起
ここは本州から離れた人口およそ五百人程度の小さな孤島である。この島は日高山の噴火によってできた。日高山の頂上には神社があり、その神社の宮司である飛鳥井魚太郎(あすかい うおたろう)が島の長として村を統治している。そして飛鳥井魚太郎の妻である飛鳥井咲葵(あすかい さき)がそれを支えている。二人には飛鳥井小春(あすかいこはる)という明るい一人娘がいる。彼女は母親譲りの美形である。小春には戸田実佳(とだみか)という親友がいる。実佳は中学生の時にこの島に越してきた。実佳だけが小春のことをピーちゃんと呼ぶ。 彼女は高校を卒業後、東京の大学に進学するために島を出た。高校時代の同級生が結婚するので、久々に島に帰省することになった。その話を彼女の所属する民俗学ゼミの教授である楠村喜朗(くすむらよしろう)にすると、本州から離れた離島の信仰や民俗についてフィールドワークを行いたいとの申し出があった。この男は屈強な体を持ちおよそ五十代には見えぬほど若々しく屈強な体を持っている。
一日三本しか運航していない本州との連絡船から、戸田実佳と楠村喜朗がスーツケースを引きながら下りてくる。それをこの島唯一の警察官である不浄阿頼耶(ふじょうあらや)が駐在所の窓から見ていた。四十代くらいに見えるが、顔の半分に火傷の跡があり判然としない。連絡船の隣には漁船がある。そこではヴァルター・グレイヴが船の点検を行っていた。彼はいつの間にか島に居つくようになった老爺である。彼はいつも一人で漁に出ている。
日高山のふもとにある島の会館で結婚式が行われた。戸田実佳と飛鳥井小春の高校の同級生の結婚式だが、島民が皆知り合いであるので、招待状はなく、島民議会と回覧板と井戸端会議で情報が共有された。島を出た戸田実佳には直接メールが届いたのだった。戸田実佳は新郎新婦に挨拶を済ませ、疲れて近くの椅子に腰かけた。すると彼女の同級生である、乾井廉斗(いぬいれんと)が話しかけた。戸田は世間話のつもりで彼にこう問いかけた。
「そういえば、ピーちゃんは?」