ライブ小説2023会場

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Prologue

 猫らしく生きられない猫なんて私以外にこの世界で何匹いるのだろう。いつの間にか猫専用になって今は使われていないカウンターの一席に座りながら、私はそう考えていた。夕方から夜へと変わる時間になると、扉を開ける足音は疎になっていく。人の言葉ではこの場所を「喫茶店」と言うらしい。この店の店長(人がそう呼ぶので私もそう呼ぶ)が作るコーヒーという黒い飲み物やグラタンとかいうやたらと湯気が立つ白い食事に人が集まってくる。前にその黒い液体になんとなく口をつけようとしたら、店長に引き剥がされたことがあるので、あれはきっと猫には飲めない代物なのだろう。
店を行き交う足音が静かになると、古い木の匂いがする椅子やテーブルに音楽が降り落ちていく。この耳に妙な感覚を残す音の連なりが「クラシック音楽」というものであることも猫らしく生きていたら知りもしなかった。
私が猫らしく生きられないのは、全てこの喫茶店のせいと言っても過言ではなかった。この店で拾われてからというもの嫌というほど人の言葉を浴び、また数えきれないほどの人に触れられてきた。人の気持ちが移ったとまではいかないが、猫として生きるなら気にしなくても良いことを、妙に明らかにしたい気持ちになってしまう。極論を言えば猫は餌が食べられて、自身が傷付かなければなんでもいいわけだ。そのためにできることとすれば、餌出し役の従業員や店長に向かってにゃーにゃーと鳴いてやることくらいで、あとはたまに来る触ること目当ての客に向かってゴロゴロ言って、少しばかり餌にありつければそれでいい。
人の言葉も覚えたところでなんの利点もない。覚えたところで伝えることができないからだ。「私は撫でられたいのではなく餌をもらいたいのです」と口に出して伝えようとしても、喉に差し掛かった途端に言葉の輪郭がぼやけて、にゃーとかあーとかうおーんという情けない声になっていく。
店の窓の外を黒い野良猫が通り過ぎていった。一瞬目があったがこちらの立場を羨む暇もなく、細い身体を堂々と揺らして雑踏の奥に消えていった。あの野良猫は非常に逞しく猫らしい出立ちをしている。言葉や愛嬌なんてものの前に目の間の獲物をいかに狩るか、自身の縄張りをいかに保つかそれだけに頭が満たされている。その方が猫らしいと思う。だって大勢の猫がそうなのだから。
静かに扉が開いて、呼び鈴が鳴る「いらっしゃいませ」と店長の声が聞こえる。猫に猫らしいということがあるように、人にも人らしい何かがあるのだろうか。そう思うと気にせずにはいられない。この時間はうやうやとした喧騒ともほど遠く、一人一人の話に耳を傾けられる。ゆっくりと椅子から立ち上がって、客席から落ちてくる言葉を拾い始めた。

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ライブ小説2023会場」への80件のフィードバック

  1. 待って待って、コーヒーは飲ませちゃいけないんだよ。ほら、マル怖かったね。カウンター座っていて

  2. え、ピザめっちゃ可愛いんですけどー! ちょ、お坊さん、写真撮らせてくれます?

  3. 店長には負けるけどー、猫ちゃんもわりかしカワイイ顔してんじゃん? こっちおいでよーほれほれ

  4. 悲しみすぎることは逆にその猫さんを迷わせてしまうことになります。あなたがしっかりと心を落ち着け猫の魂の幸せを願ってこそ彼の猫も涅槃に至れることでしょう。

  5. 「涅槃」とはサンスクリット語でニルヴァーナと言います。すべての煩悩がなくなり、安らぎ、悟りの境地に入ることです。 お釈迦さまも涅槃に至っているのですよ。私も将来は涅槃に至ることを目標にしています。

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