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 目の前がだんだんと明るくなってきた。少し間が空いた後にそれが自分の意識がはっきりしてきたからだとわかる。だが意識を失う前の状態が定かではないのでそれにも少し疑問が残った。徐々に明瞭となる視界に合わせるように頭も冴えきたような気がする。自分は今仰向けの状態で寝ている。背中と後頭部に普段なら感じないような痛みがある。寝転がっているところが硬いからだ。右手で叩いてみる……ぺちぺち、ぺちぺち。硬い、つまりいつも寝ている布団ではないということが分かる。石や草に触れることがないので地面ではない。床だ。材質は何だろう、セラミックのあの感じに近い気がする。つるつるを超えてべたべたにも感じるあのタイル地みたいだ。だがいくら手を動かしてみてもタイルの境目に辿り着かない。一枚一枚がとても大きなタイルでできているのか、それともそもそも一枚のタイルで床ができているのか。少し体の向きを変えて確認してみたくなったがじんじんという背中の痛みがそれを妨げた。

 頭、背中、腰と言う風にゆっくりと時間をかけて起き上がる。本当に嫌な痛みが体中に広がってくる。中学生のころ、体育館で寝そべった後に体感するあの感じと全く一緒だ。見えている景色が一緒ならどんなにうれしかったことか。生憎自分のいた体育館は全方位真っ白なんかではない。至って普通だった。

 見渡すと白、白、白ばっかで嫌になってきた。意識ははっきりしているはずなのに目を通して脳に入ってくる情報があまりにも少ないせいでいまいち頭がシャキッとしてこない。爆食いした後のぼーっとした感覚がずっと続いているような気持になり少しいらいらしてきた。ここから得られる情報なんてほぼないと確信してとりあえずここに来る前の自分を思いだす。昨日の夜……はいつも通りの日常だったはずだ。別におかしかったところは何もない。しっかり布団に入ったのかという疑問にはおそらくだがイエスと答えられる。寝たはずだ。じゃあ今日のどこかのタイミングでこの奇妙な空間に連れてこられたということだろうか。今日は久々の祝日だったはずだ。平日なのに堂々と休める赤い日、つまり最高の日だったはずだ。そこで自分は何をした?…………起きた。朝食は食べず身支度を整える。ふと何かを思い出して外に移行と思った。買い物だったか?食材を買いにスーパーへ行ったような気もするし、暇つぶしに街へ繰り出した気もしなくもない。そもそも外へ出たことは確定かと言われると怪しい気もするがじゃなきゃここに来る理由が説明できない。外へでて家に戻った記憶がいよいよないと断言できるレベルであやふやになってしまっている。と言うことからも外出先で誰かに連れ去られたと考えていいだろう。尤も誘拐される理由が皆無と言っていいのでこの説も本当に納得できないのだが、これ以上推察しても深みに嵌っていく一方のような気もするのでここで決め打つ。

 肩と首を何回も回すとようやく自分の体が自分のものになったような感覚がしてきた。よいしょっと………思わず心の中で声が漏れた。そういう年齢ではないはずなのによほど体が固まってしまっていたのだろう。立ち上がった途端ぞわっとして全身に血が流れだした。行動開始の合図だと勝手に捉えることとする。

 やはりと言っていいのか、見た感じは全くおかしなものはない。と言うより物自体何もない。本当に真っ白で何もない空間だ。それは立った視点から見まわしたとしても変わらない印象だった。洞窟の行き止まりのような一本道の先端に今はいるのだろう。後ろは壁で前に道が続いている。おそらくだが前に進めと言う合図だ。少し怖いがここでずっと生活する気などさらさらないので誘われるままに進むことにする。

 長い長い道が続くのかと思いきやあっけなく終着点にきてしまった。目の前にドアノブが存在している。自分の目にはただの壁にドアノブがくっついているように見えるのだがおそらくこれはドアなのだろう。全体が知ろということもあってドアとその境が全く見えないため大変珍妙な光景となっていた。ドアノブを握る手には若干力が加わっているがそれ以外の部分はできる限り力を抜いてドアを押す。

 すっ

 空気がきれいに抜ける音がした。開け方は一般的な押戸なのに全くと言っていいほど隙がないからなのだろうが………こんなドアを今まで見たことがなかったので少し驚く。構造的にはオーバーテクノロジーと言って差し支えない気がするのだが、残念なことにそっちの分野は全くと言っていいほど知識がないので何とも言えない。

 目の前には一人の人物がいた。おそらく自分と似た状況に置かれた人なのだろう。顔を見るだけで胸の中に仲間意識ともとれるものがじわっと広がってくることからそれは理解できた。そしてその奥にはなんだかきれいで眩しくて、でも心は全く踊ってくれない空間が広がっている。町中にたまにいる、貴金属をじゃらじゃら付けて成金アピールをしている人たち、それを目にしてしまった時と似た感情に襲われる。簡潔に言うと目に良くない。

 目の前に広がっている気持ち悪い空間に何歩か近づいてみる。どうやら鏡のようだ。鏡がつい立てのように置かれて道を形成している。その道がどこまで続いているのかはわからないが入り口であるこの部分を見ただけで数分で向こう側へ辿り着く道ではないような気はひしひしと伝わる。

『迷路 抜ケロ』

 適当なメッセージが書かれた紙が壁に貼られていた。おそらくこの鏡でできた道はただの道ではなく迷路になっているということだ。今からこの迷路の中に入ってゴールまで行かなくてはならないということなのだろう。そもそもゴールがどこにあるのか、さらに言えばゴールは一個だけなのか。迷路遊びをするには全く情報が足りていないような気もするがやれと言われているのだからやるしかない。やる前から萎えかけている気持ちを表すかのように視線が足元へ向かった………何かある。手に取ってみると小型の懐中電灯のようだ。足元を照らす。緑色の一本線が靴に当たった。どうやら懐中電灯ではなくレーザーポインターのようだ。これはありがたい。鏡同士が反射してどこが道でどこが鏡かさえわからないという状況はこれでなくなった。これを前へ向けるだけで自動で道が示されるはずだ。ここへ連れてきた奴がどんな奴なのかはわからないが僅かばかりの良心は捨てきれなかったらしい。ポインターを正面へ向けてみる……………光が貫通し奥の方であり得ないほど乱反射されている。あれ、おかしい。正面に手を伸ばしてみると確かにそこには壁がある。どういうことだ……見えない壁、いや、光のみを投下する壁なんてあり得るだろうか…………ガラスか。鏡の中にただのガラスが混ざっている?現実的に考えてこの線が一番ありえそうだ。

 全方向真っ白、大量の鏡、その中に混ざるガラス。この迷路をレーザーポインターだけでクリアして見せろとどうやら言っているらしい。前言撤回だ。俺をここに連れ去った奴は良心の欠片もなかった。

 面白いほどに前に足が進まなかった。背を向けて引き返すとどんどん足が軽くなっていく。五メートルほど後ろにあるスタート位置にもどるとさっきと変わらない表情をした人がいる。そりゃそんな表情になる。これは端的に言って地獄だ。もしかしたらこの人と同じようにここで佇むのが正解なのではないかと思えてきてしまう。迷路の中で挫折するのか、ここで挫折するのか。違和感がないここで過ごした方がまだ安らかに死ねるだろう。でもどうせなら先に進んで家に帰りたい。せめてここに自分がいる理由が知りたい。そう思った時には自然と隣の人物に声を掛けていた。

」への50件のフィードバック

  1. 俺はショートだけど。 …。だいぶ歳がいってないように見えるけど、どこからきたの?(生意気なやつだ)

  2. そんなん知らんよ。
    そんなことより、周りの大人がなんとかしてよ。ねえ、そこの人

  3. 知らないな。俺も昨日布団に入って気がついたらここっていう状況なんだ。カエデもそうなんじゃないの?

  4. そうだよな。あの人たちもきっと同じ状況なんだよ。(こんなガキと本当に脱出できんのか?心細いな)

  5. もしかしたらそうかも。でもあの人たちも動揺してるみたいだし、俺らと同じなんじゃないか?

  6. んだよ。どうでもいいよ。やっぱり。周りぼくばっかで気色悪い。
    (鏡に何度かぶつかる)

  7. うわぁ、ここガラスだ!
    ぼくが写ってないから、道だと思ったのに!

  8. 雨ニモマケズ
    風ニモマケズ
    雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
    丈夫ナカラダヲモチ
    慾ハナク
    決シテ瞋ラズ
    イツモシヅカニワラッテヰル
    一日ニ玄米四合ト
    味噌ト少シノ野菜ヲタベ
    アラユルコトヲ
    ジブンヲカンジョウニ入レズニ
    ヨクミキキシワカリ
    ソシテワスレズ
    野原ノ松ノ林ノノ
    小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
    東ニ病気ノコドモアレバ
    行ッテ看病シテヤリ
    西ニツカレタ母アレバ
    行ッテソノ稲ノ朿ヲ[#「朿ヲ」はママ]負ヒ
    南ニ死ニサウナ人アレバ
    行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
    北ニケンクヮヤソショウガアレバ
    ツマラナイカラヤメロトイヒ
    ヒドリノトキハナミダヲナガシ
    サムサノナツハオロオロアルキ
    ミンナニデクノボートヨバレ
    ホメラレモセズ
    クニモサレズ
    サウイフモノニ
    ワタシハナリタイ

    アナタハ敵デアリマスカ?

  9. あいつは暴走した戦闘用アンドロイドだ。とても危険でみんな早く逃げて!

  10. 一個だけだとバレるよね。ぼくがやったってさ。なんか鏡割れるやつあるかな? バットみたいな。

  11. アンドロイドとかなんとかはよく分からないけど、全員ここがどこか分かってないんだろ??

  12. 落ち着けないよ! 早くやらないときっとゲームオーバーやん。
    ぼくゲームするから知ってるよ!

  13. (何会話してんのかわからんべが、おそらくば僕を殺そうとしてんだべ、そっなる前に殺すべ)星ニナリナサイ

  14. いいえ、このままで破るとガラスの屑が飛んで来る。厚い布とか探さないとケガになる。

  15. おーい、こっちの声って聞こえてる?俺、攻略できる道知ってるけど。一番右の鏡、押してみ?

98a028 へ返信する コメントをキャンセル

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