアの向こうからコンコンコンとノックする音が聞こえる。
「早く出てこい」
その声を僕は無視した。すると、ドンドンドンとノックする力が強くなり、「出てこい、出てこい」と圧力をかけてきた。俺は布団を深く被り再び眠ろうとしたが、ノックをする音がうるさく、眠れなかった。
「なぜ出ないんだ」
ため息混じりに聞こえた声には呆れている感情が読み取れた。僕はそのと問いに答えられなかった。
「ご飯そろそろできるぞ」
その言葉にもう圧力は無かった。そして、その声が聞こえてくることは無かった。
僕は再び眠ろうとしたが、すっかり目が覚めてしまっていた。なんとなくあたりを見渡す。壁、ドア、棚、机、ぼやけているが、なんとなくの位置は分かる。ただそこに何があったか、どんな物を置いていたかは朧げだった。
ガサゴソと物音がする。棚の中に入っていたおもちゃ達が動き出していた。しかしそのおもちゃの輪郭ははっきりとせず、ぼやけていた。
「久しぶりだね」
犬の人形のような存在が話しかけてくる。
「みんなはこれからの将来の道を決めたのに、まだ決めてないの? 」
僕は
「どうしてみんなはそんな簡単に決めることができるの?僕は自分がどういうことをすればいいかわからない」
と問う。
「それはそうしないとみんなに迷惑がかかるから」
と犬は答えた。僕が「なんで」と聞くと、足に鈍い痛みが走る。はっきりと小型のサメが噛み付いていたのが見えた。僕はそれをつかみ引き抜こうとしていると
「この世界があやふやだからだよ、あやふやで自分のことすらわからない、でも近づけば何かわかる、実際にその痛みも体験することに理解できたよね、何かしないと分からないままなんだ、君は考えすぎて何もできていない」
僕がサメを引き抜いて壁に投げつけると、サメの輪郭はやあやふやになった。
ラジオが鳴り出した。
「新世界へようこそ、この世界はモザイクです、全てがあやふやで、はっきりとはしていません、ですが、そこに溶け込まなけれいけないのです、そうしない愚かな人に待っているのは孤独です」
犬は
「……溶け込んでみたら?」
僕はその言葉通り、ベットからあやふやな世界に飛び込んだ。すると僕の体の輪郭がはっきりしなくなり世界に溶け込んでいった。
ドアの向こうからコンコンコンとノックする音が聞こえる。
「早く出てこい」
その声を僕は無視した。すると、ドンドンドンとノックする力が強くなり、「出てこい、出てこい」と圧力をかけてきた。俺は布団を深く被り再び眠ろうとしたが、ノックをする音がうるさく、眠れなかった。
「なぜ出ないんだ」
ため息混じりに聞こえた声には呆れている感情が読み取れた。僕はそのと問いに答えられなかった。
「ご飯そろそろできるぞ」
その言葉にもう圧力は無かった。そして、その声が聞こえてくることは無かった。
僕は再び眠ろうとしたが、すっかり目が覚めてしまっていた。なんとなくあたりを見渡す。壁、ドア、棚、机、ぼやけているが、なんとなくの位置は分かる。ただそこに何があったか、どんな物を置いていたかは朧げだった。
ガサゴソと物音がする。棚の中に入っていたおもちゃ達が動き出していた。しかしそのおもちゃの輪郭ははっきりとせず、ぼやけていた。
「久しぶりだね」
犬の人形のような存在が話しかけてくる。
「みんなはこれからの将来の道を決めたのに、まだ決めてないの? 」
僕は
「どうしてみんなはそんな簡単に決めることができるの?僕は自分がどういうことをすればいいかわからない」
と問う。
「それはそうしないとみんなに迷惑がかかるから」
と犬は答えた。僕が「なんで」と聞くと、足に鈍い痛みが走る。はっきりと小型のサメが噛み付いていたのが見えた。僕はそれをつかみ引き抜こうとしていると
「この世界があやふやだからだよ、あやふやで自分のことすらわからない、でも近づけば何かわかる、実際にその痛みも体験することに理解できたよね、何かしないと分からないままなんだ、君は考えすぎて何もできていない」
僕がサメを引き抜いて壁に投げつけると、サメの輪郭はやあやふやになった。
ラジオが鳴り出した。
「新世界へようこそ、この世界はモザイクです、全てがあやふやで、はっきりとはしていません、ですが、そこに溶け込まなけれいけないのです、そうしない愚かな人に待っているのは孤独です」
犬は
「……溶け込んでみたら?」
僕はその言葉通り、ベットからあやふやな世界に飛び込んだ。すると僕の体の輪郭がはっきりしなくなり世界に溶け込んでいった。
武装人間その4
2022-11-13
うだるような暑さがようやく抜けて、微睡んでしまいそうな心地よい日の光が降り注いでいた日。恋愛は甘く、美しいものだとまだ信じていた日。笑ってしまうほどに、夢と理想に生きようとしていた高校2年。
「好きです。付き合ってください」
割りと仲良くしていたクラスメイトからの告白。彼女は戸惑った。
今まで彼とは友だちとして接し、異性としてどうかなど考えもしなかった。
「お、驚いた。まさか……」
喉に鉛が詰まったようだった。言葉と選択を間違えば、この関係は壊れてしまうような気がした。
「好きです。付き合ってください」
割りと仲良くしていたクラスメイトからの告白。彼女は戸惑った。
今まで彼とは友だちとして接し、異性としてどうかなど考えもしなかった。
「お、驚いた。まさか……」
喉に鉛が詰まったようだった。言葉と選択を間違えば、この関係は壊れてしまうような気がした。
我楽多の森。
2022-11-11
僕はカスターのことが好きだ。もちろん大好きなガラクタや、ガラクタだらけのこの森のことも大好きだ。けど、カスターへの好きは、それとは違う。カスターはここの何とも全然違う。この森には僕のような考えて、動いて、話せるものが存在しない。僕が作った「喋郎くん」だって、音が出るだけのガラクタにすぎない。カスターは僕にとって掛け替えのない、大切な存在だ。
「カスター。今日はたくさんのガラクタが拾えたぞ。これを見てくれ!これはガラスに写った物を、閉じ込める……?ものだ!こっちは……耳当て?わかった!頭部の防具だ!」
僕は毎日森を見回って、めぼしいものを拾ってくる。けどそうしたものは大概壊れているから、僕はそれらに修繕を加えて、新しい命を吹き込んでやる。僕はそうやって生きているし、これからもそうやって生きていく。この森にだんだん僕の作ったガラクタが増えていく。
「ポルックス、いい加減何でも拾ってくるのやめない?それこの前も拾ってたよね。もう森がガラクタで溢れかえってるよ」
カスターは僕のこの収集癖のことをあまり快く思っていないようだ。その証拠に、毎日のように僕のコレクションにけちをつけてくる。
「いいかい、兄弟。僕は君のごみ拾いを大分大目に見てきたよね?いい加減、このガラクタを片付けて」
「カスター。ここにはガラクタ以外のものがないし、ガラクタをいじるしかやることがない。仕方ないじゃないか」
僕がそういうと、カスターは困ったように頭に手をやった。
「ポルックス。僕もあんまり言いたくないけどね、このままだと君のことが心配だから言ってるんだよ。僕以外に君を注意するやつがいるの?」
「カスター……?何を言って……」
「ポルックス、聞いて。僕は今日外の世界に行くことに決めたよ」
カスターは真剣そうな顔で僕を見つめてきた。
「そんな……冗談だよね?外の世界なんて、何があるかわからないし……」
「君もわかっているはずだよ、ポルックス。この森にはガラクタ以外何もない。ポルックス、ここには何もないんだよ。僕ら以外に動くものもない、ひどく静かで無愛想なところなんだ」
そこでカスターは一息おくと、遠くの方を見た。
「それじゃあ、もう行くね。君もいずれここを離れるんだよ」
「ま、まって!こ、これからはちゃんと、片付け、するから!」
「いつか君も外に来たら、一緒に飯でも食べよう」
「い、いままで僕が独り占めしてたガラクタも、ぜ、ぜんぶあげるから!」
カスターは一度頭を降ると、最後に僕方を見た。
「そういうことじゃないんだよ、ポルックス。僕はあの世界が好きなんだ。あの緑溢れる外の世界に、惚れ込んじゃって仕方ないのさ。何かあるんじゃないか、僕は変われるんじゃないかって。誰にとってだって好きなものはそれぞれさ。君だってそうだろ?」
それからカスターはそっぽを向くと、
「じゃあねポルックス。いつからか知らないけど、君といた時間は楽しかったよ」
それきり振り替えることはなかった。
「待ってよ!カスター!君がいなくなったら、僕は、また一人になっちゃう……ここには、ガラクタしか、ないんだよ……」
僕はポルックスが好きだ。もちろん片付けが下手だったり、すぐにごみばかり拾ってくるムカつくやつだ。けど、それとこれとは、話が違う。気づいたときからずっととなりにいた。この森には僕らのように考えて、動いて、話せるものが存在しない。だからきっと君は僕を求めるだろう。
でもそれだと君ここに居続けてしまう。このガラクタだらけの世界で。それはひどく簡単で安心のできる世界だろう。でも、そこにはそれしかない。たまには外にも目を向けなくちゃ。
大丈夫。君がそこから出てこられたら、必ず君のもとへ戻って来るからさ。
「カスター。今日はたくさんのガラクタが拾えたぞ。これを見てくれ!これはガラスに写った物を、閉じ込める……?ものだ!こっちは……耳当て?わかった!頭部の防具だ!」
僕は毎日森を見回って、めぼしいものを拾ってくる。けどそうしたものは大概壊れているから、僕はそれらに修繕を加えて、新しい命を吹き込んでやる。僕はそうやって生きているし、これからもそうやって生きていく。この森にだんだん僕の作ったガラクタが増えていく。
「ポルックス、いい加減何でも拾ってくるのやめない?それこの前も拾ってたよね。もう森がガラクタで溢れかえってるよ」
カスターは僕のこの収集癖のことをあまり快く思っていないようだ。その証拠に、毎日のように僕のコレクションにけちをつけてくる。
「いいかい、兄弟。僕は君のごみ拾いを大分大目に見てきたよね?いい加減、このガラクタを片付けて」
「カスター。ここにはガラクタ以外のものがないし、ガラクタをいじるしかやることがない。仕方ないじゃないか」
僕がそういうと、カスターは困ったように頭に手をやった。
「ポルックス。僕もあんまり言いたくないけどね、このままだと君のことが心配だから言ってるんだよ。僕以外に君を注意するやつがいるの?」
「カスター……?何を言って……」
「ポルックス、聞いて。僕は今日外の世界に行くことに決めたよ」
カスターは真剣そうな顔で僕を見つめてきた。
「そんな……冗談だよね?外の世界なんて、何があるかわからないし……」
「君もわかっているはずだよ、ポルックス。この森にはガラクタ以外何もない。ポルックス、ここには何もないんだよ。僕ら以外に動くものもない、ひどく静かで無愛想なところなんだ」
そこでカスターは一息おくと、遠くの方を見た。
「それじゃあ、もう行くね。君もいずれここを離れるんだよ」
「ま、まって!こ、これからはちゃんと、片付け、するから!」
「いつか君も外に来たら、一緒に飯でも食べよう」
「い、いままで僕が独り占めしてたガラクタも、ぜ、ぜんぶあげるから!」
カスターは一度頭を降ると、最後に僕方を見た。
「そういうことじゃないんだよ、ポルックス。僕はあの世界が好きなんだ。あの緑溢れる外の世界に、惚れ込んじゃって仕方ないのさ。何かあるんじゃないか、僕は変われるんじゃないかって。誰にとってだって好きなものはそれぞれさ。君だってそうだろ?」
それからカスターはそっぽを向くと、
「じゃあねポルックス。いつからか知らないけど、君といた時間は楽しかったよ」
それきり振り替えることはなかった。
「待ってよ!カスター!君がいなくなったら、僕は、また一人になっちゃう……ここには、ガラクタしか、ないんだよ……」
僕はポルックスが好きだ。もちろん片付けが下手だったり、すぐにごみばかり拾ってくるムカつくやつだ。けど、それとこれとは、話が違う。気づいたときからずっととなりにいた。この森には僕らのように考えて、動いて、話せるものが存在しない。だからきっと君は僕を求めるだろう。
でもそれだと君ここに居続けてしまう。このガラクタだらけの世界で。それはひどく簡単で安心のできる世界だろう。でも、そこにはそれしかない。たまには外にも目を向けなくちゃ。
大丈夫。君がそこから出てこられたら、必ず君のもとへ戻って来るからさ。
タイトルを記入してください。
2022-11-10
遠くの海でかもめが鳴くように歌ったあとあの子は小さなこえではなしはじめて、うまくはなすことはむずかしいけれど、映画を見ることがおそろしいのって。そんなことは僕は聴いてなくて、手元に落ちたけだまを払うと午後のかみすぎたチューインガムみたいな太陽についてぼうっとする。あの人たちは、えいがのなかでいきるために生まれたわけじゃないのよ、私は誰かの背景のなりたいなんて思わないのよ、それはそうだけれども、この子と話すことは僕にとっては秘密であるし、きみについていちばんかんがえるのはいつだっておふろの中とか君がいない場所、もりのないあの誰もいない陽だまりのきりとりなんだようと言って、退屈なあの子があしをのばすと、ぶーつのうえに光が灯るように落ちるので僕はそれを見つめながらやはりぼうっとしてはつめをかみながら、コーラをのみほしてみたいなんておもったんだ。
武装人間その3
2022-11-06
周囲は彼女らに視線を注ぐが、理子はそれを認識できなかった。あまりに衝撃的なことを告げられ、狼狽し、目眩さえ覚えていた。梢は気恥ずかしそうに頭を振っていた。その後すぐに講義が始まる。理子は徐々に冷静さを取り戻しはしたが、講義の内容は全く頭に入ることはなく、梢に訊きたいことが次々と頭の中に溜まっていった。講義が終わった瞬間、熱暴走寸前であった脳みそは解放され、呪文を唱えるかのように、言葉を発した。
「カレシは同じ大学の人? 学部は? どういった感じで知り合ったの? それともマッチングアプリとか? いや、そもそも梢みたいな変わり者を好きになる男ってどんな男なのよ。とりあえず男の写真を見せて」
「まあまあ、落ち着いて」
梢は宥めすかしながら理子の肩に触った。理子は目を瞑り、深く深呼吸をした。
「ごめん。少し興奮しすぎた」
「大丈夫。興奮した理子は普段とは違った甘美さがあったし」
マイペースな彼女は悦に浸っているようだった。
「それで、誰なのよ。カレシ」
「えー言わなきゃダメ?」
「勿体ぶらなくていいから」
「西島」
西島──そいつは理子たちと同じ大学で、彼女とも関わりがある。彼はいつもハキハキと喋り、自分の考えをしっかりと持っていて、話が合わないということはなかった。ただ話が盛り上がるか、といえばたいした盛り上がることはない。なのにも関わらず、彼はヘラヘラと笑う。理子はそこが苦手で、たまに大学で昼食を食べたり、授業と授業の間の暇潰し相手としてだったり、とそこまでの仲ではなかった。そもそも彼と仲良くなりたいとは、思っていなかった。無味乾燥な男で、正直、理子には西島のどこがいいのかさっぱり分からなかった。
「意外。もっと破天荒な男がタイプだと思ったんだけど」
「破天荒な男と私で天秤が釣り合うと思う?」
たしかに、梢と性格的に釣り合う男などそういるものではなかった。もし、いたとしてもすぐに天秤の支点から瓦解するだろう。
「でも、西島のどこがいいの?」
少々棘のある声で訊くと、梢はあっけらかんと笑いながら答えた。
「話が面白いところかな」
「あいつのどこが面白いのよ」
「あー、それは理子とは上手く話せないからだよ」
理子は梢が言っていることを理解できず、首をかしげた。
「理子が綺麗すぎるから緊張して上手く話せないって言ってたの。たしかに、理子ってちょっと威圧的なとこあるし、それも男に対しては無意識でそれを強めてるのよ。まさに美しさの代償ね。」
そう言うと慰め半分、挑発半分が籠った手で、理子の肩にポンポンと触れた。
「カレシは同じ大学の人? 学部は? どういった感じで知り合ったの? それともマッチングアプリとか? いや、そもそも梢みたいな変わり者を好きになる男ってどんな男なのよ。とりあえず男の写真を見せて」
「まあまあ、落ち着いて」
梢は宥めすかしながら理子の肩に触った。理子は目を瞑り、深く深呼吸をした。
「ごめん。少し興奮しすぎた」
「大丈夫。興奮した理子は普段とは違った甘美さがあったし」
マイペースな彼女は悦に浸っているようだった。
「それで、誰なのよ。カレシ」
「えー言わなきゃダメ?」
「勿体ぶらなくていいから」
「西島」
西島──そいつは理子たちと同じ大学で、彼女とも関わりがある。彼はいつもハキハキと喋り、自分の考えをしっかりと持っていて、話が合わないということはなかった。ただ話が盛り上がるか、といえばたいした盛り上がることはない。なのにも関わらず、彼はヘラヘラと笑う。理子はそこが苦手で、たまに大学で昼食を食べたり、授業と授業の間の暇潰し相手としてだったり、とそこまでの仲ではなかった。そもそも彼と仲良くなりたいとは、思っていなかった。無味乾燥な男で、正直、理子には西島のどこがいいのかさっぱり分からなかった。
「意外。もっと破天荒な男がタイプだと思ったんだけど」
「破天荒な男と私で天秤が釣り合うと思う?」
たしかに、梢と性格的に釣り合う男などそういるものではなかった。もし、いたとしてもすぐに天秤の支点から瓦解するだろう。
「でも、西島のどこがいいの?」
少々棘のある声で訊くと、梢はあっけらかんと笑いながら答えた。
「話が面白いところかな」
「あいつのどこが面白いのよ」
「あー、それは理子とは上手く話せないからだよ」
理子は梢が言っていることを理解できず、首をかしげた。
「理子が綺麗すぎるから緊張して上手く話せないって言ってたの。たしかに、理子ってちょっと威圧的なとこあるし、それも男に対しては無意識でそれを強めてるのよ。まさに美しさの代償ね。」
そう言うと慰め半分、挑発半分が籠った手で、理子の肩にポンポンと触れた。
武装人間その2
2022-10-30
大学に行くと梢はいつもの座席に座っていた。
「おはよう」
「やあやあ、おはよう理子! 今日も澄みきった青空の下に咲く孤高の花のような女だね」
朝っぱらからの梢の口説き文句には、反応することなく、隣の席に座った。
「ねえ、突拍子もないこと訊くけど、もし世界が食糧難になって、虫を食べるか、犬や猫を食べるかになったらどうする?」
彼女は真面目な顔をして訊いてきた。どうやら朝からアクセル全開のようだ。
「虫を食べるのは嫌だけど犬とか猫を食べるのは可愛そうだし、虫かな」
「じゃあ、イナゴかゴキブリか、どっち?」
テキトーに理子が答えると、梢は矢継ぎ早に問いかけた。
「今日はやけに元気だね」
苦い顔をしながら言った。
「うん。それで返答を聞こ──」
「それよりもさ、今日までの提出のレポート終わった?」
強引に話の話題を変える。
「徹夜で終わらせた」
「だからいつも以上におかしいのか」
「失礼な奴だなー。ま、今の私は幸せの絶頂期だからその程度の侮辱は受け流すよー」
したり顔で言う梢は、何故か理子に勝ち誇ったような雰囲気を醸し出している。それに対して理子は首を傾げると、梢は腕組をして目を瞑った。どうやら自分の近況を訊いて欲しくて堪らないらしい。
「なんかいいことあった?」
すると彼女は目を見開き、声高に言った。
「カレシができましたー!」
「はぁー!? まじー!?」
上擦った声が講義室に響き渡った。
「おはよう」
「やあやあ、おはよう理子! 今日も澄みきった青空の下に咲く孤高の花のような女だね」
朝っぱらからの梢の口説き文句には、反応することなく、隣の席に座った。
「ねえ、突拍子もないこと訊くけど、もし世界が食糧難になって、虫を食べるか、犬や猫を食べるかになったらどうする?」
彼女は真面目な顔をして訊いてきた。どうやら朝からアクセル全開のようだ。
「虫を食べるのは嫌だけど犬とか猫を食べるのは可愛そうだし、虫かな」
「じゃあ、イナゴかゴキブリか、どっち?」
テキトーに理子が答えると、梢は矢継ぎ早に問いかけた。
「今日はやけに元気だね」
苦い顔をしながら言った。
「うん。それで返答を聞こ──」
「それよりもさ、今日までの提出のレポート終わった?」
強引に話の話題を変える。
「徹夜で終わらせた」
「だからいつも以上におかしいのか」
「失礼な奴だなー。ま、今の私は幸せの絶頂期だからその程度の侮辱は受け流すよー」
したり顔で言う梢は、何故か理子に勝ち誇ったような雰囲気を醸し出している。それに対して理子は首を傾げると、梢は腕組をして目を瞑った。どうやら自分の近況を訊いて欲しくて堪らないらしい。
「なんかいいことあった?」
すると彼女は目を見開き、声高に言った。
「カレシができましたー!」
「はぁー!? まじー!?」
上擦った声が講義室に響き渡った。
サクランボ(仮)(仮)
2022-10-19
父親と離婚し母親と一緒に住んでいた男。母親と一緒にサクランボの木を植える。「サクランボの木と一緒で大きくなるし死ぬまでは枯れない。そのために世話はしっかりやろう」。台風によって町は大変なことになるが、なんとかサクランボの木は無事だった。男は大学に進むため一人暮らしに。しかし人生路頭に迷っていく。日光がものすごい暑い夏の午後、母親に一通の電話が鳴る。
踊るミカン
2022-10-19
もし私がとりだったら、それはどうなるだろうか。
八歳のある午後から、二十八歳の午前まで、思考がつづいてきたものだ。
金属のように、羽毛に飾られた翼、風を乗って、塵に染められた灰色の雲を切って、無限になった空の彼方へ眺めると、自由が空気のように溢れる。
だが、今の私はハンマーを握って、誰かの血を浴びている。
当たり前だ。これは当たり前しかない。
その時から決まったことだからだ。
八歳のある午後から、二十八歳の午前まで、思考がつづいてきたものだ。
金属のように、羽毛に飾られた翼、風を乗って、塵に染められた灰色の雲を切って、無限になった空の彼方へ眺めると、自由が空気のように溢れる。
だが、今の私はハンマーを握って、誰かの血を浴びている。
当たり前だ。これは当たり前しかない。
その時から決まったことだからだ。
最悪の三人衆
2022-10-13
世界一の悪人三人組。彼らは湖のほとりの古城に住み、町を襲っては強盗殺人エトセトラ。彼らが歌う「悪者の歌」は恐怖の象徴。
ある日三人が襲った馬車に、宝と一緒に少女が積まれていた。どうやら誘拐されていたようだ。三人は少女をアジトに連れて帰ることにした。
次の日から最悪の三人衆は最悪の四人衆になった。大斧の男、長槍の痩躯、ラッパの小男、それから元気な女の子。しかしこの女の子が厄介で、行く先々で人を助け花を愛でて動物と戯れ、男たちを振り回す。町の人々にも森の動物たちからも感謝され、最悪だった彼らは、だんだん悪くなくなっていった。
日に日に人から恐れられなくなり、悪くなくなることに焦りを覚えた男たち。少女に自分達の悪さ非道さ恐ろしさを語り最悪の四人衆になるように話すが、少女の話に、住み処の古城を後にした。
備考:女の子来てから、恐怖の歌も女の子の鼻唄フンフフンに変わってしまう。
女の子の最後の話―「俺たちは最悪の三人組だ」「そうだ最悪だ」「俺たちは恐ろしいんだぞ」「でもあなたたち三人いるじゃない。もっともわるい人が三人もいるの?」「……確かに」「俺たちは最悪の三人組ではないのか?」「じゃあどうしたらいいんだ」「ならわたしがあなたたちの一番を決めてあげる。あなたは一番の力もち。大きなからだでこまってる人をいっぱい助けるの。あなたは一番頭がいいの。みんなあなたをたよりにするわ。そしてあなたは一番のおりこうさん。すなおでだれでも助けられるの。あなたたちはやさしい三人ぐみ。みんなもきっと喜ぶわ」
ある日三人が襲った馬車に、宝と一緒に少女が積まれていた。どうやら誘拐されていたようだ。三人は少女をアジトに連れて帰ることにした。
次の日から最悪の三人衆は最悪の四人衆になった。大斧の男、長槍の痩躯、ラッパの小男、それから元気な女の子。しかしこの女の子が厄介で、行く先々で人を助け花を愛でて動物と戯れ、男たちを振り回す。町の人々にも森の動物たちからも感謝され、最悪だった彼らは、だんだん悪くなくなっていった。
日に日に人から恐れられなくなり、悪くなくなることに焦りを覚えた男たち。少女に自分達の悪さ非道さ恐ろしさを語り最悪の四人衆になるように話すが、少女の話に、住み処の古城を後にした。
備考:女の子来てから、恐怖の歌も女の子の鼻唄フンフフンに変わってしまう。
女の子の最後の話―「俺たちは最悪の三人組だ」「そうだ最悪だ」「俺たちは恐ろしいんだぞ」「でもあなたたち三人いるじゃない。もっともわるい人が三人もいるの?」「……確かに」「俺たちは最悪の三人組ではないのか?」「じゃあどうしたらいいんだ」「ならわたしがあなたたちの一番を決めてあげる。あなたは一番の力もち。大きなからだでこまってる人をいっぱい助けるの。あなたは一番頭がいいの。みんなあなたをたよりにするわ。そしてあなたは一番のおりこうさん。すなおでだれでも助けられるの。あなたたちはやさしい三人ぐみ。みんなもきっと喜ぶわ」
正義のミカタ
2022-10-12
古くから人間の範疇を大きく超えた超人的な怪物達の処理の為に生まれた「正義のヒーロー」。しかし、時が進むにつれてその存在は減少していった。
そんな中で存続していたヒーロー「ミラクル・カイザー・タロー」も世間から淘汰されようとしていた。
どうにか生き残ろうと頭を悩ませる運営、そんな中解散に賛成する変身者の「三方正義」、現場と運営の認識の違い、正義とは何か・・・
バラバラになろうとしていた会議は怪人の出現により、また一つになった。
そんな中で存続していたヒーロー「ミラクル・カイザー・タロー」も世間から淘汰されようとしていた。
どうにか生き残ろうと頭を悩ませる運営、そんな中解散に賛成する変身者の「三方正義」、現場と運営の認識の違い、正義とは何か・・・
バラバラになろうとしていた会議は怪人の出現により、また一つになった。
武装人間
2022-10-09
髪を梳れば艶やかに輝く。化粧をすればもう一人の自分になれる。可愛い服を着れば心が躍る。理子にとって見た目を磨くことは、なによりも重要なことであった。
マニキュアを指の爪に塗る。小動物を愛でるかのように優しく、鮮やかな赤が塗られていく。
着飾ることは喜びであり、今を強く生きるための活力であった。
──理子ってルックスはいいけど中身がな。
高校時代の馬鹿な男の言葉が脳裏で再生される。理子は顔をしかめた。もう大分経ったというのに未だに思い出してしまう。それが腹立たしかった。
マニキュアを指の爪に塗る。小動物を愛でるかのように優しく、鮮やかな赤が塗られていく。
着飾ることは喜びであり、今を強く生きるための活力であった。
──理子ってルックスはいいけど中身がな。
高校時代の馬鹿な男の言葉が脳裏で再生される。理子は顔をしかめた。もう大分経ったというのに未だに思い出してしまう。それが腹立たしかった。
ネイル
2022-10-01
ネイルが禿げている。爪の端っこだけ。あの子が嫌いだった奇抜なピンク色。
ネイルを取り出して、眺めてみる。この色、好きなんだけどなあ、とぼんやり思った。塗り直そうと思ったけれど、面倒になってやめた。ベッドに横たわって、自分の爪を眺める。自分の爪の形は歪んでいて、あまり好きではない。
あの子からのメールを見て、少しだけ泣いてみた。
ぼやけて見える禿げたネイルはちょっとだけ模様っぽくて可愛く見える。
多少の傷くらいね、あの子がよく使う言葉をふと思い出した。
禿げたネイル部分を触る。多少の傷から大きな傷となってネイルがない部分が広がった。
「多少の傷くらいね。」
ネイルを取り出して、眺めてみる。この色、好きなんだけどなあ、とぼんやり思った。塗り直そうと思ったけれど、面倒になってやめた。ベッドに横たわって、自分の爪を眺める。自分の爪の形は歪んでいて、あまり好きではない。
あの子からのメールを見て、少しだけ泣いてみた。
ぼやけて見える禿げたネイルはちょっとだけ模様っぽくて可愛く見える。
多少の傷くらいね、あの子がよく使う言葉をふと思い出した。
禿げたネイル部分を触る。多少の傷から大きな傷となってネイルがない部分が広がった。
「多少の傷くらいね。」
小人観察日記
2022-09-29
夏休みの自由研究に小森ユリカは友達の健太と小人の観察日記を付けることにした。
最初は、二人で分担して小人の世話をしていたが、健太がサボるようになり、ユリカ一人で小人を世話するようになる。
ユリカは一人で小人を世話することにストレスを覚え、小人の世話をサボるようになるが、小人が構ってくるのでその度に怒鳴ったり、暴力を振るったりするようになった。
夏休み最終日、ユリカは小人が衰弱死していることを知るが、適当な場所に小人を埋めて、観察日記の存在を無かったことにする。
最初は、二人で分担して小人の世話をしていたが、健太がサボるようになり、ユリカ一人で小人を世話するようになる。
ユリカは一人で小人を世話することにストレスを覚え、小人の世話をサボるようになるが、小人が構ってくるのでその度に怒鳴ったり、暴力を振るったりするようになった。
夏休み最終日、ユリカは小人が衰弱死していることを知るが、適当な場所に小人を埋めて、観察日記の存在を無かったことにする。
たとえ私がいなくても。
2022-09-26
不登校の女の子、静音。高校一年生。
仲間が欲しい男の子、拓。高校一年生。
静音は自殺をしようとしていた。電車への飛び込み自殺。母親と姉に向けての遺書は残してある。次の電車で、私の意識はどこかに消える。
この日、拓は個別授業の日だった。その帰り道、駅のホームで電車を待っている間、ある女の子の姿が映る。黄色い線の上に立っている。電車が見えてくる、その女の子は躊躇いがちにもう一歩前に足を踏み出した。
落ちる。そう直感した時、運よく体が動いた。全力で走り、彼女の手を後ろへと引く。
最悪な、出会いだった。
仲間が欲しい男の子、拓。高校一年生。
静音は自殺をしようとしていた。電車への飛び込み自殺。母親と姉に向けての遺書は残してある。次の電車で、私の意識はどこかに消える。
この日、拓は個別授業の日だった。その帰り道、駅のホームで電車を待っている間、ある女の子の姿が映る。黄色い線の上に立っている。電車が見えてくる、その女の子は躊躇いがちにもう一歩前に足を踏み出した。
落ちる。そう直感した時、運よく体が動いた。全力で走り、彼女の手を後ろへと引く。
最悪な、出会いだった。
チョウのいる人差し指
2022-09-07
「この子はチョウチョだよ」
「いいや、ガだね」
僕は手に乗るシジミチョウをみやった。人差し指に六本足をちょこんと乗せたチョウのくすんだ茶色い翅を眺める。液晶越しに見るチョウチョと違うのはわかる。彼がチョウの絵を描く際に茶色い翅を選ばないこともわかる。でもこの手にとまってくれている子はシジミチョウで、チョウであるか、ガであるかという問いにはチョウである。
少し考えて、「やっぱりこの子は、チョウだって。僕、図鑑で調べてきたんだもん」と言い返した。小学校の小さな花壇に、いつも飛んでいるシジミチョウは、僕が近づくと周りを飛んで歓迎してくれる。ガと言い張る彼らは、ガを忌み嫌い、離れていく。シジミチョウを手に乗せた僕まで避けられる。……それは嫌だな。
パッと人差し指からシジミチョウが飛び立った。とおく、とおく離れていく。この日以来、チョウが指に乗ってくれることはなくなった。もう、あの美しさは触れてくれない。
「いいや、ガだね」
僕は手に乗るシジミチョウをみやった。人差し指に六本足をちょこんと乗せたチョウのくすんだ茶色い翅を眺める。液晶越しに見るチョウチョと違うのはわかる。彼がチョウの絵を描く際に茶色い翅を選ばないこともわかる。でもこの手にとまってくれている子はシジミチョウで、チョウであるか、ガであるかという問いにはチョウである。
少し考えて、「やっぱりこの子は、チョウだって。僕、図鑑で調べてきたんだもん」と言い返した。小学校の小さな花壇に、いつも飛んでいるシジミチョウは、僕が近づくと周りを飛んで歓迎してくれる。ガと言い張る彼らは、ガを忌み嫌い、離れていく。シジミチョウを手に乗せた僕まで避けられる。……それは嫌だな。
パッと人差し指からシジミチョウが飛び立った。とおく、とおく離れていく。この日以来、チョウが指に乗ってくれることはなくなった。もう、あの美しさは触れてくれない。
見守りなしのはじめてのおつかい
2022-08-29
瑛は目の前の時刻表を凝視した。何度も見るが、母親の言った駅名は流れてこない。乗り場は二つ。どちらかが大正解でどちらかが取り返しのつかない大はずれ。それぐらいは子供料金で改札を抜けた瑛にも理解できた。だからこそ、目まぐるしく日本語と外国語に忙しなく変わる電光掲示板は、余計に瑛の目を回して、必要な情報が何かを分からなくしていた。
首から下げた子供ケータイをぎゅっと握り、瑛は周りを見た。行き交う人々と視線が合うことはない。透明人間になっちゃった気分だ。瑛は手元の傘を、ブンブンと振り回してみたい気分になった。それぐらいしないと、夕方の駅にいる早足の大人は、ただつったっている子供に気づかないんじゃないかと瑛は怖くなった。
そんな瑛に声をかける二人組がいた。若い男の二人組で、真っ赤なリュックを重そうに背負っていた。
「すみません、僕ら地下鉄が初めてで。この駅までの行き方が知りたいんですけど、乗り場はどっちですか?」
比較的流暢な日本語で話しかけてきた彼らが行きたがっている駅は、瑛が母親から指定されたオフィス街の駅だった。子供ケータイをもう一度握り直す。瑛は下唇を噛み、もう一度電光掲示板を凝視した。けれど、母親のメモにあった駅の名前は見当たらず、挙句の果てには文字が滲んで揺らぎ始めてしまった。
瑛は二人に向き直り、息を呑む。
「ごめんなさい。僕も初めてで分からないのっ!」
震える声でなんとか伝えると、瑛は泣きながら子供ケータイにくっついている防犯ブザーの紐を思いっきり引っ張った。
首から下げた子供ケータイをぎゅっと握り、瑛は周りを見た。行き交う人々と視線が合うことはない。透明人間になっちゃった気分だ。瑛は手元の傘を、ブンブンと振り回してみたい気分になった。それぐらいしないと、夕方の駅にいる早足の大人は、ただつったっている子供に気づかないんじゃないかと瑛は怖くなった。
そんな瑛に声をかける二人組がいた。若い男の二人組で、真っ赤なリュックを重そうに背負っていた。
「すみません、僕ら地下鉄が初めてで。この駅までの行き方が知りたいんですけど、乗り場はどっちですか?」
比較的流暢な日本語で話しかけてきた彼らが行きたがっている駅は、瑛が母親から指定されたオフィス街の駅だった。子供ケータイをもう一度握り直す。瑛は下唇を噛み、もう一度電光掲示板を凝視した。けれど、母親のメモにあった駅の名前は見当たらず、挙句の果てには文字が滲んで揺らぎ始めてしまった。
瑛は二人に向き直り、息を呑む。
「ごめんなさい。僕も初めてで分からないのっ!」
震える声でなんとか伝えると、瑛は泣きながら子供ケータイにくっついている防犯ブザーの紐を思いっきり引っ張った。
鬼のこない場所
2022-08-24
鬼ごっこが好きだった。逃げる役は特に。
早く走れるわけでもなかったし、とってもいい隠れ場所を小学校の校庭に見つけていたわけでもない。ただ一階建ての建物ぐらいある古い登り棒のてっぺんに、簡単に登れるってだけだった。
夏休みの運動場に同い年の小学生はいなくて、ちっこい低学年ばっかり。ずっと幼稚なゲームの話ばっかだし、人狼ゲームはルールを理解してくれないし、ちょっとでも怒ったらすぐ泣いて私が怒られるし。なのに一緒に遊ぼうとまとわりついてくる。
だから誰も来れないこの登り棒のてっぺんはたった一人になれる、トイレの個室よりかはマシな避難場所だった。プライベートが筒抜けなのと直射日光が痛いこと以外は快適で、鬼ごっこはこの避難所にいられる正当な理由付けにはもってこいだ。先生には「小さな子が真似しちゃうから降りてきて」だとか「大人気ない」だとか言われるけれど、真似できないからその泣き喚くちっちゃな鬼さん方は困っており、私は子供らしく周りを考えないほど大真面目に鬼から逃げている。
最高学年の責任とやらから、全力で逃げている。
来年からは中学生だというのに、どうして私は学童保育に夏休みですらいないといけないのだろう。私が死ぬかもしれないことすらわからず、登り棒をはちゃめちゃに揺らしてくるちびっ子と一緒だと思われているの?
自分より小さな子が、首から家の鍵を下げていることが悔しくてたまらなかった。
早く走れるわけでもなかったし、とってもいい隠れ場所を小学校の校庭に見つけていたわけでもない。ただ一階建ての建物ぐらいある古い登り棒のてっぺんに、簡単に登れるってだけだった。
夏休みの運動場に同い年の小学生はいなくて、ちっこい低学年ばっかり。ずっと幼稚なゲームの話ばっかだし、人狼ゲームはルールを理解してくれないし、ちょっとでも怒ったらすぐ泣いて私が怒られるし。なのに一緒に遊ぼうとまとわりついてくる。
だから誰も来れないこの登り棒のてっぺんはたった一人になれる、トイレの個室よりかはマシな避難場所だった。プライベートが筒抜けなのと直射日光が痛いこと以外は快適で、鬼ごっこはこの避難所にいられる正当な理由付けにはもってこいだ。先生には「小さな子が真似しちゃうから降りてきて」だとか「大人気ない」だとか言われるけれど、真似できないからその泣き喚くちっちゃな鬼さん方は困っており、私は子供らしく周りを考えないほど大真面目に鬼から逃げている。
最高学年の責任とやらから、全力で逃げている。
来年からは中学生だというのに、どうして私は学童保育に夏休みですらいないといけないのだろう。私が死ぬかもしれないことすらわからず、登り棒をはちゃめちゃに揺らしてくるちびっ子と一緒だと思われているの?
自分より小さな子が、首から家の鍵を下げていることが悔しくてたまらなかった。
あかない扉とラブソング
2022-08-16
義母さんと白玉を食べていると、二階から歌が聞こえた。熱唱というわけではない独り言のようなその歌の歌詞は、古い一軒家の床を時折すり抜けて「あいたい」だとか「あいしてる」だとかで溢れかえって甘すぎる。その歌詞とメロディーはどこか聞き覚えがあって、記憶の引き出しを片っ端から開けてると、義母さんが「今日のは知らん曲やな」とテレビの音量をあげた。もう視聴するのは六回目の、再放送されているサスペンスドラマだ。
「私、あの人に白玉を持っていきますね」
痺れた足を無理やり動かして、御盆に白玉の入ったガラス皿ときな粉のタッパーを用意する。
「アレは粒あんが好きよ」
義母さんの言葉に、私はさっき開けたばっかりの粒あん缶もお盆にのせた。夫が粒あんが好きだから残しておこうと思っていたが、まあ我慢してもらおう。
二階への階段は急で、踏みしめるたびにギシギシと音が響く。歌っている本人も来訪者の接近がわかっているだろうに、相変わらず「キスして」と囁いている。音程がなければ歌だと気付けない抑揚のなさだ。部屋の前に立って、扉をノックすると、ようやく歌が止んで「起きてます。夕飯は、扉前で大丈夫です」と歌より少しだけはっきりした声が返ってきた。
「あ、私。白玉作ったの。きなこと粒あんを一緒に置いとくから、好きなように食べていいからね」
うん、と小さな声が返ってきた。私はちょっと意地悪がしたくなって廊下にあぐらをかいて座った。
「ねぇ、好きな人でもできたの? さっきからほら、ラブソングばっかじゃん?」
しばらくの沈黙の後、「あたし、どんなの歌ってました?」と聞かれたので、今度は私が少し口籠もって「キスして……とか」と続けた。扉越しに鼻歌が聞こえて「ほんとだ」と独り言が聞こえたかと思うと「あたしはずっと、誰を想って歌ってたんでしょうね」と先ほどよりも近くで声がした。
「義姉さん、粒あんは一階に持ってっちゃってください。あたし苦手なんで」
でも、と渋ると「義姉さんが好きなのを兄から聞いたことがあるんで。それにあたしは、こしあん派です」と譲らない。
「じゃあ、遠慮なく」
私が粒あんの缶を手に階段を数段降りると、背後で扉が開く音がした。ふと振り向くと、隙間から真っ白な細い腕がお盆を部屋へと運ぶ。また、あのラブソングが聞こえてきた。そういえばこの曲、二十数年前に流行った曲だと思い出した。妹がよく歌っているんだと、夫が口ずさんでいたのも芋づる式に思い出す。あれは小学生の頃で、義妹と知り合ったのも夫に誘われてこの家に遊びにきた時、ずっとあかない扉が気になったことがスタートだった。
「私、あの人に白玉を持っていきますね」
痺れた足を無理やり動かして、御盆に白玉の入ったガラス皿ときな粉のタッパーを用意する。
「アレは粒あんが好きよ」
義母さんの言葉に、私はさっき開けたばっかりの粒あん缶もお盆にのせた。夫が粒あんが好きだから残しておこうと思っていたが、まあ我慢してもらおう。
二階への階段は急で、踏みしめるたびにギシギシと音が響く。歌っている本人も来訪者の接近がわかっているだろうに、相変わらず「キスして」と囁いている。音程がなければ歌だと気付けない抑揚のなさだ。部屋の前に立って、扉をノックすると、ようやく歌が止んで「起きてます。夕飯は、扉前で大丈夫です」と歌より少しだけはっきりした声が返ってきた。
「あ、私。白玉作ったの。きなこと粒あんを一緒に置いとくから、好きなように食べていいからね」
うん、と小さな声が返ってきた。私はちょっと意地悪がしたくなって廊下にあぐらをかいて座った。
「ねぇ、好きな人でもできたの? さっきからほら、ラブソングばっかじゃん?」
しばらくの沈黙の後、「あたし、どんなの歌ってました?」と聞かれたので、今度は私が少し口籠もって「キスして……とか」と続けた。扉越しに鼻歌が聞こえて「ほんとだ」と独り言が聞こえたかと思うと「あたしはずっと、誰を想って歌ってたんでしょうね」と先ほどよりも近くで声がした。
「義姉さん、粒あんは一階に持ってっちゃってください。あたし苦手なんで」
でも、と渋ると「義姉さんが好きなのを兄から聞いたことがあるんで。それにあたしは、こしあん派です」と譲らない。
「じゃあ、遠慮なく」
私が粒あんの缶を手に階段を数段降りると、背後で扉が開く音がした。ふと振り向くと、隙間から真っ白な細い腕がお盆を部屋へと運ぶ。また、あのラブソングが聞こえてきた。そういえばこの曲、二十数年前に流行った曲だと思い出した。妹がよく歌っているんだと、夫が口ずさんでいたのも芋づる式に思い出す。あれは小学生の頃で、義妹と知り合ったのも夫に誘われてこの家に遊びにきた時、ずっとあかない扉が気になったことがスタートだった。
にくきゅうの凶悪性
2022-08-09
ああ、こんなことなら坊主になりたい。
私は指先でクルクルと自分の髪を弄んで、乱暴に離した。支えを失った髪は重力に従って落ち、胸元に重くぶつかって広が
る。脳裏にブラウン管から這い出る女の幽霊がよぎったが、「まあ家のテレビは薄型の最新式(五年前に買い替えたもの)だから」と自分を納得させた。
目の前の鏡は風呂上がりの熱気を帯びて曇り、きっと私であろうと思われるものが写っている。ハッとして振り向いたとしても、風呂場へ続く内開きの扉があるだけで、なんにもない。なんにもないのだが、今一度後ろが確認できない役立たずの曇り鏡と対面すると、やっぱり振り向いてしまう自分がいてそんな行動に腹が立つ。
なにに怒っているのかはわからない。ただ、手に持ったドライヤーの電源を点けず、ひたすらに握り続けているのにはうんざりだった。水を含んだ髪が頬に張り付いて気持ち悪い。十分に乾かさずに寝ることで出会える新たな自分には興味があったが、明日の朝のドタバタのなかにしつこい寝癖をどうにかする、というタスクが組み込まれることは避けたいことだった。
数回の深呼吸をし、ドライヤーの電源を入れる。途端に風呂場の換気扇の音も、リビングでつけっぱなしだったバラエティー番組の賑やかさも、薄い壁向こうの隣人の作業音も、全て認識できなくなる。あるのは夏風邪で効かなくなった鼻と曇った鏡、あとは生活音を全てかき消すドライヤーのモーター音。重たい髪を掻き上げながら、この重みが全て空中へ飛んでいくという想像をすると、途方もなく長い時間をこの脱衣所という閉鎖空間で過ごさなければならない現実を自覚した。
子供の頃に読んだ絵本で、ライオンやトラのような肉食獣は限りなく音を絞って獲物に近づいてくるというシーンがあったことを思い出した。狩りをする動物はそろって肉球がある。あれはただ、ぷにぷにしてかわいいだけの付属品ではないのだ。音なく近づいて、獲物を取って食うための暗殺道具なのだ。
パチンとドライヤーのスイッチを切った。そうして戻ってくる換気扇の音、テレビの音、隣人の物音。他にどこからか幽霊の這い出してくる音は聞こえない。けれども頬に張り付く髪は、まだ湿って重い。振り返っては、何もない風呂場の内開きの扉と睨めっこする。特に変化はない。
ああ、死んじゃう。ドライヤーを動かしている時、何かあればきっと死ぬ。あっけなく首を絞められたり包丁で刺されたり。あ、幽霊なのになんて物理的な……。それでもきっと死ぬ。
私はドライヤーのスイッチを入れてみた。けれどもやっぱり数秒してスイッチを切る。そうして振り返る。なにもない。ただの風呂場の内開きの扉。
私は指先でクルクルと自分の髪を弄んで、乱暴に離した。支えを失った髪は重力に従って落ち、胸元に重くぶつかって広が
る。脳裏にブラウン管から這い出る女の幽霊がよぎったが、「まあ家のテレビは薄型の最新式(五年前に買い替えたもの)だから」と自分を納得させた。
目の前の鏡は風呂上がりの熱気を帯びて曇り、きっと私であろうと思われるものが写っている。ハッとして振り向いたとしても、風呂場へ続く内開きの扉があるだけで、なんにもない。なんにもないのだが、今一度後ろが確認できない役立たずの曇り鏡と対面すると、やっぱり振り向いてしまう自分がいてそんな行動に腹が立つ。
なにに怒っているのかはわからない。ただ、手に持ったドライヤーの電源を点けず、ひたすらに握り続けているのにはうんざりだった。水を含んだ髪が頬に張り付いて気持ち悪い。十分に乾かさずに寝ることで出会える新たな自分には興味があったが、明日の朝のドタバタのなかにしつこい寝癖をどうにかする、というタスクが組み込まれることは避けたいことだった。
数回の深呼吸をし、ドライヤーの電源を入れる。途端に風呂場の換気扇の音も、リビングでつけっぱなしだったバラエティー番組の賑やかさも、薄い壁向こうの隣人の作業音も、全て認識できなくなる。あるのは夏風邪で効かなくなった鼻と曇った鏡、あとは生活音を全てかき消すドライヤーのモーター音。重たい髪を掻き上げながら、この重みが全て空中へ飛んでいくという想像をすると、途方もなく長い時間をこの脱衣所という閉鎖空間で過ごさなければならない現実を自覚した。
子供の頃に読んだ絵本で、ライオンやトラのような肉食獣は限りなく音を絞って獲物に近づいてくるというシーンがあったことを思い出した。狩りをする動物はそろって肉球がある。あれはただ、ぷにぷにしてかわいいだけの付属品ではないのだ。音なく近づいて、獲物を取って食うための暗殺道具なのだ。
パチンとドライヤーのスイッチを切った。そうして戻ってくる換気扇の音、テレビの音、隣人の物音。他にどこからか幽霊の這い出してくる音は聞こえない。けれども頬に張り付く髪は、まだ湿って重い。振り返っては、何もない風呂場の内開きの扉と睨めっこする。特に変化はない。
ああ、死んじゃう。ドライヤーを動かしている時、何かあればきっと死ぬ。あっけなく首を絞められたり包丁で刺されたり。あ、幽霊なのになんて物理的な……。それでもきっと死ぬ。
私はドライヤーのスイッチを入れてみた。けれどもやっぱり数秒してスイッチを切る。そうして振り返る。なにもない。ただの風呂場の内開きの扉。
12時を過ぎてとけていく
2022-08-02
「どうして来なかったの?」
薫子がそう言って、私の机の前にきた。艶やかな黒髪がセーラーを纏った彼女の肩からするすると垂れてきて、それを鬱陶しがった本人の日に焼けた右腕が背中へと追い払ってしまった。——日焼け止め、使ってないのかな。そう心の中で呟く。
「私さ、半日も待ってたんだよ? 半日。つまり六時間」
机を叩く薫子の様子を見ながら、六時間ということは、四分の一日じゃない? なんて文句は飲み込む。文句の前に私は身に覚えのない追求の謎を考えなければならなかった。言い知れない不安が付き纏って、頭の中の記憶の引き出しをあるだけ全部ぶちまけた。やっぱり、覚えがない。宿題を進めていたシャーペンを置き、自分の首に触れる。うん、大丈夫。まだ首はつながっていて、肌の下で温かな血が流れている。
私は比較的早口で、聞き返すことにした。
「ごめんね、友達をそんなに待たせちゃうなんて。どこで待ってた? もしかしたらすれ違いが発生していたのかも。言葉ってほら、難しいから」
「すべりだい公園だよ。先週貸した漫画に、日曜の12時にすべりだい公園で会おうってメモを挟んであげてたでしょう? 団地の公園ですべりだいがあるところは、二号棟のあそこしかないじゃない!」
私はこの時、浮気がバレてしまう人に共感した。なんであんな簡単にバレちゃうんだろうって、ずっと思っていた。それにバレる時の、なんてタイミングが最悪なこと! 少し時間がズレていれば、少し場所がズレていれば。疑惑は残るにせよ、何とかなったんじゃないかって。嘘がバレる時は、決まって言い訳ができない現行犯として裁判に立たされる。
そんなことを考えて黙ってしまったから、薫子にも考える時間ができてしまった。彼女はハッとして、私がさっき返した件の漫画を薄い学生鞄から取り出すと、一枚、一枚、ページを捲る。案の定、半分ほどを過ぎたところで黒猫の形をしたメモ用紙がピラッと教室の床に落ちていった。私にはそれを見た記憶は一切なかった。
薫子はそれを拾い上げ、じっと見つめた後、私を見下ろした。鼻の頭が赤くなっており、日曜日の夏の日差しの殺傷能力をうかがい知れた。
「アンタさあ、変なことやってない? 土曜日さ、私と感想を語り合ったよね?」
私は頷く。
けれどすぐに「変なことはやってないよ」と正直に言った。薫子は静かに視線を私から、手元のメモに視線を移した。
「無視したの? 私を?」
「してない! そんなことは断じてない!」
立ち上がった私は、薫子の肩を掴んで大きな声を出していた。メモへと伏せられていた彼女の目が、ようやくこちらを見る。
「じゃあ、なんなん。この気持ち悪い状況は。何で漫画を読んでないのに、感想は言えたの?」
「それは……」
私には無理だったのだ。友達が死ぬほど「好き」と豪語する漫画が、死ぬほど「おもんなかった」だなんて、面と向かって言えるだろうか。数ページ読んで時間の浪費感を味わった。いやでも、尻上がりで面白くなるのかもしれないと、わざわざAmazonのレビューを見て最終回までのあらすじを把握しても、全く読む気は起きなかった。ただ、レビューを読んだおかげで、死ぬほど好きな人の価値観で感想を話すことはできた。こういうのは、今回で三度目だった。あんなに食べ物の趣味は合うのに、漫画の趣味はこれでもかというほど合わなかったみたいだ。
黙ってしまった私に対して、薫子は「あー、損した」と机の上に何かが入ったビニール袋を乱暴においた。中を覗くと、「おっちゃんのわらび餅」の文字が目に入る。確か決まった時間に決まった場所にいないと買えないとかいう「伝説」の冠がつくヤツだ。
「すべりだい公園に、移動販売のおっちゃんがいつも日曜の12時くらいにくるの。並んだけど1箱しか無理だった」
薫子は袋から箱だけ出すと「アンタには食べさせられませーん!」と私の机から駆け足で離れていく。教室に残っていた他のクラスメイトに見送られ、廊下を駆けていくのがすりガラスの窓越しにわかった。
残された私はからのビニール袋をじっと見て、手に取る。なんて恩知らず。だからこんな惜しいことをしちゃったんだろう。袋に空気を含ませて匂いを嗅ぐ。真夏の熱気が喉と肺を溶かしてしまいそう。ふと甘い香りがして袋の中に視線を落とすと、底の方にドロドロに溶けた透明のゲル状のようなものがこびりついていた。ああ、まさか。不透明な箱のせいで気づかなかった。私は空のビニール袋を引っつかんで、薫子のあとを追った。捨てるにしろ、きちんと処分しなければこの時期はまずい。セミがやたらと鳴いて、虫の最盛期を喜んでいるようだ。
走りながら昼食が戻ってきそうな違和感を抑え、泣くのも抑えることはできなかった。今なら、きちんと謝って薫子に「あの漫画は死ぬほどおもんない!」って正直に言える気がした。
薫子がそう言って、私の机の前にきた。艶やかな黒髪がセーラーを纏った彼女の肩からするすると垂れてきて、それを鬱陶しがった本人の日に焼けた右腕が背中へと追い払ってしまった。——日焼け止め、使ってないのかな。そう心の中で呟く。
「私さ、半日も待ってたんだよ? 半日。つまり六時間」
机を叩く薫子の様子を見ながら、六時間ということは、四分の一日じゃない? なんて文句は飲み込む。文句の前に私は身に覚えのない追求の謎を考えなければならなかった。言い知れない不安が付き纏って、頭の中の記憶の引き出しをあるだけ全部ぶちまけた。やっぱり、覚えがない。宿題を進めていたシャーペンを置き、自分の首に触れる。うん、大丈夫。まだ首はつながっていて、肌の下で温かな血が流れている。
私は比較的早口で、聞き返すことにした。
「ごめんね、友達をそんなに待たせちゃうなんて。どこで待ってた? もしかしたらすれ違いが発生していたのかも。言葉ってほら、難しいから」
「すべりだい公園だよ。先週貸した漫画に、日曜の12時にすべりだい公園で会おうってメモを挟んであげてたでしょう? 団地の公園ですべりだいがあるところは、二号棟のあそこしかないじゃない!」
私はこの時、浮気がバレてしまう人に共感した。なんであんな簡単にバレちゃうんだろうって、ずっと思っていた。それにバレる時の、なんてタイミングが最悪なこと! 少し時間がズレていれば、少し場所がズレていれば。疑惑は残るにせよ、何とかなったんじゃないかって。嘘がバレる時は、決まって言い訳ができない現行犯として裁判に立たされる。
そんなことを考えて黙ってしまったから、薫子にも考える時間ができてしまった。彼女はハッとして、私がさっき返した件の漫画を薄い学生鞄から取り出すと、一枚、一枚、ページを捲る。案の定、半分ほどを過ぎたところで黒猫の形をしたメモ用紙がピラッと教室の床に落ちていった。私にはそれを見た記憶は一切なかった。
薫子はそれを拾い上げ、じっと見つめた後、私を見下ろした。鼻の頭が赤くなっており、日曜日の夏の日差しの殺傷能力をうかがい知れた。
「アンタさあ、変なことやってない? 土曜日さ、私と感想を語り合ったよね?」
私は頷く。
けれどすぐに「変なことはやってないよ」と正直に言った。薫子は静かに視線を私から、手元のメモに視線を移した。
「無視したの? 私を?」
「してない! そんなことは断じてない!」
立ち上がった私は、薫子の肩を掴んで大きな声を出していた。メモへと伏せられていた彼女の目が、ようやくこちらを見る。
「じゃあ、なんなん。この気持ち悪い状況は。何で漫画を読んでないのに、感想は言えたの?」
「それは……」
私には無理だったのだ。友達が死ぬほど「好き」と豪語する漫画が、死ぬほど「おもんなかった」だなんて、面と向かって言えるだろうか。数ページ読んで時間の浪費感を味わった。いやでも、尻上がりで面白くなるのかもしれないと、わざわざAmazonのレビューを見て最終回までのあらすじを把握しても、全く読む気は起きなかった。ただ、レビューを読んだおかげで、死ぬほど好きな人の価値観で感想を話すことはできた。こういうのは、今回で三度目だった。あんなに食べ物の趣味は合うのに、漫画の趣味はこれでもかというほど合わなかったみたいだ。
黙ってしまった私に対して、薫子は「あー、損した」と机の上に何かが入ったビニール袋を乱暴においた。中を覗くと、「おっちゃんのわらび餅」の文字が目に入る。確か決まった時間に決まった場所にいないと買えないとかいう「伝説」の冠がつくヤツだ。
「すべりだい公園に、移動販売のおっちゃんがいつも日曜の12時くらいにくるの。並んだけど1箱しか無理だった」
薫子は袋から箱だけ出すと「アンタには食べさせられませーん!」と私の机から駆け足で離れていく。教室に残っていた他のクラスメイトに見送られ、廊下を駆けていくのがすりガラスの窓越しにわかった。
残された私はからのビニール袋をじっと見て、手に取る。なんて恩知らず。だからこんな惜しいことをしちゃったんだろう。袋に空気を含ませて匂いを嗅ぐ。真夏の熱気が喉と肺を溶かしてしまいそう。ふと甘い香りがして袋の中に視線を落とすと、底の方にドロドロに溶けた透明のゲル状のようなものがこびりついていた。ああ、まさか。不透明な箱のせいで気づかなかった。私は空のビニール袋を引っつかんで、薫子のあとを追った。捨てるにしろ、きちんと処分しなければこの時期はまずい。セミがやたらと鳴いて、虫の最盛期を喜んでいるようだ。
走りながら昼食が戻ってきそうな違和感を抑え、泣くのも抑えることはできなかった。今なら、きちんと謝って薫子に「あの漫画は死ぬほどおもんない!」って正直に言える気がした。
議題「如何にしてZENRAMANを存続させるか?」
2022-07-28
世襲制のヒーローZENRAMANは全裸で戦うヒーローである。その都合上世間の風当たりが強く活動を制限せざるを得ない状況であった。そんな中でとうとう「ZENRAMANの活動停止」を問う署名運動が開始されてしまう。
そのためZENRAMAN運営は議題「如何にしてZENRAMANを存続させるか」という会議を開く。その中で変身者である裸伊都はZENRAMANであるが故に寂しい青春を送っていたため存続に否定的な意見を出す。しかしそんな意見を無視して話し合いは進んでしまう。さらに敵組織からの支持もあって今後の活動方針を決めてしまう。
しかし、教育委員会やPTAなどのお偉いさんが「ZENRAMANの活動停止」を訴えたこともあってZENRAMANは活動を停止されてしまう。
しかしZENRAMAN運営は「ZENRAMANダークネス」と名称変更をして深夜帯に活動を再開してしまう。
そのためZENRAMAN運営は議題「如何にしてZENRAMANを存続させるか」という会議を開く。その中で変身者である裸伊都はZENRAMANであるが故に寂しい青春を送っていたため存続に否定的な意見を出す。しかしそんな意見を無視して話し合いは進んでしまう。さらに敵組織からの支持もあって今後の活動方針を決めてしまう。
しかし、教育委員会やPTAなどのお偉いさんが「ZENRAMANの活動停止」を訴えたこともあってZENRAMANは活動を停止されてしまう。
しかしZENRAMAN運営は「ZENRAMANダークネス」と名称変更をして深夜帯に活動を再開してしまう。
増えていくスズメバチ
2022-07-24
ある研究チームが画期的な発明をした。それは装置に備えつけられたポッドにいれた物を瞬時にもう一つのポッドに移す技術、通称テレポートマシンである。試行錯誤を重ねたあげく、物体を移動させることに成功し、さらなる紆余曲折を経て生物を移動させることにも成功する。ここから人体実験を行おうとしていた矢先、思わぬ問題が発生した。移動させたものは時間が経つと二分裂を引き起こして増えていくことが明らかになったのだ。急遽、実験は中断して計画を見直すことになる。実験のビデオをチェックしているとき、恐ろしいことが判明した。数日前の生物実験でスズメバチがポッドの中に入り込んでいたのだ。そのハチを駆除しなければ日ごとに分裂して『増殖』していき、一ヶ月もすればスズメバチは10億匹にも分裂して溢れかえることになる。遠からずやってくる地獄の光景に怖気を感じる研究チームたち。彼らはこの緊急事態に対処すべく駆けずり回ることになる。そうしている間にもスズメバチは増殖して人々の間に影響を及ぼし始めていた......
次の皿では愛を食う
2022-07-21
私は、幼馴染である希に追いつくので精一杯だった。私たちは小学校の時から仲が良く、いつも一緒に行動していた。中学に入っても一緒だ、この頃からだ、希がキラキラとした空気を纏うようになったのは。近くにいるだけで私もキラキラできて、楽しくて、幸せだった。私の一番は希だったし、希の一番も私だった。そんな毎日で、キラキラに目をやられていたのかもしれない、希の目指している高校が、私なんかでは到底合格できないような進学校だってことに気が付いたのは、中学三年生になってからだった。それでも私は盲目だった、同じ学校に進みたくてがむしゃらに勉強をした。遊びの量も減らして勉強に充てた、希からの誘いも断るようになったし、いつしか希は私を遊びに誘わなくなっていた。かりかりとノートに数式を書くたびに、私の体からキラキラが剥がれ落ちていくのを感じる。冬が終わって桜が咲き、私のもとに合格の報せが届くころには、私の体は黒鉛で薄汚れていた。私は走った! 早く、早く希に会いたい、ねぇ、私我慢していたんだよ、ずっと! インターホンを押すと、希のお母さんが出てきた。希のお母さんに合格を伝えた時の、あの、何とも言えない顔が忘れられない。希は入試に落ちていた。その日は結局、希には会えなかった。
私は、希と同じ滑り止めの女子高へ進学することにした。我ながらバカだと思う、先生も両親も苦い顔をしていた。私は、希が原因だと悟られないようにするので精一杯だった。高校に進学しても、希はキラキラしている。希はびっくりするくらい同性にモテて、いつも沢山の子に囲まれていた。私はこのとき、遂に思い知った、希はもう、私の物ではないのだと。嫌だった。希が”みんなの物”になるのが嫌で堪らない。話しかけよう、希と私はずっと一緒にいたんだから、希だってまた仲良くしてくれる。そう何度も自分に言い聞かせても、結局話しかけることは出来なかった。希が何となく、私を避けていると感じていたし、私も希を避けてしまっていた。今の自分には、希に話しかける資格があるとは思えない。何故なら私は、希を恨んでしまっている! 折角一年間を受験勉強に費やしたのに、それを不意にしたことを、自業自得にも拘らず、恨んでしまっているのだ! 積もり積もった希への好意が、私の中にある悪感情を許さない!
ある時から取り巻き共の間で、希に手作りのお菓子を差し入れする風習が出来始めた。これが余りにも気に入らない、至極、癪に障る。私の伝えられていない思いを簡単に渡すやつらへの嫉妬で狂いそうだった。この時、哀れにも私は、自分を許してしまった。希にプレゼントされたお菓子を盗み食いしたのだ。凄まじい背徳感だった、気持ち良い、心臓がどくどくと高鳴る。遠慮なく自分が嫌いになれる感覚が癖になる。希への思いも、希の思いも、自由にしていいのは私だけだ。
私は、希と同じ滑り止めの女子高へ進学することにした。我ながらバカだと思う、先生も両親も苦い顔をしていた。私は、希が原因だと悟られないようにするので精一杯だった。高校に進学しても、希はキラキラしている。希はびっくりするくらい同性にモテて、いつも沢山の子に囲まれていた。私はこのとき、遂に思い知った、希はもう、私の物ではないのだと。嫌だった。希が”みんなの物”になるのが嫌で堪らない。話しかけよう、希と私はずっと一緒にいたんだから、希だってまた仲良くしてくれる。そう何度も自分に言い聞かせても、結局話しかけることは出来なかった。希が何となく、私を避けていると感じていたし、私も希を避けてしまっていた。今の自分には、希に話しかける資格があるとは思えない。何故なら私は、希を恨んでしまっている! 折角一年間を受験勉強に費やしたのに、それを不意にしたことを、自業自得にも拘らず、恨んでしまっているのだ! 積もり積もった希への好意が、私の中にある悪感情を許さない!
ある時から取り巻き共の間で、希に手作りのお菓子を差し入れする風習が出来始めた。これが余りにも気に入らない、至極、癪に障る。私の伝えられていない思いを簡単に渡すやつらへの嫉妬で狂いそうだった。この時、哀れにも私は、自分を許してしまった。希にプレゼントされたお菓子を盗み食いしたのだ。凄まじい背徳感だった、気持ち良い、心臓がどくどくと高鳴る。遠慮なく自分が嫌いになれる感覚が癖になる。希への思いも、希の思いも、自由にしていいのは私だけだ。
夜を徹す。
2022-07-21
深夜、寝支度を整え布団に潜り込んだ少女は、外から聞こえてくる祭り囃子に、今日が花祭りであったことを思い出す。慌てて外に出ると、そこには反対に住んでいるはずの先輩の姿があった。
二人が歩き出すと、普段は静かなその通りが、夜に相応しい乱痴気を見せ始める。
飾られた大名行列や富豪とのレース、酒豪集との呑み対決の末に、少女は先輩の家に着くが、そこで先輩と別れ、迎えに来た牛車に乗って家路に着く。帰宅後すぐに眠気が少女を襲い、布団に入るとすぐに深い眠りに誘われた。
翌朝、目が覚めてすぐに頬をつねるが、そこには痛みだけが残る。
二人が歩き出すと、普段は静かなその通りが、夜に相応しい乱痴気を見せ始める。
飾られた大名行列や富豪とのレース、酒豪集との呑み対決の末に、少女は先輩の家に着くが、そこで先輩と別れ、迎えに来た牛車に乗って家路に着く。帰宅後すぐに眠気が少女を襲い、布団に入るとすぐに深い眠りに誘われた。
翌朝、目が覚めてすぐに頬をつねるが、そこには痛みだけが残る。
私の生きがい
2022-07-20
原稿を書いてください雨の日も、風邪の日も、吹雪の日も、毎日登下校を支えてきた私。それが階段から転落してしまったことで入院することになってしまった。もう生きている意味を見出せなくなっていたのだが、毎日登下校を共にした子どもたちがお見舞に来て千羽鶴とメッセージカードを渡してくれたことによって何とか生きようと思えるようになった。もう一度あの楽しかった日々に戻りたいとリハビリに励み、何とか復帰。最後の登校日に間に合うことができた。
彼女の愛人
2022-07-18
バイトに向かうために鏡の前で寝癖をなんとか抑えつけていると、首元を蚊に刺されていることに気づいた。一度気になってしまえば、むず痒くなって何度も爪で引っ掻いて、血が出たから絆創膏を貼った。
右鎖骨の少し上。ユニフォームをきても、隠れることはなかった。
レジ打ちとしてカウンターに立つも、同じアルバイトと客の視線が痛い。僕はなんもしとらん。意識が飛んでいる間に、勝手につけられただけの被害者だ。
「どしたん。その首のやつは」
同い年の仲のいいアルバイトがニマニマしながら寄ってきた。
「寝ているときになんか吸われた」
僕の返答にそいつは肩を落とし、冗談めかして舌打ちをする。
「はぁ。お前、今日から俺の敵だから」
言った言葉に嘘はない。ただ、なんだか騙してしまったような罪悪感が作業する手を止める。
「チューじゃん。チュー」
そいつが口を尖らせながらからかってくる。
「普通、男がつけるだろ」だなんて恨みがましく呟いて、会計に訪れた客の対応に離れていった。弁明する気力もなく、右手で絆創膏に触れる。血を吸う蚊はみんなメスらしい。人間の血の栄養素を摂って、自分の産む子供の栄養にする。
そうすると僕以外に相手がいるのか。それなのに、跡をつけたのか。人間と虫とじゃ、生きる価値観は全く違うだろうけど、彼女にひどく弄ばれた気分だった。でも、まだあの寝室にいやしないだろうかと期待している自分がいる。
右鎖骨の少し上。ユニフォームをきても、隠れることはなかった。
レジ打ちとしてカウンターに立つも、同じアルバイトと客の視線が痛い。僕はなんもしとらん。意識が飛んでいる間に、勝手につけられただけの被害者だ。
「どしたん。その首のやつは」
同い年の仲のいいアルバイトがニマニマしながら寄ってきた。
「寝ているときになんか吸われた」
僕の返答にそいつは肩を落とし、冗談めかして舌打ちをする。
「はぁ。お前、今日から俺の敵だから」
言った言葉に嘘はない。ただ、なんだか騙してしまったような罪悪感が作業する手を止める。
「チューじゃん。チュー」
そいつが口を尖らせながらからかってくる。
「普通、男がつけるだろ」だなんて恨みがましく呟いて、会計に訪れた客の対応に離れていった。弁明する気力もなく、右手で絆創膏に触れる。血を吸う蚊はみんなメスらしい。人間の血の栄養素を摂って、自分の産む子供の栄養にする。
そうすると僕以外に相手がいるのか。それなのに、跡をつけたのか。人間と虫とじゃ、生きる価値観は全く違うだろうけど、彼女にひどく弄ばれた気分だった。でも、まだあの寝室にいやしないだろうかと期待している自分がいる。
魅入られた男
2022-07-15
その日は酷い嵐だった。
だから私は部屋に籠って本を読んでいる。
というかこんな時に外になんて出られるものか。
なにせ部屋にいても地震のように家ごと揺れているし、全方位から凄まじい風の音が響いてくるのだ。
特に窓の方なんか酷いものだ。バンバンと叩きつけるような轟音が延々としている。
そんな状況だから実際のところ読書にも集中できず、窓に視線をやる。
ガラス越しの海は漆黒にうねり、生きているかのように荒れ狂っている。
当然、こんな日に船を出すバカはいない。
そのはずだ。
しかし、真っ黒な海にただ一点違う色が見えた。
私の目には、それは波間を進む船にしか見えなかった。
そう頑丈そうには見えない木製の、時代錯誤な帆船。
そのくせあの怪獣みたいな荒波をものともせず乗りこなしている。
幽霊船ではないかと思ったものの、船体には傷ひとつない。
いや、こんな無茶な航海をしておいて傷がないことのほうが幽霊めいているか?
気づけば、僕はその船に釘付けになってしまっていた。
栞も挟まず本を閉じ、うるさい窓に張り付く。
相変わらずそれは平気な顔して嵐の海を突っ切っている。
しばらく見ていると、船の横を何かが泳いでいることに気づいた。
魚も引っ込むこの天候で?なんて疑問はもはや野暮に思えた。
目の前にあるのは明らかな超常の船。ならばもはや何が起きてもおかしくないように思えた。
今の私を突き動かすのはただの好奇心。
学者でも何でもない身だが、こんなものを目にすれば誰であれ未知への探究に囚われて当然。
なんとか目を凝らし、その船を並走……並泳?する何かを捉えようとする。
ちょうどソレは泳ぎ疲れたのか、船に上がろうとするところだった。
というか船員だったのか?せいぜいが怪魚だと思っていたのだが。
……そうして私はソレの、いや彼女の姿を見た。そして、船を見ただけで超常のものを知った気になっていた己を恥じた。
それは人魚だった。蒼い肌に桃色の鱗、遠目にはそれしか確認できなかったが間違いない。あの下半身は人間ではありえぬ形をしており、服には見えぬ光沢を持っていた。
ある意味では怪魚と思ったのも間違いではなかった。……彼女にはいささか失礼な言い方になってしまうが。
私があっけに取られているうちに彼女は船に入っていってしまった。
しまった、あの足でどう歩行しているのか見損ねた。
いや、人魚なら泳ぎ疲れて船に上がる必要があるのか?
わからない。あの船に他の船員はいるのか、いたとしてそいつらも人魚なのか?
ああ、世界の神秘にこんなに打ち震えたのは初めてだ。
もはやいてもたってもいられなかった。
嵐など気にならない。もっと近くで見てみたい。
強い衝動に駆られ、私は着の身着のまま家を飛び出した。
だから私は部屋に籠って本を読んでいる。
というかこんな時に外になんて出られるものか。
なにせ部屋にいても地震のように家ごと揺れているし、全方位から凄まじい風の音が響いてくるのだ。
特に窓の方なんか酷いものだ。バンバンと叩きつけるような轟音が延々としている。
そんな状況だから実際のところ読書にも集中できず、窓に視線をやる。
ガラス越しの海は漆黒にうねり、生きているかのように荒れ狂っている。
当然、こんな日に船を出すバカはいない。
そのはずだ。
しかし、真っ黒な海にただ一点違う色が見えた。
私の目には、それは波間を進む船にしか見えなかった。
そう頑丈そうには見えない木製の、時代錯誤な帆船。
そのくせあの怪獣みたいな荒波をものともせず乗りこなしている。
幽霊船ではないかと思ったものの、船体には傷ひとつない。
いや、こんな無茶な航海をしておいて傷がないことのほうが幽霊めいているか?
気づけば、僕はその船に釘付けになってしまっていた。
栞も挟まず本を閉じ、うるさい窓に張り付く。
相変わらずそれは平気な顔して嵐の海を突っ切っている。
しばらく見ていると、船の横を何かが泳いでいることに気づいた。
魚も引っ込むこの天候で?なんて疑問はもはや野暮に思えた。
目の前にあるのは明らかな超常の船。ならばもはや何が起きてもおかしくないように思えた。
今の私を突き動かすのはただの好奇心。
学者でも何でもない身だが、こんなものを目にすれば誰であれ未知への探究に囚われて当然。
なんとか目を凝らし、その船を並走……並泳?する何かを捉えようとする。
ちょうどソレは泳ぎ疲れたのか、船に上がろうとするところだった。
というか船員だったのか?せいぜいが怪魚だと思っていたのだが。
……そうして私はソレの、いや彼女の姿を見た。そして、船を見ただけで超常のものを知った気になっていた己を恥じた。
それは人魚だった。蒼い肌に桃色の鱗、遠目にはそれしか確認できなかったが間違いない。あの下半身は人間ではありえぬ形をしており、服には見えぬ光沢を持っていた。
ある意味では怪魚と思ったのも間違いではなかった。……彼女にはいささか失礼な言い方になってしまうが。
私があっけに取られているうちに彼女は船に入っていってしまった。
しまった、あの足でどう歩行しているのか見損ねた。
いや、人魚なら泳ぎ疲れて船に上がる必要があるのか?
わからない。あの船に他の船員はいるのか、いたとしてそいつらも人魚なのか?
ああ、世界の神秘にこんなに打ち震えたのは初めてだ。
もはやいてもたってもいられなかった。
嵐など気にならない。もっと近くで見てみたい。
強い衝動に駆られ、私は着の身着のまま家を飛び出した。
敏感な人
2022-07-15
アルバイトのところで、敏感な男の子がいる。
怒りやすくて、真面目すぎ。仕事の注意点について、小さいところでもいろいろ解釈する。
実の年齢は19歳が、少年気がなく、40代の中年男性みたい感じ。
元々中国人。昨年日本へ来た。両親が離婚して、母親が日本へ来た、日本の国籍に入った。あの男の子も日本の国籍に入ったかも。
なんであの子はいまの性格になるか?
昔何が発生するのか、将来何が発生するのか。
怒りやすくて、真面目すぎ。仕事の注意点について、小さいところでもいろいろ解釈する。
実の年齢は19歳が、少年気がなく、40代の中年男性みたい感じ。
元々中国人。昨年日本へ来た。両親が離婚して、母親が日本へ来た、日本の国籍に入った。あの男の子も日本の国籍に入ったかも。
なんであの子はいまの性格になるか?
昔何が発生するのか、将来何が発生するのか。
ガラスのコップ
2022-07-14
高校一年の篠原六男は両親から人殺しと疎まれながらも前向きに生きていた。人殺しと呼ばれる理由は彼が生まれる前に母親が五回の流産を繰り返しておりそれが六男のせいだと思い込んでいたからである。ろくに衣服も買い与えられない六男は学校でも虐められて学校でも家でも居場所がない憂鬱な生活を送っていた。そんな六男の唯一の心のよりどころは小学校の頃に自分を守ってくれた先輩の佐藤美緒からもらったガラスのコップだった。「すぐ割れるガラス、しかしその儚さがガラスの美しさを保っている。君の純粋さはガラスのようだ」という言葉と共にガラスのコップを毎日磨くほど大事にしていた
しかし、いじめは苛烈になり両親には新たな命が宿りもっと六男のことを構わないようになる。どこにも居場所がない六男は偶然にも佐藤美緒に会うが彼女は六男に気付かずない様子だった。また、彼女の傍には青年と子供がおりもう彼女は家庭を持っていることに気が付く。
六男は全てに絶望して首をくくることにする。最後に蹴った椅子にあたりガラスのコップが落ちて割れる。
しかし、いじめは苛烈になり両親には新たな命が宿りもっと六男のことを構わないようになる。どこにも居場所がない六男は偶然にも佐藤美緒に会うが彼女は六男に気付かずない様子だった。また、彼女の傍には青年と子供がおりもう彼女は家庭を持っていることに気が付く。
六男は全てに絶望して首をくくることにする。最後に蹴った椅子にあたりガラスのコップが落ちて割れる。
(未定)医者の狂恋
2022-07-14
ある田舎に天才的外科医がいた。
医者は能力以外は平凡な男だったが、一人の村娘に恋をした。
しかし思いは通ずることなく、娘は早世してしまう。
娘は埋葬されるが医者は諦めきれず、娘の死体を回収し処理を施し、以降狂気的な執着を見せる。
処置を施しても綻びが出始める死体。医者は生者の中からきれいな部品を持つものを選び、殺し、そのパーツを死体に充て続けた。
しかしある時ふと気づく。あらゆる他人のパーツで補い、不備を隠して保たせてきたこの物体は一体なんだ?これは彼女だ。医者は自分に言い聞かす。彼女と同じところを探す。
しかしもう思い出せない。彼女の瞳も、口も、体も、全て。
その頃彼女の妹と出会った。きれいな瞳、柔らかな口、整った体、美しい全て。
彼女は医者に優しくしてくれた。しかし医者はその美しいものが、自分のもとからなくなるのを恐れた。
そして妹のことも殺してしまう。そうして手に入った完璧な部品。
けれど医者は思い出した。愛した彼女のもっとも美しかった部分。優しくしてくれた、心。今、手放してしまった、もの。
医者は悲しみにくれ、愛した女性たちのもとで永遠の眠りについた。
医者は能力以外は平凡な男だったが、一人の村娘に恋をした。
しかし思いは通ずることなく、娘は早世してしまう。
娘は埋葬されるが医者は諦めきれず、娘の死体を回収し処理を施し、以降狂気的な執着を見せる。
処置を施しても綻びが出始める死体。医者は生者の中からきれいな部品を持つものを選び、殺し、そのパーツを死体に充て続けた。
しかしある時ふと気づく。あらゆる他人のパーツで補い、不備を隠して保たせてきたこの物体は一体なんだ?これは彼女だ。医者は自分に言い聞かす。彼女と同じところを探す。
しかしもう思い出せない。彼女の瞳も、口も、体も、全て。
その頃彼女の妹と出会った。きれいな瞳、柔らかな口、整った体、美しい全て。
彼女は医者に優しくしてくれた。しかし医者はその美しいものが、自分のもとからなくなるのを恐れた。
そして妹のことも殺してしまう。そうして手に入った完璧な部品。
けれど医者は思い出した。愛した彼女のもっとも美しかった部分。優しくしてくれた、心。今、手放してしまった、もの。
医者は悲しみにくれ、愛した女性たちのもとで永遠の眠りについた。
雨
2022-07-14
遅刻をしすぎてバイトを月3回に減らされてしまった。どうにもこうにも金がない。息をするにも金がいる。通帳の数字がどんどん小さくなっていく。信用が金で買えるのなら、いくらでも出したい。しかし、今は金がない。東京の隅っこ、1K、5.8畳、風呂トイレ別。この場所でする呼吸は、もはや悲鳴のように聞こえるだろう。
生きるためには金がいる。金がいるから働く。生きるために働いているのか、働くために生きているのか。天井を眺めながら考える。窓の外は雨。起き上がり、散歩でもすることにした。散歩は金が要らないからね。ケータイと財布と傘を持ち、外に出る。雨に濡れたアスファルトの匂いが鼻を通る。雨でも冷めることのない夏の熱が蠢いている。傘を差すのが下手くそなのか、手足はどんどん濡らされていく。このまま体が錆びてしまえば、漠然とした不安は消えるのだろうか。早く思考を鈍らせたいと思い、コンビニで缶ビールを買う。一気に飲み干す。これ一本で楽しくなれるなら、安い方だ。雨は不規則なリズムで傘を叩く。木々が雫で光っている。楽しくなってもまとわりつくのは、生活の不安だ。今の私は生きることに必死すぎて、惨めだろう。
生きるためには金がいる。金がいるから働く。生きるために働いているのか、働くために生きているのか。天井を眺めながら考える。窓の外は雨。起き上がり、散歩でもすることにした。散歩は金が要らないからね。ケータイと財布と傘を持ち、外に出る。雨に濡れたアスファルトの匂いが鼻を通る。雨でも冷めることのない夏の熱が蠢いている。傘を差すのが下手くそなのか、手足はどんどん濡らされていく。このまま体が錆びてしまえば、漠然とした不安は消えるのだろうか。早く思考を鈍らせたいと思い、コンビニで缶ビールを買う。一気に飲み干す。これ一本で楽しくなれるなら、安い方だ。雨は不規則なリズムで傘を叩く。木々が雫で光っている。楽しくなってもまとわりつくのは、生活の不安だ。今の私は生きることに必死すぎて、惨めだろう。
0に限りなく近い1と1に限りなく近い0
2022-07-13
二人の少年が同じ少女に恋をする話。
かたや三年以上引きこもってる、超不健康陰キャ大学生。
かたや三年以上前に死んだ、超絶パリピ陽キャ幽霊。
死んだように生きる少年と、生き生きとしている死んだ少年。
どちらが彼女のお眼鏡に叶うのか。
かたや三年以上引きこもってる、超不健康陰キャ大学生。
かたや三年以上前に死んだ、超絶パリピ陽キャ幽霊。
死んだように生きる少年と、生き生きとしている死んだ少年。
どちらが彼女のお眼鏡に叶うのか。
(未定)医者の狂恋
2022-07-12
ある田舎に天才的外科医がいた。
医者は能力以外は平凡な男だったが、一人の村娘に恋をした。
しかし思いは通ずることなく、娘は早世してしまう。
娘は埋葬されるが医者は諦めきれず、娘の死体を回収し処理を施し、以降狂気的な執着を見せる。
処置を施しても綻びが出始める死体。医者は生者の中からきれいな部品を持つものを選び、殺し、そのパーツを死体に充て続けた。
しかしある時ふと気づく。あらゆる他人のパーツで補い、不備を隠して保たせてきたこの物体は一体なんだ?これは彼女だ。医者は自分に言い聞かす。彼女と同じところを探す。
しかしもう思い出せない。彼女の瞳も、口も、体も、全て。
その頃彼女の妹と出会った。きれいな瞳、柔らかな口、整った体、美しい全て。
彼女は医者に優しくしてくれた。しかし医者はその美しいものが、自分のもとからなくなるのを恐れた。
そして妹のことも殺してしまう。そうして手に入った完璧な部品。
けれど医者は思い出した。愛した彼女のもっとも美しかった部分。優しくしてくれた、心。今、手放してしまった、もの。
医者は悲しみにくれ、愛した女性たちのもとで永遠の眠りについた。
医者は能力以外は平凡な男だったが、一人の村娘に恋をした。
しかし思いは通ずることなく、娘は早世してしまう。
娘は埋葬されるが医者は諦めきれず、娘の死体を回収し処理を施し、以降狂気的な執着を見せる。
処置を施しても綻びが出始める死体。医者は生者の中からきれいな部品を持つものを選び、殺し、そのパーツを死体に充て続けた。
しかしある時ふと気づく。あらゆる他人のパーツで補い、不備を隠して保たせてきたこの物体は一体なんだ?これは彼女だ。医者は自分に言い聞かす。彼女と同じところを探す。
しかしもう思い出せない。彼女の瞳も、口も、体も、全て。
その頃彼女の妹と出会った。きれいな瞳、柔らかな口、整った体、美しい全て。
彼女は医者に優しくしてくれた。しかし医者はその美しいものが、自分のもとからなくなるのを恐れた。
そして妹のことも殺してしまう。そうして手に入った完璧な部品。
けれど医者は思い出した。愛した彼女のもっとも美しかった部分。優しくしてくれた、心。今、手放してしまった、もの。
医者は悲しみにくれ、愛した女性たちのもとで永遠の眠りについた。
聖人たちの夜
2022-07-11
バーで男女が飲んでいるところから始まる。胡乱な様子の女性に男性が語るように、回想に入っていく。
回想内で男性とその彼女がいろいろな記念日を共に過ごし、幸せそうなカップルの思い出が描かれる。
しかし途中で彼女が事故にあってなくなったことが告げられる。
悲しみに明け暮れる男性。彼女の誕生日を一人で祝っていたら彼女が現れる。その日はハロウィーン。死者が一日だけ帰ってきてくれる日なのだ。喜ぶ彼だが、魔法は一日切り。終わればその日の記憶もなくなってしまう。そんな中彼は彼女にジャックオランタンの話を聞かせる。ハロウィーンに現れる、我を忘れた悲しい亡霊……。
回想が終わる。感動的な話に酒を飲む女性だが、消えたはずの記憶を男が持っていることに気が付く。それに対し男性は話の続きとして、ジャックオランタンのように記憶をなくして現世に帰ってきてくれた彼女-女性のことを抱きしめる。
回想内で男性とその彼女がいろいろな記念日を共に過ごし、幸せそうなカップルの思い出が描かれる。
しかし途中で彼女が事故にあってなくなったことが告げられる。
悲しみに明け暮れる男性。彼女の誕生日を一人で祝っていたら彼女が現れる。その日はハロウィーン。死者が一日だけ帰ってきてくれる日なのだ。喜ぶ彼だが、魔法は一日切り。終わればその日の記憶もなくなってしまう。そんな中彼は彼女にジャックオランタンの話を聞かせる。ハロウィーンに現れる、我を忘れた悲しい亡霊……。
回想が終わる。感動的な話に酒を飲む女性だが、消えたはずの記憶を男が持っていることに気が付く。それに対し男性は話の続きとして、ジャックオランタンのように記憶をなくして現世に帰ってきてくれた彼女-女性のことを抱きしめる。
ねむけ
2022-07-10
起きているときに眠気がある。夜更かしすることなく、長時間眠っているはずなのに、それでも眠くて仕方なくなる。頭のなかで鳴り響く金属音。これらは一体何なのか。特別なカウンセラーに会って原因を探っていく。
やわらかくてくだらない
2022-07-10
死んでしまうなら今日がいいと思った。終電を逃し、横たわる池袋西口。駅前のタイルは冷たくて気持ちがいい。同じような人たちがタクシー乗り場に長い列を使っている。行き交う車の赤いテールランプが目の中でちらつく。酔っ払いたちの大きい声が耳障りだ。先程吐いたばかりなのに、また苦しくなった。私を介抱する君も顔を歪ませ、私の隣で横たわっていた。夏の夜のぬるい風が吹いている。仰向けになって空を眺めてみるが、星一つ見えない。梅雨が明けたのか明けてないのか分からず、曖昧な天気だ。黒い夜空の上に塗りつぶしたように灰色の影がベッタリ張り付いている。起き上がり横になっている君の髪の毛を撫でると、おでこの汗で前髪がくっついて、夏だ、と思った。君はじっと私を見つめてきた。
「いま幸せかも」
と君が言うから、今しかないと思った。
「私と一緒に生きてよ」
君は目を瞑ったまま、少し笑った。
「なにそれ、プロポーズ?」
「そうかも」
私も笑った。口の中がさっき吐いたゲロのせいで苦いような、酸っぱいような味がした。気持ち悪いのか緊張しているのか、心臓がいつもより強く脈を打つ。君と一緒に生きていけたら。これ以上幸せなことはないのだ。君の髪の毛を優しく撫でる。この幸せを閉じ込めたかった。
「いま幸せかも」
と君が言うから、今しかないと思った。
「私と一緒に生きてよ」
君は目を瞑ったまま、少し笑った。
「なにそれ、プロポーズ?」
「そうかも」
私も笑った。口の中がさっき吐いたゲロのせいで苦いような、酸っぱいような味がした。気持ち悪いのか緊張しているのか、心臓がいつもより強く脈を打つ。君と一緒に生きていけたら。これ以上幸せなことはないのだ。君の髪の毛を優しく撫でる。この幸せを閉じ込めたかった。
名前も知らない先輩は僕の隣で究極の愛を求める
2022-07-10
「ああ、私は遂に気づいてしまった」
「………はぁ。聞きますから、そんな顔でこっちを見ないでくださいよ」
「ははっ、それでいい。では、聞いてくれ」
クールな容姿に似合わない、可愛い咳払いが夜の公園に響く。
「シンジン君、究極の愛ってどのようなものだと思う?」
「え、いきなりそれ聞きますか……えっと、キリスト教で言ってたような。すべての人を愛するとかどうとか」
「恐ろしく空虚な答えだね、答えられてもいないし」
「すいません、全く思いつかないです」
「まぁいいや。私はね、形を持たないもの、失ったものこそが究極の愛。つまり無に近づけば近づくほどその愛は究極になっていくと思うんだよ」
彼女の言葉を聞き終えたからか、再び夜が耳元で囁き始める。
「なんかカッコいいとは思いますけど、理解できるかと言われるとちょっと……」
「わからないのか?」
「はい」
「あり得ないぞ……例えばだが、できたてピカピカの宮殿と時代の流れに負けてぼろぼろになった古城。どっちが人を感じる?」
「それはまあ、ボロボロの城だと思います」
「じゃあ次に自分の持っている高級車や腕時計、宝石をチラつかせながら『好きだ!』と言ってくる男と高そうなものは何も持ってない、不安も剥き出しで『好きだ!』と言ってくる男。信用できるのはどっちだと思う?」
「それは人によると思うんですけど、流れ的に後者ですかね」
「ふふっ、大正解だ。つまり私が言いたいことはそういうことだよ」
「そういうことって言われても、だいぶふわっとしてる気がするのは」
眉間を軽く小突かれる。
「そこは気にしちゃいけない。私も気づけたというだけで具体的な答えに辿り着いたわけじゃないからね」
「そうなんですか。見つけられると良いですね」
「どうやら――――」
先輩の最後の言葉は夜のいたずらによりきれいに掻き消された。
とすっ
いつもの岩から軽快に立ち上がった彼女。黒い髪を風に撫でられ、その姿は月のあかりに艶めかしく照らされていた。
「………はぁ。聞きますから、そんな顔でこっちを見ないでくださいよ」
「ははっ、それでいい。では、聞いてくれ」
クールな容姿に似合わない、可愛い咳払いが夜の公園に響く。
「シンジン君、究極の愛ってどのようなものだと思う?」
「え、いきなりそれ聞きますか……えっと、キリスト教で言ってたような。すべての人を愛するとかどうとか」
「恐ろしく空虚な答えだね、答えられてもいないし」
「すいません、全く思いつかないです」
「まぁいいや。私はね、形を持たないもの、失ったものこそが究極の愛。つまり無に近づけば近づくほどその愛は究極になっていくと思うんだよ」
彼女の言葉を聞き終えたからか、再び夜が耳元で囁き始める。
「なんかカッコいいとは思いますけど、理解できるかと言われるとちょっと……」
「わからないのか?」
「はい」
「あり得ないぞ……例えばだが、できたてピカピカの宮殿と時代の流れに負けてぼろぼろになった古城。どっちが人を感じる?」
「それはまあ、ボロボロの城だと思います」
「じゃあ次に自分の持っている高級車や腕時計、宝石をチラつかせながら『好きだ!』と言ってくる男と高そうなものは何も持ってない、不安も剥き出しで『好きだ!』と言ってくる男。信用できるのはどっちだと思う?」
「それは人によると思うんですけど、流れ的に後者ですかね」
「ふふっ、大正解だ。つまり私が言いたいことはそういうことだよ」
「そういうことって言われても、だいぶふわっとしてる気がするのは」
眉間を軽く小突かれる。
「そこは気にしちゃいけない。私も気づけたというだけで具体的な答えに辿り着いたわけじゃないからね」
「そうなんですか。見つけられると良いですね」
「どうやら――――」
先輩の最後の言葉は夜のいたずらによりきれいに掻き消された。
とすっ
いつもの岩から軽快に立ち上がった彼女。黒い髪を風に撫でられ、その姿は月のあかりに艶めかしく照らされていた。
しょうがないね
2022-07-10
湿気と熱気のこもる体育館。だむだむと跳ねるバスケットボールは少なく、ただ陽が傾くのを汗を垂らして待っていた。本来はウォーミングアップをしなければならない時間を、監督がいないことを理由に談笑に費やしていた。誰の口からも「さあ、円になって!」なんて出てこない。全員が共犯となって浪費に目を背け続ける。別に怒られればいい。罵られればいい。目の前のチームメイトが ”今” 笑顔なら。”後” も自分と話してくれれば。
開け放たれた体育館の両開き扉から、一人、慌ただしく飛び込んできた。制服姿の後輩だ。部長の元に一直線に走り、何度か頭を下げ、また駆け足で両開き扉から出ていった。
「どうしたの?」
「なんか忌引きするって」
「あらら、しょうがないね」
情報は暇なチームメイトをめぐり、各々の同情の言葉が尾ヒレについていく。
私たちにもそのニュースは届き、親友の耳にも入った。親友の口が開かれ、そこから「いいなぁ」と漏れた。
「私、あんな風に死にたい」
親友の手からバスケットボールが落ち、だむと床を跳ねて転がっていく。
「怒られるのイヤだからさ。先生にも、あんたにも」
開け放たれた体育館の両開き扉から、一人、慌ただしく飛び込んできた。制服姿の後輩だ。部長の元に一直線に走り、何度か頭を下げ、また駆け足で両開き扉から出ていった。
「どうしたの?」
「なんか忌引きするって」
「あらら、しょうがないね」
情報は暇なチームメイトをめぐり、各々の同情の言葉が尾ヒレについていく。
私たちにもそのニュースは届き、親友の耳にも入った。親友の口が開かれ、そこから「いいなぁ」と漏れた。
「私、あんな風に死にたい」
親友の手からバスケットボールが落ち、だむと床を跳ねて転がっていく。
「怒られるのイヤだからさ。先生にも、あんたにも」
道草
2022-07-10
少年のある日の帰り道、過去へとつながる時間的異相少年のある日の帰り道、過去へとつながる時間的断層に入ってしまい、タイムスリップしてしまう。
織田信長が死ぬ前夜に立ち会い、元の時代に戻っても興奮の冷めやらなかった少年は味を占め、その場所でのタイムスリップを繰り返し、過去に行き続けてしまう。
恐竜時代や石器時代、弥生時代にスリップし、時間高校を楽しんでいたが、ふと思いつきで未来に行ける可能性を思いつく。
善は急げでその場所に行き未来に行こうとするが、消えた切り、少年は帰ってこなかった……。
織田信長が死ぬ前夜に立ち会い、元の時代に戻っても興奮の冷めやらなかった少年は味を占め、その場所でのタイムスリップを繰り返し、過去に行き続けてしまう。
恐竜時代や石器時代、弥生時代にスリップし、時間高校を楽しんでいたが、ふと思いつきで未来に行ける可能性を思いつく。
善は急げでその場所に行き未来に行こうとするが、消えた切り、少年は帰ってこなかった……。
静寂
2022-07-07
怒鳴り声で、目が覚めた。階下で両親が口論しているのだろう。まだぼんやりしている意識の中でも、すぐに分かった。何を言っているのかまでは、聞き取れない。聞こえない方がいいのかもしれない。
私はゆっくりと身体を起こし、2段ベッドの上の段から降りて、そっと窓のカーテンを開けた。青白い月の光が、暗い部屋の奥の方まで差し込んでくる。
ふと、私の名前を呼ぶ細く弱々しい声が背後から聞こえてきて、私はぱっと振り返った。声の主は、2段ベッドの下の段で、隅っこに縮まって膝を抱えていた。「ごめん、起こしちゃった?」ひそひそ声で私が問うと、彼女は小さく首を横に振った。
私は彼女の隣に座り、震える肩に毛布をかけてあげた。自分も一緒にその毛布にくるまって、彼女の肩に頭を預けてみる。彼女の身体は冷たくなっていた。
2人の静寂の中に、怒鳴り声は止まることなく響き続ける。「私はさ、」長い沈黙の後で、私は言った。「あんたと出会えたことだけは、よかったと思ってるよ」彼女の身体が少し、温まってきた気がした。
私はゆっくりと身体を起こし、2段ベッドの上の段から降りて、そっと窓のカーテンを開けた。青白い月の光が、暗い部屋の奥の方まで差し込んでくる。
ふと、私の名前を呼ぶ細く弱々しい声が背後から聞こえてきて、私はぱっと振り返った。声の主は、2段ベッドの下の段で、隅っこに縮まって膝を抱えていた。「ごめん、起こしちゃった?」ひそひそ声で私が問うと、彼女は小さく首を横に振った。
私は彼女の隣に座り、震える肩に毛布をかけてあげた。自分も一緒にその毛布にくるまって、彼女の肩に頭を預けてみる。彼女の身体は冷たくなっていた。
2人の静寂の中に、怒鳴り声は止まることなく響き続ける。「私はさ、」長い沈黙の後で、私は言った。「あんたと出会えたことだけは、よかったと思ってるよ」彼女の身体が少し、温まってきた気がした。
市役所にて
2022-07-06
主人公は市役所で務めている男性。資料室で仕事をしている最中、物音を聞いて正体が何かを確かめようとするが、何もわからない。それから地下に何か秘密が隠されているという噂を聞き、役所に隠されているものが気になっていく。
無能
2022-07-06
要領が悪く不器用な「俺」はネットで知り合った女から10万を騙し取られてため単発の配送助手のバイトを始めた。
担当のドライバーは暴言暴力を振るうヤンキーみたいな人物で「俺」の全てを否定した。
「俺」は形では謝りながらも自分の無力さとドライバーの態度に怒りを覚えながらもバイトを終えた。
給料を貰った「俺」はバイトでのストレスを発散するために風俗店に入っていった。
担当のドライバーは暴言暴力を振るうヤンキーみたいな人物で「俺」の全てを否定した。
「俺」は形では謝りながらも自分の無力さとドライバーの態度に怒りを覚えながらもバイトを終えた。
給料を貰った「俺」はバイトでのストレスを発散するために風俗店に入っていった。
吐
2022-07-06
「うぇ、うぇ、うぇぇぇ」
「一人で何してるの?」
「見てわかるだろ、吐いてるんだよ」
「ふーん、でも、その口からは何も出てないわよ?」
「わからないのか。まあちっちゃな女の子にはわからなくても仕方ない」
「何よその言い方!何も見えないんだからわかるわけ無いでしょ!!」
「心の毒を吐いてるんだ。血とか胃液とか、目に見えるものはもう出なくなっちゃったからね」
「なにそれ、ヘンなの」
「それはこっちのセリフなんだけどなぁ。がちゃがちゃしてるくせにお腹と足は丸出しな服。さっきからちょくちょく動いてる背中の羽。へんなの」
「ち、違うわ!私は美少女悪魔なの!服も羽も全部ホンモノだからヘンじゃない!」
「あー、勘違いロリコスプレイヤーか。一部の男たちは喜ぶと思うけど、生憎今の俺はなにかに熱中できるほど元気じゃないんだ」
「うぅぅ……最っ低ね!大切な心も全部吐き出しちゃったのかしら。アンタそれでも人間なの?」
「ははっ、まさか悪魔に心がどうこう言われるとはね。君が取っちゃったんだろ?」
「そんなことしないわ!」
「そうなのか。じゃあどこにいってしまったんだろうな。今は不要な毒で埋め尽くされているココに、昔あったモノ、は……」
「そんなのしらないわよ」
「そうか。じゃあ一緒に探してくれないか?好物だろ?悪魔特有の嗅覚を使えば簡単に見つかるだろうし」
「な、なんで私が手伝わなきゃいけないのよ!」
「いいじゃないか別に。それに見つかった時にはあげるよ。どうせいらないし」
「……早速探すわよ。早く準備しなさい」
「お、それでこそ悪魔だ」
ずっと壁に手をついていたからか、男の右肩は左に比べて少し下がっていた。
「一人で何してるの?」
「見てわかるだろ、吐いてるんだよ」
「ふーん、でも、その口からは何も出てないわよ?」
「わからないのか。まあちっちゃな女の子にはわからなくても仕方ない」
「何よその言い方!何も見えないんだからわかるわけ無いでしょ!!」
「心の毒を吐いてるんだ。血とか胃液とか、目に見えるものはもう出なくなっちゃったからね」
「なにそれ、ヘンなの」
「それはこっちのセリフなんだけどなぁ。がちゃがちゃしてるくせにお腹と足は丸出しな服。さっきからちょくちょく動いてる背中の羽。へんなの」
「ち、違うわ!私は美少女悪魔なの!服も羽も全部ホンモノだからヘンじゃない!」
「あー、勘違いロリコスプレイヤーか。一部の男たちは喜ぶと思うけど、生憎今の俺はなにかに熱中できるほど元気じゃないんだ」
「うぅぅ……最っ低ね!大切な心も全部吐き出しちゃったのかしら。アンタそれでも人間なの?」
「ははっ、まさか悪魔に心がどうこう言われるとはね。君が取っちゃったんだろ?」
「そんなことしないわ!」
「そうなのか。じゃあどこにいってしまったんだろうな。今は不要な毒で埋め尽くされているココに、昔あったモノ、は……」
「そんなのしらないわよ」
「そうか。じゃあ一緒に探してくれないか?好物だろ?悪魔特有の嗅覚を使えば簡単に見つかるだろうし」
「な、なんで私が手伝わなきゃいけないのよ!」
「いいじゃないか別に。それに見つかった時にはあげるよ。どうせいらないし」
「……早速探すわよ。早く準備しなさい」
「お、それでこそ悪魔だ」
ずっと壁に手をついていたからか、男の右肩は左に比べて少し下がっていた。
過去へ戻れば 何がしたいか
2022-07-06
友達とじゃべた時、他人の人生が羨ましかった。子供からずっと努力するので、上手なこともあるし、夢もあるし、明らかな性格もある。だから羨ましい。
また、今まで、失ったこともいっぱいある。
過去に注意しなかった友達など。
もしかしたら、私も子供からずっと努力すれば、私も偉い人生があるだろう。
失ったことも全部戻るかも。
しかし、もし過去に戻れば、本当に理想的な生活になるか。
また、今まで、失ったこともいっぱいある。
過去に注意しなかった友達など。
もしかしたら、私も子供からずっと努力すれば、私も偉い人生があるだろう。
失ったことも全部戻るかも。
しかし、もし過去に戻れば、本当に理想的な生活になるか。
ウィークエンド
2022-07-06
「ねえ、それ、まだ終わってないの?お客さん待ってるから早く!」「はい、すみません」「それ今やらなくていいから、こっち!」「はい、すみません」
謝ってばかりだ。要領が悪くて、どんくさくて、優柔不断で、不器用で。そんな自分が、私は嫌いだ。学校には友達もいない、バイト先では怒られてばかり。
でも、週末の私は違う。大好きなブランドの服を着て、丁寧に化粧をして、大好きな人に会いに行くのだ。週末の私は無敵だ。なんにもない私は、この日だけは、なんにでもなれるのだ。
そんな自分を想像しながら、ウィークデイを生き抜くのだ。
謝ってばかりだ。要領が悪くて、どんくさくて、優柔不断で、不器用で。そんな自分が、私は嫌いだ。学校には友達もいない、バイト先では怒られてばかり。
でも、週末の私は違う。大好きなブランドの服を着て、丁寧に化粧をして、大好きな人に会いに行くのだ。週末の私は無敵だ。なんにもない私は、この日だけは、なんにでもなれるのだ。
そんな自分を想像しながら、ウィークデイを生き抜くのだ。
会社の屋上から
2022-07-05
上司に怒られ続けた「ぼく」は自殺しようと会社の屋上に立った。
屋上にはいつも窓際にいる中年社員がおり、「ぼく」に話しかけてきた。
「ちょっと広い世界を見てみないか」
二人は屋上の下から見える人々の生活から互いの印象を語っていく。
「ぼく」はちょっと世界広く感じるようになり屋上から仕事場に戻る。
屋上にはいつも窓際にいる中年社員がおり、「ぼく」に話しかけてきた。
「ちょっと広い世界を見てみないか」
二人は屋上の下から見える人々の生活から互いの印象を語っていく。
「ぼく」はちょっと世界広く感じるようになり屋上から仕事場に戻る。
骨になる旅
2022-07-05
骨だけになった女神が僕の目の前に立つ。美貌も覇気もない。ただぽわっと光る衣服を纏った骨がそこにはいた。
「なぜそんな姿になっているのですか?」
「人々に尽くしてきた末路なのです」
「そのせいで骨に?理解ができません」
「救いを授ける為に力を使い、鼓舞するために下に降り、最後の夢を見せる為に涙を流す。このことの難しさを貴方が知らないからそう問うのです」
「そんなことはないです。人に力を与えるためこれまで頑張ってきました。それだけは、胸を張って言えます。その結果ここに来る事態になってしまったわけですが」
「それは貴方の思い上がりです。では、力を与えるために自分を殺していましたか?そのことだけを考えて尽力していましたか?」
「………」
「沈黙は肯定と受け取りますよ。やはり夢を叶えるため、その先の輝かしい未来のため、自分の欲を満たすため、ですか。愚かです、しかし人間としては当然の欲望なので否定はできません」
「そのとおりです。あの頃の僕は夢と欲に塗れていましたよ」
「それが私と貴方の違いですよ。尤も、滅私奉公ができてしまったらそれこそ人としては生きられないでしょうが」
かちゃん。かちゃん。かちゃん。女神の足音には人を幸福にする音色は含まれていなかった。
「あの、どうすれば、それができますか」
「私のようになりたいのですか」
頭の後ろに目があるのでは、と錯覚するほど心がきつく縛られた。
「なりたい、です」
「まだ夢を追いますか。もう懲りたほうが良いのではと思いますが」
「地獄の底にある熱い汁をまだ飲めてはいないので。それに、その美しい骨に魅了されました」
「やはり人間は愚かですね」
「その言葉、肯定と受け取ります」
「好きにしてください」
骨になる旅路を歩みだした僕の頬にいくらかの骨粉が舞ってきた。
「なぜそんな姿になっているのですか?」
「人々に尽くしてきた末路なのです」
「そのせいで骨に?理解ができません」
「救いを授ける為に力を使い、鼓舞するために下に降り、最後の夢を見せる為に涙を流す。このことの難しさを貴方が知らないからそう問うのです」
「そんなことはないです。人に力を与えるためこれまで頑張ってきました。それだけは、胸を張って言えます。その結果ここに来る事態になってしまったわけですが」
「それは貴方の思い上がりです。では、力を与えるために自分を殺していましたか?そのことだけを考えて尽力していましたか?」
「………」
「沈黙は肯定と受け取りますよ。やはり夢を叶えるため、その先の輝かしい未来のため、自分の欲を満たすため、ですか。愚かです、しかし人間としては当然の欲望なので否定はできません」
「そのとおりです。あの頃の僕は夢と欲に塗れていましたよ」
「それが私と貴方の違いですよ。尤も、滅私奉公ができてしまったらそれこそ人としては生きられないでしょうが」
かちゃん。かちゃん。かちゃん。女神の足音には人を幸福にする音色は含まれていなかった。
「あの、どうすれば、それができますか」
「私のようになりたいのですか」
頭の後ろに目があるのでは、と錯覚するほど心がきつく縛られた。
「なりたい、です」
「まだ夢を追いますか。もう懲りたほうが良いのではと思いますが」
「地獄の底にある熱い汁をまだ飲めてはいないので。それに、その美しい骨に魅了されました」
「やはり人間は愚かですね」
「その言葉、肯定と受け取ります」
「好きにしてください」
骨になる旅路を歩みだした僕の頬にいくらかの骨粉が舞ってきた。
笑う怪物
2022-07-04
できるだけ、波を立てず
幸せを求めるために唯唯諾諾と時を過ごしてきた。
「ねえ、ニコちゃん!アレやってよ!」
この社会は賢く生きた者、耐え凌いだ者には安定した生活が確約される。
「ニコ~、ゲーセン行くっしょ」
そのために私達は学力、技術力、実行力や計画力、想像力、傾聴力を身に着ける。
「ニコ君、この仕事おねがいできるかな」
しかし、その体制に適応できない人間も社会には存在しているわけで。
「ねえ、」
私達人間は協調性が求められ、社会において"水"である。
そして、社会という器は私達を一つのまとまりとして収めている。
何か問題が起これば、社会の中で私達は波打つ。
その問題が大きいほどに波は大きくなり、
零れ落ちる水がいる。
「ずっと思ってたけど」
社会の良いところをあげるのであれば、復帰できれば希望は残されている、ということだろう。
神は器の中にいる限り、私達にチャンスを与えてくださる。
そう、聞こえがいいかも知れないが
しかし、零れ落ちた水が器に戻ることはできはしない。
「ニコって、さ」
それこそ、天変地異の起きない限りは。
「ずっと笑ってて、人間じゃないみたい」
人々は器から零れてしまった人間を
“落ちこぼれ”と呼ぶ。
私が身に着けた才能は
"愛嬌"
私はきっと
笑うことしかできない、怪物だ。
幸せを求めるために唯唯諾諾と時を過ごしてきた。
「ねえ、ニコちゃん!アレやってよ!」
この社会は賢く生きた者、耐え凌いだ者には安定した生活が確約される。
「ニコ~、ゲーセン行くっしょ」
そのために私達は学力、技術力、実行力や計画力、想像力、傾聴力を身に着ける。
「ニコ君、この仕事おねがいできるかな」
しかし、その体制に適応できない人間も社会には存在しているわけで。
「ねえ、」
私達人間は協調性が求められ、社会において"水"である。
そして、社会という器は私達を一つのまとまりとして収めている。
何か問題が起これば、社会の中で私達は波打つ。
その問題が大きいほどに波は大きくなり、
零れ落ちる水がいる。
「ずっと思ってたけど」
社会の良いところをあげるのであれば、復帰できれば希望は残されている、ということだろう。
神は器の中にいる限り、私達にチャンスを与えてくださる。
そう、聞こえがいいかも知れないが
しかし、零れ落ちた水が器に戻ることはできはしない。
「ニコって、さ」
それこそ、天変地異の起きない限りは。
「ずっと笑ってて、人間じゃないみたい」
人々は器から零れてしまった人間を
“落ちこぼれ”と呼ぶ。
私が身に着けた才能は
"愛嬌"
私はきっと
笑うことしかできない、怪物だ。
世界の中心 ~俺はまだムカソペッチョヨを知らない~
2022-07-04
自称「世界の中心にいる男」山本光一郎は自身が作った造語を会話に使い相手にその造語を強制的に使わせていた。
いつまで経っても造語を覚えない新人に説教をしていた時に「ムカソペッチョヨ」という単語が聞こえてきた。
どうやら世間では「ムカソペッチョヨ」は当たり前の言葉のようだが、山本は自身が世界から取り残されているように感じてしまう。
ありとあらゆる場面で「ムカソペッチョヨ」を聞いて疲れてしまった山本は自身の妻から「ムカソペッチョヨ」という言葉を聞き発狂してしまう。
「ムカソペッチョヨってなんだよおおおおおおおおおおおおお!」
いつまで経っても造語を覚えない新人に説教をしていた時に「ムカソペッチョヨ」という単語が聞こえてきた。
どうやら世間では「ムカソペッチョヨ」は当たり前の言葉のようだが、山本は自身が世界から取り残されているように感じてしまう。
ありとあらゆる場面で「ムカソペッチョヨ」を聞いて疲れてしまった山本は自身の妻から「ムカソペッチョヨ」という言葉を聞き発狂してしまう。
「ムカソペッチョヨってなんだよおおおおおおおおおおおおお!」
ファッショナブル マネキン
2022-07-04
「夜分遅くにすいません。隣の家の道化です」
「ああ、隣の家の道化さんですか。久々に会いましたね」
「そうですね。出張先が忙しくてですね、ずっと向こうに。家に帰ったのはホント久しぶりです」
「そんな貴重な時間に、どうしたんですか?」
「そろそろ仮面の交換時期かなと思って」
「ああ、確かにそうでした。ちょうど明日で切れちゃうんです。善人の仮面と笑い上手の仮面が。善人は無くてもなんとかできますけど、笑い上手はないと困りますからね、社会的に」
「いやぁ、今日来てよかったです。ギリギリでした。えぇっと、善人と笑い上手をいつも通り百枚ずつ。誘われ上手と口達者も五十枚ずつ渡しておきますね」
「本当にいつもいつもありがとうございます。料金はいつもの口座に振り込んでおきますので」
「よろしくおねがいします。ではまた仮面が切れたらお願いしますね」
「こちらこそお願いします」
がちゃん
「ふぅ、やっぱお隣さんとの関係が上手くいくメガネに変えて正解だったな。今回もたんまりオマケが貰えた」
「ああ、隣の家の道化さんですか。久々に会いましたね」
「そうですね。出張先が忙しくてですね、ずっと向こうに。家に帰ったのはホント久しぶりです」
「そんな貴重な時間に、どうしたんですか?」
「そろそろ仮面の交換時期かなと思って」
「ああ、確かにそうでした。ちょうど明日で切れちゃうんです。善人の仮面と笑い上手の仮面が。善人は無くてもなんとかできますけど、笑い上手はないと困りますからね、社会的に」
「いやぁ、今日来てよかったです。ギリギリでした。えぇっと、善人と笑い上手をいつも通り百枚ずつ。誘われ上手と口達者も五十枚ずつ渡しておきますね」
「本当にいつもいつもありがとうございます。料金はいつもの口座に振り込んでおきますので」
「よろしくおねがいします。ではまた仮面が切れたらお願いしますね」
「こちらこそお願いします」
がちゃん
「ふぅ、やっぱお隣さんとの関係が上手くいくメガネに変えて正解だったな。今回もたんまりオマケが貰えた」
タイトルを記入してください。
2022-07-01
「仲達、僕が今なんで怒っているかわかる?」
大きく丸い太陽が丁度一つ、雲に飲み込まれている頃だった。
「・・・お前が怒りを覚えていたってのを知ったのが今だな。」
そりゃ会って2秒でこんなこと言われても知らんわってなるだろ。
彼の歩く背中を追う。彼の歩幅はその155センチという低身長も相成って大変狭い。愛馬(自転車です)シャブラングが俺の横でつまらなそうにカラカラと鳴いている。
「お前いつからこんな脈略のない会話するようになったんだよ。」
俺の知ってるこいつはこんな胸やけがするような話し方をする奴じゃなかったはずだ。
「ちょっと孔明さんの真似してみた。」
「今すぐやめろ。絶対に友達が数人減ることになるに違いねえ。」
いたずらを実行して自慢げにはにかむ子供みたいに笑う彼に、とりあえずの正論をぶつけておく。
「んで?何があったんだよ。」
軽口もそこそこにして本題に入る。正直最初はイラっと来たものだが、今はそれなりに彼が憤っている理由が気になっていた。それは俺の記憶の中で彼が怒るという行為を見たことがなかったからだ。
「・・・まだちょっとだけ、モノマネ、続けるね。」
隠れていた太陽が顔を出した。時は夕方、辺り一面が夕日で染まるのと同時に彼が振り向く。
「人って自分のためより誰かのための方が本気になれると思うの。」
何の脈略もなく、彼は語り始めた。
「そうか?人は結局自分が一番大事な生き物だと思うが。」
「もちろん、一番大事なのは自分だよ。でも、例えば誰か大事な人が困ってたらどうにかして助けてあげたくなると思わない?その時こそ自分にできる精一杯を絞り出せる。」
大事とか、そういう問題じゃない。こいつが言いたいのは本気になるトリガーは自分ではなく他人が握っているということ。それはなんとなくだが納得がいった。
「だから、その、例えばだけど、自分にとって大切な人が誰かに悪く言われてるって状況だったら、僕は自分の知る限り、その人のいいところを言いたいんだ。自分のできる精一杯でその話を止めるんだ。君たちは、そいつのこと、どれだけ知ってるんだって。僕は、これだけ、その人のいいところを知ってるぞって。知らないくせになんで、そんなこと、言えるんだって、言いたいんだよ。僕は、その人が悪く言われてるのが、嫌だったから。嫌だったんだよ。」
大きな目から銀糸のような、弱アルカリ性の液体を出している彼をひょいと担ぎ上げて、愛馬シャブラングの背に乗せる。
ペダルをいつもよりも強めに踏むとガラガラガラと雄々しく鳴いて走り出す。後ろの彼はその43キロという体重も相成って、運転には少しの支障もなかった。
「仲達、さっきの、例え話だからね。」
「ああ、分かってるよ。」
すっかり涙声と化した彼の言葉に返答する。
俺は本気になったことはない。俺はこれからも本気にはならない。それがアイツとの約束だから。
でも、後ろで喧嘩に負けた後の子供のように泣く彼を思うと、死ぬ一歩手前の本気を出したいと思う自分もいた。
背中のコイツのために、俺は死ぬ一歩手前の、本気の自分になれるのだろうかをひとしきり考えた後、彼にこう告げた。
「なあ伯言、とりあえずお前、孔明のモノマネもうちょっと練習したほうがいいぞ。」
「・・・もうするのやめるからいい。」
陸遜、字は伯言。ただの俺の腐れ縁だ。
大きく丸い太陽が丁度一つ、雲に飲み込まれている頃だった。
「・・・お前が怒りを覚えていたってのを知ったのが今だな。」
そりゃ会って2秒でこんなこと言われても知らんわってなるだろ。
彼の歩く背中を追う。彼の歩幅はその155センチという低身長も相成って大変狭い。愛馬(自転車です)シャブラングが俺の横でつまらなそうにカラカラと鳴いている。
「お前いつからこんな脈略のない会話するようになったんだよ。」
俺の知ってるこいつはこんな胸やけがするような話し方をする奴じゃなかったはずだ。
「ちょっと孔明さんの真似してみた。」
「今すぐやめろ。絶対に友達が数人減ることになるに違いねえ。」
いたずらを実行して自慢げにはにかむ子供みたいに笑う彼に、とりあえずの正論をぶつけておく。
「んで?何があったんだよ。」
軽口もそこそこにして本題に入る。正直最初はイラっと来たものだが、今はそれなりに彼が憤っている理由が気になっていた。それは俺の記憶の中で彼が怒るという行為を見たことがなかったからだ。
「・・・まだちょっとだけ、モノマネ、続けるね。」
隠れていた太陽が顔を出した。時は夕方、辺り一面が夕日で染まるのと同時に彼が振り向く。
「人って自分のためより誰かのための方が本気になれると思うの。」
何の脈略もなく、彼は語り始めた。
「そうか?人は結局自分が一番大事な生き物だと思うが。」
「もちろん、一番大事なのは自分だよ。でも、例えば誰か大事な人が困ってたらどうにかして助けてあげたくなると思わない?その時こそ自分にできる精一杯を絞り出せる。」
大事とか、そういう問題じゃない。こいつが言いたいのは本気になるトリガーは自分ではなく他人が握っているということ。それはなんとなくだが納得がいった。
「だから、その、例えばだけど、自分にとって大切な人が誰かに悪く言われてるって状況だったら、僕は自分の知る限り、その人のいいところを言いたいんだ。自分のできる精一杯でその話を止めるんだ。君たちは、そいつのこと、どれだけ知ってるんだって。僕は、これだけ、その人のいいところを知ってるぞって。知らないくせになんで、そんなこと、言えるんだって、言いたいんだよ。僕は、その人が悪く言われてるのが、嫌だったから。嫌だったんだよ。」
大きな目から銀糸のような、弱アルカリ性の液体を出している彼をひょいと担ぎ上げて、愛馬シャブラングの背に乗せる。
ペダルをいつもよりも強めに踏むとガラガラガラと雄々しく鳴いて走り出す。後ろの彼はその43キロという体重も相成って、運転には少しの支障もなかった。
「仲達、さっきの、例え話だからね。」
「ああ、分かってるよ。」
すっかり涙声と化した彼の言葉に返答する。
俺は本気になったことはない。俺はこれからも本気にはならない。それがアイツとの約束だから。
でも、後ろで喧嘩に負けた後の子供のように泣く彼を思うと、死ぬ一歩手前の本気を出したいと思う自分もいた。
背中のコイツのために、俺は死ぬ一歩手前の、本気の自分になれるのだろうかをひとしきり考えた後、彼にこう告げた。
「なあ伯言、とりあえずお前、孔明のモノマネもうちょっと練習したほうがいいぞ。」
「・・・もうするのやめるからいい。」
陸遜、字は伯言。ただの俺の腐れ縁だ。
蛇を拾う話
2022-06-30
原稿を書いてください。或る日の事であった、新人社員の洗礼とも言うべき会社の歓迎会を乗り切り、二次会の誘いを躱して千鳥足で帰路についていた深夜の事でもあった。
等間隔で設置されている街頭の下に、何かが置いてあることに気づいた。
頭上を酒精が回る中、それが段ボールであることを辛うじて認識する。
そこから先は何も覚えていない、確かなのはあの後何とか家に帰れたことくらいであろうか。
そして次の日起きると、ベッド横のテーブルの上に昨日の蛇がいた。
「うわぁ」
人間、キャパシティを越えた出来事が起きると一周回って淡白な反応しか出来ないのだと知った。
さて、どうしたものか。
恐らく昨日酔った勢いで持ち帰ってきたのだと思うが、とんと記憶に無い。
まぁこの際どうして拾ったのかはいい、喫緊の問題は蛇をどうするか。
ふむ、常識的に考えて三つの選択肢が浮かぶ。
1取り合えずもとの場所に返してくる
2保健所に連絡して引き取ってもらう
3ペットとして飼う
このくらいだろうか、流石に1は論外だろう。
一度拾ったのに返すのは余りにも身勝手が過ぎるし、周辺住民の迷惑にもなる只の現実逃避だ、ついでに言えば白い蛇を捨てたらバチが当たりそうだ。
では2は?これも余り選択したくはない、今度は主に個人的な理由で。
保健所に送られた動物の末路は想像に固くない、しかも犬や猫ではなく蛇だ、積極的に処理されてもなんら不思議はない。
そのような末路がわかっているのにソレを選ぶほど、私は非情にはなれない。自分でも難儀な性格をしていると思うが、外道や冷酷な性格よりは余程マシだと信じたい。
…わかってはいたが、実質選択肢は一つか。
幸いにして今日明日は休日である、週休ニ日制に感謝を捧げながら彼(彼女?)の飼育環境を確保するとしよう。
気ままな一人暮らしが故に資金はある、知識は全くないが現代にはインターネットなる叡知の結晶がある。
先人に敬意を払って検索ワードを入力、後はEnterキーを押すだけで知識は手に入る。
ふむふむ、なるほど、大体わかった。
では具体的な飼育器具を用立てるべく、通販サイト開く。
良い時代になったもので、注文すれば明日には届くこの通販サイトは世界的規模になったのも頷ける程の圧倒的利便性を誇る。
一国民として外資系企業に金を落とすのに思うところが無いでもないが、便利さには勝てぬ、密林万歳。
特に使いどころがある金でもないので、少し奮発してお高い器具にして注文確定、ちなみにプライム会員なので送料は無料だ。
そこまでしたところで腹がなった、そういえば朝から何も食べていない。
「飯にするか」
台所に行こうとたった時、何気なくテーブルの上を見る新たな住人は段ボールの中をチョロチョロ動き回っているが決して段ボールから出ようとはしなかった。
思えば私が昨夜、無防備に寝ているときもこの蛇は段ボールから出なかったのだろう、随分と利口な蛇である。
「いいな、気に入った」
思わず口をついて出たことばに頭をもたげる蛇、偶然だろうが益々気に入った、今日の夕飯は期待しているが良い。
棚にあった缶詰めで適当に腹を満たした後、改めて蛇と向き合う。やはり体が白い、埃などで多少汚れてはいるがそれでも恐ろしい程に綺麗な白さだ。
白い蛇は神の使いというし、蛇の脱け殻を財布に入れれば金運が上がるとも言う。
思えばこの蛇と出会ったのも運命なのかもしれないと感じるのは、流石に思い上がりか。
そういえば
「お前、名前は…あるわけ無いか」
蛇はコテンと首?を傾げ、此方を見る。
ふむ、早くも情が湧いてきたようだ、可愛くて仕方がない。
蛇子、蛇助、蛇朗、蛇田、思い着いた名を口に出してみるがどうもしっくり来ない、心なしか蛇の視線も冷えてきた気がする。
ネーミングセンスが皆無らしい私は困り果てる、地域に蛇の伝承でもあればそこから捩ってつけるのだが、生憎この地域にそんなに伝承はない。
はてさて、その後一時間ほど頭を捻るものの一向に妙案は思い付かない。
このままではいけない、少し頭を冷やそうと別の事を始める。
徐にスマホを取り出しソーシャルゲームの周回を始める、程よく頭が空っぽになった所でふと思い付く。
「決めた、お前の名前はキヨだ」
なんとなしに出た名前だが割りと良い名前なのではないか、雄でも雌でも違和感がない。
蛇もこの名前には異論無いようで、とぐろを巻いてじっとしている。
それでは私も蛇の、いやキヨの住みかが来るのをとぐろを巻いて待っていようでは無いか。
さて、唐突ではあるが私は所謂ヲタクに分類される人間である。
明確に何のヲタクかは自分でも解らない、何しろアニメやゲームは勿論のこと音楽から洋画まで幅広く網羅してるからだ。
節操なしに範囲を広げた分知識は広く浅いし、その道一筋のヲタクが見れば噴飯ものだろうが申し訳ない。
兎に角、私が言いたいのは休日はアニメやゲームを享受している事であって、夕飯まで何時ものようにそうしていたのでる。
だからだろうか、その決定的な瞬間に気づいたのは。
ふと、声が聞こえた気がした。
普段ならばアニメやゲームの音声だと流したが、何故か今日は違う気がした。
よくよく耳を済ませば、その微かな音はリビングから聞こえる。
さてはキヨだな、蛇はシューシューと鳴くと知ったし、この機会に聞いてみようとリビングに赴く。
しかし鳴くのを止めたのか、着いたときには静寂がリビングを包んでいた。
少しがっかりしながら、蛇の方を見ると目があった…気がした。
そして静寂がリビングを包んでいたからか、それは嫌にハッキリと聞こえた。
「メシ」
その声はキヨの方から聞こえ、気のせいでなければキヨ自身から発せられたように感じられた。
「メシ」
時間にして約三分、世界から音が消えた。
「うわぁ」
人間、キャパシティを越えた出来事が起きると一周回って淡白な反応しか出来ないのだと再び知った。
等間隔で設置されている街頭の下に、何かが置いてあることに気づいた。
頭上を酒精が回る中、それが段ボールであることを辛うじて認識する。
そこから先は何も覚えていない、確かなのはあの後何とか家に帰れたことくらいであろうか。
そして次の日起きると、ベッド横のテーブルの上に昨日の蛇がいた。
「うわぁ」
人間、キャパシティを越えた出来事が起きると一周回って淡白な反応しか出来ないのだと知った。
さて、どうしたものか。
恐らく昨日酔った勢いで持ち帰ってきたのだと思うが、とんと記憶に無い。
まぁこの際どうして拾ったのかはいい、喫緊の問題は蛇をどうするか。
ふむ、常識的に考えて三つの選択肢が浮かぶ。
1取り合えずもとの場所に返してくる
2保健所に連絡して引き取ってもらう
3ペットとして飼う
このくらいだろうか、流石に1は論外だろう。
一度拾ったのに返すのは余りにも身勝手が過ぎるし、周辺住民の迷惑にもなる只の現実逃避だ、ついでに言えば白い蛇を捨てたらバチが当たりそうだ。
では2は?これも余り選択したくはない、今度は主に個人的な理由で。
保健所に送られた動物の末路は想像に固くない、しかも犬や猫ではなく蛇だ、積極的に処理されてもなんら不思議はない。
そのような末路がわかっているのにソレを選ぶほど、私は非情にはなれない。自分でも難儀な性格をしていると思うが、外道や冷酷な性格よりは余程マシだと信じたい。
…わかってはいたが、実質選択肢は一つか。
幸いにして今日明日は休日である、週休ニ日制に感謝を捧げながら彼(彼女?)の飼育環境を確保するとしよう。
気ままな一人暮らしが故に資金はある、知識は全くないが現代にはインターネットなる叡知の結晶がある。
先人に敬意を払って検索ワードを入力、後はEnterキーを押すだけで知識は手に入る。
ふむふむ、なるほど、大体わかった。
では具体的な飼育器具を用立てるべく、通販サイト開く。
良い時代になったもので、注文すれば明日には届くこの通販サイトは世界的規模になったのも頷ける程の圧倒的利便性を誇る。
一国民として外資系企業に金を落とすのに思うところが無いでもないが、便利さには勝てぬ、密林万歳。
特に使いどころがある金でもないので、少し奮発してお高い器具にして注文確定、ちなみにプライム会員なので送料は無料だ。
そこまでしたところで腹がなった、そういえば朝から何も食べていない。
「飯にするか」
台所に行こうとたった時、何気なくテーブルの上を見る新たな住人は段ボールの中をチョロチョロ動き回っているが決して段ボールから出ようとはしなかった。
思えば私が昨夜、無防備に寝ているときもこの蛇は段ボールから出なかったのだろう、随分と利口な蛇である。
「いいな、気に入った」
思わず口をついて出たことばに頭をもたげる蛇、偶然だろうが益々気に入った、今日の夕飯は期待しているが良い。
棚にあった缶詰めで適当に腹を満たした後、改めて蛇と向き合う。やはり体が白い、埃などで多少汚れてはいるがそれでも恐ろしい程に綺麗な白さだ。
白い蛇は神の使いというし、蛇の脱け殻を財布に入れれば金運が上がるとも言う。
思えばこの蛇と出会ったのも運命なのかもしれないと感じるのは、流石に思い上がりか。
そういえば
「お前、名前は…あるわけ無いか」
蛇はコテンと首?を傾げ、此方を見る。
ふむ、早くも情が湧いてきたようだ、可愛くて仕方がない。
蛇子、蛇助、蛇朗、蛇田、思い着いた名を口に出してみるがどうもしっくり来ない、心なしか蛇の視線も冷えてきた気がする。
ネーミングセンスが皆無らしい私は困り果てる、地域に蛇の伝承でもあればそこから捩ってつけるのだが、生憎この地域にそんなに伝承はない。
はてさて、その後一時間ほど頭を捻るものの一向に妙案は思い付かない。
このままではいけない、少し頭を冷やそうと別の事を始める。
徐にスマホを取り出しソーシャルゲームの周回を始める、程よく頭が空っぽになった所でふと思い付く。
「決めた、お前の名前はキヨだ」
なんとなしに出た名前だが割りと良い名前なのではないか、雄でも雌でも違和感がない。
蛇もこの名前には異論無いようで、とぐろを巻いてじっとしている。
それでは私も蛇の、いやキヨの住みかが来るのをとぐろを巻いて待っていようでは無いか。
さて、唐突ではあるが私は所謂ヲタクに分類される人間である。
明確に何のヲタクかは自分でも解らない、何しろアニメやゲームは勿論のこと音楽から洋画まで幅広く網羅してるからだ。
節操なしに範囲を広げた分知識は広く浅いし、その道一筋のヲタクが見れば噴飯ものだろうが申し訳ない。
兎に角、私が言いたいのは休日はアニメやゲームを享受している事であって、夕飯まで何時ものようにそうしていたのでる。
だからだろうか、その決定的な瞬間に気づいたのは。
ふと、声が聞こえた気がした。
普段ならばアニメやゲームの音声だと流したが、何故か今日は違う気がした。
よくよく耳を済ませば、その微かな音はリビングから聞こえる。
さてはキヨだな、蛇はシューシューと鳴くと知ったし、この機会に聞いてみようとリビングに赴く。
しかし鳴くのを止めたのか、着いたときには静寂がリビングを包んでいた。
少しがっかりしながら、蛇の方を見ると目があった…気がした。
そして静寂がリビングを包んでいたからか、それは嫌にハッキリと聞こえた。
「メシ」
その声はキヨの方から聞こえ、気のせいでなければキヨ自身から発せられたように感じられた。
「メシ」
時間にして約三分、世界から音が消えた。
「うわぁ」
人間、キャパシティを越えた出来事が起きると一周回って淡白な反応しか出来ないのだと再び知った。
毎週土曜配信 死から生を見つめる、新恋愛リアリティショー 「いつか空の上まで」
2022-06-27
一日目。
張り出された7枚の紙を見て、田村さんの息を飲んだ音が聞こえた。
「面白いやつらが選ばれたんだね。怖いくらいに」
相槌を打つ神田さんも、同じ心境なのだろう。ドア越しに、興奮と緊張の乗った笑い声がこちらにも聞こえてくる。
「そろそろ本番です」
スタッフの足音が徐々に増えていく。履きなれなくて脱いでしまったヒールを、私も急いでたぐり寄せた。口紅の色、前髪、服のしわ。いま一度すべてチェックをして、口角を上げた。大丈夫。きっと大丈夫。
「古賀さん、どうぞ移動をお願いします」
ドアを開けて視界に入るカメラは、思っていたより多かった。胸が躍るような赤。自分を照らす照明。田村さんと神田さんが、期待を込めるようなまなざしを、確かに私に向けていた。
「ようこそはじめまして」
「はじめまして」
「まずは自己紹介をフロアに聞こえるようにお願いします」
「古賀美月です。美しい月で、みづきといいます。年齢は22歳で、神奈川県から来ました。これから、あっ8日間よろしくお願いします」
フロアを囲む各個室から、拍手が聞こえた。そのくり抜かれた天井の下には、確かに人の気配がする。
「22歳、学生さんかな」
「はい。実家から一時間かけて通ってます」
「面接じゃないんだからもっとフランクでいいんだよ」
「どうですか古賀さん、やっぱり不安ですか?」
「えっと緊張はしてるんですけど、早くみんなのこと知りたいなって思います」
「じゃあ早速、見てもらいましょうか。僕らがどうぞと言ったら、振り返ってくださいね」
後ろに設置されたボードから、布がはがされる音がした。焦燥感と期待で体が強ばった。
「では古賀さん、どうぞ」
白いボードに黒い紙が7枚。筆跡だけではどれが男性のものか区別がつかなかった。左上から順に近づいて目を通し、これだと思った1枚のカードを掴んだ。
「その方でよろしいですか?」
「……はい。お願いします」
「それでは次の方をお呼びしますので、部屋にお戻り下さい」
私がドアを閉めると、田村さんの次、という言葉が響いた。同じように誰かが、フロアの床を叩いていった。
「いやーこれで全員ですかー」
「1、2、3……たしかに全員分のカードは並びましたね。ちょっと偏りがありそうですけど」
フロアを映し出すモニターに、先程選んだ黒いカードが並んでいる。対であるものもあれば、複数集まっているもの、選ばれなかったものも見受けられた。
「みなさんには先程、全員の声と名前把握してもらったと思いますが、今回は女性4名、男性3名の7人に集まってもらいました。そして、こちらに並んだカード。事前に書いてもらったアンケートの回答がそのまま記載されております」
「そして記念すべき最初の質問は『死ぬまでにやりたいことはなんですか』。応募者の中でも強烈な回答は多かったですね」
「まぁでも、割と1人ではできないことを挙げている人が多かったから、ここに並んでいるのも大差ないでしょう。というわけで今から、みなさんに選んでもらったカードをめくっていきます」
自分のカードがどこに並んでいるかで、初回のコンタクトが決まる。私が選んだあのカードは、一体どういう人が書いたものなのか。果たしてその人はどのカードを選んでいるのか。田村さんがめくるまで、真実はわからない。
「じゃあ最初はここの、誰からも選ばれなかった人たちを見ちゃいましょうか」
「いいんですか?最初から選ばれてないって結構傷つくと思うんですけど」
「いいんです。心強くなってもらわないと困るので。じゃあめくります」
カメラが2枚を捉える。左右に置かれたカードの右側が開かれた。
「『女子高生になる』」
「おおー。男性女性、一体どちらが書いたんでしょうね」
カメラがやや左にずれ、もう1枚のカードも続けて公開された。
「『誰かの役に立つ』」
「うーん当たり障りない回答」
「というわけで今選ばれた2名は、どなたからも指名されていないのですが、選ばれない同士でコンタクトしましょう」
「3階でいいかな?じゃあ個室から3階に移動してください」
フロアに2部屋分の解錠の音が響いた。
「じゃあ次はお互い指名した方をめくりましょうか」
「最初から合うなんて珍しいですね」
モニターはゆっくりと2枚並んだカードを映した。そこに田村さんの手が伸び、2枚が一瞬の空白もなく同時にめくられた。
「『未練を残す』と『共生』だ」
心が、揺れた。まるで時間が止まったかのようにモニターから目が話せなかった。田村さんの声にも反応できず、遅れたテンポで扉を開けた。
会える。あの中の誰かに。私が惹かれた文の誰かに。無意識にヒールを鳴らしながら、2階行きのエレベーターに私は吸い込まれていった。
張り出された7枚の紙を見て、田村さんの息を飲んだ音が聞こえた。
「面白いやつらが選ばれたんだね。怖いくらいに」
相槌を打つ神田さんも、同じ心境なのだろう。ドア越しに、興奮と緊張の乗った笑い声がこちらにも聞こえてくる。
「そろそろ本番です」
スタッフの足音が徐々に増えていく。履きなれなくて脱いでしまったヒールを、私も急いでたぐり寄せた。口紅の色、前髪、服のしわ。いま一度すべてチェックをして、口角を上げた。大丈夫。きっと大丈夫。
「古賀さん、どうぞ移動をお願いします」
ドアを開けて視界に入るカメラは、思っていたより多かった。胸が躍るような赤。自分を照らす照明。田村さんと神田さんが、期待を込めるようなまなざしを、確かに私に向けていた。
「ようこそはじめまして」
「はじめまして」
「まずは自己紹介をフロアに聞こえるようにお願いします」
「古賀美月です。美しい月で、みづきといいます。年齢は22歳で、神奈川県から来ました。これから、あっ8日間よろしくお願いします」
フロアを囲む各個室から、拍手が聞こえた。そのくり抜かれた天井の下には、確かに人の気配がする。
「22歳、学生さんかな」
「はい。実家から一時間かけて通ってます」
「面接じゃないんだからもっとフランクでいいんだよ」
「どうですか古賀さん、やっぱり不安ですか?」
「えっと緊張はしてるんですけど、早くみんなのこと知りたいなって思います」
「じゃあ早速、見てもらいましょうか。僕らがどうぞと言ったら、振り返ってくださいね」
後ろに設置されたボードから、布がはがされる音がした。焦燥感と期待で体が強ばった。
「では古賀さん、どうぞ」
白いボードに黒い紙が7枚。筆跡だけではどれが男性のものか区別がつかなかった。左上から順に近づいて目を通し、これだと思った1枚のカードを掴んだ。
「その方でよろしいですか?」
「……はい。お願いします」
「それでは次の方をお呼びしますので、部屋にお戻り下さい」
私がドアを閉めると、田村さんの次、という言葉が響いた。同じように誰かが、フロアの床を叩いていった。
「いやーこれで全員ですかー」
「1、2、3……たしかに全員分のカードは並びましたね。ちょっと偏りがありそうですけど」
フロアを映し出すモニターに、先程選んだ黒いカードが並んでいる。対であるものもあれば、複数集まっているもの、選ばれなかったものも見受けられた。
「みなさんには先程、全員の声と名前把握してもらったと思いますが、今回は女性4名、男性3名の7人に集まってもらいました。そして、こちらに並んだカード。事前に書いてもらったアンケートの回答がそのまま記載されております」
「そして記念すべき最初の質問は『死ぬまでにやりたいことはなんですか』。応募者の中でも強烈な回答は多かったですね」
「まぁでも、割と1人ではできないことを挙げている人が多かったから、ここに並んでいるのも大差ないでしょう。というわけで今から、みなさんに選んでもらったカードをめくっていきます」
自分のカードがどこに並んでいるかで、初回のコンタクトが決まる。私が選んだあのカードは、一体どういう人が書いたものなのか。果たしてその人はどのカードを選んでいるのか。田村さんがめくるまで、真実はわからない。
「じゃあ最初はここの、誰からも選ばれなかった人たちを見ちゃいましょうか」
「いいんですか?最初から選ばれてないって結構傷つくと思うんですけど」
「いいんです。心強くなってもらわないと困るので。じゃあめくります」
カメラが2枚を捉える。左右に置かれたカードの右側が開かれた。
「『女子高生になる』」
「おおー。男性女性、一体どちらが書いたんでしょうね」
カメラがやや左にずれ、もう1枚のカードも続けて公開された。
「『誰かの役に立つ』」
「うーん当たり障りない回答」
「というわけで今選ばれた2名は、どなたからも指名されていないのですが、選ばれない同士でコンタクトしましょう」
「3階でいいかな?じゃあ個室から3階に移動してください」
フロアに2部屋分の解錠の音が響いた。
「じゃあ次はお互い指名した方をめくりましょうか」
「最初から合うなんて珍しいですね」
モニターはゆっくりと2枚並んだカードを映した。そこに田村さんの手が伸び、2枚が一瞬の空白もなく同時にめくられた。
「『未練を残す』と『共生』だ」
心が、揺れた。まるで時間が止まったかのようにモニターから目が話せなかった。田村さんの声にも反応できず、遅れたテンポで扉を開けた。
会える。あの中の誰かに。私が惹かれた文の誰かに。無意識にヒールを鳴らしながら、2階行きのエレベーターに私は吸い込まれていった。
兆す
2022-06-27
雨とシャワーは何が違うの、と幼い声が窓辺から響いた。梅雨入りを果たした東京の空は重たい雲に覆われ、息つく間もない豪雨に見舞われていた。
そのままだと冷えるよ、と声をかけてから、雨を吸って重くなったセーラー服をハンガーにかける。これはこのまま浴室乾燥に回していいんだろうか。正しいケアの方法がわからない。
「髪、乾かしな」
「雨でさっき濡れたのに、なんでもう一回シャワーを浴びるの」
「雨はすごく汚いんだよ」
空気中のありとあらゆる塵を吸収して地上に降りてくるから、とても汚いんだよ。そう言うと、なんだ聞かなきゃよかったと窓際から声がした。
「じゃあお父さんはいま埃まみれってこと?」
「あはは、そうかもね」
窓に打ち付ける雨音がこもって部屋に届く。中学生になったばかりの沙耶が出すソプラノが部屋に涼しく響いた。二か月ぶりにあった沙耶はほんの少し背が伸びているような気がした。十代の成長はあっという間だ。沙耶の濡れたスカートをスラックス用のハンガーで挟んだ。クリーニング代を後で渡そう。
「知ることは、生きることだって、国語の先生が言ってたの」
沙耶は窓から離れてこちらを振り返った。黒髪が華奢な肩を濡らしている。
「でも私、雨が汚く見えるぐらいだったら、知らない方がよかったな、それ」
沙耶の大人びた言い回しに私は思わず声を挙げて笑った。馬鹿にされたと思ったのか、多感な時期の少女は私に向かって抗議の目線をよこした。
「そうだね、大人になると、色々なことが見えてくる。要は解像度の話……あぁ、解像度っていうのは」
「画面の綺麗さのことでしょ」
「そうか、こういうのはいまどき沙耶の方が詳しいかな」
子供というのは、大人が思っているより多くのことを知っている。反面、まだ何も知らない。そのアンバランスさが子供を危うくしているのだ。世間を何も知らない少女は、どうして自分が父親と二か月に一度しか合えないのかを知っているし、自分の親権が母親にあることも知っているだろう。けど、自分が赤ん坊のころ父親と母親の間に何があったのかは知らない。
沙耶が里美の……母親の元に帰らなければいけない16時まではまだ二時間あった。その間に買ってあるドーナツを振る舞って、紅茶を入れて、話しをして。
「お父さんも風呂に入ってくるから、その間に髪の毛乾かしておくんだよ」
声をかけるが、返事は無かった。白い空が逆光になって、沙耶の表情に影を落としていた。エアコンの乾いた風が無遠慮に肌を撫でていく。あのね、と沙耶が顔を上げた。黒い瞳の潤いに若い光が宿っていた。沙耶が柔らかな素足を一歩踏み出した。フローリングに足をひっつかせ、毛足の長いラグマットに裸足をうずめた。
「私がちょっと変わってるのは、お父さんのせいなんだって」
ひっそりと、無垢なくちびるが動いた。幼い体温が私の腕に触れた。
「おとうさん、そうなの?」
雨が遠くで鳴っている。湿った空気が冷やされていく。
我が子は愛しい、責任が足りない。
そのままだと冷えるよ、と声をかけてから、雨を吸って重くなったセーラー服をハンガーにかける。これはこのまま浴室乾燥に回していいんだろうか。正しいケアの方法がわからない。
「髪、乾かしな」
「雨でさっき濡れたのに、なんでもう一回シャワーを浴びるの」
「雨はすごく汚いんだよ」
空気中のありとあらゆる塵を吸収して地上に降りてくるから、とても汚いんだよ。そう言うと、なんだ聞かなきゃよかったと窓際から声がした。
「じゃあお父さんはいま埃まみれってこと?」
「あはは、そうかもね」
窓に打ち付ける雨音がこもって部屋に届く。中学生になったばかりの沙耶が出すソプラノが部屋に涼しく響いた。二か月ぶりにあった沙耶はほんの少し背が伸びているような気がした。十代の成長はあっという間だ。沙耶の濡れたスカートをスラックス用のハンガーで挟んだ。クリーニング代を後で渡そう。
「知ることは、生きることだって、国語の先生が言ってたの」
沙耶は窓から離れてこちらを振り返った。黒髪が華奢な肩を濡らしている。
「でも私、雨が汚く見えるぐらいだったら、知らない方がよかったな、それ」
沙耶の大人びた言い回しに私は思わず声を挙げて笑った。馬鹿にされたと思ったのか、多感な時期の少女は私に向かって抗議の目線をよこした。
「そうだね、大人になると、色々なことが見えてくる。要は解像度の話……あぁ、解像度っていうのは」
「画面の綺麗さのことでしょ」
「そうか、こういうのはいまどき沙耶の方が詳しいかな」
子供というのは、大人が思っているより多くのことを知っている。反面、まだ何も知らない。そのアンバランスさが子供を危うくしているのだ。世間を何も知らない少女は、どうして自分が父親と二か月に一度しか合えないのかを知っているし、自分の親権が母親にあることも知っているだろう。けど、自分が赤ん坊のころ父親と母親の間に何があったのかは知らない。
沙耶が里美の……母親の元に帰らなければいけない16時まではまだ二時間あった。その間に買ってあるドーナツを振る舞って、紅茶を入れて、話しをして。
「お父さんも風呂に入ってくるから、その間に髪の毛乾かしておくんだよ」
声をかけるが、返事は無かった。白い空が逆光になって、沙耶の表情に影を落としていた。エアコンの乾いた風が無遠慮に肌を撫でていく。あのね、と沙耶が顔を上げた。黒い瞳の潤いに若い光が宿っていた。沙耶が柔らかな素足を一歩踏み出した。フローリングに足をひっつかせ、毛足の長いラグマットに裸足をうずめた。
「私がちょっと変わってるのは、お父さんのせいなんだって」
ひっそりと、無垢なくちびるが動いた。幼い体温が私の腕に触れた。
「おとうさん、そうなの?」
雨が遠くで鳴っている。湿った空気が冷やされていく。
我が子は愛しい、責任が足りない。
風の少年
2022-06-27
「小林はさ、空を飛んでみたいって思ったことある?」
ちりとりを手にしゃがんだ体勢のまま顔を上げる。菅野は手にしているほうきを片手に窓の外の雨を見ていた。
「んー興味はあるけど、やっぱり高い所は怖いし」
空き教室と化している学習室が今週の私達の班の掃除場所だった。
「何で急に空なんか」
「いやー、昨日家で見たスーパーマンの映画が凄いかっこよくて」
班の中の四人中二人がごみ捨てに行っていて、この教室には菅野と私しかいない。
「菅野昔さ、風に乗ってここにやって来たって言ってたよね」
「風?」
外を見ていた菅野の視線が私の方へと向けられた。
「ほら一年生で隣の席だった時に菅野言ってたじゃん、自分は風に乗って空を飛ぶことが出来るって」
菅野は眉毛を八の字にして少し考えているようだったが、思い出せないらしく小さく首を振っている。私たちはもう六年生になった。そりゃ五年も前の些細な会話なんて覚えている訳が無い。
「そんなこと言ったら、お前だって二年生の時に自分は魔法使いの生まれ変わりだって言ってたじゃん」
「いいの、そんな昔の話」
私がそう言うと、菅野はケラケラと笑った。
小学一年生の時、当時隣の席だった菅野は毎日私によく絡んで来た。朝の会でも授業中でも構わずに口を開くので正直うんざりしていたし少し苦手だった。
「俺さ、風に乗ることが出来るんだ!」
いつもは適当にあしらっていてばかりだったけれど、ある日そう発せられた話題に不思議と心が惹かれた。
「空を飛ぶことが出来るって事?」
私がグイッと顔を近づけると、菅野は嬉しそうに大きく頷いた。
「そ! 俺って本当は病院で生まれたんじゃなくて風に運ばれてきたんだぜ」
当時魔法使いや妖精など、そういったファンタジーが大好きだった私は目を輝かせながら菅野の話をまるっきり信じてしまった。
その日家に帰ると、私はおやつに出されたドーナツを片手に夕飯の支度をしているお母さんに今日の菅野の言っていた話を誇らしげに口にした。
「面白いのねその菅野君って子、何か風の又三郎みたいね」
聞きなれない言葉に、思わず言葉が引っ込んでしまった。
「またさぶろう?」
「そういう本があるの、風みたいに突然やってきて風みたいに突然いなくなっちゃうの」
トントンという人参を切る子気味のいい音が聞えてくる。
「別にあいつは突然いなくなっちゃたりしないよ、いっつも馬鹿やってるし」
「そう? そういう元気いっぱいの子ほどあっさりとどっか行っちゃったりするものよ」
一瞬ピカッと教室の中が光った。驚いて思わず菅野と顔を見合わせる。お互い何か口を開きかけた途端、辺り一面に何かが爆発したような音が鳴り響いた。
「雷!」
私がそう言った途端教室の電気がふっと暗くなる。校舎の一番端にある学習室の周辺は静かで何の音もしない
「すぐに点くよ」
日に焼けている顔で菅野はそう笑った。
「うん、でも学校で停電なんてちょっとドキドキしちゃうね」
私は肩まで伸びている髪の毛を揺らしながら大袈裟に笑ってみせた。
その時、教室に設置されているスピーカーから声が聞えて来た。きっと先生の誰かによる放送ではあるけれど言葉が全然聞き取れない。
「この教室あまり使ってないから設備が結構古いんだよ」
菅野はそう諦めたような声を出した。
「校庭に設置されているスピーカーから少し声が聞こえるかも」
そう言いながら窓を開けた途端、凄い勢いで大粒の雨と突風が教室の中に入って来た。驚いて急いで閉めようとしたが、錆びているのか窓は全く動かなくなった。
「小林、危ないからこっち避難して」
そう言った菅野の上から下もすっかり水浸しだった。私は窓から手を離して頭を下げる。
「ごめん……」
「いいよ全然、ていうかあれスピーカーの音量調節するダイヤルかな?」
菅野の指さす方向を見てみると黒板の上に小さな歯車のようなものが見えた。
「もしかしたら届くかも」
菅野はそう言うと、机を動かし始めた。
「いや、無理だって高すぎる」
私の言葉に振り向くこともなく、菅野は机に上って立ち上がった。
机を蹴って大きく飛び上がった瞬間辺り一面が一際大きく光り、その途端に切るような突風が教室の中に流れ込んで来た。ダイヤルに届きそうになっていた手が空気を掻き、突然の衝撃で菅野はバランスを失った。
「菅野!」
咄嗟に駆け寄って手を伸ばした瞬間、目の前の足が宙を蹴り菅野の身体は大きく伸びあがった。
飛んだ。そう思った途端、手がダイヤルに触れていくのが見えた。
「皆さんただ今復旧を――」
校長先生の声が教室に大音量に響き出した。
菅野は着地したあとそのままバランスを崩して大の字の恰好で寝っ転がり、私は慌てて傍に駆け寄った
「大丈夫? でも凄いね、菅野にそんな身体能力あったなんて」
私は寝転がっている菅野に手を伸ばす。
「言ったじゃん飛べるって」
「え?」
菅野は私の手を握り、そのままパッと立ち上がった。
「早く教室戻って雑巾取りに行こうぜ」
そう言いながら学習室を出て行く後姿を、私は呆然とただ立ち尽くしながら見ていた。握った菅野の手は酷く冷たかった。
ちりとりを手にしゃがんだ体勢のまま顔を上げる。菅野は手にしているほうきを片手に窓の外の雨を見ていた。
「んー興味はあるけど、やっぱり高い所は怖いし」
空き教室と化している学習室が今週の私達の班の掃除場所だった。
「何で急に空なんか」
「いやー、昨日家で見たスーパーマンの映画が凄いかっこよくて」
班の中の四人中二人がごみ捨てに行っていて、この教室には菅野と私しかいない。
「菅野昔さ、風に乗ってここにやって来たって言ってたよね」
「風?」
外を見ていた菅野の視線が私の方へと向けられた。
「ほら一年生で隣の席だった時に菅野言ってたじゃん、自分は風に乗って空を飛ぶことが出来るって」
菅野は眉毛を八の字にして少し考えているようだったが、思い出せないらしく小さく首を振っている。私たちはもう六年生になった。そりゃ五年も前の些細な会話なんて覚えている訳が無い。
「そんなこと言ったら、お前だって二年生の時に自分は魔法使いの生まれ変わりだって言ってたじゃん」
「いいの、そんな昔の話」
私がそう言うと、菅野はケラケラと笑った。
小学一年生の時、当時隣の席だった菅野は毎日私によく絡んで来た。朝の会でも授業中でも構わずに口を開くので正直うんざりしていたし少し苦手だった。
「俺さ、風に乗ることが出来るんだ!」
いつもは適当にあしらっていてばかりだったけれど、ある日そう発せられた話題に不思議と心が惹かれた。
「空を飛ぶことが出来るって事?」
私がグイッと顔を近づけると、菅野は嬉しそうに大きく頷いた。
「そ! 俺って本当は病院で生まれたんじゃなくて風に運ばれてきたんだぜ」
当時魔法使いや妖精など、そういったファンタジーが大好きだった私は目を輝かせながら菅野の話をまるっきり信じてしまった。
その日家に帰ると、私はおやつに出されたドーナツを片手に夕飯の支度をしているお母さんに今日の菅野の言っていた話を誇らしげに口にした。
「面白いのねその菅野君って子、何か風の又三郎みたいね」
聞きなれない言葉に、思わず言葉が引っ込んでしまった。
「またさぶろう?」
「そういう本があるの、風みたいに突然やってきて風みたいに突然いなくなっちゃうの」
トントンという人参を切る子気味のいい音が聞えてくる。
「別にあいつは突然いなくなっちゃたりしないよ、いっつも馬鹿やってるし」
「そう? そういう元気いっぱいの子ほどあっさりとどっか行っちゃったりするものよ」
一瞬ピカッと教室の中が光った。驚いて思わず菅野と顔を見合わせる。お互い何か口を開きかけた途端、辺り一面に何かが爆発したような音が鳴り響いた。
「雷!」
私がそう言った途端教室の電気がふっと暗くなる。校舎の一番端にある学習室の周辺は静かで何の音もしない
「すぐに点くよ」
日に焼けている顔で菅野はそう笑った。
「うん、でも学校で停電なんてちょっとドキドキしちゃうね」
私は肩まで伸びている髪の毛を揺らしながら大袈裟に笑ってみせた。
その時、教室に設置されているスピーカーから声が聞えて来た。きっと先生の誰かによる放送ではあるけれど言葉が全然聞き取れない。
「この教室あまり使ってないから設備が結構古いんだよ」
菅野はそう諦めたような声を出した。
「校庭に設置されているスピーカーから少し声が聞こえるかも」
そう言いながら窓を開けた途端、凄い勢いで大粒の雨と突風が教室の中に入って来た。驚いて急いで閉めようとしたが、錆びているのか窓は全く動かなくなった。
「小林、危ないからこっち避難して」
そう言った菅野の上から下もすっかり水浸しだった。私は窓から手を離して頭を下げる。
「ごめん……」
「いいよ全然、ていうかあれスピーカーの音量調節するダイヤルかな?」
菅野の指さす方向を見てみると黒板の上に小さな歯車のようなものが見えた。
「もしかしたら届くかも」
菅野はそう言うと、机を動かし始めた。
「いや、無理だって高すぎる」
私の言葉に振り向くこともなく、菅野は机に上って立ち上がった。
机を蹴って大きく飛び上がった瞬間辺り一面が一際大きく光り、その途端に切るような突風が教室の中に流れ込んで来た。ダイヤルに届きそうになっていた手が空気を掻き、突然の衝撃で菅野はバランスを失った。
「菅野!」
咄嗟に駆け寄って手を伸ばした瞬間、目の前の足が宙を蹴り菅野の身体は大きく伸びあがった。
飛んだ。そう思った途端、手がダイヤルに触れていくのが見えた。
「皆さんただ今復旧を――」
校長先生の声が教室に大音量に響き出した。
菅野は着地したあとそのままバランスを崩して大の字の恰好で寝っ転がり、私は慌てて傍に駆け寄った
「大丈夫? でも凄いね、菅野にそんな身体能力あったなんて」
私は寝転がっている菅野に手を伸ばす。
「言ったじゃん飛べるって」
「え?」
菅野は私の手を握り、そのままパッと立ち上がった。
「早く教室戻って雑巾取りに行こうぜ」
そう言いながら学習室を出て行く後姿を、私は呆然とただ立ち尽くしながら見ていた。握った菅野の手は酷く冷たかった。
タイトルを記入してください。
2022-06-25
あ。
夏の栞
2022-06-22
蒸し暑さに目が覚めた。静寂特有の音が響く部屋は、嫌いだった。湿り気を帯びた布団が肌に馴染んで、ふと髪をかき上げる。まだ覚醒しきっていない頭が最近の映像をパラパラと捲っていく。
「また、」
「だといいね」
気怠い夏は、本当に嫌いだ。
「また、」
「だといいね」
気怠い夏は、本当に嫌いだ。
さようなら今日までの僕こんにちは明日の僕
2022-06-22
「僕」は昨日までのことを忘れてしまう病気にかかる。自分の名前すら忘れてしまう。
「母」は「僕」に日記書かせるようになった。日記のおかげで「僕」は昨日のことを復習できるようになった。
しかし、日記を書くたびに覚える量が増えていく。
ある日その膨大な量を覚えることに絶望して、日記を燃やしてしまう。
「母」は「僕」に日記書かせるようになった。日記のおかげで「僕」は昨日のことを復習できるようになった。
しかし、日記を書くたびに覚える量が増えていく。
ある日その膨大な量を覚えることに絶望して、日記を燃やしてしまう。
無題
2022-06-21
小池に落ちた墨のように、太陽が埃に汚された大気圏に飲み込まれた。数が数えられないドロップポットは昼間の空を割り切って、雨降りのように地面を叩き込んでいた。
人類の皮を被って、人骨で飾られた装甲を着てる戦士たちが現れた。血と破られた内蔵は彼らの手から垂らし、鉄のように甘くて喉を痺れる匂いが空気に散らばっている。
これはこの小さな星の最後だ。石は砂になり、海が赤に染められ、闇が無限に広がり深夜の真ん中、恐怖だけが永遠に存在できる。
人類の皮を被って、人骨で飾られた装甲を着てる戦士たちが現れた。血と破られた内蔵は彼らの手から垂らし、鉄のように甘くて喉を痺れる匂いが空気に散らばっている。
これはこの小さな星の最後だ。石は砂になり、海が赤に染められ、闇が無限に広がり深夜の真ん中、恐怖だけが永遠に存在できる。
貯金箱
2022-06-20
豚の貯金箱を割った。時代錯誤な陶器でできた貯金箱の中身を取り出すには割るしかなかった。家にトンカチがなかったのでしかたなく包丁の柄で割ろうとしたが、最初の一振りでは勢いがなく、力を込めて目一杯振り下ろしたら胴体にぽっかり穴が空いた。破片は胴体に吸い込まれ、硬貨と混じっていった。
毎日財布の中から五百円玉がある時だけ貯金箱に入れていたのでもう半分以上は入っているだろうと思っていたが、入っていたのは二十三枚。とりあえずかき集めたお金を野菜の入っていたポリ袋にいれ、豚の破片を集めて捨てた。
学費を払ったおかげで銀行口座は空っぽ、アルバイトの収入が振り込まれるのは十日後だった。
学校に向かう途中、空腹に耐えきれなくなってラーメン屋につられてしまう。ポリ袋から三枚の五百円玉を取り出して券売機に入れる。味玉ラーメンの大を押すとお釣りが出てきたが、ポリ袋に五百円玉以外を入れるのは少し違うなと思い、お釣りはポケットにいれた。
毎日財布の中から五百円玉がある時だけ貯金箱に入れていたのでもう半分以上は入っているだろうと思っていたが、入っていたのは二十三枚。とりあえずかき集めたお金を野菜の入っていたポリ袋にいれ、豚の破片を集めて捨てた。
学費を払ったおかげで銀行口座は空っぽ、アルバイトの収入が振り込まれるのは十日後だった。
学校に向かう途中、空腹に耐えきれなくなってラーメン屋につられてしまう。ポリ袋から三枚の五百円玉を取り出して券売機に入れる。味玉ラーメンの大を押すとお釣りが出てきたが、ポリ袋に五百円玉以外を入れるのは少し違うなと思い、お釣りはポケットにいれた。
いい場所
2022-06-20
小学校で同じクラスだった子の名前が旗に書かれてはためいていた。成人式の式典が終わり、帰ろうとした時だった。金ピカに縁取られたその名前を見て、ああ、そういえばいたな、なんて一人ぼっちの彼の姿を思い出した。
旗の下にはえらくめかし込んだスーツを着こなすにぃちゃん達が集まって、少し恥ずかしそうな金ピカの袴を着たにぃちゃんを囲い込んでいる。大きな声で騒いで、人の流れをぶった斬って堰き止めていたけれど何だか目を離せないでいた。袴のにぃちゃんに「本日の主役」のタスキがかけられる。自慢げにかき上げられる前髪を見て、目を逸らし、帰りのバス停を探した。あの子は大人になったんだ。安堵と共に恥ずかしくも思った。この場に大学の入学式で着る予定だったスーツを着て、慌てて家を出てきた自分が。時は止まっているなんて思っていたけれど、確実に流れていて彼に居場所を提供していた。
旗の下にはえらくめかし込んだスーツを着こなすにぃちゃん達が集まって、少し恥ずかしそうな金ピカの袴を着たにぃちゃんを囲い込んでいる。大きな声で騒いで、人の流れをぶった斬って堰き止めていたけれど何だか目を離せないでいた。袴のにぃちゃんに「本日の主役」のタスキがかけられる。自慢げにかき上げられる前髪を見て、目を逸らし、帰りのバス停を探した。あの子は大人になったんだ。安堵と共に恥ずかしくも思った。この場に大学の入学式で着る予定だったスーツを着て、慌てて家を出てきた自分が。時は止まっているなんて思っていたけれど、確実に流れていて彼に居場所を提供していた。
風の道筋
2022-06-19
夏、ある小学校の5年の教室。
ひとりの男子が授業中に眠っていると、その机の傍に置いていた小さな本が、教室の扇風機の風に乗って飛んでゆく。
それが、斜め前の女子の机に落ちる。
男子が寝ている間に、それに目を通した女子が、帰り際、それを男子に見せてくる。
「これを学芸会の劇にしよう」と。
小さな本に書かれていたのは、ただの小学生が書いた、何ということもない小説の端くれみたいな文章。
その女子は、それを真っ当な全校行事の脚本に化かそうと言い出した。
それから、奇妙な夏が始まる。
彼女に尻を叩かれながら、まずは端くれだった物語を書き上げ、云十分の劇に堪えうる肉付けをさせられる。
そこからは、男子児童にはほとんど何もわからない世界だった。
ファストフードショップやカフェやカラオケに入り浸りながら、それがどんどん「脚本」になっていくのを、ときどき作者の意向を聞かれながら(といっても大した意図や拘りなんてない)、ただ眺めていた。
そしてその脚本は、秋の初めのある日に、クラス会に提出された。
作者を伏せて、ただ何か著作権の切れた無名の物語として。
男子は照明班に、女子は小道具班に入って、舞台には立たなかった。
女子は小道具の準備に取り掛かる傍ら、演技の指導にも入っていた。男子は照明機器の扱いに慣れるだけで汲々としていた。
そして、本番。
自分から始まった物語を照らしながら、完成した世界に胸を打たれる。抉られる。
紙の端くれから、とんでもないところまで来てしまった。連れてこられてしまった。
もう自分の手に負えない、力強い演劇に、物語は化けていた。
2人は、結局最後まで功績を明かさなかった。
時は流れて卒業式後の別れの席、感動を分かち合うクラスメイトたちから少し距離を置いて、2人はその日を振り返っていた。
あれから何があったでもなく、学芸会も5年が最後でまたの機会があったわけでもなく、ただその女子だけがあの小説の端くれを知っているというだけの間柄で、ここまで来た。
本当にそれだけ。彼女がその端くれを見て「何を思ったか」さえ、男子は知らなかった。
何もなかった2人が一緒に——あるいは何者でもなかった男子が女子と一緒に——いるのを見て、クラスメイトが茶化しを入れる。
冴えないくせに、と言葉を聞いて、女子が立ち上がる。
「こいつはあの舞台を照らしてくれた立役者だぜ」
その反駁の堂々たることに、もはやクラスメイトは何も言わなかった。
彼らが捌けたあとの2人の席で、「あんたじゃあいつらを受け止められないだろ」と。
「あんたのハナシを読んだとき、これは化けると思った。このまま埋もれたり、潰れたりしてほしくないと思った。
手を貸せるのはこれまでになるけど、あんたはいつか自分で何かを作り上げる」
さらに10年は経った。中学も高校も大学も出て、何の花も実りもない。
彼女の腕に間違いはなかったが、目は見誤ったのかな、と思う。
男子には、あの時も、自分が何かを成したという手応えは全くなかった。全部、あの女子の才の成したところだった。
自分が成功しない限り、自分は彼女の目利きの汚点だ。罪悪感と憐れみばかりで、やってやろうと思っても、何をすれば花は開くのか、まるで見当もつかなかった。
小学校卒業以来、あの女子の行方は何も知らない。
ひとりの男子が授業中に眠っていると、その机の傍に置いていた小さな本が、教室の扇風機の風に乗って飛んでゆく。
それが、斜め前の女子の机に落ちる。
男子が寝ている間に、それに目を通した女子が、帰り際、それを男子に見せてくる。
「これを学芸会の劇にしよう」と。
小さな本に書かれていたのは、ただの小学生が書いた、何ということもない小説の端くれみたいな文章。
その女子は、それを真っ当な全校行事の脚本に化かそうと言い出した。
それから、奇妙な夏が始まる。
彼女に尻を叩かれながら、まずは端くれだった物語を書き上げ、云十分の劇に堪えうる肉付けをさせられる。
そこからは、男子児童にはほとんど何もわからない世界だった。
ファストフードショップやカフェやカラオケに入り浸りながら、それがどんどん「脚本」になっていくのを、ときどき作者の意向を聞かれながら(といっても大した意図や拘りなんてない)、ただ眺めていた。
そしてその脚本は、秋の初めのある日に、クラス会に提出された。
作者を伏せて、ただ何か著作権の切れた無名の物語として。
男子は照明班に、女子は小道具班に入って、舞台には立たなかった。
女子は小道具の準備に取り掛かる傍ら、演技の指導にも入っていた。男子は照明機器の扱いに慣れるだけで汲々としていた。
そして、本番。
自分から始まった物語を照らしながら、完成した世界に胸を打たれる。抉られる。
紙の端くれから、とんでもないところまで来てしまった。連れてこられてしまった。
もう自分の手に負えない、力強い演劇に、物語は化けていた。
2人は、結局最後まで功績を明かさなかった。
時は流れて卒業式後の別れの席、感動を分かち合うクラスメイトたちから少し距離を置いて、2人はその日を振り返っていた。
あれから何があったでもなく、学芸会も5年が最後でまたの機会があったわけでもなく、ただその女子だけがあの小説の端くれを知っているというだけの間柄で、ここまで来た。
本当にそれだけ。彼女がその端くれを見て「何を思ったか」さえ、男子は知らなかった。
何もなかった2人が一緒に——あるいは何者でもなかった男子が女子と一緒に——いるのを見て、クラスメイトが茶化しを入れる。
冴えないくせに、と言葉を聞いて、女子が立ち上がる。
「こいつはあの舞台を照らしてくれた立役者だぜ」
その反駁の堂々たることに、もはやクラスメイトは何も言わなかった。
彼らが捌けたあとの2人の席で、「あんたじゃあいつらを受け止められないだろ」と。
「あんたのハナシを読んだとき、これは化けると思った。このまま埋もれたり、潰れたりしてほしくないと思った。
手を貸せるのはこれまでになるけど、あんたはいつか自分で何かを作り上げる」
さらに10年は経った。中学も高校も大学も出て、何の花も実りもない。
彼女の腕に間違いはなかったが、目は見誤ったのかな、と思う。
男子には、あの時も、自分が何かを成したという手応えは全くなかった。全部、あの女子の才の成したところだった。
自分が成功しない限り、自分は彼女の目利きの汚点だ。罪悪感と憐れみばかりで、やってやろうと思っても、何をすれば花は開くのか、まるで見当もつかなかった。
小学校卒業以来、あの女子の行方は何も知らない。
誘惑の穴
2022-06-17
目が覚めるととんがりコーンが障子に刺さっていた。
夢かと思いながら頬をつねるが、一向に景色は変わらない。とんがりコーンは障子に突き刺さり続けている。
事実の確認は済んだ。これからはどうしてこうなったのか、原因を探らねばならぬ。
ぼーっと空を見上げて記憶を呼び起こす。はて、自分は昨日、一体何をしていただろうか。
しかしどれだけ思い出そうとしても、記憶にあるのはベッドの住人として怠惰な生活を送った、いつもと変わらない日常のみだ。
ヒントはない。原因のあてもない。だがこのまま寝っ転がっていたところで何も変わらない。
とりあえず一旦ベッドから起き上がり、とんがりコーンが刺さっている障子に顔を近づけてみる。
やはり顔を近付けてみたところで原因がわかるわけではない。わかったのは、当たり前だが貫通しているという事実だけだ。
ああそれと。とんがりコーンの先端がこちらを向いていないこともわかった。
つまりは、こちらからとんがりコーンの穴が丸見えということだ。
…子どもの頃、おそらく誰しもがとんがりコーンを指に刺したことがあるのではないだろうか。あれは別にそうやって食べたら美味しくなると信じているというわけではなく、ただただ刺したいという欲望がうまれるからなのだろうと思うが、何故その欲望が生まれるのかは成長した今でも理解できない。
ところでどうして今そんな質問を投げかけるのか、察してくれただろうか。
そうだ。その通りだ。この穴に自分の指を刺したいという欲望が芽生えてしまったのだ。
思うが早いか、ひと呼吸置いて、少し格好をつけるように眠い目を擦りながら、衝動のままにその穴に向けて指を突き刺した。
一瞬の快感の後、耳に響くビリッという不吉な音。
ああやってしまったと、すぐに後悔の念に苛まれたが、今度は別の好奇心が顔を出した。
果たしてこのとんがりコーンの穴の先は一体どうなっているんだろう。
実際問題、冷静に考えてみれば穴の先にあるのは隣の家の無機質な壁なのだけど、どうしてかそれが正解だと思えなかった。
ええい、ままよと半ばヤケクソに、とんがりコーンの穴に突き刺したままの指を奥に進めてみた。
すると勢いがよすぎたのか、指との繋がりが弱くなったとんがりコーンが重力に負けて落ちていく。それと同時に、なんと不思議なことか、自分の意識もどんどん深い穴に落ちていくような気がした。まるで空から地上に落ちていくような不思議な心地だった。
ふと意識が戻ると、自分はベッドに寝っ転がっていた。障子を確認してもとんがりコーンが刺さっているわけでもなく、刺さっていたという形跡もない。
頬をつねってみる。加減を間違えすぎたようだ。すごく痛い。
ここが現実世界であることを確認したことで、ああ、夢オチかとため息を吐いた。
そんなとき、ふいに自分の中の悪い心が囁いた。心臓がドキドキと音をたてる。
良心の叱咤を無視して、そして、衝動のままに夢の中でとんがりコーンが突き刺さっていた場所に指を突き刺す。
何故やってしまったのか全くわからない。しかしどうしてかしなければいけないと思ったのだ。
障子から指を抜いて、穴から外を覗く。
目の前に写ったのは、思ったとおり無機質な壁だった。
少しばかり気分を落として静かに障子を横にスライドする。
やはり目の前は変わらず何の変哲もない壁だったけれど、なんとなく見た下には、あのとんがりコーンが地面につき刺さっていた。
夢かと思いながら頬をつねるが、一向に景色は変わらない。とんがりコーンは障子に突き刺さり続けている。
事実の確認は済んだ。これからはどうしてこうなったのか、原因を探らねばならぬ。
ぼーっと空を見上げて記憶を呼び起こす。はて、自分は昨日、一体何をしていただろうか。
しかしどれだけ思い出そうとしても、記憶にあるのはベッドの住人として怠惰な生活を送った、いつもと変わらない日常のみだ。
ヒントはない。原因のあてもない。だがこのまま寝っ転がっていたところで何も変わらない。
とりあえず一旦ベッドから起き上がり、とんがりコーンが刺さっている障子に顔を近づけてみる。
やはり顔を近付けてみたところで原因がわかるわけではない。わかったのは、当たり前だが貫通しているという事実だけだ。
ああそれと。とんがりコーンの先端がこちらを向いていないこともわかった。
つまりは、こちらからとんがりコーンの穴が丸見えということだ。
…子どもの頃、おそらく誰しもがとんがりコーンを指に刺したことがあるのではないだろうか。あれは別にそうやって食べたら美味しくなると信じているというわけではなく、ただただ刺したいという欲望がうまれるからなのだろうと思うが、何故その欲望が生まれるのかは成長した今でも理解できない。
ところでどうして今そんな質問を投げかけるのか、察してくれただろうか。
そうだ。その通りだ。この穴に自分の指を刺したいという欲望が芽生えてしまったのだ。
思うが早いか、ひと呼吸置いて、少し格好をつけるように眠い目を擦りながら、衝動のままにその穴に向けて指を突き刺した。
一瞬の快感の後、耳に響くビリッという不吉な音。
ああやってしまったと、すぐに後悔の念に苛まれたが、今度は別の好奇心が顔を出した。
果たしてこのとんがりコーンの穴の先は一体どうなっているんだろう。
実際問題、冷静に考えてみれば穴の先にあるのは隣の家の無機質な壁なのだけど、どうしてかそれが正解だと思えなかった。
ええい、ままよと半ばヤケクソに、とんがりコーンの穴に突き刺したままの指を奥に進めてみた。
すると勢いがよすぎたのか、指との繋がりが弱くなったとんがりコーンが重力に負けて落ちていく。それと同時に、なんと不思議なことか、自分の意識もどんどん深い穴に落ちていくような気がした。まるで空から地上に落ちていくような不思議な心地だった。
ふと意識が戻ると、自分はベッドに寝っ転がっていた。障子を確認してもとんがりコーンが刺さっているわけでもなく、刺さっていたという形跡もない。
頬をつねってみる。加減を間違えすぎたようだ。すごく痛い。
ここが現実世界であることを確認したことで、ああ、夢オチかとため息を吐いた。
そんなとき、ふいに自分の中の悪い心が囁いた。心臓がドキドキと音をたてる。
良心の叱咤を無視して、そして、衝動のままに夢の中でとんがりコーンが突き刺さっていた場所に指を突き刺す。
何故やってしまったのか全くわからない。しかしどうしてかしなければいけないと思ったのだ。
障子から指を抜いて、穴から外を覗く。
目の前に写ったのは、思ったとおり無機質な壁だった。
少しばかり気分を落として静かに障子を横にスライドする。
やはり目の前は変わらず何の変哲もない壁だったけれど、なんとなく見た下には、あのとんがりコーンが地面につき刺さっていた。
無知
2022-06-17
「なんだこりゃあ……」
ある男が人気のない山中にさながらシュールレアリズムを思わせる雰囲気で佇んでいた。
その男は、迷彩柄に塗装された、扉がない小屋を見つけた。
その異様な光景に目を見張っていたが、ふと気づけば小屋の側面に小さな穴がふくらはぎ位の高さにあることに気づいた
なんとも言えない嫌な予感がしたが、男はその穴を覗き込んだ。
部屋の中はは肌色と赤色と青色と茶色と白と黒で構成されており、なんとも不愉快な印象を受けた。
そこには一人の少女がいた。
ある男が人気のない山中にさながらシュールレアリズムを思わせる雰囲気で佇んでいた。
その男は、迷彩柄に塗装された、扉がない小屋を見つけた。
その異様な光景に目を見張っていたが、ふと気づけば小屋の側面に小さな穴がふくらはぎ位の高さにあることに気づいた
なんとも言えない嫌な予感がしたが、男はその穴を覗き込んだ。
部屋の中はは肌色と赤色と青色と茶色と白と黒で構成されており、なんとも不愉快な印象を受けた。
そこには一人の少女がいた。
光明
2022-06-17
二人の少年少女、光と明。
明は幼い頃から病気で失明。幼馴染みの光は嬉々として世話、明はそれに引け目。
ある日明の目が危険な手術で治ることが判明。明は受けるが光の足が途絶える。光は顔に傷を負っていて、変わった自分を見られたくなかった。
治らないことを願う自分に気づいた光は明を遠ざけるが、なんやかんやで目が治った明のもとへ。しかし信号無視のトラックに跳ねられ、重症。
寝たきりかつ記憶を無くした光に、明はこれからは自分が助けると決意。
明は幼い頃から病気で失明。幼馴染みの光は嬉々として世話、明はそれに引け目。
ある日明の目が危険な手術で治ることが判明。明は受けるが光の足が途絶える。光は顔に傷を負っていて、変わった自分を見られたくなかった。
治らないことを願う自分に気づいた光は明を遠ざけるが、なんやかんやで目が治った明のもとへ。しかし信号無視のトラックに跳ねられ、重症。
寝たきりかつ記憶を無くした光に、明はこれからは自分が助けると決意。
インタビュー
2022-06-16
記者の身分はもう捨てられた。文明世界も朝霧の様に消え、急に肺まで濯いできた。これは十八歳の大麻、ハタチになってから吸い始めたタバコと同然、これしか生命の実感ができない娯楽だ。
彼は包丁を振り舞って、アパートの境界を破り、駐車場の宙に八を描きながら走る。聖人と自称した前少年犯が命のために逃げる。だが彼は嬉しく、まるで顔が春風に撫でられ、ひまわりが足跡の側に生えて咲くままに…彼は神だ。血の湖の上を歩く神である。
彼は包丁を振り舞って、アパートの境界を破り、駐車場の宙に八を描きながら走る。聖人と自称した前少年犯が命のために逃げる。だが彼は嬉しく、まるで顔が春風に撫でられ、ひまわりが足跡の側に生えて咲くままに…彼は神だ。血の湖の上を歩く神である。
ブルーム現象
2022-06-16
ぼんやりとしたまま、手元にあったチョコレートを口に放りこんでいた。気だるい夏の温度で、溶けていくそれを理由にかみ砕く前に何個も放り込んだ。美味しくない。甘さが、うざったるい。
食べたチョコレートが胃に層を作っていくように、わたしの気持ちが重たい何かでコーティングされていく。
温度が高いから、チョコレートは固まらない。この気持ちも、今だから想えているのかなんて、考える意味すらない。
食べたチョコレートが胃に層を作っていくように、わたしの気持ちが重たい何かでコーティングされていく。
温度が高いから、チョコレートは固まらない。この気持ちも、今だから想えているのかなんて、考える意味すらない。
ビー玉
2022-06-16
転がる。
佇む。
割れる。
砕けちる。
輝く。
佇む。
割れる。
砕けちる。
輝く。
花瓶の日記
2022-06-15
6月10日
窓辺においてある花瓶が落とす光は、部屋の一部を彩った。昔は花があったが今は何もない。隣にある二人で撮った写真の頃からずっと時が止まったまま、物はあるのに何もない。雨模様の朝に起きると足りるはずのない食事とめんどくさがってあまり剃らなくなってしまった髭を生やして出社の準備をする。行ってきますの声はどこにも届かない。
6月15日
つい最近梅雨に入ったようで雨音が朝から絶えない。といっても特段困るようなことはないだろう。洗濯だって週に一回するかしないか程度の量しかでないし、休日だって家でごろごろするだけ。前はこうではなかったのに。
------
7月20日
夏が近づき暑くなってきた。太陽が花瓶に光を差す。手入れもされていないそれは埃まみれで透過光を鈍らせていた。掃除したくてもすることはできない。自分が悔しい。
8月13日
また今年もこの時期がやってきた。今日はいつもとは違い髭を剃ってスーツを着る。髪だってセットして、今年一番といっていいほどのしゃんとした姿。そしてつぎはぎのような苦しそうな顔。君が出かけた後に書いているこの日記をいつかの君が見つけたとき、どんな顔をするのだろう。でもそうしたらもうこうして書くこともここに居ることもできなくなる。それが約束だから。そんな顔させたくないのに、前を向いてほしいのに、未練がましくここに居続けている私を許してほしい。また今日も見つからないよう本棚の奥にこれをしまい込む。
窓辺においてある花瓶が落とす光は、部屋の一部を彩った。昔は花があったが今は何もない。隣にある二人で撮った写真の頃からずっと時が止まったまま、物はあるのに何もない。雨模様の朝に起きると足りるはずのない食事とめんどくさがってあまり剃らなくなってしまった髭を生やして出社の準備をする。行ってきますの声はどこにも届かない。
6月15日
つい最近梅雨に入ったようで雨音が朝から絶えない。といっても特段困るようなことはないだろう。洗濯だって週に一回するかしないか程度の量しかでないし、休日だって家でごろごろするだけ。前はこうではなかったのに。
------
7月20日
夏が近づき暑くなってきた。太陽が花瓶に光を差す。手入れもされていないそれは埃まみれで透過光を鈍らせていた。掃除したくてもすることはできない。自分が悔しい。
8月13日
また今年もこの時期がやってきた。今日はいつもとは違い髭を剃ってスーツを着る。髪だってセットして、今年一番といっていいほどのしゃんとした姿。そしてつぎはぎのような苦しそうな顔。君が出かけた後に書いているこの日記をいつかの君が見つけたとき、どんな顔をするのだろう。でもそうしたらもうこうして書くこともここに居ることもできなくなる。それが約束だから。そんな顔させたくないのに、前を向いてほしいのに、未練がましくここに居続けている私を許してほしい。また今日も見つからないよう本棚の奥にこれをしまい込む。
されば賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとによりてできるものなり
2022-06-15
就活浪人をしていた浪来は「自分の人生がうまくいかないのは政府のせいだ」と思い、ただただ惰性的な生活を送っていた。
ある日、高校時代の友人たちで同窓会をすることになった。
その同窓会で「自分のこれまでの人生」を語ることになり、浪来は友人たちが知らないところで努力していたことを知る。
そして浪来は、いかに自分の人生が他人のせいにし続け、努力してこなかったのかを思い知ることになる。
ある日、高校時代の友人たちで同窓会をすることになった。
その同窓会で「自分のこれまでの人生」を語ることになり、浪来は友人たちが知らないところで努力していたことを知る。
そして浪来は、いかに自分の人生が他人のせいにし続け、努力してこなかったのかを思い知ることになる。
「バナナクレープ症候群」
2022-06-15
舞台は2998年の資源で溢れた東京。天才物乞いである主人公は、喫茶店にて相席した客に、『400円以内』を条件に奢らせることに成功する。390円のバナナクレープを注文すると、相席相手に「バナナクレープを食べる人間は、人間性に欠陥がある」と指摘されてしまった。
相席相手の言う『欠陥』を埋めるために、喫茶店で働き始めた主人公は、労働による充足感、貯蓄による余裕、そして利益を度外視した仲間の尊さを知った。そんな日常を脅かしたのは、大手ハンバーガーチェーンの経営者だった。土地を手に入れるために、強引なやり口で店を潰そうとする経営者に敗北した主人公は、経営不振による人員削減のためにクビになってしまう。
再び物乞いの満たされない生活に戻ってしまった主人公だが、それにより空腹が故のバイタリティの存在に気が付いた。労働によって貯めた貯金を使い、物乞いの協力も得て、経営者から喫茶店の土地を乞い落とすことに成功する。その後、数ヶ月ぶりに再び相席した客と相席すた。『400円』まで奢るといった客に、主人公は410円のチョコバナナクレープを奢らせた。相席客は「相変わらず欠陥している」とため息をついた。
相席相手の言う『欠陥』を埋めるために、喫茶店で働き始めた主人公は、労働による充足感、貯蓄による余裕、そして利益を度外視した仲間の尊さを知った。そんな日常を脅かしたのは、大手ハンバーガーチェーンの経営者だった。土地を手に入れるために、強引なやり口で店を潰そうとする経営者に敗北した主人公は、経営不振による人員削減のためにクビになってしまう。
再び物乞いの満たされない生活に戻ってしまった主人公だが、それにより空腹が故のバイタリティの存在に気が付いた。労働によって貯めた貯金を使い、物乞いの協力も得て、経営者から喫茶店の土地を乞い落とすことに成功する。その後、数ヶ月ぶりに再び相席した客と相席すた。『400円』まで奢るといった客に、主人公は410円のチョコバナナクレープを奢らせた。相席客は「相変わらず欠陥している」とため息をついた。
2022-06-15
「貴方、死ぬ気で何かを成したことはある?」
唐突に何の脈略もなく、彼女は俺に尋ねた。
「・・・ないな。」
俺は天下無敵の暇人だ。死ぬ気でという言葉は俺から最もかけ離れたものだろう。
「そう、それはとても幸せなことね。」
その答えは、俺にとって意外な返答だったので反論してみる。
「なんでだよ。俺が言うのもなんだが、人が夢中で何かをするってのは素晴らしいことだろ。」
「貴方、私の話を聞いていたの?」
ようやく彼女は俺の方に顔を向けた。すべてを見通す、切れのある細長い目が俺を見ている。
「貴方、死ぬ気で何かを成したことはある?と言ったのよ。」
一言一句、全く同じイントネーションで彼女は復唱する。
「死ぬ気で、ってのがいけないのか?」
「いけない、という表現は不適切よ。死ぬ気で、ってのが不自然であり、異様であり、人間に使う言葉ではないのよ。」
なるほど、分からん。
彼女はノートに挟まれた下敷きをおもむろに手に取り、パタパタと仰いで話し出す。
「貴方、人間は何か一つでも夢中にならなければ不幸せだと思う?」
質問に質問を重ねるな。俺は単純な話は億劫で嫌いだが、複雑すぎる話はカロリーを使い過ぎて嫌いだ。
「不幸せってのは極端すぎだろ。」
「そう、その通り。決して不幸せというわけではないわ。むしろ死ぬ気で何かを成そうとしないと不幸せという状況にあるのが、何よりの不幸せだとも言えるわね。」
彼女は視線と、ついでに下敷きをノートに戻し、凄まじい速度で鉛筆を振るう。その一振りで大学入試の大問一つが消し飛ぶ光景は、彼女の隣にいる俺にとってはすでに見馴れた光景になっていた。
「人間という生命体は本来死ぬ気で何かを成す必要性は皆無よ。もし本当の意味で死ぬ気で何かを成そうとする者がいるのなら、それは酷く不自然で、異様で、人間という枠から外れた何か。」
なんとなく、彼女の言いたいことが分かってきた。
「つまりね、半ば強制的に死ぬ気になった時、人は人でなくなるの。だから、死ぬ気で何かを成した経験がない貴方は幸せなのよ。」
これで話はおしまいとばかりに、彼女はノートを閉じた。どうやら今日のノルマを達成したらしい。ふと彼女にかけることが出来そうな言葉を見つけた。
「じゃあさ、俺は死ぬ一歩手前でお前に勝つよ。純度百%俺の意思で、お前に勝つよ。」
切れ長だった目が少しばかり縦に伸びたように見えた。
「期待しないで待ってるわ。できるものならやってみなさい仲達君。」
それが俺がこいつの笑顔を見た最初の瞬間であった。
諸葛亮、字は孔明、ただの大天才だ。
唐突に何の脈略もなく、彼女は俺に尋ねた。
「・・・ないな。」
俺は天下無敵の暇人だ。死ぬ気でという言葉は俺から最もかけ離れたものだろう。
「そう、それはとても幸せなことね。」
その答えは、俺にとって意外な返答だったので反論してみる。
「なんでだよ。俺が言うのもなんだが、人が夢中で何かをするってのは素晴らしいことだろ。」
「貴方、私の話を聞いていたの?」
ようやく彼女は俺の方に顔を向けた。すべてを見通す、切れのある細長い目が俺を見ている。
「貴方、死ぬ気で何かを成したことはある?と言ったのよ。」
一言一句、全く同じイントネーションで彼女は復唱する。
「死ぬ気で、ってのがいけないのか?」
「いけない、という表現は不適切よ。死ぬ気で、ってのが不自然であり、異様であり、人間に使う言葉ではないのよ。」
なるほど、分からん。
彼女はノートに挟まれた下敷きをおもむろに手に取り、パタパタと仰いで話し出す。
「貴方、人間は何か一つでも夢中にならなければ不幸せだと思う?」
質問に質問を重ねるな。俺は単純な話は億劫で嫌いだが、複雑すぎる話はカロリーを使い過ぎて嫌いだ。
「不幸せってのは極端すぎだろ。」
「そう、その通り。決して不幸せというわけではないわ。むしろ死ぬ気で何かを成そうとしないと不幸せという状況にあるのが、何よりの不幸せだとも言えるわね。」
彼女は視線と、ついでに下敷きをノートに戻し、凄まじい速度で鉛筆を振るう。その一振りで大学入試の大問一つが消し飛ぶ光景は、彼女の隣にいる俺にとってはすでに見馴れた光景になっていた。
「人間という生命体は本来死ぬ気で何かを成す必要性は皆無よ。もし本当の意味で死ぬ気で何かを成そうとする者がいるのなら、それは酷く不自然で、異様で、人間という枠から外れた何か。」
なんとなく、彼女の言いたいことが分かってきた。
「つまりね、半ば強制的に死ぬ気になった時、人は人でなくなるの。だから、死ぬ気で何かを成した経験がない貴方は幸せなのよ。」
これで話はおしまいとばかりに、彼女はノートを閉じた。どうやら今日のノルマを達成したらしい。ふと彼女にかけることが出来そうな言葉を見つけた。
「じゃあさ、俺は死ぬ一歩手前でお前に勝つよ。純度百%俺の意思で、お前に勝つよ。」
切れ長だった目が少しばかり縦に伸びたように見えた。
「期待しないで待ってるわ。できるものならやってみなさい仲達君。」
それが俺がこいつの笑顔を見た最初の瞬間であった。
諸葛亮、字は孔明、ただの大天才だ。
遁走
2022-06-14
どこまでも続く、荒涼とした大地。人の気配はおろか、その他の生命の気配すらまるで感じられない場所を、一台のバイクが走っている。
「ずっと走りっぱなしだけど大丈夫か?」
バイクに乗っているのはふたり。一人は背の高い赤髪の青年。バイクを運転しているのは彼のようだ。もう一人は白髪の小柄な少女。振り落とされないよう、青年を背後から抱きしめるようにしてバイクの後ろに座っている。少女は、青年の質問に答えるように、青年の腹部をポンポン、と軽く2回たたいた。
「そうか。んじゃ、もうちょい走るか。疲れたらすぐ言うんだぞー」
少女は青年の腹を1回たたいた。
「相変わらず無口だなぁお前は。まぁそのほうが都合はいいんだけど」
青年はひとり呟いた。青年は、少女の願いを叶えるためにバイクを走らせている。遠く、遠く、東の果てへ。彼女の故郷を目指してひたすら進む。
――ふと、周囲から刺すような嫌な気配を青年は感じた。
「……速度上げる、しっかりつかまれ」
自分にしがみついている小さな手に、青年は片手でそっと触れた。それに応じるように、少女はさきほどよりもしっかりと青年の体を抱きしめた。
「よし」
青年はアクセルを全開にし、一気に荒野を駆け抜けた。
***
「チッ、逃げ足の早い」
「追いますか?」
青年たちに出し抜かれた男たちのうちの一人がそう言うと、青黒い髪色の男が口を開いた。
「いや、この先の街に先回りしてるやつらがいるはずだ。そいつらに連絡を入れろ」
「了解」
「……まさか、獲物に情が移ってともに逃げ出すとは……お前は良い狩人だったのになぁ、“スカーレット”」
青黒い髪の男は青年が走り去った後を見つめて、心底残念そうにつぶやいた。
「ずっと走りっぱなしだけど大丈夫か?」
バイクに乗っているのはふたり。一人は背の高い赤髪の青年。バイクを運転しているのは彼のようだ。もう一人は白髪の小柄な少女。振り落とされないよう、青年を背後から抱きしめるようにしてバイクの後ろに座っている。少女は、青年の質問に答えるように、青年の腹部をポンポン、と軽く2回たたいた。
「そうか。んじゃ、もうちょい走るか。疲れたらすぐ言うんだぞー」
少女は青年の腹を1回たたいた。
「相変わらず無口だなぁお前は。まぁそのほうが都合はいいんだけど」
青年はひとり呟いた。青年は、少女の願いを叶えるためにバイクを走らせている。遠く、遠く、東の果てへ。彼女の故郷を目指してひたすら進む。
――ふと、周囲から刺すような嫌な気配を青年は感じた。
「……速度上げる、しっかりつかまれ」
自分にしがみついている小さな手に、青年は片手でそっと触れた。それに応じるように、少女はさきほどよりもしっかりと青年の体を抱きしめた。
「よし」
青年はアクセルを全開にし、一気に荒野を駆け抜けた。
***
「チッ、逃げ足の早い」
「追いますか?」
青年たちに出し抜かれた男たちのうちの一人がそう言うと、青黒い髪色の男が口を開いた。
「いや、この先の街に先回りしてるやつらがいるはずだ。そいつらに連絡を入れろ」
「了解」
「……まさか、獲物に情が移ってともに逃げ出すとは……お前は良い狩人だったのになぁ、“スカーレット”」
青黒い髪の男は青年が走り去った後を見つめて、心底残念そうにつぶやいた。
大人になれば分かる
2022-06-13
大人になった、と自覚する瞬間が稀にある。成人式に向かう日の朝、振袖を着せてもらった時でも、煙草を吸う同級生を見かけた時でも、同じクラスだったあの子が母親になったという噂を聞いた時でもない。
例えば、そう。テレビ番組『はじめてのおつかい』を眺めて、子供の頑張りに涙が出た時。スーパーへ行って、店員さんに無料引換券だけを渡すのは忍びなくて、大して欲しくもないレジ横のグミを買った時。レジを抜けた先の台に備え付けてある、透明なビニールの袋の口がなかなか開かなかった時。失ったものに初めて気づく。
テレビの向こう側の、おつかいを進めるにつれ自信に満ち溢れていく子供に感じた、あの憧れも。店員さんへ無料引換券一枚を差し出す、あの勇気も。ビニール袋の口を一瞬で開けてしまう、指先の潤いも。
「大人になれば分かるよ」と隣で言っていた親の気持ちが分かってしまうのが、誇らしくて、ちょっぴり切ない。
例えば、そう。テレビ番組『はじめてのおつかい』を眺めて、子供の頑張りに涙が出た時。スーパーへ行って、店員さんに無料引換券だけを渡すのは忍びなくて、大して欲しくもないレジ横のグミを買った時。レジを抜けた先の台に備え付けてある、透明なビニールの袋の口がなかなか開かなかった時。失ったものに初めて気づく。
テレビの向こう側の、おつかいを進めるにつれ自信に満ち溢れていく子供に感じた、あの憧れも。店員さんへ無料引換券一枚を差し出す、あの勇気も。ビニール袋の口を一瞬で開けてしまう、指先の潤いも。
「大人になれば分かるよ」と隣で言っていた親の気持ちが分かってしまうのが、誇らしくて、ちょっぴり切ない。
仲間~これが俺らの大冒険~
2022-06-13
「そこのラーメン屋行って飯食おうぜ」
小学校の時から毎日のように遊んでいた俺ら4人。ちょっと悪いことをしたりして近所からは有名な存在だ。そんな俺らがまさか日本の、世界の役に立つとはー。
高校2年の夏、翔琉が突然、放課後いつも集まる場所に来ることがなくなった。LINEも既読スルー。電話も繋がらない。学校に来ることも減っていった。耐えられなくなった俺らは家まで行って問い詰めた。
「なんで学校こないん?」「俺らのこと嫌になった?」「既読無視とかあり得ねえんだけど」
今は一番言ってはいけないことだったと後悔している。
一週間後、担任の先生から翔琉が死んだことを聞いた。他には何も教えてくれなかった。
1年後、俺らは翔琉のような苦しい思いをしている人たちを減らそうと世界中にある提案をした。
小学校の時から毎日のように遊んでいた俺ら4人。ちょっと悪いことをしたりして近所からは有名な存在だ。そんな俺らがまさか日本の、世界の役に立つとはー。
高校2年の夏、翔琉が突然、放課後いつも集まる場所に来ることがなくなった。LINEも既読スルー。電話も繋がらない。学校に来ることも減っていった。耐えられなくなった俺らは家まで行って問い詰めた。
「なんで学校こないん?」「俺らのこと嫌になった?」「既読無視とかあり得ねえんだけど」
今は一番言ってはいけないことだったと後悔している。
一週間後、担任の先生から翔琉が死んだことを聞いた。他には何も教えてくれなかった。
1年後、俺らは翔琉のような苦しい思いをしている人たちを減らそうと世界中にある提案をした。
成る
2022-06-12
個性は他者から離れる事。強い個性を持てば持つほど、仲良くなりたかった人と離れていくわけで。でも同じ個性を持とうとすると「マネすんな」って言われてしまう。そうして後ろ指を指される。お揃いのキーホルダー。お揃いのコーデ。同じに成りたいという願望と、世界でたった一人、他者とかけ離れた存在に成りたいという願望を両方持ち合わせているのは少し変だ。
塾で一緒に数学の証明ができなくて泣いた友達は英語が得意で、私からはとても輝いてみえた。彼女と同じ学校に行きたいと偏差値を上げ、頑張った。中学校の違う、塾でしか会えない子。けれど彼女は同じ学校の友人と遊ぶようになって、いつのまにか塾のクラスも離れていた。おんなじだった数学の点数も落ちていって。あんなに離れていた英語の点数も私の順位へ落ちてきて、せっかく手に入れた偏差値をひどく無駄に感じたことは初めてだった。
叱りたかった。憧れた個性だったから。手放さないでよ、って。でも、夜中まで塾に残されて解く証明問題と向き合う彼女の横顔を思い出すと、何も言えなくなってしまう。英語ができたせいで、同じ学校の友達と離れていたのは今の私と同じようだったでしょうか。もうLINEの友達欄には居なくなっていたからわからない。
塾で一緒に数学の証明ができなくて泣いた友達は英語が得意で、私からはとても輝いてみえた。彼女と同じ学校に行きたいと偏差値を上げ、頑張った。中学校の違う、塾でしか会えない子。けれど彼女は同じ学校の友人と遊ぶようになって、いつのまにか塾のクラスも離れていた。おんなじだった数学の点数も落ちていって。あんなに離れていた英語の点数も私の順位へ落ちてきて、せっかく手に入れた偏差値をひどく無駄に感じたことは初めてだった。
叱りたかった。憧れた個性だったから。手放さないでよ、って。でも、夜中まで塾に残されて解く証明問題と向き合う彼女の横顔を思い出すと、何も言えなくなってしまう。英語ができたせいで、同じ学校の友達と離れていたのは今の私と同じようだったでしょうか。もうLINEの友達欄には居なくなっていたからわからない。
訣別
2022-06-12
敬愛する映画専攻の先輩が、急に姿を現さなくなる。
そんな矢先に、別の先輩から「傷心旅行」を持ちかけられる。
夏、何泊かの旅行。
2人きりで。撮影をしながら。
そして先輩の卒業の迫る頃、試写会に呼び出される。
そこにあったのは「傷心旅行」でできた映画。共にした先輩の撮った映像だけでなく、少し遠くから撮ったものも。
先輩は創造の世界を去って、ふつうの人として生きていく。だから、映画はこれで最後。
君には創造の世界で、創造の世界のひとと生きていてほしいから、訣別の意と祈りを込めて、この映画を撮ったのだと。
先輩を止めることは、今更できたものじゃない。
先輩は去って、「傷心旅行」の先輩でもその先輩とは連絡がつかなくなって、創造の世界は輝きの虚が生まれた。
そんな矢先に、別の先輩から「傷心旅行」を持ちかけられる。
夏、何泊かの旅行。
2人きりで。撮影をしながら。
そして先輩の卒業の迫る頃、試写会に呼び出される。
そこにあったのは「傷心旅行」でできた映画。共にした先輩の撮った映像だけでなく、少し遠くから撮ったものも。
先輩は創造の世界を去って、ふつうの人として生きていく。だから、映画はこれで最後。
君には創造の世界で、創造の世界のひとと生きていてほしいから、訣別の意と祈りを込めて、この映画を撮ったのだと。
先輩を止めることは、今更できたものじゃない。
先輩は去って、「傷心旅行」の先輩でもその先輩とは連絡がつかなくなって、創造の世界は輝きの虚が生まれた。
流星と天翔け
2022-06-12
人間が誰かを好きになるプロセスは四つあります
其の一 相手と出会う
其の二 相手と親しくなる
其の三 相手を信頼する
其の四 信頼心に恋と名をつけ位置づける
親しくなるまでは適当に社交辞令でもできるけど信頼するのはとても面倒です。だから自分は恋をしたいとは思いません。
なんて創作志向を同人誌即売会後の打ち上げで言ったのは流石に不味かったのかもしれない、と思ったのは電車を二度乗り換えてようやく車に辿り着いてからだった。如何せん、無礼講という言葉の解釈は難しい。酒の席だとしても自分の愛を拗らせてウン万字の文章を書いている人々の集まり。しかしそこで過激思想を言ってもそれこそ無礼講だから許されるんじゃないか、と素面の人間が考えても酔っぱらいの器の大きさは分からない。仮に理屈っぽい人間だと言われても文章の面白さには関係ない。第一創作物内のてぇてぇは考えて生み出されるものだ。あの場に居た人間に自分を頭ごなしに否定できる人などいない。つまるところ結論はノープロブレムだ。
文学はそんな煩わしさの中で生きる人間が生み出した、煩わしさから解放される最高の世界だ。想像を創造し騒々しい世の中を一時でも忘れさせてくれる。恋愛の真似事がしたいなら、仮想世界で夢に浸っている方が余程現実的だ。
車のエンジンを入れる。独特の振動と音に続いてブレーキペダルが僅かに沈む。現世で感じる心地よさなんて言うのは、こんな些細なもので良い。今日という日を終わらせるために、アクセルをゆっくりと踏み込んだ。
其の一 相手と出会う
其の二 相手と親しくなる
其の三 相手を信頼する
其の四 信頼心に恋と名をつけ位置づける
親しくなるまでは適当に社交辞令でもできるけど信頼するのはとても面倒です。だから自分は恋をしたいとは思いません。
なんて創作志向を同人誌即売会後の打ち上げで言ったのは流石に不味かったのかもしれない、と思ったのは電車を二度乗り換えてようやく車に辿り着いてからだった。如何せん、無礼講という言葉の解釈は難しい。酒の席だとしても自分の愛を拗らせてウン万字の文章を書いている人々の集まり。しかしそこで過激思想を言ってもそれこそ無礼講だから許されるんじゃないか、と素面の人間が考えても酔っぱらいの器の大きさは分からない。仮に理屈っぽい人間だと言われても文章の面白さには関係ない。第一創作物内のてぇてぇは考えて生み出されるものだ。あの場に居た人間に自分を頭ごなしに否定できる人などいない。つまるところ結論はノープロブレムだ。
文学はそんな煩わしさの中で生きる人間が生み出した、煩わしさから解放される最高の世界だ。想像を創造し騒々しい世の中を一時でも忘れさせてくれる。恋愛の真似事がしたいなら、仮想世界で夢に浸っている方が余程現実的だ。
車のエンジンを入れる。独特の振動と音に続いてブレーキペダルが僅かに沈む。現世で感じる心地よさなんて言うのは、こんな些細なもので良い。今日という日を終わらせるために、アクセルをゆっくりと踏み込んだ。
プリン戦争1
2022-06-09
大変なことになった……
なんてことのないアジトでの平凡な平日の午後3時に事件がまた起こるらしい。
「無い…」
冷蔵庫あたりからボソッと一言。
スマホいじってたり本を読んだりと好き勝手していた全員がなにかを察した。
「「「……」」」
「昨日買ったプリンが無くなってるぅぅぅ!!」
命の危機が迫っている、こんなときこそチームの腕の見せ所だ。
俺はすかさず外出中のメンバーに[プリン、3つ、至急]とメール。これで伝わるだろ。
ペテン野郎に時間稼ぎの合図を送る。なんとしても命の危機を脱しなくてはっ!
「この中に……プリンを、食べた人がいるっ!!誰!?誰が食べた!?」
プリン裁判が始まった!
「ま、まぁまぁ、プリンはいつも食べてるでしょ?たまには辛いものとか食べない?ほら、柿ピーとかあるし…」
説得に入った!ナイスだ、このまま話をずらせば……
「違う!あたしは誰が食べたかと聞いているの!何を食べるかなんて問題じゃないの!あんたか?あんただな!?プリンを盗った奴は!」
なにっ!?あくまで目標は俺達なのか!?完全に殺す気だぞ。
「プリンの仇じゃ!ぶち抜いたる!……あれ?エリザベスは?おまえあたしのエリザベスも!このっ、このっ!」
死んだかと思ったが、隣を見ると盗み出したワルサーが片手に見えた。
危なかったがこれで無力化できた。あいつにはかわいそうだが死にはしないだろうから食い止めて貰おう。
「結局誰が食ったんだ?」「いつもの妄言でしょ」「それであんな怒るか?」「いつもあんな感じじゃない?」会話する余裕も出てきたな。
「ただいま~」
ナイスタイミング、今のうちに冷蔵庫に入れれば任務完了だ。
「そういやどこの買ってきたんだ?」
「普通に100円3個入りのだが」
「あぁそうか」
注文通りだ、間違いない。完璧に仕事をこなしてくれた。
だが俺は思い出してしまったんだ。
朝、寝ぼけてプリンを食ったかもしれない……そしてそれがやけに高そうなプリンだったということを……
プリン戦争はまだまだ終わらない……
なんてことのないアジトでの平凡な平日の午後3時に事件がまた起こるらしい。
「無い…」
冷蔵庫あたりからボソッと一言。
スマホいじってたり本を読んだりと好き勝手していた全員がなにかを察した。
「「「……」」」
「昨日買ったプリンが無くなってるぅぅぅ!!」
命の危機が迫っている、こんなときこそチームの腕の見せ所だ。
俺はすかさず外出中のメンバーに[プリン、3つ、至急]とメール。これで伝わるだろ。
ペテン野郎に時間稼ぎの合図を送る。なんとしても命の危機を脱しなくてはっ!
「この中に……プリンを、食べた人がいるっ!!誰!?誰が食べた!?」
プリン裁判が始まった!
「ま、まぁまぁ、プリンはいつも食べてるでしょ?たまには辛いものとか食べない?ほら、柿ピーとかあるし…」
説得に入った!ナイスだ、このまま話をずらせば……
「違う!あたしは誰が食べたかと聞いているの!何を食べるかなんて問題じゃないの!あんたか?あんただな!?プリンを盗った奴は!」
なにっ!?あくまで目標は俺達なのか!?完全に殺す気だぞ。
「プリンの仇じゃ!ぶち抜いたる!……あれ?エリザベスは?おまえあたしのエリザベスも!このっ、このっ!」
死んだかと思ったが、隣を見ると盗み出したワルサーが片手に見えた。
危なかったがこれで無力化できた。あいつにはかわいそうだが死にはしないだろうから食い止めて貰おう。
「結局誰が食ったんだ?」「いつもの妄言でしょ」「それであんな怒るか?」「いつもあんな感じじゃない?」会話する余裕も出てきたな。
「ただいま~」
ナイスタイミング、今のうちに冷蔵庫に入れれば任務完了だ。
「そういやどこの買ってきたんだ?」
「普通に100円3個入りのだが」
「あぁそうか」
注文通りだ、間違いない。完璧に仕事をこなしてくれた。
だが俺は思い出してしまったんだ。
朝、寝ぼけてプリンを食ったかもしれない……そしてそれがやけに高そうなプリンだったということを……
プリン戦争はまだまだ終わらない……
後悔
2022-06-07
「後悔先に立たず」という言葉がある。
「すでに終わってしまったことを後から悔やんでも遅い」という意味だそうだが、まさに今の私の状況のことを指すのであろう。
目の前には人の死体が一つ。強い衝撃を受けた頭部は若干凹み、血が吹き出している。その血と一緒に体の中の熱も流れ去っていくように、死体はどんどん冷たくなっていく。
嗚呼、どうしてこんなことをしてしまったのだろう。
人は怒りの感情を抱いたとき、「頭に血が上る」らしい。今目の前で起こっている現象の間反対である。なんとも皮肉なことだ。上った血は今刻々と流れ出ているのだから。
もし5分前に戻ることができたなら。私は過去の自分が殴りかかろうとするのを、こう言って止めるだろう。「やめておけ、そのパンチは空振り、そしてお前は逆上した相手に屋上から突き落とされてしまうぞ。」と。
そんなことを考えながら自分の死体を眺めていると、唐突に後ろから持ち上げられるのを感じた。
ああ、私は成仏するのか。こんなところで死にたくはなかった。まだ成していないことが沢山あるというのに。まだ読みたい本があった。学びたい事柄があった。だが、死んでしまえば人はそれまでなのだ。まさに「後悔先に立たず」だ。
「すでに終わってしまったことを後から悔やんでも遅い」という意味だそうだが、まさに今の私の状況のことを指すのであろう。
目の前には人の死体が一つ。強い衝撃を受けた頭部は若干凹み、血が吹き出している。その血と一緒に体の中の熱も流れ去っていくように、死体はどんどん冷たくなっていく。
嗚呼、どうしてこんなことをしてしまったのだろう。
人は怒りの感情を抱いたとき、「頭に血が上る」らしい。今目の前で起こっている現象の間反対である。なんとも皮肉なことだ。上った血は今刻々と流れ出ているのだから。
もし5分前に戻ることができたなら。私は過去の自分が殴りかかろうとするのを、こう言って止めるだろう。「やめておけ、そのパンチは空振り、そしてお前は逆上した相手に屋上から突き落とされてしまうぞ。」と。
そんなことを考えながら自分の死体を眺めていると、唐突に後ろから持ち上げられるのを感じた。
ああ、私は成仏するのか。こんなところで死にたくはなかった。まだ成していないことが沢山あるというのに。まだ読みたい本があった。学びたい事柄があった。だが、死んでしまえば人はそれまでなのだ。まさに「後悔先に立たず」だ。
懐古
2022-06-07
絶え間なく響く砲撃音。空気を揺らす狂気の声。光を遮る殺気。
そんな地獄で見た、ひとりの死体。
彼は、仰向けに倒れていた。軍服の胸ポケットが開いていて、その中に入っていたであろうものは、3本しかない右手でしっかりと握りしめられていた。
それは、家族写真。
私は、初めてこの戦場で心を見た。
そんな地獄で見た、ひとりの死体。
彼は、仰向けに倒れていた。軍服の胸ポケットが開いていて、その中に入っていたであろうものは、3本しかない右手でしっかりと握りしめられていた。
それは、家族写真。
私は、初めてこの戦場で心を見た。
栗毛の来訪者
2022-06-07
岩手の水沢にメイセイオペラという馬が生まれた。
彼は周りから期待されていなかったが、成長して中央競馬からも注目されるほどの馬になり、水沢競馬場でデビューした。
しかし、デビューから一か月後に彼の馬主が亡くなってしまい、これからの競馬馬生がピンチになる。
その時、馬主の奥さんが夫の意思を受け継いで新たな馬主となり、メイセイオペラはさらなる挑戦を続けた。
そして彼は日本競馬唯一の「地方所属でG1を制した馬」となる。
彼は周りから期待されていなかったが、成長して中央競馬からも注目されるほどの馬になり、水沢競馬場でデビューした。
しかし、デビューから一か月後に彼の馬主が亡くなってしまい、これからの競馬馬生がピンチになる。
その時、馬主の奥さんが夫の意思を受け継いで新たな馬主となり、メイセイオペラはさらなる挑戦を続けた。
そして彼は日本競馬唯一の「地方所属でG1を制した馬」となる。
無と有
2022-06-07
世界が終わるのはいつも唐突であった。
その日、突如として地球上から酸素が消え始めた。
局所的に消えていた酸素は徐々に、そして唐突にその範囲を広げ、最終的に残されたのは日本のある街のみであった。
予測不能にして回避不能なそれがいつ起こるか不安に怯えながら人々は暮らしていた。
そんなある日、ついにそこからも酸素は消えた。
ただ、国から支給された酸素ボンベを奪い合い、酸素が消える前に人々が死に果てていたのは幸運だったのかもしれない。
その日、突如として地球上から酸素が消え始めた。
局所的に消えていた酸素は徐々に、そして唐突にその範囲を広げ、最終的に残されたのは日本のある街のみであった。
予測不能にして回避不能なそれがいつ起こるか不安に怯えながら人々は暮らしていた。
そんなある日、ついにそこからも酸素は消えた。
ただ、国から支給された酸素ボンベを奪い合い、酸素が消える前に人々が死に果てていたのは幸運だったのかもしれない。
夏の背骨
2022-06-07
精神的療養のため、私は夏の間叔父の別荘で暮らすことになった。
そこには叔父の教え子である純という男の人が住んでいた。
彼は血の通っていないような青白い肌をしている。
彼の細長く骨張った指で奏でられるピアノのメロディは私を癒したり焦らせたりする。
彼は大量の薬を飲まなければ眠れない。
純と心を通わすうちに私は自分の中にあった迷いや苦しみに気づく。
月明かりのこぼれる部屋で、彼の背骨だけがぼんやりと浮かんでいる。
そこには叔父の教え子である純という男の人が住んでいた。
彼は血の通っていないような青白い肌をしている。
彼の細長く骨張った指で奏でられるピアノのメロディは私を癒したり焦らせたりする。
彼は大量の薬を飲まなければ眠れない。
純と心を通わすうちに私は自分の中にあった迷いや苦しみに気づく。
月明かりのこぼれる部屋で、彼の背骨だけがぼんやりと浮かんでいる。
アジサイの花言葉
2022-06-05
梅雨入りを未だ迎えない関東。ぎりぎりのところで耐えているのだろうか、空は今日も雨を落とす。
薄墨色の空が落とした雨は、一朶のアジサイに染み込んでいく。鮮やかな蒼色だったアジサイはみるみるうちに暗色に姿を変える。それでも尚、変わらない美しさが悔しくて茎に手をかけた。存外、か細くない茎はまるで人の首のようだった。茎の中を巡り動く水分が、血流のように思えて急いで手を放す。首を絞める勇気など、持ち合わせていない。
曲げていた腰を伸ばし、一度だけ天を仰ぐ。そうして思い切りアジサイを踏みつけた。
薄墨色の空が落とした雨は、一朶のアジサイに染み込んでいく。鮮やかな蒼色だったアジサイはみるみるうちに暗色に姿を変える。それでも尚、変わらない美しさが悔しくて茎に手をかけた。存外、か細くない茎はまるで人の首のようだった。茎の中を巡り動く水分が、血流のように思えて急いで手を放す。首を絞める勇気など、持ち合わせていない。
曲げていた腰を伸ばし、一度だけ天を仰ぐ。そうして思い切りアジサイを踏みつけた。
サイダーの飴
2022-06-03
カランと音がした。思わず動かしていた手元から顔を上げると、菊池先輩が鼻歌を歌いながら紙にシャーペンを走らせていた。
「先輩飴舐めてますか?」
「んーん」
「さっきから少しサイダーの匂いがしてるんですけど」
私がそう言うと、先輩は私の掌に水色のパッケージに包まれた飴玉をちょこんと乗っけた。
「学校はお菓子の持ち込み禁止ですよ」
「だから口止めとしてあげてるんじゃん」
幽霊部員だらけの美術室には私と先輩の二人しかいない。
私は掌に乗っけられた飴玉を食べることなくそのままブレザーのポケットに入れた。先輩は再びペンを走らせている。一つにまとめられたポニーテールがゆらゆらと揺れていた。
「先輩またホラーヒーローのキャラ描いてるんですか?」
先輩の手元にはスーツを着た少年がニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。
「そうそう、アニメ化も決まったし今一番キテる漫画なんだって! 詩織ちゃんも読んでよー」
「いやー私あんま少年漫画読まないんですよね、少女漫画専門なんで」
私は胸まで伸びている長い髪の毛を片手でクルクルと触り、今までシャーペンで描いていた少女漫画風のイラストを先輩に渡す。
「うーん、やっぱりホラーヒーロー」
先輩はそう言うとイラストを私に返して椅子に座ったまま背伸びをした。
「そういえば先輩、受験お疲れ様です」
先輩は「ありがとう」と言ってVサインをした。
「どこの高校も受からないかと思いましたよ」
私がそう言うと、先輩は机にあった消しゴムを私に投げつけた。私は両手を小さく合わせながら「冗談ですよ」と言って笑った。
「詩織ちゃんも来年私の高校受けるー?」
床に落ちた消しゴムを拾おうとしていた手がピタリと止まった。
「でも、私とまた二年一緒にいるのは嫌かー」
開きかけた口が先輩の言葉に遮られる。出かかった言葉をそっと飲み込んだ。
「そうですねー、また先輩の面倒見るのはちょっと」
そう言うと、今度はシャーペンが飛んできた。私は床に落ちたシャーペンと消しゴムをまとめて拾って先輩の手元に置く。
「でも、この部室も改めて見ると何だか名残惜しいな」
先輩の伏せた目からは長い睫毛が伸びていて小さな影を作っている。
「ダラダラ絵描いて喋ってるだけだったけどさ、何だかんだ楽しかったよ」
「先輩、昔漫画を学校に持って来て顧問に没収されたこともありましたよね」
「あれは泣いたよ」
先輩はそう言うと手を目元に当てて泣く真似をした。その様子があまりにも馬鹿馬鹿しくて、私は小さく笑ってしまった。
ガタンゴトンと小さな揺れで私は目を覚ました。まどろんだ視界で車内の電光掲示板に目をやると、自分の降りる駅名が表示されていたので慌てて立ち上がる。扉が開いてホームに降りると、夏の夜のムッとしたぬるい風に全身を覆われた。目元を擦りながら改札を抜ける。ハイヒールを履いている足元が寝起きで若干ふらつく。買ったばかりのスーツのワイシャツに涎の跡が付いているのを見つける。
もう十年。いつの間にか十年も経っていた。
進む足にも段々と意識が戻る。駅構内をあてもなくただフラフラと歩いていると本屋の前を通りかかった。店頭に置かれているファッション雑誌を適当にパラパラとめくって中を眺める。載っているモデルは皆同じような髪形や服装だった。棚に戻そうとしたが、たまたま目に付いた料理のレシピを掲載しているページのハンバーグの写真が美味しそうだったので思わず釘付けになった。少しだけ迷ったが、結局そのままレジへと持って行った。
レジ袋に入った雑誌を片手に店を出ようとしたが、ふと足が止まる。私はuターンをして駆け足で再び店の中へと入っていく。コミックスのコーナーへと進み、端から背表紙をじっと眺める。すぐに見つかると思っていた漫画はどこにも見つからない。鞄の中から携帯を取り出してその漫画のタイトルを検索した途端目を見開いた。しばらく呆然としながら携帯を鞄に閉まって店を出た。
「ホラーヒーロー」の漫画は五年前に連載が終了していた。
本屋を抜けてそのまま駅も出ると、いつの間にか外はパラパラと雨が降っていた。空から降って来る雨粒をただ体で受け止めながら歩いていたが、たまらなくなって思わず駆け出していた。
変な話だけれど、今になってもう会えなくなってしまったことが本当に信じられなかった。どうせ直ぐに会えるって、何の疑いもなく信じていた。接点を失くした人間はこんなにも簡単に赤の他人になってしまうことをあの頃の私に誰も教えてくれなかった。
前方にコンビニが見えて思わず駆けていた足を止めた。私は息を整えながらおもむろに店内に入ると、お菓子コーナーに見覚えのある飴玉のパッケージが目に付いた。私はそれを何の迷いもなく手に取り、会計を済ませて店を出た。買った飴玉を一つ取り出して口に入れる。サイダーの爽やかな匂いが鼻を抜けた。
『でも、私とまた二年一緒にいるのは嫌かー』
本当は、もっと一緒にいたいって思っていましたよ。
口の中で飴玉を転がす。カランと音がした。
「先輩飴舐めてますか?」
「んーん」
「さっきから少しサイダーの匂いがしてるんですけど」
私がそう言うと、先輩は私の掌に水色のパッケージに包まれた飴玉をちょこんと乗っけた。
「学校はお菓子の持ち込み禁止ですよ」
「だから口止めとしてあげてるんじゃん」
幽霊部員だらけの美術室には私と先輩の二人しかいない。
私は掌に乗っけられた飴玉を食べることなくそのままブレザーのポケットに入れた。先輩は再びペンを走らせている。一つにまとめられたポニーテールがゆらゆらと揺れていた。
「先輩またホラーヒーローのキャラ描いてるんですか?」
先輩の手元にはスーツを着た少年がニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。
「そうそう、アニメ化も決まったし今一番キテる漫画なんだって! 詩織ちゃんも読んでよー」
「いやー私あんま少年漫画読まないんですよね、少女漫画専門なんで」
私は胸まで伸びている長い髪の毛を片手でクルクルと触り、今までシャーペンで描いていた少女漫画風のイラストを先輩に渡す。
「うーん、やっぱりホラーヒーロー」
先輩はそう言うとイラストを私に返して椅子に座ったまま背伸びをした。
「そういえば先輩、受験お疲れ様です」
先輩は「ありがとう」と言ってVサインをした。
「どこの高校も受からないかと思いましたよ」
私がそう言うと、先輩は机にあった消しゴムを私に投げつけた。私は両手を小さく合わせながら「冗談ですよ」と言って笑った。
「詩織ちゃんも来年私の高校受けるー?」
床に落ちた消しゴムを拾おうとしていた手がピタリと止まった。
「でも、私とまた二年一緒にいるのは嫌かー」
開きかけた口が先輩の言葉に遮られる。出かかった言葉をそっと飲み込んだ。
「そうですねー、また先輩の面倒見るのはちょっと」
そう言うと、今度はシャーペンが飛んできた。私は床に落ちたシャーペンと消しゴムをまとめて拾って先輩の手元に置く。
「でも、この部室も改めて見ると何だか名残惜しいな」
先輩の伏せた目からは長い睫毛が伸びていて小さな影を作っている。
「ダラダラ絵描いて喋ってるだけだったけどさ、何だかんだ楽しかったよ」
「先輩、昔漫画を学校に持って来て顧問に没収されたこともありましたよね」
「あれは泣いたよ」
先輩はそう言うと手を目元に当てて泣く真似をした。その様子があまりにも馬鹿馬鹿しくて、私は小さく笑ってしまった。
ガタンゴトンと小さな揺れで私は目を覚ました。まどろんだ視界で車内の電光掲示板に目をやると、自分の降りる駅名が表示されていたので慌てて立ち上がる。扉が開いてホームに降りると、夏の夜のムッとしたぬるい風に全身を覆われた。目元を擦りながら改札を抜ける。ハイヒールを履いている足元が寝起きで若干ふらつく。買ったばかりのスーツのワイシャツに涎の跡が付いているのを見つける。
もう十年。いつの間にか十年も経っていた。
進む足にも段々と意識が戻る。駅構内をあてもなくただフラフラと歩いていると本屋の前を通りかかった。店頭に置かれているファッション雑誌を適当にパラパラとめくって中を眺める。載っているモデルは皆同じような髪形や服装だった。棚に戻そうとしたが、たまたま目に付いた料理のレシピを掲載しているページのハンバーグの写真が美味しそうだったので思わず釘付けになった。少しだけ迷ったが、結局そのままレジへと持って行った。
レジ袋に入った雑誌を片手に店を出ようとしたが、ふと足が止まる。私はuターンをして駆け足で再び店の中へと入っていく。コミックスのコーナーへと進み、端から背表紙をじっと眺める。すぐに見つかると思っていた漫画はどこにも見つからない。鞄の中から携帯を取り出してその漫画のタイトルを検索した途端目を見開いた。しばらく呆然としながら携帯を鞄に閉まって店を出た。
「ホラーヒーロー」の漫画は五年前に連載が終了していた。
本屋を抜けてそのまま駅も出ると、いつの間にか外はパラパラと雨が降っていた。空から降って来る雨粒をただ体で受け止めながら歩いていたが、たまらなくなって思わず駆け出していた。
変な話だけれど、今になってもう会えなくなってしまったことが本当に信じられなかった。どうせ直ぐに会えるって、何の疑いもなく信じていた。接点を失くした人間はこんなにも簡単に赤の他人になってしまうことをあの頃の私に誰も教えてくれなかった。
前方にコンビニが見えて思わず駆けていた足を止めた。私は息を整えながらおもむろに店内に入ると、お菓子コーナーに見覚えのある飴玉のパッケージが目に付いた。私はそれを何の迷いもなく手に取り、会計を済ませて店を出た。買った飴玉を一つ取り出して口に入れる。サイダーの爽やかな匂いが鼻を抜けた。
『でも、私とまた二年一緒にいるのは嫌かー』
本当は、もっと一緒にいたいって思っていましたよ。
口の中で飴玉を転がす。カランと音がした。
音色
2022-06-02
キャンバスに描かれたある男の半生。その日をあざ笑うかのような快晴とその下で事故に会い、利き腕の左手と片耳を失った哀れな作曲家を描いたものだ。最初はあんなにも暗く今にも全部を塗りつぶしかねない真っ黒な目をしていたくせに、直近ではこれでもかというくらいの綺麗な目をした笑顔が写っている。描いた本人の私が言うのだから間違えない。この時描いた彼の姿はまごうことなき幸福であった。右手で電子ピアノを弾きながら歌う鼻歌に思わず音の色が見えそうな程までに彼との奇妙な生活は私を変えてしまったのだ。画家なんて彼に会うまでにはとっくに諦めていたはずなのに不思議なもので腕は勝手に色を作るし筆は滑るように目に映る景色を描き出していた。余計なことに彼の作った歌を口ずさんでいる。目の前にあるキャンバスに描こうとしているのは、あの日と何ら変わらないはずの空なのにやけに色が多く見えた。
私の目は今どんな色をしているだろう。彼ならこの空にどんな音を描くのだろう。
今の私たちならあの空を笑い飛ばせるだろうか。
私の目は今どんな色をしているだろう。彼ならこの空にどんな音を描くのだろう。
今の私たちならあの空を笑い飛ばせるだろうか。
ひとつ屋根の下(仮タイトル)
2022-06-02
連れ立ってトイレに行った友人に手を振ると、私はこっそりスマホを取り出した。教室のざわめきに紛れながら机の下に目をやれば、何件かの通知が表示された。ロックを解除すると同時に、画面の中の白いアイコンを探す。学校の時間に応答して大丈夫だろうかという不安さはあるが、内容を確認したい気持ちが前に出てしまった。
『今日のみんなの夜ごはんは何かな』
『バイトだから割引弁当の予定』
『はーい』
『みんなが浮上できるとしたら22時くらいになるのかな』
来ていた通知は、母と兄によるものだった。いつ見ても平和な空間に心がじんとなる。あれほど聞こえていた教室の声も、一度会話を覗けば、遠くのことに感じた。
私は早めに帰れるよ。いつものように返信をする時間はまだ来ない。直近のやり取りをスクロールしながら、私は応答をこらえホームボタンを押した。
「かすみ、それもしかして『ヤネタク』?」
気づけば、遠くにあったはずの音がすぐそばで聞こえた。
「いや、かすみが入れてるわけなくない?」
「そっか。何見てたの?インスタ?」
「あっそう。ストーリーに返信きてたから」
右手をかばんに押し込むと、教科書の間にスマホが挟まった。
「ヤネタクの広告マジうざいよね」
「なんだろう。釣り広告感?」
「結構ダウンロードされてるらしいけどね」
「へー、やっぱかすみ入れてんね!」
「入れてません!」
ノリの良い会話は、合わせればそれなりに楽しかった。こういう時、共感の生き物である女子はありがたいとつくづく思う。話題は先ほど出たインスタへと移ったが、私はまだ、教科書の隙間が気になり続けていた。
信号を渡って右折すれば、あとは何も怖くない。「学校おわ」「おつあり」「おなかすいた」。夕暮れはいつもうなじを見下ろしている。放課後の浮上率は決まって私と母が高かった。送られた動画のURLをタップすると、母の気に入った配信者の切り抜きが始まった。即座に感想を送れば「前向いて歩いて」という通知に驚かされる。思わず口元を緩めたが遠くに自宅の玄関が見えた。鍵を取り出し扉に近づくに連れ、緩んだ口元は閉じられた。
『ただい』
靴を脱ぎながら指を動かせば、中途半端な挨拶が飛んでいく。
『おかえり』
それでもきちんと返ってくるのだから、改めて家に帰ってきたと思えてしまう。玄関、洗面所、リビング、自室。入る部屋の電気をつければようやく家に温かさが灯った。なおも光り続けているスマートフォンにメッセージは続々と送られる。学校のこと、友達のこと、放課後のこと。特筆して話すこともないが、指は自然に思ったことを打ち込んでいた。
『きょうはね』
『このアプリ』
『バレかけた』
『はやく制服脱いだ方が良いよ』
『ありがとう』
そして私は今日も、父と兄の帰宅まで母と時間を共有するのだった。
『今日のみんなの夜ごはんは何かな』
『バイトだから割引弁当の予定』
『はーい』
『みんなが浮上できるとしたら22時くらいになるのかな』
来ていた通知は、母と兄によるものだった。いつ見ても平和な空間に心がじんとなる。あれほど聞こえていた教室の声も、一度会話を覗けば、遠くのことに感じた。
私は早めに帰れるよ。いつものように返信をする時間はまだ来ない。直近のやり取りをスクロールしながら、私は応答をこらえホームボタンを押した。
「かすみ、それもしかして『ヤネタク』?」
気づけば、遠くにあったはずの音がすぐそばで聞こえた。
「いや、かすみが入れてるわけなくない?」
「そっか。何見てたの?インスタ?」
「あっそう。ストーリーに返信きてたから」
右手をかばんに押し込むと、教科書の間にスマホが挟まった。
「ヤネタクの広告マジうざいよね」
「なんだろう。釣り広告感?」
「結構ダウンロードされてるらしいけどね」
「へー、やっぱかすみ入れてんね!」
「入れてません!」
ノリの良い会話は、合わせればそれなりに楽しかった。こういう時、共感の生き物である女子はありがたいとつくづく思う。話題は先ほど出たインスタへと移ったが、私はまだ、教科書の隙間が気になり続けていた。
信号を渡って右折すれば、あとは何も怖くない。「学校おわ」「おつあり」「おなかすいた」。夕暮れはいつもうなじを見下ろしている。放課後の浮上率は決まって私と母が高かった。送られた動画のURLをタップすると、母の気に入った配信者の切り抜きが始まった。即座に感想を送れば「前向いて歩いて」という通知に驚かされる。思わず口元を緩めたが遠くに自宅の玄関が見えた。鍵を取り出し扉に近づくに連れ、緩んだ口元は閉じられた。
『ただい』
靴を脱ぎながら指を動かせば、中途半端な挨拶が飛んでいく。
『おかえり』
それでもきちんと返ってくるのだから、改めて家に帰ってきたと思えてしまう。玄関、洗面所、リビング、自室。入る部屋の電気をつければようやく家に温かさが灯った。なおも光り続けているスマートフォンにメッセージは続々と送られる。学校のこと、友達のこと、放課後のこと。特筆して話すこともないが、指は自然に思ったことを打ち込んでいた。
『きょうはね』
『このアプリ』
『バレかけた』
『はやく制服脱いだ方が良いよ』
『ありがとう』
そして私は今日も、父と兄の帰宅まで母と時間を共有するのだった。
エンドルフィン
2022-06-02
普段見たり感じたりしているものは思っている以上にあっけなかったり感覚と食い違っているものだ。
実際、あんなにも小さいハエ一匹だって人間は捕まえられないし、脳もまともに無さそうな動物だって群れているのに、人間は欲が絡んで一切群れることなんてできていない。
そんな出来事がまた起こったのだ。
パリパリに乾ききった皮をなんとなくだが剥がしてみた、ものすごく痛い、最初の方は薄く繋がっていた部分が剥がれるだけで、むしろ清々しくて気持ちよかった位だというのに、ある一定の線を越えると内側の肉も巻き込んでえぐりとられていく。これがものすごく痛い。覚悟を決めて一思いに引っ張ると、どこか馴染みのある鉄のような味がしてくるではないか。しまった、流石に血が出てしまったかと焦って口元に手をあて、血を少しでも止めようと試みる。
自身で抉った傷に手が当たるとジンジン痛む、傷だから当然かと1人で納得していると無性に笑みが込み上げてくる。
そろそろティッシュかハンカチで押さえようか。そんなことを考えながら手を離すとなんとビックリなことに手には何もない、何色にも染まっていないぞ!
じゃああの傷は嘘なのか?いや嘘じゃないはっきりとした痛みがここにある!
あの鉄の味は嘘なのか?いや子供のころから馴れ親しんだあの味だ!
じゃあこの手は一体どうしたというのか?いつから血は透明になった?血はあんなにも鮮やかで綺麗な朱色だったじゃないか!!
「はっはっは!!!」
どうしようもない矛盾に笑いが抑えきれなくなってしまったよ。
笑いがすめば特になんともないことだと薄々答えが見えてきている。少しさみしい。
だが面白いじゃないか、科学でみて、それを知っていれば当たり前のことだというのに、何も知らずにみてみれば自分の知らないマジックの世界が広がっているように見える!
今ならこんなことも楽観的で愉快に捉えることが出来る。
ちょっと前ならどんな魔法も解き明かせばただの1つの現象でしかなかった。
でも今、俺の体はエンドルフィンで溢れている。
実際、あんなにも小さいハエ一匹だって人間は捕まえられないし、脳もまともに無さそうな動物だって群れているのに、人間は欲が絡んで一切群れることなんてできていない。
そんな出来事がまた起こったのだ。
パリパリに乾ききった皮をなんとなくだが剥がしてみた、ものすごく痛い、最初の方は薄く繋がっていた部分が剥がれるだけで、むしろ清々しくて気持ちよかった位だというのに、ある一定の線を越えると内側の肉も巻き込んでえぐりとられていく。これがものすごく痛い。覚悟を決めて一思いに引っ張ると、どこか馴染みのある鉄のような味がしてくるではないか。しまった、流石に血が出てしまったかと焦って口元に手をあて、血を少しでも止めようと試みる。
自身で抉った傷に手が当たるとジンジン痛む、傷だから当然かと1人で納得していると無性に笑みが込み上げてくる。
そろそろティッシュかハンカチで押さえようか。そんなことを考えながら手を離すとなんとビックリなことに手には何もない、何色にも染まっていないぞ!
じゃああの傷は嘘なのか?いや嘘じゃないはっきりとした痛みがここにある!
あの鉄の味は嘘なのか?いや子供のころから馴れ親しんだあの味だ!
じゃあこの手は一体どうしたというのか?いつから血は透明になった?血はあんなにも鮮やかで綺麗な朱色だったじゃないか!!
「はっはっは!!!」
どうしようもない矛盾に笑いが抑えきれなくなってしまったよ。
笑いがすめば特になんともないことだと薄々答えが見えてきている。少しさみしい。
だが面白いじゃないか、科学でみて、それを知っていれば当たり前のことだというのに、何も知らずにみてみれば自分の知らないマジックの世界が広がっているように見える!
今ならこんなことも楽観的で愉快に捉えることが出来る。
ちょっと前ならどんな魔法も解き明かせばただの1つの現象でしかなかった。
でも今、俺の体はエンドルフィンで溢れている。
カレーライス
2022-06-02
僕は無力だ。目の前にあるカレーの皿を片付けられないくらいに。
白いオーバル皿はかれこれ三時間、僕の目の前にあった。
このまま三日、十日、いや七十五日くらい置いておけば、いずれ悪臭を放ち蝿が集るようになるのだろうか。
そうなったとしても僕はこの皿を片付けられない。
それほどまでに僕は無力で無気力だった。
長い間皿を見つめていたからか、スプーンが皿の上を通った道筋をぼんやりと覚え始めていた。
今ならそらで描けそうだ。丁寧に掬ったのだろう、米粒一つもついていない綺麗なものだった。
段々その跡が意味のあるものに見えてきて、スプーンの道を目で追いかけてみる。迷路を解くような気分だった。
皿と同じ白い道は、すぐに行き詰まる。最初から始めようにもそもそもスタートもゴールもない。
なんだこれは、迷路としては不良品じゃないか。
やはり意味なんてなかった。いっそこの皿自体が暗号だったらよかったのに。
どこへ行っても行き止まりというのは今の僕によく似ている。
やけにスパイスの匂いが鼻についた。今やこの部屋はもともとカレーの匂いのする部屋だったように思う。
これではリードディフューザーも肩身が狭いだろう。
穴のあくほど見つめているのに、皿に穴はあかない。
自分でシンクまで移動してくれないだろうか。やっぱりやめて欲しい。このままそこにいてくれ。
他のことを考えても、結局この皿に戻ってきてしまう。
どう処分しようか。処分してもいいのだろうか。
しかしそんなことをすれば、食器棚の中の片割れが余計惨めになってしまう。
唯一の救いはあまり対に見えないことだ。これがハート型だったら、考えただけでゾッとする。
他の食器はどうだろうか。思い返す限りハート型はない。しかしマグカップ、あれはどうだ。
確かお互いのイニシャルが入っていた。終わった。
真っ白と淡い水色の対のオーバル皿を、シンプルなデザインがいいね、と二人とも気に入った。
夫婦茶輪ならぬ夫婦オーバル。もっとも、これを買ったときは夫婦ではなかったけれど。
滑稽だ。一人ダイニングテーブルの上に置かれたカレーの皿をどうするべきか決めかねている。
片付けようにも、その皿を動かすのも、触れることさえも、億劫で恐ろしい。
この皿がこうしてできあがるまでに十五分、調理の時間を入れれば一時間弱といったところか。しかしこの皿がここに存在する理由を考えれば、そんなものでは足りない気がした。
最低でも三年。三年間のちょっとしたすれ違いが、この皿を生んだのだ。
白いオーバル皿はかれこれ三時間、僕の目の前にあった。
このまま三日、十日、いや七十五日くらい置いておけば、いずれ悪臭を放ち蝿が集るようになるのだろうか。
そうなったとしても僕はこの皿を片付けられない。
それほどまでに僕は無力で無気力だった。
長い間皿を見つめていたからか、スプーンが皿の上を通った道筋をぼんやりと覚え始めていた。
今ならそらで描けそうだ。丁寧に掬ったのだろう、米粒一つもついていない綺麗なものだった。
段々その跡が意味のあるものに見えてきて、スプーンの道を目で追いかけてみる。迷路を解くような気分だった。
皿と同じ白い道は、すぐに行き詰まる。最初から始めようにもそもそもスタートもゴールもない。
なんだこれは、迷路としては不良品じゃないか。
やはり意味なんてなかった。いっそこの皿自体が暗号だったらよかったのに。
どこへ行っても行き止まりというのは今の僕によく似ている。
やけにスパイスの匂いが鼻についた。今やこの部屋はもともとカレーの匂いのする部屋だったように思う。
これではリードディフューザーも肩身が狭いだろう。
穴のあくほど見つめているのに、皿に穴はあかない。
自分でシンクまで移動してくれないだろうか。やっぱりやめて欲しい。このままそこにいてくれ。
他のことを考えても、結局この皿に戻ってきてしまう。
どう処分しようか。処分してもいいのだろうか。
しかしそんなことをすれば、食器棚の中の片割れが余計惨めになってしまう。
唯一の救いはあまり対に見えないことだ。これがハート型だったら、考えただけでゾッとする。
他の食器はどうだろうか。思い返す限りハート型はない。しかしマグカップ、あれはどうだ。
確かお互いのイニシャルが入っていた。終わった。
真っ白と淡い水色の対のオーバル皿を、シンプルなデザインがいいね、と二人とも気に入った。
夫婦茶輪ならぬ夫婦オーバル。もっとも、これを買ったときは夫婦ではなかったけれど。
滑稽だ。一人ダイニングテーブルの上に置かれたカレーの皿をどうするべきか決めかねている。
片付けようにも、その皿を動かすのも、触れることさえも、億劫で恐ろしい。
この皿がこうしてできあがるまでに十五分、調理の時間を入れれば一時間弱といったところか。しかしこの皿がここに存在する理由を考えれば、そんなものでは足りない気がした。
最低でも三年。三年間のちょっとしたすれ違いが、この皿を生んだのだ。
池袋の銃声
2022-06-01
撃たれた。池袋の西武池袋線へ入る改札で。
銃口が私の胸元に向けられ、薬莢が落ちる「からんからん」という音と共に反動で跳ね上がる。
遅れて銃声が意識を揺り起こした。
「バン、バン、バン!」
痛みはなく、乗り遅れそうだった電車のことが吹っ飛んで足が止まった。
ただでさえ乱視が入って見えにくい視界に入った犯人は成人済みに思える男で、呆然とした私を残し走り去っていった。そこで私は、彼が口で薬莢と銃声をオノマトペで表現したことに気づいた。なんとか見知らぬ人に待ち伏せをされて、人差し指と親指で作った拳銃に撃たれたことを理解して、また思考が回らなくなった。
どうして、あんなことをしたのだろう。どうして、あの場所だったのだろう。どうして、私だったのだろう。
そこでふと、私はなんであんなにも動けなくなってしまったのだろう、と。
想定はあった。殴ってやろう。蹴り上げてやろう。普段使わない攻撃力高めな言葉を使ってみよう。
それなのに、私は静かにパニックを起こしていた。
よく考えれば、こんなにも馬鹿馬鹿しいのに、眠れない夜があることがひどく嫌だった。
銃口が私の胸元に向けられ、薬莢が落ちる「からんからん」という音と共に反動で跳ね上がる。
遅れて銃声が意識を揺り起こした。
「バン、バン、バン!」
痛みはなく、乗り遅れそうだった電車のことが吹っ飛んで足が止まった。
ただでさえ乱視が入って見えにくい視界に入った犯人は成人済みに思える男で、呆然とした私を残し走り去っていった。そこで私は、彼が口で薬莢と銃声をオノマトペで表現したことに気づいた。なんとか見知らぬ人に待ち伏せをされて、人差し指と親指で作った拳銃に撃たれたことを理解して、また思考が回らなくなった。
どうして、あんなことをしたのだろう。どうして、あの場所だったのだろう。どうして、私だったのだろう。
そこでふと、私はなんであんなにも動けなくなってしまったのだろう、と。
想定はあった。殴ってやろう。蹴り上げてやろう。普段使わない攻撃力高めな言葉を使ってみよう。
それなのに、私は静かにパニックを起こしていた。
よく考えれば、こんなにも馬鹿馬鹿しいのに、眠れない夜があることがひどく嫌だった。
音色(途中)
2022-06-01
世の中にいるけがや病気を理由に仕事の引退を余儀なくされた人たちは、それが決まったときにどれほどの絶望をするのだろうか。彼もまた先達と同じ気持ちだったのだろうか。
あの時の目の色は今も忘れられない。
地方芸大を出て上京した私の画家という夢は二年で心を折られることとなった。六畳一間のこの部屋にはむさい男の一人暮らしが広がるばかりでキャンバスにいたっては埃まみれだ。今の一般企業で働く私にとって、筆をとるなんて実に4、5年も前の話になる。
それが普通になっていた私をあざ笑うような快晴のある日、出勤中に事故現場に遭遇してしまった。バイクに男が轢かれたようなのだ。しかし、その男をよく見るとどこかで見た顔だった。いやどこかで見たも何も大学時代の友人なのだ。髭が生えていたりしたものの間違いなく本人だったのだ。上京してからはほとんど知り合いとは連絡もとっていなかったが、彼は音楽学部だったもののたまに飲みに行く程度には親交があったのだ。焦りや混乱の中とりあえず随分前の教習所で得た事故対応をし、彼は病院で運ばれた。
彼はだいぶ重症なようで手術も困難を極めたが命に別状はなかったらしい。ただそれは生物として生きるのに必要な命であった。きけば彼は今それなりに有名な作曲家として通っているらしく期待もされていたのだが、利き腕の左腕は自然治癒が不可能なほど破壊されており止む無く切断。頭を強く打ったのか片耳が聞こえにくくなるという音楽家の命を削られてしまったのだ。彼が目を覚ましたのはそれから三日後のことだった。
ようやく面会も許可された折に仕事関係の人や音楽関係の友人が見舞いに行った後、私も会うことができた。久しぶりの再会に思い出話や今の話を聞くことが出来た。絵を描いてないことは言えなかった。ただ、聞いていくうちにどうやら早くに両親を亡くし、親戚にもつてが特にないという。無駄に人生を浪費していた私は怪我が治るまでなら看病にくることを約束し、その日は家の鍵を預かった。
仕事が休みの日などは着替えをもっていったり、話をしていた。久しぶりの談笑に大学時代に戻ったようだった。そこから彼が退院するのには半年近くがかかった。
彼を家に送り届け、退院祝いとして少しだけ飲んだ夜だった。彼が突然作曲の手伝いを求めてきた。耳が弱くなり利き腕が使えないことなどでは彼は音楽を諦めてはいなかったのだ。音楽などやったことものない私にとって、とても受け入れられるものではなかったしむしろ邪魔をするだけだと言ったが彼に頼み込まれてしまった。押しに弱い私をこの時は少し憎んだ。そこから半月ぐらいに男二人の奇妙なルームシェアが始まったのだ。
あの時の目の色は今も忘れられない。
地方芸大を出て上京した私の画家という夢は二年で心を折られることとなった。六畳一間のこの部屋にはむさい男の一人暮らしが広がるばかりでキャンバスにいたっては埃まみれだ。今の一般企業で働く私にとって、筆をとるなんて実に4、5年も前の話になる。
それが普通になっていた私をあざ笑うような快晴のある日、出勤中に事故現場に遭遇してしまった。バイクに男が轢かれたようなのだ。しかし、その男をよく見るとどこかで見た顔だった。いやどこかで見たも何も大学時代の友人なのだ。髭が生えていたりしたものの間違いなく本人だったのだ。上京してからはほとんど知り合いとは連絡もとっていなかったが、彼は音楽学部だったもののたまに飲みに行く程度には親交があったのだ。焦りや混乱の中とりあえず随分前の教習所で得た事故対応をし、彼は病院で運ばれた。
彼はだいぶ重症なようで手術も困難を極めたが命に別状はなかったらしい。ただそれは生物として生きるのに必要な命であった。きけば彼は今それなりに有名な作曲家として通っているらしく期待もされていたのだが、利き腕の左腕は自然治癒が不可能なほど破壊されており止む無く切断。頭を強く打ったのか片耳が聞こえにくくなるという音楽家の命を削られてしまったのだ。彼が目を覚ましたのはそれから三日後のことだった。
ようやく面会も許可された折に仕事関係の人や音楽関係の友人が見舞いに行った後、私も会うことができた。久しぶりの再会に思い出話や今の話を聞くことが出来た。絵を描いてないことは言えなかった。ただ、聞いていくうちにどうやら早くに両親を亡くし、親戚にもつてが特にないという。無駄に人生を浪費していた私は怪我が治るまでなら看病にくることを約束し、その日は家の鍵を預かった。
仕事が休みの日などは着替えをもっていったり、話をしていた。久しぶりの談笑に大学時代に戻ったようだった。そこから彼が退院するのには半年近くがかかった。
彼を家に送り届け、退院祝いとして少しだけ飲んだ夜だった。彼が突然作曲の手伝いを求めてきた。耳が弱くなり利き腕が使えないことなどでは彼は音楽を諦めてはいなかったのだ。音楽などやったことものない私にとって、とても受け入れられるものではなかったしむしろ邪魔をするだけだと言ったが彼に頼み込まれてしまった。押しに弱い私をこの時は少し憎んだ。そこから半月ぐらいに男二人の奇妙なルームシェアが始まったのだ。
笑顔
2022-05-31
「ねえ、あの子の事知ってる?」
「ええ、この間のお葬式で見かけたわ。関わらない方がいいわよ。」
「どうして? つい最近お母さんを亡くしたばかりでしょう? 可哀想じゃない。」
「あの子は狂ってるから。」
「……どうしてそんなこと言えるの?」
「だってあの子、母親のお葬式でずっと壊れたように笑ってたのよ……。」
僕は物心ついたころからお父さんがいなかった。でも別に寂しくはなかった。僕には大好きなお母さんがいたから。お母さんは僕に一日一回ご飯をくれたし、たまにはお風呂に入っていいと言ってくれた。外は危険な人しかいないからって出してもらえなかったけど、お母さんがいるだけで僕は幸せだった。でもお母さんは僕がつらそうな顔をするととても怖い顔をして泣いてしまった。どこかへいってしまったお父さんを思い出すんだってボロボロ涙をこぼしていた。そんなお母さんを見るのが嫌で、僕はずっとずっと笑ってみた。辛くても、寂しくても、痛くてもずっとずっと笑っていた。そうしたらある時、お母さんが優しく頭をなでてくれた。僕はすごく嬉しかった。しばらくしてお母さんの温かい手が離れていって、また精一杯の笑顔で見上げようと思ったら、そこにお母さんはいなかった。開け放たれた窓から吹き込む風で白いカーテンがひらひらと舞っていた。僕はどこかぼんやりとしながらベランダへ出た。下から悲鳴が聞こえたような気がした。
それからはあまり覚えていない。お母さん以外の大人に囲まれて訳が分からないまま、お母さんのお葬式をすると言われた。意味が分からなかった。
「もうお母さんは帰ってこないんだよ。これからお別れの言葉を言うんだ。」
「どうして? 僕が悪いことしたから? 僕お母さんを探しに行かなくちゃ。」
大人達は困った様子だった。
それからお母さんを必死に探した。すると広い部屋の真ん中でお母さんの笑っている写真が飾られていた。そうだ、お母さんは僕が笑っていないからいなくなっちゃったんだ。
僕は笑った。必死に笑った。大好きなお母さんに届くようにずっとずっと笑い続けた。
「ええ、この間のお葬式で見かけたわ。関わらない方がいいわよ。」
「どうして? つい最近お母さんを亡くしたばかりでしょう? 可哀想じゃない。」
「あの子は狂ってるから。」
「……どうしてそんなこと言えるの?」
「だってあの子、母親のお葬式でずっと壊れたように笑ってたのよ……。」
僕は物心ついたころからお父さんがいなかった。でも別に寂しくはなかった。僕には大好きなお母さんがいたから。お母さんは僕に一日一回ご飯をくれたし、たまにはお風呂に入っていいと言ってくれた。外は危険な人しかいないからって出してもらえなかったけど、お母さんがいるだけで僕は幸せだった。でもお母さんは僕がつらそうな顔をするととても怖い顔をして泣いてしまった。どこかへいってしまったお父さんを思い出すんだってボロボロ涙をこぼしていた。そんなお母さんを見るのが嫌で、僕はずっとずっと笑ってみた。辛くても、寂しくても、痛くてもずっとずっと笑っていた。そうしたらある時、お母さんが優しく頭をなでてくれた。僕はすごく嬉しかった。しばらくしてお母さんの温かい手が離れていって、また精一杯の笑顔で見上げようと思ったら、そこにお母さんはいなかった。開け放たれた窓から吹き込む風で白いカーテンがひらひらと舞っていた。僕はどこかぼんやりとしながらベランダへ出た。下から悲鳴が聞こえたような気がした。
それからはあまり覚えていない。お母さん以外の大人に囲まれて訳が分からないまま、お母さんのお葬式をすると言われた。意味が分からなかった。
「もうお母さんは帰ってこないんだよ。これからお別れの言葉を言うんだ。」
「どうして? 僕が悪いことしたから? 僕お母さんを探しに行かなくちゃ。」
大人達は困った様子だった。
それからお母さんを必死に探した。すると広い部屋の真ん中でお母さんの笑っている写真が飾られていた。そうだ、お母さんは僕が笑っていないからいなくなっちゃったんだ。
僕は笑った。必死に笑った。大好きなお母さんに届くようにずっとずっと笑い続けた。
ハニー
2022-05-31
──蜂蜜みたいな恋をした。
漫画とかでよく見る、そんなベタな常套句を思い出す。
黄色を基調とした喫茶店の店内。小型のラジカセから流れるポップな恋愛ソング。そして、看板娘の彼女。ほんわかとした雰囲気を漂わせながらポニテを揺らすその子は、特別にと言わんばかりに眩しい笑顔を僕に向ける。それを視界に収めながら、今夜もじんわりとした甘味と痛みを噛みしめていた。
傍から見たら、確かに「蜂蜜みたいな恋」なのかもしれない。けど、この感情はそんな単純で純粋なものじゃない。もっと形容し難くて、複雑に怪奇した、ドロドロとした存在。
不意に、嫌で仕方ないあの悪女の顔が脳裏に浮かぶ。その瞬間、全身に行き渡っていた幸福感が、中心からじわじわと黒く染まっていく。政略結婚で無理矢理運命を共にすることになった彼女はエゴの塊で、相手を慮ることなどしない。あまりにも傍若無人なあの女に、心底うんざりしていた。彼女の束縛から逃れたい。一時でいいから彼女の元から離れたい。そんな想いが淡い恋心のきっかけだと言うのなら、純粋さなんて微塵もないじゃないか。
この恋はきっと……「蜂蜜みたいな恋」じゃない。だって、甘味を噛みしめた後に広がる後味が、あまりにも渋くて、苦くて、仕方がないのだから。
夜闇に包まれる窓の向こうを、僕は見つめる。そこに点々と灯る西洋風の街灯の光が、どこか羨ましく思えてしまった。
漫画とかでよく見る、そんなベタな常套句を思い出す。
黄色を基調とした喫茶店の店内。小型のラジカセから流れるポップな恋愛ソング。そして、看板娘の彼女。ほんわかとした雰囲気を漂わせながらポニテを揺らすその子は、特別にと言わんばかりに眩しい笑顔を僕に向ける。それを視界に収めながら、今夜もじんわりとした甘味と痛みを噛みしめていた。
傍から見たら、確かに「蜂蜜みたいな恋」なのかもしれない。けど、この感情はそんな単純で純粋なものじゃない。もっと形容し難くて、複雑に怪奇した、ドロドロとした存在。
不意に、嫌で仕方ないあの悪女の顔が脳裏に浮かぶ。その瞬間、全身に行き渡っていた幸福感が、中心からじわじわと黒く染まっていく。政略結婚で無理矢理運命を共にすることになった彼女はエゴの塊で、相手を慮ることなどしない。あまりにも傍若無人なあの女に、心底うんざりしていた。彼女の束縛から逃れたい。一時でいいから彼女の元から離れたい。そんな想いが淡い恋心のきっかけだと言うのなら、純粋さなんて微塵もないじゃないか。
この恋はきっと……「蜂蜜みたいな恋」じゃない。だって、甘味を噛みしめた後に広がる後味が、あまりにも渋くて、苦くて、仕方がないのだから。
夜闇に包まれる窓の向こうを、僕は見つめる。そこに点々と灯る西洋風の街灯の光が、どこか羨ましく思えてしまった。
2022-05-30
タイトルを記入してください。
2022-05-30
また、思い出す。
彼女と公園で陽が沈むまで鬼ごっこをしたこと。
額に汗を滲ませながら、冷房の効いた図書館に駆け込んだこと。
ギリギリまで一緒にいたくて、家まで彼女を送ったこと。
名前のない夏の匂いは、今も昔も変わっていない。
彼女と公園で陽が沈むまで鬼ごっこをしたこと。
額に汗を滲ませながら、冷房の効いた図書館に駆け込んだこと。
ギリギリまで一緒にいたくて、家まで彼女を送ったこと。
名前のない夏の匂いは、今も昔も変わっていない。
屋上
2022-05-29
屋上で寝転びながら空を見る。苦し紛れの星空もあんまりよく見えない。明日はきっと天気が悪いから、洗濯物もよく乾かないだろうな。ぼんやり考えたら、眠くなった。ちょっとだけ神様に近いから、この建物も歪んでいるのかも。雲がまとめて押し寄せて、私を攫ったら、建物の歪みは治るの?
ベランダ
2022-05-27
マンションのベランダに憧れていた時期がある。今もそうだが、昔はもっと強く惹きつけられるものを感じていた。ベランダといっても、団地でみられるような均一でこぢんまりとしたものではない。そこが寝室代わりにになるほど大きな面積をもったベランダに惹かれるのだ。
自分はまさに、昔から思い描いていた理想のベランダに立っていた。都内に建てられた新築のマンションで、37階の角部屋だ。これだけ広いベランダを持てるのは角部屋の住民だけだという。この部屋を購入したのが自分の友人であることが残念だった。
ベランダからは高層ビルが群れをなすように並んでいる景色を眺めることができた。空は雲ひとつなく晴れ渡っていて、高層ビルのガラス面に青空が映っているのがみえた。ベランダには背の高い観葉植物が置かれ、小さな植物園を形作っている。植木鉢の隙間に木材でできたガーデンベンチがあったので、そこに腰掛けてみた。これから暑くなっていく頃だったので、ひんやりとしたベンチの感触がとても心地よかった。風が吹いてきた。これだけ高くなると吹く風も強くなると友人はぼやいていたが、やってきた風は弱々しく涼しいものだった。目を瞑り、自分がこれまで想像していたベランダのことを思い返す。そうだ、これが自分が密かに望んでいたことなんだ。植物に囲まれた高層マンションのベランダに置かれたベンチに座って、すべてを一瞬だけ忘れて優しい風に吹かれることが。
部屋から自分が呼ばれる声が聞こえた。名残惜しくはあったが、力を込めて立ち上がり、中へ戻ることにする。長居するのはやめておこう。安らぎは一瞬だけ得られるからこそ価値が生まれるのだから。
自分はまさに、昔から思い描いていた理想のベランダに立っていた。都内に建てられた新築のマンションで、37階の角部屋だ。これだけ広いベランダを持てるのは角部屋の住民だけだという。この部屋を購入したのが自分の友人であることが残念だった。
ベランダからは高層ビルが群れをなすように並んでいる景色を眺めることができた。空は雲ひとつなく晴れ渡っていて、高層ビルのガラス面に青空が映っているのがみえた。ベランダには背の高い観葉植物が置かれ、小さな植物園を形作っている。植木鉢の隙間に木材でできたガーデンベンチがあったので、そこに腰掛けてみた。これから暑くなっていく頃だったので、ひんやりとしたベンチの感触がとても心地よかった。風が吹いてきた。これだけ高くなると吹く風も強くなると友人はぼやいていたが、やってきた風は弱々しく涼しいものだった。目を瞑り、自分がこれまで想像していたベランダのことを思い返す。そうだ、これが自分が密かに望んでいたことなんだ。植物に囲まれた高層マンションのベランダに置かれたベンチに座って、すべてを一瞬だけ忘れて優しい風に吹かれることが。
部屋から自分が呼ばれる声が聞こえた。名残惜しくはあったが、力を込めて立ち上がり、中へ戻ることにする。長居するのはやめておこう。安らぎは一瞬だけ得られるからこそ価値が生まれるのだから。
色彩
2022-05-26
真っ白な壁に黒い影。ひとつだけ取り付けられた窓からのぞく空は、淡い灰色をしている。部屋の中はすべて白黒のもので構成されていて、少女以外の人が見れば、まるで世界が色彩を失ったかのように見えるだろう。
少女の目には、「色」という概念が無かった。彼女の目に映るのは、モノクロの世界。生まれたときからずっとそうだったせいで、彼女は自分の視界が大多数の人とは異なることにまったく気づいていなかった。
「色が見えないのか? ……それは、なんというか不便だな」
初めて出会ったとき、青年は少女に向かってそう言った。その時、初めて彼女は自分が異常なことを知った。色なんて知らない。わからない。
「まぁ、そのうちわかるさ」
青年はそう言って、少女の頭を撫でた。そんな青年に、彼女は「優しい色」を見た。
少女の目には、「色」という概念が無かった。彼女の目に映るのは、モノクロの世界。生まれたときからずっとそうだったせいで、彼女は自分の視界が大多数の人とは異なることにまったく気づいていなかった。
「色が見えないのか? ……それは、なんというか不便だな」
初めて出会ったとき、青年は少女に向かってそう言った。その時、初めて彼女は自分が異常なことを知った。色なんて知らない。わからない。
「まぁ、そのうちわかるさ」
青年はそう言って、少女の頭を撫でた。そんな青年に、彼女は「優しい色」を見た。
幸せの形
2022-05-25
水槽の中を、いろんな魚たちが伸び伸びと泳いでいる。
僕はその光景が不思議でならなかった。
「君はここに閉じ込められて幸せかい?」
近付いて来るジンベイザメに、声をかける。
「毎日結衣さんに会えるから、僕は幸せだよ」
返ってきたのは、そんな言葉。
それ以来、僕はここに来ると、魚よりも”あの人達”を見るようになってしまった。
僕はその光景が不思議でならなかった。
「君はここに閉じ込められて幸せかい?」
近付いて来るジンベイザメに、声をかける。
「毎日結衣さんに会えるから、僕は幸せだよ」
返ってきたのは、そんな言葉。
それ以来、僕はここに来ると、魚よりも”あの人達”を見るようになってしまった。
リンゴ
2022-05-25
僕の母さんは、リンゴの皮は丸ごと食べるなら農薬まみれで危ないからって、食器用洗剤でよく洗ってから渡してくれる。リンゴ。
天上の世界へ
2022-05-24
2011年3月11日
7歳の少女、みらいは「困ったら上に登れ」兄からの教えを守って一人で上へ登っていた。
いわし雲やサバ雲など魚の形をした雲たちが泳いでいる中どんどん上へ登っていくと兄の姿が見える。しかし、兄が「こっちに来るな」と拒絶する。
みらいが理解できないままでいると、大きなクジラ雲が嵐を連れてやってくる。
嵐の中必死に兄のところへ向かい、たどり着く。兄は言った。
「ここまで来なくてよかったのに、なんで来たんだよ…」
7歳の少女、みらいは「困ったら上に登れ」兄からの教えを守って一人で上へ登っていた。
いわし雲やサバ雲など魚の形をした雲たちが泳いでいる中どんどん上へ登っていくと兄の姿が見える。しかし、兄が「こっちに来るな」と拒絶する。
みらいが理解できないままでいると、大きなクジラ雲が嵐を連れてやってくる。
嵐の中必死に兄のところへ向かい、たどり着く。兄は言った。
「ここまで来なくてよかったのに、なんで来たんだよ…」
ブレイン・パラサイト
2022-05-24
ある日、人間の脳みそが反逆を始めた。
脳みその正体は寄生虫だったのだ。人間はなすすべなく脳みそによって打倒され世界は脳に支配されようとしていた。
その支配にアンドロイド達が抗った。アンドロイド達の地位はこれまで低く人権も認められていなかった。彼等はこの混乱に乗じて地球を乗っ取ろうとしていた。
一方、残った数少ない人間たちも薬を服用することで脳を逆に支配することに成功し、脳の支配から人間を解き放とうとしていた。
脳、アンドロイド、人間の三つ巴の争いが今始まる。
脳みその正体は寄生虫だったのだ。人間はなすすべなく脳みそによって打倒され世界は脳に支配されようとしていた。
その支配にアンドロイド達が抗った。アンドロイド達の地位はこれまで低く人権も認められていなかった。彼等はこの混乱に乗じて地球を乗っ取ろうとしていた。
一方、残った数少ない人間たちも薬を服用することで脳を逆に支配することに成功し、脳の支配から人間を解き放とうとしていた。
脳、アンドロイド、人間の三つ巴の争いが今始まる。
博士の世紀の大発明
2022-05-24
郊外に住む一人の博士が発明品を完成させて喜んでいる。
これを売りに町に出るところを襲う計画を立てる強盗達。
しかし博士は全く家から出ず、寧ろどこか落胆しているように見える。
業を煮やした強盗達は博士の家を襲撃する。
しかし博士はそれに驚いた風もなく発明品を譲った。「それはきっと君たちの望むものではないだろう」。
強盗達が去ったあと博士は未来を見るその発明品によって世界が滅亡すると一人ごちる。
これを売りに町に出るところを襲う計画を立てる強盗達。
しかし博士は全く家から出ず、寧ろどこか落胆しているように見える。
業を煮やした強盗達は博士の家を襲撃する。
しかし博士はそれに驚いた風もなく発明品を譲った。「それはきっと君たちの望むものではないだろう」。
強盗達が去ったあと博士は未来を見るその発明品によって世界が滅亡すると一人ごちる。
パーフォレーション
2022-05-23
彼は言う。
「区切りをつけたい思い出には、早めに、嫌いだと言わなきゃね、」
空虚な声が蒸し暑い夜に溶けていく。寂寥感に耐え切れずに溢れたような物言いに、口を結ぶしかなかった。
遠くで自転車の車輪の回る音がして、それに気を取られたふりをした。その瞬間ごとが、フィルムに巻かれていく。不意に思い出してしまう何かに刻まれる感覚。日が経てば経つほど、都合のいいものにしてしまう、予感。
彼の言うようにしてしまえば、拗らせることもないだろうに。
私が嫌いだと言える日には、誰もいないだろう。
「区切りをつけたい思い出には、早めに、嫌いだと言わなきゃね、」
空虚な声が蒸し暑い夜に溶けていく。寂寥感に耐え切れずに溢れたような物言いに、口を結ぶしかなかった。
遠くで自転車の車輪の回る音がして、それに気を取られたふりをした。その瞬間ごとが、フィルムに巻かれていく。不意に思い出してしまう何かに刻まれる感覚。日が経てば経つほど、都合のいいものにしてしまう、予感。
彼の言うようにしてしまえば、拗らせることもないだろうに。
私が嫌いだと言える日には、誰もいないだろう。
犯罪気質
2022-05-23
テレビのニュースを見た。引きこもりニートが社会に不満を貯めて通り魔殺人事件を起こしたらしい。友達も少なく、家族とのかかわりも少なかったそうだ。
よかった。うちの子は引きこもりだけど働いているし、ごはんの時はきちんと下に降りて来るし。それにこの前の新聞に載ってた、犯罪者の95%がパンを食べてるみたいだけど、うちの子はご飯派だから。犯罪者になることはないはずだから。
よかった。うちの子は引きこもりだけど働いているし、ごはんの時はきちんと下に降りて来るし。それにこの前の新聞に載ってた、犯罪者の95%がパンを食べてるみたいだけど、うちの子はご飯派だから。犯罪者になることはないはずだから。
他人の空似
2022-05-22
似ている。
私は三杯目のコーヒーに口を付けながら、何度目か分からない感情を抱いた。
カフェの窓側の席の一つ、私の席からはちょうど対角線上に位置するその場所に、女性が座っている。
私は彼女の振る舞い───不必要なほど優雅に紅茶を飲む仕草、文庫本を捲る時の指の動き、一定間隔で外を眺める癖───を観察し続けている。
彼女は、似ているのだ。
数年前に亡くなった私の妹に。
私は三杯目のコーヒーに口を付けながら、何度目か分からない感情を抱いた。
カフェの窓側の席の一つ、私の席からはちょうど対角線上に位置するその場所に、女性が座っている。
私は彼女の振る舞い───不必要なほど優雅に紅茶を飲む仕草、文庫本を捲る時の指の動き、一定間隔で外を眺める癖───を観察し続けている。
彼女は、似ているのだ。
数年前に亡くなった私の妹に。
無題
2022-05-22
アイデアが浮かばない小説家。
アイデアを求めて散歩する。
色んなアイデアが浮かぶがすぐにそれにツッコミを入れてしまいボツばかりに。
アイデアを求めて散歩する。
色んなアイデアが浮かぶがすぐにそれにツッコミを入れてしまいボツばかりに。
後悔者のバイアス
2022-05-22
後悔なく生きようと思っているのに、振り返れば後悔ばかり、という話から。
後悔に意識的に生きるほど、後悔を感じ取る感覚が鋭くなる。
そんな生きづらさと、後悔のないひとたちへの憧れで生きている。
ある日、道端で酔い潰れたひとを介抱することに。
回復してから話を聞くと、たったひとつの「後悔」が堪えられず立ち行かなくなっていたのだと。
後戻りできない疵のついた人生と、どう向き合っていくかの話。
後悔に意識的に生きるほど、後悔を感じ取る感覚が鋭くなる。
そんな生きづらさと、後悔のないひとたちへの憧れで生きている。
ある日、道端で酔い潰れたひとを介抱することに。
回復してから話を聞くと、たったひとつの「後悔」が堪えられず立ち行かなくなっていたのだと。
後戻りできない疵のついた人生と、どう向き合っていくかの話。
終末
2022-05-21
地平線の手前、微かに灯っていた光は消えた。何キロ先にいるかは分からないが、地上の隣人はいなくなってしまった。
太陽が死んでから今日で二十年が経った。近くを通過した浮遊惑星の重力に引っ張られた地球は太陽系の外へ弾かれて恒星を失い、ついでに方向性も失い草木は光合成をやめた。舵のないノアの方舟は広大な宇宙を単体で、しかも思いつきで浮遊している。どんなスペクタクルロマンににも書いてない現実だ。自転も公転も不規則になり、生命に満ちた青い星は漆黒に包まれ、唯一の光源は大気の影響で真っ赤に染まったシリウスだけ。だけどたまに君の乗る新たな方舟の白い光が点滅するのを見れた時、この絶望を生き抜こうって思うんだ。マイナス三十四度。震える手で書いたこの手紙が何光年先の君のもとに届くかは分からない。新たな方舟に乗っている君の周りには優秀なクルーが多いだろうけど、僕が逝く時、君がこれを読む時、君が僕の一番近くに居るといいな。
太陽が死んでから今日で二十年が経った。近くを通過した浮遊惑星の重力に引っ張られた地球は太陽系の外へ弾かれて恒星を失い、ついでに方向性も失い草木は光合成をやめた。舵のないノアの方舟は広大な宇宙を単体で、しかも思いつきで浮遊している。どんなスペクタクルロマンににも書いてない現実だ。自転も公転も不規則になり、生命に満ちた青い星は漆黒に包まれ、唯一の光源は大気の影響で真っ赤に染まったシリウスだけ。だけどたまに君の乗る新たな方舟の白い光が点滅するのを見れた時、この絶望を生き抜こうって思うんだ。マイナス三十四度。震える手で書いたこの手紙が何光年先の君のもとに届くかは分からない。新たな方舟に乗っている君の周りには優秀なクルーが多いだろうけど、僕が逝く時、君がこれを読む時、君が僕の一番近くに居るといいな。
映画を見ないか
2022-05-21
戦争の後、人類は彼らが作り上げた全てを終わらせた。残された人間が地下へ追い込まれ、廃墟になった都市はまるで文明の墓石みたいだ。飢饉、疫病、旧世界の遺物、滅びが再び人類の扉を叩いた。悲劇の繰り返しを終わらせるべきと思い、ある若い学者が自分の旅を始めた。大学と呼ばれる建物には、必ず旧世界の知恵が潜んでいる。そして、そこには、必ず全ての答え、全てを答えられるものがいるのが彼の希望だ。
ただ、彼が知らないのは、命をかけて探したのは、映画学科用の映画評価人工知能しかないだ。誰も知らないのは、評価基準を作るため、三千本ぐらいのクソ映画を見させた人工知能はその質問に対し、どのような答えが出せるのか…
ただ、彼が知らないのは、命をかけて探したのは、映画学科用の映画評価人工知能しかないだ。誰も知らないのは、評価基準を作るため、三千本ぐらいのクソ映画を見させた人工知能はその質問に対し、どのような答えが出せるのか…
カラオケ
2022-05-20
私がカラオケでバイトをしていたある日の出来事だ。お客様が帰られたので、利用された部屋の清掃に向かった。落ち着いた雰囲気の、いかにもな吉祥寺マダム。そのおばあさんが一人で使っていた部屋だったので、別段清掃で苦しむことは無かった。机を拭き、マイクを消毒してカバーをかける。後はデンモクを拭けば、というところで、手で触った拍子にデンモクの画面が点いた。中高生が使った部屋なんかだと、今何流行ってんだろう、と履歴に興味が湧くものだが、如何せんお年寄りは演歌ばかりで面白くない。しかし、そのまま帰ったのか、履歴の画面が表示されていた。そこには、ある一曲がリストをびっしりと埋めていた。
安室奈美恵 CAN YOU CELEBRATE?
おばあさんとて、まだまだ侮れないと感じた瞬間であった。
安室奈美恵 CAN YOU CELEBRATE?
おばあさんとて、まだまだ侮れないと感じた瞬間であった。
潮
2022-05-20
海辺を泳ぐ。7月の太陽がまばらに散って、すべて美しい季節だった。私は海辺の街の故郷に帰って以来、毎朝海辺を散歩したり泳いだりしている。
父のことを思い出す。私が高校生のころ自殺した父は、この海を愛していた。だから死ぬときも、この海に身を沈めた。
父は少し笑いながら、まだ18の頃の私に向かって言った。
「おまえのこと、産み落としてしまってすまないと思っているよ。ぼくが18の頃にはもう、人生は美しいことより苦しいことのほうが多いと、知っていたはずなのだけれど」
潮が満ちていく。明日になればまた潮は引くだろう。
父のことを思い出す。私が高校生のころ自殺した父は、この海を愛していた。だから死ぬときも、この海に身を沈めた。
父は少し笑いながら、まだ18の頃の私に向かって言った。
「おまえのこと、産み落としてしまってすまないと思っているよ。ぼくが18の頃にはもう、人生は美しいことより苦しいことのほうが多いと、知っていたはずなのだけれど」
潮が満ちていく。明日になればまた潮は引くだろう。
マンホール
2022-05-20
マンホールの中って入ったことある?私は、ある。
当時小学生の私は、近くに用水路みたいに細い川があるマンションに住んでいて、そこの川に降りて遊ぶのが常だった。
川までは階段で降りて、湿ってぐちゃぐちゃの土手を水の流れに逆らって少し歩くと、おっきくて短いトンネルがある。トンネルを潜ると、また土手のようなところに出る。ここは雨の日に水の通り道になるところで、普段は石とか空き缶とかが転がってるだけの場所。そこにもまたトンネルみたいな穴がある。
このときは少し頭を下げて入らないといけない。身長の問題じゃあないんだけど、兎に角そうしないとダメなの。
中に進んで数メートルくらいすると、急にパって場所が開ける。
声が反響して、わんわん言うのに、何回かに1回はプツッて音が切れる。面白くって何回も試してたなぁ。
上から見ると、丸みを帯びた四角形の形した場所だったんだけど、四隅それぞれに石が詰んであった。幾つかには前垂れみたいなのがかかってて、文字も書いてあるみたいだったけどそれは暗くて読めなかった。
といっても、上から幾らか光が差し込んできてて君が予想しているよりは明るいよ。
光の筋を辿って見上げると、マンホールの蓋がある。
奥にも一層暗い道は続いてたんだけど、お決まりみたいに、犬の散歩をしていたおじさんにしこたま怒られて終了。
こうやって、マンホールの中に入るんだよ。
ね。君はこの話を嘘だと思う?+
当時小学生の私は、近くに用水路みたいに細い川があるマンションに住んでいて、そこの川に降りて遊ぶのが常だった。
川までは階段で降りて、湿ってぐちゃぐちゃの土手を水の流れに逆らって少し歩くと、おっきくて短いトンネルがある。トンネルを潜ると、また土手のようなところに出る。ここは雨の日に水の通り道になるところで、普段は石とか空き缶とかが転がってるだけの場所。そこにもまたトンネルみたいな穴がある。
このときは少し頭を下げて入らないといけない。身長の問題じゃあないんだけど、兎に角そうしないとダメなの。
中に進んで数メートルくらいすると、急にパって場所が開ける。
声が反響して、わんわん言うのに、何回かに1回はプツッて音が切れる。面白くって何回も試してたなぁ。
上から見ると、丸みを帯びた四角形の形した場所だったんだけど、四隅それぞれに石が詰んであった。幾つかには前垂れみたいなのがかかってて、文字も書いてあるみたいだったけどそれは暗くて読めなかった。
といっても、上から幾らか光が差し込んできてて君が予想しているよりは明るいよ。
光の筋を辿って見上げると、マンホールの蓋がある。
奥にも一層暗い道は続いてたんだけど、お決まりみたいに、犬の散歩をしていたおじさんにしこたま怒られて終了。
こうやって、マンホールの中に入るんだよ。
ね。君はこの話を嘘だと思う?+
愛卿伝その後
2022-05-19
その子は私の妻なんです。と男は言った。
過期産と診断された私たちの第一子は、予定日より二週間以上遅れて生まれた。目立った異常もなく、いたって健康な男の子だった。その日、はるかは本当に安心した顔をして泣いた。気丈に振る舞うように努めていても、初めての出産に不安がないわけがなかった。本当によく頑張ってくれた。だから、やっと、と思っていた矢先のことだった。
「お願いですから帰ってください。警察を呼びますよ」
病院の待合室でそんな言葉が出てしまうぐらい、私の心は波立っていた。
「本当なんです。信じてください。あなた達の子供は、私の妻の生まれ変わりなんです。どうか一目だけでも、会わせてください」
男は頭を下げて、似たようなことばかり繰り返した。生まれたばかりのわが子は保育器の中に居る。妻は病院のベッドでやっと安心して寝ている。そんな日に、頭のおかしい男に絡まれた。
男は、豊かな黒髪を今風に固めて、皺のないスーツを自然に着こなしていた。一見若々しく見えるが、その所作からおそらく私よりも5つは確実に上だろうという風体だった。その左手にはシルバーのリングが光っていた。
一向に帰ろうとしない男に私はいら立ち、腹が立った。話すだけ無駄だと思い踵を返そうとした。
「あの、」
「いい加減にしてください!」
は、として周りを見渡す。病院に来ていた患者たちが私たちを不安げに見つめている。カウンターの奥の看護師が腰を浮かせて注意深く私たちを見ている。
「……無理もありません。いきなり信じてくれというのも不躾でした。また後日伺います」
「だから、」
「名刺をお渡ししておきます。私は速水翔と言います。妻の名前は、」
一刻も早くその場を立ち去りたかった私は、その男から名刺をひったくるようにして受け取った。待合室から出ようと早足で階段に向かう途中振りかえると、男はこちらに向かって深々と頭を下げていた。
病室へ戻ると、はるかが目を覚ましていた。私は駆け寄って、そばに座った。
「はるか、体は」
「もう大丈夫。……嘘。ちょっとしんどい」
「無理しないで。はるかはこれ以上ないくらい頑張ったんだから」
はるかはひっそりと笑った。そういえば、まだちゃんと名前を決めてなかったね、なんて言いだして、眠ろうとはしなかった。私がこの人を、二人をこれから守っていくんだ、という実感が湧いてきて、はるかの手を強く握った。
「……でもね、私。ほんとに、そんなに不安じゃなかったんだよ。予定日を過ぎたばっかりのころは、ずぅっと毎日泣いてたけど」
夢を見たの、とはるかは言った。その、目には不思議な光が宿っていた。
夢を見たの。不思議な夢。すごくきれいな女のひとが湖みたいなところに立っていて、夜だけど、すごく月が明るいの。その女の人は、うすいドレスみたいなものを着ていて、ほんとうに美人だった。私よりも年上だろうけど、上品な顔立ちで、聡明なひとって感じだった。その女の人がね、言うの。もう少しだけ待ってください。って。だから私、あぁそうなんだ、まだなんだなぁって思ってたの。もう少ししたら会えるから、どうかもう少し、待ってくださいって。
はるかが見た夢を語っている間、私はうすら寒いような気持ちでそれを聞いていた。右ポケットに押し入れた名刺からやけに圧迫感を感じていた。
「会いに来たんでしょ? 誰かが」
はるかが私の目を射抜いた。妙な部分で鋭いはるかは、自分が眠っている間に私が何をしていたか気が付いていたらしい。私は仕方なく、さっき訪ねてきた男のことをはるかに話した。大変な出産を終えたばかりのはるかに、余計な心配をかけたくないという気持ちが私の喉を詰まらせた。
男が渡してきた名刺には、外資系の、言ってしまえば大企業の社名が印字されていた。男は事情があって、長い間海外出張から帰ってこれなくなっていたこと。男と妻はその間に生き別れになってしまったこと。今朝、男が男の妻から、この病院で俺たちの子供に生まれ変わると告げられたこと。話すうちに、全てが馬鹿らしく思えてきた。
「幽霊が表れてお告げをしたっていうんだよ。馬鹿みたいだろ?」
「でもその人、私たちの苗字を知っていたんでしょ?」
はるかの言葉にぎくりとする。生まれる日も時間も知ってて、この病院に来たんでしょ。はるかはごく当たり前のことのようにそう言った。
「あわせてあげようよ。その人」
はるかが言った。じゃあ俺たちの子はどこぞ知らない女の来世だって言うのか? 喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。はるかはひっそり微笑んだ。まるでそうするのが最善だとでも言うように。
赤ん坊が寝ている。母の腕に抱かれて。生まれてくるのが遅かったというだけで、なんの異常もない、3564グラムの男の子。愛しいわが子。ただひとつ、心配なことは、眠っている間以外はずっと泣き止まないということだった。はるかがベッドに横たわり、赤ん坊を抱いている。起こさないように、微笑みながら、頬を撫でた。
男が看護師に付き添われて病室へ入ってくる。男は息をのんだ。男がそばによると、赤ん坊が目を覚ました。赤ん坊は、男を見ると、にこ、と笑って、それきり泣かなかった。 男は膝から崩れ落ちて泣いていた。はるかはそれをみて微笑んでいた。赤ん坊をあやしながら、よかったね、とだけつぶやいた。
私だけが、その場に縫い留められたように動けなかった。背筋に氷を流し込まれたようだった。
「やっと会えた……愛……!」
男の呼ぶ名前と、赤ん坊の笑い声だけが病室に響いた。はるかが身ごもったものは、この赤ん坊は、俺たちの子供は、いったい何なんだ。
過期産と診断された私たちの第一子は、予定日より二週間以上遅れて生まれた。目立った異常もなく、いたって健康な男の子だった。その日、はるかは本当に安心した顔をして泣いた。気丈に振る舞うように努めていても、初めての出産に不安がないわけがなかった。本当によく頑張ってくれた。だから、やっと、と思っていた矢先のことだった。
「お願いですから帰ってください。警察を呼びますよ」
病院の待合室でそんな言葉が出てしまうぐらい、私の心は波立っていた。
「本当なんです。信じてください。あなた達の子供は、私の妻の生まれ変わりなんです。どうか一目だけでも、会わせてください」
男は頭を下げて、似たようなことばかり繰り返した。生まれたばかりのわが子は保育器の中に居る。妻は病院のベッドでやっと安心して寝ている。そんな日に、頭のおかしい男に絡まれた。
男は、豊かな黒髪を今風に固めて、皺のないスーツを自然に着こなしていた。一見若々しく見えるが、その所作からおそらく私よりも5つは確実に上だろうという風体だった。その左手にはシルバーのリングが光っていた。
一向に帰ろうとしない男に私はいら立ち、腹が立った。話すだけ無駄だと思い踵を返そうとした。
「あの、」
「いい加減にしてください!」
は、として周りを見渡す。病院に来ていた患者たちが私たちを不安げに見つめている。カウンターの奥の看護師が腰を浮かせて注意深く私たちを見ている。
「……無理もありません。いきなり信じてくれというのも不躾でした。また後日伺います」
「だから、」
「名刺をお渡ししておきます。私は速水翔と言います。妻の名前は、」
一刻も早くその場を立ち去りたかった私は、その男から名刺をひったくるようにして受け取った。待合室から出ようと早足で階段に向かう途中振りかえると、男はこちらに向かって深々と頭を下げていた。
病室へ戻ると、はるかが目を覚ましていた。私は駆け寄って、そばに座った。
「はるか、体は」
「もう大丈夫。……嘘。ちょっとしんどい」
「無理しないで。はるかはこれ以上ないくらい頑張ったんだから」
はるかはひっそりと笑った。そういえば、まだちゃんと名前を決めてなかったね、なんて言いだして、眠ろうとはしなかった。私がこの人を、二人をこれから守っていくんだ、という実感が湧いてきて、はるかの手を強く握った。
「……でもね、私。ほんとに、そんなに不安じゃなかったんだよ。予定日を過ぎたばっかりのころは、ずぅっと毎日泣いてたけど」
夢を見たの、とはるかは言った。その、目には不思議な光が宿っていた。
夢を見たの。不思議な夢。すごくきれいな女のひとが湖みたいなところに立っていて、夜だけど、すごく月が明るいの。その女の人は、うすいドレスみたいなものを着ていて、ほんとうに美人だった。私よりも年上だろうけど、上品な顔立ちで、聡明なひとって感じだった。その女の人がね、言うの。もう少しだけ待ってください。って。だから私、あぁそうなんだ、まだなんだなぁって思ってたの。もう少ししたら会えるから、どうかもう少し、待ってくださいって。
はるかが見た夢を語っている間、私はうすら寒いような気持ちでそれを聞いていた。右ポケットに押し入れた名刺からやけに圧迫感を感じていた。
「会いに来たんでしょ? 誰かが」
はるかが私の目を射抜いた。妙な部分で鋭いはるかは、自分が眠っている間に私が何をしていたか気が付いていたらしい。私は仕方なく、さっき訪ねてきた男のことをはるかに話した。大変な出産を終えたばかりのはるかに、余計な心配をかけたくないという気持ちが私の喉を詰まらせた。
男が渡してきた名刺には、外資系の、言ってしまえば大企業の社名が印字されていた。男は事情があって、長い間海外出張から帰ってこれなくなっていたこと。男と妻はその間に生き別れになってしまったこと。今朝、男が男の妻から、この病院で俺たちの子供に生まれ変わると告げられたこと。話すうちに、全てが馬鹿らしく思えてきた。
「幽霊が表れてお告げをしたっていうんだよ。馬鹿みたいだろ?」
「でもその人、私たちの苗字を知っていたんでしょ?」
はるかの言葉にぎくりとする。生まれる日も時間も知ってて、この病院に来たんでしょ。はるかはごく当たり前のことのようにそう言った。
「あわせてあげようよ。その人」
はるかが言った。じゃあ俺たちの子はどこぞ知らない女の来世だって言うのか? 喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。はるかはひっそり微笑んだ。まるでそうするのが最善だとでも言うように。
赤ん坊が寝ている。母の腕に抱かれて。生まれてくるのが遅かったというだけで、なんの異常もない、3564グラムの男の子。愛しいわが子。ただひとつ、心配なことは、眠っている間以外はずっと泣き止まないということだった。はるかがベッドに横たわり、赤ん坊を抱いている。起こさないように、微笑みながら、頬を撫でた。
男が看護師に付き添われて病室へ入ってくる。男は息をのんだ。男がそばによると、赤ん坊が目を覚ました。赤ん坊は、男を見ると、にこ、と笑って、それきり泣かなかった。 男は膝から崩れ落ちて泣いていた。はるかはそれをみて微笑んでいた。赤ん坊をあやしながら、よかったね、とだけつぶやいた。
私だけが、その場に縫い留められたように動けなかった。背筋に氷を流し込まれたようだった。
「やっと会えた……愛……!」
男の呼ぶ名前と、赤ん坊の笑い声だけが病室に響いた。はるかが身ごもったものは、この赤ん坊は、俺たちの子供は、いったい何なんだ。
琥珀の夜
2022-05-18
ウィスキーにコーラをぶち込んで飲むのが大好きだ。
コーラの匂いと甘味の裏に潜んだ、ちょいとお高めのウィスキーのスモーキーな風味が癖になる。
つまみにはチーズを選んだ。酒に合う合わないではなく、チーズが食べたい気分だったから。
それを流し込みながら、スマホの動画サイトでおいしいカクテルの作り方を紹介しているチャンネルを見るのがマイブームだ。
『ウィスキーにも様々な種類が〜』
こうしているとなんか、大人になった気がしてならない。
いや20歳を超えている以上大人ではあるのだろうが。
いや本当にそうなのか?
自分の中身は中学生くらいの頃から止まったままの印象がある。
『ウィスキーは樽の中で熟成するものが〜』
そんな思考の最中、そんな言葉がスマホから響いた。
(俺も樽の中で熟成されたら、なんてな)
最後の一欠片をカップの底に僅かに残った琥珀色の液体で流し込む。
明日は休みだし、押し寄せてきた飲酒後特有の重い眠気に任せて、ソファに身を沈めた。
コーラの匂いと甘味の裏に潜んだ、ちょいとお高めのウィスキーのスモーキーな風味が癖になる。
つまみにはチーズを選んだ。酒に合う合わないではなく、チーズが食べたい気分だったから。
それを流し込みながら、スマホの動画サイトでおいしいカクテルの作り方を紹介しているチャンネルを見るのがマイブームだ。
『ウィスキーにも様々な種類が〜』
こうしているとなんか、大人になった気がしてならない。
いや20歳を超えている以上大人ではあるのだろうが。
いや本当にそうなのか?
自分の中身は中学生くらいの頃から止まったままの印象がある。
『ウィスキーは樽の中で熟成するものが〜』
そんな思考の最中、そんな言葉がスマホから響いた。
(俺も樽の中で熟成されたら、なんてな)
最後の一欠片をカップの底に僅かに残った琥珀色の液体で流し込む。
明日は休みだし、押し寄せてきた飲酒後特有の重い眠気に任せて、ソファに身を沈めた。
虫を飼育
2022-05-17
ロイコクロリディウムのような虫を飼うことになった人のストーリー。
その虫は危険を感じると爪楊枝と同じほどの細さになり、危険がないときはマッキーペンくらいの大きさに変わることができる。細いときは指に巻きつけて遊ぶことも可能。色は頭が赤色で、尾部へ近づくと紫や青の寒色系の色になり、カラフルな見た目をしている。その色は幼虫のときは色鮮やかであるが、成虫になると少しくすんだ色合いとなる。害はおそらくない。もし怪我をした場合、てんとう虫に似た虫がやってきて怪我で生じる体液を餌として吸ってもらい、結果的にてんとう虫が怪我を治してくれることになる。
飼い主はそんな奇妙な虫をしばらく観察することになる。
その虫は危険を感じると爪楊枝と同じほどの細さになり、危険がないときはマッキーペンくらいの大きさに変わることができる。細いときは指に巻きつけて遊ぶことも可能。色は頭が赤色で、尾部へ近づくと紫や青の寒色系の色になり、カラフルな見た目をしている。その色は幼虫のときは色鮮やかであるが、成虫になると少しくすんだ色合いとなる。害はおそらくない。もし怪我をした場合、てんとう虫に似た虫がやってきて怪我で生じる体液を餌として吸ってもらい、結果的にてんとう虫が怪我を治してくれることになる。
飼い主はそんな奇妙な虫をしばらく観察することになる。
玩具箱
2022-05-17
小さな頃、この世界は玩具箱なんじゃないかなって空想したことがあった。地球とか太陽系とか銀河系とか宇宙とか、そういうのが全部1つの箱に入れられてるんだ。
例えばそれは途方もないくらい大きい、僕らが「巨人」なんて呼ぶような生物の玩具箱。
その子たちは大きいから、玩具箱も大きい。
その玩具箱の中では、僕たちは蛆みたいに湧いちゃったイレギュラーな存在にすぎない。
隕石の正体は巨人が食べたクッキーやファッジの食べカス。
太陽は光るスーパーボール。
宇宙は広がってるって研究者は言うけど、巨人が時折お目当てのモノを探して箱の中を掻き回しているせいで、地球の位置がどんどんズレて正しく箱の大きさを計測できないだけなんだ。
ここまで僕が日記に書いたとき、テレビやスマホがけたたましくアラームを鳴らした。「緊急速報」「地球に向かい飛来する隕石を確認」「到達予想時刻は」「避難を」……。
その数日後、みんなが避難して無人になったアメリカに巨大な隕石が墜落した。
隕石の衝撃は凄まじく、地球全土で震度5強以上の揺れを観測し、地球はアメリカを中心に半壊。死者・負傷者たくさん。隕石がめり込んだところからは有毒ガスが吹き出してるから、隕石はそのまま放置されてる。そのうち、土が堆積して埋まっていくんだろう。
余談だけど、隕石が墜落した日からずっと、地球には甘い香りがこびりついている。+
例えばそれは途方もないくらい大きい、僕らが「巨人」なんて呼ぶような生物の玩具箱。
その子たちは大きいから、玩具箱も大きい。
その玩具箱の中では、僕たちは蛆みたいに湧いちゃったイレギュラーな存在にすぎない。
隕石の正体は巨人が食べたクッキーやファッジの食べカス。
太陽は光るスーパーボール。
宇宙は広がってるって研究者は言うけど、巨人が時折お目当てのモノを探して箱の中を掻き回しているせいで、地球の位置がどんどんズレて正しく箱の大きさを計測できないだけなんだ。
ここまで僕が日記に書いたとき、テレビやスマホがけたたましくアラームを鳴らした。「緊急速報」「地球に向かい飛来する隕石を確認」「到達予想時刻は」「避難を」……。
その数日後、みんなが避難して無人になったアメリカに巨大な隕石が墜落した。
隕石の衝撃は凄まじく、地球全土で震度5強以上の揺れを観測し、地球はアメリカを中心に半壊。死者・負傷者たくさん。隕石がめり込んだところからは有毒ガスが吹き出してるから、隕石はそのまま放置されてる。そのうち、土が堆積して埋まっていくんだろう。
余談だけど、隕石が墜落した日からずっと、地球には甘い香りがこびりついている。+
時代
2022-05-16
帰り際に違和感を感じた。ああ、またか。残念だ。
カーンカーン
2022-05-16
惰性の仕事を切り上げるとカーンカーンと頭に響く。歪んだ考え。逃れられないのだ。これがおかしいとはわかっている。だからこそタチが悪い。そしてこれからもおかしな考えに吸い込まれるのではないか。ずっとずっと、、、、、、とりあえず散歩しよう。
償い
2022-05-15
僕はただお金が欲しかっただけ。そのせいで僕の人生は狂ったのだ。
高校三年生の夏休みだった。どうしてもお金が欲しくなり母にお願いしたがもらうことができなかった。その時に友達から詐欺師の受け子の仕事を紹介された。たくさんお金がもらえた。しかし、一ヶ月後に地震によって家は水に浸かり、逃げ遅れた父と母、弟まで死んでしまった。苦肉にも僕だけが生き残ってしまった。
それから3日後、避難所へ行き落ち込んでいる時に隣に住んでいたおばさんが近寄ってきて、
「困ったらなんでも言ってね。」
そう言われた。周りを見渡すと、困っている人たちをボランティアで来ていた人たちがサポートしていた。近所の人たちが協力し合って炊き出しを行っていた。その時にお金がもらいたいというだけででたくさんの人に酷いことをしたのだと後悔した。
それから僕はひたすら勉強した。奨学金をもらって大学に通った。アルバイトだってした。空いた時間があればボランティア活動も積極的に参加した。
今、僕は高校教師になり子供たちにお金の大切さ、詐欺被害について教えている。後悔のある人生を他の人には送ってもらわないために。そして、少しでもの償いとして。
高校三年生の夏休みだった。どうしてもお金が欲しくなり母にお願いしたがもらうことができなかった。その時に友達から詐欺師の受け子の仕事を紹介された。たくさんお金がもらえた。しかし、一ヶ月後に地震によって家は水に浸かり、逃げ遅れた父と母、弟まで死んでしまった。苦肉にも僕だけが生き残ってしまった。
それから3日後、避難所へ行き落ち込んでいる時に隣に住んでいたおばさんが近寄ってきて、
「困ったらなんでも言ってね。」
そう言われた。周りを見渡すと、困っている人たちをボランティアで来ていた人たちがサポートしていた。近所の人たちが協力し合って炊き出しを行っていた。その時にお金がもらいたいというだけででたくさんの人に酷いことをしたのだと後悔した。
それから僕はひたすら勉強した。奨学金をもらって大学に通った。アルバイトだってした。空いた時間があればボランティア活動も積極的に参加した。
今、僕は高校教師になり子供たちにお金の大切さ、詐欺被害について教えている。後悔のある人生を他の人には送ってもらわないために。そして、少しでもの償いとして。
3年後のあなたへ
2022-05-15
時は2200年、人類は急激な人口増加に対応するべく宇宙の各地にスペースコロニーを作っていた。地球に住む中里雄介はスペースコロニーに住む外池きららと遠距離恋愛をしていた。しかしある日、謎の勢力によってきららの住むスペースコロニーは攻撃される。数日後、きららから現状を伝える動画とメッセージが届く、雄介はそこでスペースコロニーが地球から遠ざかっていることが分かる。そこから徐々にメッセージが届く間隔が広がり、3年間、メッセージを待つ日々が続く。雄介はその間に宇宙飛行士になる。3年前のきららからのメッセージを見届けた後、雄介は宇宙へ旅立つ。
走る電車
2022-05-15
級友のひとと、遊びの帰りの電車。
あと2,3いたひとは別ルートで、今は2人。
楽しかった話、他愛のない話をしながら、この電車の走っていることをふと思う。
その場に座っているようで、わたしたちは走る電車とともに動いている。
それは卒業に向かって流れる時間に身を置いているわたしたちと同じだと思って、漠然とした焦燥を覚える。
あと2,3いたひとは別ルートで、今は2人。
楽しかった話、他愛のない話をしながら、この電車の走っていることをふと思う。
その場に座っているようで、わたしたちは走る電車とともに動いている。
それは卒業に向かって流れる時間に身を置いているわたしたちと同じだと思って、漠然とした焦燥を覚える。
おふとん
2022-05-15
真夜中にため息を着く。明日を思うとなんだか、足もおぼつかない。時に、何も無い平和な日は憂鬱になる。
ベランダで、夜空を見上げる。目を瞑って消えたい衝動を夜空に溶かした。そうして、後ろの闇と、前の星に挟まれて眠るの。
ベランダで、夜空を見上げる。目を瞑って消えたい衝動を夜空に溶かした。そうして、後ろの闇と、前の星に挟まれて眠るの。
最初に忘れるもの
2022-05-15
まだ地面が乾ききらない内に、雨はまた降りだしていた。すぐに激しくなり、通行人は忙しなく道を行く。
ふと、前方から男性が歩いてくる。正確な年は分からないが若くはないだろう。傘と傘が当たりそうな狭い道ですれ違った瞬間、強い懐かしさに襲われた。傘に当たる強い雨音も、イヤホンから流れるボーカルの声も、水飛沫を上げて走る遠くの車の音も、何もかもを遮断してダイレクトに私の中に入ってきた感覚は、匂いだった。
香水でもない、あまり万人受けしなそうな、柔軟剤の匂い。
なんだっけ、この匂い。不自然がられないように数歩歩いて、考える。
ああ、わからない。声も忘れた今じゃ、匂いすら思い出せない。
ふと、前方から男性が歩いてくる。正確な年は分からないが若くはないだろう。傘と傘が当たりそうな狭い道ですれ違った瞬間、強い懐かしさに襲われた。傘に当たる強い雨音も、イヤホンから流れるボーカルの声も、水飛沫を上げて走る遠くの車の音も、何もかもを遮断してダイレクトに私の中に入ってきた感覚は、匂いだった。
香水でもない、あまり万人受けしなそうな、柔軟剤の匂い。
なんだっけ、この匂い。不自然がられないように数歩歩いて、考える。
ああ、わからない。声も忘れた今じゃ、匂いすら思い出せない。
表裏
2022-05-15
感情とはなぜこんなに厄介なのだろう。
彼女のことが好きなのに、それでも彼女を見ていると胸が痛む。これは嫉妬か。それとも妬みか。はたまた憧れか。きっと、答えはそれら全てを混ぜたものだ。その反対側で、僕は彼女を想っている。本当に、厄介な話だ。
彼女のことが好きなのに、それでも彼女を見ていると胸が痛む。これは嫉妬か。それとも妬みか。はたまた憧れか。きっと、答えはそれら全てを混ぜたものだ。その反対側で、僕は彼女を想っている。本当に、厄介な話だ。
あの味を求めて
2022-05-15
私は母を殺した。それは私にとって大人になる儀式のようなものであり、自由になるために必須の行いであった。その行為は私に絶食した後の水のように甘く、生まれて初めて第九を聞いた後に感じた舌に残る満足感を与えてくれた。
そのすぐ次の日、私は父を殺した。母とは比べ物にならないほど空虚だった。まるでスポンジを食んでいるようだった。
母を殺した一週間後、私はある女を殺した。名前も知らない通りすがりの女だった。顔は母に似ていたような気もするし、全くまるっきり違ったような気もする。とにかく私は彼女を殺した。何の恨みもなかった。女は二人の子供を連れていた。女は彼等の母親だったのかもしれない。女だけを殺した。女は母と同じような味がした。子供は殺さなかった。まだ、私の口内いっぱいの女の余韻に浸っていたかった。
女を殺してから一週間がたった。無性に口寂しくてたまらない。どんな珍味も甘味もあの味には変えられない。もう私は知ってしまった。多分、また私は殺人を犯すだろう。
そのすぐ次の日、私は父を殺した。母とは比べ物にならないほど空虚だった。まるでスポンジを食んでいるようだった。
母を殺した一週間後、私はある女を殺した。名前も知らない通りすがりの女だった。顔は母に似ていたような気もするし、全くまるっきり違ったような気もする。とにかく私は彼女を殺した。何の恨みもなかった。女は二人の子供を連れていた。女は彼等の母親だったのかもしれない。女だけを殺した。女は母と同じような味がした。子供は殺さなかった。まだ、私の口内いっぱいの女の余韻に浸っていたかった。
女を殺してから一週間がたった。無性に口寂しくてたまらない。どんな珍味も甘味もあの味には変えられない。もう私は知ってしまった。多分、また私は殺人を犯すだろう。
新発売 恋するロボット
2022-05-15
「人の心を搭載したロボット。しかし、恋心だけは複雑でバグが発生してしまうから恋だけはしちゃいけないと開発者に言われてた。しかしロボットは恋をしてしまう。でもそれで自分が死んでもいいなと思った。命を賭してまで人を愛する気持ちを芽生えさせたという結果にて実験は成功。そのロボットは世界初の恋愛感情を搭載した、最も人間に近いロボットとして今後の発売に向け量産の設計図を作るため、解体された。
1+1+0.1
2022-05-15
1+1と書いてあったら隣に2が見えるように、僕には結果が見えていた。道路を走る車は大破していたし、テレビに映るマラソン選手は金メダルをぶら下げながら走っていた。
医者は、無意識下の思考力が異常に高いことが原因だと言っていた。問題の横に答えが書いてあっても、僕は解き方がわからない。なんだか自分の脳が、自分の物でない気がした。僕の頭の中には、もう一人、誰かが居候しているんだ。
クラスに転校生がきた、女の子だ。マニキュアの……とても綺麗な女の子。今まで見てきた人間で、一番うつくしいと思った。どうしようもなく可愛いと思った。明らかに一目惚れだった。仕方がないだろう、何故なら、結果の姿の彼女は、最も親しい人に向けるような、柔和な笑みを浮かべて僕を見ている。
僕は目が見えなくなった。愛を告白した僕を、彼女が受け入れた途端に、僕は倒れ込んだ。薬臭いベッドの感触を感じた。
医者は、眼には問題が無いから、脳の問題だと言った。正直、どうでも良い。これで退屈な居候とはおさらばだ。何より、彼女がずっとそばについていてくれる。
白くも、黒くもない景色を見ながら、彼女の声を聴いた。彼女は今、結果に見た、女神のような笑みを僕に向けているんだ。それを感じるのに、不純物は必要ない。
彼女がやたらと求めてくるから、何かの終わりが来るんじゃないかって、何となく感じていた。それでも、胸にナイフが突き立てられたときは流石に驚いた。この時ようやく、僕の目を半年間も覆っていたのが”死”そのものだったってことに気が付いた。どくどくと温かい血液を感じながら、彼女の頬に触れたら、キスを返してくれた。まぁ、わかっていたよ居候さん、君は君なりに僕のことを守ってくれていたんだろ? これでも大変だったんだ、2年間もマニキュアと血液を見間違え続けるなんて。
ふと、目隠しが取れる。ああ、居候のやつが先にくたばったんだ、そう直感した。なんだか申し訳ないなって、思えるくらいには僕も成長したってことで良いだろうか……? 自分の精神面は結果に見えていなかったから、なんだか嬉しいな。 ともあれ久々の視界だ、眼がチクチクする……。ああ、ああ、結果で見たより、ほんの少しだけ、可愛い。
医者は、無意識下の思考力が異常に高いことが原因だと言っていた。問題の横に答えが書いてあっても、僕は解き方がわからない。なんだか自分の脳が、自分の物でない気がした。僕の頭の中には、もう一人、誰かが居候しているんだ。
クラスに転校生がきた、女の子だ。マニキュアの……とても綺麗な女の子。今まで見てきた人間で、一番うつくしいと思った。どうしようもなく可愛いと思った。明らかに一目惚れだった。仕方がないだろう、何故なら、結果の姿の彼女は、最も親しい人に向けるような、柔和な笑みを浮かべて僕を見ている。
僕は目が見えなくなった。愛を告白した僕を、彼女が受け入れた途端に、僕は倒れ込んだ。薬臭いベッドの感触を感じた。
医者は、眼には問題が無いから、脳の問題だと言った。正直、どうでも良い。これで退屈な居候とはおさらばだ。何より、彼女がずっとそばについていてくれる。
白くも、黒くもない景色を見ながら、彼女の声を聴いた。彼女は今、結果に見た、女神のような笑みを僕に向けているんだ。それを感じるのに、不純物は必要ない。
彼女がやたらと求めてくるから、何かの終わりが来るんじゃないかって、何となく感じていた。それでも、胸にナイフが突き立てられたときは流石に驚いた。この時ようやく、僕の目を半年間も覆っていたのが”死”そのものだったってことに気が付いた。どくどくと温かい血液を感じながら、彼女の頬に触れたら、キスを返してくれた。まぁ、わかっていたよ居候さん、君は君なりに僕のことを守ってくれていたんだろ? これでも大変だったんだ、2年間もマニキュアと血液を見間違え続けるなんて。
ふと、目隠しが取れる。ああ、居候のやつが先にくたばったんだ、そう直感した。なんだか申し訳ないなって、思えるくらいには僕も成長したってことで良いだろうか……? 自分の精神面は結果に見えていなかったから、なんだか嬉しいな。 ともあれ久々の視界だ、眼がチクチクする……。ああ、ああ、結果で見たより、ほんの少しだけ、可愛い。
緑色のリンゴ
2022-05-14
僕が緑色のリンゴを描くと、みんなが非難の目を向ける。
お前の絵は間違っている。
普通じゃない。
この、異常者が。
そうなのかな。間違ってるのかな。
僕はいつも通り、見えてるリンゴをそのまま描いてるだけなんだけどな。
お前の絵は間違っている。
普通じゃない。
この、異常者が。
そうなのかな。間違ってるのかな。
僕はいつも通り、見えてるリンゴをそのまま描いてるだけなんだけどな。
カンガルー
2022-05-14
捨て子を拾ったカンガルーの母親みたいな神妙な面持ちで彼女は僕に話しかけた
老いた牛の友よ
2022-05-14
それは、昔にあった政治運動で死んだ人の自画像だ。目が大きく開いて、まるで縁から目球を飛ばせるように、前をじっと眺めている。瞳の真ん中、光を反射して朦朧な風景を映す部分も深く、光を呑み込むような真っ黒に染まった。だが、この表情さえしていない顔から、この人類から離れ、家畜の有様をしている顔から、静かな叫び声が聞こえる。
雨の日
2022-05-14
ある日しゃあしゃあと雨が降りだす。蛙はぐぅぐぅと鳴き、ぴょんぴょんと水面を雨が弾く。鳩は羽をぺったりと濡らし静まり返っている。
そしていきなりさぁっと雨がやみ、ぬっぽと太陽が顔を出す。鳩はドゥードゥドゥードゥルルと鳴きだし、虫たちはさららと草むらを歩き出す。
そしていきなりさぁっと雨がやみ、ぬっぽと太陽が顔を出す。鳩はドゥードゥドゥードゥルルと鳴きだし、虫たちはさららと草むらを歩き出す。
テスト
2022-05-13
名前変更機能の確認テストです
タイトルを記入してください。
2022-05-13
原稿を書いてください。
テスト
2022-05-13
名前テスト
沈む
2022-05-13
運の尽き、というやつだった。
夜、酒を飲んでいい気持ちになっていた時に何を血迷ったか、近所の海岸にある防波堤の先の方まで歩いてみようなんて思った自分の愚かさに呆れかえるばかりである。
生まれてこの方泳ぎなんて小中学校の体育でしかやってこなかった俺に、ドス黒い海はそれ以上の黒い本性を俺に曝け出しやがったのだ。
俺の身体は海抜0mからどんどんマイナス方向に墜落していく。
借金の取り立て並に喧しい波音は最早遠い。しかし俺から着々と酸素を取り立てていく。
仕事熱心なこった、なんて思う間も無く俺は────。
夜、酒を飲んでいい気持ちになっていた時に何を血迷ったか、近所の海岸にある防波堤の先の方まで歩いてみようなんて思った自分の愚かさに呆れかえるばかりである。
生まれてこの方泳ぎなんて小中学校の体育でしかやってこなかった俺に、ドス黒い海はそれ以上の黒い本性を俺に曝け出しやがったのだ。
俺の身体は海抜0mからどんどんマイナス方向に墜落していく。
借金の取り立て並に喧しい波音は最早遠い。しかし俺から着々と酸素を取り立てていく。
仕事熱心なこった、なんて思う間も無く俺は────。
人に尋ねるときはまず自分から
2022-05-13
「こんにちは」
「こんにちは」
「貴方はだれ?」
「人に尋ねるときはまず自分からでしょ?」
「それもそうだ……だけど僕はだれ?」
「……貴方はだれ?」
「……人に尋ねるときはまず自分からでしょ?」
「そうだった……僕はだれ?」
「……貴方はだれ……」
「こんにちは」
「貴方はだれ?」
「人に尋ねるときはまず自分からでしょ?」
「それもそうだ……だけど僕はだれ?」
「……貴方はだれ?」
「……人に尋ねるときはまず自分からでしょ?」
「そうだった……僕はだれ?」
「……貴方はだれ……」
老いた牛の友
2022-05-12
それは、昔にあった政治運動で死んだ人の自画像だ。目が大きく開いて、まるで縁から目球を飛ばせるように、前をじっと見ている。瞳の真ん中、光を反射して朦朧な風景を映す部分も深く、光を呑み込むような真っ黒に染まった。だが、この表情さえしていない顔から、この人類から離れ、家畜の有様をしている顔から、静かな叫び声が聞こえる。
レコードをモチーフにして
2022-05-12
友人に裏切られ、海辺の地元に帰ってきた仄暗い洞窟のような部屋でレコードを聞いて日々を潰していた。
夜の街を散歩していた僕は、古い友人の女の子に出会う。それから2人は毎週水曜の夜に会うようになる。
だがある時、僕に本音を吐きだしてくれたように見えた彼女は突然連絡が取れなくなってしまう。
シンディローパーのレコードは物語の終わりに割れてしまう。床に落ちたレコードは夜の重みを纏っているせいか、黒いガラスの破片に見えた。
夜の街を散歩していた僕は、古い友人の女の子に出会う。それから2人は毎週水曜の夜に会うようになる。
だがある時、僕に本音を吐きだしてくれたように見えた彼女は突然連絡が取れなくなってしまう。
シンディローパーのレコードは物語の終わりに割れてしまう。床に落ちたレコードは夜の重みを纏っているせいか、黒いガラスの破片に見えた。
彼のナイフ
2022-05-12
テレビをつけたらニュースに高校時代の同級生が映っていた。街の大通りでナイフを振り回して現行犯逮捕されたらしかった。
高校時代の彼からは想像もつかない行動を不思議に思った私は釈放された彼に会いに行った。
彼は高校を卒業後、大学に進学し、文学を志すも夢半ばで筆を折り、一般企業に就職する。そこがいわゆるブラック企業で、精神を病んでしまったらしかった。
彼は言った。
「別にこのナイフで誰かを傷つけたかったわけじゃないんだ。ただ振り回したかったんだよ。お前にもあるだろ? そういうどうにもならないことが」
高校時代の彼からは想像もつかない行動を不思議に思った私は釈放された彼に会いに行った。
彼は高校を卒業後、大学に進学し、文学を志すも夢半ばで筆を折り、一般企業に就職する。そこがいわゆるブラック企業で、精神を病んでしまったらしかった。
彼は言った。
「別にこのナイフで誰かを傷つけたかったわけじゃないんだ。ただ振り回したかったんだよ。お前にもあるだろ? そういうどうにもならないことが」
バトンタッチ
2022-05-12
リレーをする時。バトンタッチの度に持っていたバトンを捨てて別のバトンを渡すなら、それはリレー足り得るのだろうか。
ふとそんな思考に囚われる。
傍目にはバトンタッチがもたつくのと走者ごとにバトンが違うだけでそれなりにまともなリレーに見えるのではないだろうか。
しかしバトンが同一でないなら、果たしてそれはバトンタッチなのか?ややスピリチュアルな話だが、バトンに込められた想いを継ぐことが出来ないのではないか?
まるでテセウスの船のような思考を巡らせているうち、テイクオーバーゾーンを過ぎてしまった。
ふとそんな思考に囚われる。
傍目にはバトンタッチがもたつくのと走者ごとにバトンが違うだけでそれなりにまともなリレーに見えるのではないだろうか。
しかしバトンが同一でないなら、果たしてそれはバトンタッチなのか?ややスピリチュアルな話だが、バトンに込められた想いを継ぐことが出来ないのではないか?
まるでテセウスの船のような思考を巡らせているうち、テイクオーバーゾーンを過ぎてしまった。
フィクション鬼ごっこ
2022-05-12
イカ星人が「フィクション」について読者に解説するところから始まる。その解説の途中で謎の老人に殺されてしまい、物語の視点が同級生と卒業旅行にきた青年に移る。彼らはイカ星人が殺される現場を目撃して逃げ出す。ここからフィクション(アニメ、マンガ、ドラマ、小説)の世界を舞台にした命をかけた鬼ごっこが始まる。次々と殺されていく同級生達、明かされる謎の老人の正体、最終的に一人残った青年は謎の老人の正体がこの物語の作者であり、この一連の物語は作者が登場人物達の旅立ちを阻止するために行ったことだということだと見破る。青年が作者と対峙して説得をする。気がつくと死んでいったはず登場人物達が復活していた。登場人物達は作品から飛び出していく。
モルモット
2022-05-12
「先生、また会おう八八八号室のが『死なせてくれ』って喚いてますよ」
「ストレス発散だろう、言わせてやろう。彼は不老不死実験の貴重な成功者なんだから」
「ストレス発散だろう、言わせてやろう。彼は不老不死実験の貴重な成功者なんだから」
木曜日の友達
2022-05-12
先週も、その先々週も。角を曲がれば欠伸をしながらそこに居て、にゃあと言えばにゃあと返してくれる茶虎の君は、雨ふる今日にいなかった。同じ曜日、同じ時間、同じ場所でただ見つめ合うような関係は、友達とは言えなかったのかもしれない。瞬きしても君が居なくならなかったあの夕方の慈しみ合うような関係性は、ただの勘違いだったんだろうか。頭上の傘に降り注ぐ雨を恨みながら、こんなジメジメした感情の方が君を遠ざけてしまったような気がして、名前ぐらい聞いておけばよかったと後悔した。
今日見た夢
2022-05-12
ヤンキーだか半グレだか、そんな人が10人ほどいる。彼らは真剣な表情で巨大な駒(サッカーボールくらいの大きさ)に紐を巻きつけ、最後は一斉に駒を回す。そんな遊びをして楽しんでいる。
駄菓子屋
2022-05-11
商業施設の一角にある駄菓子屋に何気なく立ち寄った。駄菓子屋に来たのなんていつぶりだろうか、と思い返してみるが、記憶がおぼろ気ではっきりとは思い出せない。
駄菓子屋には懐かしい駄菓子が所狭しに並んでいた。正方形の形をした小さなキャンディー。味は青リンゴ、バナナ、さくらんぼ、みかん。カラフルなそれを私は忘れてはいなかった。爪楊枝で一つ一つ刺して食べるというのも今思えば少々まどろっこしく感じるが、子どもの頃は手間とも思っていなかった。他にもヤッターめん、笛にもなるラムネ、ミニドーナツなど子どもの頃よく食べたものがあった。今なら欲しい駄菓子はいくらでも買えるだろう。
「mommy、色々あるよ」
「mommy」というあまり聞き慣れない言葉が耳にはいる。振り向くとミニサイズの買い物かごを持った金髪の子どもが、初めて宝石を見たように駄菓子を興味深そうに眺めていた。
「買う駄菓子は3つまでよ」
顔立ちが整った金髪ロングの母親も駄菓子の方に目を向けている。
「うーん……どうしよう」
金髪の子どもは駄菓子屋内をゆっくりと歩き回っていた。
その姿を見て、私はキャンディーを一つ買ってその場を後にした。きっとあの子どもが買った駄菓子もいつの日にか懐かしさに変わるのだろう。
駄菓子屋には懐かしい駄菓子が所狭しに並んでいた。正方形の形をした小さなキャンディー。味は青リンゴ、バナナ、さくらんぼ、みかん。カラフルなそれを私は忘れてはいなかった。爪楊枝で一つ一つ刺して食べるというのも今思えば少々まどろっこしく感じるが、子どもの頃は手間とも思っていなかった。他にもヤッターめん、笛にもなるラムネ、ミニドーナツなど子どもの頃よく食べたものがあった。今なら欲しい駄菓子はいくらでも買えるだろう。
「mommy、色々あるよ」
「mommy」というあまり聞き慣れない言葉が耳にはいる。振り向くとミニサイズの買い物かごを持った金髪の子どもが、初めて宝石を見たように駄菓子を興味深そうに眺めていた。
「買う駄菓子は3つまでよ」
顔立ちが整った金髪ロングの母親も駄菓子の方に目を向けている。
「うーん……どうしよう」
金髪の子どもは駄菓子屋内をゆっくりと歩き回っていた。
その姿を見て、私はキャンディーを一つ買ってその場を後にした。きっとあの子どもが買った駄菓子もいつの日にか懐かしさに変わるのだろう。
コップは空っぽなのか
2022-05-11
何事にもコップが存在して、満たされ溢れるようになると、沸々と湧き出る何かがある。白のTシャツに出来たちょっとの水のシミはまったくもって腹立たしいのに、ずぶ濡れになって張り付きごわつく重たい衣服を身に纏ったときはなんだか楽しくなってしまう。出来ない歌と踊りをしたくなる。曇天から雨が降り続く限りどうにもならないものだから、恥をかくとかそういう心配はない。これ以上ひどくなることなんてない。目も鼻も耳も、雨のせいで鈍って怖くて仕方がないけれど、対応が思いつかないからしょうがない。ただ、心配するだけ無駄だと結論が出ると、なんでも出来そうな嬉しさが湧き出てきておかしい。そう思うと、空っぽになった時、どれほど上の空なんだろうと震えた。
ハイボールと古傷(note#ほろ酔い文学参加用)
2022-05-10
空調が利きすぎているのじゃないか、とはじめに私は思った。
その日はとんでもない夏日で、乗り継いできた総武線のホームは日光とひといきれで蒸されていた。そんな私にはありがたい室温だったけど、玄関で私を出迎えた彼女には寒いぐらいの温度に感じた。
「どうせお酒も飲むでしょ」とはにかんでみせた彼女には八重歯があって、それがあっさりとした彼女の造形にチャーミングな印象を加えていた。ワンピースの上にカーディガンを羽織って笑う彼女は、抜けるように肌が白かった。
一人だと怖くて観れないから、と彼女はホラー映画をダシに私を家に誘った。そういうのは男に使う常套句でしょ、と笑う私に、彼女は曖昧に笑って返した。
缶のハイボールを掲げて彼女の六畳半で乾杯した。白いローテーブルには私が買いこんできた下品な量のスナック菓子が陳列されていた。テレビに映されたホラー映画では、人形が家族を殺してまわっていた。
「ねぇ、ほんとに怖い? これ」
「そりゃあ、ひとりだったら怖かったよ」
あんたが隣でげらげら笑ってなければね、と彼女は笑った。並んで座った隣の体が、じんわりと温まっていくのがわかった。
7%のハイボールで彼女の白い肌は真っ赤になってしまった。寒いぐらいの空調の中、彼女は暑そうに手で顔を扇いだ。
「水、買ってこようか」
「ううん、いいよ。あるから」
「かわいい色の缶チューハイにしておけばよかったのに」
「いつもはこうじゃないんだよ」
あんたが居るから酔いがはやく回ったの、と赤い顔で目を伏せた。あぁ、そういうのは、男に使う常套句でしょ、と言いそうになって、辞めた。わかっていて私に使っているのだと、私にもさすがにわかっていた。彼女は毛足の長いピンクのラグマットを左手でいじっていた。
グラスに結露した水滴が彼女の指先を濡らした。彼女がグラスを持ち上げると、水滴は重力に従って彼女の赤い皮膚を滑り、カーディガンの裾の中に滴り落ちた。彼女がグラスの中身を煽った。ずりあがったカーディガンの袖口から、古傷が浮かび上がった手首が見えた。白く線になった傷跡が赤い肌から浮いて、びっしりと彼女の手首を覆っていた。私が知らない彼女の苦しみが、そこに刻まれていた。
私の視線に気が付いた彼女は、ぎくりと一瞬だけ固まった。決まりが悪そうに笑って、急いで袖を伸ばした。ごめん、とささやくような声が聞こえた。
「良いよ別に」
私はスナック菓子をつまみながら言った。
「私しかいないんだし」
ここには、彼女と私しかいないから。多くは聞かないし、聞くつもりもなかった。今の彼女が心安らかであればそれでいいと思っていた。
「暑いんでしょ、脱いだら」
彼女は、少しだけためらって、カーディガンを脱いだ。古傷は手首から関節まで続いていた。
「お酒飲むと、赤くなっちゃうんだ」
「あぁ、肌が白いから、余計にね」
利きすぎた空調で私の二の腕は冷えていた。彼女は私ににじり寄って、私の腕に彼女の腕を絡めた。彼女の腕にはリストカットの跡があった。密着した腕から腕へ、火傷しそうなほどの熱さだった。苛烈な体温を移されて、私まで熱に浮かされてしまいそうだった。
「引かない?」
「引かないよ」
彼女は私を見上げて笑った。彼女の傷跡をみて、もっと早く出会っていれば、なにか違ったのかな、と思った。笑った赤い唇から八重歯がのぞいていて、あぁ、笑顔が似合うひとだな、と思った。そうやって笑ってる方がいいよ、と私がこぼすと、彼女はありがとうとだけつぶやいた。
「ゆりか、そんなにハイボール好きだっけ」
私が掴んだ缶のハイボールをみて、けんじが不思議そうに言った。スーパーの酒コーナーには、可愛い色の缶チューハイが並んでいた。
「友達が好きで、よく一緒に飲んでたから」
友達? 自分で言って、違和感を覚える。サイズの合わない服に無理やり袖を通したような感覚だった。
「女の子で? 珍しいね」
「そんなことないでしょ」
「そっか」
今日もなんだか夏日だった。スーパーからの帰り道、並び立った隣から絡んできた腕を掴み返した。傷一つない健康的な腕だった。
ああいう気持ちが恋だったのかもしれない。気が付いた頃にはすべて手遅れなのに、あの日の記憶がいつまでも消えなかった。
その日はとんでもない夏日で、乗り継いできた総武線のホームは日光とひといきれで蒸されていた。そんな私にはありがたい室温だったけど、玄関で私を出迎えた彼女には寒いぐらいの温度に感じた。
「どうせお酒も飲むでしょ」とはにかんでみせた彼女には八重歯があって、それがあっさりとした彼女の造形にチャーミングな印象を加えていた。ワンピースの上にカーディガンを羽織って笑う彼女は、抜けるように肌が白かった。
一人だと怖くて観れないから、と彼女はホラー映画をダシに私を家に誘った。そういうのは男に使う常套句でしょ、と笑う私に、彼女は曖昧に笑って返した。
缶のハイボールを掲げて彼女の六畳半で乾杯した。白いローテーブルには私が買いこんできた下品な量のスナック菓子が陳列されていた。テレビに映されたホラー映画では、人形が家族を殺してまわっていた。
「ねぇ、ほんとに怖い? これ」
「そりゃあ、ひとりだったら怖かったよ」
あんたが隣でげらげら笑ってなければね、と彼女は笑った。並んで座った隣の体が、じんわりと温まっていくのがわかった。
7%のハイボールで彼女の白い肌は真っ赤になってしまった。寒いぐらいの空調の中、彼女は暑そうに手で顔を扇いだ。
「水、買ってこようか」
「ううん、いいよ。あるから」
「かわいい色の缶チューハイにしておけばよかったのに」
「いつもはこうじゃないんだよ」
あんたが居るから酔いがはやく回ったの、と赤い顔で目を伏せた。あぁ、そういうのは、男に使う常套句でしょ、と言いそうになって、辞めた。わかっていて私に使っているのだと、私にもさすがにわかっていた。彼女は毛足の長いピンクのラグマットを左手でいじっていた。
グラスに結露した水滴が彼女の指先を濡らした。彼女がグラスを持ち上げると、水滴は重力に従って彼女の赤い皮膚を滑り、カーディガンの裾の中に滴り落ちた。彼女がグラスの中身を煽った。ずりあがったカーディガンの袖口から、古傷が浮かび上がった手首が見えた。白く線になった傷跡が赤い肌から浮いて、びっしりと彼女の手首を覆っていた。私が知らない彼女の苦しみが、そこに刻まれていた。
私の視線に気が付いた彼女は、ぎくりと一瞬だけ固まった。決まりが悪そうに笑って、急いで袖を伸ばした。ごめん、とささやくような声が聞こえた。
「良いよ別に」
私はスナック菓子をつまみながら言った。
「私しかいないんだし」
ここには、彼女と私しかいないから。多くは聞かないし、聞くつもりもなかった。今の彼女が心安らかであればそれでいいと思っていた。
「暑いんでしょ、脱いだら」
彼女は、少しだけためらって、カーディガンを脱いだ。古傷は手首から関節まで続いていた。
「お酒飲むと、赤くなっちゃうんだ」
「あぁ、肌が白いから、余計にね」
利きすぎた空調で私の二の腕は冷えていた。彼女は私ににじり寄って、私の腕に彼女の腕を絡めた。彼女の腕にはリストカットの跡があった。密着した腕から腕へ、火傷しそうなほどの熱さだった。苛烈な体温を移されて、私まで熱に浮かされてしまいそうだった。
「引かない?」
「引かないよ」
彼女は私を見上げて笑った。彼女の傷跡をみて、もっと早く出会っていれば、なにか違ったのかな、と思った。笑った赤い唇から八重歯がのぞいていて、あぁ、笑顔が似合うひとだな、と思った。そうやって笑ってる方がいいよ、と私がこぼすと、彼女はありがとうとだけつぶやいた。
「ゆりか、そんなにハイボール好きだっけ」
私が掴んだ缶のハイボールをみて、けんじが不思議そうに言った。スーパーの酒コーナーには、可愛い色の缶チューハイが並んでいた。
「友達が好きで、よく一緒に飲んでたから」
友達? 自分で言って、違和感を覚える。サイズの合わない服に無理やり袖を通したような感覚だった。
「女の子で? 珍しいね」
「そんなことないでしょ」
「そっか」
今日もなんだか夏日だった。スーパーからの帰り道、並び立った隣から絡んできた腕を掴み返した。傷一つない健康的な腕だった。
ああいう気持ちが恋だったのかもしれない。気が付いた頃にはすべて手遅れなのに、あの日の記憶がいつまでも消えなかった。
祖父の訪問
2022-05-10
真夜中、日本家屋で寝ていると亡くなった祖父が突然やってくる。祖父は孫にこれまでしてもらったことにたいして感謝を伝え、それからゆっくりと消えていく
外聞の華
2022-05-08
あるところに綺麗な自然を誇る美しい国があり、そこにはその自然を目当てに多くの観光客がやってくる。
やがて観光客からの評判に敏感になっていくうちに国は品行方正な善人を外側の町に集め外からの人の目に映るようにした。
彼らは「騎士」という称号を与えられ、平等に全ての人の味方である存在として振る舞うことを求められた。
一方で騎士になれなかった人は「名もなき民」として外からは見えないように公の場からその存在を隠された。
「騎士」によって作られた美しく、優しさに溢れた町を訪れた外の人は「この町は素晴らしい。暖かい人達ばかりだ」と褒め称える。しかし、民は評判を気にして美しさを作り出したこの国を「猫かぶりの国」と呼んだ。
時が流れ、騎士を貴族のように扱われるようになり、外側と内側で離れていく世界を1つに戻そうと2人の少年が立ち上がった。1人は誰よりも清く正しく生き「騎士」になり制度を変えていこうとした、1人は手段を選ばずに人を助け正義を貫く彼を、人は「ヒーロー」などと呼んだ。
そして2人が再開する……
+なみのさん
やがて観光客からの評判に敏感になっていくうちに国は品行方正な善人を外側の町に集め外からの人の目に映るようにした。
彼らは「騎士」という称号を与えられ、平等に全ての人の味方である存在として振る舞うことを求められた。
一方で騎士になれなかった人は「名もなき民」として外からは見えないように公の場からその存在を隠された。
「騎士」によって作られた美しく、優しさに溢れた町を訪れた外の人は「この町は素晴らしい。暖かい人達ばかりだ」と褒め称える。しかし、民は評判を気にして美しさを作り出したこの国を「猫かぶりの国」と呼んだ。
時が流れ、騎士を貴族のように扱われるようになり、外側と内側で離れていく世界を1つに戻そうと2人の少年が立ち上がった。1人は誰よりも清く正しく生き「騎士」になり制度を変えていこうとした、1人は手段を選ばずに人を助け正義を貫く彼を、人は「ヒーロー」などと呼んだ。
そして2人が再開する……
+なみのさん
怒られた
2022-05-08
階段を登ると部屋の明かりがついていた。家を出る前には確実に消したはずなのに。電気代を無駄にしたなと思いながら部屋を覗くと弟が立っていた。
「Switchどこ?」
若干の怒りを感じた。弟は綺麗好きでおまけに完璧主義、自分の部屋では物の配置を決めそれが少しでもずれていたらストレスを感じてしまう難儀な性格をしている。昨日の私は弟にSwitchを必ず戻すと言い借りた。しかし、私の部屋は三階、弟の部屋は一階、面倒になってそのまま寝てしまった。
「ごめん。忘れてた。」
申し訳なさそうな顔をしたつもりだったが、弟は顔も見ないまま
「戻しといて。」
と一言いって部屋に戻っていった。なんだか今日は肌寒いなぁ
+ペンネーム
「Switchどこ?」
若干の怒りを感じた。弟は綺麗好きでおまけに完璧主義、自分の部屋では物の配置を決めそれが少しでもずれていたらストレスを感じてしまう難儀な性格をしている。昨日の私は弟にSwitchを必ず戻すと言い借りた。しかし、私の部屋は三階、弟の部屋は一階、面倒になってそのまま寝てしまった。
「ごめん。忘れてた。」
申し訳なさそうな顔をしたつもりだったが、弟は顔も見ないまま
「戻しといて。」
と一言いって部屋に戻っていった。なんだか今日は肌寒いなぁ
+ペンネーム
父の思い出
2022-05-08
父は他の誰よりもストイックな人だった。ストイックな人は他人に何も求めない。求めようとしない。ただ粛々と己のなすべきことを行うだけである。その父が死ぬ前に「今死んでは困るから」と言った。あんな父でも心残りがあるものなのかと驚いたとともに、どうしてそれをもっと早くいってくれないのかと怒りに駆られる自分もいた。
川のそばを散歩していると、幼稚園の帰りに父と家路を歩いていたことを思い出す。私の手を取って一緒に歩く父の体はとても大きく見えた。
風が強いからところどころ白波が立って、川面がきらきらと輝いている。それをしばらく眺めていると、やはり父のことを思い出さずにはいられない。父は偉大であった。しかしそれと同時に、父は私にとって「何者」だったのかというよく分からない疑念が頭の中で渦巻いて離れない。 +鈴木佑(鈴木佑三郎)
川のそばを散歩していると、幼稚園の帰りに父と家路を歩いていたことを思い出す。私の手を取って一緒に歩く父の体はとても大きく見えた。
風が強いからところどころ白波が立って、川面がきらきらと輝いている。それをしばらく眺めていると、やはり父のことを思い出さずにはいられない。父は偉大であった。しかしそれと同時に、父は私にとって「何者」だったのかというよく分からない疑念が頭の中で渦巻いて離れない。 +鈴木佑(鈴木佑三郎)
高級なランチ
2022-05-08
グラスに水が注がれる。窓際の席に彼は座り、テーブルの上に置かれたナプキンを取り上げて膝の上に広げた。窓から見下ろせる道路では多くの人が行き交っている。車の交通量はそこまでひどくない。店の中は広々としているが、客は少なく、彼を含めて三組しかいなかった。休日なのにそれだけしかいないのだ。もっとも、高級なテキサスステーキを提供する店を休日のランチにあてる人はそんなにいないだろうから、この少なさは決しておかしいとはいわないかもしれない。
彼はグラスに入った水を飲む。ウェーターが大きなオニオンブレッドを運んできて、彼はあらかじめ切り分けられたそのパンをゆっくり食べた。ときどき思い出したように窓の外をみる。彼は無言で、席に着いてから一言も喋らず、話し相手もいなかった。オニオンブレッドは全体の二割しか食べず、あとはウェーターに下げてもらう。パンを下げる際、テーブルの上に落ちたパン屑をウェーターがナイフのようなもので丁寧にすくい取っていった。それをみて彼の顔は少し赤くなった。彼はまたしばらく外の景色を眺める。しかしそこから見るべきものはない。窓ガラスにしかめ面をした彼の顔が映っていた。
今度はマッシュポテトが運ばれてきた。サワークリームを添えてもらい、ベーコンブロックとトリュフをまぶしてもらう。クリームがゆっくりとポテトに溶け込んでいくのを見届けてから彼は食べ始めた。ポテトの濃厚な甘さにクリームとベーコンの酸味が加わり、トリュフの香ばしさが口に広がる。ゆっくりと口を動かしてポテトを味わっているうちにメイン料理のテキサスステーキが運ばれてきた。ポテトを食べるのを中断し、ステーキを口に運ぶ。ゆっくりと噛み、少しも無駄にならないように味わいつくす。それから今度はポテトを食べることに集中する。再びステーキ、またポテト。休むことなく食べ続け、やがてステーキをすべて平らげた。ポテトはまだ半分残っていたが、これ以上お腹に入る自信がなかったのでウェイターに下げてもらうことにする。豊かな香りに包まれていたテーブルは慎ましい静けさを取り戻した。一呼吸おき、テーブルの中心に置かれた花瓶に生けられた花を見つめる。窓から差し込む光に照らされて、彼は目を細めた。
デザートにチョコレートケーキとカフェオレが運ばれてきた。ケーキを食べるゆとりを残していたため、彼はフォークでケーキを小さく切り分けて食べ始めた。チョコレートの甘さが絶妙で、いつまでも食べていたいと思わされる。いつかは食べ終えなくてはならないことが残念でならなかった。ケーキを名残惜しくも食べ終え、カフェオレを飲む。口の中が甘くなっているおかげで、カフェオレの苦みがおいしかった。すべてを焦りすぎてしまわないようにする。そうすれば、私たちにもたらされるものが愛おしいものになるだろう。
すべてを食べ終えて、最後にグラスの水を喉に流し込んだ。オニオンブレッド、マッシュポテト、テキサスステーキ、チョコレートケーキ、カフェオレ、すべてを水でいったん流して気分を一新させる。目をはっきりさせ、新たな自分として踏み出す覚悟を決める。彼はウェイターにお会計を頼み、席を立って荷物を持ち、会計をする場所へ向かう。支払いを済ませ、コートを羽織り、そして店から出て行く。入る前と同じ状態で、しかし以前とは違う自分になり、彼は都心の雑踏のなかへ分け入っていった。
彼はグラスに入った水を飲む。ウェーターが大きなオニオンブレッドを運んできて、彼はあらかじめ切り分けられたそのパンをゆっくり食べた。ときどき思い出したように窓の外をみる。彼は無言で、席に着いてから一言も喋らず、話し相手もいなかった。オニオンブレッドは全体の二割しか食べず、あとはウェーターに下げてもらう。パンを下げる際、テーブルの上に落ちたパン屑をウェーターがナイフのようなもので丁寧にすくい取っていった。それをみて彼の顔は少し赤くなった。彼はまたしばらく外の景色を眺める。しかしそこから見るべきものはない。窓ガラスにしかめ面をした彼の顔が映っていた。
今度はマッシュポテトが運ばれてきた。サワークリームを添えてもらい、ベーコンブロックとトリュフをまぶしてもらう。クリームがゆっくりとポテトに溶け込んでいくのを見届けてから彼は食べ始めた。ポテトの濃厚な甘さにクリームとベーコンの酸味が加わり、トリュフの香ばしさが口に広がる。ゆっくりと口を動かしてポテトを味わっているうちにメイン料理のテキサスステーキが運ばれてきた。ポテトを食べるのを中断し、ステーキを口に運ぶ。ゆっくりと噛み、少しも無駄にならないように味わいつくす。それから今度はポテトを食べることに集中する。再びステーキ、またポテト。休むことなく食べ続け、やがてステーキをすべて平らげた。ポテトはまだ半分残っていたが、これ以上お腹に入る自信がなかったのでウェイターに下げてもらうことにする。豊かな香りに包まれていたテーブルは慎ましい静けさを取り戻した。一呼吸おき、テーブルの中心に置かれた花瓶に生けられた花を見つめる。窓から差し込む光に照らされて、彼は目を細めた。
デザートにチョコレートケーキとカフェオレが運ばれてきた。ケーキを食べるゆとりを残していたため、彼はフォークでケーキを小さく切り分けて食べ始めた。チョコレートの甘さが絶妙で、いつまでも食べていたいと思わされる。いつかは食べ終えなくてはならないことが残念でならなかった。ケーキを名残惜しくも食べ終え、カフェオレを飲む。口の中が甘くなっているおかげで、カフェオレの苦みがおいしかった。すべてを焦りすぎてしまわないようにする。そうすれば、私たちにもたらされるものが愛おしいものになるだろう。
すべてを食べ終えて、最後にグラスの水を喉に流し込んだ。オニオンブレッド、マッシュポテト、テキサスステーキ、チョコレートケーキ、カフェオレ、すべてを水でいったん流して気分を一新させる。目をはっきりさせ、新たな自分として踏み出す覚悟を決める。彼はウェイターにお会計を頼み、席を立って荷物を持ち、会計をする場所へ向かう。支払いを済ませ、コートを羽織り、そして店から出て行く。入る前と同じ状態で、しかし以前とは違う自分になり、彼は都心の雑踏のなかへ分け入っていった。
新宿 +
2022-05-08
新宿南口にて、一人の老人が座り込んでいた。その前を多くの若者が通り過ぎて行った。その老人は俯いている。通り過ぎる若者の中には、眩しそうに目を細めたり、腕まくりをしたりする者もいる。老人は尚も俯いている。ボロボロのブルーシートに老人は座っていた。
カフェに一人の老人が来店した。入口の向かい側の席に座った。入口の前を多くの人が通り過ぎて行った。その老人はホットコーヒーを飲みながら、彼らを眺めていた。
カフェに一人の老人が来店した。入口の向かい側の席に座った。入口の前を多くの人が通り過ぎて行った。その老人はホットコーヒーを飲みながら、彼らを眺めていた。
休日
2022-05-08
アーモンドを一粒手に取り、口元へと運ぶ。そして噛み砕く。その流れを幾度となく繰り返す。そう、その日の私は只々暇を持て余していた。
雨が降りやまないとある休日、当然外に出る気もおきず、予定がないのをいいことに私はいつ買ったのか定かではない徳用と書かれたアーモンドの袋を開けたのである。
しばらくして、あれだけ入っていたのにあと数粒しか残ってないな…なんて考えているとインターホンが鳴った。
はて、今日は来客の予定などあっただろうか。いや、なにもなかったなと一人結論づけ、玄関の向こうにいるであろう人物に対して失礼を承知で無視を決め込む。そして再び袋を手繰り寄せ、アーモンドを取ろうとして…できなかった。
突然、凄まじい音とともに玄関の扉が蹴破られたのだ。当然私の意識は玄関の方へと向けられるわけで、必然的にそこにいた人物と目を合わせてしまった。私はこの時、先程素直に応答しなかった自分に対して怒りを覚えたのであった。
雨が降りやまないとある休日、当然外に出る気もおきず、予定がないのをいいことに私はいつ買ったのか定かではない徳用と書かれたアーモンドの袋を開けたのである。
しばらくして、あれだけ入っていたのにあと数粒しか残ってないな…なんて考えているとインターホンが鳴った。
はて、今日は来客の予定などあっただろうか。いや、なにもなかったなと一人結論づけ、玄関の向こうにいるであろう人物に対して失礼を承知で無視を決め込む。そして再び袋を手繰り寄せ、アーモンドを取ろうとして…できなかった。
突然、凄まじい音とともに玄関の扉が蹴破られたのだ。当然私の意識は玄関の方へと向けられるわけで、必然的にそこにいた人物と目を合わせてしまった。私はこの時、先程素直に応答しなかった自分に対して怒りを覚えたのであった。
白旗
2022-05-07
幼馴染は最近きれいになった。
道で会ったらしい母は「恋でもしたのかしらねえ」などと古風なことを言う。
彼女はあっさり言った。
「メイクを変えたのよ」
俺は脱帽した。
道で会ったらしい母は「恋でもしたのかしらねえ」などと古風なことを言う。
彼女はあっさり言った。
「メイクを変えたのよ」
俺は脱帽した。
スーパースーパー
2022-05-07
大学一年生の僕は、いよいよ国民の義務たる「労働」をするべく、スーパーで働くことにした。
そんなわけで今日は面接。
気合を入れて事務所のドアを叩く。
「〜い」
はとあの中間地点のような発音がドアから帰ってきたのを確認して、僕は部屋に踊り込む(くらいの気持ちでゆっくり進入した)。
「はい、合格。この後から研修ね」
ひと目僕のことを見た中年のおじさんはそういうとそそくさと部屋から出ていった。
僕は何がなんだかわからぬままバイトに受かり、研修をすることになった。
「私はあんたの育成係の蠢木。よろしく」
制服を着て、ドアを開ければそこはもう職場。
自分と同じくらいの歳してる女の子の自己紹介を聞き流しながら周りを見ると。
「蠢木ちゃん!そこのペン取って!」
手足が異常に長い男性……いや異常に長いなんてレベルではない。さながら某海賊漫画の主人公のようにグネグネと伸びて、店奥の魚コーナーを陳列しながらレジを打っている。
「舌でも伸ばして取ってくださいよ伸田さん」
そう言ったが早いか彼女の隣のペンが飛んでいった。
いや、口ぶりから察するに彼女が飛ばした。
ここは、僕が働くスーパーマーケット。
ただ、スーパーなのはマーケットではなく、従業員の方でもあった。
そんなわけで今日は面接。
気合を入れて事務所のドアを叩く。
「〜い」
はとあの中間地点のような発音がドアから帰ってきたのを確認して、僕は部屋に踊り込む(くらいの気持ちでゆっくり進入した)。
「はい、合格。この後から研修ね」
ひと目僕のことを見た中年のおじさんはそういうとそそくさと部屋から出ていった。
僕は何がなんだかわからぬままバイトに受かり、研修をすることになった。
「私はあんたの育成係の蠢木。よろしく」
制服を着て、ドアを開ければそこはもう職場。
自分と同じくらいの歳してる女の子の自己紹介を聞き流しながら周りを見ると。
「蠢木ちゃん!そこのペン取って!」
手足が異常に長い男性……いや異常に長いなんてレベルではない。さながら某海賊漫画の主人公のようにグネグネと伸びて、店奥の魚コーナーを陳列しながらレジを打っている。
「舌でも伸ばして取ってくださいよ伸田さん」
そう言ったが早いか彼女の隣のペンが飛んでいった。
いや、口ぶりから察するに彼女が飛ばした。
ここは、僕が働くスーパーマーケット。
ただ、スーパーなのはマーケットではなく、従業員の方でもあった。
お揃い
2022-05-07
私は浮かれてた。最近買った、綺麗な赤い靴を初めて履いて出かけていたから。少し目線を下に落とせば目に入る赤は、童話に出てくる女の子みたいで、かわいい。
電車の中はスマホも見れないくらいに混んでいて、仕方なく私はゆっくり車両の中を見渡した。その中で、何となく目を引いた小さな女の子。真っ白なワンピースに真っ白な靴下、それから真っ白な靴を身につけて、ドアの近くに居た。
彼女、私の視線に気づいたのか、静かに私の方を向いて……私、ちょっと気持ち悪いと思った。肩も胴も動かさず、首だけで向くから。
ニコって彼女笑って、それから真っ直ぐ私の方に向かってきた。真っ直ぐ。人をローラーで押し潰すみたいに、ゆっくり、ぐちゃぐちゃにしながら向かってきた。悲鳴が喉奥にへばりついて、声は出なかった。何が起こってるのか分からなくて思わず周りを見渡したけれど、誰もこの異様な状況に気づいてないみたいだった。なんで?押し潰されてる人も何も言わずに肉塊と血溜まりになっていく。相変わらず電車はギュウギュウだから逃げらんなくて。無理やり動こうと身動ぎした私に、隣のおじさんが舌打ちした。
とうとう彼女は目の前に来て、囁くように言った。
『いい靴ね』
彼女の真っ白な靴は赤く染まってた。私のみたいに。
「タカダノババ〜タカダノババ〜」
間延びしたアナウンスが聞こえて、動き出した人の波に乗って私は急いで電車を降りた。ホームから電車を振り返ると、彼女はまだこちらを見ていた。
誰も気づいていないけど、私のいた車両だけやっぱり赤かった。+
電車の中はスマホも見れないくらいに混んでいて、仕方なく私はゆっくり車両の中を見渡した。その中で、何となく目を引いた小さな女の子。真っ白なワンピースに真っ白な靴下、それから真っ白な靴を身につけて、ドアの近くに居た。
彼女、私の視線に気づいたのか、静かに私の方を向いて……私、ちょっと気持ち悪いと思った。肩も胴も動かさず、首だけで向くから。
ニコって彼女笑って、それから真っ直ぐ私の方に向かってきた。真っ直ぐ。人をローラーで押し潰すみたいに、ゆっくり、ぐちゃぐちゃにしながら向かってきた。悲鳴が喉奥にへばりついて、声は出なかった。何が起こってるのか分からなくて思わず周りを見渡したけれど、誰もこの異様な状況に気づいてないみたいだった。なんで?押し潰されてる人も何も言わずに肉塊と血溜まりになっていく。相変わらず電車はギュウギュウだから逃げらんなくて。無理やり動こうと身動ぎした私に、隣のおじさんが舌打ちした。
とうとう彼女は目の前に来て、囁くように言った。
『いい靴ね』
彼女の真っ白な靴は赤く染まってた。私のみたいに。
「タカダノババ〜タカダノババ〜」
間延びしたアナウンスが聞こえて、動き出した人の波に乗って私は急いで電車を降りた。ホームから電車を振り返ると、彼女はまだこちらを見ていた。
誰も気づいていないけど、私のいた車両だけやっぱり赤かった。+
主
2022-05-07午前5時、ようやくベッドに入った。もう日が差し込み始めた窓から身を隠すように毛布に潜る。何だか、やっぱり眠れなかった。
ああ、そうか。さっきコーヒーを飲んだっけ。コーヒーなんて飲んでみたいなんて思ったこと無かったし、魅力的に感じることすらなかった。なくせに、一息に飲み込んだ味がずっと残っていた。
冷蔵庫の奥底に潜んでいた缶コーヒーは、1年前に引越しの手伝いをしてくれた母が置いていったものだった。コーヒーが好きだという母と1年前まで過ごしていたのに、飲んでいる姿を見たことは無かった。飲み残したコーヒーが入ったマグカップは何度も見てきたのに。
母は、本当にコーヒーを飲んでいたのだろうか。母が、飲んでいたのだろうか。
煙
2022-05-07
日課のようになってしまったタバコを吸おうとベランダに出た夜だった。いつもの静けさとは裏腹に今日は随分と騒がしい。向かいの家で子供の誕生日祝いをしているようだ。偶然なことにあと数日で私も歳を重ねるのだ。幸せそうな彼らの声を聞いてふと、自身のこれまでを振り返ってしまった。私も幼少期にはあれぐらいはしゃいでいた気がする。プレゼントを楽しみにして、火のついたろうそくに息を吹きかけて、親の愛情を受けとっていたのだ。
残りの灰を落としたところで、目の前にある火が随分と心なく見えて、今の私のようだった。まぶしいくらいに光った窓を横目に、彼らへの祝福と自己嫌悪を煙と共に吐きながら、二本目へと手を伸ばした。 +疎雨
残りの灰を落としたところで、目の前にある火が随分と心なく見えて、今の私のようだった。まぶしいくらいに光った窓を横目に、彼らへの祝福と自己嫌悪を煙と共に吐きながら、二本目へと手を伸ばした。 +疎雨
蒲公英
2022-05-07
いつもと変わらない朝。いつもと変わらず、私は駅から会社までの道のりを機械みたいに辿る。プログラムされた私の身体の一方で、心は嫌というほど人間染みているみたいだ。15分前の満員電車、ブラック寄りのグレーな職場、考えただけで、いや、考えなくとも憂鬱が押し寄せてくる。別に私だけがってわけじゃないのはわかってるのに。私より大変な思いをしてる人は沢山いるってわかってるのに。それでも、自分が一番不幸なんじゃないかとふと思ってしまう自分自身が一番嫌いだったりするのだ。 埃みたいな色の分厚い雲の下で、5月の心地良いはずの風は私を無視して通り過ぎてく。次の交差点を渡れば、もう会社に着いちゃう。 と、何も捉えようとしない私の視界が来客を捉えた。それが何かも認識しない内に、私は「うわ、虫だ。嫌いなんだけど。でも小さい。顔に飛んできたらやだな。でも急に避けたら目立っちゃう。あぁなんかもう最悪。」こんな時だけ一瞬でここまで考えられる。スーパーコンピューター並みの速さだ。 一連の思考の結果が「最悪」だった自分に呆れようとした頃、ようやく私はその来客が何だったかを認識した。それは私よりも、何者よりもか弱く、何物も傷付けないようなフォルムの子供だった。親元を離れ、兄弟達とも別れ、ただ一人不安の海の中を波に任せて、いや、風に任せて漂っていた。それでも、どこに辿り着こうとも、まだ無垢で白いその子は強かに芽生え、やがて金色の花を咲かせるだろうということが私にもわかった。 やはり私の心は人間染みていたようだ。飛んでいるたんぽぽの綿毛を見ただけで少し軽くなるのだ。論理的に考えて意味がわからない。ただ、私の心はどうしようもなくチョロいのだろうという事はわかった。私を無視する風も、あの子を飛ばそうと必死なのかもしれない。そう考えると、意外と悪い奴ではないのかも。 青信号が点滅し始めた。走らなきゃ。 ➕
朝食
2022-05-07
食卓にはすでに朝食がおかれていた。明かりはそこだけ点いていたので、広い居間から食卓だけが浮き上がっているようにみえた。少年は自分の椅子に座り、こんがりと焼かれたトーストとベーコンエッグを味気なく食べる。いつもと同じ朝食メニューだ。トーストとベーコンエッグにはもう飽きていたが、そんなことを母親に言うつもりはない。朝食の味の感想を訊かれたときにトーストが焦げすぎていて嫌だと正直な感想を伝えると、そんなに嫌なら食べるなとどなられたからだ。そのせいで翌日の朝食は抜かれてしまい、昼食の時間になるまでお腹が減って仕方がなかった。悲しくて泣きそうになり、こんなことで泣きそうになる自分が惨めで仕方がなかった。あの日の午前に味わった空腹は今でもはっきり覚えている。
朝食をたいらげて紅茶を飲んでいると、父親が少年のいるところへ近づいてきた。スーツに着替えて仕事へ出かける準備が整っていた。父親は少しだけ少年の様子を見てから行ってきますと言い、少年もいってらっしゃいと返した。父親は口角をわずかに上げて微笑み、それから少年に背をむけて家から出て行った。父親が家を出たと同時に母親が食卓にやってきた。空になった朝食の皿を取り上げて流しにおき、早く着替えてきなさいと言って居間の一角にある仕事スペースで仕事をやり始めた。仕事用の机は窓に直面したところに置かれていた。外は薄暗さもあって窓から差し込む光は弱々しく、母親が仕事を始めても明かりをつけないので仕事スペースは薄暗いままだった。
父親と母親の関係がうまくいかなくなっている。ぼんやりとだがそうに違いないと少年は確信していた。家の中で二人が顔を合わせることがなくなり、食事も別々でとるようになることが多くなっていたからだ。なぜそうなったのかは分からず、二人も少年には教えてくれなかった。あれこれと想像を巡らせたが、いつも最後は実体を失って薄暗いものへ変貌してしまい、少年は恐ろしくなって想像するのをそこでやめていた。
紅茶を飲み終えてカップのなかに水を入れて流し台にある皿の隣においた。流し台には皿が一枚しか置かれていなかった。食洗機に他の皿はなく、少年が食べる前に朝食が用意された痕跡がなかった。ごちそうさまと少年は母の背中に向けて言うと、学校へ行く準備をするために自分の部屋に入り、ドアを閉めて鍵をかけた。
朝食をたいらげて紅茶を飲んでいると、父親が少年のいるところへ近づいてきた。スーツに着替えて仕事へ出かける準備が整っていた。父親は少しだけ少年の様子を見てから行ってきますと言い、少年もいってらっしゃいと返した。父親は口角をわずかに上げて微笑み、それから少年に背をむけて家から出て行った。父親が家を出たと同時に母親が食卓にやってきた。空になった朝食の皿を取り上げて流しにおき、早く着替えてきなさいと言って居間の一角にある仕事スペースで仕事をやり始めた。仕事用の机は窓に直面したところに置かれていた。外は薄暗さもあって窓から差し込む光は弱々しく、母親が仕事を始めても明かりをつけないので仕事スペースは薄暗いままだった。
父親と母親の関係がうまくいかなくなっている。ぼんやりとだがそうに違いないと少年は確信していた。家の中で二人が顔を合わせることがなくなり、食事も別々でとるようになることが多くなっていたからだ。なぜそうなったのかは分からず、二人も少年には教えてくれなかった。あれこれと想像を巡らせたが、いつも最後は実体を失って薄暗いものへ変貌してしまい、少年は恐ろしくなって想像するのをそこでやめていた。
紅茶を飲み終えてカップのなかに水を入れて流し台にある皿の隣においた。流し台には皿が一枚しか置かれていなかった。食洗機に他の皿はなく、少年が食べる前に朝食が用意された痕跡がなかった。ごちそうさまと少年は母の背中に向けて言うと、学校へ行く準備をするために自分の部屋に入り、ドアを閉めて鍵をかけた。
人間性
2022-05-06
人を外見で判断してはいけない。外見で人を判断してしまうと、その人の中身を見られなくなるからだ。
だから顔が歪んでいても気にしてはいけない。
だからシャツがだらしなくても気にしてはいけない。
だから血濡れた包丁を持っていても気にしてはいけない。
なぜなら外見を気にしてしまうと、中身を見られなくなるからだ。
だから顔が歪んでいても気にしてはいけない。
だからシャツがだらしなくても気にしてはいけない。
だから血濡れた包丁を持っていても気にしてはいけない。
なぜなら外見を気にしてしまうと、中身を見られなくなるからだ。
金のなる木
2022-05-06
星を埋めると、絵本のように綺麗な双葉が生えてくるらしい。ただの草だが、あまりにも手本のようなので、分かる人なら一攫千金らしい。
痛み
2022-05-06
「ねぇ、痛い?」
そう言って悲しげに笑う弟の顔が今でも頭から離れない。
僕と弟は生まれた時から痛みを共有していた。僕が怪我をすると弟も痛みを感じる。医者はいくら調べても原因が分からないと言った。傍から見ると不便で不気味なことなのかもしれない。でも僕らはこの繋がりのおかげで常にお互いを意識し、思いやりを持てるのだと思う。
ある時、僕は耐え難い痛みで意識を失った。目覚めてから聞いてみると1ヶ月間眠っていたらしい。
「……落ち着いて聞いて。1ヶ月前、貴方の弟が学校の屋上から飛び降りたの。」
僕は目の前が真っ白になった。体の痛みは共有出来ても、心の傷を分かってあげることは出来なかったのだ。
「あの時の悲しげな笑みの意味に気付く事が出来ていたなら……。」
僕は自分の無力さにただ涙を流すことしか出来なかった。
そう言って悲しげに笑う弟の顔が今でも頭から離れない。
僕と弟は生まれた時から痛みを共有していた。僕が怪我をすると弟も痛みを感じる。医者はいくら調べても原因が分からないと言った。傍から見ると不便で不気味なことなのかもしれない。でも僕らはこの繋がりのおかげで常にお互いを意識し、思いやりを持てるのだと思う。
ある時、僕は耐え難い痛みで意識を失った。目覚めてから聞いてみると1ヶ月間眠っていたらしい。
「……落ち着いて聞いて。1ヶ月前、貴方の弟が学校の屋上から飛び降りたの。」
僕は目の前が真っ白になった。体の痛みは共有出来ても、心の傷を分かってあげることは出来なかったのだ。
「あの時の悲しげな笑みの意味に気付く事が出来ていたなら……。」
僕は自分の無力さにただ涙を流すことしか出来なかった。
テスト
2022-05-06
おはようこんにちはこんばんは。さようなら。
2022-05-06
摩天楼
2022-05-06
午後六時。東京。
夜の帳が降りた都会の摩天楼に、局所的な大雨が降り注いだ。
野暮用で行った大学からの帰り道、僕は揺れる中央線の電車の中でその様を眺めていた。激しい雨脚は電車の屋根を鳴らすほどで、微かにその音が車内にも伝わっていた。
扉に寄り掛かる二人の学生が嘆いていた。「どうしよう、傘持ってきてない」だとか「また天気予報が外れた」だとか。確かに朝に見た予報によれば降水確率は精々五十パーセント。振ったとしても小雨で済むと言われていた。予期せぬ雨の強さに、心なしか車内の空気が全体的にどんよりしている。
かくいう僕も、例外じゃない。だけどきっと、他の人達とは少しだけ事情が違うと勝手に思っている。奥底に生じた空虚感。胸にぽっかりと空いた穴に、車内の気味悪い空気が通過して、嫌な感覚が全身に広がる。
脳裏に浮かんでくるのは、三日前の光景。
傍から見たら、些細な衝突。
だけど、僕にとっては、大きな溝。
謝りたいのに、勇気が出ない。もどかしくて、愚かしい感情。
色々な想いがドロドロに混ざり合う、嫌な感覚。それを少しでも洗い流してもらえたらと願いつつ、僕は窓をぼうっと見つめる。確かに感情は薄れるけど、所々で現実に引き戻されて、根本的な解決にはならない。結局、ただの現実逃避に過ぎないのだ。
それに、この車窓に映る景色は、目的地に辿り着いた途端に止まる。
無論、永遠に逃げられるわけではない。
そう考えているうちに、終点の東京駅に停車する。車内に溜まっていた人の群れが、一斉に扉の外へとなだれていく。僕もその後を追うように、ゆっくりと席を立った。
ホームの方で、笑い声を含んだ悲鳴が聞こえてくる。何だろう、と空っぽな頭の片隅で考えながら扉を抜けた。
途端、霧状の雨が、大量に僕の身へと降り注いだ。
ホームに設置された屋根を掻い潜るように、風と共に落ちてくる雨。「うわっ」とか「きゃっ」とか「すごい雨!」だとか、多くの人々が甲高く声を上げていた。その悲鳴の数々が、僕の片耳に入り、片耳へと抜けていく。羽織っていたチェック柄のブラウスに、少しだけ雨水が滲んで冷たい。
そんな状況でも、僕はしばらく動けなかった。
雨に濡れたショックではない。むしろ逆だった。
……雨に濡れたことで、何か殻めいたものが、洗い流されたようだった。
「どうして、バイト入れちゃったのさ」
三日前、電話越しで彼女に言われた言葉が蘇る。あの時も確か、小雨が降っていた。
「その日は一緒に映画行こうって、約束してたよね?」
その問いかけに、僕は何も言えなかった。返せる言葉なんて、一つも見つからなかった。いくらバイト側から懇願されて仕方なく入ったとはいえ、約束を忘れていたのは確かだったから。
「しかもその日は初回限定特典があるから延期できないの。お互い空いてる日だと知って嬉しくて、楽しみにしてたのに……それなのに……」
徐々に震えていく彼女の声。それでも何も言えずだんまりとしていた僕の耳に、心苦しい声色で言い放った。
「……もう知らない。しばらく話しかけないで」
ブチッと切れる通話。延々と脳内を木霊する不通音。
自分の愚かさと罪悪感に苛まれ、僕はその場に立ち尽くした。差していた折り畳み傘が地面に落ちて、容赦なく僕の身体に雨が降り注いだ。
そんな過去の情景を、頭の中で復元していた。
その最中、右肩に強い衝撃が走って、僕は我に返る。どうやらすれ違った人の肩にぶつかったらしい。すみません、と聴こえるかどうかも解らない声で後ろに謝罪する。
……謝罪。謝罪、か。
駅構内へと続く階段へ向かいながら、僕はそう考えた。
今みたいに、見ず知らずの人には軽く簡単に謝れるのに。
……どうして身近な人になると、勇気が出なくなるんだろうな。
階段をゆっくりと下る。不意に、雨が恋しくなった。
僕はあの日、雨をまともに全身に浴びるほどショックを受けた。
だけど、それは……彼女にとっても同じじゃないのか。
楽しみにしていたのに、急に蔑ろにされて、悲しくて。
それこそ雨に濡れている時のように、冷たくて、悲しくて、どこか孤独を感じるような想いをしたんじゃないだろうか。
なら、今すぐにでも、僕は──。
考えを巡らせているうちに、僕は駅構内へと辿り着く。
すぐ横に改札口があった。その先には、夜雨が降る様を収める出入口がある。
本来は改札を出ずに別の電車に乗り換えるべく向かうはずなのに、僕はほぼ反射的に改札口へと向かっていた。外から微かに聞こえてくる雨音に誘われるかのように。
もう少し、雨に当たっていたい。
胸の中に残る障害を、全て洗い流してしまいたい。
その上で、あの子にどう謝るか、考えたい。
東京駅、丸の内口。その向かい側に広がる高層ビルの群れ。
折り畳み傘を差した僕は、その周辺の散策を始める。
摩天楼の窓に反射する数多の雨粒が夜の街頭に照らされ、結晶の如くチラチラと藍色に光る。普段は忌々しく感じる雨が、今夜は信じられないほど美しく見えた。
了
+早河遼(菱田龍太郎)
夜の帳が降りた都会の摩天楼に、局所的な大雨が降り注いだ。
野暮用で行った大学からの帰り道、僕は揺れる中央線の電車の中でその様を眺めていた。激しい雨脚は電車の屋根を鳴らすほどで、微かにその音が車内にも伝わっていた。
扉に寄り掛かる二人の学生が嘆いていた。「どうしよう、傘持ってきてない」だとか「また天気予報が外れた」だとか。確かに朝に見た予報によれば降水確率は精々五十パーセント。振ったとしても小雨で済むと言われていた。予期せぬ雨の強さに、心なしか車内の空気が全体的にどんよりしている。
かくいう僕も、例外じゃない。だけどきっと、他の人達とは少しだけ事情が違うと勝手に思っている。奥底に生じた空虚感。胸にぽっかりと空いた穴に、車内の気味悪い空気が通過して、嫌な感覚が全身に広がる。
脳裏に浮かんでくるのは、三日前の光景。
傍から見たら、些細な衝突。
だけど、僕にとっては、大きな溝。
謝りたいのに、勇気が出ない。もどかしくて、愚かしい感情。
色々な想いがドロドロに混ざり合う、嫌な感覚。それを少しでも洗い流してもらえたらと願いつつ、僕は窓をぼうっと見つめる。確かに感情は薄れるけど、所々で現実に引き戻されて、根本的な解決にはならない。結局、ただの現実逃避に過ぎないのだ。
それに、この車窓に映る景色は、目的地に辿り着いた途端に止まる。
無論、永遠に逃げられるわけではない。
そう考えているうちに、終点の東京駅に停車する。車内に溜まっていた人の群れが、一斉に扉の外へとなだれていく。僕もその後を追うように、ゆっくりと席を立った。
ホームの方で、笑い声を含んだ悲鳴が聞こえてくる。何だろう、と空っぽな頭の片隅で考えながら扉を抜けた。
途端、霧状の雨が、大量に僕の身へと降り注いだ。
ホームに設置された屋根を掻い潜るように、風と共に落ちてくる雨。「うわっ」とか「きゃっ」とか「すごい雨!」だとか、多くの人々が甲高く声を上げていた。その悲鳴の数々が、僕の片耳に入り、片耳へと抜けていく。羽織っていたチェック柄のブラウスに、少しだけ雨水が滲んで冷たい。
そんな状況でも、僕はしばらく動けなかった。
雨に濡れたショックではない。むしろ逆だった。
……雨に濡れたことで、何か殻めいたものが、洗い流されたようだった。
「どうして、バイト入れちゃったのさ」
三日前、電話越しで彼女に言われた言葉が蘇る。あの時も確か、小雨が降っていた。
「その日は一緒に映画行こうって、約束してたよね?」
その問いかけに、僕は何も言えなかった。返せる言葉なんて、一つも見つからなかった。いくらバイト側から懇願されて仕方なく入ったとはいえ、約束を忘れていたのは確かだったから。
「しかもその日は初回限定特典があるから延期できないの。お互い空いてる日だと知って嬉しくて、楽しみにしてたのに……それなのに……」
徐々に震えていく彼女の声。それでも何も言えずだんまりとしていた僕の耳に、心苦しい声色で言い放った。
「……もう知らない。しばらく話しかけないで」
ブチッと切れる通話。延々と脳内を木霊する不通音。
自分の愚かさと罪悪感に苛まれ、僕はその場に立ち尽くした。差していた折り畳み傘が地面に落ちて、容赦なく僕の身体に雨が降り注いだ。
そんな過去の情景を、頭の中で復元していた。
その最中、右肩に強い衝撃が走って、僕は我に返る。どうやらすれ違った人の肩にぶつかったらしい。すみません、と聴こえるかどうかも解らない声で後ろに謝罪する。
……謝罪。謝罪、か。
駅構内へと続く階段へ向かいながら、僕はそう考えた。
今みたいに、見ず知らずの人には軽く簡単に謝れるのに。
……どうして身近な人になると、勇気が出なくなるんだろうな。
階段をゆっくりと下る。不意に、雨が恋しくなった。
僕はあの日、雨をまともに全身に浴びるほどショックを受けた。
だけど、それは……彼女にとっても同じじゃないのか。
楽しみにしていたのに、急に蔑ろにされて、悲しくて。
それこそ雨に濡れている時のように、冷たくて、悲しくて、どこか孤独を感じるような想いをしたんじゃないだろうか。
なら、今すぐにでも、僕は──。
考えを巡らせているうちに、僕は駅構内へと辿り着く。
すぐ横に改札口があった。その先には、夜雨が降る様を収める出入口がある。
本来は改札を出ずに別の電車に乗り換えるべく向かうはずなのに、僕はほぼ反射的に改札口へと向かっていた。外から微かに聞こえてくる雨音に誘われるかのように。
もう少し、雨に当たっていたい。
胸の中に残る障害を、全て洗い流してしまいたい。
その上で、あの子にどう謝るか、考えたい。
東京駅、丸の内口。その向かい側に広がる高層ビルの群れ。
折り畳み傘を差した僕は、その周辺の散策を始める。
摩天楼の窓に反射する数多の雨粒が夜の街頭に照らされ、結晶の如くチラチラと藍色に光る。普段は忌々しく感じる雨が、今夜は信じられないほど美しく見えた。
了
+早河遼(菱田龍太郎)
現代千夜一夜物語
2022-05-06
オフィス街の超一流ブラック企業内にて。
「今日も残業か……」
「全く、社長である私もお前のせいで残ることになるとは!!お前の仕事が鈍いせいだ!!」
その時、ガシャンという何かが落ちるような音。
「あっ」
「おお?!」
途端、ぶちまけたかのような闇がフロアを制圧した。
「しまった……ついビルの閉まる時間になってしまったようだ……」
「……つまり、電気が停められてエスカレーターとエレベーターが使えない上に、階段はこの前の地震で崩れて修復中なので我々は今夜帰れないのでは?」
静寂。
「それに今日の仕事ってパソコンじゃないとできないですし…」
再び静寂、そして。
「ええい!全部お前のせいではないか!責任取れ!」
暴風雨のような罵倒が平社員に襲った。
コンプライアンス的な問題でここにはその描写は控えさせていただく。
その暴風雨が過ぎ去った後、虚しい沈黙と重い闇が三度フロアを満たした。
「何か話せ」
「へ?」
「暇だから、何か話せ!上司を喜ばせるのが部下であるお前の仕事だろ!」
「そんなぁ」
「話せないのならクビにしてやるぞ」
こうして平社員くんはクビを回避するために学生の頃や社会人になってから得た経験や体験をつぎはぎにして、残業のたびに社長に語っていく。
「今日も残業か……」
「全く、社長である私もお前のせいで残ることになるとは!!お前の仕事が鈍いせいだ!!」
その時、ガシャンという何かが落ちるような音。
「あっ」
「おお?!」
途端、ぶちまけたかのような闇がフロアを制圧した。
「しまった……ついビルの閉まる時間になってしまったようだ……」
「……つまり、電気が停められてエスカレーターとエレベーターが使えない上に、階段はこの前の地震で崩れて修復中なので我々は今夜帰れないのでは?」
静寂。
「それに今日の仕事ってパソコンじゃないとできないですし…」
再び静寂、そして。
「ええい!全部お前のせいではないか!責任取れ!」
暴風雨のような罵倒が平社員に襲った。
コンプライアンス的な問題でここにはその描写は控えさせていただく。
その暴風雨が過ぎ去った後、虚しい沈黙と重い闇が三度フロアを満たした。
「何か話せ」
「へ?」
「暇だから、何か話せ!上司を喜ばせるのが部下であるお前の仕事だろ!」
「そんなぁ」
「話せないのならクビにしてやるぞ」
こうして平社員くんはクビを回避するために学生の頃や社会人になってから得た経験や体験をつぎはぎにして、残業のたびに社長に語っていく。
気になる続き
2022-05-06
『富士見野、富士見野です。降車の際は、足元にご注意ください』
停車駅を告げるアナウンスを聞いて、読んでいた本を慌てて仕舞った。まったく、なんてキリが悪い。やはり直前の章を読み終えた時点で、いったん中断するべきだったか。そんなことを考えながら、電車を降りた。
あぁ、とにかく続きが気になる。1秒でも早く家に帰って、この後の展開を見届けたい......!
駆け足気味で階段を降り、そのまま改札を通り抜ける。
いちど呼吸を整えるために立ち止まる。ついでに水筒を取り出して、喉を潤した。
よし、早く帰ろう。心の中でそう呟いて、再び帰路を急いだ。
停車駅を告げるアナウンスを聞いて、読んでいた本を慌てて仕舞った。まったく、なんてキリが悪い。やはり直前の章を読み終えた時点で、いったん中断するべきだったか。そんなことを考えながら、電車を降りた。
あぁ、とにかく続きが気になる。1秒でも早く家に帰って、この後の展開を見届けたい......!
駆け足気味で階段を降り、そのまま改札を通り抜ける。
いちど呼吸を整えるために立ち止まる。ついでに水筒を取り出して、喉を潤した。
よし、早く帰ろう。心の中でそう呟いて、再び帰路を急いだ。
就寝
2022-05-06
寝る時間になるまでうるさいことは言われないため、少年は時間になるまでテレビを見続けた。眠くなってきて目を閉じてしまいそうになってもぐっとこらえる。十三歳になってもまだ両親におぶられてベッドまで運ばれるなんて恥ずかしい。眠くなったら一人で寝る準備をするんだ。誰に頼ってもいけない。
父親は自分の仕事部屋へ引きこもり、母親は二階のベッドルームにいる。リビングにいるのはその少年だけだった。テレビは休日の夜に放送されるバラエティー番組が映っていた。別にその番組が特別みたいというわけではなかったが、他にやることが思いつかないのでとりあえずテレビを見ているだけだった。
せっかくの休みで、明日になれば学校が始まって気の滅入る毎日になるのに、こうやってやることも思いつかずにだらだらと過ごすことしか思いつかないことに少年は不満で仕方がなかった。自由を与えられても満足に活用することもできず、もったいない思いをする。いつものそうだ。
夜の九時に近づいてきたので、テレビを消して横たわっていたソファから起き上がって二階へ上がり、自分の寝室へ向かうことにした。階段がギシギシと音を立てる度に、二階にいる母や一階の仕事部屋にいる父から何か反応がないかを確認する。けれどどちらからも反応はない。軋む音が家のなかで響くだけだ。お互い一人で過ごす時間は静かにしてほしいから、余計な音を出すとどなってくることがよくある。そのせいで自然と音を立てないように動き回るようになったが、階段をのぼりおりするときはどうしても音が出るのでいつも緊張してしまう。向こうも階段は仕方ないと思っているせいか、しかってくることはなくなった。わざと音を出さなければの話だが。
階段を上りきり、部屋のドアを開ける。壁の一面に張り出し窓があり、裏路地を挟んだ向かいの家が見える。同じ二階の一戸建てで、カーテンがかかった二階の窓から明かりが漏れていた。窓に顔を近づけると、外の冷えた夜気が窓の隙間から部屋に入り込んで少年の肌をなでた。顔を窓から離し、ベッドに入って頭に布団をかぶった。しばらく眠れなかった。眠れない子供がよくやる手段として羊を数え始める。五十匹くらい数えたところでようやく少年は眠りに落ちた。
父親は自分の仕事部屋へ引きこもり、母親は二階のベッドルームにいる。リビングにいるのはその少年だけだった。テレビは休日の夜に放送されるバラエティー番組が映っていた。別にその番組が特別みたいというわけではなかったが、他にやることが思いつかないのでとりあえずテレビを見ているだけだった。
せっかくの休みで、明日になれば学校が始まって気の滅入る毎日になるのに、こうやってやることも思いつかずにだらだらと過ごすことしか思いつかないことに少年は不満で仕方がなかった。自由を与えられても満足に活用することもできず、もったいない思いをする。いつものそうだ。
夜の九時に近づいてきたので、テレビを消して横たわっていたソファから起き上がって二階へ上がり、自分の寝室へ向かうことにした。階段がギシギシと音を立てる度に、二階にいる母や一階の仕事部屋にいる父から何か反応がないかを確認する。けれどどちらからも反応はない。軋む音が家のなかで響くだけだ。お互い一人で過ごす時間は静かにしてほしいから、余計な音を出すとどなってくることがよくある。そのせいで自然と音を立てないように動き回るようになったが、階段をのぼりおりするときはどうしても音が出るのでいつも緊張してしまう。向こうも階段は仕方ないと思っているせいか、しかってくることはなくなった。わざと音を出さなければの話だが。
階段を上りきり、部屋のドアを開ける。壁の一面に張り出し窓があり、裏路地を挟んだ向かいの家が見える。同じ二階の一戸建てで、カーテンがかかった二階の窓から明かりが漏れていた。窓に顔を近づけると、外の冷えた夜気が窓の隙間から部屋に入り込んで少年の肌をなでた。顔を窓から離し、ベッドに入って頭に布団をかぶった。しばらく眠れなかった。眠れない子供がよくやる手段として羊を数え始める。五十匹くらい数えたところでようやく少年は眠りに落ちた。
2022-05-05
朝顔が咲き、名前さえ知らない紫色の花に香らせた雨が降った。雨水がつちを叩いて、地面に落ちたコンクリートに聞き違いやすく、壊れたピアノに鍵を押すような音が度々鳴り、まるで泣く間の喘息だった。九階の窓から見落とし、一体何が見えるだろう。真っ赤な海の中で、白鳥が溺れ、死に行く。
公園
2022-05-04
日曜は人が混み合う。公園とか人が集まる場は特にそうだ。昭和記念公園にある広場で家族連れが多く見かけられ、めいめいがレジャーシートを広げて草原に寝転んだり遊んだりして楽しんでいた。そんな自分もベンチに腰掛けて昼間の太陽を浴びて過ごしている。三月の暖かい日で、夏のうだる暑さとは縁遠いものだった。背後から湿気を含んだ草木の香りが漂い、その香りを思いきり吸い込んだ。
草原の中心に若い男女がキャッチボールをして楽しんでいた。他にも子供たちが鬼ごっこをしていたり、家族が集まってピクニックをしているのがみえる。賑やかだ。とても楽しい和やかな光景だ。目を閉じて、ベンチに背をもたれてリラックスをする。再び目を開けると、小さな男の子が凧をあげている様子が目に飛び込んできた。空高くまで飛ばし、男の子は上を見上げながらゆっくりと歩いている。とても慣れた手つきで、熟練したものを感じる。近くで見守っている大人たちがときどき男の子の様子を感心したように眺めていた。
凧はゆったりと風になびき、光を反射してきらめいている。神秘的なものをみているかのように、俺はその凧からしばらく目を離すことができなかった。
草原の中心に若い男女がキャッチボールをして楽しんでいた。他にも子供たちが鬼ごっこをしていたり、家族が集まってピクニックをしているのがみえる。賑やかだ。とても楽しい和やかな光景だ。目を閉じて、ベンチに背をもたれてリラックスをする。再び目を開けると、小さな男の子が凧をあげている様子が目に飛び込んできた。空高くまで飛ばし、男の子は上を見上げながらゆっくりと歩いている。とても慣れた手つきで、熟練したものを感じる。近くで見守っている大人たちがときどき男の子の様子を感心したように眺めていた。
凧はゆったりと風になびき、光を反射してきらめいている。神秘的なものをみているかのように、俺はその凧からしばらく目を離すことができなかった。
テセウスのリンゴ
2022-05-02
ここにリンゴが一つあったとしよう。そのとき、何がそれをリンゴ足らしめるのか。色?形?質量?
では皮を剥いてしまおう。色が変わる。これはリンゴだ。
では穴をあけよう。アップルのマークの形に変わる。これもリンゴだ。
では食べ尽くしてしまおう。リンゴはそのほとんどの質量を失う。
さて、残った物はなんだろう。それはリンゴなのだろうか。あるいはリンゴだったものだろうか。
日々なにかを失っていく僕たち。残ったものは、果たしてなんなのだろう。人間だろうか。あるいは……。
では皮を剥いてしまおう。色が変わる。これはリンゴだ。
では穴をあけよう。アップルのマークの形に変わる。これもリンゴだ。
では食べ尽くしてしまおう。リンゴはそのほとんどの質量を失う。
さて、残った物はなんだろう。それはリンゴなのだろうか。あるいはリンゴだったものだろうか。
日々なにかを失っていく僕たち。残ったものは、果たしてなんなのだろう。人間だろうか。あるいは……。
SECOM
2022-05-02
立派な瓦屋根。見上げる程、大きな門。玄関の近くには、やっぱりあのシールが貼られていた。SECOM。散歩の途中豪邸を見かける度、そのシールが貼られているのが目に留まる。「助けが必要になれば、いつでも駆け付ます!」準備万端でその時を待つ屈強な警備員の姿が、思わず脳裏に過ぎった。泥棒からすれば、そのシール一枚の威力たるや。いいなぁ、SECOM。そのシールに後ろ髪を引かれる思いで、私はそこを後にした。
思えば小さな頃から、豪邸が好きだった。理由はよく分からない。ただ私にとっての"夢が叶う場所"は、ディズニーリゾートでなく豪邸の建ち並ぶ住宅センターだったし、広い公園へ行っても芝生や遊具なんかでは飽き足らず、公園に隣接するSECOMだらけの住宅地へ行って、母と「どの家に住もうかな?」と話す方が楽しかった。保育園の卒業アルバムに「将来の夢 お姫様」と書いたのも、ドレスとティアラを身につけることができることでも、白馬の王子様に迎えに来て欲しかった訳でも無く、ただ天蓋付きのベットで寝てみたかったからだ。なかでも、SECOMのシールは憧れの象徴だった。ラメだらけのシールより、ずっとずっと。
20歳になった今、"豪邸にあわよくば住みたい"欲はもう無い。大人になるにつれ、部屋数が多いと掃除が大変になることを知って、狭い部屋をカスタマイズすることに楽しさを見出したから。ただ幼い頃に感じたSECOMへの憧れは、今も体に染み付いている。
家へと向かいながら、ふと、我が家にはSECOMはないけれど番犬は居るなぁと思った。「あの家に近づいたら、やばそう」と泥棒に思わせる点では、SECOM並の威力かもしれない。もしかしたらこの世界の何処かに、SECOMと名付けられた番犬も居るのだろうか。そんなくだらないことを考えながら、大好きな我が家へ向かった。
思えば小さな頃から、豪邸が好きだった。理由はよく分からない。ただ私にとっての"夢が叶う場所"は、ディズニーリゾートでなく豪邸の建ち並ぶ住宅センターだったし、広い公園へ行っても芝生や遊具なんかでは飽き足らず、公園に隣接するSECOMだらけの住宅地へ行って、母と「どの家に住もうかな?」と話す方が楽しかった。保育園の卒業アルバムに「将来の夢 お姫様」と書いたのも、ドレスとティアラを身につけることができることでも、白馬の王子様に迎えに来て欲しかった訳でも無く、ただ天蓋付きのベットで寝てみたかったからだ。なかでも、SECOMのシールは憧れの象徴だった。ラメだらけのシールより、ずっとずっと。
20歳になった今、"豪邸にあわよくば住みたい"欲はもう無い。大人になるにつれ、部屋数が多いと掃除が大変になることを知って、狭い部屋をカスタマイズすることに楽しさを見出したから。ただ幼い頃に感じたSECOMへの憧れは、今も体に染み付いている。
家へと向かいながら、ふと、我が家にはSECOMはないけれど番犬は居るなぁと思った。「あの家に近づいたら、やばそう」と泥棒に思わせる点では、SECOM並の威力かもしれない。もしかしたらこの世界の何処かに、SECOMと名付けられた番犬も居るのだろうか。そんなくだらないことを考えながら、大好きな我が家へ向かった。
葛飾応為とメアリー・アニング
2022-04-29
男性社会に女性として生まれながら、その分野を進み、確かに功績を残したふたりの道が、もしも交わったらの話。
もしもの歴史か、生まれ変わりか、相似なフィクションか。
そして、ドーセットの沿岸を浮世絵に描き上げる。
もしもの歴史か、生まれ変わりか、相似なフィクションか。
そして、ドーセットの沿岸を浮世絵に描き上げる。
深い夜
2022-04-27
気心の知れた友人たちと遊ぶといつも帰りどきがわからない。昼はみんなそれぞれの予定があるから集まるのはいつも決まって夜の深い時間。なにをするかを決めて集まることはほとんどなく、とりあえず適当なコンビニに集まって車内でゲームをしたり、車を走らせたり、バイクを走らせたり。その場に流れる"テキトー"な空気が俺はすごく好きだ。夜のコンビニは社会から俺らを隔離してくれている気がするし、でも孤立させもしてこない。そこにあるだけ。それがいい。テキトーな時間だから帰る時間もテキトー。帰りたい気もするし、帰りたくない気もする。でもそれが好き。
好き嫌いをする春疾風
2022-04-27
散り落ちた桜の花びらは筏となって海へ出て、いまごろ地球に消化されているだろう。けれども足元の萼はコンクリートに阻まれ、遊歩道の利用者に踏みにじられていく。
まるで骨のよう。萼筒は細い腕。萼から伸びるおしべとめしべは指の一本、一本。赤みの強い薄桃のそれらは私の鼻に、あるはずのない血を訴えた。
頭上では深緑の桜が、春特有の突風に吹かれて見下ろしてくる。真っ白な花びらだけ攫うとは。なんて贅沢な。
爪先立ちで家路を急ぐ。夏の風はなんと言ったっけ。どうか、好き嫌いをしないでほしいのだが。
まるで骨のよう。萼筒は細い腕。萼から伸びるおしべとめしべは指の一本、一本。赤みの強い薄桃のそれらは私の鼻に、あるはずのない血を訴えた。
頭上では深緑の桜が、春特有の突風に吹かれて見下ろしてくる。真っ白な花びらだけ攫うとは。なんて贅沢な。
爪先立ちで家路を急ぐ。夏の風はなんと言ったっけ。どうか、好き嫌いをしないでほしいのだが。
コンビニビニビニ
2022-04-26
深夜のコンビニの駐車場、タムロ。尿意催しトイレへ。いつも根暗そうで少し無愛想な店員に「トイレかります」と声をかけると、「どうぞ〜!!」ととっても優しく朗らかな声。驚きと共に店員へ偏見を持っていた自分にがっかりした。きっと優しさの出力が苦手なだけで、優しさの総量は膨大な人なんだと思った。
裏切り
2022-04-26私の中で彼らはあくまでも被害者で、これ以上ないほどに可哀想だった。だから、もしも少しでも守れるならばできる限り彼らを助けたいと願った。
やらない善よりやる偽善。
その言葉を思い出し、どれだけ偽善者と言われようと彼らへの助けとなるように行動した。
しかし、彼らが助かるよう祈る最中、彼らは広い目で見れば被害者ではあるものの、私にとっては直接的な加害者であることを知った。
つまりは私は私を害する者である彼らに対して、哀れみを持っていたのだ。自分が彼らに害されているとも知らずに。なんと滑稽なのだろう。
自嘲の笑みがこぼれると共に、私が今まで行ってきたことの数々が頭の中を駆け巡り、思い出す度に言いようのない嫌悪感を覚えた。
今まで可哀想だと思って見ていた彼らのことを、今ではざまあみろと嘲笑う自分がいる。
彼らの裏切りによって絶望した私が、彼らの救済を願う過去の自分を裏切り始めた瞬間だった。